太宰治『人間失格』ってどんな作品?登場人物、あらすじを詳しく解説

 『人間失格』は、1948年に太宰治が自ら命を絶つ一ヶ月前に脱稿され、太宰の死後出版された小説です。「恥の多い生涯を送って来ました。」という一文はあまりにも有名で、今なお多くの読者を引きつけています。

 この小説は、「はしがき」「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」「あとがき」から成っています。

 「はしがき」では、ある男の写真を見た時の印象が、語り手である「私」によって書かれます。三枚の写真は、何やら薄気味悪い印象を与えるものでした。この時点では、この男の印象が語られるだけであり、彼が誰なのか、「私」がこの写真を見ることになった経緯は何なのか、といった細かいことはまだ語られません。

  「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」は、「私」が見た写真の男が書いた内容です。男の名は大庭葉蔵といい、彼の送ってきた悲惨な半生が、この手記によって描かれます。

  「あとがき」では、「私」が葉蔵の写真と手記を手に入れることになった経緯が語られます。「私」は偶然訪れたバアで、十年ぶりに旧知のマダムと再会します。葉蔵はこのマダムと暮らしていた時期があり、後に自分の手記と写真を送っていました。マダムは、小説の材料として、葉蔵の手記と写真を「私」に渡します。「私」は葉蔵との面識はありませんが、この手記に感銘を受けて、これをそのまま読者に紹介することにします。

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人間失格 (新潮文庫)

『人間失格』ネタバレ登場人物

大庭葉蔵
この物語の主人公。幼いころから人との共感が出来ず、道化を演じる。現在の生死は不明。自分の凄惨な人生を綴った手記を京橋のマダムに送る。後にこの手記を「私」が読むこととなる。


東京と東北を往復する日々を送る。上野の桜木町に別荘を持っている。

竹一
葉蔵の中学の同級生。クラスで最も貧弱で、白痴のような少年。

アネサ
葉蔵が中学時代に世話になった家の娘。

セッちゃん
葉蔵が中学時代に世話になった家の娘。アネサの妹。

堀木正雄
葉蔵が通っていた画塾の生徒。葉蔵に酒、煙草、淫売婦、左翼思想を教える。

ツネ子
カフェの女給。夫は詐欺罪で服役中。葉蔵と心中を図り、死亡する。

ヒラメ
書画骨董商の渋谷という男。私と同郷で、私の父の別荘に出入りしていた。主人公が警察から出る際の身元引き受け人になる。ヒラメのような目をしている。

小僧
ヒラメの隠し子。

シヅ子
雑誌社に勤める未亡人。一時期葉蔵が身を寄せる。

シゲ子
シヅ子の子。

マダム
京橋のバアで働いている。一時期葉蔵が身を寄せる。

ヨシ子
京橋のバアの向かいの煙草屋で働く。葉蔵の内縁の妻となる。


小説家。京橋のマダムと古くからの知り合い。マダムより、葉蔵から送られてきた三枚の写真と手記を渡される。

『人間失格』ネタバレあらすじ

はしがき

 「私」はその男の写真を三枚見ました。

 一枚目は、幼年時代のもので、笑顔を見せています。しかしよく見ると、本当は少しも笑っていないことがわかり、薄気味悪く感じられます。

 二枚目は、おそろしく美貌の、学生時代のものでした。しかしそこに浮かんでいる笑顔も、幼年時代よりも巧みではあるものの、怪談じみた気味の悪さが感じられるものでした。

 最後の一枚は年齢がわからない、白髪混じりの写真でした。他の二枚とは違って、表情がありません。それどころか、この男の顔には、何の印象もなく、ただ見るものを不愉快にさせるものでした。「私」はこんな不思議な男の顔を見たことが、一度もありませんでした。

第一の手記

 「恥の多い生涯を送って来ました。」という一文でその手記は始まります。

 幼少の頃より、他人の幸福や苦痛の観念がわからなかった葉蔵は、自分ひとりが他人と異なっていると感じ続けていました。他人と接する不安と恐怖から逃れるため、道化を演じるようになりますが、そのおかげで、家族には可愛がられ、学校では成績もよく人気者となりました。女中や下男から性的な虐待を受けることもありましたが、葉蔵は両親に訴えることをせず、忍び続けていました。

第二の手記

 葉蔵は、中学でも自分の正体を隠しながら、道化を続けていましたが、竹一という白痴に似た同級生に、その技巧が見破られ、不安と恐怖に襲われるようになります。そこで彼は竹一を監視するために取り入ることにしました。優しく奉仕する葉蔵に対し、竹一は、「お前は、きっと、女に惚れられるよ。」と予言します。

 実際に葉蔵は、隣家の娘であるアネサとセッちゃんから寄せられる好意のようなものを感じ取っていました。しかし女の気持ちは男以上に不可解なものであり、気持ちを推し量ることは、困難でわずらわしいものに感じました。

 その数年後、竹一が、ゴッホの自画像や、モジリアニの裸婦の像を「お化けの絵」と評したことで、葉蔵は、画家たちが主観によって表現し、その喜びに浸っていることに気づき、自画像の製作にとりかかります。出来上がった自画像は、葉蔵の心の奥の暗部をあらわした、陰惨なものでした。竹一はこの自画像を見て、「お前は、偉い絵画きになる」と、またも予言めいたことを言います。

 その後、葉蔵は東京の高等学校へ入学するも、サボりがちになり、画塾に通うようになります。そこで出会った堀木により、酒、煙草、淫売婦を知ることになりました。共産主義に共感したわけではありませんでしたが、日陰者の集まりといった雰囲気が気に入り、非合法運動の団体で活動するようにもなりました。左翼活動と遊びに興じていた葉蔵でしたが、一緒に暮らしていた父が東京の別荘を売って、実家に戻るようになったことで、生活が困窮し、忙しくなってきた左翼活動にも嫌気がさし、顔を出さなくなりました。

 その頃、銀座のカフェの女給、ツネ子と出会います。ツネ子は葉蔵よりも二つ年上で、詐欺罪で捕まった夫がいました。ツネ子の侘しさが、不安や恐怖を鎮めてくれ、葉蔵は幸福な一夜を過ごしました。しかし翌日には再び不安や恐怖に襲われるようになり、ツネ子の前から姿を消します。しばらく後、堀木と共に再びツネ子のもとを訪れますが、堀木がツネ子を「貧乏くさい女」と評したことで、金のない者同士の親和感が育まれ、葉蔵はツネ子のことをいとおしく思うようになります。ツネ子も生きることに疲れていたようであり、ある日、二人で鎌倉の海に飛び込み、葉蔵だけが助かりました。病院に収容された後、葉蔵は自殺幇助罪で警察に入りましたが、罪人としてとらえられていた方が安らかな気持ちになれました。取り調べの際には、一人の検事に喀血の演技を見破られますが、起訴猶予になり、父親の知り合いのヒラメに引き取られます。

第三の手記

 葉蔵は高等学校から追い出されましたが、ヒラメは彼を再び学校に入れたがります。それは善意からではなく、学校に入れることで、葉蔵の両親からの援助が増えるからでした。しかし葉蔵は画家になりたいと言い、ヒラメの家から逃げ、堀木の元へ向かいます。そしてそこで出会った、雑誌社に勤める未亡人のシヅ子の家で、子供のシゲ子の面倒を見ながら、男妾のような生活をするようになりました。シヅ子の計らいで小さな雑誌に漫画を描くようにもなりましたが、以前にも増して酒に溺れるようになります。ある日、二人きりで過ごしているシヅ子とシゲ子の幸福な様子をこっそりと目の当たりにし、葉蔵は彼女たちの元を去りました。

 葉蔵は京橋のバーのマダムの元に転がり込み、再び男妾のような生活を送るようになります。バアの向かいの煙草屋にはヨシ子という娘がいました。ヨシ子は人を疑うことをしない純粋な娘でした。葉蔵はヨシ子の純粋さに、自分とは真逆のものを感じ、心を打たれ、内縁の妻にしました。

 葉蔵はしばらくは酒をやめ、仕事にも精をだしました。しかし再び堀木が彼の前に現れると、酒に手をだしたり、シヅ子のアパートに訪問するようになりました。ある日、堀木と自分のアパートの屋上で飲んでいるところに、自分に漫画を描かせている商人にヨシ子が犯されているのを、葉蔵は目撃します。それはヨシ子の無垢の信頼心が犯されたことを意味していました。それ以来ヨシ子は葉蔵の顔色を伺い、何事につけてもおどおどとした態度をとるようになりました。葉蔵はヨシ子が隠し持っていた催眠剤を見つけ、それを全て飲み干して、自殺を図りました。

 葉蔵は、九死に一生を得ましたが、酒を断つことができず、喀血します。そして訪れた薬局に勤める不幸な女と出会い、この女とも関係を持ちながらモルヒネを常用し中毒になりました。

 やがてヒラメ、堀木、ヨシ子に入院を勧められますが、サナトリウムと思って入れられたところは精神病院であったため、葉蔵は自分が狂人であり、人間を失格したと思うこととなります。

 その後、実家の長兄によって、東北の温泉地に連れられ、六十に近いテツという女中と醜い関係を持ちながら暮らすようになりました。

「いまは自分には、幸福も不幸もありません。
 ただ、一さいは過ぎて行きます。」

手記の終わりでは、そう記されていました。

あとがき

 「私」はこの手記の中の京橋のバアのマダムと思しき女と十年来の知人で、偶然そのマダムと再会し、この人物の写真と手記を見せてもらうことになったのでした。この人物の生死はわかりませんでしたが、マダムはこの人物を、「神様みたいないい子でした」と評しました。