川端康成『雪国』の詳しいあらすじ

川端康成作『雪国』の詳しいあらすじを紹介するページです。

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 東京から列車に乗った島村は、国境の長いトンネルを抜け、雪国へとやって来ました。信号所に汽車が止まり、島村の向かいの席に座っていた美しい声の娘が窓をあけて駅長に話しかけ、ここに勤めているという弟のことを駅長に頼みました。娘が葉子という名前だと島村は知りました。葉子は病人と思われる男を連れていました。再び汽車が出発し、ガラス窓に映る葉子が夕闇の景色と重なる情景を、島村は眺めました。夕闇の中にともし火がともると、それがガラス窓に反射した葉子の瞳と重なり、島村は心をとらわれました。
 島村と葉子たちは同じ駅で降りました。迎えに来た宿の番頭によると、葉子の連れの病人は、島村が会いにきた女・駒子の滞在する家の息子でした。宿に着き、島村は駒子に会いました。

 その前の新緑の登山時期の頃、自身に対する真面目さを呼び戻すためにひとりで山歩きをしていた島村は、国境の山々から七日ぶりに温泉場へ下り、芸者を頼みました。
 その日は道路普請の落成祝いのため、芸者は呼べませんでしたが、大きな宴会などには時たま頼まれて行くことがある娘を呼ぶことができました。その娘が駒子でした。駒子は十七歳の時に東京に売られ、お酌(一人前になっていない芸妓)をしているうちに身請けされました。日本踊の師匠として身を建てるつもりでいましたが、一年半ばかりで旦那が死んだため、故郷の港町に戻りました。今は十九歳で三味線と踊の師匠の家に住んでいます。

 駒子は島村と打ち解け、翌日の午後には部屋に遊びに寄りました。島村は、素人の清潔すぎる駒子を口説くつもりはなく、細君を連れて来た時に会わせようとしたほどで、彼女に芸者を世話してくれと頼みました。しかしそれが却って駒子を怒らせ、芸者が来るなり部屋を出て行きました。十七八歳のいかにも里山の芸者を見ると、島村は興醒めし、電報為替の来ていたのを思い出したことを口実にして部屋を出て芸者と別れました。
 裏山に登ると駒子が杉林の陰に立っており、部屋へ戻ろうとした時に島村の姿が見えたために、煙草をここまで持ってきてくれたのだと言いました。島村ははじめから駒子が欲しいだけだったのだと思いました。

 その夜の十時頃に駒子はひどく酔って島村の部屋へ入り、この冬スキー場でなじみになった男たちに宿屋で飲まされてしまったのだと言いました。駒子は自分を探しているだろう男たちのところに一度行ってからまた戻ってくると、そのまま島村と共に一夜を過ごし、明るくなりだす頃に帰って行きました。島村はその日に東京に帰りました。

 島村が東京に帰ったその日が五月二十三日であったので、今日で百九十九日だと駒子は言いました。駒子は十五、六歳の頃から読んだ小説の雑記帳をつけていました。しかし題と作者と登場人物の名前と関係性を書いておくだけであり、島村はそれを徒労だと評しました。
 島村が湯に入りに行くと駒子はついてきました。その後二人は部屋に戻りました。その夜は駒子は一睡もせず、明るくなってから帰って行きました。

 島村は街の中に出て、芸者が立話をしている中に駒子を見つけました。駒子は自分が厄介になっている踊の師匠の家に寄ってもらおうと、通り過ぎた島村の後を追ってきました。
 島村は汽車のなかで見かけた病人が家にいることを知っていました。その病人は行男といい、二十六歳で、東京で腸結核を患い、故郷へ帰って死を待っていました。家の中に入ると、行男の世話をしていた葉子を見かけました。葉子は何も言わずに通り過ぎていきました。表に出てからも島村は葉子の目つきを忘れられず放心状態で歩きました。

 島村は盲目の女按摩を見かけたので、声をかけました。施術を受けながら女按摩に話を聞くと、三味線の音で誰が弾いているかわかると言います。誰が上手く弾くのかを聞くと、女按摩は駒子の名を挙げました。島村はさらに駒子の話を聞きました。駒子は病人の行男の許嫁であり、この夏芸者に出て病院の金を送ったそうです。葉子は行男の新しい恋人のようです。葉子の恋人に金を送るために芸者になった駒子の行動は、まさに徒労であり、それが却って島村には純粋に思えました。

 この宿で行われたスキー客を迎える準備の相談会の後の宴会に呼ばれた後で、駒子が島村の部屋に入ってきました。駒子はこの前島村と別れた直後の六月から芸者に出て、浜松の男から結婚してくれと追い回されましたが、断ったと言いました。島村が帰ったあと、駒子は妊娠したと思っていたようでした。

 翌朝八時に起きると、駒子は人の目が気になるからここを出れないと言いました。長唄の稽古をしたいという駒子に、島村はこの場で稽古をすることを勧めました。その言葉に従い、駒子は長唄の本を届けるように葉子に電話で伝えました。
 師匠の息子の行男の許嫁なのかと、島村は駒子に聞きました。駒子が答えるところによると、師匠が行男と自分とを一緒にさせたいと思っていた時期があり、それを行男も自分も察していました。行男とは幼馴染ではあるが何の関係もないと、駒子は言いました。それでも駒子が東京に売られる時、行男が一人で見送ってくれたそうです。駒子が葉子について一言も触れないのは何故なのか、行男の介護をする葉子にしても、その駒子のところへ朝になって着替えを持ってくるのは何故なのかと島村は疑問を抱きました。葉子は道具を持ってきてすぐに帰っていきました。
 駒子が三味線を弾くと、島村はその音色に感動を覚えました。山を相手に独学で稽古したそうで、それには強い意志の努力が必要であり、その徒労とも取れる凛とした生き方に島村は心を動かされました。

 それから駒子は泊まっても無理に夜明け前に帰ろうとはしなくなりました。駒子に慣れ親しんだきみちゃんという三歳の子供と、二人はよく湯に行きました。

 東京に帰る頃になると、駒子はつらいと言い出しました。島村には駒子をどうすることもできませんでした。島村が明日帰ろうと思っていると告げると、駒子は取り乱しましたが、やがて「ほんとうに明日帰りなさいね」と静かに言いました。
 駒子は駅まで見送りに来ました。土産を買っても二十分ほど時間が余り、待合のストーブに当たろうとしていると、葉子が呼びに来て、病人の行男が危篤になり、駒子を呼んでいると言いました。島村は駒子を行男のところに行かせようとしましたが、駒子は行こうとはしませんでした。
 島村は駒子に見送られ、列車に乗り込みました。五十過ぎの男と顔の赤い娘がひっきりなしに話していて、長い旅をしている二人だと思いましたが、偶然乗り合わせただけだと分かった時、島村は涙が出そうになり、そのような心理状態になっていた自分に驚きました。

 島村は翌々年の夏の終わりに再び雪国を訪れ、二十一歳になった駒子と会いました。行男は死んで、その後お師匠も死んだようでした。駒子は家を変え、奉公に出ていました。駒子は、自分の今の気持ちがわかるかと島村に聞きました。島村が答えないと、駒子は、明日帰りなさいと言いながらも、一年に一度はいらっしゃいと言いました。
 駒子に十七歳の頃から五年続いている人がいることを島村は初めて知りました。東京で身請けしてくれた人と死に別れて故郷の港に帰ると、すぐにその話があったためか、駒子は歳の離れているその人が嫌でした。村に散歩に出ると、葉子が小豆を打っていました。

 朝、島村が目を開けると駒子が座っており、誰にも見られずに裏の杉林を登ってきたと言いました。駒子は帰ると言いながらなかなか立ち上がらず、島村を裏庭に誘い出しました。以前駒子から行男とはなんの関係もないと聞かされていたにも関わらず、島村は許嫁の墓の方まで行こうと言いました。駒子はそれに怒って栗を投げつけました。栗を投げつけられても島村が怒らなかったため、東京の人は複雑でわからないと駒子は言いました。島村は駒子の方が複雑だと言いました。
 二人は結局墓へ向かいました。そこには葉子がいました。二人が話しかけようとすると、貨物列車が近くを通り、駒子と島村は身をすくめました。列車の中にいた弟の佐一郎と葉子は呼び合いました。駒子は葉子に、行男の墓参りはしないと言い、髪を結うと言って島村と村の方へ引き返しました。しかし結局駒子は髪を結うのを止め、あとで暇があったら髪を洗いに来ると言って帰って行きました。
 夜中の三時、ひどく酔った駒子が入ってきて倒れかかり、髪を結んでいる紐を島村に切らせました。友達に共同湯に誘われていると言って、駒子はすぐに去って行きました。朝の七時と夜中の三時に駒子が二度も暇を盗んできたのだと思うと、島村はただならぬものを感じました。

 紅葉の時期になると、葉子は宿を手伝うようになりました。しげしげと通う駒子の愛情は、「美しい徒労」でした。その虚しさは島村自身のものでもあり、島村は、駒子を哀れむとともに、自らも哀れみました。そしてその島村の心理状態を、葉子の目が無意識に刺し通しているような気がして、島村は葉子にも惹かれました。
 駒子は宿に呼ばれるときは必ず島村のところに寄りました。村の皆はもう自分たちのことを知っていましたが、駒子はどこにいっても稼げるから、それでいいのだと言いました。
 島村は今の舞踏界の役にも立たなそうなヴァレリイやアランの舞踏論を翻訳して自費出版を試み、それによって自分の仕事を冷笑するという楽しみを味わっていました。彼は昆虫が悶死するありさまをつぶさに観察する習慣を持つようになりました。

 駒子が宿の宴会に呼ばれている時に、二度、葉子に結び文を持たせて島村に届けさせました。葉子は、「駒ちゃんによくしてあげてください」と島村に言いました。何もしてやれないから、早く東京に帰った方がいいかもしれないと島村が言うと、葉子は落ち着く先がないにもかかわらず、自分を東京へ連れて行ってくれと頼みました。このことを駒子に相談したのかと島村は葉子に聞きました。駒子が憎いので相談はしないと言いながら見上げた葉子に、島村は惹かれました。そしてそれとともに、駒子への愛情も燃えてくるようでした。
 葉子は東京にいた時には看護婦になりたいと思っていたようした。しかし行男の看病だけしかしないことに決め、その行男が死んだため、看護はもう出来ないと言いました。駒子が行男の許嫁ではないのかと島村が聞くと、葉子は否定し、「駒ちゃんをよくしてあげてください」と再び言いました。島村もまた、何もしてやれないと繰り返しました。葉子は泣きじゃくりながら、「駒ちゃんは私が気ちがいになると言うんです」と言って、部屋を出て行きました。島村は寒気がしました。駒子は客と拳(芸者と客が行う遊戯)を打っていました。
 島村が湯に入ると、葉子がとなりの女湯に宿の子を連れてきました。美しい声で宿の子に生き生きと歌ってやるのを聴くと、さっきまでの葉子は夢だと思われました。
 宴会を終えた駒子が来たので、島村は家まで送ることにしました。島村は駒子に、葉子はきちがいじみていると言い、駒子は行く末葉子が自分の荷物になりそうな気がすると言いました。島村が葉子を連れて行ってくれれば、駒子は、葉子が島村に可愛がられていると思いながら、この山の中で身を持ち崩すのだと言いました。駒子は自分の家に寄っていくように促しました。主人夫婦と五、六人の子供がいる中に入るのは気が引けましたが、島村は家の二階に上がりました。駒子はこの部屋で四年暮らす契約で、今は二年目でした。島村が帰ると、駒子は再び宿の部屋までついてきて、冷酒を島村に飲ませました。
 島村は胸が急に悪くなり、駒子が介抱しました。「君はいい子だね。」と言うと、駒子は島村のところに来るたびに着物を変えるために今も友達から着物を借りている、それのどこがいい子なのかと聞きました。駒子は、島村と初めて会った時嫌な人だと思ったと打ち明け、そして女にそのようなことを言わせるようになったらおしまいだと言いました。
 今度は「君はいい女だね」と言いました。駒子はその言葉を誤解して受け取り、怒って激しく泣き、不意に部屋を出ていきました。しかし駒子はすぐにまた戻ってきて、島村を湯に連れて行きました。それから二人は眠らずに痛々しいほどにはしゃぎました。その翌朝、初雪が降りました。

 長逗留になり、駒子が会いにくるのを待つのが、島村の癖になってしまいました。駒子が自分を追うほど、島村は苛責を感じました。宿の主人が出してくれた鉄瓶の鈴の音を聞いているうちに、その鈴の音と同じように小刻みに歩いてくる駒子の小さい足が見えた気がして、島村はここを去らねばならないと思いました。
 島村は自分が好む縮の産地へ行くことにし、川下のさびしそうな駅に下りました。しかし織り子たちの暮らしを眺め、他の駅でうどんを啜り、尼僧を見て、結局何をしに行ったのかわからずに温泉場に戻りました。車に乗ると、芸者が立ち話をしている中に駒子を見つけました。自分たちのことを知っていて徐行した車に、駒子が飛びつきました。

 二人が車を降りると、火の手が村の繭倉から上がっているのが見えました。島村が抱くと、駒子は泣き出しました。繭倉で映画をやっていることを思い出した駒子は、火の手の方へと向かいました。島村もまた駒子の後を追いました。途中で駒子は、島村が駒子のことを「いい女」だと言った時のことを話しました。去っていく男がなぜそのようなことを教えておくのかと聞き、そのときに泣いたことを忘れないと言いました。そして東京に帰るように駒子は言いました。彼女は、離れるのは恐ろしいが、島村が去った後は真面目に暮らすと言いました。
 二人は美しい天の川を見ながら進み、現場に着いて人垣に混じりました。島村は人目を気にして駒子から離れましたが、いつのまにか寄ってきた駒子が島村の手を握りました。なぜか島村は別離が近いと感じました。
 二階から女が失心して落ちてきました。女は葉子でした。二階桟敷から葉子の顔の上まで、燃えさかる骨組みの木が傾いてきました。何年か前に、この温泉場に来る途中、電車の窓から見えるともし火と窓に反射する葉子の顔が重なったことを思い出して、島村は胸が震えました。
 駒子が飛び出して、葉子を胸に抱えて戻ろうとしました。駒子は自分の犠牲が刑罰かを抱いているように見えました。二人を取り囲む人垣に「どいて、どいて頂戴」「この子、気がちがうわ。気がちがうわ。」という駒子に島村は近づこうとし、男たちに押されてよろめきました。踏みこたえて目を上げた途端、音を立てて天の河が自分のなかへ流れ落ちるように、島村は感じました。