モーパッサン『女の一生』作品紹介

 1883年に発表したされた、ギ・ド・モーパッサンの長編『女の一生』を紹介します。モーパッサン(1850年〜1893年)は、ノルマンディーで生まれ、パリで活躍した自然主義の作家です。短編小説が有名ですが、6つの長編小説を残していて、日本では島崎藤村などが影響を受けたと言われています。今回紹介する『女の一生』は、ロシアの文豪レフ・トルストイが、「モーパッサンの著作の中で最高の小説というだけでなく、ユゴーの『レ・ミゼラブル』以降で最高のフランス小説」と絶賛した作品でもあります。

 この物語の主人公ジャンヌは、十二歳から修道院に入り、浮世のことを知らずに育ちました。十七歳になり、恋や結婚に憧れを抱いて修道院を出ると、両親の所有している海辺の街レ・プープルの家に住み始めます。そして間もなくミサで出会った子爵のジュリヤンに求婚され、結婚します。憧れの生活に入ったのもつかの間、ジュリアンの不倫や身近な人々の死によって、ジャンヌは徐々に人間への嫌悪を増し、絶望していきます。苦難の人生をたどったジャンヌに、どのような結末が待ち構えているのか、是非最後まで読んでほしい作品です。

女の一生 (新潮文庫)

主な登場人物

※ネタバレ内容を含みます。

ジャンヌ
主人公。十七歳で聖心修道院を出て、両親の私有地であるレ・プープルへとやってくる。この地でジュリアンと出会い、結婚する。

ラマール子爵(ジュリヤン)
父親の負債を払いおわり、ジャンヌと同じ教区に持っている農園にきて、倹約な生活を送っていた美貌の持ち主。ミサでジャンヌに出会い求婚し、結婚するがすぐに冷淡な態度になり、小間使いのロザリや、同じ地域の貴族であるフールヴィル伯爵夫人と関係を持つようになる。

ジャンヌの父(シモン=ジャック・ル・ペルテュイ・デ・ヴォー男爵)
お人好しな前世紀の貴族。

ジャンヌの母(アデライド)
心臓肥大症で太っている。

ロザリ
ジャンヌの家族の小間使。ノルマンディの娘で、ジャンヌが修道院からでた当時十八歳。ジャンヌの乳姉妹。

リゾン
ジャンヌの叔母。ヴェルサイユの修道院の寄宿人。ジャンヌの結婚当時四十二歳。身内からですら影のような存在で、全く問題にされない女。二十のころに身投げを図ったことがある。

フールヴィル伯爵
ジャンヌの近所に住む貴族。赤ら顔の巨人。

フールヴィル伯爵夫人(ジルベルト)
ジュリヤンと関係を持つが、逢引きの時に夫に移動小屋ごと絶壁から落とされ、死亡する。

ポール
ジャンヌの子。ジャンヌの家族だけによって育てられたため無知な子供になり、中学校で親元を離れると、借金を作り、放蕩を繰り返す。

『女の一生』あらすじと解説 

 十二歳から修道院の寄宿舎で過ごしたジャンヌが、十七歳になって修道院を出たところからこの物語は始まります。

 胸を躍らせながら浮世へと帰ってきた彼女は、両親が所有するレ・プープルという海の近くの町で、お人好しの両親と、小間使いのロザリとともに生活します。

 彼女は体験したことのない恋愛への憧れを強く抱いていました。

 ある日ジャンヌは美貌の青年ジュリヤンに出会います。ジュリヤンは父親の負債を払い終わったばかりの、倹約に生活している子爵でした。二人は恋に落ち、結婚します。

 ジュリヤンと結婚するまでのジャンヌは、とても生き生きと描かれています。彼女は幼年時代に愛した月明かりに照らされた庭を眺め、恋を夢見みて、まだ見ぬそのひとを想像しているうちに夜を明かし、夜明けの輝かしさに感動して涙を流すような、感性豊かな少女でした。

 結婚式が終わると、父親はジャンヌに、しばしば女というものは、男の獣性を前にしてそれを拒もうとするものだが、妻は身も心も夫に捧げるように、と諭します。

 その夜父親の言ったことがどのようなことだったのかを知り、ジャンヌは失望します。ジュリヤンはすぐに眠ってしまい、ジャンヌは侮辱されたと感じ、怒りにかられます。

 ジャンヌの憧れは結婚初夜から破られることとなってしまいました。

 コルシカへの新婚旅行が終わると、ジュリヤンの吝嗇ぶりに拍車がかかります。もともとジュリヤンには父親の負債があり、倹約な生活を送っていたため、無駄遣いが許せなかったのです。ジャンヌは夫のこのような行動を卑しいと思います。

 同じ貴族とはいえ、浮世から離れてお嬢様のように暮らしてきたジャンヌと、苦労して農園を営んできたジュリヤンとはまったく異なる考え方を持っていたのです。

 ある日小間使いのロザリが突然子供を産み落とします。ロザリは決して父親の名前を言おうとしませんでした。

 ある日ジャンヌは調子が悪くなってジュリヤンの部屋に入ると、ジュリヤンはロザリと逢引きを行っていました。ジャンヌはショックのあまり、崖から飛び降りようとしたところを助け出されます。ジュリヤンは、この屋敷に来始めた頃からロザリと関係を持っていたようで、ロザリの産み落とした子供の父親もジュリヤンでした。

 同じ頃にジャンヌもまた妊娠し、子供を産みます。子供はジャンヌの母によってポールと名付けられました。

 ポールの名付け親であった母親が亡くなると、ジャンヌは悲しみにくれ、漠然と死について考えるようになります。母親にあてた古い手紙を見つけ読んでみると、父親の親友であった人物との逢引きの約束が書かれていました。(その親友の名前はポールと言い、母親が名付けたジャンヌの子供と同じ名前でした)ジャンヌは絶望してそれらを全て暖炉の火に投げ入れました。

 その後ジャンヌとジュリヤンは、近所に住んでいるフールヴィル伯爵夫妻と懇意になり、お互いの家を行き来するようになります。やがてジュリヤンはフールヴィル伯爵夫人のジルベルトとも関係をもつようになります。これがフールヴィル伯爵に知られることとなり、伯爵はジュリヤンとジルベルトが逢引きをおこなっている羊飼いの移動小屋ごと絶壁から滑り落とし、二人は絶命します。ジャンヌは二人目を妊娠していましたが、その夜死児を産み落としました。

 夫を失ったジャンヌは、身も心もポールにささげるように生きるようになります。過保護のために、ポールは無知で愚かな十五歳に育ちました。このことを心配したジャンヌの父はポールを中学校に入れる提案をし、ジャンヌはしぶしぶ子供をル・アーヴルの中学校へ入れました。

 やがてポールは何度か留年し、賭博で借金を作って情婦とともに住むようになります。

 放蕩を繰り返す息子は金を無心することはあっても会いに来ず、自分の大事な家族であった父親と叔母が死ぬとジャンヌは一人になりました。しかしそこに現れたのが、かつての夫の不倫相手であったロザリでした。ロザリはジャンヌに対する昔の罪を償うために、ジャンヌの財産を切り盛りし、無給で働くようになります。海辺の家を売り払い、さらに無気力になったジャンヌを、ロザリは鼓舞し続けました。

 どんどん暗くなっていったジャンヌの人生に、結末では少しだけ光が見えます。ここは是非ご自分で読んで確かめてみてください。

 最後にロザリはジャンヌに向かってこのように言います。

「世の中って、ねえ、人が思うほどいいものでも悪いものでもありませんね」

『女の一生』より

終わりに

 物語の結末まで、ジャンヌの人生の中で明るい時期というのは本当に一部分しかありません。おそらく十七歳より前の修道院での生活も厳格で抑圧されたものであったことでしょう。そしてジュリヤンと結婚してからのジャンヌの人生はもはや絶望の連続とも言えます。

 やっと胸をなでおろすことができるような結末となっていますが、「絶望の中でも希望を失わなかった結果、光明が見えてきた」といった感じではなく、「絶望の中、諦めながら生きてきたが、運よく光明が見えてきた」といった印象を与えるものとなっています。

 ドラマティックな逆転劇ではないところが自然主義的な小説であり、だからこそ、ジャンヌの人生には多くの人々に共感され、励まされる部分があるとも言えるでしょう。