アントン・チェーホフ『桜の園』の詳しいあらすじ

アントン・チェーホフの代表作『桜の園』の詳しいあらすじを紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。

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第一幕

 五月のある寒い明け方、桜の園と呼ばれる有名な領地を持つ名門の屋敷で、裕福な商人のロパーヒンは、外国で五年間も過ごしていたこの家の女主人ラネーフスカヤ夫人の帰りを待っていました。
 ロパーヒンの父親は、ラネーフスカヤ夫人の父親の代の農奴でした。彼は十五歳の頃、父親に殴られた時にラネーフスカヤ夫人に慰めの言葉をかけてもらったことがあり、今でも彼女のことを慕い続けていました。

 若い家政婦のドゥニャーシャも、ラネーフスカヤ夫人の帰りを待ち侘びていました。その部屋に執事のエピホードフが、庭男が届けてくれた花束をドゥニャーシャに渡し、桜が満開だと言いました。彼は不器用で、運が悪く、毎日何かしらの不幸せが起きる男でした。エピホードフが椅子にぶつかりながら部屋を出て行くと、ドゥニャーシャは、復活祭の後で彼に結婚を申し込まれたことをロパーヒンに伝えました。彼女はエピホードフのことを嫌いではなかったものの、分けのわからないことを話すので、その結婚を承諾するか迷っていました。

 ラネーフスカヤ夫人は、六年前に弁護士だった夫を酒が原因で亡くした後、他の男と一緒になりましたが、その翌年に七歳だった息子のグリーシャが川で溺死し、外国へと旅立ちました。しかし病気になった恋人が追ってきたため、フランスの保養地マントンに別荘を買い、それから三年、病気の男にいびられながら看病を行い、借金の始末のために別荘が人手に渡ってしまうと、パリへ行きました。男はラネーフスカヤ夫人から金を搾り上げた挙句、他の女のところへ行ってしまいました。夫人は毒を飲もうとしたものの、急に一人娘のアーニャのいるロシアに帰りたくなって連絡をよこしました。
 その知らせを受けたアーニャと家庭教師のシャルロッタは、パリへ赴き、同行者の下男ヤーシャと共に夫人を連れ帰ったのでした。

 馬車が入り口に乗り付ける音がして、ラネーフスカヤ夫人が戻ったことが知らされると、ロパーヒンとドゥニャーシャは急いで迎えに行きました。

 停車場まで夫人を迎えに行った養女のワーリャ、夫人の兄のガーエフ、ここを出入りする地主のピーシチク、老僕のフィールスとともにラネーフスカヤ夫人は、以前過ごしていた「子供部屋」と呼ばれる部屋に戻り、嬉しそうな涙声をあげました。

 一同が部屋を出ていくと、あとにはアーニャとドゥニャーシャが残されました。ドゥニャーシャは、エピホードフに結婚を申し込まれたことをアーニャに伝えましたが相手にされず、グリーシャの家庭教師であったトロフィーモフが一昨日に来たことを伝えました。するとアーニャは、トロフィーモフの来訪を喜びました。

 ワーリャが現れると、アーリャは、旅の間シャルロッタのお喋りを聞き続けて気が滅入ったこと、毎日のように人々の訪問を受ける母親が可哀想になったこと、別荘も売ってしまい、何も残っていないにも関わらず、そのことを理解できない母がフランスで散財を続け、シャルロッタや従僕のヤーシャすら節約をしようとしなかったことを訴えました。

 桜の園の運営を行っていたワーリャは、土地の利子が払えないために八月にはこの領地が競売になるだろうと言いました。

 そこへ、牛の鳴き真似をしてロパーヒンがドアから覗きました。
 桜の園では、かねてからロパーヒンとワーリャの結婚が噂されており、アーニャは、ロパーヒンが申し込みをしてきたのかと小声でワーリャに聞きました。ワーリャは、皆が自分たちの結婚を信じて祝福するものの、ロパーヒンは仕事が忙しく、結婚はどうにもならない話なのだと考えており、いずれ自分は僧院にこもり、キーウやモスクワの聖地巡りをするつもりだと話しました。

 コーヒーを煮ていたドゥニャーシャは、部屋に入ってきた従僕のヤーシャを見て見違えるようになったと言いました。ヤーシャは、出発前まだ幼かったドゥニャーシャを覚えていませんでしたが、彼女が誰であるかを認識すると、あたりを見回して誰もいないことを確かめ、抱きしめました。
 驚いたドゥニャーシャは、皿を落として割りました。

 ラネーフスカヤ夫人、ガーエフ、ピーシチク、ロパーヒンがやってきて、アーニャは寝室に行きました。
 ラネーフスカヤ夫人は、コーヒーを飲みながら、この子供部屋に帰ってきたことを懐かしみ、皆との再会を喜びました。

 今朝の四時過ぎにはハリコフに発たなければならなかったロパーヒンは、その前にお話ししたいこともあるのだと言い、桜の園が八月二十二日に競売に出されることになっていることを受け、最近近くに鉄道が開通したので、この周辺を分割して別荘を建てて人に貸せば、年二万五千ルーブルの収入を得られるという提案を行いました。
 しかしそのためには、古いこの屋敷を取り壊し、桜の園を伐ることが必要であるということが分かると、ラネーフスカヤ夫人は、この県の素晴らしいところは桜の園だけであると言って、それを認めようとはしませんでした。
 ロパーヒンは、そのようにしなければ、八月の二十二日にこの屋敷が競売に出されてしまうのだと言いましたが、ガーエフは、その案をくだらないと一蹴し、憤慨しました。
 ロパーヒンは、三週間後に戻ってくるので別荘の件をよく考えておいてほしいと言い残し、用事のあるハリコフへと旅立って行きました。

 借金に首が回らなくなっている地主ピーシチクは、明日担保の利子を払わなければいけないので二百四十ルーブルを貸して欲しいと言いました。ワーリャとラネーフスカヤ夫人は、お金がないのだとその申し出を断りました。

 ワーリャが窓を開けると、そこには見事な桜の花が咲いていました。ガーエフとラネーフスカ夫人は、自分たちが子供の頃、この子供部屋から眺めていた庭とそっくり同じ光景を見て、幸福を感じました。

 そこへ着古した学生服を着て、眼鏡をかけたトロフィーモフがやって来ました。トロフィーモフはいまだに学生でしたが、すっかり老けてしまい、ラネーフスカヤ夫人は、はじめこの男が誰であるか分かりませんでした。しかしワーリャが、彼がトロフィーモフであると伝え、またトロフィーモフ自身もグリーシャの家庭教師をしていたと言うと、ラネーフスカヤは彼を抱きしめて静かに泣きました。

 ピーシチクはなおも、二百四十ルーブリの融資を夫人に頼みました。ラネーフスカヤ夫人は、仕方なくガーエフにその金を出してやってほしいと頼みました。

 やがて皆が部屋から出て行き、二人きりになったガーエフとワーリャは、金をばら撒き何もかもを人にやってしまうラネーフスカヤ夫人の癖が治っていないことについて話し合いました。二人は、一家の財政を立て直すには、誰かの遺産が転がり込むか、アーニャを金持ちのところに嫁がせるか、ヤロスラヴリの伯爵夫人の伯母さんに頼み込むかしかないと考えました。しかしヤロスラヴリの伯母さんは、貴族でない弁護士と結婚したラネーフスカヤ夫人を、身持ちを落とした女として嫌っていました。
 二人の話をドアのところで聞いていたアーニャは、実の妹のことを悪く言うガーエフを責め、黙っているべきだと忠告しました。
 ガーエフは、仲間同士で集まった時に、手形で金を借り、銀行の利子が払えそうだという話を聞いたのだと言い、何かしらの方法を取れば利子が払えるので、この領地を手元に残しておくことができるのではないかと言いました。
 アーニャは、その言葉に安心し、腰掛けるとすぐに眠ってしまいました。そこへ通りがかったトロフィーモフは、ベッドに連れて行かされようとしているアーニャを見て「ぼくの太陽!ぼくの青春!」と感極まりました。

第二幕

 桜の園が始まるガーエフの田舎屋敷へ続く道が見える、見捨てられた礼拝堂で、シャルロッタ、ヤーシャ、ドゥニャーシャがベンチに腰掛け、エピホードフは、そばに立ってギターを弾いています。皆が物思いに沈みながら座っています。

 シャルロッタは、自分の出生を語り始めます。彼女は自分のパスポートがないので、正式な生まれを知りませんでした。両親はは、町を渡り歩いて見世物を出していた芸人で、シャルロッタにさまざまな芸事を覚えさせました。両親が死ぬと、彼女はあるドイツ人の奥さんに引き取られ、教育を受け、やがて大きくなって家庭教師になりました。両親が本当の夫婦だったのかすらも知らず、そんな自分がどこの何者なのかさっぱりわからないのだと彼女は語りました。

 エピホードフとヤーシャは声を合わせながら歌い、ドゥニャーシャの愛情を測っています。
 エピホードフは、半可通ぶりを発揮し、自分はいろんな本を読む進歩した人間であるにも関わらず、生きるべきか死ぬべきか分からず、ピストルを常に装填していると言いました。シャルロッタは、そこようなエピホードフを馬鹿にしながら去って行きました。
 ドゥニャーシャとの結婚話を進めたいエピホードフは、彼女に差し向かいで話したいことがあるのだ言いました。しかしヤーシャに夢中になっていたドゥニャーシャは、当惑しながら、その前に自分の名外套を持ってきて欲しいと話をはぐらかしました。エピホードフは、その長外套を持ってくると約束し、自殺をほのめかしながら去って行きました。

 エピホードフが去った後、ドゥニャーシャは、ヤーシャに向けて、もしも裏切られたら、どのようにして生きていけばいいのか分からなくなりそうだと言いました。しかしヤーシャは、キスだけをして、ろくに相手をしてやりませんでした。するとドゥニャーシャは、いきなりヤーシャを抱擁しました。
 誰かが来る音がして、ヤーシャは、自分たちが逢引きしていたと思われないよう、ドゥニャーシャを遠くへ行かせ、礼拝堂のそばに座りました。

 そこへラネーフスカヤ夫人、ガーエフ、ロパーヒンが登場しました。
 ロパーヒンは、競売の日に、ある金持ちが領地を買おうとしていることを伝え、この土地を別荘地として出すのに賛成かどうかの判断を二人に迫り、別荘にするということを決めてくれさえすれば、金を出す人はいくらでもいるので、二人は安泰になれるのだと申し渡しました。
 町のレストランで、相変わらず贅沢をしてきたラネーフスカヤ夫人とガーエフは、その現実をしっかりと理解できず、別荘客の俗悪なことを嫌い、ヤロスラヴリの伯母からどれほどの額がもらえるのかを話し合いました。
 しびれを切らしたロパーヒンが去っていこうとすると、ラネーフスカヤ夫人は、財産がないのに、借金をする男と結婚した自分を罪深い女だと嘆き、自分がパリへ行き、戻ってくるまでの経緯をロパーヒンに語りました。

 どこからか音楽が聞こえ、ガーエフは、それがユダヤ人の楽団だと言いました。ラネーフスカヤ夫人はそれを呼んで夜会を開きたいものだと言いました。
 ロパーヒンが昨日見た芝居を滑稽だったと酷評すると、ラネーフスカヤ夫人は、ロパーヒンの暮らしを不趣味だと言い、ワーリャとの結婚を勧めました。

 そこへ八十七歳になる耳の遠い老僕のフィールスがやってきて、自分達が若かった頃の古き良き時代についてガーエフと語り合いました。ガーエフは、明日引き合わされる人物が手形で融通をしてくれるということをフィールスに伝えました。ロパーヒンは、その手形では利子すらも払えないだろうと言いました。

 そこへトロフィーモフがアーニャとワーリャを連れて現れました。
 ラネーフスカヤ夫人は、昨夜トロフィーモフがガーエフと行っていた議論の続きをしてほしいとせがみました。
 昨夜ガーエフはその議論で人間の誇りについて語りました。しかしトロフィーモフは、貧弱で粗野に作られた人間にとって、誇りなどというものは自惚に過ぎず、真理を探究するためにはひたすらに働かなくてはならないものだと主張し、それにも関わらず何一つ求めず、本を読まず、芸術も理解せず、働くことをしない大多数のロシアの人々を批判していました。
 この話を聞いたロパーヒンは、自分が朝から晩まで働き詰めなのに、仕事に手を出すほど正直な人間がいないことが分かり、嫌になると言いました。

 やがて日が沈み、一同が黙って物思いに沈んでいると、遥か遠くで弦が切れた大きな音が聞こえ、一同はその音に不吉なものを感じました。
 そこへ浮浪人がやってきて、施しを乞いました。ワーリャが怯えて声を出すと、ラネーフスカヤ夫人はその浮浪人に金貨を渡し、また金を使ってしまったことを後悔しながらロパーヒンに金を借りました。

 やがて皆が夕食に去って行き、トロフィーモフとアーニャだけが残されました。
 いつも間に割り込んでくるワーリャがいなくなり、アーニャとトロフィーモフは二人きりになれたことを喜びました。トロフィーモフは、自分達が愛を超越したものによって結び付けられているのだと語りました。彼の考えに深く同調するようになったアーニャは、以前ほど桜の園が好きではなくなっていました。その理由を問われたトロフィーモフは、広大で美しいロシアじゅうの大地が、われわれの庭なのだと述べました。彼は、アーニャの父や祖父やガーエフが、奴隷たちをこき使って堕落させ、また自分たちもそのことに気づかずに生活していることを批判し、そのような過去と決別するために、自分たちロシア人は、不断の勤労を行わなければならないのだと説きました。
 その話に感銘を受けたアーニャは、いずれ自分たちのものではなくなるこの家から出て行くことを誓いました。
 アーニャを探すワーリャの声が聞こえても、幸福を予感した二人はそれにかまわず、川の方へと歩き始めました。

第三幕

 桜の園の客間では、舞踏会が開かれています。

 大円舞が始まると、ピーシチクとシャルロッタ、トロフィーモフとラネーフスカヤ夫人、アーニャと郵便官吏、ワーリャと駅長、最後の組にドゥニャーシャがペアになって登場します。

 ラネーフスカヤ夫人は、ユダヤ人の楽団を呼び、ワーリャはその支払いについて心配しています。

 ピーシチクは相変わらず、支払いのための金の融通をラネーフスカヤ夫人に繰り返し頼んでいます。

 シャルロッタは、アーニャやワーリャと共に手品や腹話術を披露し、ピーシチクを魅了します。

 ラネーフスカヤ夫人は、ガーエフの帰りが遅いことを心配していました。ワーリャは、ヤロスラヴリの大伯母から、自分の名義で買い戻して、借金は肩代わりするようにという委任状が届いたので、ガーエフが落札するのは間違いないと言いました。ラネーフスカヤ夫人は、大伯母が送ってくれた一万五千ルーブリでは、利子の払いにすら足りないと言って両手で顔を覆いました。

 トロフィーモフは、ワーリャをマダム・ロパーヒンと呼んでからかい、ラネーフスカヤ夫人にたしなめられました。すると彼は、アーニャと自分の間に常に割り込んでくるワーリャに対する不満を訴えました。またトロフィーモフは、今ではもう自分のものではなくなった領地のことで気を揉んでいるラネーフスカヤ夫人に対し、真実をまともに見るようにと忠告を与えました。
 ラネーフスカヤ夫人は、自分が生まれ育ち、グリーシャが死んだこの桜の園が売らなければならないのなら、自分もいっそ庭と一緒に売られてしまいたいと泣き始め、毎日電報を送ってくるパリの男のところへ行くべきなのかもしれないと再び考えるようになったことを告白しました。
 トロフィーモフが、再びその男から金を巻き上げられることになるのだと涙ながらに忠告すると、ラネーフスカヤ夫人は、トロフィーモフのことをただ気取った滑稽な変わり者だと評し、もっと恋をすべきだと忠告しました。
 その言葉に耐え切れなくなったトロフィーモフは、隣の部屋に去って行こうとして階段から転げ落ちました。
 次の間からワルツが流れてきて、アーニャ、ワーリャらが踊り、ラネーフスカヤ夫人は、トロフィーモフに赦しを乞い、踊りに誘いました。

 フィールスとヤーシャが入ってきて、踊りを見物しました。フィールスは、昔は将軍や貴族が躍りに来たものの、今では駅長、郵便の役人などを招くだけとなってしまったことを嘆きました。ヤーシャは、パリへ行くことがあったら、自分にお供させて欲しいとラネーフスカヤ夫人に頼みました。

 ドゥニャーシャは、男たちに褒められて舞い上がりました。エピホードフは、一度結婚の申し込みを受け入れようとしたにも関わらず、自分に興味がなくなったドゥニャーシャを見て、不幸には慣れっこになっているのだと語りました。

 広間からワーリャが登場し、執事の仕事をせずにふらふらと歩き回っているだけのエピホードフに小言を言い、二人は喧嘩になりました。

 そこへロパーヒンとガーエフが競売から戻りました。競売は四時近くに終わったものの、二人は汽車に乗り遅れたために帰りが遅くなったようでした。
 ラネーフスカヤ夫人とピーシチクは、競売はどうだったのかと尋ねました。

 するとロパーヒンは、自分が買ったのだと答えました。

 ラネーフスカヤ夫人は倒れそうになり、憤慨したワーリャは、自分がここの主婦ではないことを見せつけるために、鍵束を床に投げつけました。
 ロパーヒンは、九万ルーブルで桜の園を落札したことを語り、ここに別荘を立てることを宣言し、楽隊に演奏させました。
 ピーシチクは、ラネーフスカヤ夫人を一人にさせてあげた方がよいと考え、ロパーヒンを連れ出しました。
 ラネーフスカヤ夫人は一人で腰掛け、激しく泣きました。
 トロフィーモフと一緒にやってきたアーニャは、ここから出て新しい庭を作ろうと夫人を慰めました。

第四幕

 ラネーフスカヤ夫人たちは、桜の園を引き払うことになりました。

 窓のカーテンも壁の画もなくなった部屋に、ラネーフスカヤ夫人がガーエフとともに泣きながら入ってきます。
 ガーエフは、ラネーフスカヤ夫人が百姓たちに財布をやってしまったことを叱りました。

 ロパーヒンは、酒を持ってきて振る舞い、二十分したら停車場へと行かなくてはならない皆を急かしました。彼は働かなくてはならない性分なので、皆と同じ汽車でハリコフへと行き、一冬を過ごすことを決めていました。

 トロフィーモフは、皆を町まで送った後、引き続き大学に在籍しながらモスクワへ行くつもりでした。
 ロパーヒンとトロフィーモフは、友情を感じながら別れました。

 ガーエフは、年に六千ルーブルという銀行の職についたものの、ロパーヒンは彼には仕事は続けられないだろうと考えていました。

 遠くの方で、桜の木に斧を打ち込む音が聞こえました。アーニャは、出かけるまで庭の木を切らないでほしいとラネーフスカヤ夫人がお願いしていると伝えました。ロパーヒンとトロフィーモフは、木を切るのをやめさせに出て行きました。

 フィールスは、病院に入ることになっていましたが、ドクター宛の手紙が置いたままでした。アーニャは、追いかけて持たせてやらなければならないと、出て行きました。

 自分を捨てゆこうとするヤーシャが一人になったのを見て、ドゥニャーシャは彼の首に泣きながらすがりつき、パリから便りをよこしてほしいとせがみました。しかしパリのことしか頭にないヤーシャは、ここは性に合わないのだと言って、小声で鼻歌を歌いながら、トランクのそばを忙しそうに立ち回りました。

 パリに行き、ヤロスラヴリの大伯母が送ってくれたお金で暮らすことを決めていたラネーフスカヤ夫人は、もうじき壊されてしまう家との別れを惜しみました。

 アーニャは、新しい生活が始まることに喜んでいました。彼女は女学校の検定試験を受け、働いて、いつか母の暮らしを助けるつもりでした。
 ラネーフスカヤ夫人は、いつか帰ってくることを約束し、アーニャに別れを告げました。

 ガーエフは、問題が決着した後では、皆の気持ちがかえって落ち着いたようだと喜びました。

 シャルロッタは赤ん坊を抱いていました。彼女はこの家から出て行くつもりで、勤め口を探して欲しいとロパーヒンに頼みました。

 ピーシチクは、自分の土地から古い粘土が見つかり、その土地を向こう二十四年でイギリス人に貸すことができたため、その金でこれまでの借金をすべて返す目処を立てることができるようになっていました。

 ワーリャは、これまで早起きして働き続けていましたが、今では仕事がなく、泣いてばかりいました。そんな彼女のことをラネーフスカヤ夫人は心配し、彼女との結婚の話が出ているロパーヒンに、なぜお互いに避けようとするのかと聞きました。
 このラネーフスカヤ夫人の言葉に促された形で、ロパーヒンはワーリャに結婚の申し込みをする決意をしました。しかしロパーヒンは、ワーリャと二、三の言葉を交わすと、戸口で聞いている誰かに急かされ、「ああ、今すぐ!」と言って出て行ってしまいました。
 ロパーヒンとの結婚の機会が去ってしまったことを悟ったワーリャは、床に座り、静かに咽び泣きました。

 出発の時になり、アーニャ、シャルロッタ、トロフィーモフ、ワーリャ、ロパーヒンは部屋を出て行きました。

 ラネーフスカヤ夫人とガーエフが二人だけ残り、互いに抱きつき、人に聞かれないように声を忍んで咽び泣き、亡くなった母親との思い出が残る部屋との別れを惜しみました。アーニャとトロフィーモフに外から呼ばれ、二人は部屋を出て行きました。

 そこへ病院へ入れられたはずのフィールスが現れ、把手に錠がかかっていることで、皆が行ってしまったことを悟りました、彼は一生が過ぎてしまったと言って横になり、精魂尽き果てた自分を「もぬけのから」だと嘆きました。

 はるか遠くで弦の切れた大きい音がし、静寂の後、木に斧を打ち込む音だけが聞こえました。