モリエール『ドン・ジュアン』の登場人物、あらすじ、感想

 『ドン・ジュアン』は、17世紀のフランスの劇作家モリエールによる、放蕩者の騎士「ドン・ファン」の物語を下敷きに書かれた戯曲です。
 作品の起源である「ドン・ファン」は、スペインの伝説的な人物で、1630年に同国の作家による『セビリアの色事師と石の逆』の主人公として戯曲化されていました。これがイタリアに伝わり、イタリア人の劇団によってフランスに紹介され、大ヒットとなりました。
 俳優としても活躍していたモリエールが率いる一座は、当時、劇団員の死や、モリエール自身の健康問題、自分の劇団の女優であった妻との不和、劇場の入り口で起きた流血沙汰などにより、満足な上演ができないでいました。早急な作品を作る必要に迫られていたモリエールは、イタリア人の劇団による上演にヒントを得て、ほとんどそのストーリーを借用する形で、『ドン・ジュアン』を書き上げました。
色事師、何をも信じない無神論者、偽善者として放蕩の限りを尽くし、最後の幕では石像による裁きという報いを受けて絶命する『ドン・ジュアン』を描いたこの作品は、1665年2月15日、パレ・ロワイヤル劇場で初演を迎えました。発表と同時に大当たりとなり、モリエール一座は成功を収めることとなりましたが、宗教家と結託した一部の人々から非難を浴び、十五回の上演で終幕となりました。
 モリエールの死後百年以上が経過した1841年、オデオン座、その数年後に国立第一劇場コメディー・フランセーズがこの作品を原作どおりに取り上げ、『タルチェフ』、『人間ぎらい』と並んで、モリエールの三大傑作の一つに数え上げられる重要な作品と見なされるようになりました。このページでは『ドン・ジュアン』の登場人物、あらすじを紹介します。

『ドン・ジュアン』の登場人物

ドン・ジュアン
放蕩を繰り返す青年貴族。恋愛の楽しみは移り変わりの中にあると考えており、これまでに数々の情婦を作っては逃げ出すという生活を送っている。

スガナレル
ドン・ジュアンの従僕。放蕩を繰り返す主人に呆れながら、共に旅をしている。

ドーヌ・エルヴィール
ドン・ジュアンの妻。修道院の垣根の外から口説かれてて結婚したものの、ドン・ジュアンに新しく惚れ込む女ができたために捨てられる。

ギュスマン
エルヴィールの従僕。

ピエロ
海沿いに暮らす百姓。

シャルロット
ピエロの婚約者。

リュカ
ピエロの友人。太っている。

マチュリーヌ
海沿いの村の娘。

ラ・ラメー
ドン・ジュアンの護衛の剣客。

フランシスク
貧者。

ラ・バイオレッ
ドン・ジュアンの使用人。

ラゴタン
ドン・ジュアンの使用人。

ディマンシュ
ドン・ジュアンの出入りの商人。

ドン・ルイ
ドン・ジュアンの父。

ドン・カルロス
エルヴィールの兄。

ドン・アロンス
エルヴィールの兄。ドン・カルロスの弟。

『ドン・ジュアン』のあらすじ

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第一幕

 生来の放蕩者である青年貴族ドン・ジュアンは、従僕スガナレルを連れ、ある町を旅しています。彼は許婚者のいる若い娘に恋をしたため、修道院の垣根を越えて口説き落とした妻ドーヌ・エルヴィーヌを捨て、目当ての娘が結婚式を挙げることになっているこの町へとやって来たのでした。
 スガナレルは、四方八方で情婦をつくるやり方はけしからぬことだと主人に忠告を与えました。
 しかしドン・ジュアンは、恋愛の楽しみは移り変わることにあると考えており、一人の女を生涯愛し続けるという芸当は自分にはとてもできるものではないのだと語りました。

 ドン・ジュアンは、今回新しく惚れ込むことになった女が、その日許婚者と一緒に舟遊びに行くことになっているので、娘を手に入れるための手筈を整えているのだと語りました。

 そこへ、ドン・ジュアンのあとを追ってやってきたエルヴィールが現れ、旅立ちのわけを直接聞かせて欲しいと頼みました。
 ドン・ジュアンは、修道院を出たエルヴィールと結婚したことで、神さまの妬みを感じたのだと弁明しました。
 エルヴィールは怒りだし、他人を辱めた不実には、いつか神さまから罰が下るだろうと予告し、去って行きました。
 ドン・ジュアンは、しばらく思案したものの、すぐに次の恋をやり遂げる手立てを考え始め、スガナレルを呆れさせました。

第二幕

 ドン・ジュアンは、目当ての娘を追って船に乗り、思いもよらぬ突風でスガナレルとともに海に落とされました。
 折よく海岸に遊びに来ていた百姓のピエロとリュカは、溺れそうになっていた二人を引き上げました。助け出されたドン・ジュアンは、すぐに村の女マチュリーヌを口説き始めました。
 ピエロはこの顛末を婚約者のシャルロットに語りました。シャルロットは、その男を見てみたいと言い始め、ドン・ジュアンが服を借りているピエロの家までやってきました。

 シャルロットがやって来ると、ドン・ジュアンはマチュリーヌに劣らぬ別嬪だと考え、彼女を口説きにかかりました。シャルロットは、ためらいながらもその気になり、叔母が許すなら結婚を承諾すると答えました。
 ピエロは二人の間に割って入り、ドン・ジュアンと争いになりました。
 シャルロットの叔母に顛末を言いつけるためにピエロが去って行くと、そこへマチュリーヌが現れました。

 ドン・ジュアンは、シャルロットとマチュリーヌの両方を口説くため、二人を別々に誉め上げました。しかし結局、二人の娘は争いになり、双方と結婚の約束をしたのは本当なのかと詰め寄られたドン・ジュアンは、用事があると嘘をついて、その場を離れました。

 そこへドン・ジュアンの護衛の剣客ラ・ラメーが現れ、十二人の騎馬隊がドン・ジュアンを追ってこの村へやって来ているので、すぐに引き上げるようにと忠告しました。

第三幕

 追手から逃れるため、ドン・ジュアンは田舎者の格好に、スガナレルは医者の格好に変装し、森の中を歩いています。医者の格好をして知恵が湧いて来たような気分になったスガナレルは、医術だけでなく、神、地獄、悪魔、あの世といった存在を信じないドン・ジュアンに議論を吹っかけました。ドン・ジュアンは、スガナレルの質問を笑い飛ばし、自分は「二に二を足せば四になる、四に四を足せば八になる」しか信じないのだと語りました。
 そのうちに二人は道に迷い、通りがかりの貧者フランシスクに道を聞きました。
 フランシスクは、この道をまっすぐ行けば町に着くが、森の外れには追い剥ぎが出ることを伝えました。
 見返りに施しを求められたドン・ジュアンは、神を呪うなら金貨を与えようと答えました。フランシスクは、神を呪うくらいなら死んだ方がましだと、その金貨を受け取りませんでした。結局ドン・ジュアンは、金貨をフランシスクにやりました。

 やがて一行は、ひとりの男が追い剥ぎに襲われている現場に出くわしました。ドン・ジュアンは、争いの中に飛び込んで男を助けましたが、助け出された男は、エルヴィールの兄ドン・カルロスで、妹を侮辱したドン・ジュアンに仇をとるために数日前から行方を尋ねているところでした。
 ドン・ジュアンは、本人の友達だと名乗りましたが、そこへドン・カルロスの弟ドン・アロンスがやって来て、兄と歩いているのが妹を侮辱した本人であると気づきました。
 ドン・ジュアンは、自分の名を白状し、刀の柄に手をかけました。
 すぐに敵討をしなければならないと主張するドン・アロンスに対し、ドン・カルロスは自分の恩人に猶予を与えようとして、敵討を許しませんでした。
 ドン・ジュアンは、償いは必ず果たすことを約束して、二人と別れました。

 次にドン・ジュアンとスガナレルは、立派な建物の前へとやって来ました。
 それはドン・ジュアンが殺めた騎士が建てさせた墓でした。恐れを知らないドン・ジュアンは、その墓へと入り、中に建ててある騎士の像に一緒に晩飯をやらないかと聞くようにスガナレルに命じました。
 自分の主人と晩餐をとる気があるかとスガナレルが聞くと、その石像はうなずきました。恐れおののいたスガナレルは、これを主人に伝えました。
 ドン・ジュアンは、恐れることもなく、改めて自分の家の晩餐に像を招待しました。

第四幕

 居間に帰ると、スガナレルは、神さまがドン・ジュアンの暮らしぶりに腹を立て、像を動かしたに違いないと説教を始めました。しかしドン・ジュアンは、スガナレルの説教に腹を立て、夜食の準備をさせるようにと言いつけました。
 そこへ出入り商人のディマンシュが借金返済の催促のためにやって来ました。しかしドン・ジュアンは話を逸らせ、ディマンシュに用件を話す機会を与えませんでした。
 とうとう用件を言い出せなかったディマンシュは、ドン・ジュアンの前を辞退して行きました。
 スガナレルは、ディマンシュの愚痴を聞いてやり、いつか主人は借金を払うだろうと請け合いましたが、自分にも借金があることを指摘されると、「おととい来い」とディマンシュを追い出しました。

 次にドン・ジュアンのもとへ父親ドン・ルイがやって来ました。ドン・ルイは、息子の放縦な行いに対して説教を行い、素行を改め、徳行を積むことを勧めました。
 しかしドン・ジュアンは、父親の言葉にうんざりするばかりでした。

 次に現れたのは、神を信じることで恋情を追い払ったエルヴィールでした。ドン・ジュアンを心配してやって来たエルヴィールは、神の情けが尽き果てる前に、これまでの行いを悔い改めるよう、涙ながらに訴えました。
 しかしドン・ジュアンにその忠告が効くはずもなく、かえって再びエルヴィールに未練を感じ、家に泊まっていくように勧め始めました。
 このような主人に呆れ返りながらスガナレルが晩飯の支度をしていると、騎士の像がやって来て、翌日の晩、自分の家へ招きたいが、来る勇気があるかと聞きました。
 ドン・ジュアンは、その招待を受けることを約束しました。

第五幕

 ドン・ジュアンは、父親を丸め込み、面倒ごとから身を引くために、偽善者になることを決めました。これまで犯してきた罪を償うよう努力したいという息子に、ドン・ルイは喜び、死んだ妻にこれを報告しに行きました。

 ドン・カルロスは、一家の名誉のためにエルヴィールを再び妻として認めてほしいとやって来ました。しかしドン・ジュアンは、これまでの非道な行いを悔い改めるために神の道に入るので、結婚することはできないのだと答えました。
 納得のいかないドン・カルロスは、いずれ果たし合いをすることを宣言して去って行きました。

 そのようなドン・ジュアンの前に、ヴェールをかぶった女の姿の亡霊が現れ、悔悟しないのであれば破滅するだろうと伝えました。ドン・ジュアンが正体を見届けようとすると、亡霊は、鎌を手にした 「時」の姿になり、ドン・ジュアンが斬りかかると飛び去っていきました。

 ドン・ジュアンは、騎士の像に会い、像の家へと自分を案内させました。その途中の道で、騎士の像は、手を貸してほしいと頼みました。ドン・ジュアンが手を差し伸べると、騎士の像は彼の上に雷を落としました。
 ドン・ジュアンは、燃え盛る烈火に体じゅうを焼かれて絶命しました。主人を失ったスガナレルは、これまでに騙された人々は満足しても、給料が入らなくなった自分一人だけは可哀そうだと嘆きました。

管理人の感想

 『ドン・ジュアン』は、自分の劇団の経営に行き詰まっていたモリエールが、新しいヒット作を生み出さなければならないという必要に迫られて書き下ろした作品と言われています。早急に仕上げなければならなかったため、当時スペインから持ち込まれた放縦な騎士ドン・ファンの物語の筋を、ほとんどそのまま拝借して書き上げたようですが、今では原典をしのぐ勢いで、全世界で読まれ続けています。
その場しのぎで書かれた戯曲にもかかわらず、『ドン・ジュアン』は読み物として非常に面白いです。
気に入った女を見れば次々と結婚の約束をとりつけて口説き落とし、飽きればすぐに逃げ出す。神も医術も信じず、罰当たりな行為をいとも容易く行う。面倒ごとを避け、隠れて悪いことを行うために、信心深いふりをする偽善者になり、実の父親に対しても嘘を吐きまくるといった行為を抜け抜けとやってのけるドン・ジュアンですが、時に真を突くような、痛快とも言える発言をすることもあり、どこか憎めない魅力があります。騎士としての仁義を重んじる一面もあり、襲われた騎士を助ける義侠心や、恐ろしい石像にも物怖じしない豪胆さは、彼の魅力をさらに引き立てています。エルヴィールやドン・ルイをはじめとした人々が彼に忠告を与えている時、「どうか改心しないでくれ」と願ってしまい、結局彼が反省の色を何ひとつ見せないと、どこか安心してしまうといった人も多いのではないかと思います。

 そのドン・ジュアンの家臣スガナレルもまた、非常に魅力的に描かれています。タイプが違えどドン・ジュアン以上に人間らしい要素を多く持つ人物で、主人に媚びへつらいながら、その特権から得られる甘い汁を吸い、下の身分のものに対しては驕った態度を取り、恐ろしい場面からはすぐに逃げ出します。彼は向こう水なドン・ジュアンの身を案じ、神の道へとつくように常に忠告を与えようと試み続けるものの、やがて反省することのない主人に呆れかえり、徐々に愛想を尽かすようになっていきます。

 この対照的な二人のキャラクターによるかけ合い漫才のようなやり取りは、現代でも十分に通用すると可笑しさがありながら、理性と欲望の間で揺れ動く人間の心の葛藤を代弁しているようで、非常に説得力があります。シェイクスピア劇のような綿密に計算され尽くしたプロットがあるわけではないものの、傑出したキャラクターによるコントといった感じで、非常に読みやすいというのも、一つの特徴であると思います。

 最終的に、ドン・ジュアンは石像の裁きによって全身を雷に燃え尽くされ、スガナレルに「おれの給料!おれの給料!」と、なんとも痛快な台詞を吐かれて幕を閉じます。
 筋だけを見ると、放蕩を繰り返した偽善者が神からの罰を受けるという、いかにも教訓的な話ですが、「ドン・ジュアンのような生き方は良くないんだ」と思うよりは、どちらかというと、最後の最後まであっぱれな死にざまを見せてくれたなという印象の方が深く残ります。
 傑出したキャラクターが、単純なプロットの中で面白おかしく動きまわる。これほど読者(この場合は戯曲なので聴衆とも言えますが)を楽しませてくれる要素はありません。その点、これらの要素をすべて持つ『ドン・ジュアン』が、四百年近くにわたって世界中の人から愛されているのは、当然のことなのかもしれません。