ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』の登場人物、詳しいあらすじ、感想

 『鏡の国のアリス』(Through the Looking-Glass, and What Alice Found There)は、一八七一年に発表されたルイス・キャロルの作品です。
 一八六五年に発表された『不思議の国のアリス』(Alice’s Adventures in Wonderland)の続編で、鏡の中の世界に舞いこんだアリスは、チェス盤のように区切られた世界を進みながら女王を目指します。
 前作でアリスと対峙したのは、トランプのハートの女王さまでしたが、本作では、チェス駒のキングやクイーンたちが鏡の国の住人となっており、アリスの冒険に大きな役割を果たします。
 卵の姿をしたハンプティ・ダンプティ、奇妙な兄弟トゥイードルダムとトゥイードルディー、王冠をめぐって喧嘩をするライオンとユニコーンといった、日本でもお馴染みのキャラクターたちも登場します。彼らはイギリスの口頭伝承によって伝えられている童謡の通称『マザー・グース』の中に登場する者たちで、その歌詞にちなんだ行動をとり、アリスを惑わせたり、導いたりします。
 一九五一年に発表された有名なディズニー映画『ふしぎの国のアリス』に採用されている場面も数多く、おしゃべりな花々によってアリスが品評される場面や、トゥイードルダムとトゥイードルディーが、セイウチと大工が牡蠣の子供たちを誘惑して食べてしまうエピソードを語る場面が記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。
 このページでは、『鏡の国のアリス』の、登場人物、あらすじ、感想を紹介します。

※ネタバレ内容を含みます。

『鏡の国のアリス』の主な登場人物、キャラクター

アリス
七歳半の少女。飼い猫と遊んでいる間に鏡の中の世界に入り込み、チェス盤のように区切られたその世界をポーン(歩兵)の駒として歩き始める。さまざまなキャラクターと出会いながら、チェスのマス目を進み、女王になることを目指す。

赤の女王さま
赤のクイーンのチェス駒。庭園で道に迷うアリスの前に現れ、周囲を見渡すことのできる丘の上に連れて行き、この世界の進み方に関する助言を与える。

白の女王さま
白のクイーンのチェス駒。未来のことを記憶している。アリスと会話しているうちにヒツジに姿を変える。

トゥイートルダムとトゥイートルディー
チビで太った兄弟。アリスに森の出かたを聞かれても答えることなく、「セイウチと大工」という詩を謳う。その後おもちゃのガラガラを取り合って決闘を始める。

ハンプティ・ダンプティ
アリスがヒツジから買おうとしたタマゴが変化した姿。アリスが本の中で見かけたジャバウォッキという詩の意味を聞かれ、その解釈を行う。

ハッタとヘイヤ
『不思議の国のアリス』では帽子屋と三月ウサギとして登場。白の王さまの使者として、ライオンとユニコーンの喧嘩の状況を報告する。

ライオンとユニコーン
白の王さまの王冠を取り合い、街の中で喧嘩をしている。

白の騎士
さまざまな発明を試みている騎士。女王になりたいというアリスに歌を聴かせながら、森のはずれまで送り届ける。

『鏡の国のアリス』の詳しいあらすじ

※もっと詳しいあらすじはこちら

 七歳半の少女アリスは、飼い猫たちと部屋の中で過ごしていました。彼女は自分の言葉に耳を貸そうとしない仔猫のキティを、言うことを聞かなければ鏡の中に押し込めてしまうとたしなめました。やがてアリスはその世界に何があるのかと空想を始め、鏡に飛び込んでみました。すると彼女の体は鏡を通り抜け、向こう側の世界に入り込んでしまいました。

 その世界では、チェスの駒たちが動き回っていました。アリスは離れ離れになっていた駒たちを一緒にしてやりました。チェスの駒たちにはアリスを見ることができないらしく、白の王さまと女王さまは、自分達が見えない手に運ばれたことに驚嘆し、恐れました。
 アリスが手にした本の中には、鏡文字でジャバウォッキという詩が書かれていました。アリスはそれを鏡に写しながら読みましたが、理解することができませんでした。

 家を出たアリスは、丘のてっぺんを目指して歩き出しましたが、歩きだすたびに家に戻ってしまいました。ようやく彼女は広々とした花壇にぶつかり、そこに植えられている花たちとおしゃべりを始めました。花々は、アリスを自分たちと同じ花だと思い込み、彼女の容姿を品評し始めました。

 そこへアリスより背が高くなった赤の女王さまがやってきました。赤の女王さまはアリスを連れて丘に上り、チェス盤のように区切られた土地を見せました。アリスはそのチェス盤の中を進んで女王になることを決意し、そのための方法を赤の女王さまから聞き、歩兵の駒として歩き始めました。

 アリスは、一マイルほど先に見える、花の蜜を吸っている像のいる道を避けて丘を降りていき、汽車に乗りました。どこからか聞き取ることのできない細い声がアリスに話しかけました。汽車が大きな音を立てて宙に立ち上がったと思うと、アリスはいつの間にか木陰に座り込んでおり、先ほどの細い声の持ち主がアリスの頭の上にやってきました。それは大きな蚊でした。その蚊は、アリスの世界にいる昆虫たちに名前がついているにも関わらず、呼んでも返事をしないことを不思議がり、この世界にいる昆虫たちの名をアリスに教えました。

 アリスは歩き出し、暗い森に入って行きました。それは名無しの森で、アリスはそこに入った途端に自分の名前を忘れ、同じように自分の名前を忘れた小鹿と連れ立って歩きました。しかし森を出た途端に、小鹿はアリスのことを人間だと分かり、逃げていきました。

 自分の名前を思い出したアリスは再び森を歩き、トゥイードルダムとトゥイードルディーという二人の男に出会いました。アリスはこの森を出るための方法を聞きましたが、彼らはそれに答えず、セイウチと大工が牡蠣の子供たちを誘惑して食べてしまうという詩を謳い始めました。

 アリスは二人に連れられて、いびきをかいて眠っている赤の王さまのところへ行きました。トゥイードルダムとトゥイードルディーは、アリスの存在が王さまの夢の産物に過ぎないと言って彼女を恐れさせました。やがて彼らは壊れたおもちゃのガラガラを取り合って決闘を始めようとしましたが、大きな黒いカラスがやってくると逃げ出していきました。

 そのカラスの羽ばたきにより、白の女王さまのショールが吹き飛ばされてきました。まもなく白の女王さまがやってきたので、アリスはショールを羽織らせてやりました。
 白の女王さまは、未来の記憶も持っているらしく、これから犯罪を犯すものを牢に入れておくようでした。彼女はこれからショールを止め直すときに自分の指にピンを刺すだろうと予想し、その予想を的中させました。

 やがて女王さまの叫び声はヒツジの鳴き声になり、気づくとアリスは薄暗いカウンターに座っていて、椅子に腰掛けて編み物をしているヒツジと対面していました。何がほしいかと聞かれたアリスは店の中のものを眺めましたが、彼女が目を向けるたびに、棚の中身は空っぽになってしまいました。
 気づくとアリスはヒツジとボートに乗り込んでいました。彼女は船縁から身を乗り出して花を摘みましたが、その花は積み上げると間もなく溶けてしまいました。やがてアリスのオールが水にはまって抜けなくなり、彼女は花の積まれた山の中に転がり落ちました。
 いつの間にか店に戻ったアリスは、ヒツジに何を買うのかと聞かれ、タマゴと答えました。ヒツジはタマゴを店の奥の棚に立てました。しかしアリスが近づくと、そのタマゴは遠ざかっていき、やがてそれはハンプティ・ダンプティに変わりました。

 ハンプティ・ダンプティは高い塀のうえで足を組み、不遜な態度で話し始めました。彼はアリスの年齢を聞き、七歳で止めておけばよかったのにと言いました。自分で言葉を選ぶのではなく、自分の発した言葉が、ぴったりと自分の言い表したかったことになるのだというハンプティ・ダンプティに、アリスはジャバウォッキの詩の内容を聞きました。ハンプティ・ダンプティは、その詩がさまざまなカバン語(二つの意味の言葉を合成して作られた合成語)からできていると解説し、やがて自分の詩を暗唱すると、唐突にさよならを告げました。アリスが彼の元を去ると、後ろから森中に鳴り響くような大きな音が聞こえました。

 原っぱに出ると、アリスは白の王さまに出会いました。白の王さまは、ウサギの使者ヘイヤから、ライオンとユニコーンが、自分の王冠を取り合いしているという報告を受け、アリスを連れてそこへ向かいました。
 ライオンとユニコーンの喧嘩を見物していたもう一人の使者ハッタは、白の王さまに状況を報告しました。ユニコーンは、白の王さまにプラムケーキを出してもらい、アリスに切り分けを頼みました。しかしそのケーキは切っても元の通りにくっついてしまい、アリスはまず配ってから切るのだというライオンの忠告を聞き、皿を持って回ると、ケーキは三つに分かれました。そこに太鼓の音が鳴り響きました。

 轟音に目を閉じていたアリスの周りには、誰一人いなくなっていました。そこへ赤の騎士と白の騎士がやってきて、アリスをめぐって一騎討ちを始めました。やがて二人の騎士は一緒に馬から落ち、たがいに握手をすると、赤の騎士は立ち去っていきました。
 アリスは、白の騎士に森のはずれまで送ってもらうことになりました。その騎士は、馬から何度も転げ落ちながら、自分が考案した奇妙な発明品についてアリスに説明し、やがて穏やかな表情で歌を聴かせました。

 白い騎士に見送られたアリスが小川を超えると、彼女の頭の上には金の王冠が乗っていました。

 女王になったアリスのもとに赤の女王と白の女王がやってきて、今夜開かれることになっていたアリスのティー・パーティーにお互いを招待しました。彼女たちはアリスの両脇から答えることのできない奇妙な質問を繰り返し、やがて眠ってしまいました。二人のいびきは次第に歌になり、アリスがその歌に聞き入っているうちに、二人は消え失せていました。

 アリスは、自分のティー・パーティーの会場に入りました。席についたアリスにはさまざまな料理と対面しましたが、それらの料理は話し始め、アリスは食べることができませんでした。
 再び現れた白の女王さまは魚の詩を暗誦し、赤の女王さまはアリスの健康を祝して乾杯の音頭をとりました。
 アリスはスピーチを始めましたが、二人の女王さまにはさまれて体が宙に浮いてしまいました。彼女が元の姿勢に戻ろうとした途端、ローソクや食器が変形し、あたりを飛び回り始めました。
 アリスは怒りだし、そしてこの騒ぎの張本人だと思われる赤の女王さまが人形ほどの大きさに縮まっているのを見て、彼女を捕まえて揺すぶり始めました。

 すると赤の女王さまはキティに姿を変え、アリスは現実に引き戻されました。彼女はこれまで見ていた夢が、自分の夢だったのか、赤の女王さまの夢だったのか分からなくなり、猫たちにあれこれと質問をしました。しかしキティは自分の前足を舐めるだけで、アリスの質問には答えませんでした。

管理人の感想

 前作『不思議の国のアリス』から半年分成長し、七歳半になったアリスは、本作ではチェス盤のように区切られた鏡の中の世界を進み、女王を目指します。前作同様、道中には支離滅裂な言動で彼女を惑わす数々のキャラクターたちが登場します。しかし、アリスが邪魔者のように扱われ続け、最終的にハートの女王による打首が宣言された『不思議の国のアリス』に比べると、本作のキャラクターは、チェスのマス目を進むためのヒントを与えたり、道案内をしてやったりと、彼女を(気まぐれとはいえ)しっかりと導いているような印象を受けます。
 『不思議の国のアリス』は、ルイス・キャロルが家族ぐるみで親しくしていたアリスのモデルとなった少女アリス・リデルからせがまれ、即興で作った作品と言われています。それから六年後に発表された『鏡の国のアリス』は、前作とは異なり、初めから出版されることを想定して作られた作品です。『不思議の‥』に比べると、ルイス・キャロルがアリスを比較的優しい世界に置いたように感じるのは、六年分も歳を重ね、思春期を迎えつつあったアリス・リデルへの配慮があったのかもしれません。また、ルイス・キャロルは少女時代のアリス・リデルを偏愛しており、大人になりゆく彼女に対する想いに、何かしらの変化があったようで、それが前作と今作の違いに反映しているのかもしれません。

 比較的平穏に鏡の中の世界を旅しているように見えるアリスですが、それはあくまで前作に比べた場合の話で、ハンプティ・ダンプティ、トゥイードルダムとトゥイードルディー、ユニコーンとライオンといったキャラクターたちの奇想天外ぶりは健在です。
 彼らの多くは、英語文化圏における童謡の総称である『マザー・グース』に由来します。マザー・グースは、日本でいうと『わらべ歌』に相当する言葉で、それらの歌は、イギリスの人々に古くから親しまれているようです。キャラクターたちは、マザー・グースの歌詞の内容に則した行動を取ります。

 例えば、マザー・グースにおけるハンプティ・ダンプティの歌詞は以下のようになっています。

ハンプティ・ダンプティが塀に座った
ハンプティ・ダンプティは盛大に落っこちた
王様の馬と兵隊総がかりでも、ハンプティを元のように戻せない

 『鏡の国のアリス』に登場するハンプティ・ダンプティは、この歌詞と同じように塀の上に座り、アリスは彼が落っこちてしまわないかと心配します。このような元ネタを知っている方がこの作品を楽しめるのは確かで、マザー・グースにあまり馴染みのない私たち日本人は、本国の人々に比べると、この作品の魅力をしっかりと理解するのは難しいのかもしれません。
 むしろ日本人の読者の中には、ハンプティ・ダンプティやダムとディーのようなキャラクターが、「アリスの作中に登場するオリジナルのキャラクター」という認識を持っている人の方が多いのではないかと思います。管理人もこの作品について調べるまでは、そのような認識でした。これは、これらのキャラクターが、アリスの物語を通じて本国を飛び出し、世界中の人々に浸透しているということを示しています。映画や挿絵の影響もあって、主人公アリスはもちろんのこと、ハンプティ・ダンプティやダムとディーらは、その名前を聞いて頭の中にその姿形がぱっと思い浮かびます。これはなかなか他の文学作品が到達できていない領域ではないでしょうか。

 いわゆる「ナンセンス文学」を世界的に広めたといわれる『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』は、文学史的にも重要な作品であるようです。しかし、もともと七歳の子供を楽しませるために即興で作った物語が、遠く離れた日本人の、そしておそらく世界中の人々の共通認識にまで押し上げられたと言う意味で、この二つの作品は、文学の枠を超えた重要性を持っていると思います。

 そしてなによりも、この物語は面白いです。目覚めた後で考えると理不尽で意味がわからないのに、なぜかその出来事がさも当然であるかのように思ってしまう夢の中を再現したような世界を堪能できる作品です。つい大人が考えがちになってしまう作品の背景や、登場人物が暗喩しているものなどに囚われることなく、奇想天外なキャラクターたちが登場するこの世界を、アリスと同じ七歳半の子供のつもりになって読むのが、一番の楽しみ方であるような気がします。