ナサニエル・ホーソーン作『緋文字』のあらすじを詳しく紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。
獄舎の入り口
ボストンに新しい植民地を作った人々が建てた監獄の入り口の前には、人々があつまっていました。
六月、この大きな建物の前には、見苦しい草が一面に生い茂っていましたが、その中に野ばらの木が美しい花を咲かせていました。
広場
十七世紀のあるの夏の朝のこと、監獄前の草地にボストンの住民が集まり、厳しく固い顔をしながら、鉄の締め金のついている牢獄の扉を見つめていました。群衆に混じっていた数人の女性は、この刑罰に対して特別な関心を持っているように見えました。
彼女たちは、慈悲がありすぎる判事ではなく、信心深い自分たちが、父親の分からない子供を産んだへスター・プリンを罰することが世間のためになったのではないか、ヘスターの額に真っ赤な鉄の焼印を押せばよかったのではないかと噂しました。
やがて牢獄の扉が開き、教区吏がヘスター・プリンを連れて出てきました。ヘスターは艶のあるふさふさとした黒髪、整った美しい顔と優雅な容姿を持つ大柄な若い女でした。彼女は生まれて三ヶ月ほどの赤ん坊を抱えており、ガウンの胸のところには、上等の赤い布に金糸で刺繍をつけ、その上にはAの文字が縫い込んでありました。それは彼女自身が縫い込んだものでした。彼女は真っ黒な瞳で、物おじすることなく群衆を眺めると、教区吏に命じられて緋文字を人々に見せ、獄舎の入り口から広場を横切り、ボストン最古の教会の軒下にある、かつて処刑道具であった晒し台までを歩きました。
ヘスターに下された判決は、その台に一定の時間立たなければならないというものでした。彼女は数知れない群衆の厳粛な目に恐ろしさを感じ、いっそ自分を嘲り笑ってくれればいいと考えながら耐えました。
彼女は、今自分の立たされている場面が目の前から消えていくように思い、故郷のイギリスの村や父祖の家や父親や母親の顔、少女の頃の自分の顔といった過去の記憶を思い出しました。同時に彼女は、歳をとってやせた、片方の肩が上がった学者風の夫と、新しい生活を始めた大陸の都会を回想しました。
それから彼女の意識は、現実の清教徒の植民地の広場へと戻り、やがて赤ん坊が泣き出すと、この子供と緋文字を見つめ、これらが真実であったことを自分の中に認めました。
認め知る
ヘスター・プリンは、人ごみの外れに、インディアンの男を連れた白人の男の姿を認めました。
白人の男は文明人と野蛮人が混ざった服装をした、知力のある人物で、片方の肩が上がっていました。
それはヘスターの以前の夫でした。彼女はその姿を認めると、発作的に赤ん坊を強く抱きしめました。
その男は、ヘスターに気づかれる前から彼女に眼を向けていました。ヘスターが自分の正体に気づいているらしいのを見て、彼は一時動揺の表情を浮かべたものの、平然と指をあげ、それを唇に当てました。
男は、町の人に声をかけ、ヘスターが何をしたのかと聞きました。町の人は、信心深いディムズデイル牧師の教会の恥さらしになるようなことをしたのだと答えました。
男はこの土地の人間でなく、南方で現地人に囚われ、身請けしてもらうためにインディアンに連れてこられたのだと自分を紹介し、ヘスターがどのような罪を犯したのかと聞きました。
町の者によると、ヘスターは、イギリス生まれのアムステルダムに住んでいた学者の妻でした。学者は海を超えてマサチューセッツにやってくるつもりで彼女を先によこし、自分は後に残って大事な用をこなしていました。二年間も何の便りもない間にヘスターは自分から間違いを犯し、他の男の子供を産みました。しかし父親が誰であるのか、彼女は硬く口を閉ざしていたため、明らかになってはいないようでした。
町の裁判官たちは、ヘスターが若くて美しく、強い誘惑に負けたであろうことを考慮し、死刑ではなく、三時間だけ処刑台に立ち、死ぬまで恥のしるしを胸につけておかなければならないという刑にとどめました。
男はこの情報を教えてくれた町の人に礼を言い、インディアンとともに去っていきました。
ヘスターは、この男に視線を注いだまま立っていました。台の上には教会堂に附属したバルコニーがあり、町の総督ベリンガムが自ら臨席していました。
また、ボストン最年長の牧師で立派な学者であったジョン・ウィルソンは、罪は犯すことに恥があるのであって、それを明らかにすることにはないという考えで、若い女性に罪を告白させることは女性の本性そのものを辱めることだと主張するディムズデイル牧師と対立していました。
ベリンガム総督は、ディムズデイル牧師はヘスターの魂に責任があり、彼女に説いて悔い改めさせる義務があると言いました。
ディムズデイルは、イギリスの著名な大学を出て、未開の森林地で学問を行ってきた牧師で、雄弁と宗教的情熱があり、高い天性と学識を備えていました。しかし彼は怯えているような様子があり、大衆の注意をひくと血の気が失せ、唇が震えました。
ディムズデイル牧師は、ウィルソン牧師から促されてヘスターに言葉をかけ、共に罪を犯し共に苦しんでいるはずの父親の名を明かすようにと訴えました。
しかしヘスターは首を横に振り、父親の名を答えませんでした。
ウィルソン師は、父親の名を言い、悔い改めれば緋文字は取れるだろうと勧めましたが、父親の苦しみも一緒に堪えるつもりだったヘスターは、あまりに深く押された焼印がとれるだろうとは思わないと語り、赤ん坊にはこの世の父親の名を知らせず、天の父を探すのだと主張しました。
ウィルソン牧師は、緋文字について触れながら罪についての説教を人々に説きました。その間ヘスターはじっと堪え、頑なな態度のまま獄舎へと連れ戻されました。
対面
獄舎へと戻ると、ヘスター・プリンは興奮状態に陥り、自身の身を傷付けさせないため、また赤子に危害を加えないために監視下におかれました。
獄吏の主事のブラッケットは、まるで母親の苦悶が乗り移ったかのようにひきつけを起こした赤ん坊のためにも、医者を呼ぼうと考えました。
獄吏の後に監房に姿を現したのは、人混みに混ざって一部始終を見ていた以前の夫でした。彼はこの土地でロジャー・チリングワースと名乗っており、総督が身代金についてインディアンの族長と協議するために、監獄に泊まっていました。
赤ん坊はうめき続けましたが、ヘスターは静かになりました。医者としての知識も持ち合わせていたロジャー・チリングワースは、ヘスターを落ち着かせ、従順にさせることを請け合い、彼女と二人にさせてくれるように頼みました。
ロジャー・チリングワースは、赤ん坊をなだめようとして、以前薬草の天性を知っているインディアンの種族の中にいた知識を生かして薬を茶碗の水に混ぜ、ヘスターの手でこの子供に与えるように促しました。
しかしヘスターは薬を撥ねつけ、罪のない子供に復讐するつもりなのかと聞きました。
ロジャー・チリングワースが自分の手で子供に薬を飲ませると、赤ん坊はたちまち静かになり、眠りに落ちました。次に男はヘスターを診察し、薬を調合し始めました。
ヘスターは、その薬が毒ではないかと疑いましたが、最後には彼を信じて薬を飲み干し、子供の眠っているベッドに腰を下ろしました。
男は、自分が愚かであったこと、ヘスターが弱かったことを語り、赤ん坊の父親は誰なのかと聞きました。しかしヘスターは恋人の秘密を守り、父親の名を言おうとはしませんでした。
男は、この土地で自分を知る者はいないので、自分を夫としたことを誰にも言わないことをヘスターに要求しました。
ヘスターは、その約束を守ることを誓いました。
男は、ヘスターと赤ん坊をその場に残して去って行きました。
針仕事をするヘスター
監禁の期間が過ぎたヘスターは、罪を犯したこの場所で刑罰を受けなければならないと自分に言い聞かせ、ニューイングランドに住み続けることを決め、人目につかない町外れの小さな藁葺きの空き家に子供と共に住み始めました。自らの衣服に緋文字をつけるだけの針仕事の技術を持っていたので、生活に困らないだけの報酬を得ることができました。彼女は緋文字をつけた質素な服を着て、子供の飾りに少しだけ金をかけると、あとは自分より惨めで不運な人々に施しを分けてやりました。
貧しい人々から罵倒され、上流の婦人からは辛い目に遭わされながらも、彼女は辛抱強く、受難者のように耐え忍びました。しかし、子供に追い立てられる時、見知らぬ人と出会った時に緋文字を手で覆い隠す時、高徳の牧師や高官の前を通り過ぎる時、彼女は自分のことを罪人と思わずにはいられませんでした。
パール
ヘスターは赤ん坊にパールという名を与えました。パールは生まれつきの上品さを備えた美しい子供で、母親がしつらえた衣服で着飾った姿は実に立派でした。
ヘスターは、愛情を持ってパールを育て上げました。パールは、罪から生まれた子供として、他の子供たちとは違った自分の孤独を生まれつき理解しているようでした。自分たちを時に罵ってくる清教徒の子供たちと友だちになることはなく、棒切れ、ぼろ布、花などを想像上の清教徒の敵に見立て、それに向かって戦いを挑みました。そのようなパールを見て、ヘスターは心を痛めました。
パールがまだゆりかごの中にいる頃、彼女が初めて気づいたらしい最初のものは、ヘスターの緋文字の金色の刺繍でした。パールは小さな手を挙げてそれを掴みました。その行動に意味があるようで、ヘスターは苦悩しました。するとパールは、母親の眼を覗きこむようにして微笑みました。その時以来、パールはしばしば微笑を浮かべながら緋文字を見つめることがあり、その微笑みを悪魔が憑いたように悪意に満ちたものにみえることがあったヘスターは、片時も安心を覚えることができず、我が子を安らかな気持ちで楽しむどころか、本当に自分の子供なのかと考えることすらありました。
近所の人々は、利口で風変わりなパールの性質を知ると、悪魔の子だと言いふらすようになりました。
植民地総督の広間
ある日ヘスターは、儀式に着用するための刺繍を注文されていた手袋をもってベリンガム総督の邸へ出かけました。
その頃、住民の中に、ヘスターをクリスチャンとしての生活に入れるため、悪鬼の血を引くと噂されたパールを彼女の手から奪い、賢く優れた後家人の手に渡そうという企みがありました。その計画を進めている人の一人が、ベリンガム総督でした。
パールは明るい顔色、深みがあって熱情のある眼、鳶色のつやつやとした髪の少女になっており、その美しい特徴のために、かえって母親の緋文字を人々に思い出させました。彼女は、泥を投げてこようとする他の子供の中に突っ込んで行き、彼らを蹴散らしました。
ふたりはベリンガム総督の邸に着き、七年間奴隷になっていたイギリス人に案内されました。
ベリンガム総督には、牧師と医者が来ているので、会えないだろうと奴隷は言いました。しかし、ヘスターは、邸の中へ入って行きました。
ヘスターとパールは玄関の広間に通されました。
パールは、庭の散歩道に咲いている赤い薔薇が欲しいと叫び声を上げ始め、母親の懸命ななぐさめも聞きませんでした。しかし新たに姿を現した総督ベリンガムに興味をそそられて泣き声をあげるのをやめました。
子供の小妖精と牧師
総督ベリンガムは、白いあごひげの下に、ジェイムス王朝の古風な襞襟をつけ、ゆったりとしたガウンを着て現れました。
ベリンガムと伴って現れたのが、老牧師ジョン・ウィルソンでした。イギリス国教会で育った彼は、慈悲深い説教を行うことで人々に慕われていました。
総督とウィルソン牧師の後ろから二人の客が歩いてきました。
一人はディムズデイル牧師、もう一人はこの町に住み始めてから二、三年で名医となっていたロジャー・チリングワースでした。
ベリンガム総督は、ヘスター・プリンに声をかけ、パールは母親の手を離れてきびしい躾を受けた方が幸福ではないのかと説きました。
ヘスター・プリンは、自分の緋文字に指を置き、その緋文字から学んだことをパールに教えるつもりだと言いました。
ベリンガム総督は、パールが子供に相応しいキリスト教徒のしつけを受けているか見てほしいとウィルソン牧師に尋ねました。
パールは自分を膝に乗せようとした牧師から逃げだし、開いた窓から階段の上の方へと登って行きました。ウィルソン牧師は、パールに自分を作ったのは誰かと聞きました、
パールは、敬虔な家庭に育ったヘスターから、キリスト教徒としての教育を受けていました。しかしつむじ曲がりの性格が災いし、ウィルソン牧師の問いに、自分は牢屋の入り口に咲いていた野ばらの根株からお母さんが詰んだのだと答えました。ヘスターは、神さまがパールを授けてくれたのだと総督に向かって叫び、パールは自分の幸せであり、自分を罰する力も持っているので、渡すことなどできないと訴えました。
ウィルソン牧師は、パールを立派に育て上げると言いました。ヘスターは、気も狂わんばかりになって、自分のために何か主張してほしいとデイムズデイル牧師に頼みました。
ディムズデイル牧師は、パールがただ一つの祝福として授けられたものであり、母親に永遠の喜びや悲しみを与えるパールこそがヘスターの魂を生かし、深い罪から救うものなので、二人を摂理によって適当と認められているところに置くべきであると主張しました。
この言葉を聞いたベリンガム総督は、パールに教義問答の試験を受けさせ、適当な時期に学校や集会に行くようにさせることを条件に、母親の手元に置くことを許しました。
パールはディムズデイル牧師の手を両手で取り、愛情に満ちた仕草で自分の頬に当てました。ディムズデイル牧師は、パールの額にキスをしてやりました。パールは笑い出し、広間の向こうへ駆けて行きました。
ロジャー・チリングワースは、この不思議な子供の性格を分析して父親を推測することができるだろうかと皆に問いかけました。
ウィルソン牧師は、その父親は神の摂理で自ずと明らかになるので、世俗の哲学に手がかりを求めるのは罪深いことだと語りました。
パールを取り戻したヘスターが石段を下っていると、ベリンガム総督の妹で、数年後に魔女として処刑されるミストレス・ヒビンズが声をかけました。
ミストレス・ヒビンズは、仲間のいる森の中にヘスターを誘い、魔王と契約するようにと誘いました。
しかしヘスターは、もしもパールを取られていたら喜んで魔王と契約するところだったが、家に帰って世話をしなくてはならないのだとその誘いを断りました。
医者
ロジャー・チリングワースを名乗っていたヘスターの夫は、危険な奥地から出て来たばかりの旅人として、温かい家庭を築こうとヘスターのいる町へ辿り着き、彼女が罪人として公衆の前に立たされているのを目の当たりにしました。
その時彼は、人の世から姿を消してしまおうと考え、ヘスターの横に並んで一緒に恥辱を受けることをしませんでした。
しかしその直後、彼には新しい目的が浮かび、ロジャー・チリングワースという名で、この町に居を定めました。彼は以前、内科と外科を研究したことがあり、またインディアンに野草や草木の特性を学ぶこともあり、医学には通じていました。
これまでは、執事であり薬剤師である敬虔な老人の手に、ボストンの医術は任されていましたが、ロジャー・チリングワースが名医として知られるようになると、非常に高い地位にある科学者であるという噂がうまれ、なぜこのような男が都会からこの未開地にやってきたのだろうかと囁かれるほどになりました。
彼は、表面的には模範的な宗教生活を送っていて、ディムズデイル牧師を精神の指導者に選んでいました。
ディムズデイル牧師は、ニューイングランドの教会への貢献が期待されている人物でしたが、その頃、彼の健康は、悪化しているように見えました。
ロジャー・チリングワースは、ディムズデイル牧師の健康状態におどろき、自らその治療に手を下したがりました。
ディムズデイル牧師は、その治療を試してみるように周囲から勧められても、自分には必要はないと退けていました。しかし、ボストンの古参の牧師や、教会の執事から説得され、差し伸べられる救いの手をはねつけることを罪と感じるようになり、ロジャー・チリングワースと相談してみることを約束しました。
こうしてロジャー・チリングワースは、ディムズデイル牧師の主治医となりました。彼は患者の病気だけでなく、性質をさぐることにも興味を惹かれたので、二人は次第に多くの時間を一緒に過ごすようになりました。ディムズデイル牧師にとっても、科学者であり広い思想を持つロジャー・チリングワースと過ごすことは魅力的でした。
アーサー・ディムズデイル
ロジャー・チリングワースは、ディムズデイル牧師の体の弱さは、活発な想像力と強い感受性に起因しているのだと結論づけ、彼の心の奥の追憶を注意深く追究しようと試みました。
やがて、独身生活を送るディムズデイル牧師は、医者の目に入る場所に住む方が望ましいと判断した友人の手筈により、ロジャー・チリングワースと同居することとなりました。そこは社会的な地位の高く敬虔な未亡人の家で、ディムズデイル牧師には、陽当たりのよい宗教書が揃った部屋を、ロジャー・チリングワースには、書斎と実験室を兼ねた設備の備わった部屋をあてがわれ、二人は気安くお互いの部屋を行き来しました。
しかし、町人たちの間では、ロジャー・チリングワースは魔術を用いているのではないかという噂が広まり、ディムズデイル牧師がロジャー・チリングワースの手を借りて、サタンに取り憑かれるのではないかという懸念が生まれました。
医者とその患者
ロジャー・チリングワースは、もともとは穏やかな性質で、真理だけを得たいと願いながら研究を行ってきました。しかし研究を進めるうち、彼の心の中は、ディムズデイル牧師の心の中の探究に深くはまっていきました。
ある日、ロジャー・チリングワースがある醜い植物の観察をしていた時、ディムズデイル牧師は、その植物がどこで採られたものなのかと聞きました。ロジャー・チリングワースは、それが墓地で採ってきたもので、まるでそこに埋められた死者の秘密を表しているようだと言いました。ディムズデイル牧師は、人間の心と一緒に埋められるような秘密を明らかにする力は、神の慈悲以外にはないと答えました。
ロジャー・チリングワースは、生きている人間がなぜこの世で秘密を言ってしまわないのか、なぜ慰めを利用しないのかと聞きました。
ディムズデイル牧師は、自分の秘密を打ち明けない人は、その性質によって口をつぐんでいるのだろう、または、神の栄光や人間の幸福を願う心のため、薄汚れた秘密を人前に出すのを避けているのではないかと答えました。ロジャー・チリングワースは、そのような人々は当然受けなければならない恥を受けるのが恐ろしいので自分を欺いているのだと答えました。
ディムズデイル牧師は話題を逸らし、自分の身体は良くなったと思うかと聞きました。
するとヘスター・プリンとパールが構内を横切っているのが見えました。ロジャー・チリングワースは、墓の上で踊り出したパールを見て、あの子供には法や権威を敬う気持ちも、人間の規律や意見を重んじる心もないと言いました。
二人の話し声を聞いたパールは、明るいいたずらっぽい笑顔を浮かべ、トゲの生えたイガをディムズデイル牧師めがけて投げつけました。ディムズデイル牧師は動揺し、それを見たパールは笑いながら去って行きました。
ロジャー・チリングワースは、ディムズデイル牧師の病気は重いが、望みがないほどではないと言いました。彼は病気の症状をすっかりディムズデイル牧師が言っているのか疑っており、体の病気は精神の不調の兆候であることがあるので、魂の傷や悩みを自分に見せなくては、体の病を治すことはできないと言いました。
するとディムズデイル牧師は、この世の医者に魂を見せることはしない、自分の問題は神の御心に任せる問題だと激しく叫び、悩む者と神の間に入り込もうとする医者を非難し、去って行きました。
間もなくディムズデイル牧師は、こちらが求めていた忠告を与えてくれたロジャー・チリングワースを突き放した自分の乱暴さに呆れ、詫びを入れました。ロジャー・チリングワースは、すぐにその詫びを受け入れ、誠意ある診療を続けました。ロジャー・チリングワースは、魂と体の間に不思議な交感が働いている珍しい病気だと考えました。
その後間もなく、ディムズデイル牧師は、目の前のテーブルに大きな本を開いたまま、深い眠りに落ちたことがありました。ロジャー・チリングワースは、その部屋に入り、ディムズデイル牧師の胸に触れ、衣服を押し除けました。
ロジャー・チリングワースは、間もなく戻って行きましたが、その顔には激しい驚きと怖れの表情が浮かんでいました。
胸のうち
以降、二人の間柄は、見たところは変わりなかったものの、ロジャー・チリングワースの中に潜んでいた悪意が頭をもたげ、深い恨みを果たそうという考えが働くようになりました。
それは、ディムズデイル牧師に罪を打ち明けさせることでした。ディムズデイル牧師は内気で鋭敏な性質であったため、この計画はうまく行きませんでした。しかし彼はディムズデイル牧師の中に苦悶を自在に起こすことができるようになりました。しかしこれらのことをロジャー・チリングワースは抜かりなく行ったので、ディムズデイル牧師は絶えず自分を見張っている存在があることをおぼろげに感じていたものの、それがどこから来るものなのか分かりませんでした。
彼はロジャー・チリングワースを疑いの目で見ることが多くなり、時には恐怖や憎悪の念を感じるようになりましたが、その度に悪い感情を抱いている自分を責め、親し苦しい交わりを続けようと試みました。このような罪ある人々に深く同情を寄せることができるため、ディムズデイル牧師は雄弁に自分の胸の苦しみを伝えることができ、それが人の心を打ち、職務では人望を集めました。その尊敬は、再びディムズデイル牧師を苦しめました。彼は人々に自分の正体を告げたい衝動に駆られ、説教壇から自分は堕落し切った極悪の罪人で、忌まわしい非道の男であると語ったこともありましたが、それは罪深さを認めている証として見なされ、聴衆の尊敬を増すだけでした。
ディムズデイル牧師は、他の多くの清教徒と同じように、自らに鞭を打ち、断食を行い、寝ずの行を行うこともしばしばありました。そのような時、彼は、ヘスター・プリンがパールの手を引き、はじめは自分の緋文字を、ついで自分の胸を指差す幻影を見ることもありました。
ある日のこと、ディムズデイル牧師は、一瞬でも心が休まるかもしれないという新しい考えが胸に浮かび、外へと出て行きました。
牧師の寝ずの行
暗い夜、ディムズデイル牧師は、ヘスターが七年前に公衆に恥を晒した処刑台に上りました。暗い夜だったので、誰にも見つかる心配はなく、彼は悔恨の衝動によってその場に立ち、見せかけの罪滅ぼしを行いました。やがて彼は自分を制する力を失い、甲高い叫び声を上げました。町中の人たちがやってきて自分の正体があばかれるだろうと考えましたが、人々は目を覚ましませんでした。ベリンガム邸の寝室には、叫び声を聞いた総督が窓に見えました。その邸の別の窓にはミストレス・ヒビンズが、ランプを手にして現れ、叫び声を一緒に森の中へと出かけようと誘う魔女の叫び声だと判断しました。
ディムズデイル牧師は、落ち着きを取り戻していきました。すると間もなく、ある総督の臨終を見届け、家路に向かっているウィルソン牧師が、ランタンの火を灯しながらやって来ました。ディムズデイル牧師は、ウィルソン師に声をかけたいという衝動に駆られましたが、その言葉を頭の中で言うことしかできませんでした。
ウィルソン師が通り過ぎた後、ディムズデイル師は、自分が不気味ないたずらで救いを得ようとしてきたのではないかと考え、朝になれば、町中の人々がその処刑台に自分の姿を見出すだろうと考え、恐怖に我を忘れて笑い始めました。
途端に子供の笑い声が聞こえました。その声の主は、死んだウィンスロップのために長衣の寸法を取ってきたヘスター・プリンに連れられたパールでした。
ディムズデイル牧師は、ヘスターとパールを処刑台の上に呼び、三人でこの場に立とうと言いました。母とともに処刑台にのぼったパールは、明日の昼間にまた三人でこの場に立ってくれるかと聞きました。ディムズデイル牧師は、明日ではないが、審判の日になればこの場所に立つだろうと答えました。
そこへ、流星の煌めく光が、夜空に現れ、真昼のようにあたりを照らしました。
それはディムズデイル牧師、ヘスター、パールの三人を結びつけ、秘密を全て明らかにするような光でした。
ディムズデイル牧師は、両手を胸に組んで天頂を見上げました。彼は天頂の中に赤い光で輪郭をとったAという文字が浮かぶように感じ、同時にロジャー・チリングワースを見たように感じました。
ディムズデイル牧師は、自分の心をこれほどまでに乱すロジャー・チリングワースは誰なのかとヘスターに聞きました。パールは、子供のしばしば口にする訳のわからない早口をディムズデイル牧師の耳に囁き、彼を混乱させました。
そこへ総督の病床にいたロジャー・チリングワースがやってきて、流星の光に照らされたディムズデイル牧師を見かけ、帰るように促しました。ディムズデイル牧師は、ロジャー・チリングワースに連れてゆかれるがまま、家へと帰りました。
翌日の安息日、ディムズデイル牧師は、力強く豊かな説教を行いました。説教壇を降りると、あごひげの白い墓掘り男が、黒い手袋を差し出しました。それはディムズデイル牧師のものでした。墓掘り男は、サタンがディムズデイル師の手袋を落としたのだろうと言いました。ディムズデイル師は動揺しながらその手袋を受け取りました。墓掘り男は、昨夜大きな赤いAの文字が夜空に浮かんだという噂について語りました。彼は、それがウィンスロップが天使になったために現れたAngelの Aではないかと言いました。ディムズデイル牧師は、そのような話は聞いていないと答えました。
ヘスターの別な考え
ヘスター・プリンは、処刑台で見たディムズデイル牧師が弱り果てているように見えたことに心を打たれ、彼が自分に助力を求める権利があり、自分には彼に対する責任があるのだと考えました。
パールは七歳になり、緋文字をつけている母親も、町の人には見慣れたものになっていました。
ヘスターは、人に自分の苦しみの償いとして何を求めることもなく、同情を強いることもせず、人に恩恵をほどこす機会があればいくらでも力を貸し、悩める人には家族のように接しました。それとともに、汚名を受けながら不平も言わずに潔白清浄に過ごして来たヘスターを尊敬する目が向けられるようになりました。
人々は、強い人であった彼女の緋文字を、元の意味ではなく、Ableの Aと捉えました。
彼女は昼間話しかけられても、その文字に手をやり、通り過ぎました。髪も短く切り、地味ななりをして人目につかない態度をとるようになり、それは謙遜という美徳と捉えられ、人々は彼女に優しく接するようになりました。
いまだに緋文字の罰を受け続けているヘスターは、子供の教育に苦慮しており、そのために思索にふけることが多くなりました。しかし、ディムズデイルが苦しんでいるその姿を見たときから、ヘスターは、彼に救いを与えようとする新たな目的を持ち、今でもできる限り自分の過失を償おうと決心しました。
ある午後のこと、パールと連れ立って歩いていたヘスターは、薬草を探しているロジャー・チリングワースに出会いました。
ヘスターと医者
ヘスターは、医者と話すので海岸で遊んでいるようにとパールに命じました。
ロジャー・チリングワースからは、以前の落ち着いて静かで知的な学者らしい姿が消え去り、探るような邪悪な心が見え隠れするようになっていました。
ヘスターは、ディムズデイル牧師の命を握り、絶えず苦しませ続けるロジャー・チリングワースを責め、自分たちの昔の関係を秘密にしなければならないという約束のために、ディムズデイル牧師を救うことができないでいる心の悩みを打ち明けました。
ロジャー・チリングワースは、自分が医術の限りを尽くしていたためにディムズデイル牧師は今日まで生きながらえてきたのであり、それは昔は人間の心によって行っていたものの、今では悪鬼となった恐ろしい復讐のためであるということをヘスターに語りました。
ヘスターは、なぜ自分に対して怨みを晴らさないのかと聞きました。するとロジャー・チリングワースは、復讐は緋文字にまかせたのだと答えました。
ヘスターは、ディムズデイル牧師のために、ロジャー・チリングワースとの過去の秘密を明かさなければならないと考えていました。
ヘスターは憎しみのために賢く正しい人が悪鬼のようになったロジャー・チリングワースに同情し、もう一度、赦すことで人間に戻ってほしいと頼みました。しかし、ロジャー・チリングワースは、赦すことはできないのは運命なのだと答え、ヘスターに別れを告げました。
ヘスターとパール
ヘスターは、這うように去っていくロジャー・チリングワースを見て、罪があろうとなかろうと嫌な男だと考え、過去の結婚生活も醜い記憶にすり替わりました。
ヘスターは、海岸で遊んでいたパールを呼び戻しました。そして自分の緋文字の意味を知っているかと尋ねました。
パールは、ディムズデイル牧師がいつも胸に手を置いているのと同じ理由なのだと言い、彼がなぜ胸に手を置いているのか、その緋文字にどんな意味があるのかと聞きました。
ヘスターは、どのように答えたらよいか分からなくなり、その理由など自分は知らず、その緋文字は金糸だからつけているのだと答えました。それは、ヘスターが初めて胸の印に不実になり、これまで彼女のことを厳重に監視していた緋文字が、彼女を見捨てた瞬間でした。
パールはその後も、ディムズデイル牧師がなぜ胸に手を置いているのか、その緋文字にどんな意味があるのかと尋ね続けたものの、ヘスターが真実を語ることはありませんでした。
森の散歩
ヘスターは、ロジャー・チリングワースと自分の過去を、ディムズデイル牧師に知らせようと機会をうかがいました。ある日ディムズデイル牧師が、インディアンの改宗者である伝道者エリオットを訪れ、翌日の午後に帰ることになっていることを知ると、ヘスターはパールを連れて彼のところへ出かけました。
パールは、日光と戯れながら駆けまわった後、この森に住んでいるという魔王の話をしてほしいとヘスターにせがみました。パールはその魔王が帳面を持っていて、林の中で会う人にその帳面を差し出して自分の血で名前を書かせ、胸に魔王の印をつけるのだと思っていました。
パールはその話を昨日看病に行ったお婆さんからこの話を聞いており、そのお婆さんはヘスターの緋文字も魔王につけられたのだと言ったようでした。パールは魔王に会ったことがあるかとヘスターに聞きました。
ヘスターは、それが普通に信じられている迷信だと思い込み、一度だけしか言わないという約束をして、自分は魔王に会ったことがあり、緋文字はその魔王につけられたものなのだと答えました。
やがて二人は深い森に入り、小さな谷間に腰を下ろしました。
そこへディムズデイル牧師の足音がしたため、ヘスターは森の中で遊んでいるようにとパールに命じました。ディムズデイル牧師は、歩くのも大義なほどやつれて弱々しく、胸に手を当てながらやって来ました。
牧師とその教会員
ヘスターは、ディムズデイル牧師を呼び止めました。ディムズデイル牧師は、声をかけたのがヘスターだと確認すると、冷えた手を差し出して彼女の手に触れました。二人は無言のまま森陰へ行き、苔の山へ腰を下ろしました。
ディムズデイル牧師は、自分の堕落した魂は、世間からの尊敬にも関わらず、惨めな苦しみに耐えられない絶望を抱えていると語りました。ヘスターは、彼の罪は昔のことであり、現在は他の人の眼に映る通り実に清らかだと言いました。
ディムズデイル牧師は、罪人でありながら七年も人を騙し続けていたことを他人に知ってもらえれば魂は生きていけるであろうにと嘆きました。ヘスターは、自分も一緒に罪を犯したのだと彼を慰め、ロジャー・チリングワースが自分の昔の夫であること、そしてその前の夫が彼に悪意を持っていることを告白しました。
ディムズデイル牧師は、地面へ崩れ落ち、両手で顔を覆うと、ヘスターを責め始めました。しかしヘスターが頭を自分の腕に抱きしめ、許してくれるかと尋ねると、ディムズデイル牧師は、悲しみを含んだ声で彼女を許し、自分を許すように神さまに頼みました。そしてロジャー・チリングワースの復讐は、自分の罪よりも邪悪であると語りました。
二人は並んで手を握り合い、苔むす幹に腰を下ろし、その場を去りかねていました。ディムズデイル牧師は、ロジャー・チリングワースが次にどのような復讐を考えているのだろうと恐れると、ヘスターは、彼の元を去るようにと忠告を与えました。ディムズデイル牧師は、自分の魂は迷っているが、それでも他の人のためになることをするために今の町に居残るつもりであるという意思を示しました。
しかしヘスターは、何もかもをやり直して、七年間の重い不幸を全て置いておくようにと強く懇願し、自分も一緒に旅立つという覚悟を彼に伝えました。
満ちあふれる日光
ヘスターとの関係を除いて一般に定められているおきてから外れた経験をしたことのなかったディムズデイル牧師とは対照的に、七年間も追放され、恥辱の日々を送ってきたヘスターは、社会から離れた見方でものごとを眺めていました。
ディムズデイル牧師はやがて、ヘスターと一緒でなければ生きてはいけないのだ、幸福な道を追求してもよいのではないかと考えるようになりました。彼は新しく生まれ変わり、慈悲深い神さまを称える力を得たような気持ちになり、なぜもっと早くこのことに気づけなかったのだろうかと考えました。
ヘスターは、緋文字をつけていた留め金を外し、投げ捨てました。恥や苦しみの重荷を捨て去った彼女は、若く女らしい美しさを取り戻し、歓喜に身を震わせながらパールを可愛がり、どのように育てるべきか教えて欲しいと言いました。
ディムズデイル牧師は、長い間パールを恐れてきました。彼はパールが自分と喜んで接してくれるだろうかと尻込みしました。ヘスターは、森の動物や草花と戯れていたパールを呼びました。
小川のほとりに立つ子供
ヘスターとディムズデイル牧師は、町の人々が分かってしまうとも思われる、お互いの特徴を有したパールを見て、自分たちの運命の結びつきを感じました。ヘスターは、パールに対しての激しい感情や一途な態度を見せないようにすれば、向こうから愛情を抱いて来るだろうと語りました。パールは小川の向こう側に腰を下ろしたものの、毎日眼につくものに変化があることに我慢ができない性分であったため、こちらへ来ようとはせず、ヘスターの胸を指さしながら激しい身振りで怒りました。
ヘスターは、川のこちら側に落ちていた緋文字を拾い上げ、元通り自分の胸にとめると、パールは小川を飛び越えてヘスターに抱きつきました。
ヘスターは、ディムズデイル牧師が将来三人で手を繋いで歩いてくれるであろうとパールに教えました。しかしパールは、本能的な嫉妬か、気まぐれによって、ディムズデイル牧師に好意を示そうとはせず、彼から接吻を受けた額を水に浸して洗いました。
ヘスターとディムズデイル牧師は、その間にも話し合い、これからの生活の手筈を決めました。
迷う牧師
ディムズデイル牧師は、これほどまでに大きな生涯の変動を信じられず、漠然とした不安に駆られました。彼は自分の健康を鑑みて、ヘスターと身を隠す場所は、アメリカの荒野ではなく、都市の多い旧世界の方が適しているだろうと考えました。その頃たまたま一艘の船が港に入っており、三日のうちにイングランドのブリストルへ出航する予定でした。
看護婦として船長や乗組員と知り合いになっていたヘスターは、その船に乗船させてもらう役を引き受けました。
出航は四日後であり、三日後に選挙祝賀の説教をすることになっていたディムズデイル牧師は、公の義務を残らず果たすことのできると考えて喜びました。
ディムズデイル牧師は町に帰ると、自分が以前とは異なった存在であると感じ、敬虔な信者の信仰に逆らうような議論を行う、入信したばかりの少女を誘惑する、子供たちに悪い言葉を教えるといった悪いことをしたいという衝動を抑えるのに苦労しました。
彼が自分に悪いことをさせようとする悪魔に苦しめられている時、ヒビンズ婦人が通りがかり、彼に話しかけました。彼女はディムズデイル牧師が森へ行ったことを知っており、一言声をかけてくれれば喜んでお供すると言いました。ディムズデイル牧師はその申し出をきっぱりと断ったものの、この出来事は、彼の中の軽蔑や悪意、不必要に悪を求める心、神聖な善いものを嘲笑する態度といった悪の衝動を決定的に目覚めさせ、彼を誘惑しました。
住居に辿り着くと、ロジャー・チリングワースが彼の部屋へとやって来ました。ディムズデイル牧師は、彼が自分のことを疑っていると感じました。
ロジャー・チリングワースは、今晩自分の手当を受けないかと申し出ました。ディムズデイル牧師は、その申し出を断りました。ロジャー・チリングワースは、彼が治療を必要としなくなったのは、自分の薬の効果が出てきたのかもしれないと語り、去っていきました。
一人になったディムズデイル牧師は、貪るように食事をとり、既に書いていた選挙祝賀の説教を火にくべると、衝動のままに新しい原稿を書き始めました。
ニューイングランドの祝日
新総督が人々の手から職務を受け取ることになっている日の朝早く、ヘスターとパールは市の開かれる広場へやってきました。
それは出航の日でした。ヘスターは、自分に苦痛を与え続けてきた世界を去りつつあることに名残惜しさを感じました。多彩な色彩で飾り立てられていたパールは、母親の動揺に共鳴し、落ち着きなく、身軽く飛ぶように歩きました。
ヘスターは、今日はディムズデイル牧師に挨拶をしてはいけないとパールに囁きました。
人々は総督や牧師の行列が通るのを見ようと、広場に集まっていました。彼らは、イギリスのエリザベス朝の華やかな時代を知っている人たちの移民の子供たちでした。ジェイムズの時代のような娯楽施設がなくなった清教時代の暗い時代の始まりにおいて、このただ一日の祝日だけは、人々は難しい顔をしていないように見えました。
そこにはインディアンや、粗暴で陽気な無法者揃いのスペインの水夫たちも参加していました。ロジャー・チリングワースは、派手に飾り立てた水夫たちの船長と肩を並べ、親しそうに話しながらこの広場へと入ってきました。
船長は、ヘスターを見つけると躊躇なく話しかけ、ロジャー・チリングワースが一緒に乗船することになったことを伝えました。ヘスターは、平静を装いましたが、ロジャー・チリングワースが恐ろしい微笑みを浮かべながら立っている姿が見えました。
行列
やがて軍楽の音が聞こえ、教会堂に向かって歩く行列が現れました。護衛の軍隊に続いて、高級文官が、その後にはディムズデイル牧師がつづきました。彼はいつものような弱い足取りではなく、精神的な力によって力強い歩きぶりで前に進んでいました。
ヘスターは、この威厳を備えながら通り過ぎていくディムズデイル牧師が、森の中で会話した男とは違った男に見え、心が沈みました。パールもまた、彼が自分にキスをした男だとは思えないと語りました。
豪華な服装で行列に紛れていたミストレス・ヒビンズは、森の中でヘスターが彼と会ったことを知っており、ディムズデイル牧師が魔王の家来になったのを認めないために、その印が昼間でも人々の目に解るようになるだろうと語り、かん高く笑いながら去って行きました。
やがて教会堂ではじめの祈りが行われ、ディムズデイル牧師の説教が始まりました。
ヘスターは、処刑台の近くに場所をとり、その説教を聞きました。その言葉ははっきりとは聞こえて来なかったものの、情熱と哀感のこもった言葉の抑揚は人々の心をゆすぶりました。
パールは母のそばを離れ、広場を遊び歩いていました。その活潑な様子に心を打たれた船長がパールを捕まえ、ロジャー・チリングワースが船に母親の友達を連れてくると言っていたことを伝えてほしいとことづけました。
パールがそれを伝えると、ヘスターは避けがたい宿命に打ち沈みそうになりました。緋文字を初めて見た人々がまわりにやって来て、彼女は恥辱を感じました。
緋文字を明示する
説教が終わると、聴衆はディムズデイル牧師を讃えながら教会のドアから出て来ました。彼の説教は、賢明で高尚、神聖な精神によって行われたもので、彼を非常に高い地位に押し上げ、人々の尊敬を受けるものでした。
しかし演説の間、彼を支えていた霊感のようなものがその役割を終えたかのように、ディムズデイル牧師は非常に蒼ざめ、よろめきながら、軍人や文官や長老の列の中を歩いていました。
ジョン・ウィルソン牧師が歩み寄りましたが、ディムズデイル牧師は震えながらその手をしりぞけ、ヘスターとパールの立つ処刑台のところで足を止めました。
ベリンガム総督もまた歩み寄ろうと考えたものの、ディムズデイル牧師の表情は、総督を寄せつけないものがありました。
彼は処刑台の方へ向けて両腕を差し伸べ、ヘスターとパールを呼びました。
パールは彼のそばへ飛んでいき、膝のまわりに抱きつきました。ヘスターもまた彼の方へと歩み寄りました。
そこへロジャー・チリングワースが、陰険で邪悪な表情を浮かべながら人混みを押し除けてやって来て、ディムズデイル牧師の腕をとらえ、名誉を汚さないようにと忠告し、ヘスターとパールを追い出すようにと囁きました。
しかしディムズデイル牧師は、ヘスターに手を差し伸べ、処刑台の上へと登らせてくれと頼みました。ヘスターは、ディムズデイル牧師を腕に抱いて支えながら、大騒ぎする群衆の中、彼を処刑台の上へと導きました。ロジャー・チリングワースはその後へと続いて処刑台の上へと登り、自分から逃げることのできる隠れ場など存在しないと彼らを脅しました。
ディムズデイル牧師は、群衆に向かい、ヘスターが七年間もつけていた緋文字と同じ罪と不名誉の刻印を、これまで悲しい精神を持っているという態度で巧みに隠してあったのだと告白し、牧師の垂れ襟を胸からもぎ取ると、勝利を得たかのような顔をして処刑台に崩れ落ちました。
ヘスターは、彼を抱き起こし、その頭を自分の胸にあてて支えました。
ロジャー・チリングワースは、ディムズデイル牧師が自分から逃げてしまったと嘆きました。ディムズデイル牧師は、自分と同じように罪深いロジャー・チリングワースにも神様が許してくださるようにと祈りました。そしてパールに優しく微笑むと、キスをしてくれるかと聞きました。パールは、彼の唇にキスをし、涙を流しました。それは人間の喜びと悲しみの中に成長していつまでも世の中と争うことなく一人の女性となるという誓いでした。
ディムズデイル牧師は、自分たちが神を忘れたときからお互いに会えなくなったものの、焼きつくような苦悩を神が与えてくれたために、魂は永久に救われたのだと言うと、神が慈悲を示して苦悶を与えてくれたことに感謝し、ヘスターに別れを告げ、息を引き取りました。
結び
この処刑台のできごとを見ていた人々は、牧師の胸にヘスターと同じ緋文字が肌に刻みついているのを見たと証言しました。
それは、ディムズデイル牧師の懺悔か、ロジャー・チリングワースの魔法と毒素の力によるものか、神のおそろしい裁きかといったさまざまな推測がなされました。
しかしその情景のすべてを見たという人は、ディムズデイル牧師の胸には何の印もなかったと証言しました。その目撃者は、自分の死を予感した彼が、堕落した女の腕に抱かれて息を引き取ったことにより、我々は一様に罪人であるということを人々に示したのだと主張しました。
ディムズデイル牧師の死後、ロジャー・チリングワースは、体力、精力、生命力、知力を使い果たしたかのように衰え、その年のうちに死にました。彼は遺言状により、ボストンとイギリス双方にある莫大な財産をパールに遺贈しました。
その遺言状の執行人は、ベリンガム総督とウィルソン牧師でした。
パールは新世界でいちぼんの金持ちの相続人となりました。まもなくヘスターとパールは姿を消し、二人の消息は途絶えました。緋文字にまつわる物語は伝説となり、ディムズデイル牧師の死んだ処刑台とヘスターの住んでいた海辺の田舎家は怖しいものと思われました。
長い時間が経った後、ヘスターは一人でその家に戻り、長い間捨て置いていた緋文字を再び胸につけました。パールの消息は誰にも分かりませんでしたが、ヘスターのもとにはイギリスにはない紋で封印した手紙や、小さな装飾品が届いているようでした。またヘスターは、赤ん坊の衣装に刺繍をしている姿を見かけた人もいました。
その後百年が経ち、調査にあたった検査官は、パールが結婚して幸福な生活を送り、母親を自分の家に招き入れようとしていたということを突き止めました。
しかしその時ヘスターは、罪を犯し、悲しみの生活が待っているニューイングランドの土地を選び、自分の意思で緋文字を生涯身につけたのでした。
緋文字は恥辱の印ではなくなり、畏怖と尊敬を抱かせるようになり、彼女のもとには多くの人々が忠言を求めて訪れるようになりました。
ヘスターは、その人たちにできるだけ慰めの助言を与え、この世が今よりも成熟し、明るい時代がやって来れば、男女の関係を相互の幸福という基礎の上に確立するために新しい真理が啓示されるだろうと言いました。
その後何年も経った後、ディムズデイル牧師の墓の横にヘスターは葬られました。その二つの墓の間には隔たりがありましたが、墓石の平らな石には、「暗い色の紋地に、赤い文字A」という言葉が刻まれていました。