太宰治『パンドラの匣』の詳しいあらすじ

太宰治作『パンドラの匣』の詳しいあらすじを紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。

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この小説は、「健康道場」という結核療養所にいる二十歳の「僕」から、その親友である「君」に当てた手紙の形式になっています。

幕ひらく

 「僕」は、中学校を卒業と同時に肺炎を起こし、三ヶ月寝込んで高等学校の受験ができず、両親に申し訳ないと思いながらも、家でぶらぶらする生活を続けていました。終戦を目前にして焦りを感じた「僕」は、家にある畑でめちゃめちゃに仕事を行ない、その結果、喀血しました。それでも畑仕事を止めることなく続け、今度は庭で喀血し、その直後に空襲警報を聞いて防空壕へ入りました。
 その翌日も、「僕」は畑へ出ました。その日は八月十五日でした。母に呼ばれてラジオを聞き、終戦を知った途端、「僕」は、それまでの無理な気取りが心から消え、母に喀血したことを打ち明けました。
父は「僕」のために、「健康道場」という簡素な結核療養所を選びました。

 「健康道場」にやってきた「僕」は、新造の大きい船に、行く先もわからないまま乗せられている気分になっています。それでも、開けてはならない箱を開けたせいで人間の苦しみが放たれたものの、その箱の隅に残っていた石に希望という文字が書かれていたという『パンドラの匣』の物語を引き合いに出し、自分は絶望していないと思うのでした。

健康道場

 この「健康道場」は、地方の篤志家たちの融資により、もとあった結核療養所を増築して作りました。院長である田島博士の案で、院長を場長、副院長以下の医者は指導員、看護婦は助手、入院患者は塾生と呼ぶことで、病院という観念を捨てさせようと試みられています。療法は一風変わっていますが、成績が良く、医学会でも注目の的となっています。
 比較的元気であった「僕」は、新館の「桜の間」の一番奥のベッドに寝かされました。その部屋では塾生たちにあだ名がつけられます。
 「僕」は、小柴利助という本名が小雲雀(こひばり)の響きに似ていたため、「ひばり」というあだ名で呼ばれることになりました(以下ひばり)。
 ひばりのとなりは大月松右衛門という中年のおじさんでした。越後獅子と呼ばれていますが、そのあだ名の由来はわかりません。
 そのとなりは独身の二十八歳の木下清七です。流行歌をよく知っているため、昔流行った踊りの名前からとられた「かっぽれ」というあだ名です。
 その隣が元郵便局長の三十五歳の西脇一夫。上品でひょろ長いので、「つくし」と呼ばれています。
 この「健康道場」の中で、塾生たちは屈伸鍛錬と呼ばれる運動と、助手たちに身体をこすられる摩擦を繰り返し、規則正しく生活します。
 助手と塾生は、
「やっとるか。」
「やっとるぞ。」
「がんばれよ。」
「よし来た。」
と、挨拶を交わすことになっていました。

鈴虫

 「健康道場」の助手の組長の竹さんは二十五、六の大柄な女性で、気がきく働き者のため、塾生に一番人気がありました。
 助手の一人マア坊は、東京の府立の女学校を中退してきた十八歳です。摩擦はあまり上手くありませんが、よく喋り可愛らしいので、やはり塾生たちからの人気がありました。マア坊は、奥さんのいるつくしに関心があるようでした。どんな話にも首を突っ込み、よく笑う人でしたが、ひばりはマア坊が実は寂しがり屋なのではないかと考え、そのうちに好意をよせるようになりました。

死生

 摩擦の時間、マア坊は、悩みがあることをひばりに打ち明けました。以前から好意を寄せていたつくしが退場するためだろうと言うと、マア坊は怒って摩擦の途中で出て行きました。その態度が、自分に好意を持っているためではないかと自惚れたひばりでしたが、マア坊が調子に乗って騒いでいたのを、竹さんに咎められたことで悩んでいただけだとわかり、恥ずかしい気持ちになりました。ひばりは、マア坊をきれいに諦める決心をしました。
 竹さんはマア坊に少し強く言いすぎたのではないかと気に病んでいる様子でした。彼女はひばりを贔屓にして、ご飯を少し多くひつぎに入れましたが、ひばりはそのような女の親切を好みませんでした。

 旧館にいた鳴沢イト子という若い女の塾生が死に、皆は出棺を見送りました。その一部始終を見たひばりは、人間の人生は、死によって完成するのだと思いました。

マア坊

 ひばりは、腕っ節の強くて色気のない竹さんを、恋の対象として見ていませんでした。手紙を受け取った「君」は、ひばりへの返信の中で、マア坊よりも甲斐甲斐しく働く竹さんのことを褒め讃えました。しかし、ひばりは、やはりマア坊への興味を失ってはいませんでした。
 マア坊は、道場を出ることになったつくしを途中まで送り、戻ってくると皆に気前よくお土産を渡しました。フランスの女優の写真を渡したかっぽれに対し、「ひばりは意地悪だから渡さない」とマア坊が言うのを聞き、ひばりは面白くない気持ちになりました。
 しかし、実際には、マア坊はひばりのためだけにシガレットケースを買ってきていたのでした。安心したひばりは、マア坊となんの気兼ねなく話すことができるようになり、この日の摩擦を楽しむことができました。

衛生について

 持っていた梅干しにカビが生え始め、容器が悪いと考えたかっぽれは、新しく桜の間に入ってきた固パンのラッキョウの瓶が空いたので、それを欲しがりました。固パンは、英語を上手く発音し、助手さんたちに人気のあるいけ好かない男でした。「こんなものを、どうするのです。」と固パンが言ったのがかっぽれの癪に触り、喧嘩が起きました。かっぽれは、仲裁に入った越後獅子に抱きついて泣き始めました。
 昼食の頃には、かっぽれはいつもの通りに戻り、固パンはらっきょうの瓶を洗って渡しました。かっぽれはその瓶に梅干しを楽しそうに移しました。
 摩擦をしてくれる竹さんに、ひばりは「君」が褒め称えていることを話しました。竹さんは、内心喜んでいる様子でしたが、「好かん」と言って摩擦を続けました。

コスモス

 竹さんのことを褒めたことが本人に伝わってしまったので、「君」は「見舞いに来れなくなった」という内容の返信をひばりに送りました。「君」が竹さんに熱を上げ、マア坊の可愛らしさを一向に理解しようとしないので、ひばりは、一度竹さんに会いに来ることを勧めました。もし竹さんの立派な体躯を見れば、「君」の幻想も消えて無くなるだろうとひばりは思います。
 今度の日曜の慰安放送で、塾生たちが俳句を披露して発表することとなりました。「桜の間」からはかっぽれが出品することになり、十句ばかりを作りました。それらの作品を固パンと越後獅子に見せたところ、全く相手にされなかったので、ひばりはかわいそうになり、かっぽれの句を読んでやりました。その中に一つに、小林一茶の句と同じものがあり、ひばりはそのことを指摘しました。かっぽれは知らず知らずのうちに一茶の句を盗んでいたようでした。
 その後、マア坊がかっぽれの摩擦を担当している時に、ひばりには二人の会話が聞こえてきました。それによると、かっぽれが考えたと思われていた句は、マア坊を含めた助手さんたちのものも含まれていたようでした。その話を二人が悪びれることなくしているのを聞いたひばりは、芸術の勉強をすることない民衆こそ、作者が誰かということに頓着せずに、芸術を最も楽しんでいるのだということを悟りました。

 ひばりが散髪終わりに髪を洗っていると、マア坊がやってきて、つくしから来た手紙を見せ、どのような意味なのかを聞きました。ひばりは、その手紙を一瞥しただけで相手にせず、手拭いを取ってきてほしいと言いました。邪険にされたマア坊は、怒ってどこかへ行ってしまいました。
 助手さんたちの世話を、ここのところ当たり前のように感じてしまっていることに反省したひばりは、マア坊の手紙を見てやることにしました。その手紙は、つくしが仰々しい言葉でマア坊に宛てた恋文でした。つくしはその手紙の中で、マア坊のことを妹と呼び、また恋人とも呼んでいました。つくしのような内気な優しい人が、難文を書いてよこしたので、ひばりは、世の中に不思議なことがあるものだと思いました。

試煉

 竹さんはひばりに、竹細工の小さな藤娘の人形を渡しました。ひばりは、助手の組長である竹さんが、このような趣味の悪い贈り物をしてくることは、有り難くないと感じました。
 つくしからの手紙について聞くと、実際にはマア坊の方から手紙を出したようでした。ひばりが嫉妬して罵倒すると、マア坊は、つくしの奥さんに白足袋をもらったお礼を出しただけだと言います。試されていることに腹を立てたひばりに、マア坊はさらに思わせぶりな態度をとり、洗面所の壁際まで押し付けました。ひばりが洗面所から走り出ると、マア坊は、「竹さんと仲よくしちゃ駄目よ。」と言いました。
 その夜中、目を覚ますと、窓の外の庭から誰かがひばりのことを見ていました。その人物はすぐに立ち去ったため、それが誰であるかひばりにはわかりませんでした。洗面台に行くと竹さんが床板を拭いていました。窓の外から自分を見ていたかと聞くと、竹さんはひばりが寝ぼけていると笑いました。
 ひばりは、朝早くからせっせと働く竹さんの姿に胸を打たれ、浮ついたところのない竹さんの愛情は、マア坊とは違い、人を堕落させることがないと考えました。

固パン

 助手の一人であるキントトが、E市へ行った帰り、バスの待合で待っていると、その前でアメリカの進駐のトラックが故障して停まってしまいました。雨に打たれながらトラックを修理するアメリカ兵に同情したキントトは、梨を二つ投げ与えてやりましたが、道場に帰ると、彼らのことが心配でたまらなくなり、泣き始めました。(注 つい最近まで敵であったアメリカ兵に梨をやった自分の行為が心配になったのかもしれません。)
 その話を聞いた固パンは、以前から助手たちの前で英語を披露していたため、アメリカの進駐軍がきたら通訳をやらされるのではないかとヒヤヒヤし、ひばりに自分の書いた英語を添削してほしいとやってきました。
 その夜は固パンは、フランスの自由思想について語りました。固パンによると、自由思想は、圧政や束縛のリアクションとして起きるものであり、闘争の対象がなければ羽ばたくことはできないそうです。
 越後獅子は、それに付け加えて、キリスト教の精神を知ることが西洋に勝つための方法だということを論じました。自由思想の内容は、その時その時で異なっており、今、戦前とは異なる意味で、真実の愛から天皇陛下万歳と叫ぶのが真の自由思想だと越後獅子は論じました。
 この話に感動して涙する固パンのことを、ひばりは好きになりました。

口紅

 となりの白鳥の間から、助手達の厚化粧に対する苦情の回覧が出回りました。その回覧の中では、化粧の目立ちすぎる孔雀というあだ名の助手を追放せよと書かれていました。ひばりたちの桜の間では、追放はやりすぎだと憤慨する声が上がりました。
 かっぽれは、この回覧を叩き返すと息巻きましたが、越後獅子はひばりにその役を任せました。
 ひばりは白鳥の間に行き、孔雀を追放するという計画には大賛成だと嘘をつき、全てを自分に一任させてほしいと言いました。実際には何の考えもなく、この回覧を竹さんに見せればなんとかなるだろうと考えたのでした。
 ひばりがその回覧を竹さんに見せると、拡声器で、それぞれの助手さんはお化粧を洗い落とすことが宣言されました。孔雀は放送で化粧を改めるという宣言をし、その代わりに孔雀というあだ名を改正してほしいという要望を出しました。孔雀は放送の中で「私こと、…」と話し始めたため、「私こと」というあだ名がつけられました。
 その日のひばりの摩擦は竹さんでした。竹さんは、回覧の内容を皆に伝えるのが辛かったようですが、場長も助手さんたちの厚化粧には良い顔をしていなかったので、ひばりのおかげで少しずつ改められていると語りました。
 ひばりは、色気なしに親愛の情を抱かせる竹さんのことを尊敬しました。

花宵(かしょう)先生

 「君」がひばりの見舞いに訪れました。ひばりは、マア坊と「君」が、まるで旧知の間柄のように並んで立っていることを不思議に感じました。
 ひばりは「君」を竹さんに紹介しました。手紙の中で、ひばりはずっと竹さんのことを体の大きな色気のない人と書いていましたが、「君」は竹さんを一目見るなり、ものすごい美人だと驚きました。自分の審美眼を疑われ、ひばりはムッとしましたが、それでも竹さんは美人ではなく、品性が優れているので美人に見えるだけだと主張しました。
 「君」は、越後獅子が大月花宵という詩人であることに気づきました。花宵先生の書いた詩は、助手たちの歌にも使われるほど有名なものでした。ひばりは興奮し、越後獅子に向かって「花宵先生!」と呼びかけてしまいました。ひばりが自分の詩を好きだと言ったことに、越後獅子は穏やかに礼を言いましたが、突然怒り出し、自分の正体を話さないように口止めしました。ひばりは詩人の何が失礼にあたるのかわからなくなり、越後獅子と一言も話さなくなりました。
 その翌朝、越後獅子の娘がつくだ煮を持ってきて、それをひばりに分けたことで、二人はあっさりと和解しました。越後獅子は、もう一度詩を書こうかと考え始めたようでした。ひばりは、かつて越後獅子が書いていたような、軽快で気高い作品が今の時代に求められているのだと熱弁し、再び詩を書き始めるように強く勧めました。
 ひばりは、晩年の松尾芭蕉が、「わび」、「さび」、「しおり」の上に「かるみ」というのを置いたことを引き合いに出し、新しい時代は、その「かるみ」が重要になるだろうという芸術論を展開しました。

竹さん

 ひばりは、見舞いにやってきた母親を見送るため、マア坊を連れて外出しました。母親とマア坊の会話から、竹さんと田島場長が結婚するということを聞き、ひばりは衝撃を受けました。
 「君」宛の手紙の中で、ひばりはいつも竹さんのことを「腕っぷしが強く色気のない女性」と評していました。しかしそれらは全て嘘で、ひばりは竹さんのことを一目見るなり恋に落ち、自分の想いを消すために、マア坊を持ち上げ、竹さんの悪口を書き続けていたのでした。
 マア坊によると、竹さんは田島場長に結婚を申し込まれ、ひばりのことを恋しく想い、何晩も泣いていたと言います。マア坊は泣きながらこれらのことを伝えると、無欲で美しい顔を見せ、その気高い顔によってひばり救われました。
 道場に帰り、ひばりは、祝福の言葉を竹さんに伝えました。竹さんは、小さな声で「かんにんね。」と囁きました。ひばりは「ひどいやつや。」と呟き、竹さんの幸福を心から祈りたい気持ちになりました。

 ひばりは、越後獅子の正体を黙っていることができなくなり、マア坊に話してしまいました。するとその話は瞬く間に広まり、道場中の人々が自分の詩を添削してほしいと押しかけました。越後獅子は、威張ることなくそれを受け付け、かっぽれに添削を依頼しました。かっぽれは越後獅子の一番弟子のような得意な気分になり、塾生たちの詩を片端から直しています。
 越後獅子は、道場内の放送を任されることになり、献身について語りました。献身はわが身を滅ぼすことではなく、華やかに生かすことであり、自分の姿を偽ってはいけないのだという演説を聞くうちに、ひばりは、これまで自分自身を飾り立てていたことを恥ずかしく感じ、あたりまえの歩調でまっすぐに歩いて行くことを決意するのでした。