魯迅作『狂人日記』ってどんな作品?あらすじ、登場人物を詳しく解説

魯迅作『狂人日記』のあらすじ、登場人物を紹介するページです。末尾に作品の概要と、管理人の感想をちょっとだけ載せています。

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)

『狂人日記』の登場人物


被害妄想狂になった中学校の友人の弟の日記帳を貰い、それを医学の研究材料とするために発表する。

おれ
その日記帳の書き手。周囲の人々が自分のことを食おうとしていると思いこむ被害妄想狂を患っている。

『狂人日記のあらすじ』

 「私」は、中学生の頃の友人が大病を患っていると聞き、見舞いに訪れました。しかし、病人はその弟で、それも快方に向かい、任官のために家を出たと言います。
 友人は、その弟が書いた日記帳を私に見せました。その日記は被害妄想狂の病症を現しており、非常に混乱した内容になっていますが、「私」は、人名だけを変えてこれを医学の研究材料に供することにしました。

 「おれ」は犬が自分のことを睨んだ気がしたのを発端に、往来で出会う人々が皆、自分のことを見ていると思うようになりました。子供も自分のことを睨んでいるように感じ、「親が教えたんだ」と思います。家族たちですら、自分によそよそしくしているように感じ始めました。
 二、三日前に他の村から来た小作人から、自分の村の人々が大悪人を殴り殺し、内臓を炒めて食ったという話を聞き、皆が自分のことを食いたくなったのだと「おれ」は考え始めました。

 兄が連れてきた医者は養生するようにと言いました。しかしそれは首斬り人の医者が、自分を肥やして食うためなのだと「おれ」は考えました。医者が兄に「服用はなるべく早くな」と囁いたのを聞き、兄までもが自分を食べようとしていることに「おれ」は気づきました。

 そのうちに「おれ」は、皆が自分を殺すのが怖いので、自殺をさせようと仕向けているのだと考えるようになりました。
 人間を食いたいのに、他人から喰われまいとする人々の心が、疑心暗鬼を生み出すと考えるようになった「おれ」は、兄だけは改心させようと決心しました。
 不意にひとりの男がやってきました。「人間を食うことは正しいか?」と聞くと、その男はさんざん誤魔化した後で、正しくないと答えました。その男も一味だということがわかり、飛び起きて眼をあけましたが、その男は姿を消していました。

 皆に加担しないでほしいと兄を説得しようとすると、表門から大勢の人たちが家の中に入って来きました。兄は「出て行け!気違いは見世物じゃない!」とどなりました。「おれ」は、自分を気ちがいに仕立て上げ、食っても無理はないと思わせるための口実を作られたと思い、改心しないと自分自身も食われることになるんだということを連中に言ってやりました。
 部屋に連れ戻されると、梁や垂木が自分にのしかかってくるのを感じ、身動きが取れなくなりました。その重さがまやかしであることに気づいた「おれ」は、何とか抜け出して、自分を殺そうとしているものたちに「改心しろ」と言いました。

 「おれ」は、五つで死んだ妹も兄に食われたのだと思いました。その肉は、知らず知らずのうちに料理に混ぜられ、自分も妹の肉を食べたのかもしれませんでした。自分の中に四千年の食人の歴史があることを感じ、まっとうな人間に顔向けできないと考えた「おれ」は、まだ人を食ったことがない子供だけは救われてほしいと願いました。

作品の概要と管理人の感想

 『狂人日記』は、一九一八年に発表された魯迅のデビュー作です。日本留学を終えた魯迅が、友人からの依頼を受けて書き上げられたこの作品は、当時学生たちから圧倒的な支持を受けていた雑誌「新青年」に発表され、社会の注目を浴びることとなりました。当時の中国では、書き言葉である文語体の小説に代わって、話し言葉である口語体の小説が書かれるようになったばかりでした。『狂人日記』はこの口語体の書き方をいち早く取り入れ、さらに革新的であった一人称の文体で、中国旧体制の悪しき文化の象徴である食人を批判するという、当時としてはかなり衝撃的な作品だったようです。
 現在では、魯迅の作品は、中国のみならず世界中で愛されており、世界五十四カ国の著名な作家の投票によって選ばれた「ノルウェー・ブック・クラブによる世界最高の文学百冊」では、この『狂人日記』を始めとする魯迅の作品群が、中国からは唯一選定されています。

 「周囲の人々が自分のことを食おうとしている」という妄想狂に陥った男が書いた日記という体裁をとったこの作品は、意図的に支離滅裂に作り上げられており、そこから感じられる狂気は、真に迫るものがあります。
 一九〇二年から七年間に渡り日本に医学留学していた魯迅は、医学校の授業で、中国人がスパイとして打ち首にさせられようとしている映像を見ることとなりました。その映像に対して何も感じていない様子の他の中国人留学生たちを見た魯迅は、祖国に本当に必要なのは医学ではなく、文芸運動によって祖国の国民精神を変革することであると強く感じます。当時の中国では、死刑囚の肉が薬用として公然と供されていました(一九〇五年に廃止)。魯迅は、このような悪しき習慣を持つ無知な中国の民衆を批判し、祖国を改革しようとしたのです。
 民衆の無知を批判する作品を多く残している魯迅ですが、根底にあるのは祖国とその民衆に対する愛です。この『狂人日記』だけでは、その愛を理解するのは難しいかもしれません。しかしその後に書かれた彼の代表作『阿Q正伝』や『故郷』などを読めば、いかに魯迅が中国の下層の人々を愛していたかが理解できるでしょう。