ヘルマン・ヘッセ『車輪の下』ってどんな話?作品の内容を詳しく解説

 ドイツ文学の巨匠、ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』を紹介します。ヘッセは神学校に入学するも半年で退学し、その後精神病院に入院しています。彼の少年時代と、この物語の主人公ハンス・ギーベンラートの人生は似通った部分が多く見受けられ、ヘッセの自伝的作品と言われています。将来を期待された少年であったハンスが、周囲の人々によって徐々にスポイルされていく様子は、教育戦争が激化する現代においてますます身近な問題に感じる人も多いのではないでしょうか。

※ネタバレ内容を含みます。

『車輪の下』主な登場人物

ハンス・ギーベンラート
主人公。生まれつき聡明であったため、将来を期待され、神学校に入学するが、奔放な同級生であるヘルマン・ハイルナーに影響され、落ちこぼれる。その後神経衰弱と診断され、実家に戻り機械工になる。労働者の仲間と酒を飲んで泥酔し、川に落ちて死ぬ。

ヨーゼフ・ギーベンラート
ハンスの父。仲介人、代理店主。天分の才があるハンスに期待をかけ、神学校へと入学させる。

ヘルマン・ハイルナー
神学校でのハンスの同部屋の一員。ヴァイオリンを持つ。詩人であり文芸家。自分の考えを持ち、憂鬱な気分になることがある。ルチウスとの喧嘩を境に皆から孤立するがハンスとだけは仲直りした。その後学校に反発し、神学校を抜け出したため放校処分となる。

フライクおじさん
ハンスの生家の近所のくつ屋。信心深い人物で、牧師の考えに反対しており、牧師に教育を受けるハンスを心配する。

エンマ
フライクの姪。十八九の奔放な女。フライクの家に短期滞在する。神学校を退学したハンスに恋心を抱かれ、自分からキスをするが、別れを告げずに町を去る。

『車輪の下』あらすじと解説

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ハンスの神学校入学まで

 古くて小さな町で生れたハンス・ギーベンラートは、生まれつき飛びぬけて聡明な頭脳を持っていたため、町中から期待され、猛勉強の末に神学校の入学試験を受けます。

 全体の二番目の成績で合格し、ハンスは皆よりも一週間早く休暇をもらいますが、牧師や校長先生の勧めにより、休暇も勉強に費やすこととなります。

 物語の冒頭の部分では、ハンス・ギーベンラートは釣りが好きな生き生きとした少年であり、野心と誇りに満ちた人物として描かれています。しかしこの時から、近所の靴屋であるフライクおじさんは、ハンスの将来について心配します。そして彼が警鐘を鳴らしているように、ハンスにはどこか危ういところがある印象を与えます。

 それに対し、ハンスが釣りをするときの情景描写の美しさは、今後のハンスの人生と対照をなすかのように際立っています。ヘッセの作品全般に言えることですが、自然の描写の美しさだけでも読む価値アリです(訳がいいのかもしれませんが)。

ヘルマン・ハイルナーとの友情

 神学校に入学したハンスは、同部屋に寄宿することとなったヘルマン・ハイルナーという少年と仲良くなります。ハイルナーは独自の世界感を持つ芸術肌の少年でした。暴力事件をおかし、孤立を深めるハイルナーに対し、ハンスはただ一人交流を続けますが、やがてハンスはその友情に溺れていくこととなります。

 ここでのハンスとハイルナーの友情は、同性愛を連想させるような親密なものとなっています。

 周りに比べてひときわ早熟な印象のハイルナーですが、ハンスの凋落に最も影響を与えた人物と言えるでしょう。ハイルナーさえいなければ、ハンスはなんとか持ちこたえたかもしれないと思う方も多いのではないでしょうか。

 ちなみにハイルナーは、放校処分を受けた後、苦悩を重ね、最終的に立派な人物になるということが、ちらっと語られます。

エンマとの恋愛から結末まで

 ハイルナーは校長先生と諍いを起こして放校処分となります。一人になったハンスは成績を落とし、神経衰弱と判断されて実家に戻ることとなります。そして近所の靴屋のフライクおじさんの姪で、この町を訪れていたエンマに恋をします。しかし、奔放なエンマにとってハンスは数多い男の内の一人に過ぎず、二晩キスを許しただけで、ハンスの町を黙って去ってしまいます。

 その後機械工になったハンスでしたが、職人仲間との飲みに誘われ、泥酔して惨めな気持ちになり、漠然とした恥や自責の念を感じます。やっとの思いで歩き出したハンスでしたが、川に落ちて死んでしまいます。

 ハンス・ギーベンラートが神学校を出たあたりから、彼の人生はどんどんと悲痛な方向へと進んでいきます。二度にわたるエンマとの逢瀬で喜びの絶頂にある時もどこか痛々しく、機械工になって労働の喜びを感じられたのも束の間、川に落ちて命を落とします。自ら死を選んだのか、気づかずに川に落ちたのか、物語の中では語られませんが、いずれにしても救いのない結末です。

管理人の感想

 この物語の悲惨な点というのは、誰もハンスに悪意を持っていたわけではないというところではないでしょうか。それどころか皆がハンスのためを思って行動し、彼が落ちぶれた後も表立って非難することはありません。唯一の例外はエンマで、ハンスが自分に恋をしているのを知りながら、黙って自分の家に帰ってしまいますが、それもよくある青春の一ページに過ぎません。

 しかしフライクおじさんがハンスの父親に向かって、

あんたとわしもたぶんあの子のためにいろいろ手ぬかりをしてきたんじゃ

『車輪の下』より

というように、皆に手ぬかりがあり、ハンスは結局命を落とすこととなってしまいます。聡明な頭脳を持ち、人の感情を敏感に察知できてしまうが故に、自分に対する恥辱の念を人一倍感じることとなってしまったハンスに、救いの手が差し伸べられることはありませんでした。

 果たしてハンスの死は、町の皆の中でどのように記憶されるのでしょう?またハイルナーはハンスの死を知ることになるのでしょうか?そしてもし知ることとなった場合、ハンスの死がハイルナーの「立派な人物になる」過程で、どのような役割を与えるのか、ハイルナーの中でハンスの存在がどのように残っていくのか、これを考えることこそが、ハンスにとっての救いであるのかもしれません。