『人間失格』や『斜陽』など、破滅的な作品を多く残している太宰治ですが、実は本当にユーモアがあって明るいんです。今回は没後70年を経ていまだに多くのファンを獲得し続けている彼の作品の中から、オススメを紹介します。ネタバレにならない程度の作品内容と、読みやすさ、入門者向けかどうかなどの情報も載せていますので、作品選びの参考にしてください。(随時更新。)
人間失格
言わずと知れた有名作品です。累計発行部数は、夏目漱石の『こころ』とトップを争っており、日本人に最も多く読まれている小説といっても過言ではないかもしれません。
幼い頃から道化を演じ続け、他の人々と同じように生きることができない男の手記という形をとった、太宰治の自伝的作品となっています。
文章は平易で、太宰治を理解する上で重要なテーマも含まれているので、入門書としてもおススメです。ただし、好き嫌いの分かれる作品で、本書を人生のバイブルとする人もいる一方、ただのメンヘラ男の独り言と感じる人もいるようです。この作品を好きだと思えた人は、他の作品もすんなりと読み進められるでしょう。ただ、この作品を読んで、「太宰治、合わないかも」と思った人が、後で紹介する『富嶽百景』や『津軽』などの優れた作品も敬遠してしまうのは、非常にもったいない気がします。この作品が合わなかった人も、是非他の作品を読んでいただきたいです。
斜陽
『人間失格』にならぶ知名度を誇る作品です。1947年に発表されると、ベストセラーになり、没落する上流社会の人々を指す「斜陽族」という言葉が流行語にもなりました。
たとえ浅ましく思われようとも、恋のためにしたたかに生きようとする語り手の女性を中心に、「最後の貴婦人」と表現される優美な母親や、麻薬中毒に陥った弟らの登場人物たちが、それぞれの運命に翻弄されながら滅びゆく姿が描かれます。語り手の女性は非常に艶かしく表現されています。衝撃的でドラマティックなストーリーを追うだけでも楽しめますが、太宰治が書き続けてきた数々のテーマのダイジェスト版といった作品なので、ある程度他の作品を読んでから挑戦するのをお勧めします。
やや時代の古さを感じるというか、自意識に酔っているような女性一人称の表現に抵抗を感じる人もいるかもしれません。個人的には『人間失格』よりも好き嫌いが別れる作品だと思います。
ヴィヨンの妻
『斜陽』と同様、女性の一人称で書かれた作品です。これまでに何度も映像化がなされています。
主な登場人物は、人生に絶望しながら遊蕩生活にふける夫と、その夫を愛しながら、したたかに生きていく妻です。太宰治の作品としては典型的な登場人物となっており、「太宰の文学とはこのようなものだ」ということを理解しやすい作品だと思います。入門書としてもおすすめです。
この作品の凄いところは、絶望的な状況にあるはずの夫婦が、ユーモラスに語られているところだと思います。無銭飲食を繰り返した挙句、店の金を盗んで逃げるという、かなりのダメっぷりを発揮する夫のせいで貧乏な生活を余儀なくされている妻ですが、その語り口はどこか呑気で余裕があり、思わず笑ってしまうような場面もあります。女性の強さを感じられる作品です。
津軽
太宰治が故郷の津軽地方を旅した時の記録です。実家から勘当され、長い間津軽の地を踏むことができなかった太宰治の、故郷に対する想いが詰まった作品です。
旅行記としても楽しめますが、太宰治と津軽の人々との心の交流がこの作品の主軸です。読み進めるにつれて、心が温かくなるような小さな感動を何度も味わわせてくれ、結末の場面で、その感動はクライマックスを迎えます。
そして末尾の一文、これがなんとも言えずかっこいいです。管理人はこの文章を読むたびに、「太宰治ってやっぱりいいなあ」と思います。
全体を通して、やや冗長に感じるかもしれませんが、ぜひ最後まで読んで欲しい作品です。
富嶽百景
富士三景と呼ばれる展望を誇る山梨県の御坂峠に滞在した時の経験をもとに書かれた短編です。この滞在中に井伏鱒二の仲介で見合いを行った経緯や、茶店の娘さんを始めとする地元の人々との心温まる交流の数々が、雄大な富士山を背景に書かれます。
『人間失格』のような、人生への絶望が書かれた作品が好きな人には少し物足りないかもしれません。しかしその代わりに、それまで破滅的な生活を送り続けた太宰治が、周囲の人々の恩に報いようとして、筆一つで奮闘しようとする様子が、この小説から伝わってきます。読者に語りかけてくるような特有の文体も健在です。文章がわかりやすく、分量も多くないので、入門書としても読めますが、太宰治のファンになるほど良さがわかってくる作品なので、何度も繰り返し読むことをオススメします。個人的には太宰治の最高傑作だと思います。
走れメロス
人間不信により暴君になったディオニスに立てついて処刑されることになったメロスが、親友のセリヌンティウスを人質にして妹の結婚式を行う許可をもらい、シラクサの城と自分の村の間を走り抜ける物語です。自分を信じて待つ友人のため、数々の困難をくぐり抜けて走り続けるメロスの姿が感動を呼ぶ名作です。
日本の国語教育に使用されたり、様々な方面でパロディー化されていることもあり、知らない人はいないのではないかというほど知名度の高い作品です。
また、入り浸っていた宿の代金を支払えなくなった太宰治が、友人を人質に置いて金を工面することになったことがモチーフになっている(太宰はその宿に戻りませんでした笑)という説があり、この辺のことも知っているとより楽しめると思います。
文章はかなり平易で、分量も少ないので、太宰治の入門書としておススメです。しかし、太宰治の作品の本流とは異なった特徴を持つ作品であるため、他の作品も併せて読むことをおススメします。
パンドラの匣
一風変わった結核療養所に入院する青年と、その青年の世話をする看護婦たちとの恋愛が描かれる書簡形式の中編小説です。
結核療養所というと暗いイメージが付きまといますが、この小説は非常に明るいです。主人公のひばりは、時に落ち込むことはあっても、周囲の善良な人々によって真っ直ぐに成長していきます。そして最後にはあっと驚くような結末が待っています。
『人間失格』のような代表作群とは趣を大きく異にする作品ですが、多用される含蓄や、少し斜に構えたような主人公の性格など、太宰治らしさが随所に見られる作品でもあります。文章は平易なので、太宰治の入門書として読んでも良さそうですが、『人間失格』や『斜陽』、『ヴィヨンの妻』などの代表作を読んだ後の方が楽しめると思います。これら代表作の登場人物と、似てないようで似ている主人公ひばりに、きっと魅せられることでしょう。爽やかな読後感を与えてくれる作品です。