イワン・ツルゲーネフ『はつ恋』の詳しいあらすじ

イワン・ツルゲーネフ作『はつ恋』のあらすじを詳しく紹介するページです。ネタバレ内容を含みます。


初恋 (岩波文庫)

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※目次を開くとネタバレします。

現在

 二人の独身男、セルゲイ・ニコーラエヴィチとヴラジーミル・ペトローヴィチは、店の主人を混じえて初恋について語り合いました。
 ヴラジーミル・ペトローヴィチは、自分の初恋は世間一般のものとは様相が異なっていたと語りました。しかし彼は話すのが得意ではないため、その時のことを文章にして、読んで聞かせることを二人に提案しました。二週間後、彼らは再び集まり、ヴラジーミル・ペトローヴィチは自分の初恋の話を読み聞かせました。

ヴラジーミルとジナイーダの出会い

 それはヴラジーミルが十六歳の頃、一八三三年のことでした。彼は大学の入学準備をしながら、モスクワの別荘で両親とともに住んでいました。両親がほとんど構わなかったため、ヴラジーミルは乗馬や散歩などをして、気ままに過ごしました。
 別荘に来てから三週間ほど経った頃、ヴラジーミルたちの別荘のはなれで貸家として使っているところに、ザセーキナ公爵夫人という貧しい貴族が引っ越してきました。

 ある日、ヴラジーミルがその貸家の方へ行くと、すらりと背の高い少女が、自分のまわりを囲んでいる青年のおでこを、花束で叩いているのを目にしました。
 その少女の身振りは魅惑的で、高飛車でありながら可愛らしくもありました。ヴラジーミルは他の青年と同じように、花束でおでこを叩かれたいという欲望に駆られました。その少女が自分の眼差しに気づき、笑い出したため、ヴラジーミルは、恥ずかしさと嬉しさを感じながら部屋のベッドに逃げ込んで、両手で顔を隠しました。

 ヴラジーミルはなんとかして、少女たちと知り合いになりたいと考えました。するとザセーキナ公爵夫人から、自分達を庇護してほしいという手紙が、ヴラジーミルの母に届きました。ヴラジーミルは、家に来るようにという母からの返答を伝えるため、貸家へと足を運びました。
 客間に通されたヴラジーミルは、昨日の娘と再会しました。娘はジナイーダという名前で、ヴラジーミルを自分の部屋に連れて行き、これから自分に本当のことだけを言うこと、そして自分の言うことを聞くことを約束させました。夢見心地でジナイーダの部屋へ入ったヴラジーミルは、子ども扱いされたことに腹を立てながらも、彼女と知り合いになることができたという感動に打ちひしがれました。

 夕食が終わると、ヴラジーミルの足は勝手にジナイーダの家の方に向かいました。ヴラジーミルの父親が後ろから来て、垣根越しにジナイーダと挨拶を交わしました。ジナイーダが父の後ろ姿を見送っているのが、ヴラジーミルには見えました。

 ザセーキナ公爵夫人とジナイーダが、ヴラジーミルの家を訪問してきました。公爵夫人は礼儀も作法もなく、自分の貧乏を訴え、ヴラジーミルの母に向かって援助を頼みました。
 ヴラジーミルの父はジナイーダの相手を務めました。しかしジナイーダの方は終始尊大で冷ややかな表情を崩さず、敵意のこもった目で父を見るばかりでした。ヴラジーミルの母親は、この母娘のことを気に入りませんでした。
 ジナイーダは、自分の冷たい表情を見てしょげかえっているヴラジーミルに、今夜の八時に家に来るようにと言って帰って行きました。

恋に落ちたヴラジーミル

 ヴラジーミルはきっかり八時にジナイーダの家に行きました。部屋の中ではジナイーダの他に五人の男がひしめき合っていました。
 ジナイーダはヴラジーミルに、マレーフスキイ伯爵、医者のルーシン、詩人のマイダーノフ、退職大尉のニルマーツキイ、軽騎兵のベロヴゾーロフを紹介しました。
 ジナイーダは、ヴラジーミルを罰金ゲームに参加させました。それは、くじを引いた人がジナイーダの命令に従うというゲームでした。ヴラジーミルは何度かそのくじを当て、ジナイーダの手にキスをしたり、絹のプラトークに二人でくるまることができました。
 このような騒ぎを初めて経験したヴラジーミルは、酒を飲んだような幸福感に酔いしれました。
 夕食をとり、疲労と幸福感に包まれて表に出ると、ジナイーダは、ヴラジーミルの手を握りしめ、謎めいた微笑を浮かべました。家に帰っても、ヴラジーミルは稲光を見ながら、初めての恋の悦びを眠らずに感じ続けました。

 ヴラジーミルは父に昨日のことを語りました。父親はヴラジーミルを自分の近くに寄せ付けようとする気配を全く感じさせない人物で、発作的に息子を愛すことはあっても、いつも別のものに気を取られており、家庭を顧みることはしない男でした。ヴラジーミルは男性の典型をそこに見て、そのような父を愛していました。父はヴラジーミルから昨日のことを聞き出すと、ザセーキン家を訪ねて行きました。

 ジナイーダは狡さと陽気さ、技巧と素朴、おしとやかさとやんちゃさが魅力ある混ざり方をしており、家に出入りする男たちは、皆彼女に夢中でした。ジナイーダは、彼らに希望と不安を呼び起こすことが楽しくて仕方ないようでした。

 ヴラジーミルは、しきりにジナイーダのことを考え、ジナイーダがいないと気が滅入るようになりました。一緒にいる時も気が楽になるわけではなく、嫉妬したり、自分に愛想を尽かしたりしました。ジナイーダは、ヴラジーミルが自分に恋していることを承知しており、からかったり、甘やかしたりして翻弄しました。三週間もの間、ヴラジーミルは勉強も読書もやめて毎日ジナイーダの家に行きましたが、常に彼女の慰み者にされました。

恋に落ちたジナイーダ

 ある日、二、三日まるで相手にされなかった後で、ヴラジーミルが庭に出て垣根のそばに通りがかると、ジナイーダが突然現れました。彼女はヴラジーミルをひざまずかせて両手で顔を抑え、「いっそ世界の果てへ行ってしまいたい」と言いました。
 ヴラジーミルは、ジナイーダが誰かに恋をしているのではないかと考え始めました。

 それからほんとうの責苦がやってきました。ジナイーダは、一人で散歩したり、何時間も部屋に引きこもり、幸福などどうでもいいと言い始めました。それはこれまでにはなかったことでした。
 ヴラジーミルは、ジナイーダが誰を想っているのかを勘ぐるようになりました。しかし、いつものメンバーが集まっても、ヴラジーミルは彼女が誰に恋をしているのかわかりませんでした。

 ある日、ヴラジーミルが部屋に入ると、ジナイーダは頭をテーブルの角につけて泣いていました。ヴラジーミルがそばへ行くと、ジナイーダは彼の髪の毛を掴んで捻り回しました。我に返ったジナイーダが、ヴラジーミルの髪の毛をむしり取ったことに気づくと、自分の行ったことに嘆き、その髪の毛をロケットに入れて身につけていることを約束しました。
 家に帰ると父と母が言い合いをしていました。母はしきりに父をなじり、父は冷ややかに沈黙していましたが、まもなく外へ出て行きました。母は、公爵夫人のことを、どんな卑しいことでもしかねない女だと罵り、ヴラジーミルが公爵夫人の家に出入りすることに不満を漏らしました。

 ジナイーダの涙に動揺したヴラジーミルは、三、四メートルほどもある崩れ落ちた温室の高い塀によじ登り、いつまでもそこに座り、自分の悲哀に悦びを感じることが習慣になりました。
 ある日、いつものようにヴラジーミルが温室の高い塀に座っていると、すぐ下の道をジナイーダが通りました。
 ジナイーダは、もし自分のことを愛しているなら、その塀からここまで飛び降りてみなさいと言いました。ヴラジーミルは躊躇なくその塀を飛び降り、一瞬、気が遠くなりました。するとジナイーダは、ヴラジーミルに駆け寄り、「わたしだって、こんなに愛してるのに。」と言いながら顔中にキスの雨を降らせました。しかし間もなくヴラジーミルが意識を取り戻すと、ジナイーダは我に返ったようになり、さっさと向こうに行ってしまいました。

 ヴラジーミルはキスの感触を思い出して有頂天になりましたが、翌日にはジナイーダは落ち着き払った態度に戻ってしまいました。
 ジナイーダの熱烈な崇拝者であるベロヴゾーロフは、馬を一頭用立ててほしいと頼まれていました。しかし彼はちょうどいい馬を見つけられないようでした。ジナイーダは、もしベロヴゾーロフが馬を見つけられないのであれば、ヴラジーミルの父に頼むと言いました。
 ヴラジーミルは、自分の父の名をジナイーダが気軽に口にするのに驚きました。結局ベロヴゾーロフは馬を手に入れ、その料金も立て替えました。

 ヴラジーミルは、自分の勇敢な振る舞いによってジナイーダを救う妄想をして過ごすようになりました。ふと、何匹かの蹄の音がして振り返ると、父親とジナイーダが並んで馬を歩ませ、その後ろからベロヴゾーロフが二人を追っていました。ジナイーダはひどく青い顔をしているように見えました。
 その日の昼飯には、父は顔を洗って服を着替え、新聞を読んでいました。母は、誰だかわからない連中とうろつくのは大嫌いだよとヴラジーミルに言いました。

 それから五、六日、ジナイーダはヴラジーミルを避けているようでした。ヴラジーミルは、ジナイーダの部屋の窓の下に行き、窓が開くのを待ちました。窓から顔を出したジナイーダは、青ざめ、潜めた眉の下からまっすぐ前をいつまでも見つめていました。

 その後三日ほどしてから、ヴラジーミルは庭でジナイーダに会いました。彼女は思慮深い娘に変わっていて、ヴラジーミルを小姓に取り立てるので、自分のそばを離れないようにと命じました。以前のような寵愛ではなくなったことにヴラジーミルが不満を述べると、ジナイーダは清らかで静かなキスをしました。夕食の後、常連がジナイーダの家に集まりましたが、以前のような馬鹿騒ぎをすることはなくなりました。ヴラジーミルは、彼女の変化がなぜ起きたのかわかりませんでした。

ジナイーダの恋の相手が判明する

 ジナイーダが誰に恋をしているのか考え、眠れない夜を過ごしたヴラジーミルは、庭へ出てみることにしました。すると、ほんの五、六歩の暗闇を一人の女が通り過ぎ、その後で押し殺したような声が聞こえました。
 ヴラジーミルは「誰だ、そこにいるのは?」というと、その声はやみ、あたりは沈黙に包まれてしまいました。

 その翌日、マレーフスキイ伯爵は、ヴラジーミルをからかい、小姓なら昼も夜もジナイーダを見張っていなければならないだろうと言いました。
 その言葉に触発されたヴラジーミルは、ジナイーダのことをもはや裏切り者だと考えるようになっており、真実を暴くために彼女を見張ることにしました。
 夜十一時に庭に出て行き、庭の外れの小径のわきにあるモミの木に寄りかかって待っていると、どこかで戸の開く音がして、一人の男がその小径をやってきました。それはヴラジーミルの父でした。
 ヴラジーミルは、恐ろしくなって興奮が覚め、家へ戻りました。その途中でジナイーダの寝室の小窓を見上げると、内側からカーテンが降ろされ、そのままそれは動かなくなりました。

 翌日の夕方、ヴラジーミルはジナイーダの前で泣き出し、なぜ自分をおもちゃにしたのかと問い詰めました。ジナイーダは、自分の中に罪深いものがあることを詫びました。ジナイーダに見つめられたヴラジーミルは、再び彼女の虜となってしまいました。

 ヴラジーミルは、父を避けるようになりましたが、ジナイーダには会い続け、火に焼かれるような思いに身をまかせることに快感を感じるようになりました。

 ある日長い散歩をして家に帰ると、父は外出し、母は気分が悪いと言って寝室に閉じこもっていました。使用人から話を聞くと、父の不倫を告発する無名の手紙が届き、ひと騒動が起きたようでした。
 ヴラジーミルは、絶望に陥るでもなく、父を恨めしく思うでもなく、ただ一切は終わってしまったということを悟りました。

 翌日、父と母は話し合い、町へ引き揚げることが決まりました。父は、無名の手紙を送ったのがマレーフスキイだと見破り、怒りをぶつけました。
 ヴラジーミルは、なぜ結婚相手に事欠かないジナイーダが、妻帯者である父との逢引を行なっていたのかを考え、「それが恋なのだ」という結論を導き出しました。

 ヴラジーミルは、このまま別れてしまうことに気が引かれ、ジナイーダに会いに行きました。
 ジナイーダは、ヴラジーミルが自分を悪く思っているのではないかと考えているようでした。それを聞いたヴラジーミルは、一生涯ジナイーダを愛し、崇拝するということを伝えました。するとジナイーダは、ヴラジーミルの頭を抱きしめ、長い別れのキスを与えました。ヴラジーミルは貪るようにそのキスの甘さを味わいました。

町に引き上げた一家

 一家は町に引き揚げました。ヴラジーミルは心の痛みが癒るまで、長い時間がかかりました。しかし父に対して悪い気持ちを持つことはなく、かえって父のことを大きな人物として考えることが多くなりました。ジナイーダとは一生会うことはないと思っていました。

 ある日、ヴラジーミルは並木道でルーシンと会い、ベロヴゾーロフが行方不明になったことを知りました。ルーシンは、改めてジナイーダのような人物の網に引っかからないようにという忠告をヴラジミールに与えました。

 ある日、ヴラジーミルは、毎日馬に乗って出かける父に、一緒に連れて行って欲しいと頼み、父の後ろをついて行きました。
 父は、古丸太が山のように積み上げているところへ来ると、ヴラジーミルに降りるように命じました。そして二頭の馬を預けると、そのまま姿を消してしまいました。
 ヴラジーミルは長い時間待たされました。しばらくして煙草をねだってくる男がやってきたので、逃れたくなって歩き出すと、往来の木造の小さな家の窓の中に父が背を向けて立っているのが見えました。そしてその家の中には、ジナイーダが父と向き合っていました。二人は何かを言い合っている様子でした。
 突然ジナイーダが片手を差し出しました。すると、父は鞭を取り出し、その手を打ちました。ジナイーダは、無言のままその腕を唇にあてがい、赤くなった鞭の跡に接吻しました。その光景を見たヴラジーミルは混乱し、元来た方へと駆け戻り、涙が流れるのにも気づきませんでした。
 その夜、ヴラジーミルは、鞭に打たれても平気であったジナイーダのことを思い出し、再び「これが恋なのだ」と考えました。
 二ヶ月後、ヴラジーミルは大学に入り、その半年後、家族でペテルブルクに引っ越すと、間もなく父は脳溢血で死にました。死ぬ二三日前に、父はジナイーダから手紙を受け取り、泣きながら母に何かを懇願したようでした。発作の起こる日の朝、父はヴラジーミルに『女の愛を恐れよ。かの幸を、かの毒を恐れよ』という手紙を残しました。
 母は父の死後、まとまった金額をジナイーダに送りました。

四年後、結末

 その四年後、大学を出てぶらぶらしていたヴラジーミルは、劇場でマイダーノフに会いました。
 マイダーノフは、ジナイーダのその後について語りました。彼女は父との一件以来、なかなか結婚しませんでしたが、最近ドーリスキイという人物と結婚し、外国へ発つ前にペテルブルクに来ているようでした。ヴラジーミルは、マイダーノフから彼女が住んでいる宿の場所を聞きました。しかし用事のためすぐに訪れることはできず、二週間経ってからやっとその宿を訪ねました。しかし、ジナイーダはお産のために四日前に死んでいました。

 ヴラジーミルは、ジナイーダに会えなかったことに呵責を感じ、自分の青春が過ぎ去ってしまったことを悟りました。

 その四日後、ヴラジーミルは一つ屋根の下に住むある貧しい老婆の臨終に立ち会いました。喜びというものをついぞ知らずに一生を終えたその老婆は、死の直前まで苦しみ、最期を迎えるとともに、恐れやおびえの色が彼女の目から消えました。
 その老婆の死を見たヴラジーミルは、おもわずジナイーダの身になってそら恐ろしくなり、ジナイーダのためにも、父のためにも、自分のためにも、祈りたくなりました。