スタンダール『赤と黒』(第二部)の詳しいあらすじ

スタンダール作『赤と黒』(第二部)の詳しいあらすじを紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。

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※『赤と黒』の詳しい登場人物紹介はこちら

パリに着いたジュリヤン・ソレル

 ジュリヤンは、郵便馬車へ乗り込み、パリへと向かいました。同乗は、レーナル家の家を安値で落札したサン=ジローと、レーナル氏の幼馴染で今は絶交しているファルコスでした。亡命貴族や聖職者を国に呼び戻したナポレオンを批判したサン=ジローに対し、ナポレオン派のファルコスは、ナポレオンの治世の時期ほどフランスが偉大になったことはなかったのだと主張しました。
 ヴェリエールの思い出に浸っていたジュリヤンは、パリでの生活を思い浮かべても浮き立つ気分になれず、むしろ愛するレーナル夫人の子供たちを、将来決して見捨てまいということを心に誓いました。

 パリに着いたジュリヤンは、ピラール神父を訪れました。ピラール神父は、ラ・モール侯爵のところで行うことになる仕事や、パリの上流社会で生きて行くためにはどのように行動するべきかについて教え、もし侯爵邸が嫌になれば、助任司祭の職を与えると約束しました。ジュリヤンはその言葉に深く感謝しました。

ラ・モール邸に受け入れられるジュリヤン

 ジュリヤンは、ピラール神父とともにラ・モール邸に入り、ラ・モール侯爵との対面を果たしました。ラ・モール侯爵は、ものを知らないジュリヤンを社交家としても育てることを決め、彼を素晴らしい図書室に案内し、ダンスを教えようと考えました。
 さらにジュリヤンは、ラ・モール侯爵夫人、長男ノルベール・ド・ラ・モール伯爵、長女のマチルドに引き合わされました。

 軽騎兵中隊長のノルベール伯爵は、スペイン遠征にも行ったことのある才気と勇気を持ち合わせた男で、未来の貴族院議員でした。
 十九歳になるマチルドは、金髪の綺麗な目をした令嬢でした。ジュリヤンは、彼女のことを嫌な女だと思いました。
 ジュリヤンは、持ち前の美貌で一同に好感を与え、ラテン語の知識はかなりのものであることを認めさせました。

 その翌日、ノルベール伯爵はジュリヤンを乗馬に誘いました。乗馬に慣れていないジュリヤンは、馬から落ち、泥まみれになりました。
 晩餐の時に、ジュリヤンは落馬したことをマチルドに話しました。自分の失敗談を進んで話すことを恥としない田舎者のジュリヤンに、マチルドは面白がっていくつも質問を浴びせました。ジュリヤンは思いがけなく、マチルドから親しみを持たれるようになりました。

 ジュリヤンは、このような親切な待遇を受けながらも、田舎者であるがために、その作法を周囲の従僕から笑われ、孤立を感じました。

 ラ・モール侯爵夫人のサロンにやってくる人々は、自分を有利なポストに就くことができるかもしれないという期待を抱いていました。彼らは、上品で丁重でしたが、思想上のあらぬ疑いをかけられないために、当たり障りのない話題しか出さず、常に退屈を感じていました。マチルドは、クロワズノワ侯爵、ケーリュス伯爵、リュス子爵などの将来の結婚相手の候補の男たちにいつも囲まれていました。
 ジュリヤンも間もなく彼らと同じような退屈を感じるようになりました。ある日、ピラール神父と図書室で過ごしていたジュリヤンは、ラ・モール邸での晩餐が退屈で仕方ないと訴え、その晩餐に呼ばれることがこの上もない名誉なのだと叱られました。その話を偶然聞いていたマチルドは、ジュリヤンがむやみに上流階級に取り入る人ではないと考え、敬意を抱くようになりました。

 やがてジュリヤンは、このサロンに集まる人々が、私欲のために人に取り入るか、不正を行って成りあがった人々であることに気付くようになりました。ピラール神父もまた、サロンの片隅で、欺瞞や悪徳に満ちた上流社会に閉口し、そこに出入りする人々を苦々しい気持ちで眺めました。ジュリヤンは、そのような上流社会を見て、羨ましいという気持ちが消え失せていくのを感じました。
 やがてジュリヤンは、数多くの失敗を繰り返しながらも、領地の管理や、フリレール神父との訴訟に関する通信の仕事をするようになりました。侯爵は、利口なジュリヤンに多くの仕事を任せ、彼の書いた文書には、すぐにサインをするようになりました。ジュリヤンは、神学校では不信心な生徒と見做されていましたが、成績は優秀でした。ピラール神父は、多くのジャンセニストのところに彼を連れて行きました。ジュリヤンは、彼らの収入にこだわらない敬虔な姿を見て驚きました。

ボーヴォワジ氏との決闘

 ある日、ジュリヤンはにわか雨に当たってカフェにかけこみ、ある背の高い男に睨まれました。
 ジュリヤンはそれを侮辱ととり、剣術仲間のリエヴァンに介添人を頼み、その男の名刺に書いてあった住所に住む雇い主C・ド・ボーヴォワジ氏に決闘を申し込もうとして、家を訪れました。

 外交官のボーヴォワジ氏は、美しく整った顔立ちをしており、穏やかで、上品な態度でジュリヤンを向かえました。それは前日の男の態度とは大いに異なっており、ジュリヤンは相手の威厳に感服し、家を出ていきました。

 ボーヴォワジ氏を待っていた馭者が昨日の男であることに気付いたジュリヤンは、その馭者をひきずりおろして鞭で殴りつけ、ピストルを放ちました。この一件でジュリヤンはようやくボーヴォワジ氏との決闘を行う理由ができ、その決闘の結果、腕に一発の銃弾を受けました。ボーヴォワジ氏はジュリヤンに興味を持ち、彼のことを調べ上げ、彼の身分が低いことをつきとめると、自分がそのような男と決闘したことを隠すため、ジュリヤンがラ・モール侯爵の親友の私生児なのだという噂を流しました。

 この噂が広まると、ボーヴォワジ氏とその友人は、部屋に閉じこもっていたジュリヤンのもとへ見舞いへと訪れ、オペラへと連れ出しました。ジュリヤンは、尊大な態度のボーヴォワジ氏に惹きつけられ、オペラに出入りするようになりました。

 ラ・モール侯爵は、パリ中に広まった噂を否定させようとせず、ジュリヤンを名前を言うだけでオペラに出入りできるようにさせ、上流社会の人々の顔を覚えるようにと言いつけました。

 その頃、ラ・モール侯爵は、痛風の発作で、六週間ほど家に閉じこもっていました。
 マチルドと侯爵夫人は、南仏の避暑地にいる夫人の母のもとに行っており、ノルベール伯爵も父親を相手にしなかったため、侯爵はジュリヤンを相手にする以外にすることがありませんでした。
 ジュリヤンの考えがしっかりしているのに感心した侯爵は、気まぐれを起こして彼に青い燕尾服を買ってやり、その服を着ている間は、自分の親友のある公爵の息子として応対することにし、丁重に扱うことを決めました。

 ラ・モール侯爵は、ジュリヤンの自尊心を損ねることなく、田舎者に見える部分を治してやりました。ジュリヤンもまた、自分の気持ちを引き立てるように接してくれるラ・モール侯爵に愛着を抱くようになりました。

 ジュリヤンと完全に打ち解けた侯爵は、彼をロンドンに行かせ、その間に勲章を用意してやりました。そしてジュリヤンの帰国後、その勲章を与え、自分の親友の息子で、外交官として働いている貴族として仕立て上げました。ジュリヤンは、侯爵に深く感謝しました。

舞踏会

 南仏から帰ってきたマチルドはジュリヤンと再会し、彼が大人っぽくなり、田舎臭さが抜けたことに気づきました。ジュリヤンは彼女に対して冷淡に振る舞いました。
 ジュリヤンが、自分より才気のない他の取り巻きの男たちと異なることに気づいていたマチルドは、ある名門の舞踏会に彼を誘いました。ジュリヤンは、彼女の高慢な態度が気に入りませんでしたが、ノルベール伯爵の丁重で好意に満ちた誘いも受けたため、その舞踏会へと出かけました。

 舞踏会でマチルドに話しかけられたジュリヤンは、冷ややかな気乗りのしない様子で受け答えし、そのような態度にこれまで触れたことのなかった彼女を戸惑わせました。
 マチルドはその舞踏会で随一の美人で、身分も申し分なかったため、自分が注目を浴びていることに気づいていました。しかし彼女は、クロワズノワ侯爵らの男たちに才気を感じられず、彼らと結婚しても退屈な日々が待っているだけであろうと考えました。彼女は、陰謀を企んで自国で死刑の宣告を受けた外国人のアルタミラ伯爵の姿を見て、人間の見どころは死刑の宣告くらいのものだと考えました。

 アルタミラ伯爵は、自分の身柄の引き渡しを求めた男がこの舞踏会に来ていることを引き合いに出し、この社交界には、勲章をもらうために他人を犠牲にするものたちで溢れかえっており、世の中の肩書というものは、チェスの勝ち負けのように決まるのだとジュリヤンに語りました。
 その話をすぐ後ろで聞いていたマチルドは、それまでの退屈をすっかり忘れて、アルタミラ伯爵に同意しました。
 アルタミラ伯爵の話に熱中していたジュリヤンは、話に割り込んできたマチルドに軽蔑の目を向けました。そのジュリヤンの表情を見たマチルドは、悔しさを紛らわすために夜明けまで踊り明かしました。

 翌日も、ジュリヤンは、アルタミラ伯爵の話したことを思い返しており、図書室に入ってきたマチルドを相手にしませんでした。
 マチルドは、自分のことをまるで念頭に置いていないような彼の表情を見て、苦々しい思いを味わいました。

恋に落ちるマチルド

 マチルドが黒い喪服を着ているのを見たジュリヤンは、ある男から、その日がラ・モール家の先祖ボニファスの命日であることを知りました。ボニファスは、陰謀加担者の首謀者として斬首された人物で、その恋人の王妃は、ボニファス処刑後、彼の首をもらい受けたようでした。マチルドはこの先祖を心から愛しており、毎年この時期になると喪服をつけることにしているようでした。
 この話を聞いたジュリヤンは、マチルドが、パリの女に見られるような気取りによって行動しているわけではないと気づきました。やがて彼は、少しずつマチルドと話をするようになるにつれ、高飛車でありながら気楽な態度の彼女と話すのが面白くなり、ナポレオン崇拝を隠しながら給金を得なければならない自分の貧しさについてすら正直に語るようになりました。
 マチルドの方も、他の男に見せることのない情愛を見せるようになりました。ジュリヤンは、彼女が自分を愛しているのかもしれないと考えるようになりました。
 財産や家柄、美貌、才気といったものがすべて集まっていたマチルドは、クロワズノワ侯爵らの取り巻きに退屈しか感じることができず、平凡な幸福を軽蔑していました。しかしジュリヤンだけは、彼らとは異なり、周囲の全てを軽蔑しているが故、マチルドからの軽蔑を買うことはありませんでした。

 やがてマチルドは、気位の高く、自分の考えに本気で楯突いてくるジュリヤンが、前世紀に活躍した革命家ダントンになりうる資質を持っている男だと考えるようになり、彼に惹かれるようになりました。
 マチルドは、ジュリヤンに恋をしていると気づいた日から、身分違いの恋に落ちることこそが英雄的だと考え、これまでの退屈な日々を取り戻そうかとするように、彼に熱烈な愛情を捧げるようになりました。彼女は自尊心を打ち壊され、生まれて初めて幸福を探し当てたような気になりました。

 ジュリヤンに熱を上げるマチルドを見て、ノルベール伯爵やクロワズノワ侯爵らは、ジュリヤンに冷淡で横柄な態度をとるようになりました。

 マチルドが自分に恋をしているのか計りかねていたジュリヤンは、自分も彼女に恋をしているのではないかと考えました。しかしそれは、彼女の素晴らしい衣装や美貌に惹かれているに過ぎず、レーナル夫人に対して抱いていた熱烈な愛情とは、全く異なったものでした。
 彼は、マチルドが、自分の婚約者を嫉妬させようとして自分に近づいてきているのではないかと考え、再びマチルドに冷淡な態度を取るようになりました。上流社会の人々による策略に打ち負かされてしまうのではないかという危機感を覚えたジュリヤンは、ラ・モール侯爵が持っている小さな領地に旅にでることを決めました。
 ジュリヤンが旅に出ることを知ったマチルドは取り乱し、彼に恋文を書くことを決めました。その手紙が露見した場合は、一生の恥辱となることは明らかでした。
 手紙を受け取ったジュリヤンは、製材所の倅がとうとう貴族から告白されたこと、自分から告白せずに威厳を保ったこと、そしてクロワズノワ侯爵たちに勝ったことに満足を覚えました。
 有頂天になったジュリヤンは適当な理由をつけて旅行を取りやめ、ラ・モール侯爵に良心の呵責を感じながらも、社会全体を敵にまわす覚悟を決め、マチルドを誘惑することを決めました。

 一方で、彼はマチルドに騙されているのではないかという考えを消し去ることができず、用心のために、彼女が冗談を言って自分をからかっているのだろうという内容の返事を書き、その翌日、手紙を図書室で渡しました。
 すると、マチルドは再び図書室に現れ、手紙を投げつけて去っていきました。それは、話したいことがあるので、今夜の夜中一時に庭に出てきてほしいという内容でした。 
 ジュリヤンは、マチルドが自分をかついで破滅させようとしているのだろうかと疑いましたが、もしその手紙に書かれている内容が本当なら、マチルドに愛された男であるという名誉を得ることができる機会だと考えました。彼はマチルドからの手紙をフーケに送って保管を頼み、もし自分の身に変わったことが起きたら、その手紙を国中の新聞とラ・モール侯爵に送りつけて欲しいと頼みました。

 晩餐では、マチルドは青ざめた顔で現れましたが、ジュリヤンは彼女と話すことはできませんでした。ジュリヤンは、恐れを抱きながら、約束の時間を待ちました。

 午前一時を過ぎると、ジュリヤンは、ポケットにピストルを忍ばせ、梯子をマチルドの部屋に立てかけ、登って行きました。

 マチルドはジュリヤンを迎え入れましたが、彼の得意そうな顔つきを見て、自分の軽はずみな行動を後悔し始めました。

 ジュリヤンはマチルドが自分を騙していたのではないことが分かり、野心を満足させましたが、愛情を持っていなかったので、その一夜は幸福とは言い難いものでした。マチルドもまた、喜びを感じることはなく、惨めな屈辱を感じるだけだったため、彼女は自分がジュリヤンを本当に愛しているのか分からなくなりました。

ジュリヤンとマチルドの駆け引き

 翌日からマチルドは、自分を支配する権利を持ってしまったジュリヤンを激しく憎むようになりました。ジュリヤンは、マチルドの態度に不安を感じて話しかけましたが、冷淡な態度を取られ、二人は絶交しました。
 ジュリヤンは、絶交を宣言した後で不幸を感じ、自分がマチルドを愛していることをようやく確信しました。

 図書室に入った彼は、マチルドの姿を認め、自分を愛してはくれないのかと聞きました。マチルドは自分が見境なく身を任せたことが口惜しいのだと答えると、ジュリヤンは怒り狂い、飾ってあった古剣の刃を抜きました。その姿を見たマチルドは、自分が愛人から殺されかけたという考えに満足を覚え、ジュリヤンを憎む気持ちが消え去りました。
 やがてマチルドは、自分を殺しかけたジュリヤンが、主人にふさわしいと考えるようになり、よりを戻す手段を考え始めました。

 晩餐の後、マチルドはジュリヤンに話しかけ、庭へと誘いました。ジュリヤンに心を開いた彼女は、過去にクロワズノワ公爵やケーリュス伯爵に淡い恋心を抱いたことを明かしました。ジュリヤンは、激しい嫉妬の念に苦しみました。

 ジュリヤンは、やりきれない気持ちを抱いたまま、その後の一週間を過ごしました。彼の苦しむ姿を認めたマチルドは、はげしい快楽を覚え、その気になればいつでも手に入れられる、結婚すれば社会の注目の的になる相手として、軽蔑の目でジュリヤンを見るようになりました。
 彼女はオペラに影響されて、ジュリヤンに対する激しく狂おしい感情が込み上げてくるのを感じながらも、その情熱に打ち勝ったということを確かめるために、彼の気に触ることばかりをしようと決心しました。

 マチルドに酷い扱いを受けたジュリヤンは、自分が泣き崩れる姿を見せることを恐れて部屋にこもり、自殺しようという気持ちに襲われました。しかしまもなく、不幸のどん底まで落とされたためにかえって勇気を取り戻し、午前一時になると、梯子をつかってマチルドの部屋に入り、キスをして自殺をしようと決心しました。
 梯子を立てかけてマチルドの部屋へと登っていったジュリヤンは、マチルドに抱き入れられました。大胆なふるまいに出たジュリヤンに、マチルドの方ものぼせ上がり、自分が恋心に反抗を試みていたことを白状し、永遠に服従することを誓い、自分の主人になってほしいと頼みました。ジュリヤンは無上の幸福を味わいました。
 まもなく夜が明け、ジュリヤンが梯子を滑り降りて外へと逃れると、マチルドは、服従のしるしに、自分の髪の毛をひとふさジュリヤンに投げ落としました。

 翌日、髪の一部が失われ、うかれた気持ちを隠そうともせずに、ジュリヤンを主人と呼ぶ彼女は、ひどく不用意に見えました。
 ジュリヤンは幸福の絶頂を味わいましたが、昼食になると、再びマチルドは後悔の念に襲われ、ジュリヤンに対して取り澄ました態度で接しました。
 再び心を傷つけられたジュリヤンは、自分の気持ちを殺し、死んだように振る舞うことを決めました。

 やがてジュリヤンは、マチルドへの悩ましい想いのため、眠れない夜を過ごすようになりました。
 ある朝、マチルドは、自分はジュリヤンのことを好きではないと言い切りました。ジュリヤンは、その言葉に衝撃を受け、我を忘れて弁解を始めました。マチルドは、徹底的にジュリヤンを罵倒しにかかりました。
 耐えきれなくなったジュリヤンが図書室を逃げ出すと、マチルドの自尊心は満たされました。
 ジュリヤンは、マチルドとの関係が永久に失われてしまったのだと考え、余計に恋心を募らせることとなりました。

密書を運ぶジュリヤン

 失意のジュリヤンをラ・モール侯爵が呼び、これから行くサロンにやってくる十二人の発言を書き留め、それを四ページほどにまとめて暗記し、その内容をある偉い方に暗誦するようにと命じました。
 その任務は危険を伴い、ジュリヤンは楽しく旅行している身分の卑しい青年のふりをして、誰の目にも止まらないように遠出しなければなりませんでした。

 ラ・モール侯爵は、ジュリヤンをサロンへと連れていきました。そこでは、取り次がれた人物の名前は分からず、密議が取り交わされようとしていました。急進王党派の彼らは、自由主義者たちの台頭により、危機に瀕している王権を守るために、民衆や、フランス国土に進駐する連合軍や、聖職者たちにどのような働きかけをするべきかの議論を行いました。
 ジュリヤンは、平民の自分がこのような議論を聞いてしまったために殺されることになるかもしれないと考えながら、聞いた話の記録をもとにして、密書を作成しました。

 翌日、パリから離れた別荘で真の目的地を知ったジュリヤンは、とある村の宿屋で足止めを食い、そこに泊まっていた歌手ジェロニモと偶然顔を合わせました。ジェロニモが小僧に金をやって聞き出したところによると、この宿屋の主人は宿泊客に足止めを食らわせ、何か悪いことをしているようでした。ジュリヤンとジェロニモは、朝になったら宿屋をすぐに抜け出そうと話し合いました。

 その夜、阿片を盛った酒を出した宿屋の主人と、ある司祭がジュリヤンたちが眠り込んだ頃を見計らって、彼らの荷物を探り始めました。ジュリヤンは用心して宿の食べ物に手をつけなかったため、目を覚ましながら寝ているふりをしていました。宿屋の主人は、ジュリヤンが普通の旅人の荷物しか持っていないのを確かめ、彼が使者ではないと判断しました。ジュリヤンが薄目を開けて見ると、宿家の主人と行動していたのは、神学校でピラール神父と対立していた副校長で、この地方一帯の修道会警察組織になっていたカスタネード神父でした。
 ジュリヤンは、彼らが去って少し経ってから目を覚ましたふりをして、宿屋の皆を起こしてしまいました。ジェロニモは、阿片を盛られた酒により死にかけていました。

 ジュリヤンは一人で発ちました。そしてマインツにある目的の公爵の家に着き、散歩に出ようとしていた公爵にほどこしを求めるふりをして近づき、ラ・モール侯爵の時計を見せました。
 公爵はジュリヤンをあるカフェに連れて行き、ジュリヤンが暗誦した内容を聞き取ると、これから歩いて次の宿場へ行き、その後ストラスブールに行き、十二日後に再びこのカフェを訪れてくるようにと命じました。

 ジュリヤンは、二日かけて、ストラスブールへと行きました。

ストラスブール

 ジュリヤンは、ストラスブールで一週間を過ごさなければならなると、再びマチルドのことを考え始め、切ない気持ちになりました。
 惨めな気持ちのジュリヤンは、以前ロンドンで知り合ったロシア人コラゾフ公爵に偶然会いました。

 ジュリヤンは、自分に親切にしてくれたコラゾフ公爵に、ストラスブールの隣町にいる娘にふられたと言って、仮名を使ってマチルドとのことを相談しました。コラゾフ公爵は、毎日その女に会いながら、その女とつきあっている他の女に言い寄ることを勧めました。
 ジュリヤンは、その言い寄る相手として、ラ・モール邸によくやってくる未亡人のフェルヴァック元帥夫人のことを思い浮かべました。

 コラゾフ公爵とジュリヤンは懇意になり、毎日馬を乗り回しました。

 ストラスブールで一週間を過ごすと、ジュリヤンは任務を果たすために、マインツの公爵のところへ引き返し、密書の返事を受け取ると、パリへと急ぎました。

フェルヴァック夫人に言い寄るジュリヤン

 フェルヴァック夫人に言い寄ることを決めたジュリヤンは、彼女と同じ外国生まれでしょっちゅう顔を合わせているアルタミラ伯爵の元へ駆けつけ、自分が恋をしていると告げました。
 アルタミラ伯爵は、フェルヴァック夫人に言い寄ったことのあるスペイン人ドン・ディエゴ・ブストスのところにジュリヤンを連れて行きました。ドン・ディエゴ・ブストスは、フェルヴァック夫人が操の固い貞女であるが、偽善的で、根に持ったことを忘れずに相手を傷つける不幸な性質であるという分析を語り、夫人に言い寄るための指南をジュリヤンに授けました。

 ジュリヤンはラ・モール邸に帰り、マチルドに再会すると、平静を装い、愛想良く振るまいました。フェルヴァック夫人が訪れてくると、ジュリヤンは彼女がこれから行くというオペラについて行き、片時も彼女から目を離しませんでした。
 マチルドは、ジュリヤンがいない間に彼のことをすっかり忘れており、クロワズノワ侯爵との婚約に同意しようとしていました。しかし彼女は久々にジュリヤンの姿を見ると、やはり自分の主人は彼であると考えました。しかし、自分に追いすがってくると考えていたジュリヤンが、サロンの中でフェルヴァック夫人と夢中になって話しているのを見て、またラ・モール侯爵の意見を鵜呑みにする母親がジュリヤンを褒め上げるようになったことで、腹を立てました。

 ジュリヤンは、コラゾフ将軍が参考に送ってくれた恋文を手本にして、フェルヴァック夫人に宛てた手紙を書き続けました。フェルヴァック夫人は、しばらくその手紙を見なかったかのように振る舞いましたが、やがてジュリヤンに晩餐会の招待状を出しました。
 ジュリヤンは、フェルヴァック夫人の前では、取り入るような大袈裟な言葉で話し込みました。マチルドは、ジュリヤンのフェルヴァック夫人に対する言葉が嘘ばかりであることを見抜いていましたが、かえってその底意がわからなくなり、彼のことを考えるのを抑えるのに難儀するようになりました。

 ジュリヤンは、マチルドとクロワズノワ公爵との結婚の話が進んでいることに気づき、彼女への想いを断ち切れないまま、自分に嘘をついて気の進まないままにフェルヴァック邸に通いました。

 やがてフェルヴァック夫人は、徐々にジュリヤンに興味を抱くようになりました。世間体ばかりを気にする彼女は、ラ・モール氏の秘書というジュリヤンの肩書きに満足せず、どこかの司教管区の副司教にしようと考えました。
 日頃から退屈を感じていた彼女は、他人の手紙の引き写しであることに気づかないまま、ジュリヤンに返事を書くようになりました。

ジュリヤンに屈するマチルド

 ある朝、マチルドは、図書室でジュリヤンから手紙を取り上げ、彼の机を開けました。その中にフェルヴァック夫人からの手紙を認めると、彼女は自分の高慢さによってジュリヤンの心を失ったことを後悔し、自分のことを忘れてしまったように見える彼を非難し、泣き崩れました。
 ジュリヤンは幸福を覚えながらも、コラゾフの教えに従い、情にほだされない態度を見せつけました。

 すると、マチルドは、彼の愛情なしには生きていけないと言って、気を失ってしまいました。ジュリヤンは、ようやくマチルドを自分のものにしたことを悟りました。
 しかし、再びうつつを抜かすようになれば、たちまちマチルドは自分を軽蔑するだろうと考えたジュリヤンは、冷たい態度のまま図書室を出て行きました。

 ジュリヤンは、マチルドが再び心変わりするのではないかと恐れながら、フェルヴァック夫人に誘われた喜歌劇座の桟敷に顔を出しました。その後マチルドが追ってきても、ジュリヤンは感動したことを勘づかれないように、一言も話しませんでした。

 勝利を確信したジュリヤンは、部屋に戻ると興奮しながらナポレオンのセントヘレナ回想録を読み、自尊心の満足に浸りました。彼は、悪魔のようなマチルドを征服するためには、相手を恐れさせなければならないと考えました。

 翌朝、マチルドは、図書室でジュリヤンを待っていました。マチルドは、自分がジュリヤンを愛し続ける保証として、自分を連れ出し、操を汚して欲しいと言いました。

マチルドの妊娠

 その後の数日間、ジュリヤンは、マチルドが自分を愛している喜びを巧みに押し隠しながら、彼女に冷淡に接し続けました。
 初めての恋をしたマチルドは、ジュリヤンと触れ合うために、危険を顧みず、大胆な行動を取るようになりました。

 やがて彼女は妊娠し、喜んでこれをジュリヤンに伝えました。ジュリヤンは、マチルドが自分の人生を台無しにしてまで自分の妻になろうとしていることに感動し、つれない言葉をかけることができなくなりました。家を追い出される覚悟を決めたマチルドは、ジュリヤンの反対を押し切って、ラ・モール侯爵に手紙で妊娠を伝えました。

 手紙でマチルドの妊娠を知ったラ・モール侯爵は、激怒してジュリヤンを呼び出しました。
 ジュリヤンは罵詈雑言を浴びせられながらも、ラ・モール侯爵への感謝の気持ちは忘れることはなく、彼のために死ぬ覚悟をきめ、そのための文書を渡しました。
 その文書を読んだマチルドは、ジュリヤンが死ぬのなら、自分は公然とソレル未亡人を名乗ると言いました。娘の凄まじい覚悟に負けたラ・モール侯爵は、一万フランの年金証書をジュリヤンに送ってやるようマチルドに言いました。

 やがて話し合いが捗らないままひと月が過ぎました。ジュリヤンは、ピラール神父の司祭館に隠れて、毎日のようにマチルドと会っていました。
 ラ・モール侯爵は、自分の地所と、その地所からあがる、一万六百フランをマチルドに、一万フランをジュリヤンに与え、自分とジュリヤンとの関係を終わりにすることを決めました。

 マチルドは父親の決断に深く感謝しましたが、心から愛するようになったジュリヤンとなかなか会うことができず、やがて自分たちの結婚を認知させるという望みを抱くようになりました。
 彼女は、ピラール神父のところで結婚式を開くので、そこに立ち会って欲しいという手紙を父親に送りました。もし許しがなければ、二度とパリへは戻ってこないと彼女は書きました。

 決断を迫られたラ・モール侯爵は、二十二歳のころに経験した悲惨な亡命生活を思い出し、娘をりっぱな肩書きで飾りたいという欲望を抱くようになりました。そしてジュリヤンにラ・ヴェルネーという名を与えて従男爵にし、軽騎兵中尉としてストラスブールの連隊に入隊にするよう命令を下しました。

 軽騎兵中尉に任命されたことを知ったジュリヤンは、非常に喜びました。

逮捕されるジュリヤン

 数日後、ジュリヤンはラ・ヴェルネー従男爵として、ストラスブールの第十五軽騎兵連隊に入隊しました。
 礼儀作法を心得ており、物に動じない態度で、ピストルや剣術の腕前もある彼は、すぐに連隊内で認められました。

 連隊内での名誉や、生まれてくる子供といった将来の空想に浸っていたジュリヤンに、何もかもがおしまいになったのですぐに帰ってきてほしいというマチルドからの手紙が届きました。

 ジュリヤンはストラスブールを出てラ・モール邸の庭の裏口へと馬を飛ばしました。するとマチルドがジュリヤンの腕に飛び込み、父親からの手紙を彼に見せました。
 その手紙には、照会を求めたレーナル夫人からの返事を読んだラ・モール侯爵が、ジュリヤンが金のためにマチルドを誘惑したのだと思い込み、二人の結婚を断固拒否するという考えに至ったことが書かれていました。

 ラ・モール侯爵は、ジュリヤンが遠い国へ姿を消さない限り、今後一切の連絡も受け付けないと書き残して、姿を消していました。

 問い合わせを受けたレーナル夫人からの返事には、ジュリヤンが貧乏な生活から抜け出すために、偽善の仮面を被りながら、雇われた家の中で婦人を誘惑する罪深い行状について書かれていました。

 この手紙を読んだジュリヤンは、マチルドを後に残し、ヴェリエールへと向かいました。そしてヴェリエールへと着くと、武器商の家でピストルを買って教会に行き、日曜のミサを訪れて熱心に祈りを捧げているレーナル夫人の後ろから発砲しました。レーナル夫人は倒れました。ジュリヤンは逮捕され、牢獄へと連れて行かれました。

 レーナル夫人は肩に傷を負いましたが、致命傷ではありませんでした。
 彼女は、現在の告解師に強要されて、ジュリヤンを貶める手紙をラ・モール侯爵に書いて以来、ずっと死を願っており、自分の命が助かったことに落胆しました。
 夫人はエリザに金の入った包みを渡し、牢番がジュリヤンに酷い扱いをしないように渡して欲しいと頼みました。買収された牢番ノワルーは、ジュリヤンに人間味のある扱いをしました。ジュリヤンは判事に対し、自分は計画的に犯罪を犯したため、死刑が妥当であると主張しました。

 ジュリヤンは、マチルドに向けた手紙で、レーナル夫人に復讐したため、自分は二ヶ月後には死ぬであろうということ、マチルドは自分をいつか忘れるだろうということ、これからは一切便りを出さないことを書き、一年後にはクロワズノワ公爵と結婚するように命じました。
 レーナル夫人が無事だったことをノワルーから聞いたジュリヤンは熱い涙を流し、彼女だけが自分のことを許し、愛してくれるだろうと考え、初めて自分の犯した罪を後悔し、高潔な感情を取り戻しました。

 ブザンソンの牢獄へと移送されたジュリヤンは、自分が殺そうとしたので、殺されるべきだということ以上に、考えようとせず、判事や弁護士に計画的な殺人であると答え続けました。
 シェラン神父やフーケが訪れ、ジュリヤンに訪れた運命を嘆きました。フーケは、自分のあり金をはたいて、彼を脱獄させようと考えていました。ジュリヤンは深く感謝したものの、フーケの崇高な心に触れたことで勇気を取り戻し、脱獄の勧めを断りました。
 フーケが薪を収めていたフリレール神父は、ジュリヤンを助けることについて判事と相談すると受け合いました。

 翌朝、判事の書記を買収し、田舎娘の格好をしてジュリヤンの妻だと名乗り、この牢獄の許可を取りつけたマチルドが訪れました。ジュリヤンに異常な愛情を抱くようになった彼女は、ブザンソンの有力者フリレール神父に謁見を許され、自分の身分を明かしてジュリヤンの釈放への協力を求めました。フリレール神父は、マチルドがラ・モール侯爵の娘であることを知ると、フランスで司教になるための有力な司教猊下の姪であるフェルヴァック夫人の女友達をどう利用しようかと考え始め、陪審員たちに自分から個人的に働きかけてジュリヤンに無実をもたらすことを約束しました。
 マチルドは社会で自分の悪評が立つだろうということはもはや気にしませんでしたが、世間をあっと言わせたいという心が、心の中にはまだ残っていました。

 ジュリヤンは、レーナル夫人と過ごした日々を懐かしく思い出すことで幸福を感じており、これほどまで献身的なマチルドには心を動かされず、このことで良心の呵責を感じました。
 ジュリヤンは、マチルドがいずれ自分との関係を血迷った結果だと思うときが来るだろうと考え、いずれ生まれてくる子供を、いつまでも自分を愛しているだろうレーナル夫人に預けて欲しいという希望を抱くようになりました。

 マチルドからの手紙を受け取ったフェルヴァック夫人とフリレール神父の間には、何度も書信が取り交わされ、聖職者の任免権を握るフェルヴァック夫人の叔父は、ジュリヤンの助命を示唆する手紙をよこしました。

 くじ引きで三十六人の陪審員が決まると、レーナル夫人はブザンソンに行きたいと言い始めました。町長の座を退いていたレーナル氏は、証人として喚問されないことを条件に、妻の希望を聞き入れました。
 レーナル夫人はブザンソンに着くと、三十六人の陪審員に手紙を書き、ソレルの助命を願いました。

公判

 公判の日になりました。陪審員に選出されたヴァルノ男爵や、その部下らを味方につけたフリレール神父は、ジュリヤンの無罪に太鼓判を押しました。

 翌日、大勢の人々が訪れる中、ジュリヤンは落ち着いた気持ちで裁判所へ行きました。美しく若い彼は、群衆を惹きつけました。

 公判に来ているすべての人たちを軽蔑していたジュリヤンは、一言も発言するまいと決めていましたが、夜の十二時になると、自分の最後の日が始まることに興奮し、裁判長から発言があるかと聞かれて立ち上がりました。
 ジュリヤンは、自分が卑しい身分から抜け出そうとした自分が犯したのは計画的な殺人であり、それは死刑に値するが、その罪は自分とは異なる階級の人々によって裁かれるので、余計に厳しいものとなるだろうと発言しました。

 陪審員たちは長い間協議しました。ジュリヤンのことを嫌っていたヴァルノ氏は、県知事の任命辞令を持っていたため、フリレール神父をだし抜いて、思い通りの判決をくだそうと考えました。フリレール神父は、ジュリヤンを助けることができないことを知ると、その地位の後釜を狙ったほうが、野心を実現するには役に立つと考え、マチルドを裏切ることに決めました。
 夜の二時になってようやく、ヴァルノらの陪審員が法廷に入ってきました。彼らはジュリヤンの犯行が計画的殺人罪であると言明し、死刑の宣告が下されました。
 ジュリヤンは、憲兵に連れて行かれながら、もう会うことはないであろうレーナル夫人に、自分の罪を悔やんでいることを伝えられたら、どれだけ嬉しいだろうかと考えました。

ジュリヤンの死

 死刑囚の監房に入れられたジュリヤンは眠りに落ち、その翌朝、やつれ果てたマチルドに抱きしめられて目を覚ましました。
 彼女は控訴するための弁護士を呼んでおり、控訴状にジュリヤンの署名を求めました。しかし自分の弱さを誰にも見せない決意を決めたジュリヤンは、控訴を断りました。
 マチルドは癇癪を起こしました。ジュリヤンは、その間も自分の死をただ一人心から悲しんでくれるであろうレーナル夫人のことばかりを考えました。マチルドが呼んだ弁護士は、ジュリヤンの考え方に理解を示しました。

 ブザンソンに滞在していたレーナル夫人は、この地方一帯での自分の評判を地に落とすことを覚悟してジュリヤンの監房を訪れ、控訴を懇願しました。ジュリヤンは、これからレーナル夫人が自分に会いに来てくれるということを非常に喜び、そのために控訴をすると言いました。レーナル夫人がラ・モール侯爵宛に書いた手紙は、告解師に言われたことをそのまま書き写しただけだということを彼は知りました。二人はお互いにずっと愛し合っていたことを語り合い、声も立てずに泣きました。
 レーナル夫人は、これまでと変わらず自分の罪を痛感していたにも関わらず、一目会っただけのジュリヤンに、神様にも似た感情に支配されてしまうのを感じました。

 しかし、レーナル夫人がジュリヤンを訪れているということが、たちまちのうちに夫に知られ、彼女はヴェリエールへと帰されてしまいました。

 再びレーナル夫人の訪問を受けられなくなったジュリヤンは、自分に懺悔させてブザンソンで名声を高めようとしている醜悪なイエズス会の神父や、愛していない父親の訪問を受け、心が弱くなっていくのを感じました。マチルドやフーケの訪問にも有り難みを感じることができず、彼は一人になることを求めました。

 すっかり気が弱くなっていたジュリヤンのもとへ、ヴェリエールから逃げ出してきたレーナル夫人が駆けつけました。彼女は有力な叔母の力を利用し、ジュリヤンに毎日二度会う許可を得ました。ジュリヤンは喜び、これまでひた隠しにしていた弱い心を洗いざらい話しました。
 このことを知ったマチルドは激しく嫉妬し、レーナル夫人の後をつけさせ、ジュリヤンと激しく口論するようになりました。
 ジュリヤンは、マチルドの失踪について侮辱的な発言を受けたクロワズノワ侯爵が、決闘で死んだことを知り、今度はリュスとの結婚をマチルドに勧めはじめました。ジュリヤンの心が自分ではなくレーナル夫人にあることに気づいていたマチルドは、自分が他の結婚相手を勧められることに情けなさを感じました。

 レーナル夫人は、シャルル十世にジュリヤンの助命を哀願することを知り合いの女に勧められて、パリへ行こうとしました。ジュリヤンは、これ以上世間の笑い物になることはせず、残りわずかな日を楽しく暮らしたいと言って、レーナル夫人のパリ行きを許しませんでした。そして自分の死後、命を自ら絶つことをせず、マチルドが産んだ自分の子供を世話するという誓いを彼女に立てさせました。フーケに対しては、絶対に怖気付かないと宣言し、マチルドとレーナル夫人の苦痛を紛らわせるため、執行の日には二人を一緒に連れ出して欲しいと頼みました。

 死刑の執行が言い渡されると、ジュリヤンは自分の中に勇気が十分にあることを感じ、快い気分で足を運びました。
 斬られる瞬間、ジュリヤンはヴェルジーで過ごした楽しい日々の思い出をまざまざまと思い出しました。死刑は簡単に行われました。

 フーケは、金を出せばブザンソンの修道会員たちが自分の遺体を売るかもしれないとジュリヤンが言っていた通りに行動し、その遺体を買い取りました。

 フーケが一人でジュリヤンの通夜をしていると、マチルド虚な目をしながら入ってきて、ジュリヤンに合わせて欲しいと言いました。彼女はふるえながら外套を開き、ジュリヤンの首にキスをしました。
 マチルドはジュリヤンの首を膝に抱きながら、運ばれて行く棺について行きました。遺体は、彼が生前に望んだ、ジュラ山脈の高い山の頂にある洞穴の中に葬られました。
 葬式の後、フーケと二人で残ったマチルドは、自らの手でジュリヤンの首を埋め、イタリアで彫らせた大理石でこの洞穴を飾りました。

 レーナル夫人は約束を守り、決して自分では死のうとしませんでしたが、ジュリヤンが死んで三日目に、子供たちを抱きしめながら息を引き取りました。