スタンダール作『赤と黒』(第一部)の詳しいあらすじを紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。
※簡単なあらすじ、登場人物紹介、感想はこちら(『赤と黒』トップページ)
レーナル氏の家庭教師になったジュリヤン・ソレル
ドゥー川に面したフランス東部の町ヴェリエールの町長レーナル氏は、釘製造工場を持っており、その工場で儲けた金で、つい最近石造りの屋敷を建てたばかりでした。
彼は自分の地所を増やし、石垣でそれを囲うほどに隣近所から尊敬されるものだと思いこんでいて、六年前にも製材工場を営むソレル氏の土地を買い取りました。頑固なソレル氏は、レーナル氏の土地所有欲につけこみ、六千フランを巻き上げ、今の製材所に移りました。それ以来、レーナル氏は割に合わない取引をしてしまったことを後悔していました。
ある秋の日、貴族院議員のラ・モール侯爵からの紹介状を持った自由主義者のアペール氏がこの町にやってきました。彼はその紹介状をこの町の司祭シェラン神父に渡しました。
牢獄、施療病院、貧民収容所を好きな時に見舞う権利を持つシェラン司祭は、アペール氏をともなって監獄や病院や収容所を視察しました。しかし、一八一五年の王政復古によって町長になった王党派のレーナル氏や、貧民収容所のヴァルノは、アペールがあらぬ噂を自由主義者の新聞に載せることを危惧し、彼を監獄に連れてはならないと命令しました。このいさかいが噂となって伝わり、ヴェリエールの住民は不満を募らせました。
レーナル氏はヴァルノとともにシェラン神父の家を訪れ、不満の意を表しました。諍いの末、シェラン神父は司祭の職を辞め、その土地で相続した畑から得る収入で暮らしていくと宣言しました。
新しい司祭を補充するため、レーナル氏は、ソレル氏の息子のジュリヤンに来てもらおうと考えました。ジュリヤンは、ラテン語ができるほか、三年前から神学を勉強し、神学校に入るつもりでいるようでした。イタリア遠征軍にも参加した自由主義者でナポレオン派の軍医生が彼の教育者であったことが不安材料だったものの、レーナル氏はジュリヤンが自由主義者でないと判断しました。
レーナル氏は、ジュリヤンを家庭教師にするため、ソレル氏の製材所へと向かいました。狡猾なソレル氏は、レーナルが提示した年に三百フランという額以外に、食事と着物も要求し、さらに駆け引きを行うために、その場でそれを決めてしまわず、息子に相談すると言いました。
ソレル家の製材所は、小川のほとりにあり、水車の力で材木を引き割っていました。ジュリヤンは品のある顔つきをしていましたが、力仕事ができず、読書ばかりしていたので、ソレル氏や二人の兄にしょっちゅう殴られていました。彼にラテン語と歴史の教育を施した亡き老軍医生は、一七九六年のイタリア遠征の話をジュリヤンによくしており、死ぬときには自分のレジオン・ド・ヌール勲章と、恩給の未払いの分で手に入れた三、四十冊の本を残しました。その影響を受けたジュリヤンは、ナポレオンを崇拝しており、ルソーの『告白録』、ナポレオン軍の戦況報告書、ナポレオンのセント・ヘレナ日記が愛読書でした。
ソレル氏は家に帰ると、梁の上で本を読んでいるジュリヤンを殴りつけ、レナールの家の家庭教師になるよう命じました。社交会を夢想していたジュリヤンは、もし自分が家庭教師になって召使いと一緒に食事をさせられるくらいならその話を断り、貯金を使ってその日のうちに逃げ出そうと考え、山の上に住む薪商人の友人フーケの家に、本とレジオン・ドヌール勲章を運び込みました。
家に戻り、父親から町長の家に行くよう怒鳴りつけられたジュリヤンは、偽善の心から教会に寄りました。彼は十四歳の時、急進王党派の若い助任司祭が権力を振るっているのを見て、崇拝していたナポレオンの話をするのをやめ、給料の高い聖職につくことを決心し、シェラン司祭から借りたラテン語の聖書を暗誦するようになりました。シェラン司祭は、彼のナポレオン崇拝を知っていたものの、熱心に神学を教えました。それらのジュリヤンの行為はすべて、出世欲から来ているものでした。彼はいつか大嫌いなヴェリエールを出て、パリの美しい女たちに紹介され、派手なふるまいをすることを夢見ていました。ジュリヤンは教会を出ると、おじけづきながらレーナル氏のいかめしい門の中に入りました。
レーナル夫人との出会い
新しく来ることになっている家庭教師が、子供に鞭を当てる下品な男だと想像していたレーナル夫人は、玄関に立っているジュリヤンの姿を見て意表をつかれました。
ジュリヤンは、彼女ほど身分が高くて美しい女性からやさしく話しかけられたのが初めてで、思わず涙をこぼしました。レーナル夫人は恐れていた自分がおかしくなり、笑い出しました。
レーナル氏は、ジュリヤンに服を仕立て、子供達の前に出しました。黒服を着たジュリヤンは、先程の雰囲気とは打って変わって重々しい態度となり、新約聖書の開かれたページの暗誦を始め、子供たちを感心させました。そこにヴァルノ氏と郡長のシャルコ・ド・モージロンがやってきてその暗誦を聞いたため、その夜、ヴェリエール中の者たちが、神童ジュリヤンを見ようとレーナル氏の家に押しかけました。この盛況を見たレーナル氏は、二年契約を持ちかけましたが、ジュリヤンは、自分の方だけが縛られなくてはならないその契約を断りました。
レーナル氏の家庭教師に納まったジュリヤンは、上流社会が金集めと追従がはびこる世界であると気づき、憎悪をより一層募らせました。しかし彼は自分のナポレオン崇拝を隠しながら、立派な家庭教師として振る舞いました。
裕福な家の生まれで、ブザンソンの聖心修道院で育てられたレーナル夫人は、下品なことと金銭や名誉にしか興味のない夫やヴァルノのような男しか知らなかったため、高潔で気位の高い心を持つジュリヤンのような男を初めて知りました。彼女はそのようなジュリヤンに共感し、彼の物知らずで粗野なところも許すようになりました。
やがてジュリヤンの貧しさに真剣に心を痛めるようになったレーナル夫人は、夫に内緒にしておいてほしいと言ってジュリヤンにお金を渡そうとしました。すると自尊心の強いジュリヤンは、自分は卑しい人間ではないと怒り始めました。もともとレーナル夫人のことを美しいと思っていたものの、上流社会の一員として憎んでいたジュリヤンは、ますます彼女を憎むようになりました。
一方、レーナル夫人は、ジュリヤンを怒らせた埋め合わせをしようと、彼にいっそう細かく気を使うようになりました。ジュリヤンの欲しがっているものを知っていた彼女は、彼を自由主義との悪評のあるヴェリエールの世俗的な本屋に連れて行きました。
老軍医生から、上流社会の作法を聞いていたジュリヤンは、レーナル夫人と二人きりになっても話しかけることができず、自分に腹を立てました。しかしレーナル夫人は、黙りこくるジュリヤンに才気を感じました。
やがて彼女はジュリヤンのことばかり考えるようになりました。恋愛というものを知らないまま十六歳で結婚した彼女は、それが恋だとは気づかなかったため、やましい気持ちを起こすこともありませんでした。
そのうちに、レーナル夫人の小間使いのエリザが、ジュリヤンに恋心を抱くようになりました。
彼女は、シェラン司祭のもとに告解に行き、ジュリヤンと結婚するつもりだと打ち明けました。しかしエリザと結婚しては出世できないと考えたジュリヤンはその申し込みを断りました。
エリザにジュリヤンとの結婚の意思があると知ったレーナル夫人は病気になりました。しかしある時、エリザが泣いているのを見つけたレーナル夫人はその理由を聞き、ジュリヤンが彼女との結婚を断ったことを知ると、幸福を感じました。ジュリヤンの自分に対するの態度にも堅苦しさがなくなると、レーナル夫人は自分が恋をしているのだろうかと、ようやく考えるようになりました。
ヴェルジー滞在
レーナル氏は、春になるとヴェルジーに持っている古い城に移りました。レーナル夫人とジュリヤンはその田舎について行き、レーナル氏の不在の間も一緒に過ごすようになりました。二人はたわいのない話ができるようになり、ジュリヤンは、ようやく屈辱的な沈黙を味わわずに済むようになりました。
レーナル夫人が念入りに化粧をするようになり、日に二度も三度も服を変えるようになったことにエリザは気付きました。
ジュリヤンは、暗い思い出のあるヴェリエールを離れ、教え子たちと一緒になって遊び、その合間に読書にひたり、はじめて生きる喜びを感じました。ヴェルジーには、レーナル夫人の聖心修道院で同窓だったデルヴィル夫人が訪れました。ある夜、ジュリヤンが二人の婦人を相手に話していると、ふいに彼の手がレーナル夫人の手に触りました。上流社会の恋愛の仕方を本で読んでいたジュリヤンはその手を引っ込めさせないようにするのが、自分の義務であるのだと感じました。
翌朝、ジュリヤンは、今夜こそは握った手を引っ込めさせないようにしなければならないという覚悟を決めました。
夜になると、ジュリヤンは、レーナル夫人とデルヴィル夫人と遅くまで散歩しました。そして菩提樹の下で腰を下ろすと、もし夫人の手を握れなければ、拳銃で自分の頭を撃ち抜こうと考え、その手を握りました。
レーナル夫人は一度手を引っ込めましたが、ジュリヤンがなおもその手を握りしめに来ると、とうとうそれに身を委ねてしまいました。
その夜、寝室に引き上げたレーナル夫人は、自分を咎める気持ちにもならず、幸福に浸りました。
翌朝、ジュリヤンは、自分の英雄的な義務を果たしたという幸福を感じ、部屋に閉じこもってナポレオン遠征の戦報を読み耽りました。そこへベッドに詰めるとうもろこしの藁のことで小作人と交渉するためレーナル氏が戻ってきて、ジュリヤンが子供たちを放っておいたことに不満の意を表しました。下男たちがベッドの藁布団をとうもろこしの藁に詰め替える作業を行うことになると、藁布団の中にナポレオンの肖像画を隠していたジュリヤンは青くなり、その肖像画が入っている箱を、中身をみないようにしてこっそり取り出し、自分に返してほしいとレーナル夫人に頼みました。
レーナル夫人は、夫に見つからないように家に帰り、ベッドの中に手を突っ込んで、肖像画の入った箱を取り出しました。その肖像画に書かれているのがジュリヤンの恋人であると思い込んだ彼女は、嫉妬に駆られました。ジュリヤンは、礼も言わずにそれを受け取ると、自分の部屋に入り、燃やしてしまいました。
ジュリヤンは、レーナル夫人に出会うと、感謝の気持ちを込めてその手にキスをしました。嫉妬を感じたレーナル夫人は、ジュリヤンを突き放しました。
レーナル氏に生活の糧を握られ、ナポレオン崇拝を隠しながら生活しなければならない自分を憐れみ、感情的になったジュリヤンは、可愛がっている末っ子がやってきたことに慰められましたが、このようにして苦悩が鎮まるのは、自分の弱々しい気持ちのせいだと考えました。
レーナル氏が子供たちを放っておいたことに不満の意を表したことに対し、ジュリヤンは、もし自分がこの家を出ることになっても生きていけるのだと宣言しました。ジュリヤンがヴァルノ氏に更に良い口を紹介されたのだと思い込んだレーナル氏は、給金を釣り上げることを約束しました。ジュリヤンは、金で謝罪をしようとするレーナル氏を軽蔑しました。
その夜、ジュリヤンはレーナル夫人の隣に座り、手を握ろうとすると、その手は引っ込められました。レーナル氏がやってくると、ジュリヤンは彼を侮辱するため、暗い部屋の中で気づかれないようレーナル夫人の腕に手を伸ばしました。そして緊張のために訳がわからないまま、彼女の腕に唇を押し当てました。レーナル夫人は、これまで心に思い描くことのなかった陶酔を感じましたが、彼女の頭の中にようやく姦通という言葉が浮かぶようになり、自分が軽蔑すべき女であるように感じました。彼女はかろうじて冷静さを取り戻すと、ジュリヤンに頑なな態度を取ることを心に決めました。
ジュリヤンもまた甘美な気持ちに酔いしれました。しかしその感情は恋とは程遠い快感に過ぎなかったので、部屋に戻るとレーナル夫人のことを考えることもありませんでした。さらにレーナル氏の気持ちを挫こうと考えたジュリヤンは、三日の休みを申し出て、レーナル夫人に会いに庭へと出ていきました。しかしレーナル夫人が冷たい態度を貫いたため、ジュリヤンはこれを屈辱に感じ、これから出かける旅行のことを一言も話さずに、その場を立ち去りました。
長男からジュリヤンが旅行に出かけることを知り、ジュリヤンが他の誰かから家庭教師の良い口を紹介されたのではないかと夫が言うのを聞くと、レーナル夫人は泣きたくなり、頭痛がすると言って床につきました。
ジュリヤンは、親友の薪商のフーケの家に向かいました。その途中、彼は山の中に見かけた洞窟に入り、そこで夜を明かすことを決めました。誰にも思索の邪魔をされない自由を感じた彼は、これまで味わったことのない幸福にひたりながら、これから自分が出会うであろうパリの女たちを思い浮かべました。
洞窟を出たジュリヤンは、夜中の一時にフーケの家の扉を叩きました。ジュリヤンとレーナル氏とのいさかいのことを聞いたフーケは、薪の取り引きでいい儲け仕事があるので、自分のところで働かないかと持ちかけました。その仕事は、いい稼ぎ口でしたが、待っているのは単調で平凡な生活でした。出世する夢を絶たれると思ったジュリヤンは、信仰の道に入るつもりだというのを口実にして、彼の申し出を断りました。ジュリヤンはフーケのもとを去り、再びあの小さな洞窟に行ってみましたが、フーケの申し出を断ったときに、小金を貯めているうちに自分の野心がなくなるのではないかと心配したことで、自分が英雄になるようなタイプではないことに気づいたことに心を苛まれ、前回ほどの幸福を感じることはできませんでした。
ジュリヤンはヴェルジーに帰りました。レーナル夫人は、彼がいなくなってしまうのではないかという不安から病気になっており、話をする時も青ざめたままでした。
レーナル夫人が自分に恋をしていることに気づいたジュリヤンは、彼女を増長させまいと考え、家を出て行くことをほのめかしました。レーナル夫人は、胸をえぐられる思いがしました。
フーケが情婦に対して大胆な行動に出たという話を聞いていたジュリヤンは、レーナル夫人を自分のものにしなければならないという思いに囚われ、夜になると彼女の隣に腰をかけ、腕に唇を当てました。レーナル夫人は、ジュリヤンを永遠に失うのではないかという危惧から、自分から彼の手を握り、本当に家を出るつもりなのかと聞きました。ジュリヤンは、自分が夫人に恋をしているので、出ていかなくてはならないだろうと答えました。この言葉を聞いたレーナル夫人は、非常な快楽を感じましたが、安心に浸り、隙を見せることがなくなりました。
ジュリヤンは、レーナル夫人を誘惑しなければならないという思いに囚われ、話したいことがあるので、夜の二時に部屋に行くと言いました。レーナル夫人は、この発言に本気で腹を立てました。
夜になると、ジュリヤンは悲観的になり、レーナル夫人が自分を軽蔑したに違いないと考えました。しかし夜二時になると、彼は意気地なしになりたくない一心で、震える足を押さえながら、レーナル夫人の部屋へと向かいました。
レーナル夫人の部屋に入ったジュリヤンは、彼女に思いがけなく魅了され、足元にひざまずき、その膝を抱き締めて泣き出しました。
レーナル夫人は怒りに駆られてジュリヤンを突き放した直後、彼の腕に身を投げかけました。そして罪に落ちたことを感じながら、その意識を振り払うかのように夢中でジュリヤンを愛撫しました。
数時間後、レーナル夫人の部屋を出たジュリヤンは、甘美な瞬間を味わったにもかかわらず、自分が大人の男としての役割をまっとうできたかどうかを彼は考え続けました。
あくる日の朝、一夜のうちにジュリヤンの虜となったレーナル夫人は、彼を見て取り乱しました。ジュリヤンは、経験を積んだ男に思われたいという一心で平静を装いました。
デルヴィル夫人は、レーナル夫人が誘惑に負けそうだと考え、愚かな行為に走らないよう、忠告を与え続けました。
レーナル夫人は、デルヴィル夫人の言うことに耳を貸すこともなく、ジュリヤンが自分を愛しているのか聞きたいという衝動に駆られながら、夜になると彼が来てくれるのを待ちました。恋心からではなく、自分の義務を果たすために夫人の部屋を訪れたジュリヤンでしたが、彼女が自分よりも十歳も年上であることを気にかけていることを知り、身分において夫人と釣り合わないのではないかという考えを消し去ることができるようになりました。やがて彼はレーナル夫人の前で自分の役割を演じるのをやめ、情熱を傾けるようになりました。レーナル夫人は、このような幸福があるということをこれまで思ってもいなかった自分に驚き呆れました。
二人の関係が手遅れだということを察したデルヴィル夫人がヴェルジーを去って行くと、レーナル夫人とジュリヤンは、一日中二人で過ごすことができるようになりました。
国王のヴェリエール訪問
ヴェリエールに国王がやってくるという知らせが届きました。
同じ頃、ヴェリエールの大通りが国道になり、その東側にある家々を取り壊さなければならなくなりました。この地方きっての信心家モワロ氏は、そのうちの三軒の家を持っていたため、彼が有力者になれば、他の家の取り壊しも免れるだろうと、この地方の特権階級の人々は考えました。そのためにレーナル氏は、モワロ氏に箔をつけるため、警備隊の指揮を取らせることを決めました。臆病者のモワロ氏は馬に乗るのが嫌でしたが、この名誉ある役目を承知しました。
ヴェルジーから帰ったレーナル夫人は、国王を呼ぶために忙しく動き回りながらも、ジュリヤンが警備隊員になった姿を見てみたいという欲望に駆られました。彼女はモワロ氏とモージロン氏と説き伏せ、彼を警備隊員に任命することを承知させました。
レーナル氏は、聖クレマンの遺骨を参拝したいという国王のために、宗教上の儀式の世話をしなければなりませんでした。そのために呼ばれたシェラン神父は、副助祭としてジュリヤンを呼びました。
行進を始めた警備隊の先頭の一角を務めたジュリヤンは、その美貌で町中の人々を驚かせました。しかし、町の自由主義者たちは、材木屋の倅が、町長の家庭教師というだけで警備隊に加わったことに非難を浴びせました。
国王が教会に入ると、ジュリヤンは黒服に着替え、シェラン神父と落ち合い、国王に遺骨を見せる役割を負っていたラ・モール氏の甥にあたるアグド(フランス南部の町)の司教のところへ向かいました。
ジュリヤンはアグドの司教に会い、その司教の丁寧な受け答えに好感を覚え、社会の上層に行けばいくほど、このような気持ちのいい態度の人々がいるものなのだと考えました。
貴族院議員のラ・モール侯爵を従え、礼拝堂へ入ってきた国王は、式が終わると、落馬したモワロを見舞いました。
国王のヴェリエール通過の後、ジュリヤンの警備隊員の話で町中が持ちきりになり、レーナル夫人とジュリヤンの関係が噂されはじめました。
二人がヴェルジーに帰ると、末の子のスタニスラフ=グザヴィエが熱を出しました。レーナル夫人は自分の犯した罪を感じるようになり、ジュリヤンに出て行ってほしいと懇願しました。ジュリヤンは、自分を捨てることに未練を感じているレーナル夫人の苦しみを理解し、心を打たれました。
スタニスラフが重態に陥ると、レーナル夫人は危うく夫に全てを打ち明けそうになりました。ジュリヤンは、自分のために不幸のどん底に落とされたレーナル夫人を見て、自分が出て行っては夫人を破滅させるだけだと考え、家に残ることを決めました。
やがてスタニスラフは危険状態を脱しましたが、レーナル夫人は、自分の罪深さを知り、心の平静を取り戻すことができなくなりました。
ジュリヤンは、レーナル夫人を心から愛するようになりました。それにともなって二人は、いままでとは比べものにならないほどに激しく愛し合うようになりました。しかしレーナル夫人は、ジュリヤンから愛されていないのではないかという不安や罪の意識から、はじめの頃の純粋な喜びを味わうことは、もはやできませんでした。
二人の関係をすでに知っていたエリザは、ヴェリエールへと出かけた時に、レーナル夫人がジュリヤンを情人にしたことをヴァルノに打ち明けました。ヴァルノは、自分が六年間にわたって追い回したにも関わらず手に入れられなかったレーナル夫人を、職人の倅が手に入れていることに怒りを覚えました。
その夜レーナル氏は、自分の家庭の様子が書かれた匿名の手紙を受けとりました。
ヴァルノが匿名の手紙を書いたことに気づいていたレーナル夫人は、世間と夫の目を欺くために、ジュリヤンを一時ヴェリエールに帰す決意をしました。そして彼女は、自分宛てにヴァルノから届いたと思われるような偽造の手紙を作るようにと走り書きした本をジュリヤンに届けました。
ジュリヤンは、レーナル夫人から命じられた通り、本を切り抜いて文字を貼り合わせ、ヴァルノが作ったように見せかけた手紙を作りました。
その手紙を受け取ったレーナル夫人は、ジュリヤンを外出させ、偽造された自分宛の匿名の手紙を夫に渡し、この侮辱を受けた原因のジュリヤンを親元に返して欲しいと言いました。
自分に送られてきた手紙を誰が書いたのかと考えて思い悩んでいたレーナル氏は、自分と妻が受け取った手紙をいまいましく感じながら、その手紙を読み、これを企んだのが、以前妻に言い寄っていたヴァルノであるという考えに思い至りました。結局彼は、町中の笑い物になるのを避けるため、ジュリヤンを手放すのを許しませんでした。
匿名の手紙がヴァルノに出されたものであると夫に知らしめ、自分に向けられるはずの疑いをそらし、ジュリヤンを手元に残すことに成功したレーナル夫人は、幸福を感じながら、成功したという印の白いハンカチを鳩小屋の窓の鉄格子に結びつけ、ジュリヤンに知らせました。
ジュリヤンは戻ってくると、予定通り暇をもらってヴェリエールへと行くことが決まりました。彼はレーナル氏に同情し、うまく切り抜けた夫人には冷淡な態度を取りました。
ヴェリエールに戻ったジュリヤン
ヴェリエールに帰って三日目、郡長のモージロンがジュリヤンのもとを訪れ、レーナル氏のもとを離れて、年八百フランである官吏のところへこないかと勧めました。
その後ジュリヤンは、ヴァルノ氏からの午餐の招待を受け、出かけていきました。ヴァルノを憎んでいたジュリヤンは、家にある高価な家具を眺め、ヴァルノが貧民収容所の住民たちにあてがわれた金を搾取しているのだろうと考えました。彼は、ヴァルノの私欲のために貧乏な生活を強いられている収容所の住民たちを心から憐れんで涙を流し、自分が入り込もうとしている出世の道は、ヴァルノのような汚らわしい連中と付き合わなければ手に入れられないのだと考え、感傷に浸りました。ジュリヤンは、聖書の暗誦やラテン語の翻訳をさせられ、皆から褒めそやされ、他の客から午餐の招待を次々と受けました。
まもなくジュリヤンを家庭教師にするのが、六百フランを出しているレーナル氏なのか、八百フランを前払いで出そうとしているヴァルノ氏なのかという噂で町中が噂になりました。
ある朝、レーナル家の人々がジュリヤンを訪ねました。不愉快な人々たちの卑しい行為を見続けていたジュリヤンは、レーナル夫人とその子供たちを本当の家族のように感じ、楽しいひとときを過ごしました。
ヴァルノ氏は、妻に急かされてジュリヤンを自分の家の家庭教師にしようと考えており、レーナル氏と争う覚悟を決めました。妻とジュリヤンの仲睦まじい様子を見て、さらに自分を敵対視するヴァルノ氏から図太い態度を取られたレーナル氏は不機嫌になりました。
昼食が済むと、一家はヴェルジーに戻って行きましたが、その翌々日には持ち家を売るために再びヴェリエールに戻ってきました。家の入札はサン=ジローのいう男に三百三十フランという安値で行われ、レーナル夫妻は重苦しい雰囲気に包まれました。そこへジェロニモという陽気な歌手の男がやってきて、ある大使館員からの手紙をレーナル氏へ届けました。そのジェロニモを夕食に参加させたことで、レーナル一家は賑やかになりました。
一家がヴェルジーへと引き上げると、一人きりになったジュリヤンは誰にも煩わされずに本を読み、そのような幸福はこれほどまで手近にあるものなのかと考えました。
ヴェリエールを去るジュリヤン
冬の始めになり、一家はヴェリエールに戻りました。
エリザの懺悔によってジュリヤンとレーナル夫人の関係を事細かに聞いたシェラン神父は、ジュリヤンを心配し、彼にブザンソンの神学校か、フーケのところへ行くように忠告しました。ジュリヤンは、自分を心配してくれるシェラン神父に心を動かされ、ヴェリエールを出ていこうと考え始めました。
ヴェリエールは、レーナル夫人の醜聞で持ちきりになりました。それにも関わらず、レーナル氏は妻の財産を相続するという目論見があったため、そのような噂を聞いても別れる気はありませんでした。レーナル夫人は、ジュリヤンとの別れを覚悟しました。
レーナル氏は、二ヶ月前に受け取った匿名の手紙のことを妻にようやく打ち明け、ヴァルノと決闘すると言いました。次の朝早く、レーナル氏は、またも匿名の手紙を受けとりました。それはひどく侮辱的な内容であったので、レーナル氏は武器商人のところでピストルを買い、妻に制止されました。
別れを覚悟したジュリヤンは、シェラン神父に勧められるがままヴェリエールを去りました。
三日目の夜、ジュリヤンは、最後の逢引きとして、レーナル夫人としめし合わせておいた場所へと現れました。レーナル夫人は、黙って涙を流し、手を握りしめることしかできず、その態度は冷ややかにすら感じられました。ジュリヤンは、傷ついた心を抱えながらヴェリエールを去って行きました。
ブザンソンにやってきたジュリヤン
フーケに背広を借りて、ブザンソンにやってきたジュリヤンは、あるカフェに入り、女給アマンダ・ビネに声をかけられました。アマンダは、田舎者でありながら美しい顔立ちのジュリヤンに惹かれ、彼が神学校に入るということを聞くと失望する様子を見せました。ジュリヤンは自分が彼女の従弟だということにして、会える機会を作りたいと提案し、本から得た知識で彼女に甘い言葉を囁きました。
そこへアマンダの情夫が入ってきました。ジュリヤンは、その男を侮辱して決闘を申し込もうと考えましたが、アマンダに止められて店を出ました。
神学校に入る
通りに出たジュリヤンは、神学校へと歩き出し、校長のピラール神父に伺いたいと申し出ました。
ピラール神父が部屋の中に入ってくると、その威厳のあるまなざしに耐えられなくなったジュリヤンは、床の上に倒れました。目を覚ますと、ピラール神父は、シェラン神父からの紹介状を読み上げ、ジュリヤンが悪徳に陥らないように、厳しく接することにすると言いわたしました。口頭の入学試験では、ピラール神父はジュリヤンの神学の知識に驚きましたが、同時に彼の身体の弱さと、感じやすい精神が弱点であることを見抜きました。
神学校の個室をあてがわれたジュリヤンのもとにはレーナル夫人からの手紙が届いていましたが、ピラール神父はそこに込められた激しい愛を読み取って、すべて火にくべていました。とうとうレーナル夫人はジュリヤンのことを諦め、涙にぬれた別れの手紙を送りました。
やがて彼女はさらに信心深くなり、聖地巡りを始め、たびたびブザンソンに告解に来るようになりました。
ジュリヤンは早くも他の学生たちから好奇の目で見られることとなりました。
生徒たちの多くは畑を耕したくないばかりに神学校に入った百姓の子供で、盲目的な信仰を持っており、金持ちが絶対的な存在であると考えていました。自分の横柄な態度に軽蔑と嘲笑の目を向けてくる彼らに対し、ジュリヤンは注意深く行動し、信仰を持っているふりをするように心がけるようになりました。しかし偽善的な態度を取ろうとしても上手くいかず、理論的にものを考えることができるために、彼はかえって身分の低い他の神学生からの憎悪を買い、辛く孤独な時期を過ごしました。
大聖堂の式典係長の、説教法を教えていたシャ=ベルナール神父だけは、ジュリヤンに好意を持ち、聖体祭では、大聖堂の飾り付けを頼みました。身軽なジュリヤンは、装飾師たちが登れないような場所にも登っていき、シャ神父の満足する仕事を行いました。
聖体行列の間、大聖堂の見張りを頼まれたジュリヤンが、告解聴聞室へと入ると、二人の婦人がひざまずいていました。ジュリヤンが二人を見ようとして足を緩めると、そのうちの一人の婦人が振り向き、気を失いました。それはレーナル夫人とデルヴィル夫人でした。すぐに立ち去るようにと叫ぶデルヴィル夫人の剣幕に押されたジュリヤンは、すぐにその場を離れました。
レーナル夫人との思いがけない出会い以来、なかなか気を取り直すことの出来なかったジュリヤンは、ピラール神父に呼ばれ、これまで良い行いをしてきた報いとして、新約と旧約聖書の復習教師に任命されました。ピラール神父は、ジュリヤンが俗人に反感を起こさせる部分があると考えており、嫉妬や中傷の目で見られることを心配し、神にすがり、清い行いをするように忠告を与えました。この言葉を聞いたジュリヤンは、感激の涙に泣きくずれました。
以来、有能な人間には試練を与えるようにしていたピラール神父は、ジュリヤンに話しかけることはなくなりました。
周囲のものは、ジュリヤンが昇進したことで、彼が傲慢だとは考えなくなりました。さらにフーケが、ジュリヤンの親元からだと称して、狩猟で捕らえた鹿と猪を神学校に送ったことで、ジュリヤンは、敬意を払うべき家庭の出であると思われ、彼に対する嫉妬は完全になくなりました。
試験の時期になると、ジュリヤンは首席になるのではないかと考えられていました。しかし、ピラール神父と敵対していた副司教のフリレール神父は、ピラール神父に恥をかかせるため、自分が任命した試験官に、宗門外の詩人の質問をジュリヤンにぶつけさせました。ジュリヤンは、これらの質問に対して流暢に答えたため、首席になるどころか、百九十八番の座に落とされてしまいました。
ピラール神父は、ジュリヤンに対する酷いしうちを腹に据えかね、このことをパリに住む有力な貴族院議員ラ・モール侯爵に知らせました。ラ・モール侯爵は、以前フリレール神父と地所の件で裁判沙汰を起こしたことがあり、その時に協力を仰いだシェラン神父に紹介されたのがピラール神父でした。しばらく連絡を取り合っているうちに、ラ・モール侯爵はピラール神父の人柄に惚れこむようになり、二人は懇意になりました。ラ・モール氏は、それまでの通信費をピラール氏に払おうとしましたが、ピラール氏はどうしても受け取りませんでした。そこで彼は、ピラール神父の愛弟子であるジュリヤンに五百フランを送ることを決めました。ジュリヤンは、その金を送ってくれたのがレーナル夫人だと思い込みました。
ラ・モール氏はさらに、パリ近郊で最上の司祭職をピラール神父に用意しました。自分の神学校を愛していたピラール神父でしたが、散々迷った挙句、辞表を出し、司祭職に就くことを決めました。
ジュリヤンは、ピラール神父から受け取った辞表を、フリレール神父に見せました。フリレール神父は、司教にピラール神父の辞職を伝えました。司教は、ピラール神父がどこに行くのかを聞くために、ジュリヤンを呼び出しました。
司教は、ジュリヤンと話し、その知識の豊富さに舌を巻きました。そしてすっかり彼のことを気に入ると、タキトゥスの全集を渡し、もし大人しくしていれば、自分の管区で、いちばんの司祭職を与えようと約束しました。
ピラール神父は、免職になったと思われてきましたが、そのうちに彼がパリ郊外の司祭職につくということが知れ渡り、司教も彼を祝福しました。
ラ・モール侯爵は、パリについたピラール神父を迎え、自分の秘書になってほしいと頼みました。ピラール神父はその頼みを丁重に断り、かわりにジュリヤンを秘書にしてはどうかと提案しました。自分の家でスパイ行為を働くような人物ではないとピラール神父が太鼓判を押したため、ラ・モール侯爵は、ジュリヤンを呼び寄せることを決めました。ピラール神父の対立している人々が、ジュリヤンを発たせない可能性があったため、侯爵は、大臣に協力を頼んで司教あての手紙を送ってもらいました。
ジュリヤンは、すぐパリに来るようにという仮名で署名された手紙を受けとりました。それがピラール神父からのものであると気づいた彼は、その後すぐに司教に呼ばれ、司教館の神父の一人が書いた手紙を受け取った市長により、パリ行きの旅券を手に入れました。
レーナル夫人との別れ
翌日、ジュリヤンはヴェリエールに行き、シェラン神父に会いました。シェラン神父は、レーナル夫人に会わずにヴェリエールを出て行くようジュリヤンに命じました。ジュリヤンはその言葉に従うふりをして、夜になると百姓から梯子を買い、レーナル夫人の家に向かいました。彼は梯子を家に立てかけて登って行き、ガラス戸を叩き、中から掛け金が外されたガラス戸の中へ飛び込み、レーナル夫人と一年と二ヶ月ぶりの再会を果たしました。自分は悔い改め、もう愛していないので出ていって欲しいと言うレーナル夫人に対し、ジュリヤンは、恋心をいっそう掻き立てられ、泣き崩れました。
せめて会えなかった間の暮らしを聞かせてほしいと頼まれたレーナル夫人は、シェラン神父の助けで、自分の罪深さに気づき、徐々に穏やかな生活を送ることができるようになったことを語りました。彼女はこれ以上自分の穏やかな生活を掻き乱さないでほしいと頼みました。
ジュリヤンは、自分の神学校生活を語りました。彼は、レーナル夫人が書いた手紙が自分には届かなかったことを初めて知りました。
レーナル夫人は、何度も帰るようにとジュリヤンに言い聞かせましたが、すっかり落ち着いたジュリヤンは、このまま帰ったら一生悔恨の念に苦しめられることになるだろうと考えました。彼はレーナル夫人を口説き落とすことばかりを冷静に考えるようになり、自分の思いがどれだけ熱烈であったかを語りました。ジュリヤンがパリへ行ってしまうことを知ったレーナル夫人は、帰るふりをした彼を引き止めました。ジュリヤンは、レーナル夫人を手に入れることに成功しましたが、冷静な感情が戻った後だったので、快楽しか感じることはありませんでした。
ジュリヤンがこの部屋に一日中隠れ、夜になったら出発したいと言うのをレーナル夫人は許しました。先ほどまで自分を拒絶していた彼女が、今では自分に愛情を捧げるようになったことで、ジュリヤンの自尊心は満たされました。
日が昇ってくると、愛するジュリヤンとの別れを悟ったレーナル夫人は、どのような危険なことでもする覚悟を決め、彼をデルヴィル夫人の部屋に隠しました。
夜、夫がカジノに行くと、レーナル夫人はジュリヤンのいる部屋の扉を開けました。ジュリヤンは、自分のために危険を冒したレーナル夫人を腕に抱き、パリにもこれほどの女に巡り会うことはできないだろうと考えました。二人は夜中まで話し込みました。しかし梯子を見つけたという下男からの報告を受けたレーナル氏が、家に泥棒がいるのではないかと考えて戸を叩きました。レーナル夫人は、扉を開けずにジュリヤンにキスを浴びせました。
ジュリヤンは、自分と別れても死なないこと、そして自分たちの関係を白状はしないことを命じ、庭へと飛び降りると、下男らの発砲から逃れ、ヴェリエールを後にしました。