太宰治『冬の花火』の登場人物、あらすじ、感想

 『冬の花火』は、1946年に発表された太宰治の戯曲です。太宰治がデビュー後に残した二つの戯曲のうちのひとつ(もうひとつは『春の枯葉』)で、津軽地方のある部落にある地主の家を舞台に、敗戦後の日本で、新しい理想郷を夢見て傷ついていく人々が描かれます。
 作品全体に漂う侘しい雰囲気や、やるせない思いを抱えて煩悶する登場人物など、太宰治らしさを失わないまま、戯曲ならではのドラマチックな展開を楽しめる作品となっています。
 このページでは『冬の花火』の登場人物、あらすじ、感想を紹介します。

『冬の花火』の登場人物

数枝
二十九歳。幼い頃に実母を亡くし、実父の伝兵衛と継母のあさに育てられる。弘前の女学校卒業後、東京の専門学校へ行くが、小説家の島田と出会い、学校を勝手に辞めて結婚し、睦子をもうける。
島田の出征後、洋裁の仕事で生計を立てようと試み、鈴木とのつきあいも始めるが、罹災したため津軽に帰ってくる。

睦子
数枝と島田の娘。六歳。数枝とともに津軽に帰ってからはあさになついている。

伝兵衛
数枝と栄一の父。五十四歳。東京で勝手に結婚した数枝を、死んだものと考えていた。

あさ
伝兵衛の後妻。数枝の継母。栄一の実母。四十五歳。継母であるにも関わらず、数枝に非常に優しく接し、彼女が東京へ行った後も仕送りを続けていた。

金谷清蔵
村の男。三十四歳。数枝が東京に行く前から恋をしていて、帰ってきたら一緒になるつもりですべての縁談を断っていた。しかし数枝の結婚の話を聞くと、酒や煙草を始め、周囲に暴力を働くようになり、村での評判を落としている。

栄一
伝兵衛とあさの子。南方の戦地へ行ったまま行方が分からなくなっている。

島田哲郎
小説家。睦子の実父。数枝の夫。未帰還。

鈴木
数枝の新しい男。

『冬の花火』のあらすじ

第一幕

 昭和二十一年の一月、東京で罹災して津軽の生家に戻ってきた数枝は、父親の伝兵衛と部屋の片隅にあるストーブにあたっています。二人は気まずい雰囲気で黙りこんでいます。
 不意に数枝は笑いはじめ、敗戦で日本は滅びたのに、これまでと変わらない生活を営めると思っている田舎の人たちは、いったい何のために生きているのだろうと毒づきました。

 数枝は、幼い頃に実母を亡くし、継母のあさに育てられました。あさは継母であったにもかかわらず、数枝に非常に優しく接しました。数枝は、あさがあまりにもできた母親であったために、かえって我儘になり、弘前の女学校を卒業した後に東京の専門学校行きを希望し、あさは数枝の希望通りにしてやってほしいと伝兵衛に頼みました。
 東京で数枝は、学校を勝手に辞めて小説家の島田と結婚しました。伝兵衛は数枝を死んだものとして考えていましたが、あさは自分の着物を売ってまでこっそりと数枝に仕送りを続けていました。
 数枝は島田との間に睦子をもうけました。その誕生後に島田が出征すると、数枝は洋裁の仕事で生計を立てようとしましたが、その間もあさは数枝に食べ物を送り続けました。
 やがて罹災した数枝は津軽に帰りました。伝兵衛は、東京で好き勝手過ごし、のこのこと帰ってきた数枝に呆れ、口もききたくないと思いながら、自分の家に置いてやっていたのでした。

 数枝が東京から帰ってくると、睦子はあさになつくようになりました。あさは、数枝が誰かと文通し、睦子が「東京のオジちゃん」としばしば口にするのを聞き、数枝が東京に男を残していることを知りました。

 あさには伝兵衛との間に栄一という実子がいましたが、南方の戦地に行ったまま三年間音沙汰がありませんでした。栄一のことをあきらめていたあさは、数枝が東京に残している男のところへ帰るのであれば、睦子を置いていってくれないだろうかと伝兵衛に真剣に相談していたようでした。

 伝兵衛は、数枝が東京に男を残してきたのは事実なのかということを確認しようしました。すると数枝は、今の家に置いてもらっている間に、東京に残した男の鈴木が家を探すことになっているのだと言いました。
 自分勝手な数枝に対し、伝兵衛は、睦子を置いて、すぐにでも家を出て行けと言いました。

 そこへ睦子を連れて出かけていたあさが帰ってきました。睦子は、あさに買ってもらった線香花火を握りしめていました。
 伝兵衛が酒を飲もうとすると、数枝も一緒に飲もうとしました。すると伝兵衛は、「真人間になれ!」と怒鳴りました。
 数枝が泣き出した睦子を連れて奥に行こうとすると、伝兵衛はその後を追って殴りかかりました。あさはそれを必死に制止しました。

第二幕

 数枝が二階の部屋に上がると、雨戸から村の男の金谷清蔵が入ってきました。
 清蔵は、数枝が東京の女学校へ行く前から彼女に恋をしていて、かならず帰ってきたら一緒になるのだと考え、すべての縁談を断りながら、数枝を待っていたようでした。
 しかしそのうちに、数枝が小説家の島田と結婚したということを聞き、清蔵は煙草を覚え、酒を飲んで人に乱暴を働くようになり、村での評判を落としました。彼は独身でいれば変わり者に見られる三十四歳にもなっても、数枝のことを忘れられず、島田の小説が気になって、取り寄せて読んだことがありました。島田の書く小説の女の登場人物は、すべて数枝にそっくりで、どれほど島田が数枝を可愛がっているか、数枝が島田に甲斐甲斐しく尽くしているかがありありと分かり、清蔵はますます数枝のことが忘れられなくなりました。

 清蔵は、妻を娶ることができなくなりました。島田の小説を焼きたいという衝動に駆られても、その本の中の数枝を思うとできませんでした。数枝が津軽に戻ると、清蔵はしばしば訪れてくるようになりましたが、伝兵衛とあさは、彼を帰すことはできませんでした。そのため数枝は、村での評判を懸念し、清蔵に来ないで欲しいときっぱりと申し立てました。清蔵はしばらく来なくなりましたが、数枝に向けて結婚してくれるかどうかという手紙を寄越しました。
 清蔵は懐から出刃包丁を出し、今日はその手紙の返事をもらいに来たのだと言いました。

 数枝は、清蔵の話を相手にせず、次々に線香花火に火をつけ始めました。そして花火というものは夏の夜には綺麗に見えるものでも、そのような時代は永遠に来ないのかもしれないと涙を流し、この間が抜けた冬の花火のような日本人が、いつからこれほどまでにあさましく、嘘つきになったのだろうと憂いました。

 清蔵は、そのような日本人は都会の人間だけであり、田舎者の純情は今も昔も変わらないのだと語り、幼かった頃に二人で藁小屋にもぐって遊んだ頃から自分たちは結ばれていたのだと言いながら出刃包丁を持ち上げ、手紙の返事をするように迫りました。

 その行動に怒った数枝が、後ろ手に襖を開けて部屋を出ようとすると、そこには彼女の身を案じて立ち聞きしていたあさが立っていました。

 清蔵は、出刃包丁をそそくさと懐にしまい、帰ろうとしました。あさは、数枝には東京に男がいるということを清蔵に悟らせ、他の嫁をもらうようにと忠告しました。
 清蔵は、数枝のことを罵りながら、近所のものに全てを言いふらすと脅しながら外に出ようとしました。するとあさは清蔵の懐にある出刃包丁を探り出し、彼を刺そうとしました。清蔵は、その包丁を取り上げ、あさを蹴飛ばして外へと逃れ出て行きました。

 数枝は、東京にいるのは自分よりも年下の男なのだと泣きながら打ち明け、自分と睦子が生きていくためにしかたなかったのだと言いました。あさは、幸せになれそうにない数枝を憐れみ、抱きしめました。

 雪が間断なく吹き込み、二人の髪や肩は白くなっていきました。

第三幕

 十日ほど経った頃、伝兵衛宅の奥の間で、あさは胆嚢炎を煩い、衰弱して病床に臥していました。彼女は清蔵が帰ったあと卒倒し、三日間も意識が戻りませんでした。
 数枝はその病床で、手紙を書きながら声を立てずに泣いています。

 あさが呻きながら起きました。生きようとする意思を失くしていたあさは、数枝が自分たちを置いて東京へ帰らないことを確かめたがりました。

 数枝は、あさの看病が終わったら東京へ帰るつもりだとうそぶきながら、先ほどまで東京に残してきた男の鈴木に書いていた手紙を読み上げました。その手紙の中には、自分が睦子を連れて青森に帰ったのは、死ぬ前に今一度美しい母に会い、一生そのそばにいるつもりであったためなので、鈴木のところへは帰らないつもりであること、春になれば自分は鍬を持ち、ただの百姓女になるつもりでいることが書かれていました。そして手紙を読み終えると、数枝は、戦争中に世話になった鈴木と別れ、一生あさの傍にいて百姓になり、自分たちの桃源郷を作るのだと言いました。

 あさは、数枝と睦子が不憫になり、泣き始めました。

 数枝は、これからは親孝行をしてこれまでの恩を返すと約束しました。

 あさは、清蔵がその後どうしているかと数枝に聞きました。数枝は、あさが意識を失っている間に清蔵の妹が訪ねて来て、清蔵が酒を辞め、人が変わったように働くようになり、縁談にも乗り気になっていると言ったことを伝えました。

 するとあさは、六年前にだまされて清蔵と関係を持ったことを告白し、十日前に彼を殺そうとしたのは、数枝のためではなく、自分のためであったということを語りました。

 数枝は狼狽し、日本の指導者に自分を救うことができるだろうかと言いながら手紙を破り捨て、東京に戻って落ちるところまで落ちる決意をしました。

 数枝に電報が届きました。
 その電報はろくなことではないことを予感した数枝は、破った手紙を火鉢に投げ込み、そこに立ち上った火焔を見て、自分の憧れの桃源郷も、いじらしい決心も、すべてばかばかしい冬の花火だと言いました。

管理人の感想

 『冬の花火』は、太宰治の書いた戯曲二編のうちの一つ(もう一つは『春の枯葉』)です。
 管理人は戯曲に関しては不勉強で、劇作家と呼ばれる人の作品は、シェイクスピアとチェーホフなどを中心に数編読んだに過ぎないのですが(日本の劇作家の作品を読んだことは皆無です)、彼らの作品と比較すると、太宰治の書く戯曲は、小説家の書く戯曲だという印象を受けます。
 シェイクスピアにしてもチェーホフにしても、戯曲というのは、登場人物が次々に登場するため、読者は物語に入り込むまでに苦労を要します。それはもちろん、戯曲が上演されるために書かれているからであり、舞台を見る観客は、次々と登場する人物像を、視覚と聴覚で一息に把握することができます。しかしテキストだけで楽しもうとする読者にとっては、冒頭からすらすらと読むことのできる作品は少なく、登場人物紹介と本編を行き来しながらようやく理解することができるものが多くなっています。
 それに反し、太宰治の戯曲は、「小説家の書く戯曲」といった印象で、はじめから登場人物がぞろぞろと登場するわけでもなく、しっかりと読者が台詞だけでついてくることができるような読みやすさを感じます。戯曲にしては優しいテキストで、普通の短編小説では味わえない展開のある、味わい深い作品だと思います。

 舞台は、終戦後はじめての冬、津軽地方のある寒村の生家に、東京で罹災した数枝が帰ってきたところからスタートします。数枝の父親は伝兵衛、母親はあさといい、あさは数枝にとっては継母に当たります。あさの実の子である栄一は、戦争から未帰還になっています。
 あさは継母であったにもかかわらず、数枝を可愛がり、彼女が東京の専門学校に行くのを許してやり、伝兵衛に隠れてこっそりとお金を送っていました。
 数枝は、東京で専門学校を勝手に辞めて小説家の島田と結婚し、その島田が出征して死んだ後も新しい男を作った様子です。そのような数枝を、伝兵衛は死んだものと思うようにしており、帰郷した数枝と伝兵衛との間には気まずい雰囲気が流れています。
 故郷には、金谷清蔵という男がいて、東京へ行く前から恋い焦がれていた数枝が島田と結婚したことを聞いてから酒や煙草を覚え、人に暴力をふるい、他の人と結婚することができなくなっています。
 東京で島田と結ばれて学校を中退し、その島田の出征中に他の男と関係し、伝兵衛から「真人間になれ」と言われてしまう数枝ですが、彼女自身も、睦子とともに生きるために仕方なく他の男を頼ることしかできなかったのであり、孤独な苦労があったことは間違いありません。彼女は言い争いの末に、「お父さん、あなたは、あたしが東京でどんな苦労をして来たか、知っていますか」と伝兵衛に尋ねます。
 苦労したのは数枝だけではなく、その数枝を死んだものと考えなければならなかった伝兵衛、数枝に想いを寄せるあまり道を外してしまった清蔵、そしてその清蔵との過ちに呵責を感じながら過ごしていたあさら、皆がそれぞれの悲しみを背負っています。

 家の中で伝兵衛との確執を消すことができない数枝に、清蔵は再び執拗に言い寄ります。あさは数枝を心配して、清蔵を刺そうとしますが、この時のことが原因で病床に臥してしまいます。数枝は、この出来事で心を入れ替え、東京に帰ることをやめ、母に尽くしながら生きることを決心します。しかし六年前に清蔵と間違いを起こしたことをあさが告白したため、数枝は再び東京に戻り、堕ちていくことを決意します。

 なんともやるせない気持ちにさせられる結末ですが、このように登場人物の悲しみを書き分けるというのは太宰治の得意技で、特に『斜陽』などの作品においては顕著にその醍醐味を味わえるようになっています。しかし戯曲という、台詞だけという縛りの中で、このような各々の悲しみが表現された作品を書けてしまうのは、やはり数々の名セリフを残している太宰治ならではだと思います。
 この作品が発表されたのが1946年6月、もう一つの戯曲『春の枯葉』が発表されたのが同年9月で、太宰治が自殺したのが1948年です。これら二作品を書いていたとき、太宰治は並々ならぬ意欲をもって戯曲に臨んでいたそうです。
 管理人の勝手な想像ですが、セリフだけで登場人物の内面を浮かび上がらせることに長けていた太宰治は、自殺することがなければ、おそらくもっと多くの面白い戯曲を残していたんじゃないかと思います。戯曲にかぎらず、彼のどの作品を読んだ後でも思うことではありますが、太宰治が三十八歳で人生の幕を閉じなければならなかったことが改めて悔やまれます。