チェーホフ『かもめ』ってどんな作品?登場人物やあらすじを詳しく解説

 ロシアのチェーホフの大劇作家、アントン・チェーホフの戯曲『かもめ』は、1895年に執筆され、1896年にサンクトペテルブルクのアレクサンドリンスキイ劇場で初演されました。当時の劇場での評価は非常に低く、主人公格のニーナの役で出演していた女優は、観客からの敵意に満ちた視線により、声が出なくなったと言われています(チェーホフはこの女優を、ロシアで最高の女優と褒め称えています)。チェーホフ自身「二度と戯曲は書かない」と誓うほどの評判でした。しかしその2年後の1898年に、「役者の唾を拭き取り、鼻をかませ、汗を拭き、歯と爪を磨かせることまで管理した」と言われるほどの、細かな演出をされたものが再上演されると、大成功を収めることになりました。現在は『三人姉妹』、『桜の園』、『ワーニャ伯父さん』とともにチェーホフの四大戯曲に数え上げられています。

かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫)

『かもめ』の登場人物

※ネタバレ内容を含みます。

アルカージナ(イリーナ・ニコラーエヴナ)
嫁ぎ先の姓はトレープレヴァ、有名な女優。田舎にあるソーリンの領地を訪れている。作家のトリゴーリンを愛人にしている。

トレープレフ(コンスタンチン・ガヴリーロヴィチ)
アルカージナの息子。ソーリンと同居している。作家を志望している。

ソーリン(ピョートル・ニコラーエヴィチ)
アルカジーナの兄。独身。二十八年間司法省に勤めていたが、身体をこわして田舎の領地に引っ越してきている。田舎暮らしに馴染めずにいる。

ニーナ(ミハイロヴナ・ザレーチナヤ)
裕福な地主の子。湖が見える邸に住んでいる。実母は死去し、現在の母親は継母。女優志望であるが父親が厳しく、認められていない。トレープレフの恋人として登場する。

シャムラーエフ(イリヤー・アファナーシエヴィチ)
退職中尉、ソーリンの領地の管理人

ポリーナ(アンドレーエヴナ)
シャムラーエフの妻。ドールンに惹かれている。

マーシャ
シャムラーエフとポリーナの娘。トレープレフに叶わぬ恋をし、自分が不幸せな人間だと思っている。そのためいつも黒い喪服を着ている。

トルゴーリン(ボリース・アレクセーエヴィチ)
高名な文士。アルカージナの愛人で、ともにソーリンの邸を訪れている。この領地でよく釣りをして過ごす。

ドールン(エヴゲーニイ・セルゲーエヴィチ)
医師。

メドヴェージェンコ(セミョーン・セミョーノヴィチ)
教員。マーシャに恋し、毎日ソーリンの領地を訪問してきている。

ヤーコフ
下男

料理人

小間使

『かもめ』のあらすじ

※ネタバレ内容を含みます。

第一幕

 ある廃園の一部に仮舞台が急設されています。トレープレフは、自分が書き下ろした脚本を、恋人のニーナに主演させようとしています。
 トレープレフは作家を志望し、ニーナは女優になるのを夢見ていました。

 ここはトレープレフの叔父にあたるソーリンの領地でした。ソーリンは都会生活を送っていましたが、現役を退き、体調を崩したので、田舎にある自分の領地へと引っ越してきています。彼はまだ田舎生活に慣れません。

 ここには、有名な女優のアルカージナが、恋人のトリゴーリンを連れて滞在しに来ていました。アルカージナはソーリンの妹、トレープレフの母親にあたります。トリゴーリンは高名な文士でした。二人は世間に浮名を流していて、そのことにトレープレフは閉口していました。

 この領地の管理人はシャムラーエフという退職中尉が務めています。シャムラーエフの妻であるポリーナはこの地に住む医師であるドールンに色目を使っています。
 シャムラーエフとポリーナにはマーシャという娘がいました。マーシャはいつも黒い喪服を着て、自分のことを不幸せだと感じています。マーシャはトレープレフに恋をしているのです。
 また、この地方に住む教師であるメドベージェンコはマーシャに恋し、毎日会いに来てはそっけなくされています。

 ニーナの両親は厳しく、女優になることが認められていないので、こっそりとここにきています。ニーナはこの舞台装置のある湖に、かもめのように惹きつけられると言います。トレープレフの戯曲には動きがないので、ニーナは演じにくさを感じていました。

 舞台が始まります。出だしのニーナの台詞が象徴的で抽象的であったため、アルカージナは舞台をデカダン(当時流行っていた退廃主義)と評し、嘲笑します。これにトレープレフは憤慨して幕を下ろしてしまいます。

 トレープレフの脚本は評判が良くなかったようですが、医師のドールンだけはこの脚本に感動し、トレープレフを褒めたたえ、作家業を続けるように忠告します。

 芝居を終えたニーナはアルカジーナとポリーナに挨拶し、憧れのトリゴーリンに紹介されます。

第二幕

 領地内のクリケット場のコートで、アルカージナ、ドールン、マーシャがベンチにかけているところに、ソーリン、ニーナ、メドヴェージェンコが来ます。

 両親が三日間家を空けているため、ニーナは自由の身になっていました。

 アルカジーナは町に出かけようとしていました。しかしシャムラーエフはライ麦を運ぶ日なので馬を準備できないと主張し、二人は口論になります。
 アルカジーナは、ここに来ると毎度嫌な目に合うと言い、泣きながら去っていきます。

 怒って辞職すると言い出すシャムラーエフに対する自分の苦労を、妻であるポリーナはドールンに訴えます。
 ニーナはドールンに花を渡しますが、嫉妬したポリーナはその花を引きむしって捨てました。

 アルカジーナのような有名な女優がくだらないことで泣いたり、トリゴーリンのような有名な作家が毎日釣りばかりしているのを、ニーナは意外に思います。

 猟銃で殺したかもめの死骸を持ったトレープレフが現れます。彼は舞台の失敗以来、ニーナに失望されたと思って絶望し、このかもめのように自分も死ぬ言い残し、去っていきました。

 トリゴーリンが現れます。シャムラーエフに気を悪くしたアルカージナと一緒にここを発つことになったということを、彼は告げました。ニーナはトリゴーリンのような有名な作家が何を考えているのか知りたがります。トリゴーリンは自分が見かけたものは、何もかもを書かなくてはいけないと思ってしまうと、作家としての苦悩を語ります。書いている途中にはいい気持ちでいられるのですが、刷りあがると書かない方がよかったと思って気が滅入り、自分が民衆や苦悩やその将来、科学や人間の権利について語る義務があると感じ、喋ろうと焦るうちに何を書いているのかよくわからなくなると、彼は続けます。

 ニーナは女優や女流作家のような名声を得る気持ちを感じてみたいと言います。ニーナが湖のほとりに住んでいることを知り、さらにトレープレフが撃ち落としたかもめを見たトリゴーリンは、湖のほとりに住んでいる娘を、若い男が退屈まぎれに破滅させるという小説を思いつきます。

 アルカージナがやってきて、気が変わったのか自分たちはこのままここにとどまることにすると言いました。ニーナはトリゴーリンと再び会えることに喜びます。

第三幕

 ソーリン家の食堂でマーシャとトリゴーリンが話しています。マーシャはトレープレフを諦めるために、メドヴェージェンコのところに嫁に行く決意をしていました。トリゴーリンとアルカージナはそろそろ発つようです。トリゴーリンはここを発ちたくない様子でしたが、トレープレフが自殺未遂をしたり、トリゴーリンに決闘を申し込んだりしているために仕方なく準備を進めているのでした。

 ニーナはトリゴーリンにロケットを渡します。そにはトリゴーリンの小説「昼と夜」の百二十一ページ、十一と二行と記されていたました。

 アルカージナは、ここに一緒に住んでいるトレープレフのことをソーリンに頼みます。ソーリンはアルカージナに、トレープレフに金を出してやってみてはと提案しますが、アルカージナは金がないとはねつけます。

 ソーリンは気分を悪くします。介抱にかけ寄せ、ソーリンにとって田舎暮らしは毒だと思ったトレープレフは、ソーリンに金を貸すようアルカジーナに提案しますが、アルカージナは、金はないと再びはねつけました。

 トレープレフは、ニーナがトリゴーリンに惹かれていることに嫉妬していました。彼はアルカージナに、トリゴーリンへの苦言を言います。さらにアルカージナやトリゴーリンのような古い芸術を批判したため、アルカージナと言い争いになります。

 トリゴーリンが来たため、トレープレフは去っていきました。トリゴーリンは自分の小説「昼と夜」の百二十一ページの十一と二行を開いてみます。そこには、「もしいつか、わたしの命がお入り用になったら、いらして、お取りになってね」と書いてありました。トリゴーリンはこれに胸を締め付けられ、一日発つのを延ばそうとします。しかしアルカージナに懇願され、結局一緒に発つことになりました。

 二人はシャムラーエフ、ポリーナ、メドヴェージェンコ、料理人、ヤーコフに送られます。一同が去った後、トリゴーリンがステッキを取りに戻ると、そこにニーナが入ってきます。ニーナは一切を捨ててモスクワに行き、舞台に立つことを決意していました。二人はモスクワで再会できることを喜び、長いキスを交わします。

第四幕

 第三幕から二年後、ソーリン家の客間の一つで、トレープレフが仕事をしています。外は嵐でした。

 マーシャとメドヴェージェンコがこの屋敷を訪れています。彼らには子供ができていました。メドヴェージェンコは乳母が面倒を見ている子供に会いに帰ろうとしますが、マーシャは帰りたがりません。彼女はメドヴェージェンコを愛してはいないようです。メドヴェージェンコは、マーシャの母親のポリーナからもあしらわれています。

 トレープレフは本当の文士になって名声を得ていました。マーシャはまだトレープレフを愛して苦しんでおり、間もなくメドヴェージェンコが他の郡に転任されるので、この恋を忘れようとしています。しかしポリーナはいまだにマーシャとトレープレフの関係を推し進めようとしています。

 ドールンとメドヴェージェンコが車椅子のソーリンを押して入ってきます。メドヴェージェンコは、嵐の中、馬を出せず帰れないようです。ドールンがアルカージナを呼んでいたため、ソーリンは自分の病が危ないのではないかと思っています。ソーリンの夢は文士になり、家庭を持ち都会に暮らすことでしたが、どれも叶わなかった自分の人生を嘆きます。

 ドールンとトレープレフはニーナの噂をします。ニーナは家出してトリゴーリンと住み始めました。その後子供ができましたが、その子はすぐに亡くなり、トリゴーリンには飽きられ、捨てられたようです。トリゴーリンは元の絆に収まり、アルカージナとの付き合いを再び始めています。ニーナは女優として才能はありそうでしたが、演技はまだ良くはなく、トレープレフは地方をまわるニーナについて行ったこともありましたが、会えずに終わっていました。

 トレープレフ宛てには、「かもめ」という署名でニーナから何通か手紙が届きますが、不幸せなようでした。そこには「自分はかもめ」だと書いてあり、頭もすこし変になったようです。今ニーナは町のはたご屋に来ていますが、誰にも会わないのだと言います。

 アルカージナ、トリゴーリン、シャムラーエフが入ってきて、ロトー(古くからあるカードを用いたゲーム)を始めようとします。メドヴェージェンコは子供に会うために歩いて帰りました。トレープレフはロトーをする気にはならず去っていきます。

 ロトーをしながら、アルカージナ、マーシャ、ドールン、シャムラーエフは話をします。ドールンはトレープレフの才能を褒めますが、アルカージナはまだ読んだことがないと言います。

 トリゴーリンは、トレープレフが落としたかもめを剥製にするよう、シャムラーエフに頼んでいました。シャムラーエフはその剥製が完成していると告げますが、トリゴーリンはそのことを覚えていません。

 ロトーが終わりトレープレフだけがその場に残ります。トレープレフは自問し、新形式にこだわることよりも、形式を念頭に置かずに魂の中から流れ出すものを書くことが大事だと悟ります。

 ニーナが突然訪ねてきます。ニーナはトレープレフが自分を憎んでいるだろうと、それが怖くて今まで訪ねられなかったと言います。トレープレフはまだニーナのことを愛しており、ニーナの宿に毎日行っては窓の下に立っていたことを告げます。ニーナはトリゴーリンといた頃はひどい演技をしていましたが、芝居に大事なものは名声や光栄ではなく、忍耐であると悟り、舞台に立つと自分は本当の女優だと感じることができるようになったと言います。そしてまだ彼女はトリゴーリンのことを愛していました。

 ニーナは人が来る気配を察し、トレープレフを発作的に抱きしめ、ガラス戸から走り出ていきました。トレープレフは自分の原稿を全部破いてデスクの下へほうりこみ、部屋から出ていきます。

 アルカージナ、ポリーナ、ヤーコフ、マーシャ、シャムラーエフ、トリゴーリンがロトーをするための酒瓶を持って戻ってきます。そこへ銃声が聞こえました。ドールンが様子を見に行き、自分の薬かばんのエーテルが爆発したと言いました。そしてトレープレフがピストル自殺したので、どこかへアルカージナを連れていくよう、小声でトリゴーリンに頼みました。

『かもめ』についての管理人の感想

 戯曲というのは舞台化されることを念頭に作られているため、登場人物一人一人の描写が十分にされないまま、他の登場人物が出てきたりして、頭が混乱するものです。この『かもめ』も、第一幕だけでトレープレフ、ニーナ、アルカージナ、ソーリン、マーシャ、シャムラーエフ、ドールン、トリゴーリンなどの主要な登場人物が続々と出てきて、小説と同じような感覚で読んでいくと、なかなか苦労するでしょう。しかし、行きつ戻りつしながらじっくりと呼んでいくと、
登場人物たちは、ほとんどが何らかの悲しみを背負っていることがわかってくると思います。

 ソーリンは、身体を壊し、田舎暮らしを余儀なくされています。彼はもともと文士になり、家族を持ちたいという夢を持っていましたが、どの夢もかなうことがありませんでした。いまはもう身体が朽ちていくのを待つばかりの身です。

 マーシャは、トレープレフに恋をし続けます。彼女は恋を忘れるために結婚して子供を預かったにもかかわらず、恋を捨てきれずに、家庭をないがしろにしている様子です。

 マーシャからの愛を受けるトレープレフは、ニーナを愛し続けています。しかし彼の恋もまたかなうことがなく、自殺未遂を繰り返します。文士として名声を得たあとも、彼の苦しみが和らぐことはありません。

 全てを捨ててトリゴーリンの後を追ったニーナは、子供に先立たれ、トリゴーリンに捨てられて惨めな生活を送ります。

 様々なものを手に入れているように見えるトリゴーリンもまた、創作の苦しみを味わっています。

 唯一アルカージナからは「悲しみ」のようなものは見受けられませんが、それは彼女が浅薄で冷淡に生きているためでしょうか?

 それぞれの人物がかかえる悲しみを感じながらこの作品を読んでいくと、非常に深みのある作品であるということがわかってくると思います。

 この作品の結末もまた、非常に評価の高いものになっています。まずニーナが救いのない現状を語ります。それでも芝居に大事なものが解り、舞台に立つと自分は本当の女優だと感じることができるようになったと言います。なんとなく救いがありそうな彼女に対し、いまだにニーナがトリゴーリンのことを愛していると知ったトレープレフは、けん銃自殺を図ります。

 この作品全体を通して、登場人物たちの悲しみを見せられてきた読者は、ニーナに救いが見えそうな展開に、少しだけ安堵し、その後のトレープレフの自殺によってまた落とされるのです。

 トレープレフは自殺未遂を繰り返していた人物なので、最終的な彼の死は妥当な結末ということもできるでしょう。しかし物語の中では、彼のような破滅的な登場人物は、却って生き続けて現実と向き合う運命を背負わされることが多くはないでしょうか?彼の拳銃自殺は、予想された結末というよりは、むしろ唐突の死という印象を与えます。この展開により、唖然とするような読後感が味わえ、いい意味で裏切られた感覚になれる作品であると思います。