レフ・トルストイ『悪魔』の詳しいあらすじ

トルストイ作『悪魔』(ロシア語:Дьявол)の詳しいあらすじを紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。

領地の経営を始めるエヴゲーニイ

 エヴゲーニイ・イルチェーニェフは立派な家庭に生まれ、ペテルブルク大学法学部を優秀な成績で卒業し、大臣の口利きである省に勤め始めていました。近頃死んだ父親は、近衛騎兵隊に勤務する兄とエヴゲーニイに六千ルーブルずつを仕送りしながら、外国やペテルブルクで暮らし、妻と共に散財の限りを尽くしていました。生前は領地の経営を支配人に任せきりにしていたため、死後、財産分けをするときになって、負債があまりにも多いことが分かり、弁護士はエヴゲーニイに相続の放棄を勧めました。しかし父と交渉のあったある地主は、事業を立て直し、主要な財源である肥沃なセミョーノフス村と、製糖工場と、二百ヘクタールの河原の牧草地の経営を行って負債を返済し、事業を立て直すことを勧めました。エヴゲーニイは、その地主の勧めに従って、退官して母と村に住み、領地経営に乗り出すことを決めました。
 エヴゲーニイは、経営に失敗した父ではなく、周囲のあらゆるひとの満足や秩序を重んじた祖父のやり方に習い、生活の安定のために多忙な日々を過ごしました。
 体力も精神力にも豊かにあり、誰にでも好かれる人間だったエヴゲーニイは、債権者からも信用され、騙されることもありませんでした。

 五月末になり、エヴゲーニイは、領地の売買で関わりのあった商人から、農業に必要なものを一新するための金を借りました。材木や肥料が運ばれ、大工たちは建設を始めましたが、エヴゲーニイは、気苦労を感じるようになりました。

ステパニーダと関係を結ぶ

 エヴゲーニイは、農奴の女を相手にしなかった父や祖父と同じように、自分の領地の女と関係を結ぶのをよくないことだと考えていました。しかしペテルブルクいた頃、他の青年と同じように、さまざまな女性と関係を持っていた彼は、田舎に着いて二ヶ月が経つと、その方面の問題をどのようにすればよいかわからなくなりました。やがて彼は、農奴という制度がなくなった今では、領地の女との関係を持つことも可能でなのではないかと考えるようになりました。

 自分から女に近づくわけには行かなかったエヴゲーニイは、誰かに仲介を頼む必要がありました。
 ある日、彼は森の番小屋で酒を飲み、父のお抱え猟師の森番のダニーラを相手に話し込みました。ダニーラは、昔狩場で行ったさまざまな乱行の話や、主人たちのために百姓女を調達してやったことを語りました。
 エヴゲーニイは、自分もその方面で参っているのだと、恥ずかしがりながら相談を始めました。ダニーラは、亭主が町に行っているペチニコワ・ステパニーダを紹介すると約束し、明日の昼ごろ野菜畑の裏の番小屋に来るようにと言いました。

 エヴゲーニイは落ち着かない気持ちで過ごし、翌日の昼に番小屋へと出かけ、森の中にいたステパニーダと会いました。ステパニーダは、清潔で器量の良い、気さくな女で、嫌な顔ひとつしませんでした。

 彼は満足し、ダニーラに一ルーブルを与えて家へと帰りました。悩みごとを取り除かれたエヴゲーニイは、思い切り仕事に取り組む事ができるようになりました。

 やがてエヴゲーニイの仕事は困難を極め、さらに父親の晩年の負債がどんどんと明らかになりました。その中にはエシーポワという未亡人に対する一万二千ルーブルが含まれていました。母のマリア・パーヴロヴナが主張するところによると、エシーポワは、父が「持ち前の善良さ」でかなりの金をあげていた、エヴゲーニイの祖父の養女であり、それらの金は負債ではないようでした。母が詳しく語りたがらないことで、エシーポワが父親と関係のあったことを知ったエヴゲーニイは、その負債を払わなければならないと判断し、彼女のところへ行って期限を伸ばしてくれないかと聞くことを決めました。
 贅沢な生活に慣れていたマリア・パーヴロヴナは、いつ事態が悪化するかわからない状況の中で息子が生活のために経費を削減しようとする意味を理解できず、一万二千ルーブルの負債が、どれほどの打撃なのかを想像することすらできませんでした。
 彼女は、息子が華やかな縁組をきめて、それがすべてを立て直してくれると確信していました。

 エヴゲーニイは、事業の立て直しのためでなく、愛情による結婚を望んでいました。
 彼はなかなか気に入った女性を見つけることができませんでした。一方でステパニーダとの関係は続いていて、彼女の何もかもが魅力的に思われました。

 大胆な女を装っていたステパニーダは、モスクワで馭者をしている夫も向こうで遊んでいるのだから自分も同じようにするのだと言い、ダニーラに関係なく会いたがりました。しかし彼女との関係が必要であったものの、心苦しくも感じていたエヴゲーニイは、ダニーラを通してしか会おうとはしませんでした。
 彼は夏までに十回ほどステパニーダと会い、そのたびに金を与えました。ステパニーダは、エヴゲーニイと関係を持ったことで村中から羨望の目で見られ、家族からの後押しも受けているようでした。
 エヴゲーニイは、その関係を健康のためなのだと考えていましたが、その一方で自分がいまわしい行為をしているという思いを捨てられませんでした。
 一時帰郷したステパニーダの夫が美男子で、自分よりもいい男であったことも、彼を苦しめました。エヴゲーニイは、夫が町に帰ってきたら関係をやめるだろうと考えながら、時折り激しい欲望に囚われ、ステパニーダとの関係を続けました。

リーザとの結婚

 秋に入ると、エヴゲーニイはしばしば町へ行くようになり、ある家族と親しくなり、女学校を出たばかりの娘リーザ・アンネンスカヤに熱をあげ、結婚を申し込みました。それほど裕福ではない、エヴゲーニイには家柄の釣り合わない娘で、マリヤ・パーヴロヴナは肩を落としました。

 それ以来、エヴゲーニイは、ステパニーダと手を切りました。

 リーザ・アンネンスカヤは、ほっそりとした娘で、美人でも不器量でもありませんでしたが、特に澄み切った瞳が、エヴゲーニイを惹きつけました。自分の母親にも優しいことも決め手の一つでした。
 リーザは惚れっぽい性格で、その冬、彼女は他の二人に恋をしていましたが、エヴゲーニイが自分に関心を持っていることを知ると、途端に彼に対して熱をあげ始めました。
 結婚を申し込まれた時、リーザは彼以外目に入らないようで、これほどの愛情に出会うことを予期していなかったエヴゲーニイは、より深い愛情を抱くようになりました。

 春が来ると、エヴゲーニイは、領地経営と、結婚のための飾り付けがされている屋敷を見るためにセミョーノフスコエ村に帰りました。
 マリヤ・パーヴロヴナは、身分違いの結婚や、リーザの母親のワルワーラ・アレクセーエヴナが気に入らなかったためにその結婚に不満でした。彼女は、既に知っていたステパニーダとの関係を断ち切るよう、エヴゲーニイにほのめかしました。エヴゲーニイは腹を立て、自分の村での問題はすべて片付いているのだと答えました。
 翌朝、エヴゲーニイは町に出かけ、赤ん坊を抱いているステパニーダとすれ違いました。彼はその赤ん坊が自分の子かもしれないと思いましたが、それ以上のことを考えようとしませんでした。

 やがてエヴゲーニイは結婚式を挙げ、リーザをつれて村に帰りました。

 結婚後、エヴゲーニイは負債を返済するのが不可能なことが分かり、妻の金を使わざるを得ない状況になりました。さらに七ヶ月が経った頃、リーザは落馬して流産し、その後の体調が戻らなくなり、彼女の母親が自宅に入り込みました。
 これらのことはすべてエヴゲーニイを苦しめました。しかし、没落した財政を立て直すという当初の目的が徐々に現実味を帯び、リーザが常に彼の望むことを察したため、彼は生活が楽になるのを感じました。

 リーザは、自身の嫉妬深い性格のためにしばしば苦しむことがありましたが、エヴゲーニイ自身よりも彼の感情を敏感に感じとり、彼の苦しみを和らげ、喜びを増長させました。領地経営に関する馴染みのないことでも、彼女はエヴゲーニイの良き話し相手になることができました。彼女は母親を愛していましたが、母の干渉がエヴゲーニイを不快にさせていることに気づくと、夫の側に立ちました。

 その年の終わり近く、再びリーザは身ごもり、エヴゲーニイは、子供の養育の方法を考え始めました。

ステパニーダとの再会

 精霊降臨祭の前日、五ヶ月を迎えたリーザは、屋敷の大掃除をしなければならないと決め、女中の手助けとして日雇いの女を二人頼みました。そのうちの一人がステパニーダでした。
 リーザがどのような女かを見ておきたかったステパニーダは、子供を乳離れさせたばかりで、現在の浮気相手である事務員に頼んで仕事を回してもらっていたのでした。

 早起きして領地の畑を周り、朝食に戻ってきたエヴゲーニイは、ステパニーダに気づきました。彼は、微笑しながら戸口から出ていくステパニーダのことを振り返って見ずにはいられませんでした。彼はリーザのことを青ざめて細いひ弱な女にしか見えなくなりました。リーザは、何かがエヴゲーニイを苦しめていることに気づき、不愉快なことがあったのかと聞きました。
 エヴゲーニイは、口ごもりながら何もないと答えました。彼は書斎に入ると、結婚以来解放されたと思っていた淫らな気持ちが表れてきたのを感じました。

 彼はその気持ちを抑えつけることに決めていましたが、そのような気持ちが心の中に湧いてきたこと自体が苦しむべきことでした。部屋を出ると、エヴゲーニイは再びステパニーダに出くわしました。彼は恥をしのんで、家畜番のワシーリイ・ニコラーエウィチに、自分は独身の頃この場所で罪を作ったので今後ステパニーダを雇わないようにと頼みました。

苦しむエヴゲーニイ

 やがてエヴゲーニイの心は落ち着きを取り戻し、それとともにリーザも夫が冷静になったことに気づきました。
 翌日の聖霊降臨祭では、百姓女たちは、色とりどりに着飾って躍りました。その中でリーザは夫を呼び、踊っている女の中で特に気に入った一人を見るよう、エヴゲーニイに言いました。それはステパニーダでした。
 エヴゲーニイはステパニーダを見ないようにしましたが、彼女が目に映るたびに、その魅力を感じざるをえませんでした。彼は部屋に戻っても、二階の窓から彼女を見つめ続けました。
 エヴゲーニイは階下に降り、ステパニーダがもう一人の女とどこかへ行くところを見ると、激しい欲情が湧き起こり、彼女の後を追い始めました。
 すると彼は家の井戸を掘ってくれた老人サモーヒンに呼び止められました。サモーヒンとしばらく話したあと、エヴゲーニイは、ステパニーダが自分の会いたがっている気持ちを理解していることを悟り、自分はいずれ自分が誘惑に負けるだろうということを予感しました。

 ステパニーダのことを考えまいとしても考えてしまう自分に気づくと、エヴゲーニイは彼女を遠ざけようと考え、ワシーリイ・リコラーエウィチを呼び、ステパニーダを家族ぐるみで他の地所へ送ることはできないかと相談しました。ワシーリイ・ニコラーエウィチは、しぶしぶステパニーダに話してみることを約束しました。

 その日、エヴゲーニイに連れられてクローバーを見にきたリーザが、庭の小さな溝で足を踏み外して倒れました。彼女は起き上がると真っ青になり、ワルワーラ・アレクセーエヴナに何やら耳打ちしました。
 エヴゲーニイは、妻を抱き上げ、寝室のベッドの上に運びました。リーザは足を挫いており、流産の可能性がありました。エヴゲーニイは、医者のニコライ・セミョーノウィチに手紙を書き、馭者を送り出しました。
 ワルワーラ・アレクセーエヴナは、妻を庭に連れ出したエヴゲーニイを非難しました。リーザはベッドの中から彼の手を取り、自分のために我慢してほしいという眼差しで彼のことを見つめました。お腹の中の子供は生きているようでした。エヴゲーニイは眠ることなく妻のそばで一夜を過ごしました。

 翌日、医者がやってきて、リーザの状況を判断することはできないと語りました。リーザは一週間安静に過ごすことになりました。
 エヴゲーニイは、ワルワーラ・アレクセーエヴナからの攻撃に耐えながら、妻に尽くしました。
 しかし領地の経営で、妻のもとから離れる時、彼はステパニーダのことを考えずにいられませんでした。ステパニーダは、わざと彼の目につくところに現れるようでした。想いを募らせたエヴゲーニイは、自分が自制心を失って狂人のようになったのを感じました。彼はそれまで以上にステパニーダと関係を持つことの汚らわしさを理解していました。しかし、彼女と出くわしただけで欲望に負けてしまうことは明らかであったにもかかわらず、彼は彼女の姿を求めて、昼間になると森へと出かけていきました。

 六月の豪雨が二日降り続き、領地にいるすべての人々が仕事にならず家に引き上げました。エヴゲーニイの変化に気づいていたリーザは、夫に不満の原因を聞きましたが、彼は何もないと苛立たしげに言うだけでした。
 エヴゲーニイは、昨日届いたクローバーの種を取る機械を見に行こうと、工場へ向かいました。すると、ショールをかぶった一人の女がやってきました。エヴゲーニイが誰だか気づかずに話しかけると、それはステパニーダでした。エヴゲーニイは自分でもどうしてよいかわからないまま、彼女を小屋へ誘いました。
 彼を従僕のミーシャが呼び止め、リーザが呼んでいると言いました。エヴゲーニイは救われた気持ちで、妻の元に薬を届けるよう頼みました。

 しかしその後、彼は迷った挙句、小屋へと行きました。
 ステパニーダは小屋にいませんでした。エヴゲーニイは、自分にも彼女にも相手がいるのだと考え直しながらも、彼女と過ごすことができればどれだけ幸せだっただろうかと考えました。
 ステパニーダが来たのかどうかを確かめようと考えたエヴゲーニイは、小屋までに設けられた小道に彼女の足跡がついているのを見つけ、夜更けに彼女のところへ忍んでいこうと考えました。

クリミヤへの旅行

 しかし、お産のためにモスクワへ行こうとしていることを夫が不満に感じているのだと思い込んだリーザが、自宅にとどまることを宣言すると、エヴゲーニイはその申し出に感動し、ステパニーダに対する欲望を捨て去らなければならないと考えました。
 エヴゲーニイの家に滞在していた叔父は、エヴゲーニイがリーザを苦しめていることを知っており、二人に旅行を勧めました。エヴゲーニイは、我が身を罰したいと考え、自分が以前関係を持っていたステパニーダを忘れられず、今リーザを裏切ろうとしていることを叔父に白状しました。叔父は、一緒にクリミアに行こうと、エヴゲーニイを誘いました。

 その一週間後、エヴゲーニイとリーザは旅行することを決めました。

 彼はステパニーダに会うこともなく、落ち着いた日々を過ごし、クリミアへと出発しました。そこでの二カ月、エヴゲーニイは快適に過ごし、八月になると、リーザは女の子を産みました。
 エヴゲーニイは、子供を産んだリーザをより深く愛すようになり、以前のステパニーダへの恐怖から解放されて、我が家へと帰りました。

エヴゲーニイの破滅

 エヴゲーニイは、前貴族会長ドゥームチンと親交を結び、十月の臨時会議で選出されることになっている県会に対する興味が生まれました。
 やがて彼は領地経営でも成功を収め、工場や甜菜の収穫で莫大の利益が生まれる見込みを得ることができました。選挙で県会議員に選出されると、彼は民衆に直接奉仕することができるようになると喜びました。

 町からの帰路、エヴゲーニイは、ペチニコフと歩いているステパニーダを見かけました。喜ばしいことに、ステパニーダの姿は、彼の心を打ちませんでした。

 しかし翌朝、領地を見回り、藁を運んでいるステパニーダの黒い瞳と赤いプラトークが目に入ると、エヴゲーニイの中に何かが生じました。さらにその翌日、彼は再び農場に出て、ステパニーダの姿を探し求めていることに気づいた時、自分が破滅したことを感じました。

 その翌日の夕方、エヴゲーニイは、自分でもわからないまま、かつてステパニーダと逢引きをした干し草小屋の前にやってきました。彼はステパニーダの姿を認めたものの、他の農民に出会ったため、家に戻りました。

 ステパニーダに虜にされたエヴゲーニイは、リーザとの結婚が欺瞞であったことを悟りました。彼はリーザとの生活を続けるためにステパニーダを追い払うか、夫からステパニーダを奪い、リーザと子供を捨てるかの選択に迫られました。彼はステパニーダが悪魔であると考えながら、妻が彼女のどちらかを殺さなければならないと考えるようになり、そのどちらかの解決法を逡巡しているうちに、やがて自分を殺すという考えに思い至りました。
 ピストルのしまってある戸棚を開けると、そこへリーザが入ってきました。エヴゲーニイは、ピストルを新聞紙にかぶせました。彼は何に苦しんでいるのかと聞かれても、心のうちを明かすことはありませんでした。やがて乳母に呼ばれたリーザは、赤ん坊の身支度をさせるために出て行きました。

 一人になったエヴゲーニイは、ピストルをこめかみに当てて引き金を引きました。

 審理では、誰も彼の自殺の解明をすることができませんでした。ワルワーラ・アレクセーエヴナはこの事態を予想していたと主張しましたが、リーザとマリヤ・パーヴロヴナは、彼が精神異常だったという医師の説は信じませんでした。