ゴーゴリ『外套』の詳しいあらすじ

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 ペテルブルクのある局に一人の官吏が勤めていました。立派な役柄のものではなく、背が低く、顔にはあばたがあり、髪の毛は赤ちゃけ、目がしょぼしょぼしていて、額が禿げ上がり、頬の両側には小じわがあり、どうやり痔もちのようでした。皆から愚弄される九等官で、姓はバシマチキン(短靴という意味)、名はアカーカイ・アカーキエウィッチと言いました。
 彼がそのような奇妙な名前となったのは、今は亡き彼の母親が、彼が生まれた時に教父や教母からつけられた名前が気に入らず、父親と同じ名前をつけたためでした。
 役所では彼は全く敬意を払われませんでした。出された書類を受け取り、ただその書類を清書するだけの仕事を行い、若い官吏は彼のことをからかいましたが、口答えすることなく仕事をして、書きそこないを行うこともありませんでした。
 あまりにも周りからの悪戯が過ぎた時のみ、彼は「かまわないでください!何だってそんなに人を馬鹿にするんです?」というだけでした。ある若い男はその言葉に胸を突かれ、思わず顔を覆いました。
 彼は自分の職務に愛を持っていました。彼は写字という仕事の中に、楽しい一種の世界を見ており、お気に入りの文字が出てくると、我を忘れてにやにやと表情を変えるのでした。ある親切な長官が、彼にもう少し意義のある仕事をさせようと、一人称から三人称へと文章を変えるだけ仕事を任せましたが、彼にはその仕事ができず、写字の仕事に戻りました。
 彼は服装には注意を払わず、制服は色あせ、帽子には通りを歩いている時に窓から捨てられたパンくずやキュウリの皮が付いていました。家に帰ると、持ち帰った仕事をし、仕事がない場合は、自分のために写本を作るのでした。

 冬になると、アカーキイ・アカーキエウィッチは、ペテルブルクの強烈な寒さにより、背中や肩にかちかちするような感覚を覚え、それが自分の外套のせいではないかと思いました。家に帰って見てみると、その外套は擦り切れてボロボロになっていました。その外套は、同僚からは半纏と呼ばれていて、皆の嘲笑の的になっていました。襟は他の部分のツギに使われて小さくなっていました。アカーカイ・アカーキエウィッチは、外套を呑んだくれの仕立屋ペトローヴィッチのところへ持っていくことにしました。
 アカーキイ・アカーキエウィッチは外套の修繕を頼みました。ペトローヴィッチは、その外套を見ると、地がダメになっていて縫い付けることができないと言い、新調を勧めました。
 金のないアカーキイ・アカーキエウィッチは、新調という言葉に混乱しながら、いくらかかるのかを聞きました。するとペトローヴィッチは、その日機嫌が悪かったことも手伝い、百五十ルーブリという高値を言い渡しました。アカーキイ・アカーキエウィッチは、その値段に意気消沈して、外に出ました。
 ペトローヴィッチの機嫌が悪いために修繕を断られたと思ったアカーキイ・アカーキエウィッチは、ペトローヴィッチが酔っ払う日曜の朝に外套を持っていき、十カペイカを握らせて修繕させようとしました。ところが、ペトローヴィッチは酒に酔いながらも、その仕事を断り新調を勧めました。
 外套はせいぜい八十ルーブルくらいで新調できるだろうとアカーキイ・アカーキエウィッチは思いました。彼は一ルーブリを使うごとに二カペイカを小箱に貯金し、その貯金額は四十ルーブル以上になっていました。その貯金と、残りの四十ルーブルは、お茶を飲むことをやめ、ローソクの火も灯さずに、下着も洗濯屋に出さないようにして、捻出しようとしました。彼はその極度に節約した生活の中で、一種の充実感を感じるようになっていきます。彼は月に一度はペトローヴィッチのところへ行き、新調する外套についての相談を行い、店に値段をひやかしに行きました。
 賞与が六十ルーブルにもなったので、アカーキイ・アカーキエウィッチは予期していたよりも早く八十ルーブルを集めることに成功しました。彼はペトローヴィッチと連れ立って店へ行き、上等なラシャ、裏地には丈夫なキャラコに、上等な猫の毛皮を買い、たっぷりと綿を詰め込んだ外套を、二週間もかけてペトローヴィッチに仕立てさせました。

 凍てつく寒さの日に、ペトローヴィッチはできあがった外套を持ってきました。それはアカーキイ・アカーキエウィッチの身体にぴったりと合いました。ペトローヴィッチは、自分の仕事に満足して、外套を着たアカーキイ・アカーキエウィッチを眺め、出勤するアカーキイ・アカーキエウィッチよりも先回りして正面に回り、自分の仕事を眺めました。
 アカーキイ・アカーキエウィッチは、自分の肩に新しい外套が乗っていることを忘れられず、ぞくぞくする気分で、にやりと笑いながら歩きました。
 役所へ着くと、アカーキイ・アカーキエウィッチが新しい外套を着てきたことがたちまち知れ渡り、皆がどっと押しかけて祝辞を述べ、これを記念して課長補佐の家で夜会が催されることになりました。アカーキイ・アカーキエウィッチはまごついて辞退しようとしましたが、断りきれずに参加を決めました。
 彼は一度家に帰り、新しい外套と、半纏を見比べて思わず吹き出しました。暗くなってから新しい外套を引っ掛けて、目抜き通りにある招待主の役人の家に出かけました。課長補佐の家に着くと、役人達はもうすでに集まっていました。彼らは、アカーキイ・アカーキエウィッチを見ると、彼の外套を褒めちぎりましたが、すぐにテーブルに戻ってしまいました。アカーキイ・アカーキエウィッチは退屈を感じました。彼は主人にいとまを告げて帰ろうとしましたが、皆が引き止め、シャンパンを無理やり二杯飲まされたため、主人に引き止められないようにこっそり部屋を抜け出しました。外套は、床の上に落ちてました。彼はそれを拾って肩にかけ、表へと出ました。
  寂しい通りへと出て心細さを感じながら広場を抜けると、アカーキイ・アカーキエウィッチは、近づいてきた二人の男に外套を奪われてしまいました。彼は絶望のあまり、わめきながら交番に入りました。巡査は、明日警部のところへ訴え出れば犯人を操作してくれると言いました。 アカーキイ・アカーキエウィッチは、取り乱して家に帰り、宿の主婦である老婆に、一部始終を話し、署長のところへ行くように言われました。

 翌朝、彼は署長のところへ行きました。何度か通っても、昼飯時まで署長には会えず、何の用事なのかと聞かれたので、公用で役所から面会に来たのだと断固として言い放ちました。アカーキイ・アカーキエウィッチは署長に会いましたが、署長はなぜそんなに遅く帰ったのか、いかがわしい家にでも寄っていたのではないかと問い始めたので、アカーキイ・アカーキエウィッチは、適切にこの一件が処理されるのかわからないまま、その場を去り、その日は出勤しませんでした。
 翌日、アカーキイ・アカーキエウィッチは、半纏を着て出勤しました。役所の仲間は彼の話を聞いて同情し、義援金を集めてくれましたが、それは少額にしかなりませんでした。ある同僚が、駐在所に行くよりも、有力な人物に頼む方がよいと教えてくれたので、アカーキイ・アカーキエウィッチは、ある有力な人物を訪ねて行きました。
 その有力者は勅任官で、古い友人と談笑しており、アカーキイ・アカーキエウィッチを待たせておくように取次に言いました。彼は友人との談笑に飽きたところで、やっとアカーキイ・アカーキエウィッチを呼びました。
アカーキイ・アカーキエウィッチは怖気付きながら、捜索の斡旋を頼みました。有力者は然るべき手順を踏むようにとアカーキイ・アカーキエウィッチに言いました。アカーキイ・アカーキエウィッチは、「然るべき手順」で依頼することになる秘書官を信用できないと言うと、その有力者はどしんと足を踏みならして、声を張り上げました。それに怖気付いたアカーキイ・アカーキエウィッチは、倒れそうになって守衛に運び出されました。
 叱責を受けたアカーキイ・アカーキエウィッチは、冬の寒さにも影響されて、家に着くと熱を出して寝込んでしまいました。病気は瞬く間に進行し、医者は宿の主婦に棺をこしらえるように言いました。彼は熱に浮かされて支離滅裂な言葉を吐き、ついに息を引き取りました。相続人がなく、遺産は半纏とペンと公用紙とわずかな衣類だけでした。アカーキイ・アカーキエウィッチは初めから存在しない人間であるかのようにペテルブルクから消失しました。

 死後数日経ってから、役所はアカーキイ・アカーキエウィッチの死を知り、新しい役人が代わりになりましたが、その役人の字は、アカーキイ・アカーキエウィッチのものよりも歪んでいました。
 その後、夜な夜な官吏のような男の幽霊が、盗まれた外套を探し、通りがかった人の外套を剥ぎ取ってしまうという噂が、ペテルブルク中に広まりました。そして、その幽霊に外套を剥ぎ取られるために、皆が感冒に罹るようになり、警察はその幽霊を逮捕して処罰することにしました。ある巡査は、幽霊がある男の外套を剥ぎ取ろうとしている現場を発見し、ほかの二人の巡査と取り押さえましたが、巡査の嗅ぎタバコの匂いに幽霊がくしゃみをしたため、三人の巡査は目潰しを食らわされ、目をこすっている間に幽霊は消えうせてしまいました。それ以来、巡査たちは、恐怖のあまり、幽霊に向かって、さっさと行け、とどなるだけになり、幽霊は橋を越えた場所へも出るようになり、あらゆる人々に恐怖を抱かせました。
 かの有力者は、アカーキイ・アカーキエウィッチが叱責されて退散したのを見て、良心の呵責を覚え、その後彼が死んだことを知って愕然としました。彼は気を紛らわすために友人の夜会に出てくつろぎ、カロリーナ・イワーノヴナという馴染みの婦人のところへ立ち寄ることにしました。その有力者は、よき良人であり、二人の息子と一人の娘を抱えていました。彼は家庭を持ちながらも、一人くらい婦人を囲うのは当然だと考えていました。橇に乗り、カロリーナ・イワーノヴナのところへ、と御者に言いつけました。しばらく彼は夜会の愉快な場面を思い出していましたが、突風に吹き付けられて襟髪を掴まれ、振り返ってみると、そこには死人の相のアカーキイ・アカーキエウィッチがいました。アカーキイ・アカーキエウィッチは、恨みの言葉を述べ、外套をよこせと言いました。有力者は外套を脱ぎ捨て、御者に全速力で走るように言いつけ、自宅に帰りました。
翌朝、その有力者は青い顔をしているのを娘に聞かれても、一言も語りませんでした。それ以来、その有力者の外套がアカーキイ・アカーキエウィッチの肩に合ったのか、幽霊は姿を現さなくなりました。
 どこか遠くの方で、未だに官吏の幽霊が出るという噂があり、ある臆病な巡査が幽霊を見たようですが、それはアカーキイ・アカーキエウィッチの幽霊ではなさそうでした。

外套・鼻 (岩波文庫)