太宰治『新ハムレット』の登場人物、あらすじ、感想

 『新ハムレット』は、1941年に発表された太宰治の作品です。全時代的で世界的な戯曲として名高いシェイクスピアの代表作『ハムレット』から、主人公のデンマーク王国の王子ハムレットをはじめとして、その叔父で現王クローヂヤス、ハムレットの母親で、現王妃でもあるガーツルード、王の家臣ポローニヤス、その息子レイヤチーズと娘のオフィーリヤ、ハムレットの友人ホレーショーといった主要登場人物が、原作とは異なった展開の物語を繰り広げる戯曲形式の作品となっています。

 このページでは、『新ハムレット』の登場人物、あらすじ、感想を紹介します。

『新ハムレット』の登場人物

クローヂヤス
デンマーク国王

ハムレット
先王の子にして現王の甥

ポローニヤス
侍従長

レヤチーズ
ポローニヤスの息

ホレーショー
ハムレットの学友

ガーツルード
デンマーク王妃。ハムレットの母。

オフィリヤ
ポローニヤスの娘

『新ハムレット』のあらすじ

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一 エルシノア王城 城内の大広間

 二ヶ月前に先王が死んだデンマーク王国では、その弟のクローヂヤスが新たな王となり、先王の妻であったガーツルードと結婚しました。

 城内の大広間では謁見式が行われ、クローヂヤスは、いつノルウェーとの戦争が起きるかわからないデンマーク王国のために、自分が後を継ぎ、ガーツルードと結婚することになったのだと皆に向けて説明しています。

 宰相ポローニヤスの息子レヤチーズは、この継承に合わせて遊学先のフランスから帰国していましたが、クローヂヤスに頼み込んでフランスへ戻ることを許されました。

 先王の息子ハムレットは、父の死から憂鬱な日々を過ごし、その日の謁見式も喪服で出席していました。彼もフランスへの遊学を望んでいましたが、クローヂヤスは、いずれ自分の王位を継ぐことになる彼には国内で政治を学んでほしいと考えていました。

 ハムレットとクローヂヤスは、二人きりで話し合いの場を持つこととなりました。クローヂヤスは、お互いに親子ほどの愛情を持てないまでも、国の安定のために臣下の前では新しい父と呼んでもらいたいと語り、相談役としてハムレットの古くからの友人であったホレイショーを呼んだことを伝えました。

 クローヂヤスを父親として考えることのできないハムレットは、ホレイショーの来訪を喜びながらも、先王が死んでから滅茶滅茶になった生活や、母ガーツルードもクローヂヤスの味方になってしまったことを嘆きました。

二 ポローニヤス邸の一室

 荷造りを終えたレヤチーズは、妹のオフィリヤに、ニヒリストで道楽者のハムレットへの恋を諦めるように忠告しています。

 ポローニヤスは、旅立とうとするレヤチーズに、遊学の心得をしつこく言い聞かせます。そして息子が旅立って行くと、これまでに散々小言を言ってきたものの、教育というものはそのような心の駆け引きだけのものではないことが分かってきたと語りました。オフィリヤは、それがレヤチーズではなく、自分に向けられた叱責であることに気づき、何もかもを知っていながらハムレットとの関係を聞き出そうとする父を非難し、泣きだしました。

 ポローニヤスは、ハムレットの評判が落ちた今になって結婚することは叶わないだろうと、隠れて逢瀬を繰り返していた娘を責めました。

三 高台

 ハムレットと再会したホレーショーは、先王の幽霊が毎晩現れ、ガーツルードに恋慕したクローヂヤスに毒殺された仇をとってほしいと訴えているという噂があるということを伝えました。

 その話を聞いたハムレットは、幽霊が自分のもとへ現れるという噂は真実であると打ち明け、父のためだけでなく、根も歯もない噂を立てられて民から嘲笑されている叔父や母のためにも、その根拠を見つけてみせると誓いました。ホレーショーは、いずれまたこの件に関して相談したいと申し出ました。

 ハムレットは、もう一つ苦しい秘密があるのだと打ち明けました。二人はまた翌日、落ち着いてから語り合うことを約束しました。

四 王妃の居間

 ガーツルードは、居間にホレーショーを呼び出し、すぐに取り止めのないことで夫に食ってかかるハムレットについて相談しています。

 ホレーショーは、自分の尊敬する友人ハムレットが王と王妃のことを気の毒がっていたことを正直に語りました。

 それでもハムレットのことを信じられないガーツルードは、ホレーショーが彼をかばって何か隠しているのではないかと疑いました。

 ホレーショーは、ハムレットには内心の苦悩があることに気づいたものの、その原因が何であるのか分からなかったのだと正直に答え、幽霊の噂を打ち明けたことで、自分が王家の問題を複雑にしてしまったと嘆きました。

 そこへクローヂヤスがやってきて、オフィリヤがハムレットの子を妊娠し、それが原因でポローニヤスが辞表を出したことを伝えました。

 クローヂヤスは、オフィリヤが慰みに使われたに過ぎないので、彼女をしばらく田舎に引き籠らせればすぐに別れるだろうと考え、ホレーショーにハムレットの本音を聞いてみてほしいと頼みました。

五 廊下

 廊下でポローニヤスがハムレットに話しかけ、辞表を出したことを伝え、オフィリヤを妊娠させたことを非難しました。ハムレットは、自分の乱心を非難されているのだと早合点し、ポローニヤスの頬を殴りました。

 しかしやがてハムレットは早合点をしたことに気づいて謝り、オフィリヤと結婚することを誓いました。

 ポローニヤスは、ハムレットを信用することはできませんでしたが、オフィリヤが一時の慰み者ではなかったことだけは理解し、ある計画を思いついたので力を貸してほしいとハムレットに頼みました。

 そこへホレーショーがやってきて、オフィリヤを田舎に引きこもらせて万事を解決させるというクローヂヤスの計画を打ち明けました。これを聞いたポローニヤスは、クローヂヤスへの疑念を語り、噂の真相を確かめるための計画をハムレットとホレーショーに持ちかけました。

六 庭園

 ガーツルードは、オフィリヤに体の調子を尋ね、自分が相談相手になれるだろうと語りました。父や兄に本音を打ち明けることを躊躇していたオフィリヤは、母親のように甘えることができるのではないかという期待をいだきながらガーツルードを慕い、その気持ち故にハムレットの子を授かったのだと告白しました。

 ガーツルードは、その言葉に涙し、自分は汚く、いやらしいと、許しを乞い始めました。そしてオフィリヤに促されて座った腰掛けが、先王の臨終の時のものであることを知ると、自分は間違ったことをしたと嘆きました。

七 城内の一室

 ポローニヤスが企てたのは、イギリスの女流作家の劇作を演出したもので、ホレーショーは花婿の役を、ポローニヤスは花嫁の役を、ハムレットは亡霊の役を演じることになりました。その内容は、花婿のところへ嫁ごうとする花嫁が、亡霊となった過去の男に連れ去られるという内容となっていて、先王を殺したと見られるクローヂヤスとガーツルードにとっては手痛いものとなるはずでした。

 生きている人間は皆可哀想だと考えていたハムレットは、叔父が悪いことをしているという証拠を得て何になるだろうと考えながら、その劇に参加しました。

 劇を見たガーツルードは、気を悪くして出て行きました。クローヂヤスは、表向きはその演技を褒め、あとで自分の居間に来るようにポローニヤスに命じました。

八 王の居間

 クローヂヤスは、ポローニヤスがハムレットやホレーショーをそそのかして行った朗読劇を裏切りだとし、なぜあのような無礼で馬鹿な真似をしたのかと聞きました。

 ポローニヤスは、正義のためにあのような芝居を打ったのだと食ってかかり、先王の死についての城内の噂について問いただしました。

 クローヂヤスがとぼけていると、ポローニヤスは、自分が噂を軽率に騒ぎ立てることで、それがかえって広まらないようになると考えてあのような芝居を打ったのだと主張しました。しかし、ポローニヤスがガーツルードに想いを寄せているのではないかと疑っていたクローヂヤスは、その弁解を信じず、免職、入牢を命じ、オフィリヤとハムレットとの結婚を認めるのを辞めたと宣言しました。

 ポローニヤスは退出を命じられながらも、クローヂヤスが自分の失脚を狙っていたのだろうと喚き立て、二ヶ月前、先王が庭に出た時に見たことを語ろうとしました。クローヂヤスは、短剣でポローニヤスを突き刺しました。その場に隠れていたガーツルードは、逃げ出しました。

九 城の大広間

 演技を終えたハムレットは、今回の朗読劇後の騒ぎが、実はクローヂヤスとポローニヤスによる、自分たちの目を先王の殺害から逸らそうという目的を持って共謀した芝居であったと考え、大人たちによる心理の駆け引きに嫌気がさしていました。

 昨日ガーツルードから優しい言葉をもらい、すっかり元気になっていたオフィリヤは、皆がなごやかに暮らしている中、ハムレット一人が自分の空想で彼らを悪人にし、苦しめているのに過ぎないのではないかとたしなめ、ガーツルードの愛だけは信じてあげてほしいと頼みました。

 ハムレットは、オフィリヤがガーツルードから悪知恵をつけられて、妙に自信を得たのだろうと考え、愛情の言葉を口に出そうとしない母親に、愛は言葉であり、言葉がなければ愛情もなくなるのだと伝えてあげるとよいと語りました。

 オフィリヤは、神は言葉に表すこともないまま、皆を愛していると、ハムレットの意見に反駁しました。

 そこへクローヂヤスがやって来て、レヤチーズの船がノルウェーの軍艦に沈められ、戦争が始まったことを伝えました。ハムレットは、同い年のライバルでもあったレヤチーズの死を悼みました。

 クローヂヤスは、詳しくは語らないまでも、ポローニヤスが不忠の臣であり、今はこの城にいないということ、ガーツルードもどこかへ姿を消していることを伝えました。

 何か隠し事があるということに気づいたハムレットに対し、クローヂヤスは、自分が先王に殺意を持っていたことを認めながら、先王を自分が殺したという噂は誤りで、急に病気で死んだのだと、なおも嘘をつき、自分の罪を隠し続けました。

 しかしすべてを悟ったハムレットは、裏切り者のなかで暮らし、果ては殺されるに至った父親のことを憐れみ、「裏切者は、この、とおり!」と言って、切先をクローヂヤスに向けながら、突然その短剣で自分の左の頬を引き裂きました。

 そこへホレーショーがやってきて、ガーツルードが庭園の小川に身を投げて死んだことを伝えました。

 クローヂヤスは、汚辱の中にいながら、耐え忍んで生き、恋も虚栄も忘れて宿命をまっとうすることを自分に誓い、腹の底では泣いていることをハムレットに告白しました。ハムレットは、それでも叔父のことを信じられず、この疑惑は自分が死ぬまで持ち続けるだろうと語りました。

管理人の感想

 「はしがき」において「作者の勝手な、創造の遊戯に過ぎない」と書かれているように、『新ハムレット』は、オリジナルの作品とは似ているようでまったく異なった筋の作品となっており、まずはこれを比較するのが楽しい作業になります。

 いくつか違いをここに挙げてみます。なお、現在日本で一般に紹介される時の原作のキャラクターの発音は、この作品に出てくる名前とは微妙に異なっています(オフィーリア→オフィリヤ、クローディアス→クローヂヤス、レイアーティーズ→レヤチーズなど)が、ここでは『新ハムレット』における名前に統一しています。

劇を創作するのが原作ではハムレット、『新‥』ではポローニヤス

ポローニヤスを殺すのが原作ではハムレットの過失、『新‥』ではクローヂヤス

レヤチーズは、原作ではハムレットとの決闘で命を落とし、『新‥』では、ノルウェーとの戦闘で命を落とす。

ガーツルードは、原作では誤って毒を飲んで死に、『新‥』では小川に身を投げて死ぬ

オフィーリヤは、原作ではハムレットの子を妊娠しておらず、狂気の末に身を投げて死ぬ。『新‥』では、妊娠に苦しむが、ガーツルードからの言葉によって慰められ、ハムレットに神を信じることを説く。

ハムレットは、原作ではクローヂヤスの奸計によるレヤチーズとの決闘で命を落とす。『新‥』では、クローヂヤスの奸計を見破り、自分の頬を刺す。

などなど。

 そもそも原作は、クローヂヤスに父親を殺されたハムレットの復讐劇ですが、『新ハムレット』ではクローヂヤスに対しても疑いの目を向けるばかりか、時に憐憫の情さえ起こしており、復讐など考えようともしていません。原作では、登場人物の多くが非業の死を遂げます(ハムレット、クローヂヤス、ガーツルード、オフィリヤ、ポローニヤス、レヤチーズが死にます)が、太宰版で死ぬのはポローニヤスとガーツルードのみです。

 クローヂヤスがハムレットの父を暗殺し、ガーツルードと結婚したというバックボーンと、登場人物の相関関係だけは原作とほぼ同じですが、彼らの性格も異なっており、これはもうキャラクターの名前だけを借りた太宰治の創作と言っても過言ではないと思います。「愛は言葉だ。言葉が無くなれや、同時にこの世の中に、愛情も無くなるんだ。」といった数々の名言やアフォリズムに満ちた作風もまた、太宰治らしさを感じさせてくれる一面です。

 また、シェイクスピア劇におけるハムレットやクローヂヤスの内面の葛藤は、『新‥』では、より繊細なものに置き換えられています。特にクローヂヤスは、王を殺せるとは思えないほどに繊細に描かれており、原作における悪党としての振るまいよりも、王として、叔父としてどのように生きていくべきなのか常に逡巡し続ける、煮え切らない性格の方が目立つように感じられます。ハムレットもまた、原作では父の復讐のために狂気を装い、恋人のオフィーリアや親友のホレーショーにも真意を打ち明けず、孤独に目的へと邁進する姿が描かれますが、太宰作の方では、父親を殺された将来の王という特勝な立場であるにもかかわらず、どこにでもいる普通の一般家庭の問題で悩む中高生といった印象です。

 このような「月並み」な問題で悩める登場人物たちに、『新ハムレット』では原作よりも繊細な感情が与えられたこと、そして彼らに非業の死が与えられなかったことは、非常に意味深く感じられます。

 周知の通り、太宰治は、罪の意識に苦悩する男の姿を描いた『人間失格』の発表後間もなく、玉川上水で入水自殺を遂げました。『人間失格』という作品があまりにも多くの人々の共感を呼んで大ヒットとなり続けていること、そして自殺によって自らの生涯を閉じたということで、どうしても暗いイメージのつきまとう作家です。

しかし、戦争直後の厳しい時代に恋を成就させるために逞しく生きる女性の姿が描かれる『斜陽』や、山梨県の三坂峠で凛と生きる人々を描いた『富嶽百景』といった名作の数々を読んでいると、どれだけ辛く悲しい背景があったとしても、しぶとく生き続けていくことこそが最も美しく尊いものだということを伝え続けてくれた作家であるということが理解できると思います。どちらかというと、ポジティブなメッセージを読者に与えてくれることこそが、太宰治の文学の真の魅力であり、真骨頂なのです。勝手な解釈になりますが、太宰治の作品から励まされ続けている管理人にとっては、原作で暗殺、陰謀、決闘の末に死んでいく登場人物たちに、『新ハムレット』において凡庸な試練が与えられているのは、「ほとんどの人間は英雄的でドラマチックな死に方をするもんじゃない、卑小な苦悩を背負い続けながらも生き続けていかなければならないものなのだ」という太宰治からのメッセージのようにも受け取れるような気がします。