山本周五郎『赤ひげ診療譚』ってどんな話?作品の内容を詳しく解説

 一九五八年に発表された『赤ひげ診療譚』を紹介します。現代においてもドラマやCMに度々登場する、「赤髭」こと新出去定がこの小説の主人公です。去定は江戸の貧民救済施設である小石川養生所の医長を勤める人物です。一見、乱暴者のように見えますが、常に貧しい人たちのことを考え、医術の知識は超一流、喧嘩をすれば六人のならずものを一気に打ちのめします。まさに「弱きをたすけ強きをくじく」といった彼の行動は、常に読者を惹きつけています。

 この物語は、もう一人の主人公である保本登が小石川養生所に呼ばれたところから始まります。登はもともと江戸で藩主などを診るつもりでいたため、小石川養生所に呼ばれたことに納得がいかず、去定に反発します。しかし去定と共にさまざまな問題を解決するにつれ、登は徐々に去定の人間性に惹かれると共に、自らも成長していきます。
 去定のスーパースターっぷりに悶えるもよし、登の成長物語として読むもよしの、非常に楽しめる小説です。

『赤ひげ診療譚』の主な登場人物

新出去定
小石川養生所の医長。白茶けた髭を生やしているため、赤髭と呼ばれている。粗野な言動で患者たちからはあまり好かれていないが、高度な医術を持ち、常に貧者のことを考えながら、今なお謙虚に学んでいる。医学は無力であり、人々の無知と貧困を克服することが医学の助けになるという考えを持っている。

保本登
三年間の長崎の遊学を経て、小石川養生所に呼ばれた見習い医。もともとは幕府の御番医になるつもりであり、小石川養生所に呼ばれたことに納得していなかったが、去定の人間性に徐々に惹かれ、小石川養生所に残ることを決意する。

津川玄三
小石川養生所の医師。保本と入れ替わりで小石川養生所を出ていく。

森半太夫
小石川養生所の見習い医。去定に心酔している。労咳にかかっている。去定に反発する登とは衝突していたが、そのうちにお互いに親しみを持つようになる。

保本良庵
登の父。

保本八重
登の母。

天野ちぐさ
登の婚約者であったが、書生と駆け落ちし、子供ができようとしている。

天野まさを
ちぐさの妹。度々登のもとを訪れ、登の母が体調を崩した時も看病を行う。登と結婚することとなる。

天野源伯
ちぐさ、まさをの父。登の父親と懇意にしている。

竹造
去定の薬籠を背負う小者。吃りがある。

『赤ひげ診療譚』のあらすじ

江戸時代に小石川養生所があった小石川植物園

※それぞれの短編の詳しいあらすじはこちら

 長崎で三年間の遊学を行い、幕府の御目見医になるつもりであった保本登は、貧民を治療する小石川養生所に呼ばれたことに納得がいかず、医長の新出去定の粗野な態度に反発し、患者の診察を行うことも拒否しました。しかし診療所で治療を受ける狂女のおゆみに殺されそうになったのを助けられたのがきっかけとなり、去定と一緒に患者の診察を行うようになりました。

 小石川養生所に送られる前、登には天野ちぐさという許嫁がいましたが、結婚してから遊学することに抵抗があり、ちぐさを置いて長崎に遊学しました。その間にちぐさは書生と駆け落ちし、実家とは義絶しました。登の父は、ちぐさに駆け落ちされた登の気持ちが落ち着くまで養生所で預かってもらうように去定に手配したのでした。

 その後も去定とともに様々な問題を解決するうちに、去定がただ単に粗野であるわけではなく、世の中の貧しい人たちの救済について常に考えていることを知り、登は去定に徐々に惹かれていきました。

 ちぐさの父親の天野源伯から、ちぐさの妹であるまさをとの結婚話が持ち上がりました。まさをと登が結婚することで、ちぐさと実家の義絶を終わらせることができるとのことでした。ちぐさの父親と懇意にしている登の両親も、この結婚には賛成でした。登ははじめ医術の修行のためといってこの縁談を断りますが、まさをと度々顔を合わせるにつれ、いつしかちぐさへの想いを忘れ、まさをに惹かれはじめていることに気づきます。
 やがて登はまさをと祝言を挙げ、久々に再会したちぐさとも和解しました。

 天野源伯は幕府の表御番医を勤めていたため、登が幕府の御目見医になる手配を進めていました。しかし去定への恩義を感じていた登は、小石川養生所に残る決心をしました。もし自分と結婚するなら貧乏に耐えなければならないので、よく考えるようにと告げると、まさをは異存はないという目をして答えました。
登が御目見医になることに異存なかった去定は、登が自分のところに残りたいという意思を知ってもなお、それを了承しませんでしたが、意思が固いのを見てとると、「後悔するぞ」と言いました。それに対して登は「ためしてみましょう」と答えました。去定は黙って部屋を出て行きました。

管理人の感想

 ラストのシーン、去定が黙って部屋を出て行った、というのがなんともいいですね。登が自分のところに残ると言い、去定が内心喜んでいる顔が眼に浮かぶようです。あるいは去定は登の出世を妨げてしまったことで苦い顔をしているでしょうか?いずれにしても、去定の持つ人間臭さから出た感情が想像されるラストとなっています。