ゴーゴリ『鼻』の詳しいあらすじ

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 三月二十五日、ペテルブルクのウォズネセンスキイ通りに住んでいる理髪師、イワン・ヤーコウレヴィッチが目を覚ますと、年配のコーヒー好きな女房プラスコーヴィヤ・オーシポヴナが焼けたばかりのパンをかまどから取り出し、食卓の上に放り出しました。イワン・ヤーコウレヴィッチがパンを二つに割ってみると、中から鼻が出てきました。プラスコーヴィヤ・オーシポヴナは、イワン・ヤーコウレヴィッチがどこから鼻を削ぎ取ってきたのかと怒鳴り立てました。イワン・ヤーコウレヴィッチは、その鼻が毎週水曜日に自分に顔を剃らせる八等官コワリョーフ氏のものであることに気がつき、恐れおののきました。パンはしっかりと焼けているのに、鼻はどうにもなっていませんでした。どうしてこのようなことになったのか、彼には理解できず、警察の捜査を受けてその鼻が発見され、逮捕されるのではないかと思い始めました。
 彼は鼻をぼろきれに包んで往来に出て、どこかへその鼻を捨てようと考え、ネワ河へそれを投げ込むことに決めました。

 イワン・ヤーコウレヴィッチはひどい呑んだくれで、理髪師であるのに、自分の髭は剃ったことがなく、みすぼらしい服を着ており、毎週水曜日に髭を剃らせるコワリョーフ氏からは、嗅ぎ煙草のせいで手が臭いと言われていました。
 彼は鼻を包んだぼろきれを、橋の上から投げ捨てると、それを大きな頰髯を蓄えた堂々とした恰幅の巡査に見咎められました。イワン・ヤーコウレヴィッチは青ざめました。しかしその後のことは、何もわかりません。

 八等官のコワリョーフが目を覚まし、自分の鼻にできたにきびを見ようと鏡を取り出すと、鼻があるはずの場所がすべすべになっていました。コワリョーフは、副知事か重要な省の監察官になるためにペテルブルクにやってきました。今の八等官という地位に誇りを持っていましたが、その地位に品位と威厳を添えるために、自分では少佐と名乗っていました。彼は、街で出会った女に話しかけ、家に寄るようにしばしば口説いていました。

 鼻をなくしたコワリョーフは、ハンカチで顔を抑えて、通りへ出ました。彼はある家の前につけた馬車の扉から、礼服をつけた紳士が出てきて家の階段を昇っていくのを見ました。コワリョーフはその紳士を見て呆然としました。その紳士は彼の鼻だったのです。

 コワリョーフが家の前で待っていると、鼻が出てきました。身につけている服装から判断すると、鼻は五等官の位のようでした。
 コワリョーフが馬車を追うと、鼻はカザンスキイ大伽藍の前で馬車を降りました。伽藍の中へ入った鼻を追って、コワリョーフが中に入ると、鼻は信心深そうに祈禱していました。
 コワリョーフは鼻に話しかけ、自分の鼻ではないですかと言ってみました。鼻は、自分は自分自身だと主張し、コワリョーフの言うことは何かの間違いだろうと言いました。
 コワリョーフは、ふと両親に連れられた華奢な美しい娘を見て、話しかけようとしましたが、自分の鼻がないことに気づき、躊躇しました。その間に鼻はいなくなっていました。彼は冷静に考え、鼻がペテルブルクから逃げ出しかねないと思い、新聞社に行って鼻の特徴を詳細に書いた広告をだすことにしました。コワリョーフは、馬車を飛ばして新聞社の受付室に入りました。室内は広告を出したい人でごった返していましたが、鼻のないコワリョーフはその匂いを感じることはありませんでした。彼は、鼻が逃亡したので、捕まえた者には相応の報酬を払うという広告をだすように頼みました。係員はそのような荒唐無稽な広告を載せるわけにはいかないと、コワリョーフの依頼を断りました。コワリョーフは、ハンカチを取り、自分の鼻があった場所を係員に見せました。係員は、コワリョーフに同情し、嗅ぎ煙草を勧めましたが、鼻のないコワリョーフはそれに怒り、新聞社を飛び出しました。

 コワリョーフは文署長のところへ行きましたが、ちゃんとした人なら鼻を削ぎ取られることはないと言われたため、自負心を傷つけられて外へ出ました。
 家に帰ると、天井に向けて唾を吐きかけている下僕のイワンを怒鳴りつけ、自分の部屋へ入りました。
 自分の部屋に入ったコワリョーフは、何の断りもなしに鼻がなくなってしまったことを嘆きました。自分が酔っ払っているのではないかと思ってつねってみても、しっかりと痛みを感じました。

 コワリョーフは色々と考えた結果、彼に自分の娘を押し付けようとしている左官夫人ポドトチナが原因ではないかと思い当たりました。コワリョーフが、ポドトチナの娘をチヤホヤしながら、貰うことをしぶっているので、ポドトチナが魔法使いでも雇ったに違いないと思ったのです。

 そこへ、イワン・ヤーコウレヴィッチが橋から鼻を投げ捨てた時に、橋のたもとに立っていた巡査が訪れ、コワリョーフの鼻が見つかったと言いました。鼻はある官吏の名前を使って旅券をつくり、リガへと逃げようとしていたところを取り押さえられたようです。
 その共犯者は理髪師で、いまは留置所に入っていると言います。
 巡査は紙にくるんだ鼻を取り出し、コワリョーフにそれを返しました。コワリョーフは喜びましたが、その鼻をもとのところにあてがったところ、鼻は顔につきませんでした。
 彼は下男に医者は同じ建物の二階に住む医者を呼ばせました。
 医者は、鼻をくっつけることはできるが、下手にいじらない方がいいと言いだしました。コワリョーフは、どんな形でもいいから鼻をつけてくれと懇願しましたが、医者は自然の成り行きに任せるのが一番だと言い張り、鼻がなくても健康に暮らせるし、鼻をアルコールつけにしておけば、金儲けができるなどと言い始めました。医者はそのまま部屋を出て行き、コワリョーフは茫然としました。

 その翌日、自分に悪い魔法をかけたと思われるポドトチナ夫人に、コワリョーフは手紙を書き、彼女が妖力を用いて鼻を取ったことを非難し、そのようなことをしても自分は娘と結婚しないばかりか、その日のうちに元に戻らなければ、法律による手段に訴えると伝えました。

 夫人は全く身に覚えがないと返事を書いてきました。それどころか、手紙に書いてある「鼻を失った」とは、ポドトチナが自分の娘と結婚を断ろうとしていることだと、コワリョーフが思い込んでいるということだと解釈し、そのようなことはないので、結婚を正式に申し込んでくれれば、いつでも娘を差し上げると書いてきました。

 コワリョーフは、ポドトチナが自分から鼻を奪った首謀者ではないことがわかり、がっかりしてしまいました。

 そのうちに、コワリョーフの鼻が、毎日三時にネフスキイ通りを散歩するという噂がたち、群衆が押しかけ、社交界ではそれが話の種になりました。しかしこの事件はここで迷宮に入り、その先がどうなったのかは、まるでわかりません。

 四月七日、突如として鼻が戻りました。コワリョーフが喜んでいると、理髪師のイワン・ヤーコウレヴィッチが髭を剃るために彼の部屋を訪れました。イワン・ヤーコウレヴィッチは、コワリョーフの元に戻った鼻を眺め、「なるほど」と思いながら、髭を剃るためにそれを摘みました。するとそれに怒ったコワリョーフが怒鳴りつけたため、イワン・ヤーコウレヴィッチは、鼻を摘まずに髭を剃らなければなりませんでした。彼は、街へ出てポドトチナらに会いましたが、皆、自分の顔を見ても笑い転げることはなく、コワリョーフは鼻が戻ったことを実感しました。

 それからコワリョーフはいつでも上機嫌で、美しい女を追いかけ回していました。

 ペテルブルクに起きた事件は、以上のようなものでしたが、鼻が勝手に逃げ出し、五等官の格好で現れるといったことだけでなく、この小説に書かれた奇怪なこと、そして何よりもこのような題材を作者がとりあげたことは、全く不可解で、どうしてもさっぱりわかりません。しかし、不合理というものはどこにもあり勝ちなことなので、このような出来事も、稀にあることはあり得るのです。