スタンダール『赤と黒』の登場人物、詳しいあらすじ、感想

 『赤と黒』は一八三〇年に出版されたスタンダール(一七八三年〜一八四二年)の代表作です。フランス東部の架空の町ヴェリエールを舞台に、製材所の息子からの立身出世を狙う主人公ジュリヤン・ソレルの、町長の妻レーナル夫人と名門の令嬢マチルドという二人の女性との恋愛劇を通して、復古王政と呼ばれる時代のフランスの世相を描いた作品です。
 復古王政とは、第六次対仏大同盟による数々の戦闘でナポレオンが退位に追い込まれ、フランス革命で亡命していたブルボン家のルイ十八世が帰還して即位したあとの十六年間を指します。ルイ十八世と、その後を継いだシャルル十世は、革命中に亡命していた貴族の没収された所有地の補償を行い、革命によって増えた敬虔な信者を抱えるローマ・カトリック教会の復権を目指しました。ナポレオンの時代とは異なり、貴族や聖職者たちの安泰がより多く保証された時代で、その反動として民衆たちが多くの不満をため込んだと言われています。そのような背景の中で、王党派に対抗する自由主義者と言われる人々が台頭していった時代です。

 ジュリヤン・ソレルは、前時代の英雄ナポレオンに熱烈な憧れを持ちながら、復古王政の閉塞的な社会をのし上がろうとした青年です。題名を構成する『赤』は、ジュリヤンが憧れを抱いていた軍人、『黒』は、彼が復古王政の時代をのし上がるために利用しようとした聖職者を表していると言われています。

 ジュリヤンは、当時世間を騒がせたアントワーヌ・ベルテという実在の神学生をモデルにしています。ベルテは家庭教師に入った家の人妻を誘惑して解雇され、その悪評のために聖職者になることができなくなり、復讐のためにその人妻を撃って自殺未遂を起こし、死刑になった人物です。スタンダールは、このベルテ事件を大幅に脚色し、ジュリヤン・ソレルという人物像を創りましたが、このキャラクターがあまりにも現実離れしていたため、発表当時は評価を得ることができませんでした。しかしスタンダールの死後になって、『赤と黒』は正当な評価を得るようになり、今では世界文学を語る上で欠かせない作品となっています。イギリスの文豪サマセット・モームによる『世界の十大小説』にも選出されています。
 このページでは『赤と黒』の登場人物、あらすじ、感想を紹介します。

※ネタバレ内容を含みます。

『赤と黒』の登場人物

※詳しい登場人物紹介はこちら

ジュリヤン・ソレル
フランス東部の町ヴェリエールにある製材所の息子。類稀なる美貌と頭脳を持ち、ラテン語の聖書をすべて暗誦することができる。ナポレオンを崇拝し、上流社会に憧れながらも、権力のある聖職者になることを目指している。

レーナル氏
ヴェリエールの町長。五十歳ちかくの急進王党派。ジュリヤンを家庭教師として雇う。

ソレル氏
欲深いジュリヤンの父親。力仕事を行わないジュリヤンをいつも殴りつけている。

レーナル夫人
レーナル氏の妻。三十歳前後。ブザンソンの聖心修道院で育つ。三人の男の子を抱え、家庭のことばかりを考える貞淑な女性。

ヴァルノ
ヴェリエール貧民収容所の所長。六年間にわたってレナール夫人に言い寄っていた。

シェラン神父
ジュリヤンにラテン語を教えていたヴェリエールの八十歳になる司祭。

デルヴィル夫人
レーナル夫人の聖心修道院での同窓生。

エリザ
レーナル夫人の小間使い。

フーケ
ジュリヤンの古くからの友人の薪商人。

ピラール神父
ブザンソンの神学校の校長。厳格な態度でジュリヤンに接する。

カスタネード神父
神学校の副校長。ピラール神父と対立している。

フリレール神父
ブザンソンの副司教。ラ・モール侯爵と地所のことで裁判沙汰を起こしたことがある。

ラ・モール侯爵
パリ有数の名門の貴族。ジュリヤンを秘書として雇う。

ノルベール伯爵
ラ・モール侯爵の息子。軽騎兵中隊長。

マチルド
ラ・モール侯爵の娘。十九歳。才気のある美しい娘。陰謀加担者として斬首された先祖ボニファス・ド・ラ・モールのことを敬愛している。

クロワズノワ侯爵
パリ有数の名門貴族で近衛兵隊長。マチルドの結婚相手の候補。

C・ド・ボーヴォワジ従男爵
パリに住む外交官。

コラゾフ公爵
ジュリヤンがイギリス出張の時に、ロンドンでの上流社会の作法について手ほどきを授けたロシア人。

フェルヴァック夫人
ラ・モール邸のサロンに出入りする外国人の未亡人。

『赤と黒』のあらすじ

第一部

※第一部のもっと詳しいあらすじはこちら

 フランシュ=コンテ(フランス東部の州)のドゥー川沿いにある町ヴェリエールでは、町の年老いた神父シェランが、町長のレーナル氏や貧民収容所の所長ヴァルノといさかいになり、司祭職を辞めることを宣言しました。レーナル氏は、そのシェラン神父に神学を教わっていた製材所の息子ジュリヤン・ソレルを、司祭職の後釜に据えるつもりで、子供たちの家庭教師に呼びました。

 ジュリヤン・ソレルは、自分に教育を施した亡き軍医から、イタリア遠征の話を聞いて育ちました。その影響を受けたため、彼はナポレオンを崇拝しており、戦闘で武勲をあげれば誰でも入ることのできたその時代の上流社会に強い憧れを抱いていました。
 しかしその一方で、かつて急進王党派の司祭が権勢を奮っているのを見たことのあるジュリヤンは、自身のナポレオン崇拝を隠しながら、権力と給料の高い聖職につくことを決心していました。彼はシェラン司祭から神学を教わり、ラテン語の聖書をすべて暗誦できるようになっていました。
 製材所で働く父親や二人の兄は、本ばかり読んでいて力仕事ができないジュリヤンのことをしょっちゅう殴りつけていました。

 レーナル家の家庭教師になったジュリヤンは、新約聖書の暗誦を行い、町中で神童として知られるようになりました。それと共に上流社会が金集めと追従がはびこる世界であると気づき、彼は憎悪を募らせるようになりました。

 レーナル氏の妻は、ジュリヤンの貧しさを知って心を痛め、夫に内緒で彼に金を渡そうとしました。彼女を上流社会の女として嫌っていたジュリヤンは、自分は卑しい人間ではないと言って、その申し出を断りました。ブザンソンの聖心修道院で育ち、金銭や名誉にしか興味のない上流社会の男しか知らなかったレーナル夫人は、高潔で気位の高いジュリヤンのような男を初めて知り、無意識のうちに彼に惹かれるようになっていきました。

 春になり、一家がヴェルジーに持っていた城に移ると、レーナル夫人は、ジュリヤンと差し向かいで話す機会が増え、彼のことばかりを考えるようになりました。ジュリヤンも徐々に彼女に心を開くようになりました。
 その別荘地には、レーナル夫人の友人であるデルヴィル夫人が一緒に滞在しました。

 ある日、偶然レーナル夫人の手に触れたジュリヤンは、彼女の手を握らなければならないという考えに囚われるようになり、その翌日の夜、デルヴィル夫人の目を盗んで、レーナル夫人の手を握りました。レーナル夫人は、うろたえながらも幸福を覚え、ジュリヤンの手に身を委ねました。
 やがてジュリヤンは、夜になると、隣に座っているレーナル夫人の腕に手を伸ばし、その腕に唇を押し当てるようになりました。レーナル夫人はそれまで知ることのなかった陶酔を感じながらも、罪の意識を覚え始めました。

 ある日、レーナル氏がヴェルジーにやって来て、子供たちを放っていたジュリヤンに苦言を呈しました。これに屈辱を覚えたジュリヤンは、三日の休みを願い出て、山の中に住む薪商人の友人フーケの家を訪れました。
 フーケが情婦に対してとった行動を聞いたジュリヤンは、ヴェルジーに帰ると、レーナル夫人が自分に恋をしていることを実感し、彼女を自分のものにしなければならないと考えるようになりました。彼は夜中にレーナル夫人の部屋へと忍んでいくことを決め、それを実行にうつしましたが、思いがけなく彼女の美しさに魅了され、その足元にひざまずきました。レーナル夫人はジュリヤンの行動に本気で腹を立てましたが、抗うことができず、罪に落ちたことを感じながら、彼の腕に身を投げかけました。

 やがて二人は愛し合うようになりました。レーナル夫人は、初めて知った恋の喜びに陶酔を感じながらも、末の子供が熱を出して重体に陥ったことなどにより、より一層罪の意識に苦しむようになりました。

 ヴェリエールでは、レーナル夫人の働きかけで国王の警備隊をジュリヤンが務めたことや、ジュリヤンに恋をしていた小間使いのエリザが、家の事情をヴァルノに話したことにより、二人の噂は町中に広まることとなりました。以前レーナル夫人に言い寄っていて、ジュリヤンを自分の家の家庭教師にしようと企んだヴァルノは匿名の手紙をよこし、二人の関係をレーナル氏に伝えました。レーナル夫人は策を巡らしてこの危機を脱しましたが、レーナル氏があやうくヴァルノに決闘を申し込もうとしたり、ヴェリエール中が自分たちの醜聞で持ちきりになると、ついに二人は別れを決意しました。

 ジュリヤンはシェラン神父に勧められ、ブザンソンの神学校での生活を始めました。神学校の校長ピラール神父は、ジュリヤンに厳しく接しながらも、目をかけてやりました。ジュリヤンの頭の良さはかえって他の生徒たちからの反感を招き、孤独な生活を強いられた彼は、横柄な態度を改め、次第に注意深く、信仰のあるふりをするようになりました。ピラール神父はそのようなジュリヤンを評価し、これまで良い行いをしてきた報いとして、新約と旧約聖書の復習教師に彼を任命しました。ジュリヤンが昇進したことで、周囲の学生たちは、彼が傲慢だとは考えなくなりました。
 試験の時期になると、ジュリヤンは首席になるのではないかと考えられていました。しかし、ピラール神父と敵対していた副司教のフリレール神父の企みにより、宗門外の質問に回答してしまったため、ジュリヤンは首席になることができませんでした。その酷い仕打ちを腹に据えかねたピラール神父は、以前フリレール神父との訴訟沙汰を手助けしたことのある、パリ有数の貴族ラ・モール侯爵に、この一連のできごとを伝えました。

 この話を聞いたラ・モール氏は、パリ近郊での司祭職をピラール神父に用意しました。ピラール神父は、神学校に辞表を出し、司祭職に就くことを決めました。
 ラ・モール侯爵は、パリについたピラール神父を迎えると、自分の秘書になってほしいと頼みました。ピラール神父はその頼みを丁重に断り、かわりにジュリヤンを推薦しました。ラ・モール侯爵は、ジュリヤンを呼び寄せることを決めました。

 パリに呼ばれたジュリヤンは、ヴェリエールへ行き、夜中にレーナル夫人の部屋に忍んで行きました。自分の行いを悔い改めていたレーナル夫人は、始めジュリヤンを拒絶しましたが、口説き落とされて再び身を任せました。ジュリヤンは二日間、レーナル夫人の家で過ごした後、パリへと向かいました。

第二部

※第二部のもっと詳しいあらすじはこちら

 パリに着いたジュリヤンは、ラ・モール侯爵との対面を果たしました。ラ・モール侯爵の子供は、軽騎兵中隊長の長男ノルベール伯爵と、十九歳になる長女のマチルドでした。マチルドは、金髪の綺麗な目をした美しい令嬢でしたが、ジュリヤンは、彼女のことを嫌な女だと思いました。
 ラ・モール侯爵は、はじめジュリヤンがものを知らないことに失望しましたが、彼の利口なところに気づくにつれ、多くの仕事を任せるようになりました。

 まもなくジュリヤンは、パリの上流社会にも欺瞞や追従がはびこっていることに気づき、当たり障りのない会話しかすることのない人々に嫌悪と退屈を感じ始めました。

 ある日、ジュリヤンは、ある馭者の男から侮辱を受け、その雇い主の外交官ボーヴォワジ氏と決闘になりました。決闘後、ジュリヤンの身分が低いことを知ったボーヴォワジ氏は、自分の決闘相手に箔をつけるため、ジュリヤンがラ・モール侯爵の親友の私生児であるという噂を流しました。
 そのころ痛風の発作で寝ていたラ・モール侯爵は、唯一の話し相手となっていたジュリヤンの考えがしっかりしていることを知りました。彼はジュリヤンの自尊心を損ねないように、田舎者に見える部分を治してやり、ボーヴォワジ氏の立てた噂を取り消さず、ジュリヤンを名前だけでオペラに出入りできるようにしてやりました。そのような侯爵の計らいに、ジュリヤンは愛着を抱きました。

 一方、マチルドの高慢な態度が気に入らなかったジュリヤンは、冷ややかな態度で彼女に接しました。自宅のサロンで、クロワズノワ侯爵らのパリでも名門の若い男たちに取り巻かれていたマチルドは、ジュリヤンのような態度に接したことがなく、戸惑いや悔しさを覚えました。自分の周囲にいる男たちよりも財産にも美貌にも才気にも恵まれた彼女は、彼らと結婚しても退屈な日々を送るだけだと考え、周囲のものを全て軽蔑しているジュリヤンに惹かれはじめました。
 マチルドは、陰謀加担者の首謀者として斬首されたラ・モール家の先祖を心から敬愛しており、その先祖の命日には黒い喪服をつけていました。そのことを知ったジュリヤンは、マチルドがパリの女に見られるような気取りによって行動しているわけではないと気づき、高飛車でありながら気楽な態度の彼女と話すのが面白くなりました。
 やがてマチルドは、自分がジュリヤンに恋をしているのだと考えるようになり、恋文を送りました。ジュリヤンは、貴族の令嬢に告白されたことに有頂天になりながら、彼女が自分のことを騙しているのではないかと考えました。数回の手紙のやりとりの末、夜中に自分の部屋に来てほしいという手紙を受け取ったジュリヤンは、半信半疑のままポケットにピストルを忍ばせ、梯子を使ってマチルドの部屋に入りました。マチルドに迎えられたジュリヤンは、彼女が自分を騙していたわけではないと分かり、野心を満足させましたが、愛情を持っていなかったので、その一夜は幸福とは言い難いものでした。マチルドもまた、軽はずみな行動を取ったことを後悔し、ジュリヤンを激しく憎むようになりました。
 翌日マチルドはジュリヤンに手酷い態度で接しました。傷つけられたジュリヤンは、装飾品の古剣をマチルドに向けました。その姿を見たマチルドは、自分が愛人から殺されかけたという考えに満足を覚え、ジュリヤンのことを再び愛し始めました。しかし彼女は、彼の苦しむ姿を見て快楽を覚え、自分から歩み寄ろうとはしませんでした。
 とうとうジュリヤンは、これ以上不幸になることはないと考え、夜中にマチルドの部屋に忍び込みました。その勇気に感服したマチルドは、再びジュリヤンへの激しい愛情に身を任せ、永遠の服従を誓いました。
 しかしその翌日になると、マチルドは再び後悔の念に襲われ、ジュリヤンに冷淡な態度で接しました。二度にわたって心を傷つけられたジュリヤンは、マチルドとの関係が永久に失われてしまったことを悟り、悩ましい恋心を募らせることとなりました。

 失意のジュリヤンを、ラ・モール侯爵が急進王党派の密議に招き、その密議の内容を暗記してマインツのある公爵に伝えてほしいという任務を与えました。危険をかいくぐりながらその任務を果たしたジュリヤンは、マインツの公爵からストラスブルクに行くようにという指令を受けました。
 ストラスブルク滞在中、ジュリヤンは、以前ロンドンで知り合ったロシア人コラゾフ侯爵と偶然再会し、マチルドとのいきさつをかいつまんで話しました。コラゾフ侯爵は、意中の相手を仕留めたいのであれば、その周囲にいる女に言い寄ることだと忠告し、以前自分が書いた恋文を参考にするようにジュリヤンに手渡しました。ジュリヤンは、コラゾフ侯爵の忠告どおり、ラ・モール邸に出入りする外国の未亡人のフェルヴァック夫人に言い寄ることを決めました。

 パリに戻ると、ジュリヤンはマチルドには平静を装いながら、フェルヴァック夫人には気のあるように振るまいました。ジュリヤンのことをすっかり忘れ、クロワズノワ侯爵との婚約を承諾していたマチルドでしたが、自分に追いすがって来ると思っていたジュリヤンが、フェルヴァック夫人とばかり話しているのを見て、腹を立てました。
 やがてマチルドは、ジュリヤンのことを考えるのを抑えることに苦労するようになり、自分の高慢さによって彼の心を失ってしまったことを後悔し始めました。そしてフェルヴァック夫人からジュリヤンに送られた手紙を見つけると、彼女はジュリヤンの愛なしには生きていけないと泣き崩れました。
 ようやくマチルドを自分のものにしたことを悟ったジュリヤンでしたが、喜びを巧みに隠しながら、情にほだされない態度を続けました。
 初めて本物の恋をしたマチルドは、ジュリヤンと触れ合うために危険を顧みず、大胆な行動を取るようになりました。やがて彼女は妊娠し、喜んでこれをジュリヤンに伝えました。

 マチルドの妊娠を手紙で知ったラ・モール侯爵は、激怒してジュリヤンを呼び出しました。ラ・モール侯爵を感謝していたジュリヤンは、死ぬ覚悟をきめ、そのための文書を渡しました。しかしその文書を読んだマチルドは、ジュリヤンが死ぬのなら、自分は公然とソレル未亡人を名乗ると言いました。娘の覚悟に負けたラ・モール侯爵は、一万フランの年金証書をジュリヤンに送ることを決めました。
 話し合いは捗らないまま、ジュリヤンは、ピラール神父の司祭館に隠れて、毎日のようにマチルドと会いました。ラ・モール侯爵は、自分の地所と、その地所からあがる収益を二人に与え、自分とジュリヤンとの関係を終わりにすることを決めました。
 マチルドは父親の決断に深く感謝しましたが、心から愛するようになったジュリヤンとなかなか会うことができなくなり、自分たちの結婚を認知させるという望みを抱くようになりました。
 彼女は、ピラール神父のところで開く結婚式の許しがなければ、二度とパリへは戻ってこないという手紙をラ・モール侯爵に書きました。
 決断を迫られたラ・モール侯爵は、娘をりっぱな肩書きで飾ることを考え、ジュリヤンにラ・ヴェルネーという名を与えて従男爵にし、軽騎兵中尉としてストラスブールの連隊に入隊にするよう命令を下しました。
 貴族として軽騎兵中尉に任命されたことを知ったジュリヤンは、非常に喜び、輝かしい将来を夢想しながらストラスブールの第十五軽騎兵連隊に入隊しました。

 その頃、ジュリヤンとマチルドの結婚を容認したラ・モール侯爵は、以前の雇い主であったレーナル夫人に、ジュリヤンに関する照会を行いました。問い合わせを受けたレーナル夫人は、告解師に強要され、ジュリヤンが雇われ先の婦人を金のために誘惑する罪深い男であると書き送りました。
 その手紙を読んだラ・モール侯爵は激怒し、ジュリヤンとマチルドの結婚を断固拒否するという決断をくだし、姿を消しました。
 マチルドからの知らせを受けてパリに帰り、このラ・モール侯爵から届けられた手紙を読んだジュリヤンは、ヴェリエールへ向かい、教会で祈りを捧げているレーナル夫人に向けて発砲しました。
 レーナル夫人は倒れ、ジュリヤンは逮捕されました。

 ブザンソンの牢獄に入ったジュリヤンは、自分は計画的に犯罪を犯したため、死刑が妥当であると主張しました。彼はレーナル夫人が無事だったことを聞いて涙を流し、彼女だけが自分のことを赦し、愛してくれるだろうと考えました。
 マチルドやフーケは、彼を釈放させるために奔走しましたが、ジュリヤンは、レーナル夫人と過ごした日々を懐かしく思い出すことで幸福を感じており、牢獄から出ようとする意思はありませんでした。
 公判では、マチルドに協力を約束していたフリレール神父の裏切りや、陪審員であったヴァルノが思い通りの判決を下したことにより、ジュリヤンは死刑を宣告されました。

 判決後、ブザンソンに滞在していたレーナル夫人は、自分の評判を地に落とすことを覚悟してジュリヤンの監房を訪れました。二人は、会えなかった間、お互いにずっと愛し合っていたことを、泣きながら語り合いました。
 まもなくレーナル夫人は、ジュリヤンを訪れているということが夫に知られ、帰されてしまいましたが、すぐにヴェリエールを逃げ出し、ジュリヤンの牢獄へと駆けつけました。ジュリヤンは、これまでひた隠しにしていた弱い心を洗いざらい話しました。レーナル夫人が来ていることを知ったマチルドは激しく嫉妬しました。
 レーナル夫人は、シャルル十世にジュリヤンの助命を哀願することを知り合いの女に勧められて、パリへ行こうとしました。しかしジュリヤンは、これ以上世間の笑い物になることはせず、残りわずかな日を楽しく暮らしたいと言って、彼女のパリ行きを許しませんでした。そして自分の死後、命を自ら絶つことをせず、マチルドが産んだ自分の子供を世話するという誓いを彼女に立てさせました。

 死刑の執行が言い渡されると、ジュリヤンは自分の中に勇気が十分にあることを感じ、快い気分で足を運び、ヴェルジーで過ごした楽しい日々の思い出をまざまざまと思い出しながら首を斬られました。
 フーケは、金を出せばブザンソンの修道会員たちが自分の遺体を売るかもしれないとジュリヤンが言っていた通りに行動し、その遺体を買い取りました。遺体は、ジュラ山脈の高い山の頂にある洞穴の中に葬られました。マチルドは、フーケが買い取ったジュリヤンの首を抱きながら、運ばれて行く棺について行き、自らの手でその首を埋めました。
 レーナル夫人は、ジュリヤンが死んで三日目に、子供たちを抱きしめながら息を引き取りました。

管理人の感想

 『赤と黒』の主人公ジュリヤン・ソレルは、イタリア遠征に参加した軍医生によって、戦闘で武勲を立てれば出世することのできたナポレオン時代の話を教わり、上流社会に熱烈な憧れを抱いていた青年です。彼は田舎町ヴェリエールの製材所の息子から、町長レーナル氏の家の家庭教師、そしてパリの名門貴族ラ・モール侯爵の秘書と成り上がり、ヴェリエールでは町長の妻レーナル夫人と、パリでは侯爵の令嬢マチルドとの、それぞれタイプの異なる恋愛を繰り広げます。

 序盤のジュリヤンは、頭がずば抜けて良いことと、美貌の持ち主という点を除いては、内面の醜悪さばかりが強調されています。彼の心は自尊心と上流社会への嫌悪に満ちており、その二つの感情を満足させるためだけにレーナル夫人を自分のものにしようと考えます。このなんとも歪んだ心を持つ人物像に対して嫌悪感ばかりを先行させてしまう人も多いのではないかと思います。
 しかし、いざレーナル夫人の部屋に忍び込んだジュリヤンは、彼女の美しさに打ちひしがれ、足元に跪きます。やがて彼は高潔で美しいレーナル夫人に心からの思慕を寄せるようになり、別荘地のヴェルジーで過ごす蜜月の日々では、ジュリヤンの打算的で挑発的な面はなりをひそめます。
 このあたりから、それまで冷酷さしか感じることのできなかったジュリヤンの人間的な面が垣間見れるようになり、彼が読者に抱かせていた嫌悪感は、少しずつ軽減していくように思われます。

 やがてその関係がヴェリエール中の噂になると、二人は別れを決め、ジュリヤンはシェラン神父の勧めで神学校へと入ります。しかし、優秀ではあったものの、周りの生徒たちとあまりにかけ離れていた彼は、周囲からの軽蔑と嘲笑を買い、孤独を深めていきます。
 そしてピラール神父とともに学校を出てラ・モール侯爵の秘書になったジュリヤンは、侯爵の令嬢マチルドと出会い、壮絶な心理戦を繰り広げます。

 レーナル夫人との別れを経験した後も、ジュリヤンは相変わらず自尊心が高く、マチルドをはじめとする人々を征服しようと試みます。しかし、序盤に比べると、この頃のジュリヤンは、はるかに共感しやすく、神学校での孤独な生活は同情を誘い、マチルドにこてんぱんにされる姿は愛おしくすら感じられるように思われます。それはおそらく、レーナル夫人に対する「まごころ」のようなものを見せてくれた彼の印象が、すでに冒頭で一時的に植えつけられた悪い印象と異なっているためであると思います。もし彼がレーナル夫人をしっかりと愛すことなく、終始打算だけに徹していたならば、神学校生活における孤独や、マチルドに散々な目に遭わされる姿は、因果応報としか受け止められないかもしれません。彼が見せる優しさや愛情がレーナル夫人によって芽生えたのか、それとももともと心のうちに持っていたものが隠されていただけであるのかは分かりませんが、皮肉にも、ジュリヤンはこの恋心のために、出世にはおよそ不必要な、むしろ不利になる感情を表すようになっていきます。
 やがてジュリヤンは、ボロボロに傷つきながらも、並外れた意志の力でマチルドのことを征服します。彼女の妊娠が発覚すると、ラ・モール侯爵は困り果てた末に二人の結婚を許します。華々しい未来を掴んだと思ったのも束の間、レーナル夫人が告解師に言われるがままに書いた、ジュリヤンが雇用先の女を誘惑するという照会の返事がラ・モール侯爵を激怒させ、彼は出世の糸口を絶たれてしまいます。彼はレーナル夫人に復讐をしなければならないと考え、彼女を撃ち、逮捕されます。
 牢獄生活を送るようになると、ジュリヤンは時に弱い心を見せますが、マチルドに恋をしていたことなどなかったかのようにレーナル夫人への愛を思い出します。レーナル夫人は撃たれたにも関わらず、さまざまな障壁を乗り越えて彼のもとに通い、撃った方のジュリヤンもまた、自分が愛され続けているという確信を失いません。二人のしっかりとした結びつきは、もはや普通の人間が他人に抱くことのできる信頼のレベルを超えています。ここまでくると、ジュリヤンの欠点でもあった自尊心は、もはや美徳であるかのようにすら思えてきます。

 このようにジュリヤンの悲劇的な人生を振り返ってみると、自分ことをしっかりと考えてくれるごく一部の人たちによって、少しずつ彼が人間的な心を取り戻してゆくのが分かると思います。レーナル夫人だけでなく、シェラン神父やピラール神父、フーケ、ラ・モール侯爵、(おそらくジュリヤンに教育を授けた老軍医生も)といった人々は(最終的にラ・モール侯爵は彼のことを嫌ってしまいましたが)、他の多くの人々が彼を虐げていた分を補って余りあるほどの好意を寄せてやります。貴族、聖職者、軍人、平民と身分に関わらず、一定数の惹かれる人々がいるということは、ジュリヤンの魅力がある特定の身分の人にだけ理解されるものではなく、どの身分においても「分かる人には分かる」という類いのものであるということあると思います。
 ジュリヤンもまた、自分のためにあれこれと心を砕いてくれる人に対して、(マチルドのことは煙たがっていますが)時には涙を流して感謝の気持ちを表現します。幼い頃から父や兄に殴られ、惨めな気持ちを味わい続けていた彼にとって、損得なしで自分のことを考えてくれる人は、本当に大切であったに違いありません。

そしてこのようなジュリヤンの新しい面を知るにつれ、読者は冒頭で植え付けられた悪い印象を少しずつ改めさせられ、同情を寄せ、最終的には愛着を感じるようになります。これは、初対面でいけ好かないと思った人物を知るにつれて段々と惹かれていき、やがて友人になっていく感覚に似ていると思います。

文学作品において大切なことは、登場人物の描写に一貫性があることで、ある人物が話すことは、その人物が話しそうなことでなければなりません。『赤と黒』におけるジュリヤンに関していえば、最初に植え付けられる悪い印象のせいか、少しずつ明らかにされる彼の人間的な面には時に意表をつかれます。しかし、ジュリヤンの性格の最大の特徴である自尊心の強さは、物語の始めから終わりまで一貫しており、少しずつ明かされる彼の新たな一面も、決して不自然な印象を与えるものではないと思います。

 そして、この憎悪と愛情という相反する感情を掻き立てられるジュリヤンの個性こそが、『赤と黒』の最大の特徴であり、ほかに類を見ない作品として世界的に知られている所以であると思います。世界の名だたる文学作品に登場する主人公の中で、誰か一人の名前を挙げよと言われたら、管理人は(迷いなく、というわけではありませんが)ジュリヤン・ソレルの名前を挙げます。類稀なる美貌と頭脳、目的に向かって邁進する自制心と意志の強さ、危険を顧みずに行動する勇気を持ちながらも、人間的、情熱的に生きることを捨てることができずに破滅へと向かうことになったジュリヤンの個性だけでも、『赤と黒』は、特筆すべき作品であると思います。

 また、『赤と黒』は、上に挙げたようなジュリヤンの魅力以外にも、心理小説として、恋愛小説として、また王政復古時代の世相を表した小説として、語り尽くせないほど多くの側面を持った重要な作品です。何度も再読し、さまざまな切り口からこの作品を眺めてみるのもおもしろいと思います。そしてそのように読むたびに、ジュリヤン・ソレルという主人公の新しい魅力を発見することができるでしょう。