夏目漱石『門』の詳しい登場人物紹介

夏目漱石作『門』の登場人物を詳しく紹介するページです。


それから 門 (文春文庫)

※ネタバレ内容を含みます。

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野中宗助
東京の相当な資産のある家の息子で、頭がよく、多くの友人があり、楽天的な性格だった。京都の大学に入学すると、講義の時によく隣り合わせになる安井と親友となる。
学年の終わりに郷里に戻り、その帰りに安井と落ち合う予定になっていたが、直前まで安井からの連絡を得られず、一人で京都に戻る。この帰郷で言葉を交わした父とは、今生の別れとなる。
再び京都での生活を始めると、安井の内縁の妻であった御米を妹として紹介される。お互いの家を行き来したり、体調を崩した安井の転地先へ呼ばれたりするうちに、御米と愛し合うようになり、安井から御米を奪う。しかしそのために大学を退学し、実家に帰ることのできない身となって、広島に住むこととなる。その間に父親が死に、佐伯の叔父と相談し、小六の引き取りと家の売却を任せる。
広島に戻ると、叔父から家が売れたという知らせを受け、その値を知るために東京へ帰ろうと思っていた矢先に腸チフスに罹り、帰郷できないほどに衰える。回復後も福岡へ移らなければならなくなり、帰郷を果たせないまま苦しい生活を送るが、出張で福岡を訪れていた旧友の杉原に偶然出会い、東京での役所の仕事を周旋してもらう。それ以来、東京にある崖下の住居に落ち着き、週六日勤務の忙しい日々に耐えながら生活している。
家を売った値を聞くのを渋っているうちに叔父が死ぬと、小六の学資を捻出してもらうことができなくなり、叔母との話し合いの席を設けるも何も決まることなく、もともと自分の家のものであった酒井抱一(高名な日本画家)の屏風だけを持って帰ってくる。
その後、小六を自分の家に住まわせ、叔母に学資を負担してもらうという御米の提案により、叔母に手紙を書く。しかしそれでも学資を出すことはできないと言われ、将来が決まらないまま小六を家に呼ぶ。
崖の上に住む家主・坂井の家に入った泥棒が、自分の家の庭に落ちたことをきっかけに、坂井との交流が始まり、自分の売った屏風を、偶然坂井が買ったことがわかると、より一層の親交を結ぶようになる。
御米が病気になると、夜遅くまで看病を行い、その病気が回復しても、いつ再び同じようなことが起きるとは限らないというぼんやりとした懸念を胸の中に残す。
坂井の家に呼ばれ、甲斐の国から来た反物を売る男から、御米のために銘仙を買う。家に帰り、坂井の子供たちの賑やかな御米にその様子を伝え、子供ができないことで悩んでいる御米の胸中を知らず知らずのうちに傷つけ、以前子供ができることはないと御米が占い師に言われたことを知る。
正月明けに退屈していた坂井に呼ばれ、小六を自分のところの書生にしないかという提案を受け、その提案を喜んで受け入れる。しかしその直後に聞いた、満州で冒険者(アドヴェンチュアラー)として事業を行っている坂井の弟が、安井を連れて訪れてくるという話により狼狽し、青い顔で家に帰る。
安井が自分たちの生活のすぐ近くに迫っていることで、仕事が手につかず、酒や寄席も楽しむことができなくなり、不安から逃れるため、同僚の知り合いに紹介状を書いてもらい、鎌倉の寺の山門へと入る。
紹介状の宛名であった釈宜道の世話を受け、老師から公案(禅問答の問題)を授かる。あてがわれた部屋で坐禅を組み、老師から授かった公案について考えるが、宜道の言うことを理解できず、また公案に対しては、その場凌ぎの回答しか捻り出すことができず、結局何も自分を変えることができないまま家へと帰る。
坂井の家を訪れ、安井が満州に戻ったことを知って安堵するが、この時に感じた不安を、この先何度も味合わなければならないだろうという考えに取りつかれる。書生として坂井に預かってもらうようになった小六を大学に入れる当てができ、月給も上がるが、春がきたことを喜ぶ御米に対し、「またじき冬になるよ。」と返事する。

御米
宗助の妻。もともとは宗助の親友であった安井の内縁の妻として、京都に連れてこられていた。宗助が自分たちの家を訪れるうちに好意を抱くようになり、宗助のもとへと走る。その後は夫婦で社会から隔絶された苦しい生活を送りながら、広島と福岡を転々とし、東京へと戻る。
広島、福岡、東京において、子供を流産、死産、または生まれて間もなく亡くし、占い師に「誰か他人に対して犯した罪が祟っているので、子供はできない」と断言され、宗助と結婚したことの罪を感じながら生活していた。また自分が宗助と結婚したことで、小六に恨まれているのではないかという考えを抱いている。
叔母のところから宗助が持ち帰ってきた抱一の屏風を売ってはどうかと提案し、それを最終的に道具屋に三十五円で売る。叔母からこれ以上の学資を受け取ることのできなくなった小六を自分の家に呼び、部屋と食事代を負担することで、残りを叔母に出してもらえないかという提案を行い、自分の化粧の場所を明け渡して小六を住まわせる。
小六が引っ越してくると、二人きりの昼食時に気詰まりを感じ、さらに酒を飲むことを覚えた小六に不安を感じる。それでも宗助や小六のために甲斐甲斐しく働いているうちに体調を崩し、高熱を出して苦しむ。
回復後、坂井の家に行った宗助が、その家の子供の賑やかな様子について語ると、自分たちには子供ができないだろうと占い師に言われたことを泣きながら語る。
安井が坂井の家に来ることを知った宗助が不安を感じ始めると、その事実を知らないまま宗助の変化を心配する。宗助の寺へ入る決意を知ると、その突然なことに驚きながら送り出し、宗助が帰ると、そのやつれ方に笑顔を失い、湯で髭を剃りに行くよう勧める。
結末まで安井が坂井の家を訪ねてきたことを知らないまま、春になったことを有難がる。

小六
宗助の約十歳違いの弟。高等学校に通っている。十二、三歳までは宗助と暮らしていた。十六歳の頃に父親に死なれて一人になり、佐伯の叔父夫婦に引き取られ、叔父の息子である安之助とは、本当の兄弟のように仲が良くなる。
高等学校三年の夏休みに房州へ旅行へ行き、東京に帰ると、叔母から学資を出してやることができなくなったと言われ、宗助に相談する。しかし、宗助がなかなか佐伯のところへ相談に行ってくれず、軽薄な兄だと考えるようになる。ようやく実現した叔母と宗助の話し合いによっても、自分の将来が決まらず、宙ぶらりんの状態となる。
自分の食事代と部屋代を負担し、残りを叔母に出してもらおうという宗助と御米の提案に喜ぶが、それでも叔母からは学資を出すことができないと言われ、将来が決まらないまま、宗助の家に引っ越す。引っ越して間も無く、障子の張り替えを手伝い、このような仕事をしなければならないことに軽蔑を感じる。
そのうちに酒を飲むことを覚え、昼間から赤い顔で家に帰り、御米を不安にさせる。宗助の家にこもっていることに耐えられなくなり、友人の家を回って歩くが、それがあまりに頻繁だったため、避けられるようになる。不愉快な気分を押し殺そうとしても、読書も思索もまるで行うことができず、仕方なく御米と話をするようになる。
大晦日に手に入れた景品の御手玉を坂井の娘にあげたことで、坂井家との親交が始まり、その坂井の家の書生となり、学資を宗助と安之助で負担してもらうことで、大学に入る目途を立てる。


宗助の家の年老いた召使い。御米とともに台所仕事を行い、坂井の家に家賃を持っていく役割も担っていた。
御米が高熱で寝込むと、金盥の水を変え、夜遅くまで看病を行う。

佐伯の叔父
事業家。様々なものに手を出しては失敗しており、宗助の父からも、相当な額の援助を貰っていた。
宗助の父親の死後、御米との結婚で実家から見放された宗助と相談して、小六の引き取ることと、宗助の家を売却することを引き受ける。
その後、宗助が東京に帰ると、新橋駅まで迎えに来て、家具や金を用立ててやる。
その約一年後、脊髄脳膜炎で突然死去。死後、宗助の屋敷を売って余った金は、名義は小六でも、自分たちのものと見做してよいと言っていたこと、その財産で神田に建てた家屋が、保険をかけないうちに火事で焼けてしまったことが明らかになる。

佐伯の叔母
宗助の父の死後に小六を引き取って生活していたが、夫の死後、経済が逼迫し、これ以上小六の世話をすることができなくなったと宣言する。
小六の将来について話し合いに来た宗助に対し、自分の家庭の窮状を訴え、一つだけ残っていた宗助の財産である酒井抱一の虎の画の屏風を持ち帰らせる。
宗助と御米が、小六を自分の家に入れるので学資だけを負担して欲しいという提案を聞いても、その学資すら出すことはできないと主張する。

安之助
佐伯の叔父夫婦の一人息子。宗助の父の死後、両親が預かった小六と、兄弟のように仲の良い関係を結ぶ。
父親の死後、工科の機械学を学んでいた大学を卒業し、母とともに中六番町に引っ越す。
学資の打ち切りについて宗助に相談しても無駄だと悟った小六の訪問を受け、借金をしてでも大学に行くための相談を受ける。そのことを宗助に伝えに来るが、明確な答えの得られないまま帰っていく。
その後、独立した経営を行なっている先輩と一緒に資本を注ぎ込んで、石油発動機を鰹船に取り付ける事業を行うために神戸に行く。その後、西洋で発明された、インクを使わずに行う印刷を手掛ける。
縁談が進んでいたが、相手が良家の娘であるために、金銭的な準備のために、結婚を延期する。
結末では、小六からの直談判を受け、宗助と分担して小六の学資を出す心づもりをする。

杉原
宗助の元同級生。卒業後、高等文官試験に合格し、ある省に勤務しており、出張先の福岡で偶然宗助に会う。苦しい生活を送っていた宗助に、東京で生活できるように頼まれ、役所の仕事を周旋する。

安井
越前生まれの横浜育ちの着物道楽者。京都の大学の講義で隣り合わせになった縁で、宗助と親しくなる。
学年の終わりに、郷里の福井を経由し、横浜へ帰る。その帰りの興津あたりで、宗助と合流する予定であったが、先に京都へと帰るという手紙を宗助に送り、内縁の妻となった御米を連れて京都に戻る。学年が始まってもしばらくは学校に姿を見せず、一週間ほど経ってから宗助の家を訪れ、一戸を構えるという計画を話し、その後御米を自分の妹として宗助に紹介する。
インフルエンザに罹り、御米とともに神戸へと転地し、その転地先に宗助を呼ぶ。その後、宗助に御米を奪われ、学校を辞め、郷里に帰って病気になる。回復後、満洲へと渡り消息を絶つ。
その後、坂井の弟と繋がりを持ち、日本に一時帰国していることが、坂井から宗助に伝えられる。

坂井
宗助の家主。崖の上の家に妻子とともに住む。弟は事業をするために満州へ渡っており、実際に何をしているかは不明。
自分の家に入った泥棒が、崖下の宗助の家に落ち、その時に落としていった手文庫を宗助が返しに来たことで親交が始まる。
旧幕のころからの由緒正しい家柄で、界隈では一番古い門閥家。書画骨董に目利きがあり、父親の代から道具屋を贔屓にし、宗助が三十五円で売った屏風を八十円で買っていた。そのことを宗助から知らされると、より一層親交を深める。
正月明けに妻子が家を空けたことで退屈し、宗助を家に呼び、小六を自分の書生にしてみないかという提案を行う。その提案は宗助を喜ばせるが、その直後、自分の弟が安井を連れて満州から戻ってくるということを話し、宗助を狼狽させる。

釈宜道
鎌倉の寺院の一窓庵を一人で預かる、二十四、五歳の僧侶。もともとは彫刻家。ただの俗人として修行に来て、七日の間結跏(瞑想の際の座法)したきり動さず、見性(自己に本来備わっている本性を見極めること)すると頭を剃る。
庵を預かるようになって二年になるが、まだ足を延ばさずに寝る座眠を続けている。紹介状を持ってやってきた宗助を迎え、老師に紹介し、坐禅を教える。修行の出来上がった僧であるが、非常に丁寧な印象を宗助に与える。
頭の中に雑念ばかりが巡り、到底悟ることはできないだろうと言う宗助に対し、信念さえあれば、誰でも悟れると主張する。しかし結局宗助が何も見いだことができずに寺を去る日が来ると、悟りの遅い早いは優劣ではないため、これからも失望することなく、熱心に勤めを行うようにと説く。

老師
鎌倉の寺院の住職。五十歳ほどの、皮膚も筋肉もしまっている男。宜道によって宗助を紹介されると、「父母未生以前本来の面目」(生まれる前から、人々が備えている心性)を考えてみたらよかろうという公案(禅の精神を探求するための問題)を与える。
見解(けんげ:公案に対して考えた答えを披露する場)では、その場凌ぎの回答を準備した宗助に対し、「もっと、ぎろりとした所を持って来なければ駄目だ」「その位な事は少し学問をしたものなら誰でも云える」と返す。