トルストイ作『アンナ・カレーニナ』ってどんな話?作品の内容を詳しく解説

世界最高峰の文学作品の一つとして、他の作家から極めて評価の高い作品、レフ・トルストイ作『アンナ・カレーニナ』の登場人物やあらすじを紹介します。作品の概要や管理人の感想も。

アンナ・カレーニナ(上) (新潮文庫)

『アンナ・カレーニナ』の登場人物

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アンナ・カレーニナ
政府高官のカレーニンの妻。美貌の持ち主で社交界での評判も高い。息子のセリョージャを心から愛している。ヴロンスキーから熱烈なアプローチを受け、不倫に陥る。

アレクセイ・ヴロンスキー
伯爵の一人息子で、金持ちで美男子の青年士官。アンナを一目見て恋に落ちる。

コンスタンチン・リョーヴィン
田舎に広大な地所を持つ青年貴族。無神論者。もともと親しく交際していたシチェルバツキー家の令嬢のキティに恋をしている。

キティ(エカテリーナ・アレクサンドロヴナ)
ドリーの妹。社交界に出たばかりの十八歳の娘。ペテルブルクからやってきたヴロンスキーに惹かれている。

アレクセイ・カレーニン
アンナの二十歳年上の夫。政府高官。仕事に追われる生活を送り、世間体を気にする。

オブロンスキー(ステバン・アルカージッチ・オブロンスキー)
アンナの兄。以前の家庭教師との関係がドリーに知られ、不和になっている。モスクワとペテルブルクで顔が効き、皆に好かれている。

ドリー(ダーリヤ・アレクサンドロヴナ)
オブロンスキーの妻。キティの姉。五人の子供を抱え家庭に献身的に尽くしている。

コズヌイシェフ
リョーヴィンの異父兄で全ロシアに名の知れた作家。モスクワで都会生活を送っているが、しばしばリョーヴィンの土地を訪れ、多くの議論を行う。

ニコライ
リョーヴィンの実の兄。悪い仲間と遊蕩生活を送り、酒に溺れている。リョーヴィンからは慕われている。

リディア・イワーノヴナ伯爵夫人
ペテルブルクの信心深いグループに属する。アンナとカレーニンの友人。

ベッツィ・トヴェルスコイ公爵夫人
ペテルブルクで華やかな生活を送るアンナの従兄の妻。ヴロンスキーの従姉妹。

『アンナ・カレーニナ』のあらすじ

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第一編

 モスクワの役所の長官として働いているオブロンスキーは、浮気を妻のドリーに知られ、家の中は混乱していました。彼は、妹のアンナ・カレーニナが訪れてくるという知らせを受け、家庭の状況が落ち着くことを期待しました。

 オブロンスキーの幼馴染のコンスタンチン・リョーヴィンが訪ねてきました。田舎の貴族の地主であるリョーヴィンは、ドリーの妹のキティに恋をしていて、結婚の申し込みをするためにモスクワにやってきたのでした。オブロンスキーは、最近モスクワに来たヴロンスキー伯爵という騎兵将校の男が、キティに惚れこんでいるという話をリョーヴィンに話しました。

 十八歳のキティは、出たばかりの社交界で大成功を収め、大きな注目を浴びていました。彼女は亡き兄の親友でもあったリョーヴィンのことを心から慕っていましたが、家柄が良い美青年のヴロンスキーが、自分に興味を示していることに気づくと、ヴロンスキーの方に夢中になっていきました。
 キティのもとをリョーヴィンが訪れ、結婚の申し込みをしました。しかしヴロンスキーが自分を愛していると思い込んでいたキティは、その申し出を断りました。

 オブロンスキーが鉄道の停車場までアンナを迎えに行くと、母親のヴロンスカヤ伯爵夫人を迎えに来たヴロンスキーと会いました。アンナとヴロンスカヤ伯爵夫人は、その列車の中で出会い、話しながらモスクワに到着したようでした。
 列車が到着し、ヴロンスキーとアンナが初めて言葉を交わしたとき、線路番が轢死したという知らせが入りました。アンナはそれを不吉なことが起きる前兆だと考え、恐れました。アンナを一目見て恋に落ちたヴロンスキーは、轢死した線路番の妻に金を恵み、アンナからの関心を惹こうとしました。
 オブロンスキーの家に着くと、アンナはドリーと話し、夫婦の和解に一役買いました。キティはアンナの美しさに惹かれて夢中になり、二人は次の舞踏会について語り合いました。

 舞踏会では、キティはヴロンスキーと踊ることを待ちわびていました。しかしヴロンスキーはキティを踊りに誘わず、アンナを踊りのパートナーに選びました。キティはヴロンスキーとアンナがお互いに惹かれ合っていることに気づき、絶望しました。
 キティに結婚を断られたリョーヴィンは、自分の領地に戻り、気を取り直しました。

 アンナはヴロンスキーとの関係に危険を感じ、予定を早めてペテルブルクに戻ることを決めました。
 アンナが列車に乗り込むと、ヴロンスキーが同じ列車に乗り込み、途中駅のプラットフォームでアンナへの愛を告白しました。アンナはその告白を拒否しましたが、恐れと幸福を感じました。
 ペテルブルクに戻り、夫のアレクセイ・カレーニンや息子のセリョージャに再会したアンナは、二人から幻滅に近い感じを受けました。
 ヴロンスキーはペテルブルクに着くと、アンナに会える可能性のある社交界に入る準備を始めました。

第二編

 キティは病気になり、医師の勧めにより外国へ療養へ行くことが決まりました。ドリーは、ヴロンスキーに屈辱を受け、リョーヴィンを振ってしまったことを後悔しているキティの苦しみを理解しました。

 リョーヴィンは失恋から立ち直り、農事経営に関する著述を書き始めました。彼は、キティがヴロンスキーと結婚せず病気になっていることを、オブロンスキーにより知らされました。

 アンナは、ヴロンスキーに会うため、従兄の妻であるベッツィ・トヴェルスコイ公爵夫人のいる華やかな社交界への出入りを頻繁にするようになりました。ヴロンスキーはアンナを追い続けました。アンナは始めヴロンスキーのことを拒否していましたが、ヴロンスキーの猛烈なアプローチに抵抗することは、もはやできませんでした。
 カレーニンは、アンナとヴロンスキーの噂が社交界に出回っていることに気づき、アンナに注意を与えました。彼は二人が一線を超えていることに気づいていましたが、世間に醜聞が知れ渡ることで自分の仕事上の地位が危うくなることを心配し、それ以上何をすることもありませんでした。
 アンナの妊娠を知ったその日、ヴロンスキーは騎手として参加していた障害物競馬のレースで落馬し、馬の背骨を折りました。それを見ていたアンナは、心の動揺を抑えることができず、その態度を注意してきたカレーニンに、自分の不貞を白状しました。カレーニンは、世間体を保つことだけをアンナに要求しました。

 ドイツの温泉場で治療を始めたキティは、湯治に来ているマダム・シュタールと、献身的にその面倒を見る養子のマドモワゼル・ワーレンカと新しい交際を始めました。キティはマダム・シュタールの敬虔さとワーレンカの優しさに惹かれ、自分も同じように周囲の人々に献身的に尽くし始めます。しかし、父親のシチェルバツキー公爵がマダム・シュタールの敬虔主義を冷ややかな目でいているのを知り、そのうちに自分の行動にも欺瞞を感じるようになると、この温泉場を離れたいと思うようになりました。その頃にはヴロンスキーのことも忘れ、病気もすっかり良くなっていました。

第三編

 リョーヴィンは異父兄のコズヌイシェフの訪問を受けました。その前年から百姓たちに混ざって農作業を行い、労働の喜びを感じるようになっていたリョーヴィンは、都会からきたコズヌイシェフよりも農民たちに親近感を覚えました。地方自治によって学校や病院の建設を行っても、農民たちがそのような施設を利用したがらないことをリョーヴィンは知っていたので、公共の福祉の充実を推進するコズヌイシェフと議論になりました。
 経費削減のために田舎の土地で暮らし始めたドリーの生活を助けてほしいというオブロンスキーからの依頼により、リョーヴィンはドリーを訪ねていきました。ドリーは、病気で苦しんでいるキティを助けてほしいとリョーヴィンに頼みますが、リョーヴィンは再び結婚を申し込む気にならず、ドリーからも遠ざかるようになりました。農民の陽気で満ち足りた生活に憧れるようになったリョーヴィンは、農民の妻を貰うことを真剣に考えるようになりましたが、偶然箱馬車の中にいるキティを目撃すると、忘れかけていた愛が蘇ってくるのを感じました。
 キティとの関係に決着をつけられない自分に嫌気がさしたリョーヴィンは、友人のスヴィヤジュスキーを訪れました。スヴィヤジュスキーの家にいる人々と議論を行い、リョーヴィンは農民たちに利益を配分して生産性を上げるという革新的な農事方法を思いつき、自分の領地に帰ると、さっそく実践を図りました。

 一方、アンナから不貞を告白されたカレーニンは、妻を自分の手元に置き、ヴロンスキーと別れさせようと考えました。それはアンナにとって最も恐ろしい生活でした。アンナがヴロンスキーとの別れを拒否すると、カレーニンはセリョージャを渡さないと脅しました。

第四編

 ヴロンスキーと会い続けるアンナに怒りを覚えたカレーニンは、息子を自分の手元に置きながら離婚できる可能性について弁護士に相談を始めました。
 カレーニンが仕事でモスクワを訪れると、オブロンスキーが晩餐に彼を招待しました。ドリーはカレーニンに離婚を思いとどまるように説得を試みました。一方、その晩餐に招かれていたリョーヴィンとキティは再会を果たし、お互いが愛し合っていたことを確認し、婚約に至りました。

 カレーニンは、アンナが出産により死にかけていると聞き、ペテルブルクに戻りました。瀕死の状態で許しを乞うアンナにより、彼は崇高な気持ちになり、アンナとヴロンスキーに許しを与えました。ヴロンスキーは、カレーニンの寛大さに屈辱を覚え、ピストル自殺を図りましたが、弾は心臓をそれました。
 アンナは回復後、ヴロンスキーと会うことを拒否し続けましたが、カレーニンが離婚に同意したということを聞いたヴロンスキーが訪れてきたことで、彼への愛を確信しました。アンナは夫と子供を置いて、ヴロンスキーとのヨーロッパ旅行へと出かけました。

第五編

 リョーヴィンはキティと結婚し、田舎での新しい生活を始めました。最初の三か月はお互いに不満をためる事の多かった二人でしたが、生活は徐々に落ち着きを見せるようになってきました。
 リョーヴィンは、兄のニコライが発病して死にかけているという知らせを聞きました。キティは、ニコライを訪れようとする夫に同行しました。ならず者であった兄と妻を会わせるのを躊躇していたリョーヴィンでしたが、ニコライの看病を献身的に行うキティが、死の認識を自分よりも的確に持っていることに驚きました。ニコライは徐々に弱まり、息を引き取りました。そこにいた医者により、キティはリョーヴィンとの子を宿していることを知りました。

 ヴロンスキーとアンナはイタリアの小さな街に腰を落ち着けました、アンナは幸福でしたが、独り者の自由を奪われたヴロンスキーは、退屈を感じました。彼は絵画に手を出しますが、優れた画家のミハイロフとの出会いにより、自分の才能の乏しさに気づくようになり、海外での生活に嫌気がさすようになりました。二人はロシアに戻ることを決心しました。
 ペテルブルクに戻ると、ヴロンスキーはアンナを社交界に復帰させたいと考えましたが、人々はアンナを避けるようになっており、もはや社交界に戻ることはできそうにありませんでした。

 カレーニンは、以前アンナの友人であったリディア伯爵夫人からの好意を受け、家政を行ってもらっていました。リディア伯爵夫人は新しい解釈のキリスト教を信仰しており、カレーニンも次第にその宗教にすがりつくようになっていきました。リディア伯爵夫人は、アンナのことを汚らわしい女だと非難し、セリョージャに会いたいというアンナの願いを拒否するよう、カレーニンに助言しました。息子との再会を拒否されたアンナは憤慨し、秘密裏にセリョージャを訪れますが、カレーニンに発見されて逃げ帰りました。

 ヴロンスキーはペテルブルクでの交友を復活させ、一人きりになることが多くなったアンナを苛々させます。アンナは頻繁に外出するヴロンスキーに敵意を抱き、自分の身の破滅を知りながら、ペテルブルクの社交界の人びとがこぞって参加する劇場へと足を運びました。他の客に侮辱を受けたアンナは、劇場を途中で飛び出し、部屋に戻ってきたヴロンスキーを激しく非難しました。

第六編

 ドリー、シチェルバツキー公爵夫人、ワーレンカ、コズヌイシェフは、キティとリョーヴィンのいる田舎の領地でひと夏を過ごしました。
コズヌイシェフとワーレンカは惹かれ合いましたが、結婚の約束までこぎつけることはできませんでした。
 オブロンスキーが、シチェルバツキー家の親戚のヴェスロフスキーを連れて訪ねてきました。ヴェスロフスキーはキティに馴れ馴れしい態度を取り、リョーヴィンの嫉妬を買いました。猟に出かけると、リョーヴィンは一時的にヴェスロフスキーに親近感を抱きますが、家に戻ると、彼のキティに対する態度に我慢することができなくなり、家から追い出してしまいました。ヴェスロフスキーは、ヴロンスキーとアンナのいる田舎の地所に滞在することにしました。

 ドリーは、自分のアンナに対する気持ちは変わっていないことを伝えるため、ヴロンスキーとアンナの滞在している田舎の地所を訪れました。
 ヴロンスキーはこの地所に豪華な屋敷を建て、農場の経営に打ち込んでいるようでした。アンナは幸福な様子でした。
 ヴロンスキーは、自分の娘が法律的にはカレーニンの子供である辛さを語り、アンナに離婚の決意をさせてほしいとドリーに頼みました。一方アンナは、リディア伯爵夫人に支配されているカレーニンが離婚に応じるかもわからないと言い、離婚できたとしてもセリョージャとの縁が切れるのを恐れている様子でした。ドリーはアンナに離婚の決心をつけさせることができないまま、家に帰りました。
 そのうちにアンナは、ヴロンスキーが出かけて一人きりになることに耐えられなくなりました。ヴロンスキーが数日間選挙のために出かけると、アンナは娘の軽い病を口実にヴロンスキーを呼び戻します。このような行為により、ヴロンスキーの愛情が冷めてきていると感じたアンナは、カレーニンと離婚しなければならないと考えるようになりました。彼女はカレーニンに離婚を要求する手紙を書き、二人はモスクワへと移りました。

第七編

 リョーヴィンとキティは、お産のためにモスクワに移りました。リョーヴィンは都会の生活に少しづつ馴染み、新たな社交生活を始めました。
 彼はオブロンスキーのいるクラブに顔を出し、ヴロンスキーと会い、彼らの勧めによりアンナを訪問しました。リョーヴィンは、アンナの美貌や、誠実で率直な態度に魅了されました。家に帰ってアンナに会ったことをキティに伝えると、夫がアンナに惹かれたことに気づいたキティは泣きだし、和解するのに夜中までかかりました。

 アンナは、モスクワでの社交生活を復活させたヴロンスキーを非難せずにはいられなくなりました。彼女はモルヒネに依存するようになり、二人の生活は常に緊張に支配されるようになりました。

 キティは長いお産を終え、男の子を産みました。リョーヴィンは産まれてきた赤ん坊が何者なのか理解できず、傷つきやすい「その物」に嫌悪と哀れみを抱くことしかできませんでした。

 財政状況が厳しくなったオブロンスキーは、カレーニンを訪れて新しい地位への口添えを頼み、そのついでにアンナとの離婚を勧めました。しかしカレーニンはリディア伯爵夫人が連れてきたジュール・ランドーという男の信仰する宗教に支配されており、ランドーが夢うつつの時に口にした言葉に従い、離婚を拒否しました。

 ヴロンスキーの母親が、一緒にモスクワの郊外に住んでいるソローキン公爵令嬢と息子との結婚を望んでいることを知ったアンナは、ますますヴロンスキーに嫉妬するようになり、この苦痛から逃れるための自殺を意識し始めます。
 諍いの末にヴロンスキーが家を出ていくと、アンナはヴロンスキーに早く帰ってきてほしいと電報を打ち、気を落ち着かせるためにドリーに会いに行きます。しかし、ドリーと、その場にいたキティが、自分のことを軽蔑しているように感じたアンナは家に帰ります。彼女は、十時前には帰れないという電報をヴロンスキーから受け取ると、ヴロンスキーが自分の苦痛を喜んでいると感じ、復讐心に燃えながら停車場へ向かい、列車と列車の間に身を横たえて自殺を遂げました。

第八編

 二ヶ月後、六年かけて書き上げた本が世間から黙殺されたコズヌイシェフは、リョーヴィンを訪れるために停車場を訪れました。アンナの死後、ヴロンスキーは自分を人間の廃墟のように感じ、自費で中隊を編成して露土戦争へ向かうことを決心しました。ヴロンスキーとコズヌイシェフは同じ列車でモスクワを旅立ちました。
 リョーヴィンは、生活のために農事経営に精を出し、相変わらず信仰を持っていませんでした。ところが、キティと乳飲み子のミーチャが二人で出かけたときに激しい雷雨がやってくると、二人の身を心から案じ、必死に神に祈っていることに彼は気づきます。また、農民と語り合ううちに、人間が生きている理由というのは、理性で説明できるものではなく、それが教会の教えと一致していることに気づいき、もともと自分には信仰が備わっていたことを理解し、心から神に感謝することができるようになりました。
 そのような啓示を得たからと言って、日々の雑務に苛々し続けている自分にリョーヴィンは気づきますが、自分の生活が意義を持っているのだと、彼ははっきりと感じることができるようになりました。

作品の概要と管理人の感想

 『アンナ・カレーニナ』は1873年に連載が始められた、トルストイの代表作です。発表当初から高い評価を得ていたこの作品は、ドストエフスキーに「芸術上の完璧」と評され、発表から今日に至るまで、多くの作家に絶大な支持を受けています。

 この作品は、一人の人間が一生のうちに抱くであろう、全ての感情が書かれていると言っても過言ではないでしょう。
 アンナは、不倫の道へ突き進むかどうかの葛藤に始まり、ヴロンスキーとの燃えるような恋、夫への嫌悪とセリョージャへの愛情、社交界を追われた孤独感、自由を求めるヴロンスキーへの嫉妬と、その嫉妬が高じて湧き上がる怒りと復讐心、自殺する直前の混乱といった感情を抱きます。
 もう一人の主人公であるリョーヴィンが抱く感情は、キティに対する恋心と失恋、仕事に対する情熱や倦怠、恋を成就させた後の浮き立つような幸福感、ニコライの死を目の当たりにした時の恐怖、ヴェスロフスキーに抱く嫉妬、生まれたての子供に抱く違和感に、段々と芽生えてくる父親としての自覚、信仰に対する葛藤などです。
 ヴロンスキーを通して書かれている感情は、キティへの軽い恋愛感情に始まり、アンナへの熱烈な恋、セルプホフスコイによって刺激される出世欲、カレーニンから受けた屈辱、旅先での退屈、自由や社交界への希求、自分に敵意をむき出しにするアンナへの幻滅、アンナの死後に抱く空虚な気持ちなどです。
 キティにおいては、ヴロンスキーへの恋心と期待と、それらが裏切られた屈辱感、温泉場でワーレンカによって触発された敬虔な心や、その後で抱くことになる自己欺瞞、リョーヴィンや息子への温かな愛情などの感情が書かれます。
 オブロンスキー、ドリー、カレーニンといった登場人物たちもまた、上にあげた四人の主要な登場人物たちのパイプ役を務めながら、各々の感情を抱いています。彼らの抱く感情は、全て彼らが置かれている状況に則していて、不自然な印象を受けることは全くありません。
 ざっと挙げただけでも、これだけ感情を変化させていく登場人物たちが、複雑に交錯しながら形成されているにも関わらず、それぞれのエピソードは均整がとれていて、冗長に感じることがありません。管理人はトルストイの理路整然とした作品を読むたびに、どのような頭の構造をしていたらこのような作品が書けるのだろうと、首をひねらずにはいられません。

 登場人物たちの感情が状況に則しており、突飛な印象を抱くことの少ない作品であるがゆえに、ヴロンスキーに対する復讐心を募らせた挙句に混乱し、感情を制御できなくなって自殺へと突き進んでいくアンナからは非常に痛ましい印象を受けます。リアリティがあり、かつ魅力的なアンナの物語を読み続けた後の結末からは、喪失感のようなものを感じる人も多いのではないでしょうか。
 リアリズムの極致と言われる作品だけあって、同じロシアの文豪ドストエフスキーの作品に見られるような、異常で病的な心理を持つ人々はあまり登場しません。『罪と罰』のラスコーリニコフや、『カラマーゾフの兄弟』のフョードルのような人物が好きな人々にとっては、この『アンナ・カレーニナ』からは少し物足りなさを感じるかもしれません。しかし、アンナの狂気は、もともと「正常」な心理を持っていた人物だけに、真に迫ってくるものを感じます。
 それに対してもう一人の主人公であるリョーヴィンは、数々の苦悩を経て、キティや子供に対する愛情に目覚め、自分なりの真理を発見し、生きていく指針のようなものを得ることに成功します。彼の幸福な人生が、アンナの悲劇を際立たせているとも言えますが、同じように恋愛に囚われた両者を隔てるものが、不倫の恋かそうでないかであったとしたら、人間の心が社会によってどれだけ左右されてしまうものなのかということを考えずにはいられません。

 登場人物たちの感情表現、プロットの正確さとわかりやすさ、主人公アンナ・カレーニナの魅力、そして読者へと投げかけられるテーマと、どれをとっても最高級なこの作品が、世界最高の文学作品の一角を占めていることは間違いなさそうです。