芥川龍之介『偸盗』の詳しいあらすじ

芥川龍之介作『偸盗』のあらすじを、章ごとに詳しく紹介するページです。


羅生門・鼻・芋粥・偸盗 (ワイド版岩波文庫)

※簡単なあらすじはこちら(『偸盗』トップ)

※ネタバレ内容を含みます。

 七月のある昼下がり、朱雀綾小路の辻で、二十歳ばかりの醜い隻眼の侍が、通りがかりの老婆を呼び止めました。
 猪熊の婆と呼ばれていたその老婆は、その侍が太郎であることに気づきました。二人は京都にはびこる偸盗(盗人団)の一員で、その夜は藤判官(藤原氏で検非違使の役人をしている者)の家に押し入ることになっていました。猪熊の婆は、いつもの通りに、猪の上刻に羅生門に集まるよう、太郎に伝えました。
 太郎は、猪熊の婆の娘である沙金と関係を持っていたことがあり、未だに執心していました。沙金は様々な男と肉体関係を持っており、血の繋がっていない父親とも通じていたことがあるようで、近頃は太郎の弟である次郎が沙金を自分のものにしているようでした。
 周囲の全ての男に嫉妬心を抱いている太郎は、沙金の居場所を聞きましたが、猪熊の婆は、太郎の焼きもち焼きを注意し、はっきりとした場所を教えませんでした。
 猪熊の婆によると、今夜の偸盗は、二十三人の男と、婆と沙金から成っているようでした。
 盗賊団の女の中には、猪熊の婆、沙金の他に、阿濃(あこぎ)という下衆女がいました。阿濃は、次郎に恋い焦がれていた時期があったようですが、父親のわからない子を妊娠していました。もうすぐ臨月を迎えようとしており、その日は盗人団には加わらずに、朱雀門で待っている予定になっていました。

 まだ都が荒んでいなかった頃、猪熊の婆は、宮中の台所で召使をしており、身分違いの男との間に沙金を生みました。婆は、沙金と今の夫との関係を知った時には泣きましたが、今となっては当たり前のことにしか思われないほどに心は荒んでいました。
 猪熊の婆は、太郎の弟の次郎が怪しげな小屋の中を覗いているところに出くわしました。次郎が指差した小屋の中を覗いてみると、四十ほどの、おそらく疫病に罹って捨てられた女が、ほとんど裸で寝ていました。次郎は、その女を野良犬が食いそうだったので、追っ払ったようでした。
 老婆の杖で顔を押してもぴくりとも動かなかったため、二人は女が死んでいるのだと思い、小屋から出て荒廃した京の町を歩き始めました。
 老婆は、沙金が次郎に会おうとしており、一方で太郎とは半月近くも会わないようにしていると語りました。太郎がこのことを知れば一悶着が起きるかも知れず、沙金が怪我をするかも知れないのが、婆の心配の種でした。婆は沙金のことを次郎に頼みました。

 同じ時、町の子供達が、蛇の死骸を、小屋にいる病気の女に投げました。それが頬の上に落ちると、女は目を覚まし、微かな声を上げました。

 一年前、太郎が牢獄で放免(検非違使のしもべ、囚人の護送などを行う役職のこと)の仕事をしていたころ、盗みのために牢に入れられた沙金を一目見ただけで恋に落ちました。段々と沙金と身の上話をするようになった太郎は、猪熊の婆たちが沙金を助け出すのを見ても、見ぬ振りをしました。
 それから太郎は何度も沙金のいる猪熊の婆の家へと出入りしました。家には二人以外に下衆女の阿濃しかいませんでした。
 そのうちに太郎は沙金が猪熊の婆の連れ子で、二十人以上もの盗人の頭として京都中を騒がせ、日頃は遊女のようなことをして暮らしている女だと知りました。それでも太郎は、沙金のことを卑しい人間だと思うことはありませんでした。やがて太郎は、沙金が多くの男を知っているばかりか、養父である猪熊の爺と関係を持っていることにも気づきました。それ以来、太郎と猪熊の爺は、睨み合いを続けながら暮らしていました。

 その頃、筑後の役人になっていた次郎が、盗人の疑いをかけられ、牢に入れられたことを太郎は知りました。沙金に相談すると、牢を破ればよいと答えたため、太郎は五、六人の盗人を集め、放免の一人を斬り殺して弟を救い出しました。それ以来、太郎は罪人として、どうせ死ぬくらいなら、一日も長く生きようと考え、弟と一緒に沙金の家で暮らし、盗人の仲間入りをし、火をつけたり人を殺したりして生きてきました。
 それに従い、太郎の沙金に対する愛着は、ますます深まっていき、彼女のために悪事を働くようになりました。しかしその沙金が、ここのところ自分を避けていて、今弟に奪われようとしていました。心根が似ているにも関わらず、自分と比べて美しい見た目の次郎が、沙金をものにすることを、太郎は苦痛に感じ、いつかは自分が次郎のどちらかが殺されるのだろうと考えました。
太郎は、朱雀の大路を北へ歩きながら、昔は仏教を敬っていた自分が、今では盗み、火付け、殺人に手を染める人間に成り下がったことを嘆きました。感傷に浸りながら猪熊の婆の家の前まで来ると、中からけたたましい女の声が、猪熊の爺の声に交わって聞こえてきました。太郎は急いで薄暗い家の中へ足を踏み入れました。

 立本寺の門の石段に腰を下ろした次郎は、兄が自分を敵のように思っていることに苦しんでいました。彼は一人で東国へ下ってしまおうかと考えることもありましたが、いざ沙金に会うと、その決心をたちまち忘れてしまうのでした。彼は自分自身を責め、兄に殺されてもよいと考えました。
 絶えず嘘をつき、酷い殺しを平気で行い、見ず知らずの男にも肌を任せる、心の醜い沙金を憎みながら、彼女の体に、次郎は激しく恋をしていました。沙金が他の男に身を任せることに対し、太郎が黙っているのとは対照的に、自分は嫉妬を抑えることができなかったため、次郎は自分と兄の恋が、まるで異なった考えから発しているのではないかと考えました。

 すると、一組の男女が、彼の前を通りかかりました。そのうちの女の方は沙金でした。沙金は男と淫らな話をしながら、何か約束をしている様子でした。男と別れた後、沙金は次郎を見つけ、それまで話していた男は藤判官の侍だと言いました。
 沙金は、自分の言うことを全て聞くその男から、藤判官の屋敷の様子を知ったようでした。驚くべきことに、今夜皆が藤判官のところへ行くと言うことを、沙金はその男に話していました。今は次郎のものである沙金は、自分の命令で藤判官の家の馬を盗みにいった太郎を、藤判官の加勢のものに殺させようとしているのでした。
 沙金は、その混乱で猪熊の婆が殺されてもいいと思っているようで、自分も母親を差し出すのだから、次郎も太郎が殺される姦計に乗るようにと誘いをかけました。次郎は戦慄を感じながら沙金の手を握り、承諾の意を無言で表しました。

 叫び声を聞きつけた太郎が家に入ると、猪熊の爺が阿濃の髪を掴んで、煤けた液体をその口に流し込もうとしていました。
 太郎は猪熊の爺を蹴倒し、逃げようとするのを引き倒し、なぜ阿濃をそのような目に合わせたのかと問い詰めました。猪熊の爺は、妻が作った堕胎薬を飲ませようとして阿濃に抵抗されたようでした。太郎は爺を殺してしまおうかと考えましたが、憐憫を感じ、放してやりました。
 猪熊の爺は、太郎に向かって昔語りを始めました。爺は昔、左兵衛府(宮中の警護役)の下人をしていたことがあり、その頃に今の妻である婆と知り合いました。その頃、爺は婆に恋焦がれていましたが、そのうちに婆は情人の子を産み、その後姿を消しました。婆の行方が分からなくなってから、爺は酒や賭博を始め、強盗へと身を落とました。それから十五年が経ち、婆に巡り合うと、連れ子の沙金が昔の婆を連想させ、沙金と別れたくないがために、昔とは変わり果てた婆を妻に娶ったのでした。
 爺は、自分を殺せと言って悪態をつきましたが、太郎は嫌悪を感じ、殺す気にもならずに猪熊の家を出ました。
 太郎は、強盗に入る時に沙金が着る男装束を隠してある羅生門に向かい、沙金に会うことを期待しましたが、その途中の立本寺の前で沙金と藤判官の侍が歩いているところに出くわし、「どうせみんな畜生だ」と呟きました。

 夜更になり、羅生門のほとりに太郎、次郎、猪熊の爺、猪熊の婆、阿濃、沙金らの盗人が集まりました。沙金は、裏の厩にいる馬を盗むように太郎に命令しました。阿濃は、胎動を感じながら羅生門で待ちました。一同は、藤判官の屋敷に向けて出発しました。

 一行は、藤判官の屋敷で待ち受けていた侍たちに襲われました。
 仲間たちは、太郎が敵に囲まれ、爺や婆も手負いとなったらしいことを沙金に伝えました。次郎は沙金に命じられ、引き上げの合図となる口笛を吹きましたが、皆が引き上げるほどの余裕がなかったため、沙金は二人で帰ろうと言いました。その時、一人の男が次郎に襲いかかりました。
 次郎は、相手が死ぬか自分が殺されるかのどちらかしかないという覚悟を決め、小路に待ち受ける侍と斬り合いました。次郎はその後、敵に囲まれて無我夢中で戦い、犬に追われて立本寺を通り過ぎると、何十もの野犬の群れが、捨てられた疫病の女を食べているところにたどり着きました。野犬の群れは、次郎に気付くといっせいに飛びかかりました。
 次郎が死を覚悟したその時、自分へと向かってくる馬蹄の音が聞こえてきました。

 その間、阿濃は、羅生門の楼上に佇んでいました。彼女は惨めな少女時代を過ごし、飢えに耐えかねて盗みを働き、裸で地蔵堂の梁に吊り上げられたこともありました。その時に助けてくれたのが沙金で、自然とこの盗人の集団に入りました。白痴のようだった阿濃はその後、爺、婆や沙金に打擲されながら過ごしていましたが、ただ一人次郎だけは優しい言葉をかけてくれました。お腹の子の父親が誰なのかはわかりませんでしたが、自分が恋する次郎がこの子供の父親であると信じて止みませんでした。阿濃が胎児を慰めようと唄を歌いだすと、腹の下に微かな疼痛を感じ始めました。

 待ち構えていた侍に出鼻を挫かれた盗人たちは、算を乱され、後退し始めました。
 臆病な猪熊の爺は逃げ出そうとしましたが、意志とは反対に敵のいる中へと入ってしまいました。屈強な侍に追い詰められ、あえなく殺されそうになったところへ、猪熊の婆が現れ、相手に飛びかかりました。婆は相手と組み合い、相討ちとなりました。しかし、爺が何もかもを投げ捨ててどこかへ逃げてしまったため、婆は爺の名を何度も呼び、返答のない寂しさを味わいながら息を引き取りました。
 太郎は、味方が敗れることを知ると、沙金が目をつけた馬だけは奪おうと心に決め、見るものを斬りながら馬を手に入れました。彼は、敵の侍が次郎を殺してくれることを願いすらしていました。そのような卑怯さを自分の中に感じながら太刀を鞘におさめようとすると、野犬に襲われている次郎と目が合いました。二人は相手の瞳の奥に潜んでいる、恐ろしい思惑を感じ合いました。太郎は野犬の群れの中に立ちすくむ次郎を置き去りにして走り去りました。
 しかし、不意に「弟」という言葉が口をついて出ると、太郎は手綱を引き、次郎を助けに引き返しました。
 次郎のところへ戻った太郎は、自分の後ろに乗るように言いました。次郎は兄の後ろに飛び乗り、涙を流しながら兄を抱きました。難を逃れた二人は、しんとした朱雀の大路に沿って馬を進めました。

 藤判官の屋敷から引き揚げた偸盗の一群は、羅生門にたどり着き、傷の手当てをしました。太郎と次郎は行方が知れませんでした。
 猪熊の爺は深傷を負い、見方からとどめを刺されようとしていました。彼もかつては、自分の勇気を人に示すために、死にかけた仲間のとどめを刺したことが幾度となくありました。爺は、仲間が自分を殺す相談をしているのを聞いて、恐怖を感じました。
 羅生門の上では阿濃が子供を生んでいました。偸盗の一人である平六がその子供を持ってくると、皆はそれまでとは別人のような微笑を浮かべ、その子に見入りました。
 瀕死の猪熊の爺が、その子供を見せてくれと頼みました。平六がその子を見せると、爺は微笑を浮かべながら涙を流し、この子が自分の子であると言い残し、息を引き取りました。爺の遺体は、藪の中へ埋められました。

 翌朝、猪熊の家で、惨たらしく殺された沙金の死骸が発見されました。その家の召使いであった阿濃は傷一つ負いませんでした。検非違使が白痴に近い阿濃から聞いたところによると、前日の夜更、太郎と次郎は、沙金と争って殺し、泣きながら抱き合いました。二人は阿濃のところへ来て餞別の言葉をかけ、次郎は赤ん坊の頭をなで、太郎と共に一つの馬に乗り去ったようでした。

 それから十年余り経った後、阿濃は尼になって子供を養育していました。彼女は、丹後守何某(たんごのかみなにがし)の護衛の隻眼の男が通るのを見て、太郎だと言ったことがありました。その男が本当に太郎なのか、誰にも分かりませんでしたが、その男の弟もまた同じ主人に仕えているということだけが、かすかに風聞されました。