ドストエフスキー作『賭博者』のあらすじを詳しく紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。
ルーレテンブルクで合流した、アレクセイと将軍の一行
家庭教師のアレクセイ・イワーノヴィチは、雇い主の将軍らの依頼により、パリで四千フランの資金を調達したあと、二週間ぶりにドイツのガジノのある街ルーレテンブルクに戻り、三日前にやってきていた将軍たちと合流しました。
将軍は、先立った妻との間にできた子供のミーシャとナージャ、義理の娘のポリーナ・アレクサンドロヴナ、一緒に行動している女性マリヤ・フィリーポヴナとともに、そのホテルに泊まっていました。
アレクセイは、将軍の宿泊するホテルの小さな部屋をあてがわれました。彼はポリーナに偏執的な愛情を抱いていました。
将軍たちは、既にある程度の金をどこからか得ており、アレクセイがパリで調達してきた資金を合わせて正餐を開こうとしていました。その正餐には、将軍がロシアで工場の計画を共同で進めていたデ・グリューを名乗るフランス人、美貌のフランス人女性のマドモワゼル・ブランシュ、それにイギリス人も招かれているようでした。
マドモワゼル・ブランシュは、二十五、六歳の美貌を持つ女で、「伯爵夫人」と呼ばれている母親とともにこのホテルに泊まっていました。将軍は彼女に熱をあげているようでしたが、今ある金をすべて合わせても、ブランシュには少額であるため、すぐに金が足りなくなるであろうとアレクセイは考えました。
アレクセイは正餐の席に入りました。将軍は、家庭教師の身分でありながら、自分の許しを得ずに彼が現れたことに不服な様子を見せました。気立ての良いマリヤ・フィリーポヴナは、アレクセイに席を指図しました。
その正餐の席に招かれていたイギリス人は、この二週間のあいだにアレクセイがプロイセンの車室とスイスで二度も出会っていたミスター・アストリーでした。ミスター・アストリーは、物静かな男で、アレクセイとの再会を喜びました。彼はポリーナに惚れ込んでいるようでした。
食事の間、ポリーナが自分に目をくれないのを見て、アレクセイは失礼な口をきいてやろうと考えていました。財政問題やロシアの外交について論じ立てるデ・グリューの、ぞんざいで重々しく気取った態度が気に入らなかったアレクセイは、彼と喧嘩をしようと思い立ち、一八六三年のポーランド反乱をロシアが鎮圧したことで反感が広まっているため、今年の夏はフランス人やポーランド人がいる定食用テーブルにロシア人が座ることはできなさそうだと言いはじめました。
次にアレクセイは、パリの法王の大使館の窓口にビザをもらいに行った時のことを話しました。その時に対応した僧侶に待たされたアレクセイは、大司教が客に会っているのを見て、自分の用件も片付けられるはずだと言ってのけました。僧侶に反論されると、アレクセイは、自分が異教徒で野蛮人なので、自分にとっては大司教も尊くはないと言って一歩も引かない態度を見せました。すると僧侶は一分もたたないうちにビザを発給しました。
さらにナポレオン戦争の時にフランスの兵士が子供に発砲したことをアレクセイが立て続けに話すと、とうとうデ・グリューが怒鳴り始めたため、マリヤ・フィリーポヴナは、他の会話を始めようと試みました。将軍はアレクセイに不満の様子でした。
アレクセイに金を増やすよう命じるポリーナ
その夜、アレクセイはポリーナと話し、彼女のダイヤをパリで抵当に入れて受け取った七百グルテンを渡しました。もう少し金が入ると思っていたポリーナは怒り出し、金が必要なのだと言いました。
アレクセイは、自分の留守中に起こったことを尋ねました。ポリーナによると、ペテルブルクから便りがきて、将軍の叔母にあたる「お祖母さま」が亡くなりそうだという知らせが入ったようでした。「お祖母さま」は、遺言状に誰が遺産を手に入れるかを書いているはずで、ポリーナは彼女と血は繋がっていなかったものの、可愛がられていたため、自分のことを思い出してくれるはずだと考えていました。
アレクセイはポリーナのことを詮索するために、デ・グリューや、ミスター・アストリー、マドモアゼル・ブランシュのことを尋ねました。
ポリーナは、遺言で自分に何かしらのものが入った場合、将軍に金を貸しているデ・グリューが、自分にプロポーズするだろうと考えていました。
また彼女は、ミスター・アストリーが自分に惚れ込んでいるのも知っている様子でした。
やがてポリーナは、アレクセイの質問にいらだち、彼のことを金を得るために必要な人間であるが、それ故に憎らしく感じるのだと言い切りました。
アレクセイは、ポリーナを引き止めるため、マドモアゼル・ブランシュのことを尋ねました。ポリーナは、「お祖母さま」の遺産が入れば、将軍はブランシュと結婚するだろうと話すと、自分の七百フローリンをルーレットで増やしてくるようにと命じて去って行きました。
アレクセイは、気違いのようにポリーナに熱烈な恋をしていましたが、ルーレットで金を増やすことを命じた彼女を、自分は憎んでいるのだという結論に至りました。ポリーナは、そのようなアレクセイの気持ちに気づいていながら、彼を人間として扱わず、自分が彼の手の届かない女であるということに快感を感じているようでした。
アレクセイは、なぜポリーナが金を必要としているのかと考えながら、結局は彼女の言いなりになり、ルーレットへと向かいました。
カジノに入るアレクセイ
腹立たしい気持ちで人のひしめくガジノに入ったアレクセイは、しばらく勝負をする決心をつけかねていました。彼はルーレテンブルグで、自分の人生に決定的な出来事が起きることを予感していました。
ルーレットについての本を貪るように読み続けていたにも関わらず、その仕組みを理解していなかったアレクセイは、その晩は研究のために様子を見ることにし、真剣な勝負をしないことに決めました。
アレクセイは、人々が気兼ねなく欲望をさらけ出すガジノの不潔さを好む一方で、勝負に対する人々のうやうやしい敬意を見苦しいと感じていました。紳士は、儲けようという気持ちを見せてはならず、勝っても負けても笑顔で台を離れなければなりませんでした。一方の低俗な人々は、人の儲けた分を着服し、時には口論に発展することもありました。
そのような雰囲気を観察したアレクセイは、預かったポリーナの金のうちの一部を賭けてみることを決めました。
彼は自分のための勝負ではないという混乱から早く逃れたい一心で勝負を続け、手元にあった十フリードリヒ・ドルを百六十フリードリヒ・ドルに増やし、再び奇妙な感覚に襲われてその場を引き上げました。そして夜食の席でポリーナに儲けた金を渡し、今後は自分のために勝負をしたいので、彼女のために勝負することはしないと言い渡しました。
しかしポリーナは、儲けを折半にし、今後も勝負を続けて欲しいと申し出ると、それ以上アレクセイの反論には耳を貸さずに去っていきました。
再勝負
その後ポリーナは勝負のことを話さず、いつものように侮蔑的な態度で、アレクセイのことを必要としているのが金のためであることを隠しませんでした。彼女はアレクセイに自分への情熱を語らせておきながら、その情熱を全く意に介さないように振る舞いました。三週間前から自分の代わりにルーレットをやってほしいと頼まれていたアレクセイは、その口調からポリーナに深刻な心配事があることに気づいていました。
四日も前にペテルブルクに打った電報の返事がこないことが、アレクセイとポリーナの話題にのぼりました。それは、「お祖母さま」のことで、将軍とデ・グリューは、目に見えてそわそわしていました。
将軍は、昨年、職務引き渡しのための官金の不足額を埋めるための三万ルーブルをデ・グリューから借りており、またマドモアゼル・ブランシュに惚れ込んでもいたため、「お祖母さま」の死を告げる電報を待ち続けていました。もし「お祖母さま」が死ななければ、マドモアゼル・ブランシュは姿を消すだろうことは明らかで、アレクセイは、彼が破滅の道を辿るであろうと考えました。
アレクセイは、ポリーナと儲けを折半しないことと、何のために彼女が金を必要としているのかを説明することを条件に、ルーレットに出かけました。
彼は多くの人々が負けるのを横目に、自分なりの法則を見つけようとしました。ミスター・アストリーは賭博台の横に立っていましたが、自分では一度も賭けることはありませんでした。
アレクセイは、はじめの数回を勝ちましたが、その後立て続けに負け、ポリーナから預かった金を全部擦ってしまいました。彼は呆然として台を離れ、このことをポリーナに報告しました。
負けた分が自分の金なのかとデ・グリューに聞かれたアレクセイは、即座に嘘をつき、自分の金だと答えました。将軍もまた、アレクセイがどこからその金を手に入れたのか不思議がっている様子でした。ポリーナは、アレクセイが嘘をつくままにさせました。
ロシア人に賭博の才はないと言い切ったデ・グリューに対し、アレクセイは、ロシア人には西欧人に比べて資産を得る方法がないため、手っ取り早く稼げる賭博に取り憑かれやすいのだと説明しました。将軍は、ロシアを貶めるアレクセイの発言を咎めました。
アレクセイは、皆を挑発したくなり、著財法が確立されているものの、畏れ多い父親が家庭を支配し、長男の他はすべて奴隷か兵隊にならざるを得ないドイツのことを例に挙げました。それは誠実さと銘打ってなされる不自由さで、アレクセイは、そのような西欧の体制の中で生きるくらいなら、ロシア式にルートで一か八かの大儲けしたいのだと言いました。
ヴルマーヘルム男爵夫妻を侮辱する
ポリーナは物思いに沈んでいるように見えましたが、食卓を離れるとアレクセイに散歩についてくるように命じました。
彼女は、デ・グリューが将軍の財産を全て自分の抵当にいれており、もし「お祖母さま」が死なないのであれば、抵当におさえているものを、そっくり自分の物にするつもりなのだとアレクセイに教えました。そうなると、将軍はマドモアゼル・ブランシュのことを諦めなければならなくなり、自殺することもあるだろうと二人は話し合いました。
アレクセイから金が必要なわけを聞かれたポリーナは、ただ借金があるだけなのだと答えました。
反対に金が必要な理由を聞かれたアレクセイは、金を掴めば、ポリーナが自分のことを奴隷として見るのをやめるであろうからだと答えました。しかしそのように答えた一方で、彼はポリーナに隷属することにも快感を感じていました。
ポリーナは、アレクセイが自分に恋をしているにも関わらず、自分の高潔さを信じていないために、金で買収しようとしているのだろうと語りました。アレクセイは、その言葉を否定し、自分が愛おしさのあまりポリーナを殺してしまいたいという誘惑に駆られる時があると語りました。
ポリーナは、アレクセイに軽蔑と嫌悪の目を向けていましたが、やがて真剣な様子で、自分が指名する人を殺してほしいと頼んだら、それを実行するかと聞きました。アレクセイは殺すと答えました。
するとポリーナは、カジノの前に乗客を降ろす場所にいたヴルマーヘルム男爵夫人という太った女をアレクセイに教え、その女の帽子を取り、何かフランス語で言ってみてほしいと命令しました。アレクセイは、ヴルマーヘルム男爵夫妻に挨拶し、「わたしはあなたの奴隷たる光栄を有するものです」と言いながら夫人の帽子を取りました。
男爵夫妻は腑に落ちない表情を浮かべた後で、怒りと畏れ混じりに、気が狂っているのかとアレクセイに聞きました。するとアレクセイは「ヤヴォール(はーい!)」と怒鳴り、男爵夫妻は、走るように立ち去って行きました。
アレクセイがポリーナのところへ戻ろうとすると、彼女は子供たちを連れて、ホテルの方へと向かっていき、追い縋ってきたアレクセイには一瞥もくれずに立ち去って行きました。
アレクセイを首にする将軍
その晩、ホテルに戻ったアレクセイは将軍に呼ばれました。
部屋では将軍とデ・グリューが待っており、アレクセイがヴルマーヘルム男爵夫妻を侮辱したことを問い詰めました。
アレクセイが子供じみた言い訳をすると、将軍は、彼にいくらかの金を渡し、別れを告げました。するとアレクセイは、男爵にこの事件の責任を自分ではなく将軍に問うたことへの釈明を求めに行くと言いました。
将軍は、怒りと哀願の口調で、自分には「特別な事情」があるので、そのような馬鹿げたことはやめてほしいとアレクセイを説得しました。アレクセイは、自分をこのような窮地に追い込んだポリーナを怒らせたいという衝動に駆られました。
翌朝、アレクセイの部屋をデ・グリューが訪れ、将軍との調停役を務めるために来たのだと言いました。彼は、アレクセイがヴルマーヘルム男爵のところへ行かないようにすれば、再び将軍がアレクセイを自分の家に迎え、それまでの俸給も支払うだろうと説得しました。
アレクセイは、男爵が自分を直接話をするに値しない人物であると見做し、将軍に苦情を持ち込んだことに腹を立てているのだと語り、男爵からの謝意さえあれば、自分の方からも彼を侮辱したことへの謝意の気持ちを表明するだろうと語りました。
デ・グリューは、将軍がマドモアゼル・ブランシュとの結婚を望んでおり、財政を立て直すために、「お祖母さま」が死んだのかどうかという便りを待っている途中であり、今これ以上のスキャンダルは避けたいのだと語りました。
アレクセイは、男爵との決闘のために、ミスター・アストリーのところへ行き、仲介人になってほしいと頼むつもりだと言いました。
デ・グリューは震え上がりながら、そのようなことを思いとどまるよう説得にかかり、ポリーナからの手紙をアレクセイに見せました。
その手紙には、ここには特別な事情があり、それについて説明を与えるので、その事件についてこれ以上深入りするのをやめるようにと書かれていました。アレクセイはその手紙に狼狽し、即座に馬鹿げた真似をするのをやめると言いました。
デ・グリューが去った後、アレクセイは、彼がポリーナに与える影響の大きさが、どのような要因によるものなのかと考えを巡らせました。
アレクセイは、散歩道で出会ったミスター・アストリーをカフェに誘い、自分のポリーナへの想いと、それまでに起きた一連のできごとについて語りました。アレクセイがデ・グリューについての話を始めると、ミスター・アストリーはその言葉を押しとどめ、第三者について話す権利はないと言い切りました。
アレクセイは、ミスター・アストリーがポリーナからの相談を受けるようになったのだということを悟りました。
ポリーナが自分に手紙を書くほど、この事件に関わりがあるのだろうかと聞くと、ミスター・アストリーは、マドモアゼル・ブランシュがこの問題すべてに関わりがあり、彼女がなんとしてでも、ヴルマーヘルム男爵夫妻との出会いを避けなければならないのだろうと語りました。
ミスター・アストリーによると、マドモアゼル・ブランシュは、一昨年にもこのルーレテンブルグを訪れたことがあり、その時はマドモワゼル・ド・コマンジュと名乗っておらず、母親のコマンジュ未亡人もいませんでした。その時彼女は、途方もない金額を負け、一緒にいた金持ちのイタリア人公爵が姿を消してしまったため、マドモアゼル・ゼルマと名乗ってホテルに逗留しているポーランド人の伯爵と一緒になり、再びカジノに顔を出すようになりました。
再び大きく負け、そのポーランド人の伯爵にも逃げられて一文なしになった彼女は、賭博場で自分を憤りの目で眺めていたヴルマーヘルム男爵に近づき、自分のために十ルイ・ドルを賭けてくれと頼み込み、最終的にヴルマーヘルム男爵夫人の訴えで、この町を立ち退くように警察から勧告を受けて姿を消しました。
今再びルーレテンブルクにやってきた彼女は、まとまった財産を有し、ここの賭博狂に利息をとって貸し付けているようで、一昨年くらったような勧告を警察から受けないようにするために、将軍との結婚を狙っているようでした。
アレクセイは、モスクワにいる「お祖母さま」の遺産が公になれば、将軍は結婚し、デ・グリューは金を払ってもらうことになり、持参金をもらったポリーナはデ・グリューに飛びつくだろうと考えました。
アントニーダ・ワシーリエヴナの登場
そこへ、危篤状態を脱して元気になった七十五歳の、「お祖母さま」アントニーダ・ワシーリエヴナ・タラセーヴィチェワ(以下アントニーダ)が、召使いのポタープイチとマルファを連れ、車椅子に乗って電車で到着しました。
アレクセイは、アントニーダの到着を将軍たちに伝えました。
将軍の部屋には、ポリーナ、デ・グリュー、マドモワゼル・ブランシュらが集まっており、彼らはアントニーダを見ると呆然としました。
アントニーダは、電報の代わりにやってきたと言いました。ようやく一同は挨拶しましたが、アントニーダは、彼らが自分の死の知らせを待っていたことを知っており、その言葉がお世辞であることを見抜きました。
アントニーダは、この地にある名所めぐりに一同を連れて行き、ホテルの最上の部屋に入りました。彼女はその尊大な態度によって、従業員たちから並外れて裕福な老人と思われたようでした。
アレクセイは、ベルリン風の発音を守らないままドイツ語で話しかけたためにヴルマーヘルム男爵を怒らせ、その結果将軍の家庭教師を首になり、ヴルマーヘルム男爵に決闘を申し込むつもりであったものの、それを将軍が許さなかったのだと言いました。
その話を信じたアントニーダは、ヴルマーヘルム男爵の顔を一目みたいと言い始め、ルーレットのルールについてアレクセイに根掘り葉掘り聞き、そこへ連れてっておくれと頼みました。
一同は、アントニーダが突飛な行動をするのではないかと恐れながら、彼女のあとをついて行きました。
一同はカジノへと入りました。アントニーダは、混雑にもかかわらず、ディーラーの横の席をあてがわれ、喧嘩や泥棒が横行するカジノを、車椅子に座ったまま、興味深く眺めました。
彼女は、人間を簡単に破滅に追い込む賭博に怒りを覚えながらも、アレクセイからルーレットのルールを聞くと、制止を聞かずに一フリードリヒ・ドルを当たる確率の少ないゼロに賭けました。何度か負けながらも、彼女はゼロに賭け続け、最終的には、八千ルーブルもの大金を手に入れました。その勝負を見て手足の震えを覚えたアレクセイは、自分が賭博狂であることを確信しました。
アントニーダは、他の客たちの注目の的となりました。将軍たちは、彼女のところへつめかけ、お祝いを述べました。
アントニーダは、ポタープイチとマルファに金貨を与え、ポリーナとマドモアゼル・ブランシュにはドレスの生地を買ってあげると約束し、アレクセイには今後の賭博代として五十フリードリヒ・ドルを貸しました。
アントニーダは、食事が終わったあと、すぐにまたカジノへ行くつもりでした。デ・グリューやマドモアゼル・ブランシュは、ツキは変わるものなので、すぐにそのお金を失くしてしまうことになると彼女に忠告しました。
アントニーダの部屋を出たアレクセイは、将軍がまだ呆然としていることや、デ・グリューやブランシュもアントニーダに媚びるだろうということ、アントニーダが将軍に金を渡さないと決めているらしいことについて思いを巡らせ、あと少しで事態が動き出し、ポリーナが隠していることも明るみに出るだろうと予期しました。
アレクセイは、ポリーナの秘密を突き止めたいという衝動に駆られ、ホテルの部屋から出てくる彼女に話しかけました。しかしポリーナは、自分の手紙をミスター・アストリーに渡すよう、アレクセイに命じると、すぐに戸口の中に姿を消してしまいました。アレクセイは、二人の関係に嫉妬しながら、ミスター・アストリーを探し出し、その手紙を渡しました。
ホテルに戻ると、アレクセイは将軍、デ・グリュー、ブランシュらに呼び出され、アントニーダのルーレットに対する情熱を他に向けさせてほしいと頼まれました。
その時、カジノに行くのを待ちきれなくなったアントニーダが、ポタープイチを遣いによこし、即刻アレクセイを連れてくるようにという要件を伝えました。
財産を失うアントニーダ
アレクセイは、アントニーダの命令通り、カジノへと向かいました。アントニーダは、アレクセイたちの予想通り、負けていました。アレクセイも勝負を下りるよう懇願しましたが、アントニーダは彼のいうことを聞かず、どんどん賭け金をつぎ込んでいきました。
結局彼女は、前回の勝ち分をすべてなくした上に、一万二千フローリンを失いました。しかし彼女は、五分利債権を換金しに行くと言って、アレクセイを連れ出しました。
アレクセイがアントニーダが換金するのについて行くと、将軍とデ・グリュー、マドモアゼル・ブランシュと母親に出会いました。
彼らは、アントニーダが賭博にはまるのをやめさせてくれとアレクセイに懇願しました。
しかしアレクセイは、アントニーダに命令されるがまま、酷いレートの換金を行い、一万二千フローリンを手に入れました。
二人はカジノに戻りました。アレクセイは賭け金を減らすよう助言しましたが、アントニーダが勝っても儲けが少ないことに文句を言い始めたため、これ以上なにも言うまいと考えました。
将軍たちはその場に来ていましたが、ブランシュは、破滅を目前にした将軍にもはや興味はなく、ニーリスキーという小柄なロシア人公爵とともに、そのカジノを出て行っていまいました。デ・グリューはあわててアントニーダに助言し始めました。
アントニーダは、デ・グリューの言う通りに賭けてみるよう、アレクセイに言いました。しかし、その読みははずれ、アントニーダは全額負けてしまいました。
アントニーダは、デ・グリューに悪態をつきながら、出て行くよう命じました。気を悪くしたデ・グリューは、さげすむようにアントニーダを一瞥して去って行きました。
一万五千ルーブル負けたアントニーダは、アレクセイを連れて部屋に戻ると、モスクワへ帰る支度を始めると言って、アレクセイに切符代を手に入れるための証券を換金してきてほしいと頼みました。
将軍やデ・グリューらがアントニーダの部屋に顔を揃えました。金を手に入れる術をうしなった将軍は、デ・グリューへの支払い能力を失い、マドモアゼル・ブランシュにも逃げられてしまうだろうと思われました。アントニーダは彼らに悪態をつくと、将軍やブランシュは出て行きました。
ポリーナの母親を気に入っていたアントニーダは、ポリーナが将軍たちと一緒にいるのが不憫だと言って自分と一緒に出て行かないかと誘いました。
ポリーナは、アントニーダに感謝しながらも、いろいろな深刻な理由があってすぐに決めることはできないと答えました。
アントニーダは、事情を知っている様子で、悪いことにならないように注意するよう、ポリーナに忠告を与えました。彼女は自分を相手したアレクセイの労をねぎらい、職がなくなったら、モスクワの自分のところにくるようにと言いました。
部屋に戻ったアレクセイは、アントニーダとポリーナの会話から、ポリーナがデ・グリューと結婚することになるのだと確信し、翌日にはポリーナと話し合おうと決心しました。やがてアレクセイははねおき、事情を知っていると思われるミスター・アストリーに口を割らせようと考えました。
そこへ、ポタープイチが現れ、アントニーダ至急呼んでいると伝えました。
アレクセイがアントニーダの元へ駆けつけると、アントニーダは、負けを取り戻すため再びカジノに戻ろうとしていました。アレクセイは、アントニーダが破滅することはわかっているので、あとで我が身を責めることになるのはまっぴらだと言って、アントニーダのカジノ行きに付き合うのを断りました。
アレクセイがミスター・アストリーを見つけられずに宿に戻り、その後、ポタープイチからアントニーダがアレクセイが換金した一万ルーブルを全部はたいてしまったことを聞きました。
破滅したアントニーダは、その翌日もカジノへ行き、グルになった何人ものポーランド人に教えを乞い、彼らに財産をくすねられ、混乱したまま賭け続けて全財産をはたいてしまいました。彼女の噂は町中に広まり、人々が押し寄せました。アントニーダは、国内債権、旅券を次から次へと換金し、総額で九万ルーブル負けました。
その日の朝十一時ごろ、将軍とデ・グリューは、アントニーダが帰るどころか、再びカジノへ繰り出そうとしているのを見て、腹を割ってアントニーダと話し合いを始めました。
将軍は、自分の抱える負債のことや、マドモアゼル・ブランシュに対する情熱に関してすらアントニーダに打ち明け、挙げ句の果てに怒り狂い、杖で追い払われました。
デ・グリューは、アントニーダを思いとどまらせるために警察を利用することはできないだろうかと知人を訪ねて回っていたようでした。
その晩、デ・グリューはマドモアゼル・ブランシュと内密の話し合いを行い、ホテルを引き払いました。マドモアゼル・ブランシュは、将軍を捨てて、ニーリスキー公爵のところへ行きましたが、ニーリスキー公爵の方も金を持っていないことが分かったので、部屋に閉じこもってしまいました。
アレクセイは、朝早くからミスター・アストリーを探して回り、四時過ぎになってようやく、鉄道のプラットフォームからイギリス・ホテルに向かって歩きてくる彼を見つけました。
アレクセイは、彼にポリーナのことについて尋ねられませんでした。どこへ行っていたのかと聞くと、ミスター・アストリーは、用事でフランクフルトへ行っていたと言ったきりなにも話そうとしませんでした。
ポリーナは、将軍を避けながら、一日中子供たちと遊んで過ごしていました。
アレクセイは、ヴルマーヘルム夫妻との事件の後、ポリーナと話すことを避けているうちに、自分の感情を踏みにじられたことに、だんだんと憤りを感じるようになりました。彼は、ポリーナに向けて手紙を書き、自分が必要なら呼びつけてほしいと手紙を書きました。それに対して、ポリーナはボーイを通じて、「よろしく」ということづけをよこしました。
六時過ぎ、アレクセイは将軍に呼ばれました。デ・グリューに全財産を担保に抑えられている将軍はいまや無一文でした。彼は混乱しながら、マドモアゼル・ブランシュのところへ行って、自分の元に戻ってくるように説得して欲しいとアレクセイに頼みました。
泣きくずれる将軍を置いて部屋を出て行くとすぐ、アレクセイはアントニーダに呼ばれました。十万フラン近くも失くしてしまったアントニーダは、明らかに体調がすぐれない様子で、マルファに介抱されていました。彼女はミスター・アストリーに三千フラン用立ててもらおうと使いを出したところでした。
ミスター・アストリーはすぐにやってきて、手形と引き換えに三千フランを渡しました。
アントニーダは、自分の愚かさを痛感した様子で、アレクセイに別れを告げました。
アレクセイは、アントニーダを列車まで送り届けました。
デ・グリューはすでに出発し、マドモアゼル・ブランシュもパリへと旅立とうとしていました。
自分の部屋に戻ったアレクセイは、そこにポリーナがいることに気付きました。
ポリーナの真実
ポリーナは、デ・グリューが自分に書いた手紙を、アレクセイに見せました。
その手紙によると、デ・グリューはアントニーダの破産を受け、将軍が自分に低頭に入れている財産を売却することを決め、そのうち将軍が使い込んだポリーナの財産に相当する五万フランだけを免除し、抵当証書の一部を返却してきました。ポリーナは、その証書を使って将軍相手に裁判を起こせば、自分の財産を取り戻すことができるようでした。
ポリーナは、以前から変わってしまったデ・グリューのことを憎んでいたにも関わらず、自分が固執するだろうと思われていることに傷付けられ、彼が免除してきた借金を叩きつけて返してやりたいと、悔しがりました。アレクセイがミスター・アストリーに頼ることを勧めると、ポリーナは、自分がアレクセイを捨ててミスター・アストリーに頼っても良いのかと聞きました。
このことで、彼女が自分のことを愛しているのかもしれないと考えたアレクセイは、一時間だけ時間をもらい、部屋を飛び出してカジノに入りました。そして何の計算もせずに闇雲に賭け続け、抑えきれない快楽を感じながら十万フローリンもの大金を手に入れました。それは、ポリーナがデ・グリューに返済を免除された分を優に超える額でした
アレクセイは、恐怖を感じながらその大金を持ってホテルに辿り着き、ポリーナの前に金の山を全て放り出しました。
ポリーナは、しばらく唖然としたあと、出し抜けに笑い始めました。
デ・グリューに傷付けられていたポリーナは、アレクセイの差し出したお金をただではもらわないと言って泣き始めました。
正気を失ったポリーナは、自分を愛していたミスター・アストリーが、研究のための北極行きに彼女を誘ったことを語った後、笑いながら、アレクセイを抱きしめて情熱的な愛情を見せ始めました。
朝になり、アレクセイがポリーナの手を握ろうとすると、ポリーナは彼を突き放し、五万フランを要求しました。しかしアレクセイがその金を渡す意思を見せると、ポリーナは、金をアレクセイに投げつけて部屋を走り出ていきました。
アレクセイは、金をベッドに隠し、部屋を出てポリーナの部屋に向かいましたが、彼女はそこにはいませんでした。
ホテル中では、将軍が気が狂ったように泣き喚いていたことや、ポリーナが一晩中アレクセイの部屋で過ごし、雨の中をホテルから走り出て行ったという噂が広まっていました。
アレクセイは、イギリス・ホテルまで飛んで行き、ミスター・アストリーに会いました。ミスター・アストリーは、ポリーナが自分のところにいると言いました。彼は前日にもポリーナの訪問を受けており、彼女が病気になっていることを悟り、医者も呼んでいました。彼はポリーナが錯乱状態のために間違ってアレクセイを訪れたのだと主張し、彼女が死ぬようなことがあったらその責任を問うと言いました。彼はアレクセイがこれからパリへと行くことになると確信していました。
アレクセイは、ポリーナがもし死んだら、ミスター・アストリーは決闘で自分を殺そうとしているのだろうと考えながら帰途につきました。しかし賭博の快楽の味により、彼の中のポリーナへの想いには変化が生じていました。
将軍のところへ行こうとすると、コマンジュ老夫人がアレクセイを呼び止め、部屋へと招き入れました。中ではマドモアゼル・ブランシュが待ち構えていて、アレクセイを自分の寝室に彼を入れ、誘惑しながら一緒にパリに行かないかと誘いました。
ブランシュに惑わされたアレクセイは、同じパリ行きの車室に乗り込みました。
マドモアゼル・ブランシュとの生活
アレクセイはパリで三週間を過ごし、十万フランを使い果たしました。その金で、マドモアゼル・ブランシュはパリで馬車と馬を揃え、夜会を催して自分の地歩を固めました。
アレクセイは、傲慢な文士やジャーナリストとつき合わなければならず、このような生活が早く終わることばかりを考えました。最初の二週間、ブランシュは、アレクセイのことを軽蔑していましたが、そのうちに搾取されても何も言わない彼に意表をつかれ、親しみを感じ始めました。
彼らは結婚式を挙げ、パリに居を構えました。
その一週間後、将軍が彼らを訪れました。彼はマドモアゼル・ブランシュがルーレテンブルグを去った後、発作を起こして倒れ、狂人のようになって治療を受けていましたが、それらをすべて放り出してパリへとやってきたようでした。ブランシュは予想に反して将軍を快く迎え、見栄えのする彼をパリ中のいたるところに連れ回しました。それ以来将軍は満足して彼らの家に居座りましたが、病気の影響は残っていて、ものごとを的確に判断することはできなくなり、抑鬱された気分のままぼんやりすることが多くなりました。彼はおそらくミスター・アストリーから貰った金をブランシュに注ぎ込んでおり、ブランシュとアレクセイとの関係を考えることすらないようでした。
ブランシュは、アレクセイが話の分かる男だと認識しており、たびたび他の男の家に泊まりました。
やがてアントニーダが本当に死にそうだという知らせが入ると、マドモアゼル・ブランシュは、アレクセイと別れ、将軍と内輪の結婚式を挙げました。しかし彼女は将軍を支配し、他の恋人宛の手形にサインをさせました。将軍は、ブランシュと結婚できたことに満足しました。
やがてアレクセイは、ブランシュとその母親が、ド・コマンジュという名前を持たなかったことを知りました。
ブランシュは、アレクセイと別れ際、二千フランを渡し、もしまた勝負で勝ったら自分のところへ来るようにと言いました。
ミスター・アストリーとの再会、真相を知るアレクセイ
アレクセイは、そのままある田舎町に腰を落ち着け、その後、ホンブルグ、ルーレテンブルグなどの賭博場がある町をまわり、債務を抱えてルーレテンブルグで刑務所に入りました。その負債は、何者かによって払わられ、彼は出所しました。その後の五ヶ月、彼はヒンツェという参謀官の、始めは秘書として、後に召使いとしてバーデンで過ごしました。そして七十グルテンの金を貯めると、彼はヒンツェと縁を切り、胸を高鳴らせながら賭博場へと向かいました。アレクセイが求めているのは金でなく、賭博場そのものでした。
バーデンの賭博場で、千七百グルテン勝ったアレクセイは、ホンブルグへ行くことを決めました。ホンブルグでは、彼は無感覚になったように賭博場に通いました。
ほとんど一文なしになったころ、アレクセイは、ミスター・アストリーと再会しました。
アレクセイが賭博以外のすべてのことを放棄してしまったことを悟ったミスター・アストリーは、十年後も彼がここにいるだろうと予言しました。
アレクセイは、ポリーナの行方を聞きました。ミスター・アストリーは、憤慨しながら、ポリーナはスイスにいるが、それ以上の彼女に関する質問を控えてもらいたいと言いました。
アレクセイが食い下がると、ミスター・アストリーは、ポリーナは長い間病気になっていて、ミスター・アストリーの母や妹と一緒に北イギリスで暮らしていると言いました。半年前にアントニーダが死に、ポリーナに七千ポンドの財産を残しました。ポリーナは病気を未だ回復させないまま、ミスター・アストリーの妹の家族と共に旅行をしているようでした。ポリーナの妹や弟は、アントニーダの遺言で生活を保証され、ロンドンで勉強をしているようでした。
将軍はひと月前、パリで卒中を起こして死にました。
デ・グリューについて聞くと、ミスター・アストリーは不快を示しました。アレクセイは、自分たちロシア人にとってのフランス人は、完成された一つの形式であり、フランス人がその気になればロシア人の令嬢を自分のものにすることなど朝飯前なのだから、ポリーナの心を支配するのは、結局のところデ・グリューなのだろうと話しました。
するとミスター・アストリーは、涙を見せながら、自分はポリーナの頼みで、アレクセイの彼女に対する気持ちを聞くために来たのだと言いました。
その言葉を聞いたアレクセイは、生まれて初めて涙を抑えることができなくなりました。
ミスター・アストリーは、ロシア人というのは、労働というものを理解せず、大抵が賭博か、それに類したものによって身を滅ぼす運命を背負っているのだと評し、アレクセイは滅びた人間であるので、たとえポリーナの心を勝ち得たとしても、このホンブルグに踏みとどまるのだろうと予言しました。彼は、アレクセイがポリーナのために賭博を捨てるという確信を持つことができないまま、十ルイ・ドルだけを与え、去って行きました。
アレクセイは、自分がすぐにでも出発し、ポリーナに自分がまだ人間であることを証明したいという気持ちに駆られましたが、そのためには手元にある十五ルイ・ドルを賭博で増やさなければならないと考えました。彼は一グルテンの貨幣から百七十グルテン勝った記憶を思い出し、翌日になれば、自分の運命は決するであろうと考えました。