芥川龍之介『アグニの神』ってどんな話?登場人物やあらすじを詳しく解説

芥川龍之介作『アグニの神』のあらすじ、登場人物、感想を紹介するページです。

※ネタバレ内容を含みます。

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『アグニの神』の登場人物

インド人の婆さん
妙子にアグニの神を降臨させて占いを行う強欲な老人。

アメリカ人の商人
金儲けをするため、インド人の婆さんに日米戦争がいつ起こるかという占いを依頼する。

遠藤
書生。インド人の婆さんの家の窓から外を見る妙子が、行方不明になった自分の主人の娘だと気づく。

妙子(恵蓮)
インド人の婆さんに攫われ、占いの道具として使われている。

『アグニの神』のあらすじ

 上海のある家の二階で、商人のアメリカ人がインド人の婆さんに占いを頼みました。婆さんは占いを当分しないことにしていたため、しぶっていましたが、アメリカ人が三百ドルの小切手をだすと、急に愛想が良くなり、何を占って欲しいのかを聞きました。
 アメリカ人は金儲けをするために、日米戦争がいつ起こるのかを占って欲しいと言いました。インド人の婆さんは、翌日までに占っておくと言いました。インド人の婆さんは、占いを外したことがありませんでした。
 アメリカ人が帰ると、婆さんは恵蓮と呼ばれる美しい女の子を呼び、その日の夜にアグニの神を呼ぶから準備をしておくようにと伝えました。婆さんは恵蓮のことを虐待しているようでした。

 同じ時、家の外を通りかかった日本人の若者が、窓際にいる恵蓮を見て、そこには誰が住んでいるのかと支那人の人力車夫に聞きました。人力車夫は、そこには魔法を使うインド人の婆さんが住んでいるので、近づかない方が良いと答えました。
 建物の中に入ると、婆さんが娘を罵る声が聞こえたので、日本人はその部屋の戸を力一杯叩きました。
 その日本人は遠藤という名でした。遠藤が書生をしている家のお嬢さんは妙子という名で、インド人に攫われていました。遠藤は、窓の中に見えた少女が妙子に違いないと思ったのでした。遠藤は部屋の中に入り、ピストルを引き出し、その部屋の奥にいるはずの妙子を助け出そうとしました。婆さんは部屋の奥にいるのは支那人のもらい子だと言いはりました。遠藤は婆さんに掴みかかりました。しかし婆さんは魔法を使い、ゴミを火花に変えて攻撃してきたので、遠藤は仕方なく退散しました。

 その夜の十二時近く、遠藤がインド人の婆さんの家の前にたたずみながら、どうしたものかと考えていると、一枚の手紙が落ちてきました。それは妙子からのものでした。
 その手紙によると、インド人の婆さんは、アグニというインドの神を妙子に乗り移らせて占いをするようです。占いの間、普段は妙子に意識はありませんが、今夜はアグニの神が乗り移ったふりをして意識を保ち、自分を父親の元へ返すようにと、妙子は言うつもりでした。
 遠藤は、二階の窓が暗くなったことで、魔法が始まったことを知りました。

 インド人の婆さんは呪文を唱え始めました。妙子は椅子に座りながら、日本の神様に力を貸してほしいと祈り続けながら眠気に耐えていました。しかしとうとう魔法にかかり、眠ってしまいました。

 遠藤は、その様子を鍵穴から眺めていました。インド人の婆さんがアグニの神に話しかけると、目をつぶった妙子は、荒々しい男の声を発して答えました。アグニの神は、インド人の婆さんが悪事ばかり働いているので、見捨てようと思っていると言いました。婆さんは、妙子が自分を騙しているのだと思い込み、ナイフで脅しました。
 それを見た遠藤は鍵のかかった戸を開けようとしましたが、容易には開きませんでした。

 部屋の中から叫び声が聞こえました。遠藤はやっとの思いで戸を破り、椅子で眠っている妙子を起こし、逃げるために抱え上げました。
 遠藤は、妙子が計略通り眠ったふりをしていたのだと思い込んでいました。一方、眠ってしまった妙子は、自分の計略が失敗したものと思っていました。遠藤が部屋を見回すと、インド人の婆さんが自分の胸にナイフを突き立てて死んでいました。
 それを見た遠藤は全てを理解し、インド人の婆さんを殺したのはアグニの神だと、厳かに囁きました。

作品の概要と管理人の感想

『アグニの神』は、一九二一年(大正十年)の一月から二月にかけて、児童文学雑誌『赤い鳥』に掲載された、題材のない完全オリジナルの短編小説です。この小説が発表されたのと同じ年の三月より、芥川龍之介は海外視察員として上海などの都市に派遣されています。一九二〇年代当時の上海は、多くの外国企業から投資を受け、中国金融の中心として発展していました。『アグニの神』は、魔術を使う強欲なインド人の婆さんを筆頭に、その婆さんに攫われた日本人の少女や、金儲けのことを考えているアメリカ人など、様々な国の個性的な人々が登場し、まさに「魔都」と呼ばれた当時の上海の縮図を書いているかのようです。
 このような海外を舞台にした小説を書くときは、現地に行ってから書くのが普通ですが、この小説は現地を見る前に書かれています。このエピソードだけでも芥川龍之介が天才と言われる理由がわかるような気がします。
 物語は、児童文学らしく、強欲な婆さんが退治されるという内容となっていますが、この小説はそれだけにとどまらない面白さがあります。六篇からなる内容はそれぞれ、
「一」インド人の婆さんの家。アメリカ人と婆さんの会話。婆さんが恵蓮を呼び出す。
「二」その家の前を通りかかった遠藤が妙子を見つけ、家に乗り込むが追い出される。
「三」再び家の前。思案に暮れる遠藤に妙子からのメモが落とされる。
「四」家の中でインド人の婆さんが呪文を唱える。
「五」部屋の前。遠藤がその様子を鍵穴から覗く。
「六」再び部屋の中。妙子が救出される。
と、場面がコロコロと変化します。この目まぐるしい場面の変化により、まるで映画を見ているかのような感覚で、息もつかせない展開を味わうことができるのです。
 文庫版で二十ページ足らずの短編小説ながら、芥川龍之介の非凡な才能を感じられる作品だと思います。