シェイクスピア『オセロー』の登場人物、詳しいあらすじ、感想

 『オセロー』は、1602年ごろに書かれた、全五幕から成るシェイクスピアの戯曲です。
 1564年にイングランド中部の町に生まれたウィリアム・シェイクスピアは、裕福な家庭で育ち、十八歳の頃に八歳歳上の女性と結婚したことなどが明らかにされていますが、若い頃の記録は断片的で、どこでどのような活動をしていたのかが不明瞭な時期もあるようです。二十代でロンドンに進出して劇作家としての活動を始め、三十歳の頃にはすでに『ロミオとジュリエット』、『真夏の夜の夢』、『ヴェニスの商人』といった作品によってイングランドの流行の劇作家となっていたことがわかっています。
 やがて宮内大臣一座の作家となったシェイクスピアは、教養のある宮廷の人々も満足させる作品を書くことを求められるようになり、人間の内面の葛藤を描いた悲劇作品を多く残すようになっていきます。『オセロー』は、その時期に書かれた作品のひとつで、遅くとも1604年には初上演が行われた記録が残っています。ヴェニスの軍人であるムーア人オセローが、旗持ちイアーゴーの奸計にはまり、妻の不貞を疑い、破滅していく物語を描き、『ハムレット』、『マクベス』、『リア王』とともに四大悲劇のうちの一つに数え上げられる作品です。
このページでは、『オセロー』の登場人物、あらすじ、感想を紹介します。

『オセロー』の登場人物

オセロー
ヴェニス政府に仕えるムーア人(アフリカ北部にルーツを持つ有色人種)の戦士。ブランバショーの家に出入りするうちにデズデモーナと惹かれ合い、結婚の誓いを果たす。トルコ軍征伐のために指揮官としてキプロス島への赴任を命じられる。

イアーゴー
オセローの旗手。オセローの副官に推されていたものの、その座をキャシオーに奪われ、復讐を企んでいる。

キャシオー
オセローの副官に任命された戦闘経験のないフローレンス(フィレンツェ)人。下戸。

デズデモーナ
ブラバンショーの娘。オセローの妻。

ブラバンショー
デズデモーナの父。議官。

エミリア
イアーゴーの妻。

ロダリーゴー
ヴェニスの紳士。

ビアンカ
キプロス島でのキャシオーの情婦。

ヴェニス公
キプロス島にせまるトルコ軍討伐の指揮官にオセローを任命する。

モンターノー
キプロス総督、オセローの前任者。

グラシャーノー
ヴェニスの使者。ブラバンショーの弟。

ロードヴィーコー
ヴェニスの使者。ブラバンショーの親戚。

道化
オセローの従僕

『オセロー』のあらすじ

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第一幕

 ある夜中、ヴェニスの町なかで、数多くの軍功を立てた男イアーゴーと、町の男ロダリーゴーが語り合っています。
 ロダリーゴーは、議官ブランバショーの娘デズデモーナに恋をしており、そのデズデモーナが、ムーア人の指揮官オセローと恋仲になったことを嘆いていました。
 イアーゴーは、オセローの副官に推されていたものの、その座を戦闘に出たことのないフローレンス人のマイケル・キャシオーに奪われ、自分は旗手という身分から成り上がることができませんでした。彼はこのことに腹を立て、オセローに忠義のあるふりをしながら復讐を行おうと考えていました。
 二人は連れ立ってブランバショーの家へ行き、デズデモーナがオセローのもとへ真夜中に駆けつけていると伝えました。それを聞いたブランバショーは、娘が自分を欺いていたことを嘆き、オセローを牢に入れてしまおうと考えました。

 指揮官オセローのもとには、キプロス島から緊急の情報が入ったので、すぐに出頭するようにというヴェニス公からの命令が、新しい副官キャシオーによって伝えられました。

 ヴェニス公らが卓をかこむ会議室には、トルコ艦隊に襲撃されようとしているキプロス島の総督モンターノーから、救援の要請がもたらされていました。
 会議室へ入ったブランバショーは、オセローが妖術と魔薬の力で娘をたぶらかしたとヴェニス公に訴え出ました。オセローは、デズデモーナを妻としたことを告白し、これまでの自身の旅や戦闘の遍歴を語るうちに結婚の誓いを立てるに至った経緯を語りました。イアーゴーに連れられて来たデズデモーナは、オセローの妻として仕えていく決意を表明しました。ブランバショーは怒りに駆られながら、ヴェニス公の用件を聞きにかかりました。
 ヴェニス公は、強大な力でキプロス島に向かっているトルコ軍に、その地について誰よりも詳しいオセローに防備を任せようとしていました。オセローは、トルコ討伐を即座に引き受け、キプロス島へと向かいました。オセローとともに戦場へ行くことを望んだデズデモーナは、イアーゴーに護衛をされながら、夫とは別の船に乗り込みました。

第二幕

 嵐の中、オセロー、イアーゴー、キャシオー、デズデモーナらはキプロス島へと辿り着きました。トルコ軍の船は、大波によって殲滅され、オセローたちは島の総督モンターノーに歓迎されました。
 キプロスの町なかでは、トルコ艦隊壊滅を成し遂げたオセローの結婚により、砦内での飲食をすべて解放することとなりました。
 イアーゴーは、夜警の詰所であった砦の広場で、下戸のキャシオーに酒を飲ませ、何かのきっかけを掴んで彼と喧嘩せよとロダリーゴーをけしかけました。
 ロダリーゴーがキャシオーを挑発すると、その誘いに乗ったキャシオーはロダリーゴーに斬りかかり、仲裁に入ったモンターノーに重傷を負わせました。
 街中でこのような騒ぎが起きたことについて、オセローから説明を求められたイアーゴーは、ロダリーゴーをそそのかしたことを巧みに隠しながら事情を話しました。オセローは、キャシオーをこれ以上自分の手元に置くことはできないと、副官の座から退けさせることを決めました。

 オセローが去った後、イアーゴーはキャシオーを慰めるふりをしながら、デズデモーナに力添えを頼んでみるのが良いと勧めました。
 キャシオーは、その助言に感謝し、夜が明けたらデズデモーナを訪れ、力を貸してくれるように頼んでみようと考えました。

第三幕

 キャシオーは、イアーゴーの妻エミリアを通じてデズデモーナに会い、復職の願いをオセローに届けて欲しいと頼みました。
 その願いを伝えることを約束したデズデモーナは、キャシオーのことを呼び戻してやってほしいとオセローに頼みました。オセローは、その頼みを断れず、近いうちに許すことを約束しました。

 デズデモーナが去った後、イアーゴーは思わせぶりな態度をとってオセローを翻弄し、デズデモーナとキャシオーが特別な関係にあるのではないかという疑惑を彼の中に生じさせました。騙されたオセローは、イアーゴーに感謝し、キャシオーの復職を性急にしないほうがよいという提言を聞き入れ、不貞の証拠を掴むことを決意しました。

 イアーゴーが去った後、デズデモーナが戻り、額が痛いと言うオセローのために、結婚の最初の記念品であったハンカチーフで頭を縛ってやりました。オセローは、そのハンカチーフを外し、島の客との食事会へと向かいました。
 ハンカチーフが落ちているのを見つけたエミリアは、それがイアーゴーがしきりに盗んで来いと言っていたものであることを思い出し、拾い上げました。
 イアーゴーは、ハンカチーフをエミリアから取り上げ、それをキャシオーの部屋に落としておき、彼がデズデモーナのハンカチーフで髭を吹いているのを見たとオセローに証言しました。
 心を怨恨で満たされたオセローは、イアーゴーを副官に任じ、すぐにキャシオーを殺して欲しいと頼み、デズデモーナに対しては、自らの手で葬る手立てを考え始めました。

 さらにオセローは、デズデモーナを試すため、ハンカチーフを貸して欲しいと頼みました。デズデモーナは、ハンカチーフを失くしてしまったことを言えないまま、なおもキャシオーの復職をオセローに頼みました。
オセローは嫉妬に狂いながら去って行きました。

 一方、デズデモーナのハンカチーフを自分の部屋で拾ったキャシオーは、その模様が気に入ったので、持ち主に返してくれと言われる前に写しをとってほしいと情婦のビアンカに頼みました。ビアンカは、一週間も自分のことを放っておいたキャシオーのことを責めながらも、そのハンカチーフを受け取りました。

第四幕

 イアーゴーは、キャシオーがハンカチーフを持っていたのを見たということ、そしてキャシオー自身の口からデズデモーナを慰みものにしたことを聞いたという嘘の証言を行いました。
 それを信じたオセローがあまりの動揺に卒倒すると、その間にイアーゴーは、キャシオーを呼び出しました。そして目を覚ましたオセローに自分たちの話を盗み聞きさせながら、世間で噂になっているビアンカとの結婚はあるのかとキャシオーに聞きました。キャシオーは、自分がビアンカのような淫売と結婚するはずはなかろうと答えました。
 オセローは物陰から、ビアンカの話をデズデモーナのことであると勘違いしながら聞き、嫉妬に身を狂わせました。
 そこへビアンカがやってきて、部屋に落ちていたなどという話は信じることはできないと言ってハンカチーフをキャシオーに返しました。
 その光景を物陰から見ていたオセローは、キャシオーが妻のハンカチーフを馴染みの女にやってしまったと思い込み、憎しみを募らせました。
 キャシオーが去った後、イアーゴーは、デズデモーナを絞め殺すことをオセローにすすめ、キャシオーの方は自分にまかせてほしいと申し出ました。
 そこへブランバショーの親戚である使者ロードヴィーコーがやってきて、キャシオーを後任にして帰国せよというヴェニスからの命令を伝えました。
 その知らせを知ったデズデモーナが、これでキャシオーが救われると喜ぶと、オセローは「悪魔」と叫びながら彼女を打ち、立ち去るよう命じました。身に覚えのないデズデモーナは泣きながら出て行きました。

 オセローは、砦の一室にエミリアを呼び、デズデモーナとキャシオーの間に怪しい素振りが見られなかったかと聞きました。エミリアは、デズデモーナが不義を働くことはないと断言しました。
 オセローは、再びデズデモーナを呼び、真実を問いただしました。デズデモーナは、自分の身にやましいことは何一つないことを信じてほしいと懇願しました。オセローはデズデモーナの懸命な訴えに目を覚まし、彼女に許しを乞いました。

 夫がいなくなると、デズデモーナはエミリアに頼んでイアーゴーを呼び、これまでのオセローとの出来事を話しました。イアーゴーは、その原因について何も知らないふりをしながら、オセローのことを非難しました。エミリアは、影で誰かが手を引いているのではないかと考え始めました。

 イアーゴーは、キャシオーがオセローの代わりを務めるようになることをロダリーゴーに伝え、オセローの代理ができないようにキャシオーを殺してしまえば、デズデモーナはオセローと共に新しい赴任先に行くことはないだろうとそそのかしました。

 エミリアはデズデモーナに、自分達の財産を他の女に使ってしまうと思えば、急に嫉妬して自分たちを家に閉じ込めようとする男たちについて語りました。デズデモーナは、悪意から悪を学ばず、自分の悪を正すことができるようにと、神に頼みました。

第五幕

 イアーゴーは、キャシオーを待ち伏せし、ロダリーゴーに襲わせました。特別仕立ての服を着ていたキャシオーが、剣を抜いてロダリーゴーを返り討ちに合わせると、イアーゴーは後ろからキャシオーの脚を刺して逃げ去りました。
 倒れているキャシオーを見つけたオセローは、イアーゴーがやったことだと気づき、自分の受けた辱めを見返してくれた彼の誠実を喜び、これを教訓として、自分もデズデモーナを殺してしまおうと、彼女の寝床へと向かいました。

 そこへロードヴィーコーと、ブランバショーの弟グラシャーノーがやってきて、倒れているキャシオーとロダリーゴーに気づきました。イアーゴーは、この叫びを初めて聞いたかのように下着姿で飛び出してきて、ロダリーゴーを人殺しだと吹聴しながら剣で刺し、キャシオーの傷を縛って救命するそぶりを見せました。ビアンカは、倒れたキャシオーに泣きつきました。
 イアーゴーは、自分が刺したのがロダリーゴーであったことに初めて気づいたふりをしながら、キャシオーが夕食を一緒に食べていたビアンカに罪を着せ、彼女を強引に引き立てました。

 オセローは、デズデモーナを殺すために寝室に入り、神の赦しを乞うために祈るようにと命じました。
 デズデモーナは、自分の罪はオセローを愛したことだけだと答え、身の潔白を訴えて命乞いをしました。しかしオセローは、それでもデズデモーナのことを信じられず、彼女のことをハンカチーフで締め殺しました。

 そこへ、エミリアが戸の外から呼びかけました。
 オセローは重い悲しみを感じながら彼女を中に入れ、キャシオーとデズデモーナとの関係をイアーゴーがすべて教えてくれたのだと語りました。
 エミリアは、イアーゴーがオセローを騙していたことを悟り、愚かなことをしたオセローを責めました。
 そこへモンターノー、グラシャーノー、イアーゴーがやって来ました。

 オセローは、キャシオーがハンカチーフを持っていたことを語り、妻の不義を皆の前で証拠立てようとしました。
 その話を聞いたエミリアは、そのハンカチーフは、自分が夫から何度も盗んでこいと言われていたもので、偶然拾ったのをイアーゴーにやったのだと告白しました。
 オセローは、イアーゴーの奸計を悟り、彼を殺そうとして襲い掛かり、モンターノーに遮られました。その隙にイアーゴーは、エミリアを刺して逃げました。モンターノーはその後を追って外へと出て行きました。
 オセローは、かつて自分の名声を高めたスペインの名刀を、見張りについていたグラシャーノーに見せ、今では自分の命の果てがすぐそこまで迫っていることを嘆きながら語りました。
 ロードヴィーコーとモンターノーが、担架に乗せられたキャシオーと、役人に引き立てられたイアーゴーを連れて部屋に戻りました。
 オセローは、イアーゴーに突きかかったものの、ロードヴィーコーが剣を取り上げるよう命じたため、イアーゴーの命を奪うことはできませんでした。
 イアーゴーは、なぜ自分を罠にかけようとしたかをオセローに聞かれても、黙秘することを宣言しました。

 キャシオーは、イアーゴーがハンカチーフを自分の部屋に落とし、ロダリーゴーをけしかけて自分を襲わせ、そしてそのロダリーゴーをも刺し殺そうとしたことを証言しました。

 ロードヴィーコーは、オセローから官職と指揮権を剥奪し、以降はキャシオーがキプロスを統治することを宣言しました。
 オセローは、自らの浅はかさを嘆き、悪巧みにあって猜疑に身を委ねた自分の悲劇を記録に残してほしいと頼むと、自分の喉元を刺し、デズデモーナの寝台の上に倒れて死に絶えました。
 ロードヴィーコーは、悲劇の全容をイアーゴーに見せ、グラシャーノーにこの館の始末とオセローの財産の管理を、キャシオーにはイアーゴーの処刑を任せ、自分はヴェニスに帰り、この悲劇を本国に伝えることを決意しました。

作品の概要と管理人の感想

 ヴェニス政府に仕えるムーア人オセローは、これまでに数々の戦歴を持つ勇ましい戦士です。彼は議官ブランバショーの家に出入りするにつれ、その家の娘のデズデモーナと惹かれあい、人種の違いを超えた結婚を誓い合います。やがてオセローは、トルコとの戦争の指揮官としてキプロス島に行くことを命じられ、副官には戦闘経験のないキャシオーという男が任命されます。デズデモーナは結婚に反対する父親と離れ、夫とともに戦地へ向かうことを宣言します。
 キャシオーが就くことになった副官の地位を狙っていたのが、この作品の最重要人物とも言えるイアーゴーです。イアーゴーは、それまで数々の軍功を立ててきたにも関わらず、オセローの旗手という地位に甘んじることになっています。彼はオセローから絶大な信頼を寄せられていますが、心の中では副官になれなかったことを恨んでおり、オセローらを破滅しようと試みます。
 イアーゴーはまずはじめに、デズデモーナに恋する男ロダリーゴーを口車に乗せ、酒に酔わせたキャシオーを怒らせるように仕向けます。その企みは、キプロス総督モンターノーとキャシオーの争いへと発展し、キャシオーを副官の位置から引きずり下ろすことに成功します。
 その後、イアーゴーは、デズデモーナがキャシオーと通じているという根も葉もない情報をそれとなく匂わせ、オセローの動揺を誘います。直情的でありながら確固たる自信を持たないオセローは、イアーゴーの企みにまんまとはまり、デズデモーナの浮気を信じて疑わないようになっていきます。
 さらにイアーゴーは、ロダリーゴーをそそのかしてキャシオーを襲わせます。そしてその策略にはまり争うこととなった二人を自ら刺し殺そうと試み、結果的に重傷を負わせます。
 オセローは、キャシオーがデズデモーナのハンカチーフを持っていたことで妻の不貞を確信し、そのハンカチーフを使って彼女を絞殺してしまいます。
 しかしイアーゴーの悪事に気づいた妻エミリアがすべてを暴露すると、オセローは自ら短刀を喉に刺して絶命し、イアーゴーはエミリアを殺してしまいます。

 結果的に四人が死に、三人が重傷を負ったこの作品は、イアーゴーというただ一人の悪党に、すべての人々が振り回され、破滅へと向かって行った物語と言えるでしょう。初めから終わりまで、イアーゴーはさまざまな嘘をついて巧みに人心を掌握し、オセローへの恨みを晴らすという目的のために進んでいきます。それらの計略は、どれか一つでも失敗したら、または誰か一人にでも疑われてしまったら、即座に身の破滅を招くような、穴がないとは言えないような代物ですが、彼はこれらすべての大博打に勝利してこの悲劇を生み出します。
 これまで世界中の文学作品で、数々の悪役が描かれてきていますが、このイアーゴーほど、悪に全振りされた人物にお目にかかることはそうそうないのではないかと思います。だいたい小説に登場する悪役というものは、貧しい少年時代やら、悲しい過去の恋愛やらが書かれていて、「悪いことをしてもしょうがない」と思わされるような、ある程度の同情の余地を残してあるものですが、このイアーゴーの場合、(戯曲という形式もあって)バックグラウンドが深く描かれておらず、余計に闇が深いようにも感じられます。これだけの悪巧みを考えながら、妻のエミリアにすら自分の正体を曝け出していなかったということは、旗手という身分に成り下がるよりもずっと前から、彼が自らの内部にいる悪魔を巧みに隠し、辛抱強くその悪魔を解き放つ機会を伺っていたのだろうと思います。このような人物が現実世界にいてもらっては困ってしまいますが、物語の世界においては、まさに「偉大な悪人」と呼ぶに相応しいと狡猾で大胆で無慈悲なその姿は、アンチ・ヒーローとしての魅力抜群です。悲劇がどれだけ酷いものであろうと、正義の味方よりも悪の王に惹かれてしまうのが人間の性でもあり、実際にこの作品を読んだ人の中でも、主人公オセローに同情するというよりは、イアーゴーの計算高さに感心する方の方が多いのではないかと思います。

 一方、オセローを始めとしたその他の登場人物(キャシオー、デズデモーナ、エミリアら)は、このイアーゴーひとりにまんまとしてやられます。彼らのうちのほとんどの人物は、みな正直、誠実と言った美点を持っており、唯一イアーゴーの企みに力を貸すロダリーゴーですら、デズデモーナへの恋情を利用されたに過ぎません。彼らがイアーゴーに騙され続けることが物語の進行上必要だったとも言えるでしょうが、直情的な誠実さや正直さは、愚かさと紙一重であり、その愚かさを天才的な悪魔につけこまれては、彼らの持つ人間的な美質も、何の意味もなさないものになってしまうのです。

 最終的に悪事はすべて明るみに出され、イアーゴーは捕まることとなるのですが、オセローに地獄の苦しみを味わせるという目的という意味では、彼は大勝利をあげたことになります。
 イアーゴーが作中で唯一敗北したのは、自ら心の中で育て上げてしまった嫉妬という怪物です。
 オセローを陥れようと企んでいる時、イアーゴーは、次のように語ります。
「将軍、恐ろしいのは嫉妬です。嫉妬というのは、緑色の眼をした怪物です。」
 このセリフからも、イアーゴーが、自分を差し置いて副官になったキャシオーに対して、またムーア人でありながらデズデモーナを手に入れたオセロー対しての嫉妬に苦しみ、その感情に精通していたことが読み取れるかと思います。実際彼は作中で、オセローがエミリアと通じていたのではないかと疑い、また彼自身もデズデモーナを愛していると語っています。
 このような嫉妬は、やがて苦しみとなり、相手にも同じ目に合わせてやりたいという醜い感情に変わります。まさに弱い人間の心に巣食う「怪物」という表現に相応しいこの感情は、もしも相手を破滅させることができたとしても、その頃には制御することのできない憎しみに支配され、自分の首を絞めていることにも気づかないまま、さらに相手を追い込んで行こうとする恐ろしいものです。イアーゴーは、この怪物の標的にされた犠牲者でもあるのかもしれません。
 おそらくイアーゴーは、これから牢に入り、処刑されることになるでしょう。嫉妬という怪物に敗北した彼が『オセロー』の物語の後、死を待つ牢の中で何を考えるのか、決して答えの出ることのない空想を巡らさずにはいられません。