レーモン・ラディゲ『肉体の悪魔』の詳しいあらすじ

レイモン・ラディゲ作『肉体の悪魔』の詳しいあらすじを紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。

マルトとの出会い

 宣戦布告の数ヶ月前に十二歳を迎えた「僕」は、両親や歳下の弟妹と共に、マルヌ川のほとりのF‥町に住んでいました。
 僕は十二歳の頃、カルメンという名の清純そうな少女に惹かれ、胸の内の述べた手紙を出したことがありました。
 その後カルメンの両親がその恋文を校長に届け、校長はその手紙の内容を他の生徒たちに伝え、校長室まで来るようにと言いました。校長室に行かないでいると、校長はにわか雨の降る校庭で僕を叱り、両親にこれを言いつけると脅しました。
 教室に戻ると、先生は僕のことをドン・ジュアン(モリエールの作品『ドン・ジュアン』の主人公。浮気をするために妻を捨てて旅に出た放蕩者)と呼びました。僕は、先生がドン・ジュアンという他の生徒たちが知らない作品の名を引用してくれたことを喜びました。
 父親には言わないでほしいと校長に懇願したにも関わらず、僕は自分の勇敢な行為を父に打ち明けたくなり、家に帰ると一部始終を告白しました。父は、この話が作り話かどうかを確かめるために、校長を訪れ、この件について聞きました。
 校長は、僕が「父に殺されるので黙っていてほしい」と言ったのだと嘘をつきました。この話を聞いた父は、校長のやり方に気を悪くして、学年が終わり次第、僕を退学させることを決心しました。校長は、自分の嘘に不安を感じていたため、僕一人に金賞を与え、もう一人の優秀な生徒には何も賞が与えられませんでした。
そのため、僕たちの学年は、僕ともう一人の優秀な生徒を失うことになりました。

 汽車に乗ってアンリ四世校へ通学するには早いと考えた母のため、僕は二年間を一人で家で勉強しました。
 僕は勉強をすぐに片付けることができたので、一人でマルヌ川のほとりを散歩し、父の舟に寝転がりながら本を読みあさりました。

 戦争が始まるよりも前のこと、マレショーという小柄で不恰好な町会議員の老人が隣に住んでいました。僕や弟たちはマレショーを小馬鹿にし、挨拶もしませんでした。マレショーがこれに腹を立て、咎め立てようとしてくると、僕たちは逃げ出し、学校の行き帰りに彼の家の呼び鈴を鳴らすといった悪戯を行うようになりました。
一九一四年七月十四日の前日のことでした。僕が弟たちを迎えに行く時に、マレショー家の柵の前に大勢の人が集まっていました。若い女中の気が狂い、屋根の上から降りてこなくなったのでした。マレショー家の人々は醜聞を恐れて固く戸を閉ざし、人々はその行為に憤慨の声をあげていました。僕は勉強のために呼び戻されましたが、その後父を迎えに行く時になっても、その女は屋根の上にいました。彼女は、庭や並木通りに灯される提灯をフットライト代わりに、初舞台を踏むつもりでいたのでした。
 町の警防団が駆けつけると、マレショーの政敵の町会議員の妻がやってきて、優しく女を捕まえるようにすることや、給金を倍にして自分が引き取ることを提案しました。しかし、警防団の一人がそれを説明するために屋根の上に登ろうとしても、狂女は瓦を掴み、それを一人のヘルメットに投げつけました。警防団は、彼女を捕まえるのを諦めました。
 マレショーの政敵の町会議員は、門の小壁によじ登り、マレショー家の人たちの卑怯な振る舞いについて演説を始め、人々は拍手をしました。狂女はそれを自分に向けられた拍手だと思い込み、感謝の意を示しながらお辞儀をしました。
 僕はこの光景に気持ちが動転していたにも関わらず、この場に残っていたいと考えました。父に肩車をしてもらいながらその光景を見入っていると、狂女は屋根から飛び降り石段の上にうつ伏せに落ちました。
 僕は、意識を失い、父の肩から転げ落ちました。
 意識を取り戻すと、父は僕をマルヌ川の川辺に連れて行き、夜がふけるまでそこにいました。

 やがて戦争になると、僕は弟や妹たちと、家から二キロほどのところにあるJ‥駅へ行き、兵士たちの乗る軍用車両を見に行きました。
 戦争が長引くと、海に行くことが禁じられ、新聞を朝から買いに行かなくてはならなくなった弟や妹は不平を言い始めました。しかし父が疎開の話を持ち出すと、再び希望を持ち始めました。交通手段がないので、自転車で行かなければならないという話になり、弟や妹たちは、美しい海までの自転車旅行を心待ちにしました。

 ドイツとの戦争はすぐ近くまで迫っていましたが、避難しようとする時になってその必要がなくなったことが新聞に載りました妹たちは、傷病兵に梨の籠を持ってJ‥へ通い、疎開という素晴らしい計画がなくなってしまったことの埋め合わせを行いました。

 僕はアンリ四世校に入ることになっていましたが、父は僕を田舎に引き止めたがりました。
 やがて春がやってくると、僕は募金を口実にして、あちこちを歩き回りました。その募金には、少女が同行し、僕はその少女の兄のルネと仲良くなりました。ルネは、美しくも大胆な少年で、自分達の周囲の少年を軽蔑していることが僕と共通していました。僕とルネは、自分達だけが物事を理解し、女と遊ぶのにふさわしいのだと思っていました。
 ルネは既にアンリ四世校に通っており、僕と同じ級になることが決まっていました。僕はルネのお陰で、その年の休暇を重苦しい気持ちにならずに過ごすことができました。
 やがて入学になると、僕はルネに案内され、バスティーユ駅とアンリ四世校の間の道を歩くようになりました。木曜日には、ルネの両親が息子と娘の友達をお茶に招待し、僕は少女たちとふざけて遊ぶことを覚えました。僕はこのアンリ四世校で、三年間を過ごしました。

 父はしばしば僕と弟を連れて、ラ・ヴァレンヌで乗り換えてオルメソンへ行き、モルブラ川という小川沿いへと散策に出かけました。
 一九一七年の四月のある日のこと、僕たちは父に連れられて、ラ・ヴァレンヌ行きの汽車に乗りました。
 その日は、父がラ・ヴァレンヌでグランジェ家という一家に会うことになっていました。僕はグランジェ家の娘であるマルトの名を、ある絵画博覧会の目録の中に見たことがありました。それは、当時病気であった十八歳のマルトのために、僕の父が、母が会長を務めている慈善展覧会に彼女の水彩画を出品したものでした。その画を見た僕は、マルトのことを優等生だと考えていました。
 ラ・ヴァレンヌ駅で、僕たちはグランジェ夫妻と落ち合いました。グランジェ夫人は、やぼったくて背が低いので、僕は一目で彼女を嫌いになりました。
 父親のグランジェ氏は、退役の下士官で、実直そうな人物でした。
 やがて僕たちの次の汽車でやってきたマルトが、十一歳くらいの病身らしい弟の手を引いて汽車を降りました。
 僕は、客車のステップでやってくる彼女のお転婆なところに惹かれ、以前見た彼女の画を褒めました。
 マルトは、ボードレールとヴェルレーヌを好んで読んでいましたが、『悪の華』は、婚約者から読むのを禁じられているようでした。僕は、マルトに婚約者がいることを知って不愉快になりましたが、その相手の趣味が狭く、おそらく彼女をたびたび怒らせたに違いないことを嬉しく思いました。
 マルトは絵画研究所に行くことも婚約者から禁じられていました。僕はたびたび訪れたことがあると嘘をつき、そこを案内してあげようと言いました。
 僕はオルメソン近くの牧場に腰を下ろし、首筋に接吻をする勇気が自分にないために、マルトと二人きりでないことを喜びました。

 僕たちは、ジュシー駅で帰りの列車に乗るために、待ち時間をカフェのテラスで過ごしました。
 グランジェ夫人は僕にお世辞を言いましたが、それによって僕が大学入学を控えた高校生に過ぎないということをマルトに知られることとなり、僕は恥をかかされたように感じました。F‥に着くと、僕はマルトが興味を持った『ル・モ』紙と『地獄の季節』を次の木曜日に持っていくことを約束しました。
マルトは、それらが婚約者が怒りそうなものだと言って笑いました。

 僕は接吻をしなかったのを笑われるのが嫌で、この日曜日のことをルネに語ろうとは思いませんでした。
 約束の木曜まで待ちきれなくなった僕は、火曜日の夕方には口実を設けて新聞と本を持って、マルトの家までの十五分ほどを走りました。彼女の家の前についても動悸がおさまらず、帰ろうとしたところで窓から顔を出した女中を見かけ、「奥様はいるか」と聞きました。
 しかし、僕が通されたのはグランジェ夫人の前であり、僕はマルトに本と新聞を届けにきたのだと言いました。
 マルトは、半月早く休暇を取ることができた婚約者のところへ夕食に行っているようでした。僕はその場を去り、二度と会う機会がないであろうマルトのことを忘れようと努力しながら、彼女のことばかりを考え続けました。

マルトに近づく「僕」

 それからひと月ほど経ったある日の朝、バスティーユ駅で汽車から降りると、マルトが別の車から降りてくるのを見かけました。マルトは結婚支度のために買い物をしにきたところのようでした。僕はアンリ四世校まで付き合ってほしいと頼みました。
 僕は、来年になれば自分の舅に地理を教わるだろうというマルトに苛立ちました。マルトは、刺々しい反応の僕に眉をひそめました。僕はこのまま彼女の気分を害したまま別れるのが嫌だったので、学校の一時間目をさぼることに決め、さらにリュクサンブール公園を訪れ、時計が九時を打つと、その日一日さぼることを決めました。マルトが昼食を舅のところで食べることになっていると言ったので、僕は、この日は自分につきあうように決心させようと決めました。
 僕は九時半になっても学校へ行かず、他人が自分のために学校をさぼるということに慣れていなかったマルトを驚かせました。
 マルトは自分の買い物に付き合ってほしいと言いました。僕はマルトのために学校をさぼったということをほのめかし、下着屋に付き合い、自分の好みでない色のものを買わせませんでした。
 僕は、舅夫婦のところへ彼女を行かせない方法を考え、アメリカ式のバーに興味を持っていた彼女を連れ出そうと説き伏せにかかりました。しかし、彼女の舅夫婦の家に行くという決心は変わらず、結局僕は彼女を舅夫婦の家まで送り届けました。
 しかし、舅夫婦の町が近づくと、彼女はタクシーを止め、遠いところに来ているのでお昼に間に合わないと婚約者の母に電話をかけに行きました。新しい両親に最初の嘘をついたマルトは、僕と一緒にパリのドヌー街のバーへと向かいました。マルトはバーの雰囲気に恍惚となり、僕が花売りの娘から買った赤いバラの匂いを嗅ぎ、これを水彩画に描いて僕にくれるつもりだと語りました。僕は彼女から婚約者の写真を見せてもらい、お世辞だということが分かるようにしながら美男子だと言いました。僕たちは、マルトが一人で家具を買うことになっていることをパリに来た口実に利用しようと考えました。僕は、マルトの寝室の家具を選ぶことに付き合うことになりました。マルトの婚約者のジャックの趣味は、ルイ十五世式でしたが、マルトの趣味は日本趣味に傾いていました。
 彼女を自分の言う通りのものを買わせたいという衝動に駆られた僕は、あえてマルトの趣味とは反対のものを勧めました。マルトはその意見に譲歩し、僕の言う通りに買い物を進めました。僕は、壁布の色をジャックの趣味のバラ色にもさせず、壁に石灰を塗ることを納得させ、マルトが自分の言うことに逆らわずに承知したことに満足を覚えました。
 その晩別れる時、マルトはこれからも家具選びに付き合ってほしいと僕に頼みました。僕はそれをジャックに言わないことを条件に承諾しました。自分の選んだ家具の中で行われる、彼らの新婚の夜のことを考えた僕は、ジャックから仇を打たれているようなものだと考えました。翌朝、僕は郵便配達夫から欠席通知を受け取り、証拠を隠しました。

 以来、僕は学校をさぼるという自由の魅力に取り憑かれ、マルトに会わない日も、その自由を味わうようになりました。そしてその自由のために授業が苦痛となり、学校のことを思い出させるルネのこともあまり好きではなくなりました。
 僕のさぼり癖に感染したルネは、僕ほどにうまく立ち回れなかったために放校処分となりました。
 次は自分の番だと思った僕は、その通知が来る前に両親へ知らせる必要を感じました。
 母に打ち明けたあと、僕はマルトがあとから来ると言っていたマルヌ川の岸辺に出かけました。しかしそこでマルトに会うことはできませんでした。
 父は、少しも怒らず、いつもより優しい声でこれからどうするつもりなのかと僕に尋ねました。僕は父親の言う通りにすると答えると、父は、これまでも好きにさせたので、これからも自由にやるがよいと答えました。
 僕は、画を習いたいと思っていたのを、これまで言い出せずにいたというふりをしました。父は、学校でできなくなった勉強を家でするのであれば、画を習うということを許してくれました。
 しかし生徒監から手紙が来ないのを、僕が手紙を途中で盗んで自分から申し出たようなふりをしたのに違いないと父は思い込み、初めて僕を叱りました。
 しかし、僕が放校されたと思い込んでいたのは思い過ごしで、僕が病気なのか、来学年も学籍を残しておくべきなのかと校長が手紙で尋ねてきた時は、父は面食らった様子を見せました。
 僕はマルトに会わないうちに、彼女のことを思い出すことは少なくなりましたが、未だに自分の恋人に相応しいただ一人の女性だと考えていました。

 マルトの結婚通知を受け取ってからひと月後、僕は、なぜ来てくれないのかという文面が添えられたマルトからの招待状を受け取りました。
 僕は、マルトの住んでいるJ‥へと出かけて行きました。マルトは、ラコンブ夫人と名前を変え、マルヌ川へと続く道沿いの、広々とした家の二階を借りて住んでいました。一階には、家主の家族とひと組の老夫婦が住んでいました。
 暖炉にオリーヴの薪を炊いていたマルトの家が火事なのではないかと勘違いした僕は、慌てて彼女の家の扉を叩きました。マルトの部屋は、僕の選んだ家具に囲まれていました。僕は、その光に照らされたマルトのことを、これまでになく美しいと感じ、恋愛に必要な駆け引きなどできそうもないと考えました。欲望は姿を消し、優しい感情となった僕は、マルトへの尊敬の念を抱きました。
 僕は、この変化が恋であるということが分からず、愛情はなくなった代わりに美しい友情が芽生えたのだと思い込みました。

 以来、僕は毎晩彼女を訪れるようになり、暖炉のそばで体を寄せているのを幸福に感じました。マルトもまた僕と同じ気持ちでいましたが、僕が気だるそうに寝そべっているのを、冷淡だからだと考え、僕を自分に引きつける策を練らなければならないと考えました。
 僕は黙って幸福に浸りました。それをマルトは、退屈しているのだと誤解しました。彼女は眠ったふりをして両腕を僕の腕に巻きつけ、その後で悲しい夢を見たという口実を語りました。
 僕は彼女が眠っている間、彼女が目を覚さないように彼女の髪や首筋や頬の匂いを嗅ぎ、手で触れました。僕は、それでもマルトへの愛を信じていませんでしたが、愛情はなくても、彼女に対する権利を自分が有さないことが許せませんでした。
 ある日、僕は彼女の寝顔を見るためにかがみ込み、そのまま彼女の唇に自分の唇が押し当てられていることを感じました。マルトは眠っているように見えて、自分の近くにきた僕の顔を自分の唇に引き寄せたのでした。
マルトの両腕は、僕の首にしがみつきました。
 その後、マルトは、少年ではなくなった僕の髪を撫でながら、二度と来てはいけないと言いました。僕は、本物の苦しみを知り、マルトのことを責めました。するとマルトはすすり泣きながら、僕のことを愛しているからこそ、僕を裏切らないためにも今すぐに出て行って、自分のことを忘れてほしいと頼みました。

 マルトは僕を送りました。その間、僕はマルトの胴を抱きながら歩き、家に着くと反対にマルトを家まで送り届けました。
 このような戯れを繰り返し、僕は夕食に三十分遅れました。
 僕は、マルトが自分のものになったことに有頂天になり、情熱に酔いました。
 マルトは、毎日のようにジャックが戦線から送ってよこす手紙をしばしば火の中に投げ入れ、返事にも愛情を欠くようになりました。ジャックは不器用な男で、マルトの愛情が冷めているのがなぜなのかを説明してほしいと懇願する手紙をよこしました。

燃え上がる情熱

 僕はまだマルトを完全に自分のものにはしておらず、毎日のように彼女の家に出かけるたびに、彼女を自分のものにしてしまおうと心に誓っていました。
 一九一八年の三月、僕の十六歳の誕生日、マルトは自分のと同じ化粧着を渡し、僕がそれを着たところを見たいと言いました。それは恋愛関係を許可するという印でした。
 その日から、僕はマルトの部屋の鍵を手に入れました。その日の夕食時、僕は、夜の十二時ごろにマルトの家へ向かうつもりで、翌日ルネと森を散策するために、次の日の朝五時に出発する予定だと両親に嘘をつきました。母は、手提げ籠に御馳走を入れて持たせました。僕は、マルトに笑われるのが嫌で拒否しようとしましたが、結局その申し出を受け入れることになりました。その夜僕は、十二時を待ちきれず、十時になると音を立てないように靴を履かずに出かけ、塀を乗り越えて、母の用意してくれた籠を草むらに隠し、雨の降る中をマルトの元へ向かいました。
 僕はマルトの部屋の鍵を開け、マルトを呼びかけました。するとマルトは僕をジャックと間違え、休暇が一週間早くなったのかと聞きました。僕は、彼女がジャックの帰りを僕に隠していたことを知りました。
 マルトは僕に気づくと、理由も聞かないまま、病気にならないようにと濡れた服を脱ぐように言い、ジャックの寝間着をよこしました。
 僕が寝台に入ると、マルトもあとから入ってきました。僕が灯を消すように頼むと、僕の眠っているところが見たいのだと言いました。
 僕は自分の臆病さを悟られないように強引に灯を消し、男がしばしば愛情の代わりにしている証拠を彼女に見せました。
 僕の不安をよそに、マルトは幸福な表情を見せました。それとともに、僕は彼女がジャックのものであるということを自覚して、嫉妬という苦しみを覚え、戦争によってジャックが死ぬことを望みました。
 僕たちは幸福に浸りながらも、いつか戦争が終わった後で引き裂かれるであろう運命を悲嘆しました。
 マルトは、僕がもう少し大人になれば、他の女に目を向け、自分を捨てるだろうと語り、そうなったならば自分は死ぬつもりだと言いました。
 その夜僕たちはお互いに疲れ果て、裸のまま眠り込んでしまいました。目を覚まし、彼女の熱い肉体に触れると、僕は耐えがたい欲情に襲われ、マルトの肩に接吻しました。目を覚ましたマルトは、僕を接吻で覆いました。

 十一時になると、呼び鈴が聞こえました。僕はジャックが戻って来たのだと考えましたが、ミサの帰りにマルトが寄るのを忘れていたグランジェ夫人が心配して訪ねて来ただけでした。
 以来、マルトは母親に躊躇なく嘘をつくようになりました。望むものを手に入れた僕は、自分が不当な人間に思われながら、自分の愛情が募っていることを表現することができないことに苦しみ、彼女に意地悪になり、母に嘘をつくことや、夫の帰りが近いことを隠していたことを責めました。

 そのようなときにジャックからの手紙が届きました。
 その手紙には、ジャックの小隊の休暇が延期になったために、ひと月は帰って来ないことが書かれていました。
 このことを知った僕は、かえってジャックのことが気になり始めました。
 五時ごろ川のほとりに散歩に行き、僕は母親が持たせた籠を草むらから取り出してマルトを驚かせました。
僕たちはぴったりと寄り添って歩きました。マルトの知人は彼女に挨拶をするのを控えていましたが、当のマルトは無邪気に挨拶の言葉をかけていました。
 マルトはマルヌ川に沿って、ラ・ヴァレンヌまで行きたいと言いました。
 僕は、子供だった頃に初めて見に行ったエキュ・ド・フランス博物館を案内することを約束しました。しかしこの博物館は今では子供騙しのように思われました。僕は、マルトの愛もこの博物館のように子供騙しのもので、彼女が妻に戻れば自分のことを捨て去るつもりなのではないかと、独りよがりの洞察を行い、彼女の愛を疑うようになりました。
 夜の九時ごろ家に帰ると、両親は僕と散歩するはずであったルネが家にきたことを伝えました。僕は赤面し、自分は嘘がつけない人間であることを悟りました。
 父は、僕の初恋を内心励まし、僕たちの関係に目をつぶりました。母は、僕を堕落させた気狂い女としてマルトを見ており、まるで自分の恋敵のように彼女に嫉妬しました。
 やがて僕は十時半に行き、毎晩マルトの家に泊まり、五時か六時に帰ってくるという生活を送るようになりました。
 家族は僕が家を空けていることに気づいてはいなかったものの、J‥では、家主の家族や老夫婦が僕を悪意のある目で見るようになりました。
 マルトの近所での評判は落ち、たった一人の友人だったスウェーデン人が手紙に返事をよこさなくなりました。家主は、僕が夜明けに帰っていくところを見張りました。
 マルトは引っ越しをしたいと言い始めました。僕はマルトとジャックの間に一悶着が起きることを懸念しながらも、それを期待していました。
 マルトは、ジャックが帰ってからもしばしば会いに来てほしいと懇願しました。
 僕は、ジャックに自分達の関係を悟られるのを恐れ、それを断りました。

ジャックの帰還

 ジャックの休暇は十一日間でした。
 その間、僕は毎日手紙を書くようにマルトに誓わせましたが、局留め郵便を利用できる十八歳に達していなかったため、その郵便を受け取ることはできませんでした。局は顔見知りの僕に、その翌日に配達をしてくれることになりました。
 僕はジャックのことを老いぼれのように考え、嫉妬を起こさなくなりました。危険を感じたため、また自分の手紙が稚拙に見られることを恐れたため、僕はマルトへの返事を書きませんでした。
 しかしうっかりと机の上にマルトの手紙を放り出して置いたのが父の目に止まり、僕が大人しくしている理由を知られることになりました。
 僕はこの暇を利用して、再び絵画研究所に通うようになりました。僕はマルトをモデルにして裸体画を描いていました。父はそのモデルがいつも同じらしいのを不審がりました。
 アンリ四世校を放校され、ルイ大王校に通っていたルネとも再会を果たしました。ルネの両親は、彼が僕と付き合うことを禁じていたため、僕たちはこっそりと付き合いました。
 僕は官能を得ることができなかったことに苦しんでいたため、マルトへの愛情が麻痺しており、彼女に対して愛情を持っていないとルネに断言しました。
 ルネは、僕の愛情を冷やかしていたにもかかわらず、ある一人のスペイン娘を愛していました。
 その娘は腕を脱臼させることが上手かったので、サーカス女だったに違いないと思われており、ルネはひどくその娘にやきもちを焼き、この女が自分を欺くかどうかを知るために、僕にわざと言い寄ってくれと頼みました。
 僕は、臆病に思われたくなかったために、その役を引き受け、その女と関係を持ちました。そしてルネを裏切ったという意識に苛まれながら、そのスペイン娘に言い寄っても肘鉄砲を喰らわされたと伝えました。
 しかし僕は、マルトに対しては後悔を感じることはなく、男と女は違うのだと考えて納得しました。

 その頃、ジャックはマルトの無言に戸惑っていました。グランジェ夫人は、娘の変化の原因がジャックの不器用であると考え、娘をやったことを後悔し、たびたび口論となりました。夫人はマルトを自分の家に引き取りたいと言い出し、ジャックはその意見に折れました。
 家に帰ったマルトは、自分が自由であった娘時代を思い出し、僕への手紙を投函するために外出をしたがりました。
 僕はジャックのことを仲裁しないで済むために、自分が返事を出さないでいることを有難いと考えましたが、自分のためにジャックが不幸に陥っていることが恐ろしくなりました。しかしその一方で、マルトがジャックに絶望を与えていることを喜ばしくも感じました。

マルトとの再会

 ジャックは元気なく戦線に帰って行きました。マルトの両親とジャックだけが、僕とマルトの関係を知らずにいました。娘をジャックから取り戻したことを喜んでいたグランジェ夫人は、ジャックが戦線に戻った途端にマルトがJ‥に戻るということに驚きました。
 その日早速、僕はJ‥でマルトに会いました。ジャックは、マルトからの愛がなければ自殺するという恐喝の手紙を送っていました。僕は彼が死んでしまったら自分に責任があると考え、良心の呵責を軽くするために、嫌がるマルトに無理やり愛情のこもった手紙を書かせました。
 やがてジャックはまもなく希望を持つようになったようでした。ジャックからマルトを力づくで奪うことはできないだろうと思っていた僕は、彼が帰って来ればこの関係も終わるであろうと考えました。
 マルトがJ‥に帰ったことや、女中を雇うことを拒むことは、グランジェ夫人に疑念を再び起こしました。
 J‥の人々は、マルトに対して話しかけようとしなくなりました。小売商人だけが横柄になることができなかったため、マルトは話し相手欲しさに店先でぐずぐずすることが多くなりました。僕はもどらないマルトを心配して後を追い、店の人たちとお喋りをしていた彼女を見つけると、小売商人と喋るのが楽しいのは下劣な趣味だと憤慨しました。
 二十二歳になる家主の息子が休暇で帰ってくると、マルトは彼をお茶に呼びました。その夜、家主の家から二度とあの家に行ってはならないという怒鳴り声が聞こえ、翌日彼は畑を耕すという懲罰を与えられました。これらの出来事はマルトを苦しめました。

 マルトの部屋の下に住む、胡麻塩髭の品の良い老人マラン氏は、もとJ‥の町会議員で、現在は人を呼ぶこともなく、細君と二人で家に引きこもっていました。そのマラン家に数日前から床磨きの物音が聞こえるようになり、僕たちは牛乳屋の口から、そこで大きなパーティーが開かれようとしていることを知りました。
 マラン氏は、このパーティーを利用して、政界に返り咲こうとしていました。その余興として準備されていたのが、マルトと僕の夕方ごろの愛撫の声を盗み聞きすることでした。
 その日になると、十五人ほどの町の名士たちがマラン市の家を訪れました。そのパーティーに呼ばれた名士の息子がマラン夫妻の計画を話してくれたため、僕たちは沈黙を守っていました。
 七時ごろになると、客たちはマラン夫妻をペテンだと囁きながら帰って行きました。
 彼らに約束を果たせなかったことで、マラン氏は当選の当てが外れ、僕らに恨みを持つこととなりました。

マルトに対する愛への懐疑

 五月になると、僕は家の者に朝まで帰らない嘘を思いつくまでは泊まらなくなったため、マルトと会う回数は減っていきました。それでも週に一二度は、真実を知りながら目を瞑っている父親に嘘をつき、マルトの家に泊まりました。
 父は目をつぶってくれてはいたものの、出し抜けに僕を叱責することが増えました。
 マルトの家に泊まらない日は、ほとんど毎日、僕たちはマルヌ川のほとりを十一時ごろまで散歩し、マルトの漕ぐ父の小舟に寝そべり、彼女の膝の上に頭を乗せました。
 やがて僕は、マルトを所有しているということを実感するために彼女と戯れるようになり、技巧の手を借りなければ満足できなくなりました。それは恋愛の最後の段階でした。
 快楽が味気なくなってきた僕は、マルトなしでの生活を想像することはできないまま、愛しているのか深く考え込むようになり、彼女の家に泊まりに行くことがなくなりました。
 やがて僕は自分の選んだ家具を厭わしく感じるようになり、彼女に選ばせなかったことを後悔するようになりました。

 六月の初め、マルトはジャックから手紙を受け取りました。
 ジャックは病気のようで、ブールジュの病院に搬送されることになっていました。彼は相談事があるらしく、翌日か翌々日にJ‥を通過するので、駅のプラットフォームで待っていて欲しいと頼んでいました。マルトはその手紙を僕に見せ、指図を待ちました。僕は引き止めることはできずに沈黙し、その翌日は彼女の家に行きませんでした。
 翌々日、彼女からの使いがやってきて、川のほとりで待っているので、愛情があるのならば来てほしいというマルトからの手紙を渡しました。
 僕はマルトに会いに行き、昨日会いに行かなかったのは、病気のジャックに対する彼女の義務を尊重したためだと説明しました。
 マルトはJ‥駅に行かなかったようでした。ジャックは、マルトの姿を探し求め、列車が家の前を通った時に鎧戸が開いているのを見て彼女がいることを確信し、自分に安心させてくれと懇願し、ブールジュに会いに来てくれと言いました。
 マルトは僕が一緒に来てくれるのであれば行くと言いました。
 僕は彼女の愛情に感謝しながらも、それが不道徳であることを彼女に諭しました。道徳という言葉はマルトの心に響いたものの、彼女は行くことを嫌がりました。
 結局僕は、彼女が行かない理由を考え出してやることになりました。

マルトの妊娠

 やがてマルトは、ぼんやりとすることが多くなりました。僕は、七月十五日に彼女が回復期に入ったジャックとグランヴィルで会うことになっているためか、ジャックを嫌っていることで自分の両親に当て擦りを言われるようになっていたことが原因だと考えました。
 マルトは妊娠したことを僕に隠していたのでした。彼女は、これが僕たちの間を引き裂こうとしないかと心配しながら打ち明けました。僕は、手に負えない責任を背負い込んだことを感じながら、嬉しそうに振る舞いました。
 しかし僕は、マルトの妊娠に困惑しながらも、その子供を既に愛し始め、その愛はマルトではなく子供に向かうようになっていきました。マルトは、僕の愛情が深まったものと信じるようになりました。僕は、子供に対する愛故に、その子供がジャックの子供であるとされなければ、不幸になると考えました。その考えは、僕がマルトを諦めることを意味していました。
 そして僕は、間もなく帰ってくるジャックに、自分の子供であると信じさせるための交わりを結ぶよう、マルトに頼みました。
 二人は辛い喧嘩を行いましたが、マルトは、この前の休暇の時にジャックに征服されたことを僕に隠していたため、僕の意見にそれほど反対することができず、僕の言うことを聞くことにして、グランヴィルでは体の変調を口実にして、ジャックに身を任せないことを決めました。

マルトとの別れ

 七月十二日の出発の前には、僕はマルトから離れて自分を取り戻そうと考え始めました。その前日僕はマルトの家に泊まり、一晩中眠らずに彼女を愛撫しようと決めていたものの、横になって十五分も経つと、ぐっすりと眠ってしまいました。
 マルトは僕を起こしかねており、目を覚ました時、汽車の時間までは三十分しかありませんでした。
 マルトは家の鍵を僕に渡し、ここに来て自分を思い出し、この机で手紙を書いて欲しいと頼みました。
 僕はマルトの唇を求める欲望に打ち勝てず、パリまで彼女を送り、モンパルナス駅で、無遠慮に彼女にキスをしました。
 僕はF‥に帰ると、庭を耕したり、本を読もうとして気を紛らわせ、夜になると、いつも通りを装うために散歩に出かけました。ボートに横になると、生まれて初めて死にたいと考え、次第に頭を空虚に支配されて眠り込み、夜明けの冷気で目を覚ましました。
 その頃、具合を悪くしていた母が、医者を呼ばせるために僕の部屋へ小間使いを遣ったことで、僕の不在が知れ渡りました。冷え切った体で家に帰ると、父はJ‥に僕が行っていたのだと思い込み、小言を言いました。僕は外出禁止を命じられ、外へ出ない口実を得たことを喜びました。
 僕はマルトを忘れることができないまま、毎日彼女からの手紙を待ち受けました。
 ある日、僕は自分の無気力にいらいらし、手紙を引き裂きました。その中にはマルトの写真が入っており、僕は神からの警告を感じました。
 手紙では、マルトは医者から海水浴を勧められているようでした。その肉体を他の男に見られたくない僕は、海水浴を禁じ、ジャックが彼らからマルトを守ってくれるだろうと都合よく考えました。
 僕はジャックに対して、一部始終を話してしまい、力を合わせてマルトの幸福を考えるべきではないかと考えながら、すぐに嫉妬による憎悪を感じることを繰り返しました。

 ある日のこと、かつて保証人にマルトと会うことを禁じられたスウェーデン人のスヴェアに汽車で会った僕は、その娘を驚かせてみたいという気持ちに駆られ、マルトが留守であることを隠しながら、こっそりとJ‥に行ってお茶を飲まないかと誘いをかけてみました。スヴェアは、一日に一時間ピジエ校にフランス語を習いに行っていたものの、あまり効果はないようで、僕は互いに言葉のよく通じない彼女と親しくなることに興味を覚えました。彼女はスウェーデンから送られてきた、双生児の妹が裸で馬に乗っている写真を僕に見せました。その妹たちが彼女にそっくりであったので、僕は赤くなり、この無邪気な娘にキスをしたいという欲望に駆られました。
 家に着いても、マルトは留守にしていてじきに帰ると僕は嘘をつきました。僕はスヴェアにリキュールを飲ませ、彼女の手を握り、キスをしました。スヴェアはフランス語での拒み方を知らず、頭をかすかに振ることしかできませんでした。僕はそれを返事だと考え、彼女の服を脱がせにかかりました。
 スヴェアの抵抗が激しくなると、僕は飽きがきて、マルトが旅行中であるということを打ち明け、このことをマルトに伝えないで欲しいと約束させました。
 僕はそれ以来マルトの家には行かず、スヴェアをそのまま見捨てました。

 それから数日後、マルトからの手紙が届き、そこには家主の手紙が同封されていました。家主は、僕がスヴェアを家に引っ張り込んでいたことが書かれており、マルトは二度と僕に会わないと書いていました。
 僕はその手紙の中で自殺をほのめかさない彼女の冷淡さと、家主より僕のことを信用していないことを責め、マルトの家にいた時にスヴェアの訪問を偶然受けたのだと嘘をつきました。
 マルトは僕を非難したことを詫びました。

 八月の下旬に帰ってきたマルトは、J‥には住まず、別荘暮らしをしている両親のいない実家に暮らしました。
 彼女の幼い頃に過ごした部屋に官能を感じた僕は、毎晩その家に行きました。そして自分の家では決してしない庭の手入れを行い、誰にも邪魔をされることなく、マルトと共に裸体に近い格好で庭を散歩しました。
 八月の最後の週と、九月の最初の週が、僕は放縦のし納めだと考えており、本物の幸福を感じました。
 マルトは、パリで僕たちが住むための部屋を探していました。僕は田舎に住みたいと言うと、彼女は涙ぐみました。
 ある日の午後、マルトのそばに飛行服を着た青年がいました。それは彼女の従兄ポールでした。
 彼女はポールには何もかもを話したようで、彼の前で僕にキスをしました。
 ポールは、飛行士でもなくバーの常連でもないジャックを軽蔑しており、僕たちの恋愛を喜んでいました。
僕はマルトの少女時代の話を聞くためにポールにあれこれと質問を浴びせました。
 僕たちがJ‥での生活で住みづらさを感じていることを知ったポールは、パリの自分の独身部屋を使うことを僕たちに提案しました。
 マルトが僕と同棲しようとしていることを知らなかったポールは、僕たちの恋が遊びであると思い込んでいるようでしたが、一度醜聞が立てば、僕らのことを責め立てるように僕は感じました。
 マルトは、ロビンソン・クルーソーのような生活がしたいと母親に言っていたため、彼女のことをロマネスクな娘だと考え、女中たちを連れて田舎へと行っていました。
 最終電車がなくなり、マルトはポールを泊めました。僕はマルトの夫として、その従兄をお客にしているような錯覚を起こしました。
 九月になると、子供が生まれる前にマルトが両親に見捨てられては大変だと考えた僕は、グランジェ夫人に妊娠のことを伝えたのかと聞きました。マルトは母親にもジャックにも妊娠を伝えたと言いました。僕は、その答えによって、ジャックをしばらく寄せ付けなかったことを誓ったマルトが、度々自分に嘘をついていることを知りました。
 僕は友人からも遠ざかり、両親の家にも病気の時しか帰らないようになり、寒くなるとマルトの家で、五時から床に入るようになりました。それまで母や叔母から僕をかばっていた父は、だんだんと母の味方になり、僕とマルトの縁を切らせようとし始めました。
 僕は、マルトと自分を近づけた本人が、いまさら父親の権利を振り回しても遅すぎると非難して父を困らせました。母は、マルトからの手紙を押収し、僕たちの子供を彼女が妊娠していることを知りました。
 妻が夫を裏切るということを理解できなかった母は、マルトが僕と関係しているということは、他にも男がいるのだと解釈しました。父もこの考えに飛びつき、マルトには他に恋人がいるだろうと仄めかし、僕をマルトから引き離そうとしました。
 数日僕が帰らないと、父は至急帰るようにという手紙をマルトの女中に届けさせ、僕の家出を警察に届け、マルトを未成年誘拐のかどで起訴するという手紙をよこしました。
 僕は自由にふるまえない自分の年齢を呪いながら家に帰りました。
 父は、僕に腹を立てたことが恥ずかしくなり、翌日には再び僕を自由にしました。

 田舎から帰ってきたグランジェ夫人は、僕がマルトの部屋に入り浸っているのを近所の人から知らされ、警戒を始めました。しかし夫人は、子供がジャックの子であると信じきっていたため、この子が生まれればけりがつくと確信し、夫にはこのことを話しませんでした。夫人は、心の底では、マルトが夫を裏切ったことを称賛していました。それは自分が小心であるがために成し得なかったことでした。
 ラコンブ家の人々はパリに住んでいたので、疑いを起こしませんでしたが、マルトが不可解な女に映り、この夫婦の将来を懸念しました。ジャックの母は、マルトを妻に持った息子を気の毒がりました。ジャックの妹は、マルトがいつかジャックを裏切るだろうと予想しました。ジャックの母と妹が、マルトに憎しみを募らせる一方で、お人好しのラコンブ氏は、マルトを愛し、時として妻や娘と対立しました。
 二十五歳になるジャックの妹は、海水浴のシーズンだけ青年たちの寵愛を受け、パリに帰ると何の音沙汰もありませんでした。そのため自分が結婚できないのを、自分がマルトのようではないからだと言い聞かせ、自分を慰めていました。

 父はマルトからの手紙をグランジェ夫人に送ると僕に脅しました。グランジェ夫人は、夫にこれを隠すだろうと考えた僕は、その手紙をジャックに直接送ることを望みました。
 ジャックが真実を知らないことに息苦しさを感じていた僕は、父がジャックに手紙を送ったということを聞いて喜びました。しかし翌日になると、それが嘘であったと父に明かされ、僕を絶望させました。

 僕は父が苦しんでいることに気づかず、自分と父との間に諍いが起きているのだと思い込みました。
 僕が自分の家に帰りたがらないために、僕の愛情に対して安心するようになったマルトは、僕の父からの手紙を受け取ると、もっと分別を持って家に帰るようにと頼みました。そのことで僕とマルトは喧嘩になりましたが、彼女のいう通りに行動すると、マルトは再びそばにいてくれと頼み始めました。
 ある日、僕は三日間もマルトの家に泊まり込み、帰ろうとしない日がありました。マルトは両親のところへ帰らなければ、自分はマルヌ川に行くと僕を脅し始め、僕が自分の愛情を弄んでいると責めました。
 苛立った僕は、今晩家に他の男が来るのだろうと、父に言われたのとを同じ言葉を彼女に繰り返しました。
 彼女は背を向けるだけでした。これほどの侮辱を受けても怒らない彼女を僕は責めました。
 僕はうまく口説き落とし、一晩を過ごすことを彼女に承諾させました。しかしそれは僕の両親のところから使いが来た時に、家主に家にいることを知られないため、彼女の家ではないところにするという条件付きでした。

 僕は、行ったことのないホテルに行かなければなりませんでした。
 僕たちはバスティーユ駅で降り、冷たい雨に打たれながら、リヨン駅とのあいだをさまよいました。僕はホテルの前を通るたびに、入らないで住む口実を考えだしました。
 リヨンの駅前に来ると、マルトはこれ以上苦しむことができなくなりました。僕はある一軒のホテルに入り、ボーイにアドレスを間違えたと言って外へ出ると、マルトには部屋がなかったと説明しました。
 僕はどこに泊まるのかと聞かれ、今日はお互いに帰ろうと頼みました。
 マルトは帰りの汽車で疲れ果て、震えながら、死より他に解決はあり得ないと悟りました。

 翌日、僕はマルトの家に行きました。寝床に入ろうとするとマルトは僕を優しく押しのけました。
マルトは熱を出していました。
 マルトは家の古馴染の医者に診られることをためらいながら、僕に医者への手紙を持っていってほしいと頼みました。
 翌日、マルトはお産の日まで両親の家で家にこもっていなければならないと医者に言われ、泣きました。僕はこれ以上会えなくなることを悟りながらマルトを両親の家まで送り、ろくに挨拶もできないまま別れました。

 僕は家に帰ると呆然と過ごしました。マルトの弟がこっそりと届けてくれる手紙によると、マルトの両親は、僕からの手紙を娘の目の前で火にくべているようでした。
 家の者からうるさく言われることがなくなり、僕はひさびさに父と語り合い、妹たちと再び打ち解けました。僕はマルトのお産の知らせを待ちながら日々を過ごしました。

 ある日、手紙が届き、ジャックが帰還したことを知りました。父は、途方に暮れている僕に気晴らしをすすめ、パリに連れて行きたがりました。僕は断りかねてパリを訪れ、休暇を楽しむ群衆を眺めましたが、気が紛れることはありませんでした。

 数日間手紙のこない日が続き、ある日、グランジェ夫人からの手紙が届きました。その手紙にはできるだけ早く来てほしいと書かれていました。
 僕はマルトに会うことを禁じられるのだと思いながら、グランジェ家の客間に入りました。
 グランジェ夫人は、僕を客間に通したものの、訳の分からない口実をつけて僕を返しました。
 マルヌ川の近くに差し掛かった時、マルトの弟を見かけた僕は、マルトが重態に陥り、僕に会いたがったために、グランジェ夫人は僕を呼んだものの、容態が解放に向かったために、また面会謝絶にしたことを知りました。
 それから二日後、再びマルトから手紙が届きました。
 マルトは僕たちの将来のことを語っていました。これは僕を不安にさせました。マルトは僕たちの子供のことを語り、僕はその子供にすら嫉妬しました。
 お産は三月の予定でしたが、一月のある金曜日のこと、僕の弟が、マルトの弟に甥ができたことを伝えにやって来ました。三月に出産を予定していた子供が一月に生まれたのが、どのようなことだろうと僕は考え、その子供はジャックの子供であったのだという結論に至りました。
 マルトに裏切られたと思い込んだ僕は、自分の子ではない子供を愛するようになっていたことに混乱しました。この子供に自分の名前がつけられたことを、僕は理解ができませんでした。

 僕はマルトを侮辱する手紙を書き、その手紙を破り捨て、もう一通の手紙でマルトへの愛情を語り、許しを乞いました。

 その手紙を書き終わらないうちに、マルトから手紙が届き、その子が二ヶ月早く生まれた紛れもない僕たちの子であり、人工保育器で育てられていたことを知りました。
 僕はこの知らせに喜ぶと同時に、マルトを疑った自分を軽蔑しました。その悔恨は、僕にマルトと子供をより深く愛させることになりました。
 マルトの子が僕に似ていたことで、グランジェ家の人々の疑惑が現実のものとなり、彼らはマルトを責めながらも、この醜聞が近所に知れ渡らないように彼女の共謀者になりました。
 その後、僕はマルトが手紙をよこさないのを当然のことと考え、幸福を感じました。
 僕は以前より父と母と親しくなりました。

マルトの死

 ある日の午後、弟たちが、マルトが死んだことを叫びながら学校から戻りました。
 その瞬間呆然として何の感情も示さなかった僕は、父が泣いているのを見てようやく咽び泣きました。母は、優しく僕を抱き、いたわりました。
 僕は卒倒し、以来弟たちの足音が聞こえるたびに、マルトの死が告げられる気がして気を失うようになりました。
 僕は、マルトに再び会うことを望むのではなく、無を願いました。

 数ヶ月後、ジャックは、僕の父がマルトの絵を持っていることを知り、僕の家にやって来ました。
 僕は息を殺しながらジャックの姿を見にいきました。ジャックは、父に向かい、マルトが子供の名前を呼びながら死んでいったこと、その子供がいるからこそ自分が生きていけるということを語っていました。
 僕は、マルトが自分の名前を呼びながら死んでいったこと、そして子供が合法的に立派な生活をしていけることを知り、世の中の物事が長いうちに自ずとうまく納まっていくものだと悟りました。