アベ・プレヴォ『マノン・レスコー』の詳しいあらすじ

アントワーヌ・フランソワ・プレヴォ・デグジル(アベ・プレヴォ)作『マノン・レスコー』または『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語』の詳しいあらすじを紹介するページです。


マノン・レスコー (岩波文庫)

※ネタバレ内容を含みます。

※もっと簡単なあらすじはこちら(『マノン・レスコー』トップ)

※『マノン・レスコー』の詳しい登場人物紹介はこちら

第一部

 娘のため、母方の祖母から権利をもらったある土地の相続に関する用事を済ませた帰り、「私」はパシーに立ち寄りました。その町にある宿屋に人々が押し寄せていて、それに興味を覚えた「私」は中に入りました。
 宿屋の中には、胴のところを鎖で繋がれた娼婦たちがおり、彼女たちはアメリカへ売られていくことになっているようでした。その中に、一人の非常に姿形の美しい女がいました。その女はオピタルと呼ばれる、悪い生活を送っている女を監禁しているところから、警視総督の命令によって連れてこられたようでした。その女の傍には、パリから泣き通しでついてきた男が座っていました。私が見たところ、その男は家柄もよく教養もあるようでした。私がその女がそれほどまで悪い行いをしたとは思えず、ここに連れてこられた理由を男に聞きました。
 その男は女のことを深く愛しているようで、彼女を自由にするためにパリであらゆる手段を尽くしましたが、それも叶わず、共にアメリカへ渡るつもりでいました。彼は、彼女を連行している兵卒を襲撃しようとして雇った男に金を持ち逃げされたため、兵卒たちに残った金を渡し、せめて彼女と共にいくことを許して欲しいと頼んだようでした。兵卒たちは、彼が彼女に話しかけようとするたびに金銭を要求し、金が尽きると女に話しかけようとするたびに銃で威嚇するようになりました。
 その話を聞いた私は、兵卒たちに気づかれないよう、男に金貨を与え、さらに兵卒たちにも金を渡して、男が女に話しかける許可を取りつけてやりました。

 その後、私は二年を隠遁して過ごし、彼らのことは忘れていました。
 ある日私は、ロンドンからカレーに到着し、宿を取りました。街を歩いていると、私はパシーで会ったあの青年に会いました。彼はアメリカから帰ってきたばかりで、みすぼらしい身なりで、顔色もひどく青ざめていました。私は彼に好意を感じ、不自由のないようにしてやり、身の上話をせがみました。
 彼は私に隠し立てをすることなく全てを語りました。私は、彼の物語を、忠実にしたためることを決意しました。

 十七歳であったその青年・シュヴァリエ・デ・グリューは、名家の出身で、アミアン(フランス北部の都市)留学中に、学校の模範に推挙されるほど優秀な成績で哲学の課題を終了しました。彼は生まれながらに物静かで、学問を好み、悪徳に対して憎しみを抱く性格でした。

 休暇が来て、デ・グリューは、帰省する準備をしていました。彼はアミアンを去り、両親によってアカデミー(貴族教育を行う学校)に入る予定でした。
 アミアンを去るとき、デ・グリューは三歳年上の親友チベルジュと別れました。チベルジュには財産がなかったため、アミアンに留まり、僧侶になるための勉強をしなければなりませんでした。
 アミアンを去る前夜、デ・グリューはチベルジュと散歩し、アラス(フランス北部の都市)から来た駅馬車を見つけ、好奇心からその後をつけました。馬車は宿屋で止まりした。デ・グリューは、中にいた若い女の姿を見るや、一挙にのぼせ上がりました。
 デ・グリューは、その女に挨拶をしました。彼女は享楽的な性格を矯正するために、両親によって修道院に送られようとしてこの街にやってきたようでした。デ・グリューは、自分でも驚くような大胆さで、自分の愛情をもし信じてくれるなら、彼女を両親の暴圧から救い出して幸福にして見せると断言しました。
 すると彼女は、デ・グリューが自分の従兄弟だと監督者に嘘をつき、今日は共に夕食をとりたいので、修道院に入るのは明日に伸ばしたいと頼みました。女は自由の身となり、デ・グリューは、知り合いの宿屋に、その女を案内しました。

 女はマノン・レスコーという名でした。マノンは、デ・グリューのような身分の高い愛人を手に入れて得意になりました。二人は監督者を欺き、夜に再び待ち合わせ、遁走してパリに行くことを話し合いました。
 宿屋まで黙ってついてきていたチベルジュは、デ・グリューがマノンと恋に落ち、よからぬ計画を立てていることを見破りました。デ・グリューは自分のマノンに対する情熱についてチベルジュに打ち明けましたが、チベルジュは、二人の駆け落ちの計画に反対し、それをやめさせるために誰かにその計画を話すつもりだと言いました。デ・グリューはチベルジュを欺いて、その翌日にマノンを紹介すると約束し、夜通しかけて用事を片付け、明け方、宿屋で待っていたマノンを連れ、街を遠ざかりました。

 二人は馬車を走らせてパリに行き、部屋を借りました。三週間の間、デ・グリューは情熱に身を任せて過ごし、生活が落ち着いてくると、父との和解を希望するようになりました。
 しかしそれを打ち明けると、マノンは万一父親に許されなかった場合に、お互いを失うかもしれないと言ってそれを拒否し、田舎にいる親戚に手紙を書いて、金の出所を見つけるつもりだと言いました。

 まもなくデ・グリューは、食卓に並ぶ料理が豪華になり、マノンが高価なものを身につけていることに気づくようになりました。そのことに関して、マノンは心配しないでほしいと言いました。
 ある日、デ・グリューは帰りが遅くなると言って外出し、帰ってくると、外で二、三分待たされました。召使いの少女に問いただすと、マノンは、部屋の向こう側の出口から隣人の司税官B‥氏が出ていくまで、部屋を開けてはならないと命じたようでした。
 デ・グリューは狼狽と落胆の気持ちを抱えながら、カフェに飛び込み、マノンの親戚がB‥氏に金を渡すよう頼んだのだろうと考えて自分を納得させ、家へと帰りました。
 食卓に着くと、マノンは悲しみの色でデ・グリューを見つめ、涙を流し始めました。デ・グリューはその涙の理由を訊こうと来ましたが、マノンは何も語らず、デ・グリューに接吻を与えて姿を隠しました。すると父親の命令で訪れた従僕三人が部屋のドアを叩き、デ・グリューを捕らえ、下で待っている兄の馬車に乗せました。馬車はサン・ドニ(パリ北東部の町)まで走りました。
 デ・グリューは誰が自分を裏切ったのかわかりませんでした。彼は実家へと連れ戻され、父から二、三の叱責を受けた後、B‥氏が父親に手紙を書き、自分たちの居所が知られてしまったことを知りました。B‥氏は、マノンと深い仲になり、二人は結託して父親に手紙を書いたようでした。
 この話を聞いたデ・グリューは、気を失って倒れ、目を覚ますとB‥氏を刺し殺すために自分をパリ行くことを許してほしいと父に懇願しました。父はデ・グリューを監禁しました。

 デ・グリューは激しい苦痛を感じながら、そこで六ヶ月を過ごしました。
 ある日チベルジュがデ・グリューを訪れました。チベルジュは、デ・グリューがマノンと駆け落ちをした後、馬を駆って追跡し、六週間にわたってパリを探したようでした。その後チベルジュは、B‥氏に囲われて立派な身なりをしているマノンを見つけました。しかしチベルジュがデ・グリューの話題を出すと、マノンは席を外してしまったようでした。彼はデ・グリューを深く哀れんで固く抱きしめ、賢明な人生を送るよう助言を与えました。
 そのうちにデ・グリューは、チベルジュに説き伏され、僧になりたいという思いを抱くようになり、神学校に入りました。そこで彼はアベ・デ・グリューという僧名となり、勉強に没頭しました。チベルジュはその様子を見て、涙を流して喜びました。

 一年近くをパリの神学校で過ごし、マノンへの恋から解放されたと思い込んでいたデ・グリューは、公試を受けることとなりました。その勤行にパリの名士たちに出席をお願いしたため、デ・グリューの名はパリ中に広まりました。その話はマノンにも伝わり、彼女はデ・グリューのソルボンヌでの勤行に参詣しにやってきました。
 十八歳になったマノンは、以前よりも美しく蠱惑的になっていました。彼女は、金を引き出すためだけに誘惑に乗ったB‥氏と過ごしていても楽しい時はなかったと語り、涙を流しながらデ・グリューを激しく愛撫し、今後の誠実を誓いました。デ・グリューは一瞬にして再びマノンの虜になり、彼女に言われるがまま神学校を出て、逃亡しました。マノンはB‥氏に囲われていた時に得た金によって富んでおり、六万フランの財産がありました。
 デ・グリューはパリを出ようと提案しましたが、マノンがパリに心残りを感じていたため、二人はパリからそう遠くないシャイヨーに家を借りることにしました。

 デ・グリューは、質素に生活しようと決心しましたが、一月と立たない間に、マノンの出費は増え、デ・グリューもまたそのような生活に染まって行きました。やがて、マノンはパリに家を借りたいと言い出し、二人はシャイヨーとパリに二つの住居を持つことになりました。
 近衛兵のマノンの兄レスコー氏が、身を持ち崩したと噂されていたマノンを見つけ、酷い言葉をかけて去って行きました。しかしデ・グリューの身分のことを知ると再びやってきて、マノンに謝罪し、一緒に暮らしたいと申し出ました。デ・グリューが仕方なくその要求を受け入れると、レスコー氏はデ・グリューのものを自分のもののように扱い、友人を呼んで饗宴を始め、支払いを押し付けてきました。デ・グリューは、マノンに嫌な顔をさせないため、レスコー氏の行為に目をつぶりました。

 ある日、デ・グリューとマノンがパリの家にやってくると、女中がやってきて、シャイヨーの家が出火し、家の中にあった金庫は野次馬によって持ち去られたことを伝えました。デ・グリューは、金を失ったことでマノンを失うだろうという思いに囚われました。
 デ・グリューはしばらく会っていなかったチベルジュに、神学校を辞めてからの経緯を嘘偽りなく語り、助けを求めました。チベルジュは、久々に現れたデ・グリューを泣きながら抱きしめました。彼は、金銭を渡すことがデ・グリューを堕落に導くことを知っていたため、躊躇していましたが、デ・グリューの住居を教えることを条件に、金を準備しました。快楽や遊戯だけに没頭するマノンは、デ・グリューの金の出所は気にしない様子で、容易に満足しました。
 デ・グリューは、自分の出費を減らすために切り詰めた生活を送り、うわべだけはまだ金が残っているふりをして、マノンを自分につなぎ止めようとしましたが、馬車と馭者を雇うだけの金だけはどうしても必要でした。
 デ・グリューはレスコー氏に相談して、賭博師の仲間に入れてもらいました。熟練したいかさまの技を習ったデ・グリューの腕は見る見る上がり、多数の紳士をさりげなく騙すことに成功し、シャイヨーの火事で生じた損失をマノンに打ち明けても心配ないほどの金を得ました。
 チベルジュはその間も、デ・グリューを訪れ、訓戒を垂れていきましたが、デ・グリューが金を返さないばかりか、ますます激しく快楽に溺れていくのを見て激昂し、去って行きました。

 ある日、デ・グリューとマノンが夜遅く帰ると、召使いたちがおらず、金と着物が全て盗まれていることがわかりました。デ・グリューの召使いとマノンの小間使いが恋仲になり、自分たちの主人に眼をつけたようでした。デ・グリューは平静を装いましたが、マノンはデ・グリューが衝撃を受けていることを察し、自分たちが落ちぶれてしまったことを悟りました。
 デ・グリューはレスコー氏に相談し、警視総監とパリ大判官のところへ飛び込みましたが、それらは何の役割も果たしませんでした。レスコー氏は、デ・グリューの留守の間に、年老いた好色家のG‥M‥氏のことをマノンに話し、その男に身を任せると非常に利益になることを説きました。
 するとマノンは、生活を立て直すために貞節を捨てるという内容の手紙を残し、デ・グリューの元を去って行きました。

 その手紙を読んだデ・グリューは憤慨し、剣を手にかけながらながらマノンをどうしたのかレスコー氏に聞きました。レスコー氏は、G‥M‥氏に対して、マノンに養育している弟がいると嘘をつき、その弟の世話ができるくらいの援助を求めたようでした。G‥M‥氏は、マノンと弟のために手頃な家を借りることを約束しました。レスコー氏は、マノンの弟のふりをしてその家に住み込むようにデ・グリューに勧めました。
 デ・グリューは良心の苛責を覚えながらも、レスコー氏の計略に乗ることを決め、僧侶になるつもりで毎日学校に通っている田舎者の弟のふりをして、G‥M‥氏が用意したマノンの家を訪れました。
 デ・グリューはマノンと会うことはできましたが、その喜びは自分が犯した罪のためにかき消されました。マノンは、贈り物を受け取るまでは体を任せないとG‥M‥氏に伝えているらしく、そのことはデ・グリューを喜ばせました。
 弟のふりをしているデ・グリューは、レスコー氏と共にマノンとG‥M‥氏との食事に同席しました。マノンはその食事で贈り物と年金の半分を受け取り、G‥M‥氏の家に招かれるところを逃げ出してデ・グリューのところへやってくることになっていました。
 G‥M‥氏はマノンにさまざまな宝飾を与え、年金の半分である二千四百フランをマノンに差し出しました。デ・グリューは、ひどい身なりでG‥M‥氏に紹介され、慇懃な態度で挨拶をしました。G‥M‥氏は、デ・グリューを気に入りました。
 しばらくすると、デ・グリューとレスコー氏は辞退し、マノンは、G‥M‥氏の部屋に入る前に用事を口実にして引き返し、デ・グリューと合流して街を遠ざかりました。
 G‥M‥氏は騙されたことに気づき、二人の行方を追いました。二人は警官によって捕らえられ、デ・グリューはサン・ラザールの感化院に入って労役につき、マノンはオピタルに入れられました。

 デ・グリューはマノンの連れられた先も知らず、家の名を汚してしまったという恥辱の念に囚われました。感化院の院長は、デ・グリューの悲しむ様を見て同情を示し、さまざまな訓戒を与えました。
 デ・グリューは、院長を満足させて刑期を縮めるるため、大人しくそれらの忠告を聞き入れるように振る舞いました。院長は、デ・グリューの改心している様子を見て、G‥M‥氏にこれを伝えました。G‥M‥氏は、それを聞いて大変喜び、デ・グリューに会うためにサン・ラザールにやってきました。
 マノンがオピタルに入れられたことを聞かされると、デ・グリューは絶望してG‥M‥氏に飛びかかりました。G‥M‥氏は、デ・グリューをより厳しい方法によって罰するよう院長に指図しました。
 デ・グリューは院長に向かって、自分とマノンがこれまでに辿ってきた経緯を説明し、G‥M‥氏がただ復讐のためだけに、マノンを恥ずかしい人間として不名誉なオピタルに閉じ込めたことを訴えました。デ・グリューをただの放蕩者だと思っていた院長は、G‥M‥氏が復讐するための行動を起こす前に警視総監のところへ行って、デ・グリュー釈放のための話をしてくれることを約束しました。
 G‥M‥氏は、院長より早く警視総監のところへ行き、より厳しい罰を与えるための命令を出そうとしていました。警視総監は、院長からことの真実を聞いて、デ・グリューに同情しましたが、G‥M‥氏を満足させるため、半年ばかりデ・グリューをサン・ラザールに閉じ込めておくようにと命じました。
 半年間サン・ラザールに閉じ込められることなどできないと思ったデ・グリューは、友人チベルジュが時々自分を訪問することを許してほしいと頼みました。チベルジュが自分のもとに馳せつけると、デ・グリューは恋の悦びという魔力から逃れるにはどうしたらよいかと聞いて哀れみの情を誘い、ある紳士に宛てた手紙を渡してほしいと頼みました。チベルジュはそれを快く引き受けました。その手紙の中には、レスコー氏宛の手紙が同封されており、デ・グリューはそのレスコー氏宛の手紙の中で、遁走の助けをお願いしていたのでした。
 手紙に書かれていた指示通り、デ・グリューの兄という名義でレスコー氏が会いに来ると、デ・グリューは短銃を持ってきて欲しいと頼みました。
 レスコー氏が短銃を調達すると、デ・グリューは皆が寝静まった後で院長を脅して鍵を開けさせようとしました。すると一人の小使いが顔を出し、院長の命令に従って飛びかかってきました。デ・グリューは小使いに銃弾を撃ち込み、院長に戸を開けさせ、友人と一緒に待っていたレスコー氏と落ち合いました。

 感化院を抜け出したデ・グリューは、マノンを救い出すことについてレスコー氏たちと相談を始め、次の日の夜にオピタルへ向かいました。
 デ・グリューとレスコーは、オピタルの秩序についての称賛すべき評判を聞いてやってきた外国人のふりをして門番に向かって話しかけ、管理人に息子があることを嗅ぎつけました。
 デ・グリューはその管理人の息子のT‥氏が、裕福であるために何か快楽に関する趣味を持っているのではないかと想像し、その息子の同情を引いてマノンを自由の身にしようと考えました。
 デ・グリューは管理人の息子のT‥氏を訪問し、自分たちのこれまでの経緯を包み隠さず話しました。その話を聞いたT‥氏は、デ・グリューに友情を感じて深く同情し、金を貸そうと申し出てくれました。デ・グリューは金を受け取るのを断り、マノンに会わせてくれることだけをお願いしました。
 翌日、T‥氏は、デ・グリューを連れてオピタルに入りました。三ヶ月ぶりに再会したデ・グリューとマノンは固く抱き合いました。涙を流す二人の様子を見て感動したT‥氏は、二人を再び引き合わせることを約束しました。
 帰りがけにデ・グリューが、マノンの付添人マルセルに心付けをすると、マルセルは、もし自分を雇ってくれるのであれば、マノンを逃してくれることに協力すると密かに申し出ました。T‥氏は、この計画を危険だと忠告しました。しかしデ・グリューは、T‥氏を説き伏せ、この計画に協力してもらうこととなりました。
 翌日、T‥氏は、男ものの胴衣を二枚重ねてオピタルに入り、マノンにそのうちの一枚を着せました。夜になり、マルセルはマノンを門の外に連れ出し、馬車を用意していたデ・グリューはマノンを出迎え、馭者にルイ金貨を渡すと約束し、レスコー氏の家に行き着きました。
 レスコー氏の家に着くと、ルイ金貨を持っていなかったデ・グリューは、相談を始めました。するとレスコー氏はステッキで脅したので、馭者は逃げていきました。
 デ・グリューは馭者に密告されると思い、レスコー氏の家を飛び出しました。馭者は顔を隠しながら再びやってきて、デ・グリューたちについてきたレスコー氏を見つけると、短銃を撃ちました。
 デ・グリューとマノンは、レスコー氏の死骸を残したまま逃げ出し、全財産をはたいて馬車に乗り込み、シャイヨーへと向かいました。
 二人は以前宿泊していたシャイヨーの宿に入り、デ・グリューはその翌日、必要な金を集めるためにパリへと向かい、チベルジュとT‥氏を頼ることにしました。
 チベルジュは、サン・ラザールをデ・グリューが脱出したことを知っていましたが、マノンが自由になったことをまだ知らず、快く金を貸してくれました。サン・ラザールの院長は寛大にも、デ・グリューの脱出を警視総監に隠しており、彼が門番を打ち殺したことも外部に漏れないようにしてくれているようでした。チベルジュは父と和解するようにという忠告を残したため、デ・グリューはその忠告に従い、父に従順な調子の手紙を書きました。
 それからデ・グリューはT‥氏のもとへ向かいました。マノンの奪還に力を貸した後、何食わぬ顔でオピタルに行ったT‥氏によると、オピタルの人々は、マノンがマルセルと逃げたと思っているようでした。またレスコー氏は死の直前に賭博で諍いを起こしており、レスコー氏の家の亭主は、その賭博相手がレスコー氏を殺したと思っているようでした。その話を聞いたデ・グリューは安心しました。T‥氏は、デ・グリューに付き添い、マノンの服の代金を快く支払いました。

第二部

 チベルジュに無心した金を持ってマノンのもとに帰ったデ・グリューは得意になり、最初の数週間はその境遇を享受し、その後は警察から隠れて賭博を行うようになりました。彼は、二十歳になると要求する権利を得る母の財産のことを考え、それを静かに待ちながら生活しようと思っていました。
 T‥氏との友情は深まり、二人はいつも一緒に過ごしました。マノンは、隣近所の若い婦人たちと友達になり、ブーローニュの森へ散歩に出かけるようになりました。
 ある日、下僕が、ある外国の貴族がマノンに夢中になっていることを告げました。その貴族は欠かさずブーローニュの森に来て、マノンと近づきになる機会を窺っているようでした。デ・グリューは、その下僕に、ブーローニュの森で今後起きることを残らず報告するように命じました。
 やがてその貴族は、下僕に金貨を握らせ、マノンに手紙を渡すように頼み、マノンはその貴族に返事の手紙を書いたようでした。
 ある日マノンは、デ・グリューの身なりを念入りに整えさせました。するとそこへ、マノンが知り合った外国の貴族がやってきました。デ・グリューは逆上しましたが、マノンは必死でデ・グリューをなだめ、その外国人の前へと連れていきました。その外国人は、身なりの素晴らしく立派な、しかし非常に不器量な男でした。
 マノンは、その外国人に向かって、自分の愛する人としてデ・グリューを紹介し、その外国人を帰しました。このマノンの悪ふざけにより、デ・グリューは恋の陶酔に浸ることとなりました。

 ある日、デ・グリューとマノンがT‥氏と一緒に晩餐をとっているとき、不意に老G‥M‥氏の息子を名乗る人物が家にやってきました。デ・グリューは、その父親への憎しみを思い出し、復讐をしなければならないと言いました。
 その息子(以下G‥M‥)と知り合いで仲の良かったT‥氏は、デ・グリューをなだめ、G‥M‥を家に入れました。G‥M‥は、デ・グリューに父親の乱暴を真面目に詫びました。デ・グリューは、このG‥M‥がマノンに惹かれていることに気づきましたが、マノンのことを信じ易くなっていたため、嫉妬の念を起こすことはなく、むしろ誰もが心惹かれるマノンを誇りに思うばかりでした。

 数日後、T‥氏は、G‥M‥がマノンに惹かれており、一万フランの年金で誘惑しようとしているらしいことをデ・グリューに打明けました。
 この話を聞いたデ・グリューは、G‥M‥が来ることを、敢えて事前にマノンに伝え、自分たちを感化院に放り込んだ男の息子の愛情を、上手くあしらうようにと言いました。マノンは、老G‥M‥氏に復讐するため、その息子を欺く計画を立て始めました。その計画は危険だと思われましたが、デ・グリューは、マノンの考えを変えることはできませんでした。
 G‥M‥がT‥氏とともにやってくると、デ・グリューは敢えて席を外し、G‥M‥がマノンに対して思いを打ち明ける機会を作りました。G‥M‥が帰ると、マノンは、四万フランの年収と、馬車、家具付きの邸宅、小間使い、下男、料理人で誘惑されたことを伝えたうえで、自分の心が永久にデ・グリューのものであると約束しました。

 翌日、G‥M‥はマノンに手紙をよこしました。その手紙には、まず初めに渡す一万フランを用意してあるので、二日後、新しく出来上がった家で待っているという内容が書かれていました。
 マノンとデ・グリューはパリの反対側にある村に身を隠すための新しい部屋を借りました。そして指定日にマノンは朝早くパリへ出かけ、G‥M‥からの贈り物を受け取った後で、コメディへと連れて行ってもらい、夕闇に紛れて席を外し、デ・グリューと落ち合う計画を立てました。
 マノンはマルセルとともに出かけて行きました。
 デ・グリューはマノンに遅れてパリへ行き、カフェで時間を潰し、コメディの門口で待ちました。しかしマノンはそこに現れませんでした。すると彼はある馭者に話しかけられ、一時間前から一人の美しい令嬢が馬車の中で自分を待ち構えているということを知りました。デ・グリューはマノンがそこにいると思って近づきましたが、それは全く知らない少女でした。その美しい少女は、マノンからデ・グリューに宛てた手紙を預かっていました。
 その手紙によると、G‥M‥が、今夜マノンをコメディへ行かせることを許さないため、マノンがデ・グリューと落ち合うことはできなくなったようでした。
 マノンは手紙の中では、贈り物で一杯にされた時もデ・グリューのことを忘れたことはないと書いていました。そしてせめてもの慰めとして、G‥M‥が以前から知っている、パリで最も麗しい女性の一人を、デ・グリューのために用意したのでした。
 デ・グリューはその手紙に憤慨し、二人のことを刺し殺すと伝えるようにと言って、その美しい少女をマノンとG‥M‥の元へ帰そうとしましたが、しかしすぐに冷静になり、再びマノンに会い、情に訴えようと考え始めました。彼は美しい少女をG‥M‥氏の元に帰さないように、多くの報酬を与えて宿に行かせました。そして大急ぎでT‥氏のところへ行き、彼にG‥M‥を呼び出してもらうようお願いしました。
 T‥氏はデ・グリューに協力することを約束しました。G‥M‥が家を出るのを見届けると、デ・グリューはその家に入りこみ、中にいたマルセルの協力を得てマノンの部屋へと上がりました。
 デ・グリューは近づいてくるマノンを払い退け、苦痛で張り裂けんばかりの胸の内を明かしました。デ・グリューの心の傷に気づいたマノンは涙を流し、神に自分を罰するよう頼み始めました。デ・グリューはそれが欺瞞であると見ぬいて激昂しましたが、その直後、マノンのもとに駆け寄って許しを乞いました。
 マノンは、G‥M‥の家で目も眩むような宝石と、新しく雇い入れた召使いに迎えられましたが、それでもその財産により、デ・グリューと楽に暮らしていく事しか考えておらず、綺麗な少女を送ったのも、G‥M‥を試すために、彼の計画に乗っただけのことだと主張しました。
 マノンは、デ・グリューとG‥M‥が鉢合わせすることを心配し始めたため、デ・グリューは、彼女がG‥M‥に身体を任せるつもりであることを悟りました。デ・グリューは一刻も早くこの場所から出ていくことを主張しましたが、マノンは当初の計画通りに金を得た後でしか出ていこうとはしませんでした。
 そこへT‥氏からの手紙が届きました。その手紙によるとG‥M‥は金をとりに家に帰ったので、その途中で彼を翌朝まで捕まえておく三、四人の男を見つけることができれば、デ・グリューはその場でG‥M‥が用意した夕食をとって一晩マノンを占有し、復讐を果たすことができるだろうというものでした。
 この計画に対し、マノンは大真面目で実行を決意しました。デ・グリューは、その計画を恐れながらも、以前のレスコーの仲間であった二、三人の近衛兵を雇い、G‥M‥を食い止めるよう依頼しました。その兵卒たちは、家に戻ってきたG‥M‥に短銃を当てて脅し、連れ去って行きました。
 デ・グリューはマノンのいる家に戻り、今晩帰れなくなった言い訳を伝えるようG‥M‥に依頼されて来たと言って召使いたちを騙し、晩餐を給仕させました。
 しかし、G‥M‥が捕らえられた時、従卒が逃げ出し、父親の老G‥M‥氏に事情を知らせに行っていました。事情を知った老G‥M‥氏は、警視総督の元へ駆けつけ、警察を従えて、何か手がかりをつかもうとマノンの家へと来てしまいました。
 その頃デ・グリューは床につこうとしており、家に入ってきた老G‥M‥氏を見て剣を取りましたが、間に合わず、警察に取り押さえられました。
 デ・グリューは、怒りのあまり、老G‥M‥氏に、息子の居場所を知っているという失言をしました。老G‥M‥氏は、マルセルを脅して尋問し、マノンが自分の息子を欺き、一万フランを既に手に入れたことを知りました。
 逆上した老G‥M‥氏は、デ・グリューをシャトレーの刑務所に入れると言いました。デ・グリューは屈服するしかないことを悟り、許してほしいと懇願しましたが、老G‥M‥氏はそれに取り合わず、デ・グリューを捕らえさせました。
 刑務所へ向かう間、デ・グリューはマノンを助け出すことを約束しました。刑務所に入ると、デ・グリューは、門衛に金を渡して清楚な家具付きの部屋に案内され、マノンも同じような待遇を受けることを約束させました。

 牢屋に入ったデ・グリューを、八日前に書いた手紙を読んでパリにやってきた父親が訪れました。父は、デ・グリューの放蕩を責めました。デ・グリューは全てが恋のために起こったことであり、自分を少しばかり憐んでほしいと、涙を流して懇願しました。
 父親は、デ・グリューの話ぶりに心を動かされ、デ・グリューにこれまでの経緯を語らせました。デ・グリューは、ありのままではあるものの、これまで行った悪事を最小限に見せられるよう工夫しながら、これまでの経緯を語り、G‥M‥の親子に会い、自分をシャトレーから出す手筈を整えて欲しいと頼みました。
 父は老G‥M‥氏を説き伏せ、警視総監のところへ行ってデ・グリューをシャトレーから放免することを要求しました。しかし、二人はそれと同時に、危険視しているマノンを一生幽閉するか、アメリカへ護送するということも要求してしまいました。その結果、警視総監は、マノンをミシシッピ行きの船に乗せることを約束しました。
 それを知らなかったデ・グリューは釈放され、まだ収監されているマノンに会おうとして、父の目を逃れて再びシャトレーへ行き、マノンがアメリカへ護送されることをようやく知りました。彼は衝撃のあまり一度気絶し、目を覚ますと、再びマノンの救出と、復讐を実現するために自分を使役することを誓いました。
 デ・グリューはまず金を得るため、サン・スュルピスの神学校へチベルジュに会いに行き、彼が自分の事件を知らないことをいいことに、金を借りました。
 T‥氏に対しては、デ・グリューは何も隠さず心の苦しみを語りました。T‥氏は、二、三日後にマノンが誤送されることをデ・グリューに知らせ、金を貸してくれました。
 T‥氏は、父親かG‥M‥氏の気を変えさせて、警視総監の判決を取り消してもらうよう勧めました。デ・グリューは、父を呼び出し、その情けにすがりつき、マノンの釈放に協力してくれるよう頼みました。しかし父は断固としてデ・グリューに協力しようとはしませんでした。デ・グリューは父と決別しました。
 G‥M‥に同じことを頼みに行っていたT‥氏も上手くはいかなかったようでした。

 デ・グリューは、マノンの護送中に腕力に訴えることを決意しました。そしてG‥M‥を捕らえる時に協力してくれた近衛兵のところへ協力を求めに行きました。デ・グリューはその近衛兵に金を払って三人の兵卒を集めてもらい、馬と短銃を用意しました。
 決行の日になると、デ・グリューは仲間の一人を使ってマノンが護送される時刻と場所を調べ上げ、そのルートにある町外れに集合し、六人の看守によって移送される馬車を見つけました。
 デ・グリュー達はその馬車に襲撃を仕掛けましたが、護送の兵卒たちが短銃と小銃を構えて戦いに応じると、見方の兵卒は尻込みして逃げ出してしまいました。デ・グリューは護送の兵卒たちに服従し、マノンについてアメリカに渡ることに決めました。護送の兵卒たちは、デ・グリューが自分についてくることを許す代わりに、彼がマノンと話すたびに金を要求しました。
 マノンは馬車の中で胴を鎖に繋がれ、藁の上に腰を下ろし、見るも哀れな格好で涙を流していました。彼女はほとんど口を開くこともできませんでしたが、最後のお別れに来てくれたことへの感謝を示しました。デ・グリューは、どのようなことがあっても離れないと伝えると、マノンは感動の涙に泣き崩れました。デ・グリューは限りない幸福を覚えました。
 デ・グリューは唯一の心配事である金の問題を解決するため、チベルジュに手紙を書きました。
 とうとうデ・グリューの金がつき、兵卒たちは傲慢な待遇を二人に向けるようになりました。しかしパシーで「私」がマノンに目をかけたため、兵卒たちはデ・グリューたちを丁重に扱うようになりました。

 港町のアーヴルに着きましたが、チベルジュからの返事はまだ来ていませんでした。マノンは死のうと言いましたが、デ・グリューは彼女の絶望を退けるため、懸命に平静を装いました。
 植民地に渡る青年を人々は求めていたため、マノンと同じ船に乗るのは容易いことでした。デ・グリューはチベルジュからの返事を受け取ることができないまま船に乗り、船長たちに自分の不運の一部を打ち明け、自分たちが結婚していると偽り、一つの部屋をあてがってもらいました。
 船旅の間、マノンはデ・グリューに愛を惜しみなく与えました。デ・グリューは西欧に未練はなく、逆にアメリカに近づくにつれ、心が落ち着くのを感じました。

 二ヶ月の航海を経て、二人はアメリカの荒れ果てた野原に着き、ヌーヴェ・ロルレアンという小さな植民地の住民に丁重に扱われ、礼儀の正しい首長によって、小さな家を用意されました。
 首長に要塞での仕事を与えてもらったため、二人の生活は落ち着き、品行ただしく隣人に善行を施す生活を送り、植民地中での尊敬を勝ち得ました。

 デ・グリューは正式に結婚をしたいとマノンに申し出ました。マノンは喜んでその申し込みを受け入れました。デ・グリューは、まだ結婚をしていなかったことを首長に伝え、これから正式に結婚をするため、儀式に来てほしいと頼みました。首長は喜んで参加を表明し、儀式の費用の一部を引き受けてくれました。
 しかしその一時間後、町のただ一人の司祭がやってきて、二人の結婚を禁じました。
 その原因は、首長の甥セヌレでした。セヌレは三十歳ほどの勇敢で短気な独身の男で、二人が街についたその日から、マノンに恋い焦がれるようになっていたのでした。彼は自分の恋を押し隠していましたが、二人が結婚していなかったことを知ると、叔父を説き伏せて、フランスから植民地に護送されたマノンの処置を決めるのは自分たちの権限にあると司祭に主張させ、マノンを自分と結婚させようとしていたのでした。
 デ・グリューは、首長に会いに行き、怒りを抑えながら言葉を尽くしてすがりつき、心を動かそうと試みました。しかし首長は、甥との約束を反故にすることはできず、デ・グリューの頼みを聞き入れませんでした。
 首長を説得しようとする試みが無駄だとわかったデ・グリューが外に出ると、そこへセヌレがやってきて、自分たちは剣で戦わなければならないと言いました。デ・グリューはセヌレの提案に同意し、町から離れて剣を組み合わせました。デ・グリューは剣術は強くありませんでしたが、セヌレを一突きにしました。
 デ・グリューはセヌレを殺したと思い、自分も殺されるであろうことを予感し、これから一人で街を離れ、野蛮人の中で死ぬ覚悟をマノンに伝えました。マノンが自分についてくる意向を示したため、デ・グリューは二人で逃げ、土人を味方につけ、イギリスの植民地へ行こうと考えました。

 二人は街を出て歩き続け、マノンがこれ以上歩けなくなったところで、荒野の真っ只中で夜を明かしました。
 明け方になると、デ・グリューはマノンの体が冷たく震えていることに気づきました。デ・グリューは、その手を暖めようとしましたが、マノンは最後の時が来たと告げ、そのまま息を引き取りました。
 デ・グリューはその場で死のうと思いましたが、自分が死ねばマノンの死体が野獣の餌食になることを思い立ち、最後の力を振り絞って墓穴を掘り、その中にマノンの亡骸を埋め、自分にも訪れるであろう死を待ちました。
 しかし、実際には軽く負傷しただけで死んでいなかったセヌレが、叔父に自分とデ・グリューとの顛末を語り、村の者たちに二人の行方を探させました。デ・グリューは町の人々によって助け出され、手当てを受けました。
 デ・グリューは、町の人々に、自分たちが失踪した後の物語を語り、セヌレは心を痛め、デ・グリューを赦しました。

 三か月の間病気で床についている間、デ・グリューは人間への嫌悪を感じ、死を願いながら、あらゆる薬を拒否しました。しかしそのうちに、彼は心に静けさを取り戻し、名誉を願う心が芽生え、それとともに健康も回復に向かいました。彼は仕事に身を入れ、正しい生活を送りました。
 セヌレはマノンの遺体を、立派な場所に移す心配りをしてくれました。

 ある日、商用のためにヌーヴェ・ロルレアンに着いた船を眺めていたデ・グリューは、そこにチベルジュの姿を認めました。チベルジュは、デ・グリューの手紙を見て心を痛め、帰国を勧めるためにアメリカへ渡ることを決心し、海賊に襲われながらも、デ・グリューのもとへたどり着いたのでした。
 デ・グリューはチベルジュのこの親切な友情に深く感謝し、ヌーヴェ・ロルレアンで二ヶ月を共に過ごした後、フランスへ戻りました。
 家に手紙を書くと、兄からの返事で父の死が知らされました。デ・グリューは、自分の失踪が父の死を招いたのではないかと考えました。彼は、これからある親戚の貴族の家に行き、兄に会うつもりでした。