ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』の詳しいあらすじ

ゲーテ作『若きウェルテルの悩み』の詳しいあらすじを紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。

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第一部

旅に出たウェルテル

 お互いに恋心を抱いていた幼馴染の死を経験した青年ウェルテルは、ひとおもいに出かけることを決意し、旅に出ました。そこは母親が以前から遺産の問題について不満を持っていた叔母のいる土地でした。ウェルテルはそこで、叔母に会いに行き、こちらに残っている遺産のことで母が苦情を言っていると伝え、要求するものはすべて引き渡すという約束を取りつけました。
 ウェルテルはその土地から、親友のウィルヘルムに向けて何通もの手紙を送りました。彼は、いずれ自分のものになる素晴らしい自然の残る土地を気に入り、町の娘たちが水を汲みにくる泉で、一時間ほど過ごすことが日課になりました。
 ウェルテルは身分の低い者たちにも好かれ、大学を出たばかりのV‥という若い男や、S‥という子供が九人いる公爵家の法官と知り合いになりました。法官は、率直で律儀な男で、娘の評判は良く、妻を亡くしてから町から一時間半ばかりのところにある公爵家の猟舎に住んでいました。

 やがてウェルテルは、町から小一時間のところにある、谷全体が見渡せるワールハイムという土地に通うようになりました。そこには二本の菩提樹があり、教会前の小さな広場のまわりには農家が広がっていました。愛嬌のある料亭の女将さんがいる料亭では、酒もビールもコーヒーもありました。ウェルテルは、料亭から椅子と小卓を持って来てコーヒーを飲み、ホメロスを読むことが習慣になりました
 ウェルテルは、そこにいた四歳くらいのフィリップスと赤ん坊のハンスという幼い兄弟の写生を行い、将来は芸術家として生きることを決心しました。夕方くらいになると、町へ買い物に行っていたその兄弟の母親が迎えに来ました。その母親は、学校の先生の娘で、夫は従兄弟の遺産を受け取りにスイスに旅をしているということでしたが、たよりが全くないために、その身が案じられていました。
やがてウェルテルはその子供たちとすっかり仲良くなりました。

 その土地でウェルテルはある作男に話しかけ、身の上を聞きました。その作男は、ある美しい未亡人のところで働いており、その女主人を非常に慕っていました。その女主人は死んだ夫から酷い目に合わされていたようで、新しい夫を迎える気はないようでした。作男は、その未亡人との結婚を深く望んでおり、ウェルテルは、その男の純粋で真剣な熱い思慕を目の当たりにして、その未亡人に会ってみたいと考えました。

ロッテとの出会い

 老法官から隠居所を訪ねて来るように言われていたウェルテルは、そこで行われる郊外での舞踏会に参加することを決め、ある娘を踊りの相手に選んで馬車に乗り込みました。そのパートナーは、その途中で、旅行中の婚約者がいるシャルロッテ・S‥(ロッテ)を誘うつもりでした。

 ウェルテルとパートナーはロッテの家に入りました。玄関先の広間には、二歳から十一歳までの子供たちに囲まれ、一人一人にパンを切り分けてやっているロッテがいました。ウェルテルは、ロッテの姿や声、振る舞いにすぐに魅了されました。ロッテは下の子供達に見送られ、ウェルテルたちの馬車に乗り込みました。
 ウェルテルは、ロッテの見事な小説への批評を聞いて感心し、ダンスの話になると、その唇や健康そうな頬に見入りました。彼は会場の前に着く頃には夢見心地となっていて、音楽すら耳に入ってきませんでした。

 会場では、ロッテはのびのびと屈託なく、全身全霊をかけて踊りました。ウェルテルは、彼女に対舞曲の申し込みをしました。二人はワルツを踊ることになり、軽快で魅力的な踊り方をするロッテ相手に、ウェルテルはこれほどまでに自分が軽々と踊れたことはないと感じました。
 イギリス舞踊が始まると、ある婦人がロッテに近づいて、笑いながらたしなめるように、アルベルトという名を口にしました。ロッテは婚約者がいることを告白しました。ウェルテルは、彼女に婚約者がいることをはじめから知っていたものの、そのことを思い出させられ、混乱し始めました。
 やがてそのダンスが終わらないうちに稲光がせまり、雷が音楽を打ち消すと、舞踏会の女主人は、狼狽する人々を連れて鎧戸とカーテンのある部屋へと案内しました。ロッテは、円になった人々のまわりを歩きながら、彼らに数を数えさせ、間違うと平手打ちを喰らわすという遊戯を思いつきました。ウェルテルは、ほかの人よりも平手打ちを受けたことを喜びました。やがて千まで数え終えると、雷は通り過ぎており、人々は広間へ戻りました。ウェルテルは、窓の敷居に膝をついて外を見ているロッテの手の上に身を屈め、歓喜の涙を流しながらキスをしました。
 舞踏会からの帰り道、荘厳な日の出を眺めながら、ウェルテルはロッテを見つめるために一睡もせずに馬車に乗り、今日のうちにまたお目にかかりたいと言って辞去しました。その日ウェルテルは彼女のもとを再び訪れ、全世界がどうでもよくなってしまうような感覚を覚えました。

ロッテとの幸福な日々

 以来ウェルテルは、清らかで幸福な日々を送り、ロッテの家まで半時間で行けるワールハイムを散歩の日課に選んだことを喜びました。ある日ウェルテルがロッテの弟妹たちに囲まれて遊んでいると、町から医者がやって来て、もともと躾が悪かったロッテの家の子供たちは、ウェルテルのせいで更に悪くなったと言いました。ウェルテルは、子供たちの中に見られる美徳や才能こそ、自分たちの教師とするべきなのであり、大人たちが彼らを自分たちの物差しで教育しようとすることを批判しました。

 ウェルテルはロッテとその妹と、山の中にある村の牧師を訪ねました。ロッテは、耳の聞こえない牧師に優しく話しかけました。牧師は、娘がシュミットという男と一緒に牧場の労働者のところへ出かけていると言いました。
 ほどなく牧師夫婦の娘フリーデリーケが、恋人のシュミットと一緒にやって来ました。シュミットは不機嫌で、フリーデリーケにウェルテルと話してはいけないと目配せしました。
 その夕方、牧師館に帰って食卓でミルクを飲んでいる時、ウェルテルはシュミットの不機嫌を責めました。不機嫌が悪徳であるのは言い過ぎではないかとシュミットに言われると、ウェルテルは、不機嫌というものは自分も他人も傷つけるものであり、それは虚栄心や嫉妬心と一緒になった自分自身への不満であり、そのような力によって他人の素朴な喜びを奪う行為は許し難いと反駁し、その演説に熱狂するあまり涙を流しました。そのようなウェルテルにロッテは帰ろうとすすめ、その帰り道にウェルテルの熱狂ぶりをたしなめました。

 ウェルテルは、ロッテの幼い姉妹のマリアンネとマールヒェンを連れたロッテと散歩に出ました。マールヒェンが泉から救い出したコップを、マリアンネがとろうとすると、マールヒェンはロッテが先だと可愛らしい顔で言いました。その真剣で善良な顔を見たウェルテルが抱き上げて接吻すると、マールヒェンは大声で泣き出してしまいました。
 ロッテは、マールヒェンを泉で顔を洗わせました。マールヒェンは、どのような汚れも泉で洗い清められると信じているようで、真剣に頬をこすりました。
 それを大きな畏敬の念の洗礼のように感じたウェルテルは、ロッテに跪きたいという気持ちに駆られました。しかしウェルテルからこの話を聞いたある男は、子供に嘘を教えてはいけないと、ロッテのやり方に苦言を呈しました。

 その頃ロッテは、町の病床にある婦人に呼ばれ、臨終を見守ることになっていました。その夫人の加減が悪くなり、ウェルテルはロッテとともに苦しみを分かち合いました。夫の老人は強欲で、長い間その夫人のことを苦しめてきましたが、二、三日前、医者が匙を投げると、夫人は夫を呼び、これまで週七グルデンでやりくりしろと命じられていたのが、世帯が大きくなってもその額を増やしてはくれなかったので、帳場から、不足分を補っていたということをはじめて打ち明けました。ウェルテルとロッテは、夫が夫人のやりくりに気づかなかったことは、人間の心が信じられないほど鈍くなっているのだと語り合いました。

 そのような日々を繰り返すうち、ウェルテルは、ロッテの中に自分を愛しているという兆候を見取りながら、彼女がアルベルトのことを話すときには、絶望的な気持ちを味わうようになりました。ウェルテルは、彼女のことを神聖だと考えていたために、欲望を感じることはありませんでしたが、偶然指や足が触れ合うとき、五官が朦朧とするような感覚になり、自分が堕落したように感じるようになりました。ロッテが歌を歌うときには、ウェルテルの心の迷いは吹き飛び、のびのびと呼吸ができるようになりました。
 やむを得ない集まりのためにロッテのところへ行けない時、ロッテのところへ行った人物を自分のそばへ置きたいがために、下男を差し向けてロッテのところへ送り、その下男から彼女の幻影を感じました。

 ロッテに会うこと以外の望みがなくなってしまったウェルテルに対し、ウィルヘルムは公使の供になることを勧めました。しかしウェルテルは、自分の情熱や慾求のためでもないのに、他人や金持ち、名誉のためにあくせくする人間を阿呆だと評しました。彼はこれほどまでに幸福で感情が豊かになったことはないので、自分の表現力が薄弱なことを悟り、線一本描くこともできなくなり、絵の稽古も辞めてしまいました。

アルベルトの到着

 やがてアルベルトが到着し、ロッテを所有されるところを見てはいられないと考えたウェルテルは、立ち去ることを決意しました。ウェルテルは、落ち着いた態度の、不機嫌を表に出すことのないアルベルトに、好意を寄せずにはいられない立派な人間であるという感想を抱き、彼を愛さなければならないと考えました。アルベルトは、ウェルテルに好意を持つようにというようにロッテから言われているようでした。
 ロッテのそばにアルベルトがいると、ウェルテルは狂ったようにはしゃぎだし、馬鹿げた行動をとるようになりました。彼女のそばにいられるという喜びはなくなり、愚かであった自分の惨めさを嘲りながら、アルベルトの外出中にロッテを訪れようと密かに画策するようになりました。

 ウィルヘルムは、ロッテに望みをかけることができるのならばその望みが叶えられるように頑張るべきで、望みがないようであれば、自分を消耗させるだけの感情は捨て去るべきであると忠告しました。
 しかし、ウェルテルは、きっぱりとロッテのことを諦める勇気を持つことができませんでした。アルベルトは、心からの友情でウェルテルをもてなし、ロッテについて楽しく話し合いました。アルベルトによると、ロッテの母親はしっかりした人で、死ぬ間際にロッテに子供たちと家のことを、この地の宮廷で重要な地位に就くことが約束されているアルベルトにはロッテの行く末を頼んだようでした。

 ある日、山に出かけたくなったウェルテルは、アルベルトの部屋にあったピストルを借りました。
 アルベルトは三ヶ月ほど前、強盗に襲われた時のためにピストルに弾を込めるよう下男に命じたときのことを語りました。その下男と女中がふざけているうちにそのピストルが発射され、女中の右手の親指を砕いてしまいました。それからというもの、アルベルトはピストルに弾をこめるのをやめました。やがてアルベルトの話は自殺というものに及びました。彼は自殺を愚かな許しがたい行為だと考えており、自分の情熱の虜になって思慮分別を失った人間を狂人だと評しました。
 ウェルテルは、アルベルトの無感動を責め、限界を越えて感情が破滅してしまった人間は、平静な分別を失っている病人のようなものなので、理性的な判断はできないのだと主張しました。二人はお互いの主張に納得がいかないまま別れることになりました。

 やがてウェルテルは、以前は自分の心に歓喜をもたらしていたものが変様していくことを感じ、不安に支配され始めました。昼間はロッテの横に座り、夜は自分のベッドで彼女を探し求め、慰めも望みもない未来に涙を流すようになりました。活動力はにぶり、心は落ち着きのない投げやりな状態となり、表現することも本を読むこともできず、自然に対して無感覚となりました。ロッテのそばで過ごすうちに胸を締め付けられるような感覚に陥り、外へ飛び出して森に入り、草木によって身体を傷つけられることを喜びと感じ、疲れと喉の渇きのために夜更けに倒れると、この悲惨を終わらせるための死というものを意識するようになっていきました。

 ついにウェルテルはロッテと別れ、ウィルヘルムの斡旋で公使として働くことを決意しました。彼は最後の時を過ごすためにロッテの家に行き、幾度となく眺めた庭の壮麗な光景を堪能し、ロッテとの最後の時間を過ごしました。ロッテは、ウェルテルが去って行くことを知らないまま、死んだ母親のことを回想し、自分たちがいつか会えるのだろうかと聞きました。ウェルテルは、去って行くことを告げずに、彼女の手を握りしめて「さようなら」と言いました。
 ロッテは「あしたね」と冗談を言いながら、アルベルトとともに去って行きました。ウェルテルはその後ろ姿を見送り、地面に平伏して泣きました。

第二部

公職に就くウェルテル

 ウェルテルは公使とともに当地へ着きました。公使は不親切な人物でしたが、ウェルテルは辛抱して仕事を行うことを決心しました。
 やがて仕事に忙殺される日々を送るようになったウェルテルは、C‥伯爵と知り合いになりました。しっかりとした視野の広い、友情や愛情を十分に持ち合わせる人物で、二人は打ち解けるようになりました。一方で、自分の書いた書類に難癖をつける公使をウェルテルは嫌いました。公使は、学識のない伯爵に苦言を呈し、ウェルテルと言い争いになりました。

 ウェルテルは、散歩中、フォン・B‥嬢という人に出会い、意気投合しました。しかし彼女と一緒に住んでいる叔母は、良い家柄でありながら財産も才覚もなく、夫にも先立たれ、平民のことを見下す以外には楽しみがないような女でした。
 家柄や生まれた国ばかりが重要視され、人々は儀礼的なこと以外は念頭になく、世間で人より上に立つことしか考えていないため、肝心な仕事が捗らない有様で、そのような世間を軽蔑したウェルテルは、激しい雪の嵐を避けて貧しい農家の一室を借りている時、寂しさからロッテに便りを出さずにはいられなくなりました。ウェルテルは、フォン・B‥嬢と、ロッテのことを語りながら過ごしました。フォン・B‥嬢は、自分の高い身分を嫌がり、俗世間から逃げ出したがっており、二人はたびたび郊外へ出かけました。フォン・B‥嬢は、ロッテの話を聞きたがり、ロッテを愛するようになりました。

 やがてウェルテルと公使との関係はますます悪くなっていきました。ウェルテルが早く仕事を片付けるのが面白くない公使は、宮廷に訴え出たため、ウェルテルは大臣から小言をもらうこととなりました。
 そのような時に、ウェルテルはアルベルトとロッテがすでに夫婦であるということを知りました。彼は婚礼の知らせを受け取ったら、ロッテの絵姿を壁から外して捨ててしまおうと考えていたものの、結局その絵姿をそのままにし、自分が第二番目の席を占めているのだと心に言い聞かせました。

 ウェルテルは、フォン・C‥伯爵の昼食会に招待されました。食後、ウェルテルのところへ、高い身分のフォン・S‥夫人が傲慢に見える娘を連れてやって来ました。ウェルテルはこのような傲慢な連中に反撥を感じ、フォン・B‥嬢のところへ行きました。しかしフォン・B‥嬢が当惑したような態度をとったため、ウェルテルは、面々から陰口を叩かれていることに気づきました。やがて夫人から何かを言われた伯爵がウェルテルの方に歩いて来て、他の客たちがウェルテルがここにいるのを不快に思っていると伝えました。
 自分を普段妬んでいる人々が勝ち誇ったような表情を浮かべているのを見て、ウェルテルは我慢なりませんでした。その後並木道でB‥嬢に出会ったものの、彼女は、叔母からウェルテルとの付き合いのことで説教され、心を痛めていました。

 ウェルテルは、ウィルヘルムや母親に申し訳なさを感じながら、宮廷に退官を申し出、ある公爵の誘いに従って、その領地へ行くことを決めました。
 退官の許可をもらったウェルテルは、出立の前日、生まれ故郷に寄って行こうと考えました。そこは父親が死ぬまでウェルテルがいたところでした。
 そこでウェルテルは、子供の頃に散歩をした菩提樹を訪れ、未知の世界に憧れていた子供の頃を思い出すとともに、希望や計画が破れ去った現在を思い、この場所を立ち去り難い思いに苦しめられました。
 その後彼は故郷の町の川沿いにある屋敷のところへ行き、かつて川の流れの末にある地方の人々はどのようなところだったのかと想像していた自分を思い出しました。ウェルテルは、自分達の先祖が、狭い知識しか持たなくても幸福であったことを悟りました。

 ウェルテルは、公爵の猟舎にやってきて、そこで公爵の取り巻きに、信用のおける人ではないという感想を抱きました。公爵は、ウェルテルの心よりも、理知や才能の方を高く評価しているようでした。ウェルテルは、唯一の誇りである自分の心を評価されていないことを不満足に感じました。
 ウェルテルは、公爵がある軍団に勤務する将軍で、戦争に向かおうとしていたことをウィルヘルムに打ち明けました。
 しかしそのことを公爵に打ち明けたところ、公爵はウェルテルの戦争行きを止めました。ウェルテルは、人から聞いたり本で読んだりしたことしか語らない、平凡な理知を持つ情熱のない公爵との交際に退屈するようになり、一週間でその場を離れようと考えました。

ロッテのそばに戻るウェルテル

 結局ウェルテルは、ロッテへの想いを忘れられず、彼女の家のそばに戻りました。しかしウェルテルは、アルベルトの感受性に欠陥があり、ロッテの心の全てを満たすことのできる人間ではないと考え、さらなる嫉妬に苦しむようになりました。
 ワールハイムへ戻ると、ウェルテルは菩提樹の下のおかみさんを訪ね、一番下の子であるハンスが亡くなったことと、夫もスイスからの途中で熱病にかかり、手ぶらだったことを知り、子供に施しをやり、悲しい気持ちでそこを発ちました。ロッテを踊りに連れて行くために初めて通った道を歩いても、昔の感情を蘇らせることはできませんでした。

 ワールハイムの作男を訪ねても、主家を追い出されたというだけで、それ以上の詳しいことは聞き出せませんでした。
 しかし、ウェルテルはその後偶然その作男と出会い、事情を聞きました。作男は、女主人に対する愛着のあまり、飲食ができなくなり、仕事を忘れ、ある日上の階にいる主人の部屋に忍び寄り、願いが聞き入れられず、腕ずくで想いを成し遂げようとして捕らえられ、二度と雇い入れられないようにされてしまったようでした。作男は、女主人の方からも彼に気を持たせることがあったと思っていることを告白しました。ウェルテルは、その男の運命にいたく同情しました。

 ウェルテルは再びロッテを訪れるようになりました。ロッテは遠方にいるアルベルトに手紙を書いていました。その手紙を自分に当てられたものと一瞬錯覚したウェルテルは微笑しました。それをそのまま伝えられたロッテは気を悪くした様子でした。
 ロッテは新しいカナリヤを飼っていました。自分の唇から餌をやるロッテを見たウェルテルは、その純粋さにより自分の空想力が刺激されることを嫌がりました。

 ロッテはアルベルトを迎えに行き、連れ戻りました。アルベルトはロッテと一緒にいても楽しそうに見えず、ウェルテルは不快になりました。
 ウェルテルは、ロッテとともに訪ねたことのある牧師館のくるみの木が、牧師夫人によって切り倒されてしまったことを知り、嘆きました。

 ロッテとその女の友人が、町のある人が病気であるという噂をしているのを聞いたウェルテルは、そのような人々の病床に思いを馳せずにいられなくなり、もし自分がいなくなっても、ロッテが感じることになる空白もやがては薄れていくのだろうと考えました。彼は、人間がお互いに冷たくなれること、自分がロッテを幸福にはできないこと、彼女を慕う心が自分の才能を飲み込んでしまうことに絶望するようになり、自分も死んでいきたいと考えました。以前は自分に幸福をもたらしてくれた唯一の活力が失くなってしまったことを想い、どのような感激も得ることができず、苦しくてたまらないと考えました。目が覚めないことを願いながら身を横たえ、朝が来ると惨めな思いに沈みました。

 ウィルヘルムは、そんなウェルテルを心配し、宗教にたよってみるべきだという忠告の言葉を送りました。ウェルテルは、宗教を尊敬してはいるものの、宗教が意味をもたない人々もいるのだと主張しました。

 ロッテは、ウェルテルの苦しみに気づき、彼の愛がほのめかされるたびに話題を他に転じながらも、心からの同情を彼に注ぐようになりました。

 ある昼ごろ、ウェルテルが川を沿って歩いていると、身分の低そうな男が岩の間を這い回っていました。その男は恋人の王女に花輪を約束していると言いながら、花を探していました。やがてその母親がやって来て、男が丸一年暴れ通しで精神病院で鎖に繋がれ、今では大人しくなったものの、王女様や皇帝様といったうわ言を繰り返していることを語りました。昔は幸福であったと涙ぐむ男に、それはいつのことなのかと聞くと、母親は精神病院にいた頃のことだと答えました。ウェルテルは、人間が分別を失っていなければ幸福ではないことを悟り、主の下に呼び寄せられたいという思いを強くしました。
 その男は、ロッテの父親のところにいた書記で、ロッテに恋をして、その思いを打ち明けて免職になり、気が触れてしまったようでした。ウェルテルは、このことを知って激しく感動しました。

 ウェルテルは、ロッテの妹を膝の上に乗せながら、ロッテの弾くピアノの音色を聞いていました。結婚指輪が目に入り、涙を流したところで、思い入れのある甘美なメロディーに移りました。ウェルテルはこれまでのことが思い出され、ロッテに弾くのをやめて欲しいと懇願しました。
 ロッテは、ウェルテルに気を落ち着かせて欲しいと頼みました。
 身を背けて帰ったウェルテルは、自分の悲惨を見ている神に、この始末をつけて欲しいと頼みました。
やがてウェルテルは、ロッテの幻に心を占領され、目を閉じるとロッテの黒い眼が現れてくるようになりました。

編者より読者へ

死を決意するウェルテル

 ウェルテルは不満から精神の調和を失わせ、倦怠状態に陥り、人前に出ても憂鬱にしているようになりました。
 長い間をロッテとの結婚を望み、その幸福を維持しようとする純粋な落ち着きのある人間アルベルトの振る舞いを、ウェルテルは正しく判断することができなくなっていました。
 ある初雪に覆われた冬の日、ロッテの父が病気になり、ロッテを迎えに馬車をよこしました。ウェルテルは、アルベルトがロッテを迎えに行かない場合、自分が連れ帰るために、翌日彼女の後を追いました。
 ウェルテルは、アルベルトとロッテの関係を壊してしまったものと思い込みながら、同時にアルベルトに対する反感を感じていました。

 ロッテの父の家に入ると、ワールハイムで農夫が殺されたという噂で、家の中がざわついていました。ロッテの父は、病気をおして、現場で事件の調査をすると言い張っていました。
 被害者は、ある未亡人の作男で、その作男の前に雇われていた他の男は、隙を出されてしぶしぶ家から出ていったようでした。
 それは、ウェルテルがよく話したことのある、未亡人のことを慕っていた作男でした。この話を聞いたウェルテルは驚いてワールハイムに急行しました。
 死体の置いてある料亭の入り口は血で汚れており、武装した集団が、その作男を捕まえてやって来ました。
作男は、未亡人には誰にも手をつけさせないと言いながら、料亭の中に連れ込まれていきました。
 この出来事で、ウェルテルの頭は混乱をきたし、何としてでもこの作男を助けなければならないと考え、この場で男を弁護しようと考えました。
 部屋にはアルベルトがおり、これはウェルテルを不快にさせました。
 ウェルテルは熱を込めて自分の意見を述べました。しかし法官はウェルテルの主張をさえぎり、殺人犯を庇護することを責めました。ウェルテルは引き下がらず、作男を大目に見てほしいと懇願したものの、拒絶されました。アルベルトが口を挟み、法官の側に立ったため、ウェルテルは言い負かされ、その場を去りました。アルベルトの言葉は、自分への非難が含まれているように感じられました。
 アルベルトは、ロッテにウェルテルのことを話し始め、その態度を非難し、自分たちから遠ざけてもらいたいと言いました。しかしロッテが沈黙したため、以来彼はウェルテルのことを口にしなくなりました。
 作男は犯行を否認し始め、ウェルテルは反対証人として喚問される可能性がありました。
 公務官勤務での憤慨など、かつて経験した失敗を思い浮かべたウェルテルは、自分が無為に陥るのは当然だと考えるようになりました。彼はロッテとの虚しい交際を続けながら、徐々に消耗していきました。

 ウェルテルは、ワールハイムの下手の谷が氾濫していると聞き、その光景を見にいきました。畑や牧場が激流に飲み込まれる光景を見て、ウェルテルは戦慄を覚えながら、その波に身を任せたいという憧れに襲われました。

 ロッテを抱きしめ、その口に接吻する夢を見て、自分の彼女への想いは神聖で純粋なものであると思っていたウェルテルは、夢の中の喜びを呼び戻そうとしている自分は罰せられるべきなのかと考えました。ウェルテルの感覚は混乱して、思考することができなくなり、涙ばかりが出るようになりました。
 この頃には、この世を去ろうという決意がウェルテルの心を占領していましたが、早まらず、固く決心がついてからできるだけ冷静に断固として行わなければならないと、彼は自分に言い聞かせていました。そのうちに彼は自殺という観念に慣れ親しむようになり、決意は強固なものとなっていきました。

 ロッテは、ウェルテルのことを口にしなくなった夫に自分の意思を示す必要に駆られ、ためらいながらもウェルテルを遠ざけようとしていました。
 クリスマス前の日曜日の夕方、ウェルテルはロッテを訪れました。ロッテは一人で弟や妹のためにクリスマスの贈り物を整理しているところでした。
 ロッテは、子供たちや父親がやってくるクリスマスイヴまで来てはいけないとウェルテルに懇願しました。
これを聞いたウェルテルは、部屋の中を行ったり来たりして、「このままではいけない」とつぶやきました。そして、ロッテに二度と会うことはないと言いました。
 ロッテはウェルテルの手を取り、自分のことなど慕うのではなく、気を落ち着けてほしいと懇願しました。
しかしウェルテルは、冷ややかな目つきでロッテを見つめ、アルベルトの差し金でそのような芝居をするのだろうと言いました。ロッテは、ウェルテルが自ら自分を狭くしていることを心配しました。
 アルベルトが部屋に入ってくると、ウェルテルは気詰まりな様子で挨拶し、食卓の用意が始まるとようやく帰っていきました。
 ウェルテルは、帰宅すると声を立てて泣き、着のみ着のままで寝台に倒れました。十一時ごろ、従僕が靴を脱がせるかどうかを尋ねようとして部屋に入りました。ウェルテルはそのままの格好で寝台に体を横たえていましたが、靴を脱がせてもらうと、自分が呼ぶまで部屋に入ってきてはならないと命じました。

ロッテとの別れ

 十二月二十一日の早朝、ウェルテルはロッテに手紙をしたためました。
 そこには、昨夜ロッテと別れた後で死を決意したこと、その決意は揺るぎのないもので、絶望ではなくロッテの犠牲になるという確信であるということが書かれていました。

 十時ごろになると、ウェルテルは従僕を呼び、また払いの済んでいないところから請求書をもらってくること、貸し出してある本を取り戻すこと、毎週何かを与えていた貧乏な人たちに二ヶ月分ほど先払いをするように命じ、二、三日旅行に出かけることを伝え、用意を整えさせました。
 食事の後、彼はロッテの父のところを訪ねましたが、不在でした。
 そこにいたロッテの小さい弟が、ウェルテルに年賀状を書いたことを語ると、ウェルテルは皆に小遣いをやり、父親によろしくと言って、泣きながら立ち去りました。
 五時ごろ帰宅すると、彼は従僕に荷造りをさせ、その後、ロッテに向けた遺書を書き始めました。

 一方その頃、ロッテはウェルテルと別れたことの辛さを身をもって感じていました。アルベルトは、用があって近所の役人のところで一泊することになっていました。ロッテは一人で座りながら、ウェルテルの心と自分の心がぴったりと調和していていたことを自覚しました。一方で彼女はアルベルトのことを心から愛しており、ウェルテルが自分の兄弟であったならどれほどよかったかと考えました。自分の女友達を一人ずつ考えてみても、ウェルテルに適していると思われる女性は一人もいませんでした。
 やがてロッテは、初めて自分がウェルテルを自分のものにしたいと考えていることを自覚し、それが許されないことであると自分に言い聞かせました。

 六時半近くになり、ウェルテルがやって来ると、ロッテはこれまでにないような動悸を感じながら、クリスマス前に来たことをたしなめました。彼女はウェルテルと二人きりにならないように、女友達のところへ使いを出しましたが、二人とも来ることはできないようでした。
 ロッテは決心してウェルテルの横に腰を下ろしまし、彼が訳したオシアンの詩を読んでほしいと頼みました。ウェルテルは涙を流しながら、その詩を朗読しました。二人は自分達の身の上を英雄たちの運命と重ね、感動して涙を流しました。ウェルテルは草稿を捨ててロッテの手をとり、涙に咽びながら、唇をロッテの腕に押し付けました。ロッテは身をずらそうとしましたが、苦痛と同情のために体の自由が効きませんでした。彼女は気を取り直し、朗読の先を続けてほしいと頼みました。
 ウェルテルは体を震わせながら朗読を続けましたが、やがてロッテの前に身を投げ、その両手を取り、額に押し当てました。ロッテはウェルテルの両手を握り、自分の胸に押し付けると、ウェルテルは、ロッテを胸に抱き、唇に狂おしい接吻を浴びせました。
 ロッテは、力なくウェルテルを押し退けながら、顔をそむけ、混乱しながら、怒りと愛情に身を震わせ、「これが最後です。もうお目にかかりません」と言うと、隣室へ行き、扉を閉じました。
 ウェルテルは数分間長椅子にもたれた後、隣室のドアのところから呼びかけましたが、ロッテは、それに応じることはありませんでした。ウェルテルは「永遠にさようなら」と別れを告げ、外へと出ていきました。
みぞれの降る中、ウェルテルは、びしょ濡れになりながら家へと帰り、長い間眠りました。

ウェルテルの死

 翌朝、ウェルテルは、ロッテに宛てた手紙をしたためました。

 その手紙の中で、ウェルテルはこれが最後の朝であると語り、昨晩のことについて許しを乞いながら、ロッテが自分のことを愛しているという確信を得、歓喜に満ちながら、彼女の母親に会いに行くのだと述べました。そして十一時近くになると、彼は従僕に、旅行に行くのでピストルを借りることはできないかというアルベルト宛の手紙を渡しました。

 一方、恐れていたことが現実となってしまったロッテは、その晩ほとんど眠ることができませんでした。彼女の心は、ウェルテルの抱擁に感じた熱情、そしてその抱擁に対する怒り、以前とは変わってしまった自分に対する不快といった感情にさいなまれ、どのように夫を迎えればよいかで悩みました。またウェルテルのことも気がかりでした。
 ウェルテルは、この世を去りたいという願いを夫婦に隠してはいませんでした。自殺に反感を抱いていたアルベルトはこの点でウェルテルとしばしば言い争いをし、夫婦間での話題にもこのことがあがっていました。
 アルベルトが帰宅するとロッテは狼狽しながら彼を迎えました。用事が片付かず、近在の役人が頑固で偏狭だったので、アルベルトは不機嫌でした。変わったことはあったかと聞かれ、ロッテはウェルテルが来たと言いました。
 ロッテは夫が来たことで心を落ち着かせ、夫の部屋について行きました。アルベルトは、書物机に向かいました。やがてロッテの心は暗くなって行きました。
 ウェルテルからの使いの少年が現れ、アルベルトはピストルを渡してあげるようロッテに言い、「道中ご無事で」という言葉を少年に託しました。ロッテはこの言葉を聞いて動揺し、震える手でようやくピストルを少年に渡すと、不安を感じながら自分の部屋に入りました。そこへ親しい女の友人がやって来たため、その友人と話をすることで、彼女はなんとか気持ちを紛らわせました。

 ウェルテルは少年が持ってきたピストルを喜んで受け取ると、腰を下ろして書物を続けました。
 その手紙では、ロッテが与えてくれたピストルによって死ぬことは、ロッテによって与えられた死が実現することだという喜びが述べられていました。

 食後ウェルテルは、従僕の少年に荷造りをさせ、残っていた仕事を片づけると、伯爵家の庭園や郊外を歩き回り、夕方に帰宅すると、ウィルヘルムや母への別れの言葉や、アルベルトに家庭の不和の種を蒔いてしまったことへの謝罪の言葉を手紙に書き、それらをすべてウィルヘルム宛にして封をしました。

 十一時過ぎに、ウェルテルは、最後に机に向かい、ロッテに宛てた手紙を書きました。
 その手紙の中で、ウェルテルは自分の遺骸を墓地の奥にある菩提樹の下に、ロッテが触れた今の服装のまま葬ってほしいと父に頼んだことを伝え、ロッテのために死ぬという幸福に満たされていること、ロッテの弟や妹に対する愛情を語りました。
 十二時になると、ウェルテルは、弾丸を込めてある銃の引き金を引きました。隣家の人がその銃声を耳にしましたが、その後物音がしなかったのでそれ以上気にとめることはありませんでした。