アンドレ・ジッド『狭き門』の詳しいあらすじ

アンドレ・ジッド作『狭き門』の詳しいあらすじを紹介するページです。


アンドレ・ジッド集成I (シリーズ・全集)

※目次を開くとネタバレします。

※簡単なあらすじはこちら

ジェロームの少年期

 医者であった父を失った十二歳のジェロームは、医院があったル・アーヴルに止まる必要がなくなったため、母と、もともと家庭教師であった母の友達のミス・フローラ・アシュバートンとともに、パリの小さなアパルトマンに移り住みました。彼らは毎年夏になると叔父のビュコランのいるル・アーヴルのそばのフォングーズマールへと行きました。
 ビュコランの家の子供は、長女のアリサ、次女のジュリエット、末っ子の長男ロベールがいて、ジェロームと彼らは隣り合って勉強しました。
 ビュコランの妻であったリュシルは、器量がよく、派手なものを身につけていたので、ジェロームは一緒にいると落ち着かない気持ちを味わいました。両親がおらず、十六の頃に叔父と結婚したリュシルは、時たまジェロームの服に手を入れたり、発作を起こして恐ろしい叫び声をあげたりしました。彼女は、ジェロームの母やフローラを軽蔑していました。

アリサとの恋に落ちたジェローム

 父の死から二年後、十四歳になったジェロームは、復活祭の休暇を過ごすために、母とともに再びル・アーヴルにやってきました。
 二人は、町中の手狭なビュコラン家ではなく、丘の中程にある広い家に住む未亡人の叔母プランンティエ家に落ち着きました。
 プランンティエ家からビュコラン家はすぐそばで、ジェロームは二つの家を往復する生活を送りました。
 ある日、街に繰り出したジェロームは、不意にアリサに会いたくなり、ビュコラン家へと行きました。叔父の家の中に入ると、リュシルは中尉の軍服をつけた見たことのない男と過ごしており、傍らにはロベールとジュリエットが一緒でした。彼らに見つからないようにその部屋を通り過ぎてアリサに会いに行くと、アリサは泣いていました。ジェロームはその涙の訳がわかりませんでしたが、その悲嘆が彼女にとって強すぎるものであるということはわかりました。その瞬間にジェロームの一生は決定しました。彼はアリサを抱きしめ、慰めようとしましたが、アリサは誰にも見つからないうちに早く家から出ていくようにと言いました。
 その後、ジェロームたちがパリに帰るとすぐに、リュシルが家出をしたことが電報によって知らされ、母はル・アーヴルに戻りました。
 その後、ミス・フロラ・アシュバートンとジェロームは、母の元へ向かい、その翌日、会堂で叔父や従姉妹たちと会うことができました。教会でヴォーティエ牧師は、「力を尽して狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きく、その路は広く、之より入る者おおし。生命にいたる門は狭く、その路は細く、之を見いだす者すくなし」という言葉を取り上げました。
 ジェロームは、狭き門を見いだし、そこへ入って行くことのできる人間になることを考えました。辛く苦しいその道は、はるかに清い喜びに繋がっているはずでした。ジェロームがその狭き門に入ることについて考える時、その隣にはいつもアリサが歩いていました。
 ジェロームは自分を試練にかけるため、アリサから遠ざかることを決意しました。この厳かな戒めを自分に課したジェロームは、内省的に育ち、勉強は好きでもあまり友達の多くない少年になりました。ル・アーヴルから自分の後を追ってパリにやってきた牧師の息子アベル・ヴォーティエと、同じ中学の寄宿舎に入ったロベールの二人以外は、ジェロームはほとんど交際を持ちませんでした。

フォングーズマールでの幸福な日々

 その次の年の夏、ジェロームはアリサを訪れました。妻を失ったビュコラン叔父は悲しみのために老け込み、二人の娘に慰みを求めながら生きるようになりました。
 ジェロームはアリサに想いを伝えました。アリサもまたジェロームを愛し、叔父はジェロームを息子のように扱いました。しかし、二人を一緒にさせてくださいと神様に頼むジェロームの愛とは異なり、アリサの愛は、まず神の国へ行き、神様の中で一緒になるべきだというものでした。
 ジェロームはアリサと結婚したいと母に言いました。心臓を患っていた母は、何事も主に任せるようにという忠告を与え、二人を守ってくださるようにと主に頼みました。
 母が死ぬと、数日後の復活祭の休暇を、ジェロームはル・アーヴルのプランティエ家で泊まり、ビュコランの家で食事をして過ごしました。

 叔母のフェリシー・プランティエは、ジェロームがアリサに恋をしていることを知り、母親のいないジェロームがフォングーズマールへ行ってもおかしな目で見られないように、自身もフォングーズマールへと行きました。しかし彼女は静かな家の中を騒がしくしてジェロームとアリサを気詰まりにさせ、そのうちに娘が病気になったため、二週間で帰って行きました。ジェロームは叔母がいなくなった後もフォングーズマールにいてもよいのか悩みましたが、ビュコラン叔父はそれを許しました。
 その夏、ジェロームはフォングーズマールで幸福な日々を過ごしました。彼は毎朝ジュリエットと一緒に庭におり、アリサとの恋のことを話して聞かせました。ジュリエットは、その話を飽きることなく聞いているようでした。
 結婚をいつにするかジュリエットに問われたジェロームは、この冬から高等師範学校に入るつもりで、兵役を済ませてからの結婚になるだろうと言いました。婚約という誓いを立てることは、何か愛に対する侮辱のように考えてすらいることをジェロームが伝えると、ジュリエットは涙を流しながら、アリサを幸福にしてあげてほしいと頼みました。
 二人の話を木陰から聞いていたアリサが蒼白な顔をして現れ、気分が悪いと言って去って行きました。彼女は夕食に姿を見せても、気分が悪いと言ってすぐに引っ込んでしまいました。
 自分の話していたことに良くないところがあったのか心配になったジェロームは、出発の前日、アリサに婚約を申し込みました。
 アリサはこのままでも十分に幸福なので、婚約にはまだ早いと答え、泣きながら手紙を出すと言って、ジェロームを自分から離れさせました。ジェロームはそれ以上アリサになにも言うことができず、その翌日馬車に乗って帰って行きました。

アベルと共に姉妹に近づく

 パリへと戻ったジェロームは、学士試験の準備をし、高等師範学校の卒業まで兵役を延期しました。一方、アベル・ヴォーティエは兵役につき、その年何人かの女を知ったことで、ジェロームにアリサとのことで忠告を与えました。
 自分が年上すぎるので、ジェロームが世の中をもう少しわかるようになるまで婚約を待ってほしいというアリサの手紙を読んだアベルは、不意を狙って訪ね、求婚を再度行うようにという忠告をジェロームに与えました。
 その言葉に従って、ジェロームはアベルと共にフォングーズマールへと行くことにしました。しかし、ジェロームの到着を知ったアリサは、喜びを表に出そうとしないばかりか、不服な様子すら見せました。
 ジェロームは、婚約を待って欲しいと知らせてきたアリサを責めました。アリサは、自分たちは今までのままで幸福だったのだから、結婚によってその幸福を変える必要性を認めないと説きました。ジェロームは、その言葉によって満たされ、これ以上何一つ望む気持ちになりませんでした。
 一方、アベルはその間にジュリエットに夢中になっていました。彼は、自分とジュリエット、ジェロームとアリサという二組の結婚を夢見て、自分が書き上げた脚本を当てて財産を築いていこうと考えていました。

 パリへと戻ったジェロームは、始めはアリサとの関係に満足し、毎週手紙を書いて過ごしましたが、次第に自分たちの関係に不安を募らせるようになりました。
 十二月の末になり、アベルとジェロームは再びル・アーヴルへ向けて出発し、ジェロームはプランティエの叔母の家に落ち着きました。ジェロームは、長い婚約は勧めないという叔母の言葉に腹を立てながらも、不安に駆られている胸が張り裂けそうになり、泣きつきました。
 プランティエの叔母は、翌日クリスマスツリーの飾り付けに来ることになっているアリサに一切を聞いてみてくれることになりました。

 ビュコランの家に夕食に行くと、ジュリエットは、人が変わったように気分が悪い様子でした。ジェロームは、二人とあまり話をすることもできず、すぐに引き上げてしまいました。

 プランティエ叔母によると、アリサは妹より先に結婚したくないと言ったようでした。その話を聞いたジェロームは、大急ぎでアベルに会いに行きました。アベルはジュリエットと話をしたようで、もうすぐにでも結婚を受け入れられると思い込んでいる様子でした。

 プランティエ叔母の家に帰ると、アリサが待っていました。アリサは、何か話したいことがあるようでしたが、客が来たため、話すことはできませんでした。
 ジェロームはジュリエットに温室に呼び出されて話を聞き、アリサの思惑を知りました。それはアリサが、ジュリエットをジェロームと結婚させたがっているということでした。それだけを話すと、ジュリエットは何かを決意したように温室から出て行きました。ジェロームは心を落ち着かせるために庭で立ち尽くしていると、取り乱したアベルがやってきました。そのアベルにより、ジェロームは、ジュリエットの恋の相手が自分で、アリサはジュリエットのために身を引こうとしていることを知ったのでした。
 客間ではジュリエットが、見知らぬ男の訪問を受けていました。それはエドゥワール・テシエールという葡萄作りの商人で、以前ジュリエットに求婚をして断られたことのある男でした。ジュリエットは、本当は愛していないその男と結婚しようとしているようでした。エドゥワールに手を取られたジュリエットは失神し、アベルとエドゥワールが彼女をベッドに寝かせました。

 その翌日、ジェロームはアリサに会いにいこうとしたところをプランティエ叔母に止められ、アリサからの手紙を受け取りました。
 その手紙によると、ジュリエットの容態に触らないよう、ジェロームには来ないでほしいとのことでした。
 アベルはジュリエットの身近にとどまることに耐えられず、ロンドンで休暇の残りを過ごすことにしました。誰も会える人がいなくなったジェロームもまた、学期の始まる前にパリに戻りました。

アリサと手紙のやり取りをするジェローム

 出発してから十二日目にアリサからの手紙が届き、ジュリエットの容態が良くないことを伝えました。
 ジェロームは、パリにやってきて農学校へ通い始めたロベールの面倒を見て、姉妹の様子を聞き出しました。ロベールによると、エドゥワールがジュリエットを何度か訪ねて来ていたようでしたが、ジュリエットは会わず、アリサでも手を焼くような沈黙を守り通しているようでした。
 しかし、それからしばらくして、アリサが破談にさせようとしていたエドゥワールとの婚約を、ジュリエットのほうから正式なものにしたいと希望し始めたようでした。

 翌年の春になり、プランティエ叔母宛に書かれたアリサからの手紙が、ジェロームに渡されました。
 その手紙には、エドゥワールはいまだにジュリエットの愛を勝ち得ていないようでも、婚約者として申し分のない人物であること、アリサは「人を恃(たの)むものは詛(のろ)わるべし」というジェロームが何気なく送ったクリスマスカードに書かれていた聖書の一言の意味を理解し、実践していること、また叔母の言いつけに従って、ジェロームにあまり長い手紙を書かないでいることが書かれていました。

 ジェロームはその手紙の内容に腹を立て、アベルに相談の上で、結婚のことは持ち出さず、ロベールについての話のみを書いて送り返しました。するとアリサはしっかりとした返事をよこしました。その手紙には、ジュリエットの式は七月に予定されていることが書かれていましたが、ジェロームとアベルは招待されないようでした。ジェロームは、祝いの手紙だけを出しました。
 結婚式の後二週間ほどすると、アリサからの手紙が届きました。その手紙には、ジュリエットがイタリアへの新婚旅行へ出かけたことやロベールが試験に失敗したことが書かれており、結びではジェロームへの愛が綴られていました。アリサは、ジェロームを深く愛していながら、自分のところへは来てほしくないと思っているようでした。ジェロームは涙を流しながらその手紙を読みました。
 その後もジェロームはイタリアの旅行を続けながら、アリサと手紙のやりとりを続けました。アリサは常にジェロームのことを想っていると手紙には書く一方で、まだ自分たちは会わない方がいいと主張し続けました。

 イタリアから帰ると、ジェロームは兵役に送られました。彼は、アリサに会えないのを残念に思いながらも、泣き言を言わず軍隊の規律に耐えました。アリサに会わずに一年が経とうとしていました。ジェロームがそれについて手紙で咎めると、アリサは、ゆっくりとその日が近づいてくるのを待っているので、今のうちだけ、今はジェロームについて行けないのをわかってほしいと返事をよこしました。

 ビュコラン叔父とアリサは、お産が近づいたジュリエットを見舞うため、ニームの近くへと行き、子供が生まれると、皆でフォングーズマールへと帰ってきました。叔父は、ジュリエットが幸福になったのを見て、元気になりました。
その後、ジュリエットの家族は自宅へと戻り、エドゥワールは、ロベールを商用の旅に連れて行きました。

 このころからアリサの手紙は徐々に切羽詰まったものとなっていきました。
アリサは、ジェロームと会うことに待ち焦がれ、どんなことにも一心になれないようでした。しかしそのうちに、アリサはジェロームと会うのを恐れるようになっていきました。

アリサとの一年ぶりの再会

 ジェロームは除隊し、プランティエの叔母の家でアリサと再会しました。二人の会話は、互いに心配事を隠しながら、快活さを装いながら行われました。この日の会話は何事もなく終わりました。
 翌日、ジェロームはビュコラン叔父の家へと行きました。アリサは友達を呼んでいて、ジェロームと二人きりになるのを避けようとしているようでした。昼食の後、プランティエ叔母が気を利かせ、ジェロームとアリサを二人きりにしました。しかしジェロームは、アリサの手を取ることができたものの、夏の暑さで頭を締め付けられ、話すことのない気まずさを感じながら歩くことしかできませんでした。
 プランティエ叔母は、二人の間に了解ができたものと思い込み、婚約の式のことを聞き出そうとしたため、目に涙を浮かべたアリサは、頭が痛いという口実を作って帰っていきました。
 翌日、ビュコラン叔父の家に行くと、プランティエ叔母の孫娘の一人、マドレーヌ・プランティエが居合わせました。その愛らしい子供がいたことで、気まずい雰囲気はいくらか緩和されましたが、二人きりになることはありませんでした。

 ジェロームは、叔父の家を一度出た後で不安に襲われ、もう一度アリサを訪れましたが、アリサは気分が悪いらしく、会うことはできませんでした。

再びパリへ

 結局ジェロームは、パリへと戻りました。パリに帰ってまもなく、アリサからの手紙が届きました。前回の再会の気まずさに苦しみ嘆いたアリサは、その手紙の中で、もう会わない方がよいと書きました。
 アリサは、ジェロームと別れた後、それまで言わずにいたことをすっかり言おうと思いましたが、それだけの勇気を出すことができなかったようでした。そばにいた時の胸苦しさから、自分がどれだけジェロームのことを愛しているかをアリサははっきり感じ、それと共に絶望にとらわれました。
 これらの手紙を読んだジェロームは苦悶し、文通がアリサの非難の的になるのであれば、今後二人の間の便りを全てやめることにしようと、手紙にしたためました。

束の間の幸福

 ジェロームはその年の暮れる前にもう一度アリサに会いました。それはミス・アシュバートンが死んだためでした。葬儀の時、ジェロームとアリサはほとんど二人きりでしたが、ほんの一言二言言葉を交わしただけでした。アリサは復活祭までは何も便りをよこさないことをジェロームに約束させました。

 四月の末、ジェロームはフォングーズマールに行き、アリサに再会しました。
ジェロームは、十二日間の休暇の中で、もし翌日にフォングーズマールを出て行って欲しいと思った時に、それを知らせるためのしるしを決めておこうと言いました。アリサは夕方の食事で、アメジストの十字架を首にかけていなかったらと言いました。
 ジェロームは、二人で過ごす日々を、特別なものに感じさせないよう、普段と同じように過ごすように心がけました。
 二人は庭の手入れをし、気軽に話をしました。アリサの自分に対する恐れの感情が薄らいでいるのを感じ、ジェロームはアリサを美しいと感じました。希望が確信に変わったジェロームは、結婚を切り出そうとしました。
しかし、その途端にアリサは青ざめ、ジェロームの傍にいることはこの上もない幸福であっても、自分たちは幸福になるために生まれたのではないのだと言いました。
 ジェロームは、魂は幸福以上に何を望むのだと聞くと、清らかさであるとアリサは答えました。ジェロームは、アリサなしではだめなんだと言って、涙を流しました。
 その数日後、アリサはアメジストの十字架をつけずに夕食に現れました。ジェロームは約束に従い、次の日の夜明けと共に出発しました。

 その翌々日、ジェロームは手紙を受け取りました。その手紙はシェイクスピアの引用で始まりました。アリサは、ジェロームと会っていた間、満ち足りた気持ちになり、続いてそれが恐怖へと変わっていくにつれ、自分たちが他の幸福のために生まれてきたのだと確信するようになったようでした。
 ジェロームは、自分の恋こそがもっとも善きものであり、アリサがいなければ、凡庸な他の人間と同じところまで堕ちなければいけなくなると手紙で説きました。
 それに対し、アリサは手紙を書くことに興味を失ったと書き、文通をやめにしようという提案を始めました。しかし、その一方で、九月の終わりの二週間をフォングーズマールで過ごさないかとアリサは誘いました。

数ヶ月後のフォングーズマール滞在

 ジェロームは、この手紙に返事を書かず、数ヶ月の勉強と数週間の旅行を経て、落ち着いた気持ちでフォングーズマールを訪れました。アリサはいつもに増してジェロームに愛想良く、親切に振る舞いました。
 ある日、アリサはジェロームと薔薇を摘み、その薔薇を部屋まで持ってきて欲しいと頼みました。部屋に入ると、アリサの部屋には卑属な信仰に関する本が置いてありました。アリサはしばらくこのような本ばかり読んでいると言います。アリサは、現生での生活から自分の喜びを取り除く生活のほうが重みがあり、自分たちは取るに足らない存在であり、もしそこに価値があるとしたら、神の御前で自分を無にすることによって得られるものであるという考えに達していました。これらの信念が二人の生活を切り離してしまうものであると悟ったジェロームは絶望し、涙を流しました。
 ジェロームがアリサと会えるのは、いつもアリサが忙しく働いたり、貧乏人の家を訪問したりする後でした。ジェロームはアリサの微笑の中に、何かしらの皮肉のような、人を馬鹿にしたようなものを感じるようにすら思うようになっていきました。
 ジェロームは一日ずつ苦悩を深め、幸福を失ったことへの愚痴を言いました。アリサは、ジェロームが自分の影を愛しているのであり、恋もまた他のものと一緒で過ぎ去ってしまうものなので、ジェロームの自分への気持ちも段々と薄れていくだろうと言いました。
 途方に暮れたジェロームは、アテネ学院へ推薦されたため、この状況から逃れられることを嬉しく思い、その二日後にフォングーズマールを後にしました。

三年後、アリサとの再会

 三年後、ル・アーヴルにいたジェロームは、再びアリサに会いにフォングーズマールへ出かけました。その十ヶ月前、ビュコラン叔父が死んだことを旅行先のパレスチナで知ったジェロームは、アリサに長い手紙を書きましたが、返事は来ていませんでした。
 今となっては覚えていないような口実をつけてフォングーズマールへ行ったジェロームでしたが、アリサが一人なのかどうかが気にかかり、会うまいとして歩きました。そこへ庭から出てきたアリサが現れ、ジェロームは胸を締め付けられる思いで彼女の両手にキスをしました。
 アリサはジェロームが来ることがわかっており、三日間、この場所へ来てジェロームからの手紙を読んでいました。彼女は痩せて色艶も悪くなっていました。ロベール、ジュリエットとエドゥワールと三人の子供も来ているようでした。
 ジェロームはアリサに会えたことに感動しながらも、自分が今の仕事に興味を持っていないことを話し、かつて彼女が自分を絶望させたように、彼女を失望させてやりたいと思いました。しかし、雲に隠れていた夕日が現れると、ジェロームのアリサに対する恨みは消え、ただ愛だけが残りました。
 アリサは紫水晶の十字架をジェロームに与えました。彼女はいつかジェロームが結婚しても、自分がジェロームのことをこの上もなく愛していたことを覚えていてほしいと頼み、いつか生まれるジェロームの女の子にこの紫水晶を下げさせて欲しいと言いました。
 ジェロームは、ほかの誰をも愛することなどできないと言って、アリサを荒々しく抱きしめ、貪るようにキスをしました。
 アリサは、自分たちの恋を傷つけないでほしいと言ってジェロームを退けました。ジェロームは、三年もの間、なぜ自分を退け続けていたのかと問いただすと、アリサは、恋により、恋そのものよりももっとすぐれたものを眺めることができるようになり、人の世の満足は、それを損なってしまうものだと考えるようになったのだと言いました。「神は我らのために勝りたるものを備え給いし故に、彼ら約束のものを得ざりき」という聖書の一節の、「勝りたるもの」がこれから始まるのだと言って、アリサはジェロームに別れを告げました。

 家の木戸が閉められると、ジェロームは、長いこと泣きじゃくり、不安になってジュリエットに手紙を書き、アリサのことを知らせてほしいと頼みました。
 一月もたたないうちに、ジュリエットから返事が届き、ジェロームは、アリサがもうこの世にはいないことを知りました。アリサは以前から衰弱しており、医師の診察を受けていましたが、ジェロームが訪れてきた三日後に、フォングーズマールから出ていきました。その後ロベールとジュリエットは警察に相談し、アリサが療養院で死んだことを知しました。悲しみに沈むジュリエットは、ジェロームに会いたいと言う言葉でその手紙を締めくくりました。

 公証人からジェロームに封筒が届き、その中にはアリサの日記が入っていました。ジェロームはその日記の内容を、注釈をつけずに書き写すことにしました。

アリサの日記

 二十五歳の誕生日、アリサは、ル・アーヴルを出てニームにあるジュリエットの家に着き、この日記をつけ始めました。
 その翌日、父親がエドゥワールに庭や葡萄畑を見せてもらっている間、アリサは一人で庭園の中の色々なものを見て回りました。
 アリサはジェロームからの便りがないことで、不安な気持ちになっていました。ニームにいる間のアリサの日記は、ジェロームに会えないという彼女の悲しみが筆をとらせているようでした。
 フォングーズマールに戻ると、アリサはジュリエットの幸福が実際的なものであることに不満や不快といった感情を抱くようになりました。

 その後、数多くのページが破り去られ、日記はその翌年の五月、ジェロームがフォングーズマールを訪れていた頃まで飛びました。

 その日記の中には、ジェロームがいるために自分が存在しているのだと考えるほど、アリサがジェロームを愛していることが書かれていました。ジェロームに胸の高鳴りを覚えたアリサは、ジェロームがいなければ、自分に喜びを与えてくれるものは全てなくなってしまうということが解っていました。しかしかつてアリサがジェロームのために完璧を志し、そのための徳を全うしようとしたことが、ジェロームに近づく妨げとなっていたのでした。アリサは、徳というものが愛に対する抵抗としか思えなくなり、苦しみました。
 結局アリサは、ジェロームと別れることを決意し、二人で並んで歩くには狭すぎる門に一人で入ることを決意したのでした。もはやアリサは、ジェロームと別れることが、自分を解放してくれるということしか考えられなくなっていました。

 七月に書かれた日記でも、アリサはジェロームへの恋心を募らせ、無意識のうちにジェロームへ向けて書いた過去の日記を破り捨てたことが書かれました。小説の中にもジェロームの面影を見出してしまうようになったアリサは、書棚にある本を読むことをやめ、聖書だけを読むことを決意しました。そしてジェロームのために用意している自分の心を貧しい人たちに分け与えようと思い始めました。
 その後の日記にも、アリサは主に近づきたいと思いながら、ジェロームの面影を感じ続けたことが記されていました。
 その後の日記は再び破り去られ、それから三年後の九月、二人が最後に会ったところまで飛んでいました。
 最後の日記では、アリサは、残りの命を捧げる代わりに、もう一度だけジェロームに会わせてほしいと主に頼みました。
 彼女はジェロームからの手紙を持って庭のベンチに腰掛け、思い出の紫水晶の十字架を首から下げてジェロームを待ちました。彼女にはジェロームが来ることが何故かわかっていました。

 ジェロームと最後に会った後、アリサは一度閉じた木戸をもう一度開け、ジェロームを探し求めたようでした。彼女は悲しみに暮れ、主を妬ましく思いながらも、ジェロームの思い出から遠ざかるため、また自分の所有しているものを全て貧しい人に分け与えるため、パリへと旅立つ決意をしました。

 パリへ着いたアリサは、名前や住所を隠し、聖書だけを持ってある部屋に寝泊りしました。体調が悪化し、医者からは手術が必要だと言われました。
彼女は、惜しみなく自分の心を主に捧げることにする決心をして歓喜を感じながらも、幸福に達することはできないようでした。そして嘔吐の発作に襲われて恐ろしくなり、自分が一人であることを思い出さないうちに世を去りたいと綴られたところで、その日記は終わりました。

十年後、ジュリエットとの再会

 アリスの死から十年以上が経ち、ジェロームはプロヴァンスの旅を終えてニームに寄り、ジュリエットを訪れました。
 その前年、ジュリエットはもう一人女の子を生みました。
 ジュリエットはその娘の名付け親になってほしいとジェロームに頼み、その名前をアリサと希望しました。
 ジェロームは、小さいアリサを胸に抱きました。
 いつまで一人でいるつもりなのかというジュリエットの質問に、ジェロームは色々なことが忘れてしまえるまでと答え、いつまでも忘れたくないと思っていると言いました。
 ジュリエットは、家の中で一番静かな部屋にジェロームを案内し、アリサの思い出にいつまでも操を立てるつもりなのかとジェロームに聞きました。アリサへの恋をいつまでも心に守るつもりのジェロームは、他の女性と結婚しても愛している振りしかできないので、いつまでもアリサが考えていたものに対して操を立てるつもりなのだと答えました。
 ジュリエットは「目をさまさなければ」と言って立ち上がろうとしましたが、椅子の上に倒れ、両手を顔にあてて泣いているようでした。
 ランプを持って女中が入ってきました。