『カラマーゾフの兄弟』の導入部とも言うべき第一部は、フョードル、ドミートリイ、イワン、アリョーシャといった物語の中心を成すカラマーゾフ家の人々や、スメルジャコフやグルーシェニカ、カテリーナ、ゾシマ長老などの重要な役割を果たす登場人物たちの生い立ち、関係性が語られます。
大きく物語が動くのはまだまだ先ですが、この一癖も二癖もある人々の個性が描き出される数々のエピソードを読むと、これからとてつもない物語が始まるのだという予感を感じさせてくれる箇所となっています。
このページでは、『カラマーゾフの兄弟』第一部のあらすじを詳しく紹介します。
※ネタバレです。目次を開いてもネタバレします。
※他の部分のあらすじはこちら
第二部 第三部 第四部 エピローグ
※全体の簡単なあらすじはこちら(『カラマーゾフの兄弟』トップページ)
第一編 ある家族の歴史
フョードルの二度の結婚と、ドミートリイ、イワン、アレクセイの幼少期
ある郡の地主であったフョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフは、金儲けにしか能のない、常識のない、女にだらしのない俗物でした。
彼は生涯に二度結婚し、最初の妻との間に長男ドミートリイを、二番目の妻の間に次男のイワンと三男のアリョーシャを残しました。
最初の妻は、裕福な名門の貴族の娘アデライーダ・イワーノヴナ・ミウーソフでした。アデライーダは、器量の良い利発な娘でしたが、気の間違いからフョードルと駆け落ち事件を起こし、その直後に、自分が彼に対して軽蔑以外の感情を何ら持っていないことに気がつきました。フョードルの方にも愛情はなく、上流社会の持参金つきの結婚に魅力を感じただけであったので、アデライーダの財産を横領しようと企て、二人は激しく争うようになりました。結局、アデライーダは三歳の息子ドミートリイを残したまま家を出て行きました。フョードルは、恥をかかされた夫として振る舞うことを快感に感じている様子で、アデライーダとのいきさつを周囲に触れまわりました。
やがてアデライーダが一緒に逃げた貧しい教師とペテルブルクにいることつきとめたフョードルは、自分自身にもわからぬまま酒を飲んで騒ぎ出し、ペテルブルクへ行く準備を始めました。すると、まさにその日の夜中、アデライーダが死んだという知らせが届きました。その知らせを聞いた彼は、願いがかなったことを喜んだとも、幼い子供のように泣きじゃくったとも言われています。
アデライーダの死後、フョードルは、自宅で放蕩を繰り返し、ドミートリイには全く関心を持たず、召使いのグリゴーリイに世話を任せっきりにしました。
やがてパリに住んでいたアデライーダの従兄のピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフが帰ってきて、ドミートリイが後に残されたことを知ってフョードルに憤り、子供の養育を引き受けると言い渡しました。
フョードルは、四歳になったドミートリイを追い払うと、ソフィヤ・イワーノヴナという若い女性の清純な容姿に惹かれ、結婚を申し込みました。しかしソフィヤの養母である名門の老婦人がその申し込みを断ったため、フョードルは駆け落ちをしようと持ちかけました。まだ十六歳の分別のなかったソフィヤは、その駆け落ちを承諾しました。
しかしソフィヤと住み始めたフョードルは、家に女たちを集めて乱痴気騒ぎを始めました。ソフィヤは、フョードルとの間にイワンとアレクセイという二人の子供を儲けたものの、やがてヒステリーの発作を起こし、アレクセイが四歳の時に息を引き取りました。イワンとアレクセイは、ドミートリイの場合と同じように、父親に忘れられ、ソフィヤのことを庇い続けていた召使いグリゴーリイの元に預けられました。
ソフィヤの死後三か月して、彼女の養母がフョードルを訪れ、酒に酔って出てきた彼の顔を見るや否や平手打ちを喰らわせ、汚い姿で放置されている子供達を引き取りました。フョードルは、ソフィヤの養母が二人の息子を引き取るという同意書を拒絶せず、平手打ちを喰らったことを町中に触れ回りました。
その後フョードルは、ロシア南部とオデッサに行き、数年間を過ごしました。彼はそこでユダヤ人と交流を持ち、金を溜め込むための才覚を身につけ、再び町へと帰ってきて、以前よりも老けて厚かましくなった姿を見せました。間もなく彼は町にあるいくつかの飲み屋の経営者になり、かなりの額の金を儲ける一方で、酒に溺れるようになり、グリゴーリイの世話を受けながら生活することになりました。
ドミートリイの生い立ち
四歳でミウーソフに引き取られたドミートリイは、間もなくミウーソフが長期の予定で再びパリに行くことになったため、モスクワのある婦人へと託されました。パリに着いたミウーソフは、二月革命が勃発すると、ドミートリイのことなど忘れてしまいました。やがてその婦人が死に、ドミートリーは何度か養育者を変えながら大人になりました。
彼は自分にはある程度の財産があるのだと信じていたため、中学を終えず、陸軍の幼年学校に入り、コーカサスで軍務につき、将校に昇進し、決闘で兵卒に降格しました。
金づかいが荒く、放蕩を繰り返し、多くの借金を抱えた彼は、父のことを知り、財産についての話し合いをするために町に帰ってきました。しかしフョードルとは剃りが合わず、自分の領地の収益や価値を聞き出すことができないまま、その収益を受け取る方法についての協定を結ぶとすぐに立ち去っていきました。
フョードルは、ドミートリイが激情家で、ほんの少しの金を与えておけば大人しくなることを見抜き、時折り金を与えるだけで彼を満足させ、搾取を繰り返しました。四年ほど経ったあとでドミートリイが再び町に現れたころには、彼の取り分はすでになくなっており、父への不満を募らせることとなりました。
イワンの生い立ち
イワンとアレクセイを引き取ったソフィヤの養母は、彼らに千ルーブルずつを残して亡くなりました。その後、ソフィヤの養母の筆頭相続人であったエフィム・ペトローヴィチ・ポレノフという男が、二人の兄弟を引き取りました。ポレノフは、フョードルから子供の養育費を引き出すことはできなかったものの、二人の兄弟、特にアレクセイを可愛がりました。ソフィヤの養母が残した千ルーブルはしっかりと貯金され、それは二人が成人する頃には二千ルーブルに増えていました。
イワンは幼い頃から類まれな秀才で、十三歳くらいのときにポレノフの家族と別れてモスクワの中学に入り、ポレノフの友人の教育家の全寮制学校に入りました。その教育家とポレノフが死んだ後、イワンは大学に入りましたが、ポレノフの残した金の払い戻しが遅れたため、軽蔑する父には何一つ相談することないまま、家庭教師や記事の売り込みで自分の生活費を稼ぎながら勉強しました。
彼は教会裁判に関する論文を新聞に発表し、あらゆる層から喝采を浴びました。それは最終的には識者から悪ふざけだと評されることとなりましたが、イワンの名は大きく知られるようになりました。
イワンがフョードルの子供であるということが町中に知れ渡った頃、父を相手に訴訟を考えていたドミートリイの頼みによって、彼は突然帰郷しました。
イワンは、それまで交流のなかった父親とうまくやっているように見えました。
アレクセイの生い立ち
四歳で母親と別れたアレクセイは、その母が狂ったようになりながら、自分を抱きしめ、聖像の前に差し出している記憶をしっかりと残していました。
彼は活発な子供ではありませんでしたが、侮辱を受けても気にしない様子が周囲のものを惹きつけ、学生の頃から人に好かれる人間でした。
彼は激しい羞恥心と純粋さを持っており、そのことで周囲のものにからかわれることがよくありました。金に関しては無頓着で、小遣いを使わずに取っておく時もあれば、あっという間に使い果たしてしまうこともありました。
ポレノフが死んだ後、アレクセイは二年を県立中学で過ごしている間に、ポレノフの親戚に当たる二人の婦人の家に引き取られました。
中学がまだ一年残っている時、アレクセイは、グリゴーリイが身銭をはたいて建てた母の墓を探すため、父のいる町へ戻ることを決めました。それは、フョードルがこの町に戻って三年後、イワンが帰る一年ほど前のことでした。
アレクセイが町に帰ると、フョードルは、他人に対して非難や軽蔑の色を表さない彼に、すぐに愛情を抱きました。
アレクセイは、母の墓を訪ねた後、修道院に入るつもりだと父に申し出ました。彼を可愛がっていたフョードルは、悲しみながらも、その申し出を許しました。
アレクセイはこの時、十九歳の体格の良い青年でした。修道院に入ってからの彼は、奇蹟を信じてはいたものの、聡明な頭を持つ現実主義者でもありました。彼は修道院にいるゾシマ長老に心酔していました。ゾシマ長老は六十五、六歳の修道僧で、ほとんどの人々から聖人であると見なされていました。彼により、何一つ有名なところのない町の修道院は有名になり、彼に会うためにロシア全土から信者たちがやってきました。人々は、長老が僧庵から出てくると、感激のために泣き崩れ、女たちは子供を目の前に差し出しました。病気のために死期が噂されるようになっていましたが、その死後は何かしらの奇蹟が訪れるであろうと信じられていました。
長老はあらゆる人間の悩みを聞いていたため、訪れてくる人の過去を見ただけで、その人がどのような相談を持ちかけてきているのかを察知できるようになっていました。彼を訪れる人は、皆恐れや不安を抱いていましたが、告解を終えると晴れやかな顔をして部屋から出てくるのでした。
アレクセイは、罪深い人々に愛着を覚えるのだというゾシマ長老の言葉に心を打たれ、その厳格でなく、快活な性格にも惹かれました。そして長老が聖者に他ならず、死後に何かしらの奇蹟を起こすだろうということを確信していました。長老もまたアレクセイに目をかけ、自分の僧庵で暮らすことを許しました。アレクセイは、修道僧の身分ではなかったものの、僧服を着て、修道院に暮らしました。
二人の兄の帰郷は、アレクセイに強烈な印象を与えました。アレクセイは、イワンのことを知りたいと思っていたものの、なかなか打ち解けることができず、反対にその後に帰ってきたドミートリイとはすぐに打ち解けました。イワンが無神論者であることを知っていたため、アレクセイは、兄が自分のことを軽蔑しているのではないかと考え、イワンから自分に近づいてくるのを心待ちにしていました。ドミートリイは、イワンに対し深い敬意を持っている様子でした。
財産をめぐるフョードルとドミートリイの争いは引き返すことのできないところまできており、フョードルは、ゾシマ会長のところで家族を集めて話し合いをしようと提案しました。
パリから戻ってきて、この町に暮らしていたミウーソフは、この問題に関心を示しました。彼は自由思想家で無神論者で、修道院とは土地問題、伐採権や漁業権で以前から揉めていたため、ゾシマ長老と話し合いたいという口実を儲け、この話し合いへの参加を決めました。
かくして、一同は修道院に集まることとなりました。その時、アレクセイは二十歳、イワンは二十四歳、ドミートリイは二十八歳でした。アレクセイは、イワン、ミウーソフ、フョードルらに長老が侮辱を加えられるのではないかと恐れました。
第二編 場違いな会合
修道院での会合
八月の末、修道院にはミウーソフが、その遠縁にあたる二十歳くらいの青年ピョートル・フォミーチ・カルガーノフを連れて現れました。カルガーノフは、アレクセイの友人で、長身で頑丈な体格の、ぼんやりしているように見える寡黙な青年で、大学を受ける準備中でしたが、ミウーソフが海外の大学へと連れて行きたがっており、進路を決めかねていました。
続いてフョードルとイワンが到着し、約束の時間から遅れていたドミートリイを除いた彼らは修道院へと入りました。
するとトゥーラの地主のマクシーモフと名乗る六十歳ほどの男が彼らに話しかけ、ゾシマ長老のいる僧庵への案内を名乗り出ました。
そこへ修道僧が追いつき、僧庵を訪れた後、院長が食事を振る舞うことが伝えられました。
その誘いをフョードルたちと共に受けたマクシーモフは、院長のところへ向かうと言って去って行きました。
僧庵には、ハリコフ県の地主のホフラコワという婦人が、衰弱した娘を連れ、ゾシマ長老に会いにきているようでした。
中には、図書係のイォシフ神父と、有名な学者として知られる病身の司祭修道士のパイーシイ神父、そして神学校を卒業した二十二、三歳の青年が立っていました。
彼らが僧庵に着くと、ゾシマ長老がアレクセイを従えて中へと入ってきました。
先ほどから修道僧にも無礼な態度をとっていたフョードルが馬鹿にしたような顔でお辞儀をするのを見て、アレクセイは恥ずかしくなり、不吉な予感を感じました。
ミウーソフは、ゾシマ長老に高慢な心の持ち主だという印象を受けました。
フョードルは、自分のことを道化だと自己紹介し、ゾシマ長老に対しても敬意の欠けた態度を取りました。それはこれまでこの庵室を訪れる人たちの態度とはまるで異なっており、一同の驚きを引き起こしました。
ミウーソフは、フョードルの態度について取り乱しながらゾシマ長老に謝りました。
フョードルは、人前に出るたびに、自分は誰よりも下劣なのだという感情が現れ、羞恥心を感じるが故に道化を演じる羽目になるのだと言いました。
ゾシマ長老は、自分に嘘をつくことが自分や他人への軽蔑を招き、その結果人は情欲にふけり、他人へ腹を立てることにつながるのだと忠告を与えました。
フョードルは、感動した様子でゾシマ長老の手に接吻しましたが、彼が演技をしているのは誰の目にも明らかで、ミウーソフは彼に対する軽蔑と腹立ちの気持ちを掻き立てられました。
アレクセイとリーザの再会
ゾシマ長老は、自分のために修道院に集まっている人たちのために、席を中座しました。
修道院の渡り廊下のまわりには、二十人ほどの農婦が集まっていました。その中でも身分の高いホフラコワ夫人とその娘のリーザは、用事で一週間ほどこの町で暮らしており、ゾシマ長老に会いたいと懇願していました。リーザは小児麻痺で、半年ほど歩くことができませんでしたが、長老が祈りをあげてから二日目に夜中の高熱がなくなり、何の支えもなく立てるようになっていました。
長老は渡り廊下に現れると、皆に祝福を、悩める人々には慰謝を与え、癲狂病みの女をおとなしくさせ、罪を持つ人にはその罪を悔い改め、愛するようにと助言を与えました。
ホフラコワ夫人は、ゾシマ長老がそばまでやってくると、深い感謝の気持ちを伝え、リーザにもお礼を言うようにと促しました。
アレクセイと幼い頃に親しくしていたリーザは、車椅子から身を起こし、長老の後ろに立っている彼のことを見て笑い崩れました。そしてカテリーナ・イワーノヴナから彼にことづけられた手紙を渡し、できるだけ早く来て欲しいという彼女の意向を伝えました。
ホフラコワ夫人は、カテリーナがドミートリイに関することである決心をし、そのためにはアレクセイに会う必要があるのだと言いました。カテリーナには一度しか会ったことがなかったアレクセイは、彼女が自分に会おうとしていることが腑に落ちませんでしたが、会いに行くことをリーザに約束しました。
ホフラコワ夫人は、来世という考えを確信できないために信仰を乱され、苦しんでいるということを告白しました。
それに対してゾシマ長老は、身近な人を愛することによって、神の存在や不滅の魂に確信を持つことができるようになるだろうと説きました。するとホフラコワ夫人は、自分は人間愛に満ちているが、愛に対する称賛という報酬を他人に求めてしまうのだと言いました。
長老は、賞賛を求めることを嘆いているだけで十分なのであり、自分に嘘をつかず、嫌悪の気持ちを抱かなければ、ふいに神の奇蹟的な力をはっきり見出せるようになれる時がくるであろうと説きました。
ホフラコワ夫人はゾシマ長老の言葉に感動し、涙を流しました。
その間、アレクセイが自分を見て取り乱しているのを見たリーザは、彼のことを終始からかっていました。
その態度をゾシマ長老から冗談まじりに咎められると、リーザは幼かった頃、アレクセイが可愛がってくれ、二年前に別れた時には決して忘れないと言っていたにも関わらず、今では自分のことをすっかり忘れ、家へ来てくれもしないことを訴えました。長老はリーザに祝福を与え、その祝福によって泣き出した彼女にアレクセイを近づけることを請け合いました。
議論
一方、長老が僧庵をあけていたのは二十五分ほどの間に、イワンが二人の司祭修道士と、当時大きな話題となっていた一八六四年の裁判制度改革に伴って教会裁判の改革の検討が行われたことについて議論していました。
ドミートリイは未だ現れず、ミウーソフはその議論に加わろうとしても黙殺され、苛立ちを深めました。フョードルは、その様子を見て楽しんでいました。
長老が戻ると、それまでの議論していたことを話してほしいとイワンに促しました。イワンは、国家からの教会の分離を全面的に否定しており、国家の中に教会が一定の地位を求めるのではなく、教会こそが国家として機能するべきなのだと主張しました。そのようにすれば死刑や流刑がなくなる代わりに、犯罪者は破門されるため、「法には背いたが教会には背いていない」などと考えて反省をしなくなることもなくなり、本当の人間再生が可能になるというのです。
それに対してゾシマ長老は、教会が犯罪者を破門しない現行のやり方でも、犯罪者はキリスト教から良心への懲罰を受けることで罪を自覚するため、教会が犯罪者に破門するということは、犯罪者にとっては絶望を与える恐ろしい方法だと反論しました。そして全社会が一つの教会になった後であれば、教会が裁判を行うことは犯罪者の矯正に役立ち、犯罪の減少に一役買うだろうけれども、まだその態勢が整っていないと主張しました。
イワンやゾシマ長老の意見を、地上の国家を排して、教会が国家の地位に成り上がることを理想としているのだと解釈したミウーソフは、憤りを口に出しました。
パイーシイ神父は、国家が教会の高さまで上がり、全地上の教会となるのだとミウーソフの解釈を訂正しました。
ミウーソフは、一八五一年の十二月革命後のパリで、ある有力者が、無神論者やアナーキスト、革命家などの社会主義者は恐れるに足りないものの、神を信じるキリスト教徒の社会主義者は恐るべき存在であると言っていたことを語りました。パイーシイ神父は、そのような話題を披露したミウーソフが自分たちを社会主義者だと考えているのかと尋ね、ミウーソフがその返答に窮しているところで、ドミートリイが遅れて部屋に入ってきました。
ドミートリイの到来
父親と財産をめぐって争っていたドミートリイは、極度の苛立ちのために青ざめた顔つきをしていたものの、軍人らしい正装でゾシマ長老に深々と一礼し、祝福を乞いました。
ドミートリイは、父の使いできた召使いスメルジャコフに、本来の約束とは異なった時間を教えられたために遅刻したようでした。
彼の出現で、一同の議論は中断されました。
ミウーソフは、イワンがある上流社会の集まりで、愛というものは不死の信仰があったから存在し得たものであり、もし不死への信仰が人間からなくなれば、人間から善がなくなり、あらゆる悪行が許されるようになってしまうだろうと主張していたことを語りました。そのためにイワンは、自分たちのような無神論者にとって、あらゆるエゴイズムは許されるべきであると主張していました。
その話を聞いたゾシマ長老は、イワンのことをこの上なく幸せか、不幸な人間だと評しました。それはイワンが、不死の信仰のみならず、自分が書いた論文すら信じておらず、混沌とした思想が渦巻いているために、その絶望を晴らすために論文を書いたり議論を行なっていることを見破ったためでした。ゾシマ長老は、イワンが心の解決を得ることができるようにと祝福を与え、イワンは真面目な顔つきでその祝福を受けました。
フョードルは、法的にドミートリイは自分に借金があり、さらにドミートリイがカテリーナにプロポーズしたにも関わらず、町のある妖婦のところへ通い詰めていることを主張し、自分とドミートリイの間に起きている問題についての解決をゾシマ長老に求めました。
さらにフョードルは、ドミートリイが飲み屋で、自分の代理人をつとめたある大尉に暴力を振るったことを話しました。ドミートリイは、フョードルの依頼を受けたその大尉が、その妖婦の手元にある自分の手形を引き取って、その手形を種に自分を刑務所に入れるように訴訟を起こしてくれと頼んだのだと弁解し、女と共謀して息子を刑務所へ入れようとする父の卑劣さを訴え、父がこのような会合を開いたのはスキャンダルを起こすためなのだと主張しました。
その言葉に腹を立てたフョードルは、ドミートリイに決闘を申し込もうとしてカテリーナの侮辱を始め、修道院の人々から恥を知るようにと咎められました。
するとゾシマ長老は立ち上がり、ドミートリイの足元に向かって額が地面に触れるほどの跪拝を行い、すべてを赦すようにと忠告しました。跪拝を受けたドミートリイは、両手で顔を覆って部屋を飛び出して行きました。
それに続いてアレクセイやゾシマ長老も出ていくと、ミウーソフは、これ以上の付き合いをごめんこうむるとフョードルに宣言しました。
フョードルは、ミウーソフの言葉に応酬し、このような騒ぎの後で院長の催す食事会に出ることはできないと言って、立ち去っていきました。
残されたミウーソフとイワンは、院長との食事に向かいました。
寝室に寝かせられたゾシマ長老は、アレクセイが将来いるべき場所はここではないと言って、修道院を出ていくよう命じ、祝福を与えました。そしてアレクセイがこれから大きな悲しみを見るであろうが、その悲しみの内に幸福を求めよという遺言を与え、二人の兄に寄り添いに行くように命じました。
アレクセイは、長老のドミートリイに対する跪拝の意味を知りたいという欲求に駆られましたが、側にいたいという思いを捨て、胸を締め付けられながら長老の部屋を出て行きました。
長老の部屋を出たアレクセイを、ラキーチンが待ち構えていました。ラキーチンは、ドミートリイやイワンとフョードルの間に起こるであろう犯罪を予見し、おそらく自分と同じような考えを持つゾシマ長老が、自分の死後人々からほめそやされるために、ドミートリイに意味ありげな跪拝したのだと考え、そのような予見をした長老の炯眼を皮肉混じりに褒め称えました。
またラキーチンは、ドミートリイのような好色な男は、女のためにどのようなことでもしてのけるため、フョードルはドミートリイの超えてはならない一線をごく簡単に飛び越え、それは犯罪になって現れるだろうと言いました。
彼は、イワンがカテリーナ・イワーノヴナに恋していること、ドミートリイがグルーシェニカのところへ行きたいがために、イワンにカテリーナを譲ろうとしていること、そのドミートリイの思惑を邪魔しているのがフョードルであることを、グルーシェニカの寝室にこもってドミートリイの話を盗み聞きをしていたようで、このようなカラマーゾフの家庭内の事情をよく知っていました。特にラキーチンがイワンに対してあからさまな敵意を表したため、アレクセイは、彼がカテリーナに惹かれていることに気づきました。
アレクセイは、ラキーチンがグルーシェニカの親戚に当たることを思い出しました。するとラキーチンは激怒しながらそれを否定しました。
一方、イワンとともに修道院長のところへ向かう途中、フョードルに対して我を忘れて腹を立てたことが恥ずかしくなったミウーソフは、修道院と係争中の伐採権や漁業権を放棄して、訴訟も取り下げることを決めました。
食事には、イォシフ神父、パイーシイ神父ともう一人の司祭修道士が招かれており、マクシーモフも部屋にいました。ミウーソフは、カルガーノフ、イワンとともに部屋に入り、フョードルがゾシマ長老に失礼な言葉を口にしたために、食事にくることを遠慮せざるを得ない状況になったことを伝えました。
しかし、修道院長のところへ昼食を呼ばれにいくことはできないと考え、まわされてきた馬車に乗り込もうとしたフョードルは、ふと足を止めて、どうせ名誉挽回ができないのなら、いっそ恥知らずと言われることをしてやろうと考え、修道院長の食事に姿を現しました。
ミウーソフは怒りに駆られましたが、修道院長は、フョードルが食事に参加することを許しました。ミウーソフがカルガーノフを連れて帰ろうとしても、フョードルは彼らが帰ることを許さず、ロシア中の長老が懺悔の聖秘礼を悪用しているという噂を利用して、修道院批判を始めました。その批判は、修道院が百姓を食い物にしているという悪口に発展したため、イォシフ神父は憤慨し、パイーシイ神父は頑なに沈黙していました。その状況に耐えられなくなったミウーソフとカルガーノフは、部屋から逃げ出していきました。
その侮辱に耐えながら、修道院長は、フョードルを憎まないように振る舞うであろうと言いました。それをフョードルは偽善だと非難し、アレクセイを引き取ることを宣言し、部屋から出ていきました。
フョードルは、ゾシマ長老のところからやってきたアレクセイに、今すぐ自分のところへ来いと言って、馬車へ乗り込みました。
そこへマクシーモフがフョードルに追いすがり、自分も連れて行ってくれと頼みました。
しかしイワンは、力まかせにマクシーモフの胸を突いて彼を乗せようとせず、馬鹿な真似をするのはもうたくさんだと言ったきり、蔑むように一言も口を聞きませんでした。
第三編 好色な男たち
スメルジャコフの出生
フョードルは、古めかしいものの、広々として住みやすい家に住んでいました。その家にいるのは、フョードルのほか、イワン、老僕のグリゴーリイとその妻のマルファ、若い召使いのスメルジャコフでした。
グリゴーリイは、口数の少ない厳かな男で、フョードルが成り上がる間に危険な目にあった時、いくども彼を救ったことがありました。また放蕩の限りを尽くしたフョードルは、時たま恐怖に襲われる時があり、放蕩をしない人間で、自分のことを非難しないグリゴーリイがそばにいることを好ましく思いました。
フョードルの結婚後、グリゴーリイは、アデライーダには憎しみを抱き、不幸なソフィヤには神聖とも言える深い同情を寄せました。子供好きであったため、ドミートリイ、イワン、アレクセイの幼い頃の面倒をしっかりと見てやりました。マルファとの間には、一度だけ子供をもうけたことがありましたが、その赤ん坊は六本指で、生後二週間で死んでしまいました。その赤ん坊を葬った日の夜中、マルファは女の声を聞きつけて目を覚ましました。グリゴーリイが庭へ出てみると、町で有名な神がかり行者リザヴェータ・スメルジャーシチャヤが庭の風呂場で子供を産み落としていました。
リザヴェータ・スメルジャーシチャヤは、夏も冬も麻の肌着に裸足で過ごしている二十歳の白痴の小柄な女で、地べたで眠るため、いつでも土や泥で汚れていました。母親は既に他界しており、町の裕福な町人の下男であった父親は宿なしの病身の町人で、酒に溺れ、リザヴェータをいつも折檻していました。
やがて父親が死ぬと、彼女は孤児として街中で愛される存在となりました。彼女は話すことができず、衣服を着せてもらっても教会の入り口あたりで全て脱いでしまい、小銭をもらっても刑務所か教会の募金箱に入れてしまいました。
ある夜、夜遊びをしていた町の一団が、茂みの中に眠りこけているリザヴェータを見つけ、彼女を女として扱うことができるかと議論を始めました。その一団の中にいたフョードルは、アデライーダが死んだ直後であったにもかかわらず、女として扱えるどころか、ある種の刺激があってよいなどと言い始めました。一人が大笑いしてフョードルをけしかけたものの、ほかの男たちは汚らわしい会話に嫌気がさして帰って行きました。後日、フョードルは、皆と一緒に帰ったのだと言い張りましたが、その五、六ヶ月後、リザヴェータのお腹が大きくなったことに町の皆が気付き、フョードルがしでかしたという噂が立ちました。グリゴーリイは、時には喧嘩や口論までして主人のためにその中傷を否定し、それが脱獄囚の、「ねじ釘のカルプ」の仕業であると断定しました。
リザヴェータは、街の皆からより一層の同情を寄せられるようになり、コンドラーチエワという裕福な商家の未亡人は彼女をお産まで引き取りました。しかしお産の夜、リザヴェータはコンドラーチエワの家を抜け出し、フョードルの庭に現れて子供を産み落としたのでした。
グリゴーリイは、マルファに介抱をさせ、町人の産婆を呼びに走りましたが、リザヴェータはその明け方息を引き取りました。
グリゴーリイは、その子供を神の御子であると考え、マルファとともに育てることを決めました。
フョードルは、その捨て子が自分の子であることを相変わらず否定していましたが、引き取ることに反対はしませんでした。彼はこの捨て子にスメルジャコフという苗字をつけました。スメルジャコフは、グリゴーリイとマルファと同じ離れに暮らしながら、コックの召使いとして使われるようになったのでした。
ドミートリイに出会うアレクセイ
修道院から出てきたフョードルの叫び声を聞いたアレクセイは、修道院長のところへ駆けつけ、父がしでかしたことを聞き出すと、自分に用件があるという手紙をよこしたカテリーナのところへ向かうために、町へと歩き出しました。
アレクセイがカテリーナに会ったのはせいぜい三回ほどでしたが、彼は、その美しく、気位の高い、高圧的な娘から、なにか説明のできない恐ろしさを感じていました。
なにか宿命的な会話がなされるのだと感じた彼は、その前にドミートリイに会っておきたいと考えましたが、兄は家にいないだろうと思い直し、カテリーナの家にそのまま向かうことを決意しました。
アレクセイがフョードルの家の近くまでやってくると、隣家の庭の生垣の上から顔を出したドミートリイがこちらに合図を送っていることに気づきました。
アレクセイは生垣を飛び越えて庭に入り、兄と二人きりになりました。ドミートリイは、この庭にひそんで、コニャックを飲みながら、父の秘密を見張っているようでした。
これからどうするのかと聞かれたアリョーシャは、カテリーナのところへ寄った後、父親のところへ行くつもりだと答え、カテリーナからの手紙をドミートリイに見せました。
するとドミートリイは、嗚咽しながら、カラマーゾフの人々は皆、情欲を授けられた虫けらが住み着いているのだと言い、これまでのカテリーナとのいきさつを語り始めました。
ドミートリイのカテリーナとのいきさつ
ドミートリイは、国境警備隊の砲兵大隊の少尉補だったとき、頽廃や、その頽廃によってもたらされる恥辱や残酷さを愛しており、以前は見境なく放蕩を繰り返していました。彼は卑しい欲望をいだいていたものの、遊んだ女たちの悪い評判を誰にも話さず、手を切る際にもいがみ合わないように心がけていました。
彼は街に金をばら撒き、街の人々に歓待されていました。しかしそのうちに、年寄りのある中佐に毛嫌いされるようになりました。その中佐には、死んだ妻との間にアガーフィヤ・イワーノヴナという一人の娘がいました。アガーフィヤは、二度も縁談を断った快活な娘で、ドミートリイは彼女と友人として仲良くなりました。
ドミートリイが赴任して大隊に入ったころ、中佐の二番目の娘が首都の貴族女学校を卒業してやってきました。その娘がカテリーナ・イワーノヴナで、中佐の二番目の妻との間にできた娘でした。
カテリーナが町へやってくると、上流社会の人々はやっきになって彼女を歓迎しました。カテリーナは気位の高い、品行方正な女でしたが、ある夜会でドミートリイは初めて話した時、彼女に見向きもしませんでした。
その頃ドミートリイは、フョードルに今回の清算で今後は何も要求しないという権利放棄書を送りつけて六千ルーブルを送金されていました。同じ頃、中佐が経費濫用の疑いをでっち上げられ、公金が四千五百ルーブルなくなるという事件が起きました。中佐は辞表を出すことになり、町中がその一家に冷淡に接するようになりました。
ドミートリイは、カテリーナを自分のところへ送るなら、秘密を守った上で四千ルーブルを差し上げても良いとアガーフィヤに言いました。アガーフィヤはひどく怒ってその場を去って行きました。
ところがその後、新任の少佐が大隊を引継ぎにやってくると、中佐は発病して家にこもり、官金を引き渡そうとしませんでした。ドミートリイは、中佐がトリフォーノフという男やもめの老人に公金を利子付きで密かに貸し付けており、トリフォーノフのたくらみで返済してもらえなかったことを知っていました。
やがて官金を二時間以内に提出せよという命令がくだると、中佐は自殺を試み、折よくやってきたアガーフィヤに止められました。
カテリーナは、ドミートリイの言っていたことをアガーフィヤから知り、自分の身を捧げるつもりでドミートリイを訪れ、四千五百ルーブルの捻出を頼みました。
ドミートリイは、美しく崇高なカテリーナに心を打たれ、彼女が卑劣な自分次第でどのようにでもなるという考えに囚われそうになりながら、五千ルーブルの五分利つき無記名債権を手渡し、玄関を開けて最敬礼をして送り出しました。
カテリーナは、額を床につけてお辞儀をして去って行きました。
その翌日、五千ルーブル債権を売却したお釣りがドミートリイのもとに届きました。中佐は官金を返却し、その後まもなく病床につき、そのひと月ほど後に息を引き取りました。
カテリーナとアガーフィヤはモスクワへ移り住むことになり、親しい二人の姪を天然痘で亡くしていた親類のある将軍夫人に喜んで迎えられましま。将軍夫人はカテリーナを可愛がり、彼女のために遺言状を書き改め、八万ルーブルを渡しました。カテリーナは四千五百ルーブルを郵便でドミートリイに送り、その三日後に彼に手紙で結婚を申し込みました。
ドミートリイはどうしてもモスクワに行くことができなかったため、現地にいたイワンに事情を伝え、カテリーナの元に遣りました。イワンはカテリーナを訪れ、彼女に惚れ込むことになりました。
カテリーナは、イワンを選ばず、ドミートリイに固執しました。ドミートリイは、自分のような人でなしが選ばれ、イワンがふられたのは、彼女が感謝の念から自分の一生を凌辱しようとしているに過ぎないのだと考えながらも、カテリーナと婚約することになりました。
その後彼は、フョードルの代理人をしている二等大尉スネギリョフが、グルーシェニカに自分名義の手形を渡していたので、彼女のことを殴ろうと思って出かけて行きました。
しかしグルーシェニカを知ったドミートリイは、そのまま彼女の肉体の曲線美に惚れ込み、関係を持つことはできなくても、彼女のところに通うようになり、カテリーナがアガーフィヤに渡そうと託された三千ルーブルもグルーシェニカのために使ってしまいました。
ドミートリイは、グルーシェニカの許しがあればすぐにでも結婚し、彼女の情夫の存在を許し、使い走りにもなるつもりでした。そのために彼は、カテリーナのものであった三千ルーブルを返済して別れなければならないと考えていました。法的には彼はフョードルに借りはありませんでしたが、道義的な責任を果たさせるため、その三千ルーブルを捻出させようと考えており、アレクセイにその三千ルーブルを出してもらうようにフョードルに交渉してもらい、さらにその三千ルーブルをカテリーナに返して二度と会わないと伝えてもらうおうとしているのでした。
フョードルは、グルーシェニカとドミートリイが結婚するかもしれないということを知ると、三千ルーブルを用意し、イワンを領地の林の売却に向かわせ、彼女の来訪を待ち受けました。
ドミートリイは、フョードルがグルーシェニカのために三千ルーブルを準備したことをスメルジャコフから聞き出し、父親の住む家の隣にある小部屋に忍び込んで見張りをしていて、グルーシェニカが来たら知らせに来るようにとスメルジャコフに命じました。
アレクセイを遣いとしてフョードルに三千ルーブルを捻出させるのは、到底無理なことのように思われましたが、ドミートリイは、神が自分の絶望を見ており、奇蹟を起こしてくれるはずだと考えていました。
ドミートリイは、フョードルへの交渉の後、金のあるなしに関わらず、その日のうちにカテリーナのところへ行ってほしいとアレクセイに頼みました。もしその間にグルーシェニカがやってきた場合、ドミートリイはフョードルを殺すことになるかもしれないと語りました。
フョードルの家を訪れたアレクセイ(スメルジャコフの生い立ち)
アレクセイがフョードルの家に入ると、フョードルとイワンが食事を終え、グリゴーリイとスメルジャコフがテーブルのわきに立っていました。
スメルジャコフは、二十四歳ほどの人嫌いで寡黙な男で、癲癇の発作の持病を持っていました。
最初の発作が起きた時、フョードルは彼のことを心配し、医者を呼びましたが、治すのは不可能であることが分かりました。フョードルは、彼に体罰を与えることや勉強を教えることをグリゴーリイに禁じました。
やがてスメルジャコフには異常に潔癖な性格が現れはじめ、フォークに刺した食べ物を光にかざしてから食べるようになりました。
それを見たフョードルは、彼をコックにすることに決め、モスクワに勉強に出しました。
数年後、スメルジャコフは、人嫌いの性格は治らないまま、ひどく老け込んで帰郷しました。しかし衣服や髪型に気を配るようになり、コックとしては優秀でした。女性のことはひどく軽蔑しており、結婚の話をしても腹を立てるだけで、時折り立ち止まって物思いに沈んだまま、佇んでいる様子が多く見られるようになりました。
フョードルを訪れたアレクセイ(スメルジャコフとグリゴーリイの論争)
アリョーシャがやってくると、フョードルは喜び、その夜寡黙なスメルジャコフが大いに話し始めたと言いました。
スメルジャコフが口を開いたのは、あるロシア兵がアジア人捕虜になって迫られた改宗を拒否し、キリストを賛美しながら皮を剥がれて死んでいったという話を、買い出しに出たグリゴーリイが聞き、英雄的な行為だと褒めたことが発端でした。
その話を聞いたスメルジャコフは、薄笑いを浮かべ、そのような災難に会いそうになった兵士がもし改宗したとしても、改宗した途端にその人物は教会から放逐されるので、信仰を捨てたものが、キリスト教の名において罪には当たるわけはないだろうと言いました。グリゴーリイはかっとなり、スメルジャコフを破門者だと言って非難しました。
さらにスメルジャコフは、一粒ほどの信仰があるのであれば、山は命令一つで海に入るだろうという聖書の言葉があるにも関わらず、誰も山を動かせないのは、みなが不信心者だからであろうと語り、また神が誰をも許さないということはあり得ないので、一度信仰を捨てたものでも、いずれは赦しを得ることができるだろうと論じました。
フョードルの家を訪れたアレクセイ(アレクセイの発作)
スメルジャコフが下がった後、フョードルは、彼のような考えの民衆が思想を蓄えたら、どの様なことが起きるようになるだろうかとイワンやアレクセイに問い、ロシアの百姓たちをたたきのめす必要があると言いました。
スメルジャコフは、イワンのことを尊敬し、夕食どきになると姿を現すようになったようでした。
フョードルは、神はいるか、不死があるかという問題をイワンとアレクセイにイワンに尋ねました。イワンは、神はおらず、不死もないと答え、アレクセイは、神はおり、不死は神のうちに存在すると答えました。
やがてフョードルは、イワンとアリョーシャの母親の話を始めました。母親は時折り優しくしてやると、異様な笑い声をあげ、それが彼女の発作の兆候であったようでした。
フョードルがしきりに母親の話をしていると、アレクセイは、その母親とそっくりな発作を起こして椅子の上に倒れ、涙を流しながらヒステリックに全身を震わせ始めました。
慌てたフョードルは、自分がかつて行ったのと同じようにように、「アレクセイの母親」に口で水を吹きかけてやるようイワンに命じました。するとイワンは憤った軽蔑の目で、「アレクセイの母親」は、自分の母親と同じなのだと言いました。フョードルは、イワンの母親がアレクセイの母親と同じであったことを忘れてしまったかのように、イワンの話を長いこと理解できませんでした。
フョードルの家を訪れたアレクセイ(殴り込んできたドミートリイ)
その時、玄関から怒鳴り声が聞こえ、グルーシェニカが家の方へ歩いているのを見たような気がしたドミートリイが、グリゴーリイとスメルジャコフの制止をふりきり、広間に飛び込んできました。
ドミートリイは、グルーシェニカを探そうとして、次のドアを開けて奥の部屋へと入りましたが、裏口には鍵がかかっていたので、グルーシェニカが入ってこれるはずはありませんでした。
グルーシェニカを見つけることができなかったドミートリイは、また広間に現れ、飛びかかってきたフョードルの髪をつかんで床に投げ飛ばし、顔を蹴りつけました。イワンとアレクセイは、ドミートリイをフョードルから引き剥がしました。
ドミートリイは、グルーシェニカがここにいないと聞くと、フョードルに向けて、死ななければまた殺しにくると言い、再びグルーシェニカを探しに部屋を出て行きました。
フョードルは、グルーシェニカが本当に家に来ているのではないかと考えながら、極度のショックで眠りにつきました。
目が覚めたフョードルは、アレクセイを呼び、自分が恐れているのはドミートリイよりもイワンだと語り、グルーシェニカの気持ちが自分かドミートリイのどちらに傾いているかを聞いてほしいと頼みました。
アレクセイは、ドミートリイが自分をカテリーナのところへ行かせようとしていることを伝えました。
イワンは、これまでにない親しみをこめてアレクセイに接し、自分は父親を守るつもりであるが、父親が死ぬことを期待しているかどうかは、それとは別問題であると言いました。アレクセイは、カテリーナに会いに行くということを兄にも伝えました。二人は固い握手をして別れました。
カテリーナの家に向かうアレクセイ
アレクセイは、三千ルーブルをふいにして不幸に陥ろうとしているドミートリイのことや、自分に歩み寄ってきたイワンについて考えながら、何かの指南を与えてくれるような気がするカテリーナの家に向かいました。
カテリーナは、二人の叔母と一緒に暮らしていました。アレクセイは三週間前に兄からカテリーナを紹介された時、彼女の類稀なる美貌に驚いたものの、傲慢でぞんざいな人物であるという印象を受け、ドミートリイとは永くは幸福でいられないだろうと考えました。しかし、今では、その傲慢さが高潔で力強い自信であったことに気づき、アレクセイは誤解を抱いていたと感じました。
ドミートリイの最近の印象について尋ねられたアレクセイは、彼が二度とカテリーナに会う気がないということを伝えました。
カテリーナは、ドミートリイが分別を失ってそのような発言をしたのであれば、まだ自分に彼を救う余地があるだろうと思い、三千ルーブルを使い込んでしまったことに関しても、恥じないで欲しいのだと語りました。
アリョーシャは、今しがたの暴力沙汰と、兄がグルーシェニカを追っていったことについてカテリーナに語りました。
カテリーナとグルーシェニカの争い
カテリーナは、グルーシェニカのことを善良で高潔な人物だと語り、彼女がドミートリイと決して結婚しないだろうと断言しながら隣の部屋に向かって呼びかけました。そこにいたのはグルーシェニカでした。グルーシェニカは、しなやかな体つきの、栗色の髪と美しくあどけない表情を持つ二十二歳の女性でした。彼女のことを知るためにカテリーナが会いたいと言ったところ、グルーシェニカの方から会いに来て、二人は初対面を果たしていたのでした。
カテリーナによると、グルーシェニカは五年ほど前にすべてを捧げてしまった将校がいました。その将校は他の人と結婚してしまいましたが、最近その妻に先立たれ、グルーシェニカに手紙をよこしたようでした。
グルーシェニカはその将校に捨てられた時に、商人で百姓の町長サムソーノフに出会い、庇護を受けるようになりましたが、いまだにその将校だけを愛し続けているようでした。
アレクセイが来る前に、グルーシェニカは、その将校が自分にプロポーズしていることをドミートリイに打ち明けると約束したようで、カテリーナはその返答に満足し、彼女に惜しみない愛情を示していました。
しかしグルーシェニカは、無邪気な表情を浮かべたまま、自分はそのような約束をしたかもしれないけれども、ふいにまたドミートリイを好きになって、再び誘惑を始めるかもしれないと言い始めました。そしてカテリーナが自分にしたように手をとってキスをしようとしながら、ふいにそれをやめ、自分からはキスをしなかったことをよく覚えておいてほしいと言いました。
カテリーナは怒り狂い、グルーシェニカを家から追い出そうとしました。するとグルーシェニカは、カテリーナが金のためにドミートリイを訪れたことを知っていると言って彼女を侮辱し、笑いながら去っていきました。カテリーナは自制がきかないほどに泣きじゃくりながら、自分達の過去をグルーシェニカに話したドミートリイを卑劣感だと罵り、また翌日きて欲しいとアレクセイに頼みました。
アレクセイは、帰り際にホフラコワ家からカテリーナに預けられた自分宛の手紙を受け取ると、泣きたいような気持ちで外へと出て行きました。
去って行くドミートリイ
修道院までの道を歩き始めたアレクセイ待ち構えていたドミートリイが姿を現し、カテリーナの家でどのようになったかを聞かせてほしいと言いました。
アレクセイは、カテリーナのところにグルーシェニカがいたことを伝え、自分とカテリーナとのいきさつをグルーシェニカに話した兄を非難しました。
ドミートリイは、自分のことを卑劣男だと暗い声で語りました。彼はこれから自分は破滅へと向かう卑劣なことをするであろうと言って、二度と会わないだろうとアレクセイに別れを告げ、去っていきました。
修道院に帰り、静かな僧庵に入ったアレクセイは、なぜゾシマ長老が自分を混乱と闇の俗世間へ送り出したのだろうかと考えました。
庵室には、見習い僧のポルフィーリイと、パイーシイ神父がいました。
容態がますます悪くなっているゾシマ長老は、恒例になっていた修道僧たちの懺悔にすら来れませんでしたが、アレクセイのことを心配し、彼の居場所は俗世間にあるからこそ祝福を授けたのだと語ったようでした。
アレクセイは、父やホフラコワ家、カテリーナとの約束を反故にしてでも、翌日は死に瀕しているゾシマ長老に付き添うことを決心しました。彼は眠っている長老の隣の部屋に入り、カテリーナから渡された手紙を開けました。それはリーザからのもので、彼女がモスクワにいた頃からずっと自分はのことを慕っていたことが記された恋文でした。
この手紙を読んだアレクセイは、それまでの心の動揺が消え去り、幸せそうに笑いながら、自分の周囲にいる不幸な人々に道を示してくれるように神に祈ると、安らかな眠りにつきました。