芥川龍之介『蜜柑』ってどんな話?作品の内容を詳しく解説

芥川龍之介作『蜜柑』のあらすじ、感想を紹介するページです。

蜜柑・尾生の信 他十八篇 (岩波文庫)

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『蜜柑』の登場人物


横須賀発上り二等客車に乗り込んでいる。いいようのない疲労と倦怠を頭の中に抱えている。

小娘
油気のない髪を銀杏返しに結い、ひびだらけの両頬を気持の悪い程赤く火照らせた、如何にも田舎者らしい十三、四歳の娘。三等の切符を持って二等列車に乗り込む。

『蜜柑』のあらすじ

 ある曇った冬の日暮れ、私は疲労と倦怠を感じながら、横須賀発の列車に腰を下ろして発車の笛を待っていました。
 発車の笛が鳴り、列車が動き始めたところへ、十三、四の小娘が車掌に怒られながら乗り込んできました。娘はいかにも田舎者で、三等の切符を持って二等車室へ入ってきました。私はその不潔な服装と下品な顔立ちを好みませんでした。
 私はその娘の存在を忘れようと夕刊を開きましたが、小娘の存在を意識せずにいられませんでした。
 数分後、小娘が窓の戸を下ろし始めました。車内に煙が入ってきて、私は咳き込みました。小娘はそれには頓着せず、じっと窓の外を覗いていました。汽車が踏切を通ると、そこにはみすぼらしい格好の三人の男の子が並び、歓声をあげました。小娘は五、六個の蜜柑を少年の上に落としました。私は、奉公に出ることになった小娘が、ここまで迎えにきた弟たちのために蜜柑を与えたことを理解しました。
 この光景は私の心にはっきりと焼き付けられ、私は小娘を今までと異なった目で見るようになりました。私は疲労と倦怠、不可思議で下等で退屈な人生を僅かに忘れることができました。

作品の概要と管理人のコメント

 『蜜柑』は一九一九年発表の掌編小説です。十分ほどで読み終わってしまう作品ですが、語り手の心情の変化が鮮やかに書かれた佳作です。

 小娘が弟たちに蜜柑を与えるまでの描写は、かなり抑えられたトーンになっています。
 舞台はある曇った冬の日暮れ。この小説の書き手である「私」は、頭の中に「云いようのない疲労と倦怠」を抱え、列車の中から窓の外を眺めています。薄暗いプラットフォーム、檻に入れられて悲しそうに吠えている子犬、どんよりした雪曇りの空と、暗さを連想させる情景ばかりが「私」の目に流れます。そのような情景の中に紛れ込んできた小娘の、いかにも田舎者然とした姿に、「私」は不快感を感じ、作品のトーンは、さらに暗い雰囲気となっていきます。その小娘は列車の窓を開け始め、車内には煙が入ってきたため、「私」の不快感は頂点に達します。

 しかし、踏切まで見送りに来た少年たちに小娘が蜜柑を落とした瞬間から、この作品は一気に明るくなります。「私」は、その小娘が、奉公に出て家族と離れ離れになること、見送りに来た弟たちのことを想い、蜜柑を落としてやったことに気づくのです。その行動に感動した「私」は、先程まで感じていた小娘への不快感を忘れ、さらには「云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生」をも忘れます。

 列車に居合わせた小娘への印象が、目の前にこぼれた鮮やかな蜜柑に投影され、一気に変化します。この作品といい、梶井基次郎の『檸檬』といい、柑橘には何か人の心を明るくさせてくれる力があるのでしょうか。非常に爽やかな読後感を与えてくれる作品です。