谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』の詳しいあらすじ

谷崎潤一郎作『猫と庄造と二人のおんな』のあらすじを詳しく紹介するページです。

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※ネタバレ内容を含みます。

品子にリリーを預ける庄造

 蘆屋の旧国道で荒物屋を開く石井庄造の妻・福子は、庄造の前妻である品子からの手紙を受け取りました。
 庄造にその手紙を読まれないよう、他人の名前を使って書かれたその手紙の中には、庄造と暮らしていた頃から飼っていた猫リリーを自分の手元に戻して欲しいと書かれていました。

 福子は、姑のおりんと共謀して、庄造の妻であった品子を家から追い出した過去がありました。
 家を追い出されていく時、品子は交換条件としてリリーを連れて行きたいと申し出ており、その後も、かつての仲人であった塚本を間に立てて、何度かその希望を伝えにきていました。しかし、リリーを溺愛する庄造は、強情で負けず嫌いの品子がリリーに腹いせをするつもりに違いないと考えており、その申し出には請け合いませんでした。

 リリーを離そうとしないのが庄造であることを分かっていた品子は、庄造が大事にしているのは、福子ではなくてリリーなのだから、自分にリリーを送ることが福子のためにもなるのだという文面をその手紙に添え、福子を挑発しました。

 福子がこの手紙を読み終えた頃、庄造は、福子がこしらえた鯵の二杯酢漬けの汁だけを吸ってやり、硬そうな骨を噛み砕いてからリリーに食べさせていました。彼は血が滲むほど爪を立てられても怒ることなく、嬉しそうに鯵のほとんどをリリーにくれてやり、自分はしみ込んでいる酢をしゃぶるだけなのでした。福子は、その二、三日前から、自分が好きでもないのにこしらえてやった鯵の二杯酢のほとんどを、庄造がリリーにやってしまうことに腹を立てていました。

 福子は、自分を挑発するような手紙を送って夫婦の関係に波風を立てようとする品子に腹を立てるともに、リリーへの嫉妬心を起こし、リリーを品子に返すように言いました。
 庄造が驚いてその理由を尋ねると、福子は、品子から手紙が来たことを伝えないまま、鯵の二杯酢のほとんどをリリーにやってしまったことを責めました。
 庄造は、膝を前につき、リリーが虐められるに違いない品子のところへやってくれるなと、嘆願しました。
 庄造の態度に不意をつかれた福子は、自分でも思いがけなく涙が出てくるのを感じ、もしリリーを品子にやらないのであれば帰らせてもらうと言って背を向けました。

 リリーが蘆屋の家にやってきたのは、十年前、庄造が二十歳の頃でした。肉屋からもらってきた生後三か月のリリーは、毛並みの立派な可愛らしい子猫で、そのお転婆でやんちゃな性質は、庄造を惹きつけました。
 それから六年間、庄造は家の二階でリリーを相手に暮らしました。五年ほど前、尼崎の八百屋にやったリリーが五、六里(一里は約3.9km)の道を帰ってくるということがあり、それ以来、庄造は、いっそうリリーを可愛がるようになりました。

 どのような職も長続きせず、荒物屋の亭主に収まった庄造は、四年前の二十六歳の時に畳屋の塚本を仲人に立てて、山蘆屋のある屋敷に奉公していた品子を嫁にもらいました。姑のおりんは、勝ち気で抜け目のない品子と始めから反りが合いませんでした。一年半ばかりは、お互いに波風立てないようにやっていましたが、そのうちにおりんは、しばしば兄のところへ泊まりに行き、帰ってこないようになりました。品子が迎えに行っても、おりんは庄造を迎えに寄越せと言って帰ろうとせず、庄造が迎えに行くと、兄やその娘の福子とともに彼を引き留め、そのうちに庄造は福子と妙な関係になってしまいました。
 菓子の製造販売をしているおりんの兄は、今津の町に小さな工場を持っており、貨家を建てて裕福な暮らしをしていました。その娘の福子は、母親が早くに死んだせいか、女学校を中退し、家出をして神戸の新聞にすっぱぬかれたこともある不良でした。そのため、叔父は福子の嫁ぎ先を探すことに苦労しており、福子の性格をよく知っているおりんに目をつけ、その息子の庄造との従兄妹同士の結婚を勧めたがったのでした。
 叔父には貸家の収入があったため、甲斐性のない庄造を心配するおりんも、その財産を当てにすることができました。
 庄造の商売が上手くいかなくなると、品子は仕立て屋を行ったり、嫁入りの時に持ってきた品を売ったりして、生活をやりくりしました。そのような品子を追い出すのは無慈悲な話でしたが、おりんは品子に難癖をつけ続け、福子と庄造を結びつけることに成功したのでした。

 おりんと共謀して品子を追い出そうとしていた頃、福子は、リリーに嫉妬する品子のことを嘲笑い、自分はリリーのことを気に入っていると思っていました。しかし、いざ自分が庄造の妻に収まってみると、いつもリリーは夫婦だけで過ごせると思っていた夕飯の時に現れ、たまに帰らないことがあると、庄造はリリーのことで頭がいっぱいになっているのが分かりました。さらにリリーは夫婦の寝室にも入ってくることがあり、福子は、いつの間にか自分が品子と同じような感情を抱くようになっていることに気づきました。

 品子からの手紙に悪感情を抱いていた福子は、その手紙の策略通りにリリーを返すのを忌々しく感じながらも、寝床に入った庄造を無理に起こし、リリーを手放す気があるのかと詰め寄りました。庄造が要領を得ない返事をしていると、福子は癇癪を起こしました。
 庄造は観念し、あと一週間だけ待ってくれれば、リリーを品子に引き渡すと約束しました。

 それから二、三日後、庄造は、リリーを品子に引き渡すのを福子に思いとどまらせるよう、一緒に暮らしている母親のおりんに頼みました。
 おりんは、我が家へ迎え入れることになった持参金付きの福子の機嫌を伺いながら生活しており、また、部屋を汚すリリーには閉口していたため、福子の肩を持ち、リリーを品子に遣ることを庄造に勧めました。

 品子や福子と比べても、長い間リリーと親密な関係を築いていた庄造は、リリーを過剰に可愛がるのを物好きや猫気狂いと言われる道理がわからず、福子やおりんに説き伏されてリリーを手放そうとしている自分にも不甲斐なさを感じました。
 子猫の時に快活で愛くるしい瞳を持っていたリリーは、お産をきっかけに物憂げで意味深いような眼差しをこちらに向けるようになり、今では老衰の兆候も見せるようになりました。子猫が産まれると、すぐによそにやるという方針をとってしまったことや、品子と別れて福子を嫁に迎えるという環境の変化を与えてしまったこともあり、その物憂げな瞳を見ていると、庄造はなおもリリーに申し訳ないような気持ちになりました。
 この先リリーは長くないのではないかと考えた庄造は、その時どれだけ自分が嘆くだろうと考えると、リリーを譲ってしまうことが、口惜しく、情けなく感じるのでした。

 塚本が品子にリリーを送る役を務めました。庄造は未練がましく、リリーの好きな鶏の水煮を持たせ、強く抱きしめました。
 福子は、庄造はがリリーの様子を気遣って品子の家に行きかねないと考え、彼に外出を感じました。
 庄造は、自分に未練がある品子の陰険さを憎みながら、その道具に使われるリリーのことをなおさら可愛らしいと思いました。

リリーを手に入れた品子

 品子が妹の初子夫婦と同居している六甲の家に、リリーが到着しました。品子は庄造と別れる前、今津の福子の家に行ってしまった庄造を待ち侘びながら、リリーと二人きりで過ごした夜が何度もありました。その時は、自分の残飯に目もくれず、寝床に容赦なく入ってくるリリーに腹を立てたこともありましたが、いまこのようにしてリリーを預かってみると、品子は、自分がこの猫に何らかの因縁があるのだろうと考え、目頭が熱くなりました。
 品子は牛乳や、鶏の肉や、花鰹をふりかけたご飯のお皿を準備していました。リリーは腹を減らしているに違いありませんでしたが、品子の準備した食べ物には目もくれませんでした。
 四年の間同じ屋根の下に住んだ仲であるにも関わらず、あまりにも無愛想なリリーの態度に、品子は腹を立てました。しかしここで逃げられては計画が水の泡になってしまうため、彼女はリリーの強情が折れるのを待つしかないと考えました。

 やがてリリーは、部屋の隅の壁にぴったりとくっついたまま動かなくなり、品子が抱き起してみても、抵抗はしない代わりに、体じゅうを硬直させ続けました。品子はこの強情な猫が、油断させておいて逃げ出す気なのではないかと考えました。
 お昼になって初子に呼ばれると、品子はリリーに逃げられないよう、紐で電燈のコードにくくりつけ、部屋から出ました。

 部屋に戻ると、リリーは縛られたまま隅の方で体を縮こめていました。品子は、リリーを撫でたり抱いたりしてみるうちに日が暮れていきました。
 夜になっても、リリーはそのままの姿勢で、食べ物にも手をつけませんでした。
 品子は自分の都合で慣れない場所に連れてこられたリリーが気の毒になり、翌朝になるとリリーを縛るのをやめました。リリーはしばらくそのままの姿勢でいましたが、三十分ほど目を逸らしているうちに、襖を開けて外へと逃げ出してしまいました。品子は雑草の中を探したりしてみましたが、リリーが見つかることはなく、かえってほっとした気持ちになりました。

 しかしリリーに逃げられてから、もともと冷え性で寝付きの悪かった品子は、それまでにも増して夜眠ることができなくなってしまいました。

 それから三日目の晩、品子は、時雨の音に入り混じるリリーの鳴き声を聞きました。窓を開けて呼びかけると、リリーは懸命に媚びるように鳴きながら部屋に入ってきて、品子の膝の上に前脚をかけ、哀愁に満ちた眼差しで、品子の顔を舐め回しました。品子はリリーのことがたまらなく可愛くなると共に、蘆屋に帰ることのできないほど老衰していることに気付きました。
 品子が寝床をこしらえると、リリーはその布団の中に入ってきて、喉をゴロゴロと鳴らし始めました。

 翌日から、リリーは品子を信頼している様子を見せ、品子の出したものはなんでも美味しそうに食べました。
 品子はもともと、仲人の塚本によって庄造のもとに嫁ぎましたが、今となっては意気地なしで怠け者の庄造と別れた方がよかったのではないかと考えていました。しかしそれでも福子が自分たちの間に割って入ったことは未だに忌々しいと感じていました。強くこられては逆らえない庄造の性質からして、自分が大して嫌われてもいないにもかかわらず、おりんのために追い出されたのは明白でした。品子は、尻の軽い、不良少女上がりの福子が、そのうちに庄造に愛想をつかして浮気をするだろうという目測を立てていました。そのために品子は、ひとまず敵に勝たせておいて、いつか蘆屋の家に戻ろうという考えで、それまでリリーを預かっておくという策を思いつき、福子の嫉妬心を煽る手紙を送り、リリーを送らせたのでした。彼女がリリーを預かるのは、庄造の気持ちをこちらに向けるためでもあり、一人女が猫と侘しく暮らしているということで、一般の同情も集められる一石二鳥のものでした。
 打算からリリーを預かったはずでしたが、彼女はそのうちにリリーに対して本物の愛情を感じるようになりました。蘆屋にいたときは、品子は庄造を取られたという嫉妬心から、リリーを可愛いと思えませんでした。しかし、夜中に布団に入ってくるリリーの温かさによって冷え性から解放され、また身銭を切ってリリーのために食物を手に入れ、苦労して用を足すための砂を手に入れるにつれ、彼女は自分の中にこのような愛情があるということを初めて知りました。元からこのような愛情を持っていれば、庄造と別れることもなかったであろうと、今更ながら悔しい思いを抱きながら、彼女は蘆屋に帰る日を夢見ました。

リリーに会いに行く庄造

 ある日、庄造は福子が出かけている隙に、玉突きに行かせて欲しいとおりんに頼みました。おりんは、出かけてよいかどうかは福子に聞いてから判断するよう庄造に伝えました。
 勝手に出かけることを否定された庄造は、腹を立てて、福子の味方をする母親に対して、自分の腰巻き(和装用の下着)を洗わずに放っておく福子のだらしなさを訴えました。おりんがその腰巻きを押し入れから引っ張り出して洗ってやろうとすると、庄造は腹を立てて外へと飛び出しました。

 当てもなく自転車を走らせていた庄造は、畳屋の塚本を見つけ、声をかけました。水害が起きてから忙しい身の塚本は、せっせと畳を作っている最中で、庄造は、リリーの様子がどうなっているのか聞くのを躊躇しました。
 彼はようやく勇気を出して話しかけ、リリーが心配でならないことを訴えました。塚本は、もう遣ってしまったものを諦めるよう、庄造を悟そうとしましたが、庄造はリリーに会いに六甲へと行く覚悟を決めました。リリーに会いに行くのは、福子が実家に帰っている今日しかありませんでした。

 彼は顔見知りの国粋堂というラジオ屋に入って金を借り、直ぐのところにある市場で鶏肉を買い、そのラジオ屋の台所を借りて鶏の水煮を作りました。そして貸してくれた古提灯を持って六甲の登山口までやってくると、品子の家目指して道を登って行きました。

 庄造は品子の家の裏口の空き地に入り込み、寒さに震えながらリリーが現れるのを待ちました。彼は、リリーを使って自分をおびきよせようとしている品子の真意をなんとなく理解しており、その罠にかかるのも癪に触るため、彼女には自分の存在を気づかれたくはありませんでした。
 しばらく待ってもリリーの声が聞こえないため、庄造は心配になって裏木戸のまで忍び、隙間に顔をあててみました。それでも彼はリリーの姿を認めることができず、仕方なく用意しておいた鶏肉を、葛の葉が茂っているところへ置いて家へと駆け戻りました。

 庄造は福子よりも早く家に帰りました。実家から帰った福子は、財布が潤い上機嫌でした。それから三、四日が経ったある日の夕方、二人は有馬に行き、紅葉と温泉を楽しむことにしました。

 翌日、髪を切るように福子から促された庄造が床屋に行っている間に、リリーのところへ行った時に借りた提灯と立て替えておいた金を、国粋堂が取り返しに来ました。国粋堂は、そのときに庄造が台所を使って鶏の水煮を作っていたことを話したため、庄造が品子の家に行ったということが、福子に知られることとなりました。
 おりんは国粋堂の古提灯に気づきながら、福子に黙っていたに違いなく、福子は、庄造がおりんとグルになってリリーのいる品子の家に行ったのだと思い込み、おりんを怒鳴りつけていました。

 床屋から帰りその騒ぎに気づいた庄造は、いつでも抜け出せるように身構え、福子が実家に帰ると言いながら店の方へ出てきた音を聞くと逃げ出しました。

 庄造は、床屋で受け取った釣り銭を使って品子の家に行き、品子が家を出るのを物陰から伺い、ひとりで台所で働いている初子に、二階にいるリリーを連れてきてくれと頼みました。
 初子は呆れた顔をしながら、庄造を家に入れ、リリーと対面させました。

 庄造は、専用の座布団の上で目を閉じているリリーを見て、濁声で呼びかけました。その声を聞いたリリーは、庄造に無愛想な一瞥をくれて、それきり何の感動も示さずに再び目を閉じてしまいました。
 庄造は、品子が帰ってくるまで、リリーと二人にさせて欲しいと頼み、初子を見張りに立たせました。
 差し向かいに座り、膝の上に乗せて首筋をなでてやると、リリーは嫌な顔もせずされるがままになっていましたが、目をつぶったままゴロゴロと言うだけでした。

 庄造は、部屋を眺め回し、リリーが食べた卵の殻に目を止め、品子が食い扶持をけずってまで、リリーを可愛がっているのを知りました。あれほど憎んでいたリリーを、品子が可愛がるようになった理由を考えた庄造には、品子を追い出し、リリーに苦労をかけ、ついには我が家の敷居を跨ぐことさえできなくなってしまった自分が、本当の宿なしではないかと思われました。

 品子が帰ってきたと言いながら初子が襖を開けると、庄造は慌てて表玄関から駆け出しました。彼は往来に飛び出た途端に品子の後影が裏口の方に曲がって行ったのを目に止め、怖いものにでも追われるように反対の方向に逃げ出しました。