ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』の登場人物、あらすじ、感想

 一九五四年出版、ウイリアム・ゴールディングの『蝿の王』を紹介します。ウィリアム・ゴールディング(一九一一年〜一九九三年)は、イギリスの南西端、コーンウォール州に生まれ、連合国側の兵士として第二次世界大戦に参加し、史上最大規模の上陸作戦であったノルマンディー上陸作戦も経験しました。

 ここで紹介する『蠅の王』もまた、(戦争に関する直接的な描写は出てきませんが)戦争中の話です。攻撃を受けた飛行機に乗っていた六歳から十二歳の少年たちが、ある無人島に降り立つところから物語は始まります。彼らは規則を作り、気ままに楽しく生活しながら救助を待つはずでした。しかしちょっとしたほころびから、いさかいが起き始めると、徐々に彼らの中の獣性が芽生え始めていきます。文明から隔絶された状況下を舞台に、人間の本能的で根源的な部分が描かれた作品となっています。

 この『蝿の王』はベストセラーになり、ゴールディングは後にノーベル賞も受賞しています。

『蠅の王』の主な登場人物

ラーフ
金髪の少年。十二歳。海軍の息子。全体のリーダーを任される。

ピギー
ぜんそく持ちで眼鏡をかけている。太っているため、ピギー(豚ちゃん)と言われている。父親は死んでおり、叔母に育てられた。

サム
エリックとの双子。

エリック
サムとの双子。

ジャック
少年合唱隊の隊長。赤毛。挙手による選挙でラーフにリーダーの座を奪われ、狩猟隊を買って出る。

モリス
合唱隊の中でジャックの次に大きい少年。いつもにやにや笑っている。

ロジャー
合唱隊の一員。ほっそりとしていて人目を避けるように行動している無口な少年。

サイモン
合唱隊の一員で、よく卒倒する。自分の意見を持っているが、人前で話すのが苦手。

『蠅の王』のあらすじ

 二人の少年が孤島にいました。彼らが乗っていた飛行機が攻撃を受け、少年達を降下させて、どこかへ行ってしまったのです。二人は自己紹介をしました。金髪の少年はラーフといいました。もう一人の少年は太っていたため、自分がピギー(豚ちゃん)と呼ばれていると言いました。砂浜に海水が貯まってできたプールを見つけたラーフは、夢想していた孤島での生活に喜びます。

 二人は浅瀬で見つけたほら貝を吹いて、他に生き残った少年がいるかどうか調べようとしました。すると六歳くらいの少年が数人と、サムとエリックという双子が森の中から現れます。

 次いで、合唱隊員の少年たちが、隊列を組んで現れました。彼らのリーダーはジャックという少年で、モリス、ロジャーなどの比較的大きな少年たちを引き連れていました。サイモンという少年は、疲れのあまり卒倒しました。

 皆は隊長を決めることにしました。選挙が行われ、ジャックとラーフの一騎打ちとなりましたが、大きな体と魅力的な容姿、それにほら貝を持っているということで、隊長はラーフになりました。ラーフはジャックに合唱隊をまかせることにしました。皆は、自分たちが仲間だということを感じ、島の支配権が自分たちにあるという思いを味わっていました。

 彼らはこの島で生活し、救助を待つための話し合いを始めました。

 彼らの中で発言するものは挙手をして、発言の間はほら貝を持つことを規則としました。

 次に食料を得るための狩猟隊について話し合います。この島には食料にできそうな豚が住んでいたのです。狩猟隊のリーダーにはジャックがなりました。

 彼らは島の山頂には烽火(のろし)をあげて、発見されるのを待つことにしました。ジャックたちはこの烽火を絶やさない役を買って出ました。彼らは嫌がるピギーから眼鏡をとって、レンズを使って日光を集め、火を起こすことに成功しました。しかしその火は山頂から燃え広がり、その火に巻き込まれたのか、一人の小さな少年がいなくなりました。しかし皆はそれに気づかないふりをしました。

 ジャックたちは狩猟にあけくれました。豚から姿を隠すために、様々な色の粘土を顔に塗りたくった彼らは、水面に映った自分の顔を見ると、恥辱と自意識から解放されるのを感じました。しかし彼らは同時に残酷さも手に入れてしまいます。しかしそれが功を奏してか、豚を捕まえるのに成功するのでした。

 ジャックたちは狩猟に専念するあまり、山頂の烽火を絶やさずにいることを忘れてしまいます。ラーフは船が近くを通りがかったことに気づきましたが、山頂の烽火が消えていたため、船に気づかれることはありませんでした。それが原因となり、小屋作りや烽火を重要視していたラーフ、ピギー、サイモンらと、狩猟を重要視するジャック、モリス、ロジャーらは争いになっていきます。そして豚の肉を持っているジャックたちは、徐々に仲間を増やしていくのでした。

 同じころ、空中戦から一人の大人がパラシュートをつけて落下してきました。男の顔は潰れ、息絶えていました。暗闇の中その遺体を発見した双子のサムとエリックは、獣だと思い込んで皆に報告します。彼らは島中を捜索し、先に進んでいたジャックがその遺体を発見します。しかしあたりは暗闇に包まれており、それが人間の遺体であるという判断はできませんでした。その後ジャックの報告を受けたラーフが一人でそれを見に行き、一瞥しただけで恐ろしい獣だと思い込み、逃げ出しました。

 山頂に獣がいると思い込んだ一同は、もはや烽火を上げることはできませんでした。ピギーの提案により、浜辺で火をおこし、救助を待つことになりました。ジャックたちは獣を見た直後に逃げ出したラーフを、リーダーにふさわしくないと非難し、たもとを別つことになりました。

 ジャックたちは、再び狩猟を始めました。彼らは残酷な殺し方に興奮を感じるようになっていました。そしてラーフたちを襲撃して、豚を焼くための火を奪います。豚を焼いた彼らは宴会を開き、豚の頭部に棒を突き刺して地面に立たせ、それを獣に捧げようとします。

 サイモンは、皆が獣だと騒いでいるものは、自分たちの恐怖であるという考えを持つ内省的な少年でした。彼は、ジャックたちが棒に突き刺した豚の頭部と会話のようなものを繰り広げます。豚の頭部には無数の蠅がたかり、まるで蠅の王のように見えました。蠅の王は、自分はこの島でおもしろおかしく暮らして行きたいのだから、しつこく邪魔をしないでくれ言い、さもなければ皆を酷い目に合わせてやると警告を与えます。サイモンは倒れて意識を失いました。

 目を覚まして歩き出したサイモンは、岩に引っかかったパラシュートと、その操縦士の腐りかけた死骸を発見しました。彼はこの死骸が、皆が恐れている獣であることに気づき、吐きながらその死骸を岩から外してやり、皆にこのことを知らせようとしました。

 ラーフのところに残ったのは、ピギーだけでした。二人はことを収めるために、和解をしようとジャックの元へ向かいました。ジャックたちは奪ってきた火を使って豚を焼き、食べていました。ジャックはラーフとピギーに豚を分け、自分の仲間になるのは誰なんだと聞きました。何人かがジャックの仲間になると宣言しますが、ラーフは自分がリーダーだとなおも主張します。雷鳴が轟く中、ジャックとラーフは睨み合いました。

 ジャックは自分の力を示すかのように、皆にダンスを踊るよう命じました。すると皆は輪になって「豚ヲ殺セ!ソノ喉ヲ切レ!血ヲ流セ!」と歌い踊り始めます。そこへ獣の正体を知らせに来たサイモンが森の中から現れました。しかし雷鳴と暗闇の恐怖に支配された少年たちは、サイモンを獣だと思い込み、絶叫しながら殴り噛みつき、引き裂き、殺してしまいます。

 自分たちの場所に戻ったラーフとピギーは、殺されたのがサイモンであったことに気づいていました。サムとエリックも彼らについてきていました。四人とも、ジャックが命じたダンスに加わり、サイモンを殺すのに加担していたのです。暗闇と雷鳴で倍増した恐怖の中、凶行に手を染めてしまったのでした。

 ジャックたちもサイモンが死んだことに気づいていましたが、記憶から消そうとしているかのように振る舞いました。

 夜になると、再びジャックたちは襲撃をしかけました。ラーフたちは応戦しますが、ピギーは火を起こすために必要な眼鏡を奪われてしまいました。

 ラーフたちの火は完全につきてしまいました。ラーフ、ピギー、サム、エリックはジャックたちのもとへ向かい、ピギーの眼鏡を話し合いで返してもらおうと試みます。ジャックたちはみな顔を粘土で彩っていました。ラーフはピギーの眼鏡を返してもらうように演説を始め、烽火の大切さを改めて説きました。

 しかしジャックたちは聞く耳を持たず、双子を縛りあげてしまいました。ラーフとジャックの間に再び喧嘩が始まりました。皆が喧嘩を囃し立てる中、ピギーはほら貝を持って、ピギーはジャックについて狩りや殺しをするのと、ラーフについて規則を守ってやっていくののどちらがいいのか皆に問いました。しかしジャックたちはそれに答えず、再び気勢を上げ始めました。

 はるか上にいたロジャーが錯乱状態になり、絶壁の頂上にある大きな岩を落としました。それがピギーにあたり、ピギーはほら貝とともにそのまま落下し、岩の上に落ちて頭が割れました。それとともに彼らはラーフに向かってきました。ラーフは逃げ出しました。双子は無理やりジャックたちの仲間にされてしまいました。

 傷を受けたラーフは茂みに隠れながら移動し、見張りに立たされているサムとエリックを見つけます。ラーフは彼らに話しかけ、翌日自分が追跡されるということを知ります。ラーフは茂みの中に潜んでいましたが、ジャックに脅された双子は、ラーフの居場所を知らせてしまいました。

 ジャックたちは城岩の頂上から、ラーフのいる茂みへと大きな岩を落とし、茂みを燃やし始めました。ラーフは穴の中に逃げ込みますが、蛮族のようになった彼らに発見されてしまいました。

 恐怖に支配されたラーフは逃げだし、海辺で倒れてしまいました。

 ラーフが起き上がると、炎を見て上陸した海軍士官が目の前に立っていました。救助されたことを知ったラーフは、死んだサイモンとピギーのことを思って激しく泣きました。それにつりこまれて、他の少年たちも嗚咽しました。 

管理人の感想

 この小説では、無人島に取り残された少年たちが、徐々に残酷になっていく様子が描かれています。物語の前半と後半では、まったくトーンが違っていて、まったくストーリーを知らずに読み進めていくとびっくりするでしょう。

 物語の冒頭では、ラーフというカリスマ性のある少年をリーダーに、皆が協力しながら生き延びていこうという姿勢が、生き生きと描かれています。リーダーの候補であったジャックも、ラーフがリーダーになったことに納得し、自らの役割を全うしようとします。

 しかし徐々にジャックたちは蛮族のようになっていきます。彼らは豚を殺す喜びを知り、顔を色とりどりの粘土で塗りたくり、輪になってダンスを踊ります。
そしてサイモンを殺しても、その現実から目をそらし、ピギーの死は、もはや彼らにとってはラーフに襲い掛かるための合図にすぎません。

 規律を持って生活を続けようとするラーフたちと、蛮族のようになってしまったジャックたちの違いはいったいなんだったのでしょうか。もし、最初にリーダーに選ばれていたのがジャックだったとしたら、規律を守ろうとするのがジャックで、ラーフが蛮族のようになっていたのでしょうか。二人の運命を決定づけたものが、最初にリーダーになったかどうかであるとしたら(もっと言えば、最初にほら貝を持っていたかどうかだったとしたら)、恐怖に支配された人間とはなんと弱いものなのでしょう。

 ラーフやピギーにしても、ジャックたちのようになるまでの時間が少しだけ長いだけだったのかもしれません。

 そして一度恐怖に支配された人間の心が、完全に元に戻るまでどのくらいの時間が必要になるのでしょうか。本国に戻った彼らがどのような運命をたどるのか心配になってしまいます。