夏目漱石『三四郎』ってどんな話?作品の内容を詳しく解説

夏目漱石作『三四郎』のあらすじ、登場人物、管理人の感想を紹介するページです。

三四郎 (新潮文庫)

『三四郎』の登場人物

※ネタバレ内容を含みます。

三四郎
明治二十三年生まれ。熊本の高校から上京して東京の大学に入る。二十三歳。五尺四寸五分。大学にある池の端で里見美禰子と初めてすれ違い、その色の白さに惹かれる。大学生活を送りながら、同級生の佐々木与次郎、故郷の知り合いの従弟で大学内で研究している野々宮宗八、宗八の妹であるよし子、与次郎の高校時代の教師である広田先生らと出会う。広田先生の引っ越しの手伝いに呼ばれたことから話をするようになった美禰子に惹かれる。

京都から列車に乗った女
大連に行った夫の行方がわからなくなったため、安否がわかるまで自分の故郷に帰るために広島から出発した。故郷にいる子供のための玩具を買うために京都で途中下車し、再び乗り込んだ列車で三四郎に出会う。夜中に名古屋に着くと、三四郎に宿まで案内を頼む。同じ部屋に泊まっても、自分に何もしてこなかった三四郎に対し、別れ際「あなたは余っ程度胸のない方ですね」と言う。

里見美禰子
大学の池の端で三四郎と初めてすれ違い、嗅いでいた椎の花を三四郎の前に落とす。
兄の恭助が野々宮宗八と同年の卒業生で、以前から宗八と親しかった。故人であるさらに上の兄が広田先生の友達であったため、時々英語を習いに広田先生を訪れる。父母を早くに亡くしている。
広田先生の引っ越しの日に、与次郎から新しい家の掃除を頼まれ、同じく手伝いに来ていた三四郎と再会し、親しくなる。

里見恭助
美禰子の兄。野々宮と同年に大学を卒業した。

野々宮宗八
三四郎の故郷の知り合いの従弟。背が高く痩せている。三四郎の母が、東京に出た息子の世話を頼む。光線の圧力を試験するために、望遠鏡で球を覗く研究をしている。もともと広田先生の弟子のような存在で、学問に長け、その研究によって海外からも名を知られている。給料が安く、私立学校に教えに行っている。美禰子の兄の恭助と同年の卒業で、以前から美禰子と親しくしていた。大久保に住み、そこから大学に通っていたが、よし子が美禰子と同居を始めると、大久保の家を引き払って新しく下宿を始める。

野々宮よし子
野々宮宗八の妹。鼻が細く、唇が薄く額が広くて、顎がこけた蒼白い顔つきをしているが、その表情の中に憂鬱と快活が統一されている。趣味は絵画。兄のことを慕っている。病気のために入院しており、宗八の使いで袷を届けに来た三四郎と知り合う。
病院を出ると、美禰子の家に居候を始める。

広田先生
身長は五尺六寸。東京に向かう列車の中で三四郎に水蜜桃を勧め、「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より頭の中の方が広い」と言って感銘を与える。
独身。大学で英語の講義を行なっている。洋行をしたことはないものの西洋について高度な知識を持ち、多くの書物を読み、論文もたまに書く。
美禰子の個人である兄と仲が良かったため、時々美禰子に英語を教えている。
高校の教え子であった与次郎と同居しているが、家主が家賃を釣り上げてきたために与次郎が腹を立て、引っ越しをすることになる。その引っ越しの際に野々宮宗八に金を用立ててもらっていた。高等学校の試験の採点で手に入れた臨時収入を野々宮への借金の返済に回そうとしていたが、与次郎がその金を馬券に擦ってしまう。

佐々木与次郎
三四郎の同級生。高等学校の教師であった広田先生の家に住んでいたが、家主が家賃を上げて来るので、立ち退きを宣言し、新しい借家を借りる。その借家への引っ越しの日に、三四郎と美禰子を手伝いに呼んで引き合わせる。
「零余子」という匿名で、広田先生を称賛する記事「偉大なる暗闇」を書き、自分たちの科が不振なことを訴えて日本人教師の必要性を説き、自分から出世しようとしない先生を大学教授にしようと画策する。
野々宮宗八に返すための金を、広田先生から預かっていたが、それをすべて馬券に当てて擦ってしまう。その擦った分を三四郎に借り、さらにその金を三四郎に返すため、美禰子に金を借りようとする。

原口先生
絵描。フランス式の髭を生やし、頭を五分刈りにした脂肪の多い男。美禰子が団扇を翳している等身大の肖像画を描いて展覧会に出そうとしている。

三四郎の母
熊本から東京へ出て大学に通う三四郎を心配し、度々手紙を書く。知り合いの従弟にあたる野々宮宗八を頼るように三四郎に伝える。郷里にいるお光と息子との結婚を望んでいる。

御光
三四郎の故郷の近所に住む娘。三四郎の母が、息子の結婚相手にさせたがっている。
三四郎のために黒い紬の羽織を縫い上げたりして、本人も三四郎との縁談に肯定的なようである。

『三四郎』のあらすじ

三四郎池

※ネタバレ内容を含みます。

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 熊本の高校を出て、東京帝国大学に入学することになった三四郎は、上京するために山陽線に乗りました。広島から見知らぬ女が乗ってきて、その日の宿を一緒に探して欲しいと頼みました。名古屋に着くと、二人は同じ部屋に泊まることになりましたが、三四郎は一晩何もしませんでした。別れ際に「あなたは余っ程度胸のない方ですね」と女は言いました。

 翌日、三四郎は再び列車に乗り込み、隣り合わせになった男に水蜜桃をもらいました。泰然とした態度で日本批判を行うその男を見て、三四郎は熊本を出たことを実感しました。

 東京に着くと、三四郎は全てのものの早さに驚き、自分が取り残されていくように感じました。実家から届いた手紙も、昔からきたもののように感じました。その手紙に書かれていた、知り合いの従弟にあたる野々宮宗八という人物を三四郎は訪ねました。野々宮さんは理科大学で光線の圧力を研究していました。
 三四郎が構内の池のほとりに佇むと、鮮やかな着物を着た若い女が、丘の上で扇を翳しているのが見えました。三四郎はその女の白さに惹かれました。二人は池の端ですれ違い、視線を交わしました。
 三四郎は野々宮さんに話しかけられ、本郷を散策しました。野々宮さんは訪れた店でリボンを買いました。

 講義が始まると、三四郎は佐々木与次郎という同級生と友達になりました。与次郎は、図書館を勧めたり、寄席を見せたりして、講義に飽きてきた三四郎に新しい刺激を与えました。与次郎は広田という高等学校の先生の家に寄寓していました。三四郎は、野々宮さんが広田先生の元の弟子であることを、与次郎によって知らされました。

 三四郎は大久保にある野々宮さんの家を訪れました。野々宮さんの妹は病気で大学病院に入院していると言います。その妹に呼び出されたため、病院に泊まることになった野々宮さんは、三四郎に留守を頼みました。
 その夜、三四郎は野々宮さんの家の近くを通る列車に轢かれた、若い女の死体を目撃し、恐怖に足をすくませました。

 翌日、野々宮さんが帰ってくると、その女の礫死体を見たかったと言い、三四郎はその呑気なのに驚きました。
 袷(あわせ)を持っていくように頼まれた三四郎は、病院にいる野々宮さんの妹のよし子を訪れました。よし子は快活な娘でした。病室を出ると、池のほとりですれ違った女に再び会いました。女は三四郎に十五号室はどこかと聞きました。そこはよし子のいる部屋でした。その女がよし子の見舞いに訪れる仲だと知った三四郎は、女が野々宮さんの買ったリボンを身につけているのを発見し、野々宮さんとその女が何か関係あるのではないかと考え、足が重くなりました。

 ある日三四郎は、与次郎が東京に向かう列車の中で水蜜桃をくれた男と歩いているのに出会いました。水蜜桃の男は、与次郎が寄寓している高等学校の教師の広田先生でした。二人は現在の家の家賃を吊り上げられ、新しい家を探していました。
 広田先生は、西洋について研究し、様々な書を読んで幅広い知識を持っているにも関わらず、高等学校の一教師として埋もれたまま、何もしようとはしていませんでした。そのような先生を与次郎は「偉大なる暗闇」と評し、大学の教授に推薦しようとしていました。
 与次郎は広田先生と住む新しい家を決め、入居前に三四郎に掃除を頼みました。三四郎が家を訪れ、一人縁側にたたずんでいると、池の端に佇んでいた女が訪れてきました。女は里見美禰子という名で、三四郎と同じように家の掃除を頼まれていました。二人は親しくなりました。

 三四郎は、退院したよし子を訪れ、気になっている美禰子のことを聞きました。美禰子は早くに両親を亡くしていました。美禰子の兄の恭助は野々宮さんと同年の卒業で、故人であるさらに上の兄は広田先生と友人でした。その関係で美禰子は野々宮さんや広田先生との交流があるようでした。
 三四郎は、美禰子から菊人形を見に行くのに誘われました。野々宮さんとよし子も一緒でしたが、見物に押された美禰子に三四郎はついていき、二人だけになりました。気分を悪くしていた美禰子は腰を下ろし、自分たちのことを大きな迷子だと評し、迷子は英語で「ストレイ・シープ(迷える子羊)」であると三四郎に教えました。ぬかるみを越えようとした美禰子は、勢い余って落ちた三四郎の腕の中で、再び「ストレイ・シープ」と言いました。

 講義を筆記するのが嫌になった三四郎は、stray sheepとノートに書き連ねるようになりました。広田先生を大学教授に押し上げようと画策していた与次郎は、「偉大なる暗闇」という標題の記事を匿名で雑誌に載せ、その中で広田先生を賞賛しました。与次郎は、その日に行われる懇親会で、自分たちの科の不振なことを慨嘆し、その後挽回策を講じ、もう一人日本人を大学に入れるのが急務だと言って、広田先生を推薦しようとしていました。与次郎はそのために、様々な有力者を広田先生に近づけようとしていました。その中の一人に、原口先生という画家がいました。原口先生は、美禰子とも知り合いで、美禰子の肖像画を描いて展覧会に出すつもりでした。
 よし子は退院後、母親が国へと帰ったので、美禰子の家に居候することになりました。三四郎は、野々宮さんと美禰子との関係が近づくことを恐れました。

 広田先生は引っ越しの資金を野々宮さんから用立ててもらっていました。広田先生に金が入り、その金を野々宮さんに返すために預かった与次郎は、その金で馬券を買い、全て擦ってしまいました。その話を聞いた三四郎は、呆れながらも与次郎に金を貸してやりました。しかし、与次郎は三四郎になかなかその金を返すことができず、美禰子にその分を補填してもらうように頼みました。三四郎は、故郷から金を貰うことになっていたので、切羽詰まっているわけではありませんでしたが、与次郎の金を建て替えるつもりでいる美禰子のもとを訪れました。
 三四郎は金を用立てて貰う必要はないと伝えましたが、美禰子は銀行の前で立ち止まり、帳面を出し、お金を預かっておいてくれと言いました。さらに美禰子は三四郎を展覧会に誘い、二人は絵を見て歩きました。
 その後出会った野々宮さんを、美禰子が愚弄する様子を見せたので、三四郎は腹を立てました。美禰子は貸した金を貰ってしまうように言ったので、三四郎は金を返すべきか貰うべきか迷いました。

 三四郎は美禰子を描いている原口先生を訪れました。三四郎は美禰子に金を返すことで、二人の距離が遠ざかるのか縮まるのかわかりませんでしたが、思い切って返そうとしました。美禰子は、「いま下すっても仕方がないわ」と言って、悲しげな様子を見せました。
 家を出て、なぜ原口さんのところへきたのかと聞かれた三四郎は、「あなたに会いに行ったんです」と答えました。美禰子はそれには答えませんでしたが、原口先生に描いてもらっている構図は、三四郎と初めで会った池の端での自分の姿であると言いました。
 二人が歩いていると、見知らぬ男が美禰子を迎えました。美禰子はその男を三四郎に紹介し、去っていきました。

 広田先生が、自らの門下生を使って「偉大なる暗闇」という記事を書かせ、大学教授になるための画策をしているとの記事が出ました。自分がその教師になるための運動を始め、その記事によると「偉大なる暗闇」を書いたのは、三四郎だということでした。広田先生を出世させようとして、思わぬ記事を書かれてしまった与次郎は、先生に謝りました。
 三四郎が広田先生の家へ行くと、広田先生は自分に内緒で「偉大なる暗闇」を書いた与次郎に苦言を呈しました。しかし済んだことを話すのはやめようと言って、先ほど見た夢の話を始めました。それは十二、三歳の女に再会したという夢でした。
 それは二十年ほど前、たった一度すれ違っただけの女でした。その女が誰なのかは今もわかりませんが、その姿が先生の目に焼き付いてしまったのだと言います。その女が原因かはわかりませんが、先生はずっと独身を通していました。

 演芸会が開かれ、三四郎は劇場に入り、野々宮さんとよし子と一緒にいる美禰子を見つけました。美禰子とよし子が席を立つと、三四郎も話しかけるために席を立って後を追いました。しかし二人が、この前美禰子を迎えに来た男と話を始めたため、三四郎は席へも戻らずに下宿へ帰りました。

 翌日から三四郎は熱を出しました。見舞いに来た与次郎によると、美禰子が嫁に行くことが決まったようでしたが、相手の男はよし子も貰うことになっていたようで、そこを与次郎は腑に落ちない点だと言います。三四郎はよし子を呼ばせ、詳しいことを聞きました。
 美禰子は、もともとよし子を貰う予定だった兄の友達のところへ嫁に行くことが決まったようでした。
 熱が治った三四郎は美禰子を訪ね、金を返しました。三四郎が「結婚するそうですね」と言うと、美禰子は「われは我が愆(とが)を知る。我が罪は常に我が前にあり」と言いました。

 原口さんの画ができあがり、展覧会での展示が始まりました。その絵は「森の女」と題され、大勢の人が見にきました。
 三四郎は、「森の女」という題が悪いと言いました。与次郎がそれでは何にすればいいのだと聞きました。三四郎は何も答えませんでしたが、口の中で「迷羊(ストレイシープ)」と繰り返しました。

作品の概要と管理人の感想

 『三四郎』は一九〇八年に連載され、一九〇九年に刊行されました。『それから』『門』へと続く前期三部作の最初の作品として知られています。
 夏目漱石の代表作の一つとして、つとに有名なこの『三四郎』ですが、文学、哲学、物理学、芸術などの非常に幅広い教養について書かれており、『坊っちゃん』、『こころ』に比べ、一筋縄ではいかない印象の作品です(『吾輩は猫である』から来た人にとっては読み易いかもしれませんが)。百年も前の高等教養について登場人物が語り合う部分は、インターネットでも調べきれないようなものも多く、研究者でもない限り、この小説の知的な部分をしっかりと理解するのには限界があるように感じます。
 当時の超エリートであった夏目漱石が学んできた教養が惜しげもなく披露されているのを、きちんと理解できないのは勿体ないような気もしてしまいますが、この『三四郎』は、その魅力が差し引かれても余りある、非常な美しさを持った作品だと思います。
 特に美禰子が登場する箇所は、幻想的とも言えるような艶やかさがあります。例えば、病院の廊下で三四郎とすれ違う時の美禰子の着物の描写は、こんな感じです。

着物の色は何と云う名か分からない。大学の池の水へ、曇った常磐木の影が映る時の様である。それを鮮やかな縞が、上から下へ貫いている。そうしてその縞が貫きながら波を打って、互いに寄ったり離れたり、重なって太くなったり、割れて二筋になったりする。

『三四郎』より

美禰子と三四郎が二人きりになり、迷子の英訳が「ストレイ・シープ」だと教えた後の情景も非常に印象的です。

すると美禰子は石の上にある右の足に、身体の重みを託して、左の足でひらりと此方側へ渡った。あまりに下駄を汚すまいと念を入れ過ぎた為め、力が余って、腰が浮いた。のめりそうに胸が前へ出る。その勢で美禰子の両手が三四郎の両腕の上へ落ちた。「迷える羊(ストレイ・シープ)」と美禰子が口の内で云った。三四郎はその呼吸(いき)を感ずる事が出来た。

『三四郎』より

(順番は前後しますが)三四郎と美禰子が初めて出会う場面は、細かい描写がなされているわけではありませんが、三四郎が美しいと感じたことがとにかく強調されます。

女の一人はまぼしいと見えて、団扇を額の所に翳している。顔はよく分らない。けれども着物の色、帯の色は鮮やかに分った。白い足袋の色も眼についた。鼻緒の色はとにかく草履を穿いている事も分った。(中略)
この時三四郎の受けた感じは只奇麗な色彩だと云う事であった。けれども田舎者だから、この色彩がどういう風に奇麗なのだか、口にも云えず、筆にも書けない。

『三四郎』より

 この作品における、三四郎の心の琴線に触れたであろう美しい情景を三つ紹介しましたが、特に最後の場面は、この小説の肝とも言える箇所で、この時の自分を再現したものを美禰子は原口先生に描いてもらうのです。

 三四郎と初めて出会った時の自分を画に描いてもらうというのは、恋心の現れのようにも感じますが、実際に美禰子が三四郎のことを愛していたのかは、最後までよくわかりません。ただ単に自分に好意を抱いている男を幻惑し続けたいという、残酷な感情で動いているようにも感じさせられます。そして結局、美禰子は様々な場面で三四郎を翻弄した挙句、他の男との結婚を決めてしまいます。その行動について考えれば考えるほど、様々な解釈ができてしまい、美禰子が何を思い、誰を愛していたのかが分からなくなっていきます。作中で三四郎のことを翻弄し続ける里見美禰子という存在は、様々な解釈ができるように書かれ、それも非常な美しさで書かれているために、読者である私たちをも幻惑してしまう稀有なヒロインであると思います。