フローベール『感情教育』ってどんな話?作品の内容を詳しく解説

ギュスターヴ・フローベール作『感情教育』(L’Éducation sentimentale)の登場人物、あらすじ、感想を紹介するページです。

感情教育(上) (光文社古典新訳文庫)

『感情教育』の主な登場人物

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フレデリック・モロー
主人公。大学入学資格試験に合格し、帰省するために乗り込んだ船の中でアルヌー夫人と出会い、その美しさに惹かれる。パリでの大学生活を始めると、アルヌー夫人の住む画商の店「工芸美術」に通いつめながら、様々な処世術を身につけていく。

ジャック=アルヌー
モンマルトル大通りにある「工芸美術」という店で絵画の売買を営む。共和政の支持者。鷹揚な性格だが金遣いが荒く、数々の愛人を持つ。

アルヌー夫人
ジャック=アルヌーの貞淑な妻。パリから乗った船の上で初めてフレデリックと出会う。その高潔な美しさでフレデリックを魅了する。

シャルル・デローリエ
フレデリックの故郷の友人。執達吏の息子。母親は故人。裕福ではないが、野心家。フレデリックとともにパリで生活することを夢見ている。

デュサルディエ
フレデリックの友人。私生児。共和主義者。暴動で警官に挑み掛かり、連行されるが、その現場を見ていたフレデリックとユソネの助力により釈放される。

ユソネ
フレデリックの友人。ファッション関係の新聞の仕事に従事し、「工芸美術」の広告を作っている。

ペルラン
フレデリックの友人。画家。

ルジャンバール
画商。シトワイヤン(同士・市民)いうあだ名で呼ばれている。「工芸美術」の常連。

セネカル
フレデリックの友人。数学の復学教師。

バチスト・マルチノン
フレデリックの旧友。美男子。法科の学生。

ド・シジー
フレデリックの大学の友人。法科の学生。物腰は柔らかいが知性が貧弱。

モロー夫人
フレデリックの母。未亡人。

ロック
フレデリックの故郷の選挙管理人。ダンブルーズ氏の資産管理人。

ルイーズ
ロックの娘。フレデリックの故郷の隣人。

ロザネット(マレシャル)
パリの高級娼婦。もともとアルヌーの愛人であった。

マドモアゼル・ヴァトナーズ
アルヌーの愛人の一人。フェミニスト。

ダンブルーズ氏
元貴族でありながら実業界に身を置いて成功する投資家。

ダンブルーズ夫人
ダンブルーズ氏の妻。

『感情教育』のあらすじ

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※ネタバレ内容を含みます。

第一部

 大学入学資格試験に合格し、故郷へ帰るための船に乗り込んだフレデリック・モローは、画商ジャック=アルヌーとその妻アルヌー夫人に出会い、アルヌー夫人の美しさに惹かれました。
 実家に帰ったフレデリックは、親友のデローリエと再会を果たします。デローリエは、パリに戻るフレデリックに、資産家ダンブルーズ家と近づいて、社交界で名をあげるよう、助言しました。フレデリックは、近隣の住民でダンブルーズ家の資産管理人であるロックに推薦状をもらい、パリへと行きました。
 パリで家を借りたフレデリックは、級友のバチスト・マルチノンやド・シジーと会いながら退屈な日々を過ごしました。
 ある日、フレデリックは暴動で警官に挑み掛かる男デュサルディエを釈放させたことがきっかけで、一緒にいたユソネという男と知り合いました。ユソネは「工芸美術」の広告を作っており、フレデリックはその伝手でアルヌーに紹介されるようになりました。
 遺産を手に入れてパリに来たデローリエや、デュサルディエ、ユソネ、マルチノン、ド・シジーのほか、画家のペルラン、画商のルジャンバール、数学教師のセネカルらと親交を深めながら、アルヌー夫人との距離を縮めていったフレデリックでしたが、一時帰省の折に、実家が破産してしまったことを知ります。彼はパリに戻ることが出来なくなり、隣人のロックの幼い娘であるルイーズに慰められながら、実家で書記として働きました。
 三年後、伯父が死に、フレデリックに多大な遺産が手に入ることとなりました。忘れかけていたアルヌー夫人のことを思い出したフレデリックは、パリに戻ることにしました。

第二部

 パリに戻ると、アルヌー夫妻は以前の家に住んでいませんでした。フレデリックはパリ中を探し回り、アルヌーの新しい家を突き止め、彼が陶器の商人になっていることを知りました。アルヌーは愛人であるロザネットの家の仮装パーティーにフレデリックを連れて行きました。フレデリックはロザネットに惹かれました。
 フレデリックはロザネットに近づくため、ペルランに彼女の絵を描かせることを提案したり、莫大な資産を持つ実業家のダンブルーズ氏を訪問して、社交界へ入り込むことを画策しました。
 久々に会ったデローリエは、相変わらず野心に燃え、新聞に記事を書いてパリを意のままに操ろうとしていました。それに感化されたフレデリックは融資を約束しますが、軽率な判断から多くの借金を背負ったアルヌーに、デローリエに渡すはずだった金を渡してしまいました。彼はデローリエとの友情を失い、自己嫌悪に陥りました。
 ダンブルーズ氏から石炭協会の事務局長という地位を勧められ、自宅を訪問するように言われたフレデリックでしたが、アルヌー夫人が一人で工場にいると聞きつけ、そちらに向かうことにしました。フレデリックはアルヌー夫人と会い、想いを伝えました。しかしアルヌー夫人は身を引くようにと言い、フレデリックになびくことはありませんでした。
 絶望したフレデリックは、ロザネットに近づこうとしても上手くいかず、ダンブルーズ氏からの信用も落とし、孤独になっていきました。
 そんな時、母からの手紙でルイーズとの結婚を勧められました。フレデリックは実家に戻り、ルイーズと結婚の約束をしました。
 フレデリックの結婚の話をデローリエから聞いたアルヌー夫人は、自分がフレデリックのことを愛していたことを自覚しました。二人は再び出会い、フレデリックは夫人への想いを語りました。二人はお互いに愛し合っていることを認め合いました。
 フレデリックは夫人への恋心をつのらせ、連れ込むために家を借りて誘い出しました。しかし夫人の息子が病気になったため、夫人はフレデリックに会いに行くことをやめました。
 夫人と会えなかったフレデリックは、絶望の挙句、ロザネットをその家に連れ込んで、一晩を過ごしました。

第三部

 二月革命が始まり、フレデリックは動乱のパリをロザネットとともに歩きました。
 フレデリックはアルヌー夫人のことを忘れることはできませんでしたが、ロザネットと共に過ごしました。ロザネットとフレデリックの関係を知ったルイーズは、泣き崩れました。
 以前のような交際を求めてきたアルヌーの家にフレデリックが向かうと、夫人は一人でいました。二人はまだお互いに愛し合っていることを確認し、幸せな時を過ごしました。しかしそこへアルヌーに貸した金を取り戻そうとしたロザネットが訪れたため、フレデリックは怒りに駆られました。ロザネットは妊娠していることを告げました。
 旧体制の中で莫大な資産を築いたダンブルーズ氏は、新体制を恐れ、自分の力になりそうなフレデリックに期待し、選挙への出馬を勧めました。フレデリックはその妻のダンブルーズ夫人に惹かれ、誘惑し、不倫関係を結ぶことに成功します。まもなくダンブルーズ夫人への愛は冷めていきましたが、ダンブルーズ氏が病気で死ぬと、社交界でのし上がるために、フレデリックはダンブルーズ夫人と結婚の約束をしました。
 フレデリックはロザネットとダンブルーズ夫人との家を行き来する生活に没頭していきました。ロザネットは出産しましたが、間もなくその子供は死んでしまいました。その遺体の肖像を描くことを依頼されたペルランは、アルヌーが金銭的に困窮し、訴えられてパリを逃げだすことをフレデリックに伝えました。それを聞いたフレデリックは、アルヌー夫人をパリに留まらせるため、ダンブルーズ夫人に嘘をついて大金をせしめ、アルヌーの家に行きました。しかし、その時にはアルヌー夫妻はパリを既に離れていました。フレデリックは悲しみにくれました。
 フレデリックに騙されたことを知ったダンブルーズ夫人は、自分の書類の中からアルヌー夫人の署名のある返済されていない手形を見つけ、デローリエの協力を得てアルヌーの家を差し押さえました。
 それをロザネットの仕業だと思ったフレデリックは、彼女と別れ、さらに差し押さえられたアルヌー家の競売で、当てつけのように品物を落札したダンブルーズ夫人とも別れました。
 傷ついたフレデリックは故郷ヘ帰り、ルイーズに再び近づこうと考えましたが、知事となったデローリエとルイーズが結婚したのを知り、パリへと引き返しました。

 数年後、アルヌー夫人が突然フレデリックを訪れました。夫人はブルターニュで慎ましく暮らしているようでした。二人は今なお愛し合っていることを語り合い、夫人は愛の証に、白くなった自分の髪を切り、フレデリックに渡しました。

 数年後、財産を食いつぶしながら慎ましく暮らしているフレデリックは、デローリエと皆の近況を語り合いました。
 二人は若かった頃、娼家へ行き、恐れをなして逃げ出した頃を思い出し、あの頃が一番良かったと話しました。

作品の概要と管理人の感想

 『感情教育』は、一八六九年に刊行された、ギュスターヴ・フローベールの代表作です。
 舞台は一八四〇年九月十五日のパリ。大学入学資格試験に合格したばかりの十八歳の青年フレデリック・モローが、美しき人妻アルヌー夫人に一目惚れするところから、この物語は始まります。
 大学に入学したフレデリックは、アルヌー夫人に惹かれながらも、社交界の花型であるロザネットを口説き落とし、地元の金持ちの娘であるルイーズと結婚の約束を交わし、有名な実業家の妻であるダンブルーズ夫人と不倫関係を結びます。彼は成長するにしたがって処世術を身に着け、冷徹さすら感じるほどに周囲の人々を利用して、社交界でのし上がろうとしていきます。

 一方、フレデリックは、社交界でのし上がるために必要な人脈や信用を、いとも簡単に自分から破り捨てるという一面も持っています。

 いくつか例を挙げてみましょう。

 石炭協会の事務局長の座を勧めてきたダンブルーズ氏から誘いを受けても、フレデリックはそれをあっさりと無視してアルヌー夫人のもとへ向かいます。

 アルヌーが訴えられそうになり、パリから逃亡することになると知らされた時も、デュサルディエが盗みを働いたと嘘をつき、ダンブルーズ夫人から大金をせしめます。これはいとも簡単にバレそうな嘘であり、フレデリックがダンブルーズ夫人のことを、さして重要視していなかったことが読み取れるかと思います。

 そしてアルヌーが差し押さえにあい、ダンブルーズ夫人がアルヌー夫人への当てつけのために小箱を高値で落札すると、その小箱に思い入れのあったフレデリックは、あっさりとダンブルーズ夫人との別れを決めてしまいます。

 社交界でのし上がるために必要なダンブルーズ家との人脈や信用を、フレデリックがあっさりと捨ててしまう原因は、アルヌー夫人への想いに他なりません。
 アルヌー夫人のことを考えると、フレデリックはとたんに自分の「感情」を「教育」できなくなり、出世のことを二の次に考え始め、ダンブルーズ夫妻に対して無礼な行動をとるばかりでなく、実家に帰って母親に会うのをやめてしまったり、恋心をつのらせてデローリエの前で泣き出したり、夫人を侮辱したド・シジーと決闘をするのです。つまり、アルヌー夫人への一途な恋心のせいで、フレデリックは出世に失敗したとも言えるでしょう。
 三十年に渡って一人の人を熱烈に愛し続けながらも、他の女性とも積極的に関係を持とうとし、更に彼女らを自分の出世のために利用するというのは、(特に女性からすると)理解しがたい行動のようにも思えます。しかし、フレデリックは、冷徹なわけではなく、アルヌー夫人に一途であるがゆえに、その他の女性に対して覚めた感情を抱いてしまう悲しみを背負っていたともいえるでしょう。この悲しみは非常に文学的であり、この『感情教育』は、それを書ききった作品であると思います。

 そして、恋のために冷静な考え方ができなくなり、人間らしさを取り戻してしまうことこそが、フレデリックの魅力であり、そのような憎めないところがあるからこそ、デローリエとの関係も続いてきたのでしょう。最後のフレデリックとデローリエとの会話は、淡々としているようでもありますが、ここまでこの長大な作品を読んできた読者にとっては、過去にどのようなことがあっても変わることのない二人の友情を感じられるシーンとして特に印象的です。

 フレデリックは、財産を食いつぶしながら慎ましく暮らしています。デローリエもまた、若いころに思い描いていたのとは全く違う人物になっている様子です。フレデリックは、なぜ自分たちが今のような状況になってしまったのだろうと自問します。しかし、(細かな心理描写がされているわけではありませんが)叶えられなかった出世に、彼が未練を感じているようには見えません。どちらかというと、今の自分に納得しているような印象を受けます。これは、フレデリックが、出世のために人間らしさを殺して生きるよりも、恋のために人間らしく生きたことの何よりの証ではないでしょうか。

 最後に、十五歳の頃に娼家へ行き、怖気付いてそのまま帰ってきたことを思い出し、「あの頃が一番良かった」と二人は語り合います。これはこの作品の冒頭よりもさらに前の話です。三十年間にわたる長大な小説を書きながら、作品には書かれていない若かりし頃が、「一番良かった」とフレデリックに語らせるフローベールの潔さには、驚嘆を禁じ得ません。