太宰治作『パンドラの匣』の登場人物を詳しく紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。
ひばり(小柴利一)
二十歳。中学校を卒業と同時に肺炎にかかり、高等学校に入学することができずに自宅で療養していた。しかしそのような生活に焦りを感じ、過剰な畑仕事をしたことが原因で喀血し、終戦と同時に健康道場へと入る。健康道場では軽傷の患者が集まる「桜の間」に入り、「小柴利一」という名が「小雲雀(こひばり)」の響きに似ていたため「ひばり」というあだ名がつけられる。
健康道場から親友の「君」に宛てて手紙を書き続ける。その手紙の中で、マア坊の可愛らしさを褒めたたえ、竹さんに対しては、その仕事ぶりや善良な心根を評価することはあっても、女性としての色気を感じることはないと書いていた。しかし実際には竹さんに出会った当初から恋に落ちており、自分の気持ちを打ち消すために、手紙の内容を偽って書いていた。竹さんと田島場長の結婚を知るとショックを受けるが、自分に好意を持つマア坊によって慰められ、竹さんにも祝いの言葉を述べる。
場内放送で、献身について語る越後獅子の演説に感銘を受け、これまで自分自身を飾りすぎていたことに思い当たり、まっすぐに自分自身の道を歩んでいくことを決意する。
君
ひばりの親友で、手紙のやりとりをしている。詩人を目指している。献身的にてきぱきと働く竹さんの様子が書かれたひばりからの手紙を読み、竹さんのことを褒めたたえる返信を書く。ひばりが竹さんの容姿について嘘を書いていたため、終盤で健康道場を訪れ、竹さんの美しさに驚く。
ひばりの母
終戦日にひばりから喀血したということを聞く。終盤で健康道場を訪れ、竹さんと田島場長が結婚することについてマア坊と話す。
ひばりの父
数学の教授。喀血したひばりを健康道場に入所させる。
田島場長
健康道場の場長(院長)。長身で痩せている。気難しく、禿げた独身の三十代。清盛というあだ名で呼ばれている。戦争中の食糧不足や薬品不足に対処した特殊な闘病法を発明し、健康道場に招聘された。健康道場の病院という観念を捨てるため、院長を場長、医者を指導員、看護婦を助手、入院患者を塾生と呼び、治療法として「屈伸鍛錬」や「摩擦」を行い、その治療法は医学会で注目の的になっている。
終盤で竹さんと結婚することが明かされる。
越後獅子(大月松右衛門)
健康道場の桜の間で、ひばりの隣のベッドを使っている寡黙な中年。妻に死なれ、年頃の娘と二人で生活していた。越後獅子というあだ名の由来は不明。
部屋の塾生たちの前で、自由思想について語り、戦後の今だからこそ、真の愛を持って天皇陛下万歳と叫ぶことこそが自由思想だと論じ、感銘を与える。
白鳥の間から、厚化粧をする助手たちへの苦情が発せられ、桜の間の皆がそれに反発すると、ひばりにその回覧を返す役割を任せる。
東京の新聞記者と言われていたが、実際は大月花宵という大詩人。その正体がひばりに知られると、始めは怒って他言しないようにと言うが、噂が道場中に知れ渡ると、塾生たちからの詩の添削の依頼が殺到し、かっぽれにその仕事を任せる。
かっぽれ(木下清七)
越後獅子の隣に入所する独身の二十七歳の美男子。左官。流行歌に詳しく俳句好きであったため、江戸時代に流行った流行歌から「かっぽれ」というあだ名で呼ばれている。越後獅子のことを尊敬し、自分の書く詩を添削してもらいたがっている。
部屋一番の美男子として君臨していたが、固パンがやってきて助手たちの人気を攫っていくと、敵意を燃やすようになる。
持っていた梅干しにカビが生え始めたため、固パンの空いていたラッキョウの瓶を使おうとしたが、固パンが馬鹿にするような態度を取ったために喧嘩になり、仲裁に入った越後獅子に泣きつく。
慰安放送で披露するための俳句を、桜の間の代表として作ることになると、小林一茶の句を知らず知らず転用したり、助手たちの作った句を借用したりするが、一向に悪びれる様子がなく、「大衆は作者が誰であるか気にせずに芸術を楽しんでいる」と、ひばりに考えさせる。
越後獅子の正体が大詩人であると判明すると、一番弟子になったつもりで、ほかの塾生から殺到する詩の添削を任される。
つくし(西脇一夫)
かっぽれの隣に入所する元郵便局長の三十五歳。大人しく小柄な妻が頻繁に見舞いに来る。上品でひょろ長いため「つくし」というあだ名で呼ばれている。深夜、奇妙な声を出して唸る時がある。自分に好意を寄せていたマア坊に惹かれるようになり、北海道に転院すると、マア坊を「妹」と呼ぶ仰々しい文章で書かれた恋文を送る。
固パン(須山五郎)
つくしのベッドに移ってきた二十六歳の法科の学生。浅黒で眉が太い。鷲鼻でロイド眼鏡をかけている。英語の発音が上手いので助手さんたちから人気があるが、実際には英語を話すことができず、アメリカの進駐軍が訪ねてきたら通訳をさせられるのではないかと焦り、ひばりに自分の書いた英文を添削してほしいと依頼する。束縛や圧政に対抗するためにフランスの自由思想が現れたことを語り、越後獅子が自分の意見に付け加えて、真の愛から天皇陛下万歳を叫ぶことこそが現代の自由思想だと論ずると、その意見に感銘を受けて涙を流す。
マア坊(三浦正子)
健康道場の助手。丸顔で色白の十八歳。東京の府立の女学校を中退してきた。摩擦はあまり上手くないが、可愛らしいので塾生に人気がある。お喋りが過ぎることが多く、竹さんに咎められることがある。もともとつくしに好意を寄せていた様子だったが、つくしが退所すると、見送りに出かけ、ひばりにだけ特別な土産のシガレットケースを買ってくる。その後つくしから仰々しい文章の恋文が届くと、ひばりにそれを見せ、嫉妬を煽るような行動をとり、「竹さんと仲良くしちゃ駄目よ。」と言う。
終盤ではひばりに好意を持つようになった様子で、竹さんの結婚に衝撃を受けるひばりを慰める。
竹さん(竹内静子)
健康道場の助手の組長。気がきく働き者のため、塾生に一番人気がある。二十五、六歳の大柄な女性。助手の組長として、気が咎めながらも、他の助手の品行を注意することがある。序盤からひばりに好意を持っていたようで、食事を少し多めに与えたり、竹細工の藤娘の人形を渡す。
白鳥の間から、助手たちの厚化粧に関する苦情が書かれた回覧が出回ると、組長として注意を促し、その回覧を自分に持ってきたひばりに感謝の言葉を述べる。
田島場長から結婚の申し込みを受けると、ひばりのことが恋しくて何日も泣き続ける。結婚を決め、ひばりから祝福の言葉を受け取ると、「かんにんね」と呟く。
キントト
助手の一人。眼鏡をかけている。雨の日に出かけた帰り、バスの待合の手前で出会った、故障したトラックを直そうとするアメリカ兵たちに梨を投げ与える。道場に帰ると彼らのことが心配になって泣き出し、皆の笑いものになる。
孔雀
助手の一人。厚化粧であったため、硬派な白鳥の間から反感を持たれ、追放を嘆願する回覧が出回ってしまう。このことを知ると場内放送で厚化粧を辞めるという宣言を行い、その話し始めに出た言葉「私こと」を、そのまま新しいあだ名にさせられてしまう。
鳴沢イト子
健康道場の若い塾生。重症患者用の旧館に入所し、死亡する。その死がひばりに大きな感銘を与える。