中島敦『名人伝』の登場人物、あらすじ、感想

 『名人伝』は、1942年に発表された中島敦の短編小説です。中国の思想家、老子や荘子の教えを基礎とする「道家」の文献『列子』に収録されている挿話を題材にした作品で、弓の名人になろうとする紀昌の半生が書かれています。

 ユーモアに富んだ語り口で、弓の名手たちの披露する、超自然的な技の数々を楽しみながら読むことのできる作品です。

 このページでは、『名人伝』の登場人物、あらすじ、感想を紹介していきます。


絵本・名人伝

※ネタバレ内容を含みます。

『名人伝』の登場人物

紀昌(きしょう)
趙(ちょう、古代中国戦国時代の国)の邯鄲(かんたん、趙の都)に住む。天下一の弓の達人になることを決め、飛衛の元を訪ねる。

飛衛(ひえい)
弓矢の名手として知られ、百歩を隔てたところから柳の葉を百発百中で射ることができると言われている。

甘蠅(かんよう)
霍山(かくざん、雲南省の高峰)の頂にいる老師。百歳を越えようかという、羊のような柔和な目をしたよぼよぼの老人。弓を使わないで標的を射落とす「不射之射」を体得している。

『名人伝』のあらすじ

 趙の邯鄲の都に住む紀昌は、天下一の弓の達人になることを決め、弓矢の名手で知られている飛衛を訪ねました。

 飛衛は、門下となった紀昌に、まばたきを禁じました。紀昌は、妻の機織り台の下に潜り込み、目の近くを機会が動いても瞬きをしない訓練を始め、二年後には錐の先で目蓋をつかれても、火の粉が目に飛びこんでも瞬きをしないようになりました。ついに目に蜘蛛が巣を張ると、紀昌は自信を得て、飛衛にそれを告げました。飛衛は、次は視ることを学べと告げました。

 紀昌は虱を髪の毛に繋ぎ、それを窓にかけて一日中睨んで暮らすことにしました。三年後、彼はその虱が馬のような大きさに見えるようになりました。表へ出ると、全ての人や動物が、塔や山のように見えるようになり、虱の心臓を射抜くことに成功しました。紀昌は、これを飛衛に知らせました。

 飛衛は射術の奥義秘伝を紀昌に授け始めました。紀昌の腕はたちまちに上達し、速射をすれば、前に射った矢の後ろに次の矢が突き刺ささり、的から一直線に矢が連なるほどになりました。妻といさかいを起こし、脅そうとして矢を射つと、まつげ三本のみを落として、討たれた本人は気付きませんでした。

 師匠から教わるものがなくなった紀昌は、天下一の名人になるために、飛衛を殺すことを考え始め、飛衛に向けて矢を放ちました。飛衛もそれに応戦し、二人の矢は真正面からぶつかり合いました。飛衛は最後の矢を使い果たすと、野茨の枝を折り、その先端で紀昌の放つ矢を叩き落としました。

 紀昌は慚愧の念を起こし、また飛衛の方は安堵の心と自分の技量に対する満足心とで紀昌を憎む気が失せ、二人は抱き合いました。

 飛衛は、紀昌がこれ以上自分をつけねらわないよう、霍山(かくざん、雲南省の高峰)の頂にいる甘蠅(かんよう)という老師に教えを乞うようにという、新しい目標を与えました。
 飛衛曰く、甘蠅の腕は、自分たちの及びもつかない境地に達しているようでした。紀昌は霍山に向けて出発しました。

 甘蠅は、百歳を越えようという白髭を引きずる腰の曲がったよぼよぼの老人でした。紀昌は渡り鳥の群れを討ち、腕を見せつけました。すると甘蠅は絶壁の上に紀昌を連れていき、その場所から同じように矢を射ることができるかと聞きました。紀昌は目も眩むような絶壁の上から矢を射ることができませんでした。すると甘蠅は、その絶壁に上り、矢を使わずにはるか上空にいる飛びを撃ち落とす、「不射之射」という境地を紀昌に見せました。

 紀昌は、九年間、甘蠅のもとで修行を積み、山を降りました。人々は、紀昌が愚者のような表情に変わっていることに気づきました。しかし飛衛はその顔つきを見て、紀昌が天下の名人になったことを悟りました。

 人々が紀昌の腕を見に集まりました。しかし、紀昌は、弓を手に取ることなく、「至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし」と言いました。人々はその言葉に納得し、弓をとることない紀昌は、無敵の名人として評判になりました。
 たちまちに噂は広まり、紀昌の中に眠る射道の神が夜な夜な妖魔と戦っているという噂や、雲に乗って伝説の弓の名人たちと腕試しをしているといった噂が流れました。

 紀昌は次第に老いていき、既に弓矢から離れていた心は静かに落ち着いている状態となりました。

 甘蠅のもとを去ってから四十年後、紀昌は静かにこの世を去りました。

 死ぬ一二年前、紀昌が知人の家に行ったところ、その家にある器具の名前や用途をどうしても思い出せず、主人に聞きました。
 主人は最初それが冗談かと思っていましたが、紀昌が真面目な顔をして訪ねるので、主人は驚きながら射の名人が弓を忘れたことを叫びました。それ以来、人々は、自分の道で用いる道具を手に取るのを恥じるようになりました。

管理人の感想

 『名人伝』は、弓の名人になることを決意した紀昌の半生が描かれた作品です。

 名手・飛衛の弟子についた紀昌は、まぶたに蜘蛛の巣がはるほど瞬きをしない術を得て、虱の心臓を打ち抜けるほどに腕を磨きます。天下一を目指す紀昌は、師匠である飛衛を討とうと考え、弓を放ちます。飛衛はそれに応戦し、二人が射た弓は真正面からぶつかり合います。接戦を繰り広げた二人は、お互いの健闘を称え合い、紀昌はこれ以上の道を極めるため、天下一の老師・甘蠅のもとを訪れます。
 甘蠅は、弓を取らずに標的を射止める「不射之射」を体得しており、その技を見た紀昌は慄然とし、以降九年にわたって甘蠅のもとで修行を積みます。
 九年後、都に帰って来た紀昌は、呆けたような顔つきになり、もはや弓を取ることはなく、それが却って彼が奥義を会得したと評判を呼びます。死ぬ一年前には、紀昌は弓のことを忘れてしまいます。
 甘蠅のもとから帰ってきた紀昌は、師匠である飛衛を殺そうとしたときの印象とはまるで異なっています。本当に奥義を得たのかどうかは分からず、様々な解釈のできる結末となっていますが、彼が心に波風を立てない平穏を得たのは間違いなさそうです。この作品の素材となっている、道家の思想の理想とされる『無為自然』という状態に到達したのかもしれません。

 しかし、外から見ると呆けたようになり、何年も情熱を燃やし続けていた弓のことを忘れてしまった紀昌にとって、九年間の甘蠅のもとでの修行は良かったことなのかを考えると、頭を捻らずにはいられません。様々な技を体得し、飛衛を殺そうとしていた時の方が、彼は達成感や充足感といった感情を抱くことができていたのではないでしょうか?彼が本当の名人になったのか、ただ呆けてしまっただけなのか、解釈が分かれるところですが、もし本当の名人になっていないとしたら、紀昌はただ愚者のようになって帰ってきただけということになります。九年間も放っておかれた奥さんも、やっと帰ってきた夫がそんな状態になって、いたたまれない気持ちになったんじゃないかと思ってしまいます。

 「道を極める」とは誰もが憧れることだと思いますが、それは誰もが知らない境地に達するということで、本当にその境地に達したのかどうかは、他人にはおろか、本人にすらわからないものなのかもしれません。追い求めるものがなくなったとき、本人は果たして平穏な幸福を感じているのか、深遠なる虚無の中に吸い込まれてしまうのか、周囲の人には決して理解できないでしょう。

 紀昌が会得する数々の技の、超現実的でユーモアに溢れたエピソードが非常に面白く、楽しみながら読み終えることができる一方で、「道を極める」ということについて様々な考察ができる作品でもあると思います。