アンドレ・ジッド『田園交響楽』の詳しいあらすじ

アンドレ・ジッド作『田園交響楽』の詳しいあらすじを紹介するページです。

※簡単なあらすじ、登場人物紹介、感想はこちら(『田園交響楽』トップページ)

※ネタバレ内容を含みます。目次を開いてもネタバレします。

ジェルトリュードとの出会い

 牧師である「私」のところに、ある見知らぬ小娘が大急ぎでやってきて、息を引き取りそうな老婆を看取ってほしいと言いました。
 「私」は、その娘を馬車に乗せ、老婆の家へと向かいました。七キロの道のりを走り、一軒の貧しい家に入ると、老婆は今しがた息を引き取ったところで、一人の若い女がその寝台のそばにひざまずいていました。
 まもなく、「私」を呼びに来た小娘はその老婆の召使いで、老婆の傍でひざまずいていた女は、近所に住む知り合いであることが分かりました。召使いが「私」を呼びに行っている間、近所の女は老婆に付き添い、その死を看取っていたのでした。「私」は、その二人に家を任せるのが不安で、葬式や埋葬の手筈を整えてやりました。

 老婆に相続人がいないのかと聞くと、近所の女は、暖炉の中にうずくまって眠っている少女を蝋燭の明かりで照らしました。その少女は老婆の姪で、歳の頃は十五ほど、盲目の白痴で、聾唖の老婆が構わなかったため、人の話も分からず、口も聞けないようでした。
 「私」は祈祷をすませると、その身寄りのない娘を預かるのが自分の義務だと考え、彼女を連れ帰りました。

 その夜、「私」が少女を連れ帰ると、妻のアメリーや子供たちは驚き、大騒動が始まりました。アメリーは、椅子にも座れない少女を見て、「私」の自分勝手な行為に不服を並べ立てました。「私」はその咎め立てを聞くほど、その少女を養うという義務を強く感じ、アメリーをなだめ、その罪のない少女に悪意を抱かないでほしいと頼み込みました。
 アメリーは納得したかのような様子を見せましたが、少女の汚ならしい、虱だらけの身体を見て、押さえていた怒りを爆発させました。頭を抱えて咽び泣くアメリーに、「私」は翌日には少女を綺麗にすることと、彼女には少女の世話をさせないことを約束しました。
 寝室に入ると、幼い娘のシャルロットが入ってきて、少女にキスしてもいいかと聞きました。彼女のこの発言は、「私」の心を慰めました。少女の名は、シャルロットによってジェルトリュードと決まりました。

 アメリーは一晩のうちにジェルトリュードの世話をする覚悟を決め、髪を切り、湯に入れ、上の娘のサラが一年前に着られなくなった服を着せました。「私」は、アメリーに多くの重荷を背負わせてしまったことに気付きました。

ジェルトリュードの目覚ましい進歩

 「私」はジェルトリュードに教育を試みました。しかし彼女は暖炉のそばに座り込んで無表情のまま防御の姿勢を決め込み、敵意を示すときと食事の時しか、その表情と姿勢を崩しませんでした。
 「私」は、さっそく絶望に襲われ、連れて帰ったことを悔やみ始めました。アメリーはそんな「私」を見て鼻を高くし、いよいよ熱心にジェルトリュードの世話をする気配を示し始めました。

 「私」は、友人であるマルタン医師にジェルトリュードの生い立ちを語りました。マルタンはジェルトリュードに興味を持ち、彼女が一向に「私」の行おうとすることに反応を示さないのは、やり方が悪いのだと言いました。彼は以前読んだことのある、盲目で聾唖の少女に教育を授けた医者の話を引き合いに出して、ジェルトリュードに教育を授けることは可能だと力説しました。また彼は、五官というものは人間を助ける反面、罪悪や無秩序を教え、苦しませもするものであり、そのような五官によってもたらされる不幸を知るよりも、美や安らぎや調和を心に描いている方が幸福なのだという持論を展開しました。
 「私」の苦労が無駄に終わると思い込んでいたアメリーは、ジェルトリュードの世話を諦めようとしない「私」に対し、自分の子供にはそれほど面倒をみてやらなかったことを責めました。

 数日後、ジェルトリュードの顔に、初めて微笑のような表情が浮かびました。その表情の変化に感動した「私」は、彼女の顔に接吻を与えました。
 それ以来、ジェルトリュードの精神は目覚ましい進歩を遂げていきました。「私」はその進歩に驚嘆しながらも教育を続け、普通の会話ができるところまで漕ぎつけました。

 「私」はやがてジェルトリュードを戸外へ連れ出そうと試みました。しかし一度も外へ出たことのない彼女は、「私」の腕を掴みながらでないと外を歩くことができませんでした。
 小鳥のさえずりが、温かさを与えてくれる光の作用と同じものだと思っていたジェルトリュードは、それが小さな生き物の奏でる表現なのだと知り、非常に喜びました。しかし、そのさえずりを産む景色を眺めることができないという考えが、彼女を少しずつ憂鬱にしていきました。彼女は、世界の有り様をいつも「私」に質問するようになりました。

 「私」は、ジェルトリュードをヌーシャテルの音楽界に連れて行き、ベートーヴェンの交響曲第六番『田園』を聞かせました。
 「私」は、明るさと色を混同していた彼女に、楽器にはそれぞれの音色があり、またそれらの音色はさまざまな強弱によって表現されるように、自然界にも音色と同じような色があり、その色には濃淡があり、それらが無限に混合しうるものであるということを教えました。たちまち彼女は色の概念を理解し、どれほど世界が綺麗なのかと考えて恍惚としました。

 その音楽会の後、ジェルトリュードは、人の見ている世界はこの音楽ほど美しいのかと「私」に聞きました。
 悪や罪や死という概念をジェルトリュードに教えていなかった「私」は、その曲が、悪や罪といったものごとの側面を含んでいないことに思いあたり、どのように答えればいいのかを考え込みました。
 ジェルトリュードは、自分がどれだけ幸福を感じているかを語り、それは嘘ではないと言いました。彼女は、「私」がアメリーとの揉め事を隠したことに気づいており、これからは自分に嘘をつかないと「私」に約束させた上で、自分がきれいかと唐突に聞きました。
 ジェルトリュードの美貌に目を向けるのを避けてきた「私」は、その質問に狼狽しました。

 家に帰ると、アメリーは、「私」が自分の子供たちを差し置いてジェルトリュードを音楽会に連れて行ったのが気にくわない様子で、あえてジェルトリュードの前で不服を申し立てました。ジェルトリュードは無理矢理に微笑もうとしながら、涙を流しました。

 ローザンヌで初等科を終えて神学校に入学していた息子のジャックが帰省しました。彼はスケートで腕を折り、家で過ごすことになり、「私」が試みようとしていた点字の読み方をジェルトリュードに教える手伝いをすることになりました。彼の助けもあり、ジェルトリュードはまもなく文字を読むことができるようになりました。
 ジェルトリュードの進歩は、「私」を驚嘆させました。いく月も経たないうちに、彼女の眠っていた知能は、世間の多くの娘たちにもひけをとらないほどとなりました。それは、彼女が盲目であるがために、さまざまな無益な煩いに心を動かされないためであるとも思われました。

ジェルトリュードに恋をするジャック

 ヌーシャテルの音楽会の前から、村の礼拝堂の小さなオルガンにジェルトリュードを向かわせたことが何度かありました。ジェルトリュードは好きに弾きたがったので、「私」はいつも席を外していました。
 ある日、「私」はジェルトリュードを礼拝堂に残し、見舞いに行ったある未亡人が留守だったので、すぐに引き返しました。すると、オルガンのすぐ近くにジャックがいて、ジェルトリュードの手を取りながらオルガンを教えてやっていました。ジャックは、「私」が帰ってくるであろう時間を見計らって、去って行きました。
 その様子を隠れながら見ていた「私」は、二人に気づかなかったふりをして、礼拝堂の中に入りました。ジャックに会っていたことを、ごく自然に黙っているジェルトリュードに、「私」は悲しみを覚えました。

 その夜、ジャックは、アルプスに行く予定を辞め、休暇が終わるまで家にいることを決めたと言いました。「私」は怒りを堪えながら、ジェルトリュードとのことを隠し通そうとするジャックに、自分が真実を見通しているのがわかる皮肉を言いました。
 ジャックは、ジェルトリュードとのことを打ち明けようと思っていたと弁解しました。しかし、彼女の清らかな魂が汚されると思った「私」は、二人が会うことを禁止しました。
 ジャックは、ジェルトリュードのことを愛し、尊敬しており、決して彼女の純真さにつけ込もうとしているわけではないのだと語り、彼女との結婚を希望すると宣言しました。
 「私」はこの言葉に茫然とし、一晩考えた上で、翌日このことについて話をすることにしました。

 一晩考えた「私」は、自分がジャックを子供扱いしていただけで、彼の恋はごく当然なもののように思いました。しかし、「私」の本能は、彼とジェルトリュードとの結婚をどうしても認めたがりませんでした。

 翌日、「私」は、知能の発達しきっていないジェルトリュードにとって、愛の言葉が身に堪えるであろうことを挙げ、彼女に自分の思いを打ち明けるのを待つようにジャックに伝えました。更に「私」は、二日後に帰る予定だったのを延ばさないようにと彼に言いました。ジャックは真っ青になりながらも、「私」の言うことを聞くと約束しました。「私」は、ジャックの想いはそれほど強くはないのだろうと考え、安心しました。

 ジャックがヌーシャテルに旅行鞄を買いに行き、子供達とジェルトリュードが外へ出た時を見計らって、「私」は、ジャックがジェルトリュードと結婚したいと言っていたことをアメリーに伝えました。アメリーはすでに気づいていたようで、自分は初めからジェルトリュードを家に置くことを反対していたのだと、過去を蒸し返しました。
 「私」はアメリーに腹を立てつつも、二人の結婚についてどう思うか聞きました。アメリーは当然、二人の結婚には反対でした。
 その言葉を恣意的に妻から引き出した「私」は、今後ジャックをジェルトリュードに合わせないために、礼拝堂を管理している信心深い女性ルイーズ・ド・ラ・M‥嬢のところへジェルトリュードを預けてはどうかと言いました。
 アメリーは、「私」の提案には答えず、何か言いたいことがある様子を見せました。はっきり言うようにと「私」が促すと、彼女は唇を震わせ、顔を背けました。その姿を見た「私」が赦しを乞うと、アメリーは優しい声で「私」を憐れみ、部屋を出て行きました。

愛し合う「私」とジェルトリュード

 その翌日、「私」はジェルトリュードを連れて、アルプスを臨むことのできる森の向こうまで出かけました。
 「私」たちは、ジャックが発つことについて話しました。彼が行ってしまうのが悲しいかと聞くと、ジェルトリュードは、自分の好きなのは、「私」であると告白しました。ジャックが自分のことを愛していたと知った彼女は、彼に自分のことを諦めてくれるように伝えるつもりでした。
 「私」は、まだ彼女が子供であるがために、これほどまで無邪気で率直な告白をできたのだと思い込んでおり、自分の愛もまた、失明した子供にそそぐ愛に過ぎないのだと思い込んでいました。結婚以外の恋を罪悪であると考えていた「私」は、罪悪はすべて心の重荷になると考えていたために、彼女の告白によって浮き立つ気持ちになったのを、恋だと解釈することができなかったのでした。

 ジャックが旅立った後、「私」たちの生活はもとの穏やかなものに戻って行きました。

 「私」はジェルトリュードをルイーズの家に移らせ、毎日会いに出かけるようになりました。復活祭では、ジェルトリュードは整体拝受を行いました。アメリーは、「私」がジェルトリュードに向ける愛情を非難し、参列を控えました。
 「私」はアメリーの不在に心を痛め、家に帰ると彼女のために祈りを捧げました。
 ジャックもまた参列しませんでした。

 「私」はジェルトリュードに宗教教育を始めるため、四福音書、詩編、黙示録を渡しました。彼女の全身から輝き出る無上の幸福は、彼女が罪を知らないために来ているのだと「私」は考え、「戒命によりて罪さらに猛しくなれり」と教える聖パウロを教えるのを控え、彼女を不安にすることを避けました。

 医師マルタンがやって来て、ジェルトリュードの目を調べました。
 ジェルトリュードの目は手術によって元に戻ることが期待されており、マルタンはその結果を、ローザンヌの専門医ルー博士に報告することになっていました。しかしその手術に確実性がともなうまでは、「私」はジェルトリュードに手術のことを話しませんでした。

 復活祭でジャックとジェルトリュードは再会しました。二人が当たり障りのないことしか言わなかったため、「私」はジャックの情熱がそれほど強くないのだと思い、胸をなでおろしました。
 ジャックは、忍従の中にこそ幸福があると考える傾向にあり、聖パウロに発する、戒命、威嚇、禁制の言葉をキリストの言葉である福音書の中に見出し得ないことに、悩みを抱いていました。「私」はジャックの忍従がどれほどのものだったのかを案じ、将来彼がその忍従を他人にも強制するようになるのではないかと危惧しました。議論になって彼を意固地にするのを避けるため、「私」は何も言うことはなく、聖パウロの言葉、ロマ書を引用し、「食わぬ者は食う者を審くべからず、神は彼を容れたまえばなり」と書いた紙片を、彼の部屋に置いておきました。それは、厳しい戒律を実践する者が他の者を批判することを否とする言葉であるとともに、ジェルトリュードからの愛を与えられなかった彼を暗に牽制する狙いがありました。
 するとその翌日、ジャックは、「私」の書いた紙の裏に、「キリストの代りて死にたまいし人を、汝の食物によりて亡ぼすな」と書き、ジェルトリュードを独占しようとする「私」を批判しました。
 「私」は純粋なジェルトリュードについて、ジャックとこのような議論を始めなければならないことに心の痛みを覚えました。

 また、アメリーがジェルトリュードのことでいつも皮肉や当てつけを言い、自ら幸福でいることを妨げていることを、「私」は心配しながらも、彼女の小言や説教に辟易としていました。

 このような家族関係に、「私」は安息を見出すことができず、家では書斎に引きこもりがちになり、ルイーズの家に寄る習慣ができました。これまでも貧しい人々のために身を捧げてきて、宗教心に非常に強い女性であるルイーズは、ジェルトリュードのほかに盲目の少女を三人も預かっていました。ジェルトリュードは彼女たちの先生となり、読み方や手細工などを教えていました。「私」はそこで、家庭では味わえない安息を見出しました。
 ジェルトリュードはルイーズと非常に仲良くなりました。ジェルトリュードや三人の少女たちのダンスや音楽の進歩ぶりは、目を見張るものがありました。

 「私」は久しぶりにジェルトリュードを散歩に連れて歩きました。ジェルトリュードは、ジャックがまだ自分を思っているだろうかと聞きました。「私」は、ジャックは彼女を思い切る決心をしたと答えました。
 ジェルトリュードは、「私」が自分を愛しているためにアメリーが鬱いでいることに気づいていました。「私」がそれをあやふやな態度で否定すると、ジェルトリュードは、自分の無知の上に築かれた幸福なら欲しくないと言いました。この世の中が、「私」が言うほどに美しいものばかりでないと気づき始めていた彼女は、幸福よりも、知ることを欲していました。
 ジェルトリュードは、盲目の子供は盲目なのかと「私」に聞きました。「私」はそれを否定し、子供を産むためには結婚しなければならないのだと教えました。その言葉が嘘であることを既に知っていたジェルトリュードは、「神の法則はすなわち愛の法則である」と「私」がいつも言っていた言葉の矛盾を指摘し、自分たちの愛は神の法則に外れているのかと聞きました。
 「私」は、自分の愛が罪だと思うかと聞くと、ジェルトリュードは、それが罪であっても、「私」のことを思い切ることはできないだろうと言いました。

 マルタンがやってきて、ジェルトリュードの手術が可能であるとルー博士が断言し、しばらく身柄を預かりたいと言っていると告げました。
 「私」は、少し考えさせて欲しいと言いました。「私」は、視力を回復できるということをジェルトリュードに伝えることに苦痛を感じ、言い出すことができませんでした。「私」はジェルトリュードの部屋に入り、彼女を長いこと抱きしめました。彼女は拒まず、「私」たちは唇を合わせました。

手術を受けるジェルトリュード

 ジェルトリュードは、ローザンヌの病院に入院し、手術を受けることになりました。彼女は、二十日後の退院まで会いに行かないことを、「私」に約束させました。

 ジェルトリュードを愛していることをはっきりと自覚した「私」は、その罪をこれまで以上に実感するようになり、自分の愛がたとえ罪であろうと、神にとっては聖なるものであってほしいと祈りました。

 マルタンから手術が成功したという手紙が届きました。「私」はそれを喜びましたが、自分の姿をジェルトリュードに見せなければならないことに恐ろしさを感じ始め、もし彼女の自分を見る眼差しの中に愛情が読み取れなかったら、どのようになるのだろうと考えました。

ジェルトリュードの死

 目が見えるようになったジェルトリュードが家に戻りました。昼食では、彼女は微笑を見せましたが、ほかの人々のはしゃぎぶりには耳を貸さず、何か秘密を見破ったような不思議な微笑が、「私」には気がかりでした。
 しかし、もともと彼女は沈黙がちだったので、誰一人彼女の様子をおかしいと思う者はいませんでした。

 アメリーとサラは、彼女をルイーズのお屋敷の門まで送りました。その後、ルイーズの庭男が、ジェルトリュードが小川のほとりを歩いているのを見つけました。彼女は橋の上に身をかがめたと思うと姿を消し、そのまま水門のところまで流されました。庭男は人事不省になったジェルトリュードを屋敷まで連れ戻しました。彼女は応急手当てのおかげで意識を回復しましたが、何を問われても硬く口を閉し、そのような状態にマルタンも首を捻りました。
 ルイーズがなんとか問いただしたところ、ジェルトリュードは、川のこちら側に生えている瑠璃草を摘もうとして目測を思い誤り、足を踏み外したようでした。
 まもなく「私」が屋敷に行くと、彼女は再び意識を失っていました。「私」は、二時間余りも苦しそうな呼吸を聞きながら、彼女のことを見守りました。
 「私」は、ジェルトリュードが自ら命を絶とうとしたのではないかと考え、彼女が何を知ったのかを考えました。

 翌日の朝、「私」が出かけようとすると、ルイーズから迎えが届き、ジェルトリュードは昏睡状態から抜け出したという知らせが届きました。
 「私」がルイーズのところへ行くと、ジェルトリュードはにっこりと微笑み、枕元に座るように目で語りかけました。
 彼女は、本心を隠すかのように、快活を取り繕いながら、自分が摘もうとした花の名前を「私」に聞き、疲れているので今は話をすることができないと言って、その花を摘んできてほしいと頼みました。
 「私」がその花を摘んで帰ると、ジェルトリュードは眠っており、ルイーズは夕方までは合わないほうがいいだろうと言いました。

 夕方になって会いに行くと、ジェルトリュードは発熱し、苦しそうにしていました。彼女は、花を摘もうとしたのではなく、死のうとしたのだと告白しました。
 「私」は彼女の両手を自分の両手で包み、ベッドのそばに跪きながら、泣き顔を見せまいとして顔を敷布に埋めながら、彼女の話を聞きました。

 ジェルトリュードが「私」の家に帰ったとき、自分が平気で座っていた場所はアメリーのための場所であり、アメリーはそのために心を痛めていたことに気づきました。アメリーの悲しみを帯びたやつれた顔を見て居たたまれない気持ちになった彼女は、アメリーに喜びを返してあげて欲しいと「私」にたのみました。

 それから彼女は、次第に熱を帯びた様子で語り始めました。

 彼女に視力が与えられた時、目の前に開かれた世界は、自分の想像するよりもずっと美しいものでした。しかし家に帰った時に、ジェルトリュードの目についたものは、自分たちの罪でした。彼女は病院にいる間に、「私」が教えなかった聖書の中の聖句を読んでもらっていて、その中にある聖パウロの一節「われかつて律法(おきて)なくして生きたれど、戒命(いましめ)きたりし時に罪は生き、我は死にたり」という言葉をなんども胸に繰り返していました。
 その節をジェルトリュードに読んでやっていたのは、ジャックでした。
 彼女は、ジャックを一目見た時、自分が心に描いていた「私」の顔にそっくりな顔をしており、自分が本当に慕っていたのは、「私」ではなくてジャックであったことを悟ったようでした。

 彼女は、彼との結婚を自分に断らせた「私」を責めました。「私」は必死になりながら、その結婚は今からでもできるはずだと言いました。するとジェルトリュードは、ジャックはカトリックに改宗し、これから教団に入るのだと言い捨てました(カトリックの僧は結婚できないことになっています)。
 ジェルトリュードは嗚咽しながら、ジャックに告白したいと呻き、自分は死ぬしかないと言いました。そして彼女は、これ以上「私」の顔を見てはいられないので、別れましょうと言いました。

 その翌日の明け方、ジェルトリュードは、譫言と虚脱状態を繰り返し、息を引き取りました。

 最後の願いで電報を受け取ったジャックがやってきたのは、彼女が息を引き取った後でした。
 ジェルトリュードの死後、彼女もジャックとともに改宗したことを「私」は知りました。彼女は生きている間に「私」から仲を引き裂かれたので、神において結ばれるのを願ったのかもしれません。ジャックは、「私」のつまずきを戒めとして、改宗という道に導かれたのだと言いました。

 ジャックが発ったあと、「私」はアメリーのそばにひざまずき、「私」のために祈ってくれと頼みました。アメリーは一節ごとに長い沈黙を置き、「われらが父よ‥」の一節を読みました。
 「私」は泣きたいと思いましたが、自分の心が砂漠よりも干からびているのを感じていました。