フョードル・ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(第四部)の詳しいあらすじ

 エピローグを除くと最終部となる『カラマーゾフの兄弟』の第四部は、ドミートリイが連行されてから二ヶ月が経った後、主に公判の前日からの話となります。まずは終盤にかけて重要な役割を果たす少年コーリャが登場し、仲違いをしていたイリューシャの病床に現れます。ドミートリイの逮捕を受けたイワンは、スメルジャコフのところへ通い詰め、事件の真相へと迫ります。アレクセイ、グルーシェニカ、カテリーナら、その他の主要登場人物もまた、それぞれの思惑を抱えながらドミートリイの裁判を迎え、証言を行います。そして大詰めでは、検事イッポリートと弁護士フェチュコーウィチの凄まじい舌戦が繰り広げられ、全体として非常に読み応えのある箇所となっています。
 このページでは、『カラマーゾフの兄弟』第四部のあらすじを紹介します。

※ネタバレです。目次を開いてもネタバレします。

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第一部  第二部  第三部  エピローグ

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第十編 少年たち

コーリャの生い立ち

 ドミートリイが食糧や酒を買い込んだプロトニコフの店の近くに、官吏の未亡人クラソートキナの家がありました。三十歳過ぎの、器量のよい、明るく正直な性格で、十四年前の十八歳の時に夫に先立たれてから、十四歳になる中学生の息子のコーリャとともに自分の財産で暮らしていました。
 彼女は、コーリャにすべてを捧げて生きており、一緒に勉強し、彼が馬鹿にされないよう、教師やその妻と親交を結びました。
 コーリャは、悪戯好きであったものの、勇敢で、抜け目なく、節度のある、頭の良い少年に育ちました。
 クラーソトキナ夫人は、コーリャの言いなりのようになりながらも、彼が愛してくれないのではないかという思いに耐えられず、その冷淡さを責めるようになりました。コーリャは母親を愛していたものの、生き過ぎた愛情が苦手で、やがて向こう水な悪戯を行うようになりました。

 その夏、七月の休暇に、七十キロほど離れた親戚のところへ母子は出かけました。コーリャはそこで仲良くなった無鉄砲な少年たちから見くびられていると感じ、二ルーブルを賭けてレールの間にうつ伏せになり、汽車が頭上を通り過ぎる間身動きせずに寝ていてみせると宣言しました。他の少年たちは、コーリャの宣言を信じようとはしませんでした。
 コーリャは夕方から出かけ、他の少年の見ている前で、通り過ぎる列車の下に身を横たえました。

 息子の手柄話を聞いた時、クラソートキナはヒステリーの発作を起こし、コーリャに二度と同じようなことはしないと誓わせ、親子で泣き合いました。この話は中学にも伝わりましたが、クラソートキナ夫人が自分に想いを寄せる独身教師のダルダネーロフに頼み込み、揉み消してもらいました。
 コーリャは無口で謙虚な少年になり、母親を不安にさせました。その不安はダルダネーロフに期待を抱かせました。ダルダネーロフの母親に対する気持ちを軽蔑していたコーリャは、鉄道の事件以来、その軽蔑を表に出すことをやめました。

 コーリャは、イリューシャがペンナイフで腿を突き刺した少年でした。

アレクセイとコーリャの出会い

 フョードル殺害から二ヶ月ほどが経ったある十一月の寒い朝、コーリャは一人で家に残っていました。
 コーリャとクラソートキナ未亡人の家の、土間を隔てて独立した貸し家には、行方知れずになった医者の妻で、二人の子供を抱えるドクトル夫人が住んでいました。前日の夜中、ドクトル夫人の召使いのカテリーナが、思いがけず、朝までに子供を産むことになると告げました。
 慌てたドクトル夫人は、町の産婆が設けた施設にカテリーナを連れて行き、さらに親友のクラソートキナ夫人に助けを求めました。
 コーリャは、ドクトル夫人の幼い男の子のコースチャと、八歳になる女の子のナースチャのお守りを命じられ、家に残っていました。二人の子供は、コーリャのことを崇めていました。
 コーリャは、ある重大な用件を抱えながら、子供たちを預けられる女中のアガーフィヤの帰りを待っていました。そしてアガーフィヤが帰ってくると、二人の面倒を見るように言いつけて、出かけました。

 家を出たコーリャは、二つ歳下の少年スムーロフを呼び出しました。スムーロフは、コーリャのことを崇拝しており、イリューシャがコーリャをペンナイフで刺したときに、石を投げつけた少年でした。それより前からスムーロフたちは、アレクセイの導きにより、容態の悪くなったイリューシャと仲直りをし、彼のところへ通うことにしていました。スネギリョフは、イリューシャと少年たちが仲直りしたことをとても喜んでいるようでした。
 コーリャは、この日初めて、それまで訪れることのなかったイリューシャのところへ向かうことを決めていました。スムーロフは、コーリャがイリューシャのところへ向かおうと決めたのは、何か訳があるに違いないと考えました。
 コーリャは、農民たちをからかいながら町を歩き、スネギリョフの家の近くまでやってくると、家の中にいるアレクセイを呼び出すよう、スムーロフに命じました。

 コーリャは、少年たちから聞かされていたアレクセイに関心がないふりをしながらも、以前から知り合いになりたいと思っており、もし紹介されれば、他の子供と同じような扱いをされないようにしなければならないと考えていました。二週間ほど前にも、イリューシャとの仲を取り持とうとアレクセイが訪れようとした時は、コーリャはいつ自分がイリューシャを訪れるべきか承知していると言って、断ったことがありました。

 修道院を出て、髪を短く刈り込んだアレクセイが現れ、イリューシャの容態は酷く悪いことを伝えました。

 コーリャは、アレクセイにこれまでのことを話しました。

 その年の春、中学の予備クラスに入ったイリューシャがすぐに皆にいじめられ始めたため、コーリャは彼のことをかばってやりました。
 するとイリューシャは、コーリャのことを崇拝するようになりました。コーリャは、その行き過ぎた愛情を嫌い、むらのない性格を鍛えてやるつもりで、冷淡に応じるようになりました。
 やがてイリューシャは思い悩んでいる様子を見せ始めました。それが自分が冷淡にふるまったためだけではないことに気づいたコーリャは、彼を問い詰めました。するとイリューシャは、親しくなったスメルジャコフと一緒にピンをパンの中に詰めて、むく犬のジューチカにやるという悪戯を行ったことを告白しました。
 コーリャは、イリューシャを鍛えるため、すぐに許してやるつもりでひどく怒ったふりをして、絶交を言い渡しました。
 するとイリューシャが、ピンを入れたパンを犬たちにばらまくと言い出したため、コーリャは彼のことを許すことをやめました。そのような時にスネギリョフとドミートリイの暴力事件が起き、イリューシャは他の子供たちから虐められるようになりました。癇癪を起こしやすくなったイリューシャは、皆と喧嘩を始め、遠巻きに見ていたコーリャの太ももをペンナイフで刺しました。
 そのうちにイリューシャは病気になり、それがジューチカを酷い目にあわせた報いだと思い込むようになりました。

 これらの話を聞いたアレクセイは、コーリャがジューチカを見つけてくれるだろうと他の子供たちが期待していたことを伝えました。
 コーリャは、アレクセイが自分を対等な人間として扱ってくれることに満足を覚えました。

 スネギリョフの家には、スムーロフを含む大勢の少年たちがつめかけていました。部屋の隅にある聖像のわきにある自分のベッドから一週間ほど離れることができなくなっていたイリューシャは、アレクセイのさりげない手引きによって、ほとんどの少年たちと仲直りをしていましたが、コーリャだけが未だに来てくれないことを気にかけていました。
 スネギリョフは、カテリーナからの二百ルーブルを、アレクセイの思惑通り受け取っていたことで、金には困らなくなっていましたが、イリューシャの衰弱を心配し、恐怖で半狂乱になり、ベッドに寝かしつけた後、声を殺しながらむせび泣く日々を送っていました。彼は息子のために他の子犬を注文していました。しかしイリューシャは喜んだふりをしながら、いっそうジューチカのことで心を痛めるようになりました。
 カテリーナは、イリューシャの病気について聞くと、自ら訪ねて行き、ヘルツェンシトゥーベを診察に呼びました。モスクワで名医とされているある博士もまた、他の予定で訪れてきたついでに、イリューシャを診察する予定でした。

イリューシャと仲直りをするコーリャ

 コーリャが訪れてくると、イリューシャは青ざめました。コーリャは、痩せ衰えたイリューシャに衝撃を受けながら片手を差し伸べ、泣き出しそうなのを抑えることができませんでした。

 コーリャはペレズヴォンと名付けた一匹の犬を連れてきたと言いました。イリューシャは、ジューチカでない犬などいらないと答えましたが、実はその犬は、ピン入りのパンを吐き出して生きながらえ、コーリャが探し出して芸を教え込んでいたジューチカでした。このことでイリューシャは非常に喜びました。彼の驚きは容態に悪影響を与えるものでしたが、そのことに気づいたのはアレクセイだけでした。
 コーリャは、すぐにジューチカを探し出して芸を教え込んでいた経緯を話し、さらにモロゾフの家にあった大砲の玩具をイリューシャに与えました。彼の行為は、アレクセイを除く皆から称賛されました。イリューシャは、コーリャと仲直りできたことを喜びました。

 得意になりながら話をして皆の感心を買っていたコーリャは、アレクセイが常に生真面目な顔をしていたので、段々と気がかりになってきました。
 そしてトロイの創始者が誰かという話題になると、その答えを知りながら、自分が信じるのは数学と自然科学だけで、歴史やラテン語は無意味だと豪語し、アレクセイと議論になりかけました。

 そこへカテリーナが呼んだモスクワの医者がやってきたため、スネギリョフの家族以外の友人たちは、部屋を出ていきました。

 イリューシャの部屋を出たコーリャは、自分が大人に見られたがっていることをアレクセイが気づいているのではないかと懸念しながら、自分が社会主義者であると主張し始めました。そしてキリスト教の信仰は、下層階級を奴隷状態にとどめておくために、金持ちや上流階級にだけ奉仕してきたのだと批判しながらも、アレクセイが修道院に入っていたことも自分の尊敬する妨げにはならないと言いました。
 アレクセイは、たった十三歳のコーリャが話していることが自分の言葉ではないように感じ、誰がそのようなことを吹き込み、彼の考えを歪めてしまったのかと嘆きました。
 コーリャは、自分の利己的な自負心とわがままのためにイリューシャを早く訪れなかったことや、虚栄心から教養をひけらかそうとしていることをアレクセイに軽蔑されているように感じていたことを告白しました。アレクセイは、自分が滑稽に見えていないかを気にすることは当たり前のことだが、そのために人々は不幸になっているのであり、それを自覚することのできているコーリャは、他の大多数の人と同じようになってはいけないと忠告を与えました。そしてこの素晴らしい天性を持つコーリャがこの先の人生で不幸になることを予見し、全体としての人生を祝福するようにという助言を与えました。
 コーリャは、アレクセイの言葉に感動し、自分たちが友人になれたことを喜びました。

 医者が小屋から出てきて、追いすがるスネギリョフに、イリューシャを救う手立てはもはやないことを伝えました。
 コーリャはイリューシャのもとへ行きました。自分が死ぬことを理解していたイリューシャは、コーリャとスネギリョフの二人を一緒に抱きかかえ、泣きながら自分のことを忘れないでほしいと頼みました。
 コーリャは、イリューシャの元を離れると、玄関で泣きだしました。スネギリョフは部屋から出ると、自分の声がイリューシャに聞こえないように堪えながら泣きだしました。コーリャは、イリューシャのために再び戻ってくることをアレクセイに約束し、家へと帰りました

第十一編 兄イワン

モスクワから戻ったイワン

 フョードル殺害以前に町を出て行ったイワンのモスクワでの住所を、アレクセイは知らず、カテリーナにモスクワにいる姉アガーフィアと叔母に当てて電報を打ってもらい、ようやく父の死の知らせを届けることができました。そのため、イワンは上京して四日目になってようやく父の死を知り、葬儀には間に合いませんでした。

 街に戻ったイワンはアレクセイ、ドミートリイ、スメルジャコフに会いに行きました。

 アレクセイは、ドミートリイのことを信じきっていて、スメルジャコフが犯人だと言い切りました。

 ドミートリイは、興奮に囚われ、父親の金は自分のだという不利な主張を行い、イワンに対して非常に敵対的な態度を取りました。

 市立病院に入っていたスメルジャコフは、ひどく衰弱しながらも、冷静な態度でイワンを迎えました。ヘルツェンシトゥーベとワルヴィンスキーによると、彼は生命の危険は脱したものの、癲癇は疑う余地もなく、理性が乱れたままになることもあり得るようでした。
 イワンは、癲癇が前もって予測できないにも関わらず、スメルジャコフが事件の前に穴蔵で発作を起こすことを予言していたことや、事件を予測して、自分をその前にチェルマーシニャへやろうとしていたことを責めました。
 スメルジャコフは、以前穴蔵で発作を起こしたことのあるという恐怖心からその晩も癲癇の発作を起こしたのであり、その恐怖から災難を予感し、イワンを逃がそうとしたのだと言いました。そして癲癇のふりをするのが得意だと言っていたことに関しても、もし自分に殺すつもりがあったのなら、そのような自分に不利になる証言を行うはずがないだろうと弁明を行いました。
 スメルジャコフは発作の予感があったことをすでに供述していました。しかし彼は、ドミートリイがフョードルを殺した証拠が揃っている以上、誰もが彼のことを犯人だと信じて疑わないだろうと言いました。
 イワンは、スメルジャコフとの討論を諦め、仮病が得意だということは言わないでおくと何故か口走り、その場を去りました。そしてその後の数日で、事件の詳細を知るにつれ、ドミートリイの有罪をすっかりと信じ、彼に対する嫌悪を募らせるようになりました。

 その後イワンは、カテリーナへの激しい情熱に再び囚われるようになり、スメルジャコフのことを一時忘れていました。しかし、それから二週間も経つと、事件の前に自分が父親の部屋で何が起きているのか聞き耳を立てたことや、モスクワに行く途中でひどく気が滅入ったことを思い出し、自分がなぜそのような心理状態になったのだろうと考えるようになりました。その後イワンは、事件の前に、自分が父の死を期待しているように見えたかと、アレクセイに聞きました。アレクセイは、そのことも考えたと正直に言いました。
 イワンは、ありがとうと言うと、それ以来アレクセイのことを露骨に避けるようになりました。

 二度目にイワンが訪ねた時、スメルジャコフは退院し、マリヤ・コンドラーチエヴナの婚約者という形で、彼女が母親と新しく住み始めた小屋と玄関の土間で仕切られた家に住み始めていました。すっかり病気が治ったように見えたスメルジャコフは、イワンに対して敵意を露骨に表し、傲慢な態度を取りました。
 イワンは憤りに駆られながら、スメルジャコフに犯人なのかと詰め寄りました。

 スメルジャコフはそれをきっぱりと否定し、フョードルがグルーシェニカと結婚せずに死ねば、兄弟の一人ひとりに四万ルーブルずつの遺産が入ること、イワンが父親から命じられたチェルマーシニャ行きを断っていたにもかかわらず、自分の同じ提案をあっさりと受け入れたことなどを挙げ、イワンが誰かにフョードルを殺してもらうことを期待していたのではないかと指摘しました。
 イワンは、スメルジャコフの罪をあばきだしてみせることを宣言し、彼の元を離れました。

 しかしイワンは、スメルジャコフとの会話を思い出すにつれ、事件の前に自分が確かに父親の死を願っていたのに違いないという考えに思い至りました。彼はスメルジャコフを殺さなければならないと考えながら、狂人のようになってカテリーナのところへ向かい、それまでのスメルジャコフとの会話を逐一伝えました。カテリーナがどれほど説得しても、イワンは気を鎮めることができず、スメルジャコフが犯人だとすると、その犯行をたきつけたのは自分だと主張しました。
 するとカテリーナは、自分がグルーシェニカに侮辱されたあと、ドミートリイからもらった手紙を出して見せました。
 それはドミートリイがアレクセイに別れを告げたあと、飲み屋で酔いにまかせて書き殴ったもので、イワンが出かけたあとに父親を殺して枕の下にある金を奪い、三千ルーブルを必ず返すという誓いが書かれていました。
 イワンはこの文書を読み、殺したのはスメルジャコフでなくドミートリイであると確信し、自分が父親の死の原因ではなかったことに安心しました。

 その後ひと月が過ぎ、イワンはスメルジャコフが重い病気になり、頭がおかしくなっていると聞きました。また彼自身も体の変調を感じ始め、カテリーナがドミートリイを激しく愛するようになると、狂乱に陥りました。
 しかし、イワンはドミートリイを憎んでいたにもかかわらず、公判の十日程前に彼を訪れ、父親の遺産の三万ルーブルを費やして、脱走の計画を話しました。それは自分もドミートリイと同じような人殺しなのだという考えを抱いていたためでした。

グルーシェニカを訪ねるアレクセイ

 公判の前日、アレクセイは、寄ってほしいと頼まれていたグルーシェニカの家へと向かいました。
 ドミートリイの逮捕後、モロゾワの家に戻ったグルーシェニカは、その三日ほど後から意識不明になるほどの重い病気に倒れ、その後五週間近く病んでいました。彼女は、めっきりやつれていましたが、以前の快活さを失わず、幸せで揺らぐことのない決意を感じさせ、アレクセイには魅力的に映りました。
 カルガーノフに捨てられたマクシーモフは、その後グルーシェニカのそばを離れず、そのまま家に居着いてしまい、病気で弱りながらも、グルーシェニカの良き話し相手となりました。
 彼女は、アレクセイの他には、ほとんど誰とも会おうとはせず、彼にだけは心の内を打ち明けました。しばしばドミートリイに差し入れをするために刑務所に通っていましたが、貧乏暮らしをするようになって借金を申し入れてきたムッシャローウィチとヴルブレフスキーに少しづつ金を貸してやっており、そのことで嫉妬したドミートリイとの争いが絶えないようでした。カテリーナに嫉妬していたグルーシェニカは、自分もドミートリイの嫉妬を煽ろうとして、病気になったムッシャローウィチにさらに世話を焼こうとしていました。

 カテリーナは、アレクセイとイワンと三人で三千ルーブルを出しあい、ドミートリイのために学識のある弁護士を立ててやりました。また彼女は一人で二千ルーブルを出して、モスクワの医者を呼び、ドミートリイが犯行当時、錯乱状態にあったという結論に導こうと画策していました。
 グルーシェニカとアレクセイは、翌日の裁判について語り合いました。

 近頃のドミートリイは、あのモークロエで見た夢の「童」のためにシベリアへ行くと言いながら泣き始めたようで、グルーシェニカは、そのような錯乱状態にある彼を心配していました。
 彼女はスメルジャコフが犯人に違いないと考えていましたが、彼は犯行当時病気で寝ており、いまだに病状が回復しないようでした。
 グルーシェニカは、イワンが内緒で訪ねに来ることを、口を滑らせてアレクセイに伝えました。イワンはアレクセイに内緒で、ドミートリイを何度か訪ねているようでした。
 ドミートリイが自分のことを捨てるのではないかと考えていたグルーシェニカは、ドミートリイとイワンの間にある何らかの秘密を探ってきてほしいとアレクセイに頼みました。
 アレクセイは、取り乱すグルーシェニカに、ドミートリイの秘密を知ることができたら、それを伝えることを約束して、彼女の家を後にしました。

ホフラコワ夫人を訪ねるアレクセイ

 次にアレクセイは、家に来てほしいというリーザの言葉に従い、ホフラコワ夫人の家に行きました。彼は数日前に、リーザから結婚の約束を取り消されていました。
 アレクセイがやって来ると、ホフラコワ夫人は、自分のところへ寄ってほしいと小間使いを通して頼みました。
 ホフラコワ夫人は足を悪くしており、寝椅子に横たわったままアレクセイを迎えました。
 アレクセイがグルーシェニカのところから来たことを伝えると、ホフラコワ夫人は、皆を破滅させた彼女が今さら聖女になったところで、何の得になるのだろうと非難し、自身も裁判で証人の一人として証言するつもりだと宣言しました。
 ホフラコワ夫人は、ドミートリイと自分に関係があったという突飛な内容の記事が多く出ていることに頭を混乱させており、その記事を書いたと思われるラキーチンとの顛末を語り始めました。

 ラキーチンは、ひと月ほど前から足しげくやって来ていたようでした。ホフラコワ夫人は、自分に恋をしている様子を見せ始めた彼に、ある日手を握りしめられたとたん、足が悪くなりました。やがてラキーチンは、ペルホーチンの来訪に眉を顰めるようになり、争いを引き起こしそうになりました。ペルホーチンに惹かれていたホフラコワ夫人は、いつも汚らしい格好でやってくるラキーチンの来訪を断るようになりました。それ以来、自分に関係した根も歯もない記事が出回るようになったため、これはラキーチンの仕業に違いないと彼女は考えるようになったのでした。

 さらにホフラコワ夫人は、最近裁判で使われるようになった心神喪失にドミートリイを仕立てあげ、彼を無実にしようとしている動きがあり、カテリーナがそのためにモスクワから医者を呼んだということをアレクセイに伝えました。

 さらにアレクセイは、イワンがリーズを訪ねるようになったことも知りました。イワンは以前、カテリーナが家にいることを知ってホフラコワ夫人を訪れ、その後、再びリーズを訪れました。その後、リーズは毎日のように泣き、ヒステリーの発作を起こし、イワンを家にあげないでほしいと叫んだようでした。その後もリーズの支離滅裂な行動は収まらなかったため、ホフラコワ夫人は、彼女との結婚を取り止めたアレクセイに全てを聞き出してもらおうと考えたのでした。
 そこへペルホーチンがやってきたため、アレクセイは、ホフラコワ夫人の元を辞し、リーズのところに向かいました。

リーズと会うアレクセイ

 自分からアレクセイとの結婚を断ったリーズは、三日前と比べてもやつれて見えました。アレクセイは、そのような彼女に対しても、一生付き添うことを約束しており、それはリーズをさらに苦しめました。自分の中にある残酷な側面に苦悩していた彼女は、悪魔が部屋の至る所にいて、自分を捕まえようとするので、そのたびに十字を切って退散させるという夢の内容を語りました。アレクセイは、自分も同じ同じ夢をよく見ると言って、それは嘘ではないことを誓うと、リーズは心を打たれ、自分のところへもっと頻繁に来てほしいと祈るように言いました。そして取り乱しながら、自分を救ってほしいとアレクセイに頼み、より強い愛を求め、自分のために泣いてくれるかと聞きました。アレクセイは、彼女のことを愛しているとむきになって答えました。
 しかし、ドミートリイのところへ行くようにと、無理やり戸口から押し出された時、アレクセイの手にはイワンに向けた手紙が握らされていました。フョードル殺害の事件後からイワンに恋をするようになっていたリーズは、アレクセイが遠ざかって行くと、自分の指をドアに挟んで押しつぶし、「恥知らず」と何度も呟きました。

ドミートリイを訪れるアレクセイ

 夕闇の迫る頃、アレクセイは刑務所に着きました。
 そこで彼は刑務所長と親しくつきあっており、時間に遅れてもドミートリイと面会することを許されていました。アレクセイは、今回の事件のことで論文を書き、文壇に打って出るつもりのラキーチンとすれ違いながら、ドミートリイに会いました。

 ドミートリイは、ラキーチンが財産目当てでホフラコワ夫人に取り入り、結婚しようと目論みながら、ペルホーチンの出現によってお払い箱にされたことをアレクセイに語りました。
 翌日に公判を控えているにも関わらず、くだらない話ばかりしているドミートリイに、アレクセイは呆れました。

 するとドミートリイは、アレクセイに接吻し、この二ヶ月の間に、自分の中に新しい人間が蘇ったことを感じ取ったのだと語りました。それは、人はみな全ての人に対して罪があり、自分はたとえ殺しをしていなくとも、その皆の代わりに罪を受けに行かなくてはならないのだという感覚でした。その感覚とともに、ドミートリイは生存して認識したいという熱烈な欲求をいだくようになり、自分が存在するということを自分自身に語ることができるなら、どのような苦しみにも耐え抜くことができるだろうと考えるようになったようでした。
 そして彼は、自分が刑に服し、鎖に繋がれて自由がなくなり、深い悲しみを感じている時に、神の力によって喜びの中で復活するだろうと考えるようになりました。

 涙を流しながらこの演説をしながら、ドミートリイは、神はいないというラキーチンとの議論により、神がいなければ人間はどのように善人になり、隣人を愛することができるのだろうかという問題に苦しみました。

 彼はグルーシェニカのことを思って苦しみ、かつてカテリーナに四千五百ルーブルの金を渡して最敬礼したことを、彼女に法廷で話さないでほしいと頼むよう、アレクセイにことづけました。
 アレクセイは、イワンが自分に内緒で、グルーシェニカとともに脱走してアメリカへ行くことをドミートリイに勧め、そのための資金と手筈を整えていることを知りました。フョードルを殺したのが自分であるとイワンが信じていることを悲しんでいたドミートリイは、自分が殺したと思うかとアレクセイに聞きました。アレクセイは、ドミートリイが殺したなどと一瞬たりとも信じたことはないと答えました。
 するとドミートリイは幸福な表情をうかべながらアレクセイに礼を言い、イワンを愛してやってくれと言いました。
 ドミートリイの心の中にある絶望を覗き見たような気がしたアリョーシャは、激しく心を痛め、涙を流しながら外に出て、イワンの元へ向かいました。

イワンを訪れるアレクセイ

 アレクセイは、イワンの家に行く道の途中にあるカテリーナの家に寄りました。
 そこにはイワンが訪れていて、帰ろうとしているところでした。アレクセイは、以前ドミートリイが四千五百ルーブルを渡したことを、法廷で話さないでほしいと頼んでいたことをカテリーナに伝えました。イワンとカテリーナは、ドミートリイが父親を殺したかについて、これまで何度も議論をしていたようでした。
 イワンはすぐに去って行きました。

 カテリーナは、イワンが神経性の熱病に侵されていることをアレクセイに教え、彼の後を追うようにと言いました。
 アレクセイはその言葉に従い、家を出てイワンに追いつきました。

 アレクセイがリーズからの手紙を渡すと、イワンは封も切らずにそれを引き裂きました。
 イワンは、ドミートリイがフョードルを殺したということを証明する自筆の文章をカテリーナが握っていて、彼女が法廷でそれを証言すれば、兄は破滅するのだと言いました。彼は、もしカテリーナとの縁を切れば、彼女は腹いせにドミートリイを破滅させ、まだ気を持たせているうちは、ドミートリイを破滅させるようなことはしないだろうと考えていたために、判決が終わるまでは彼女と縁を切ることを控えているようでした。
 アレクセイは、カテリーナが握っている手紙の内容を信じず、ドミートリイが犯人ではないと主張しました。それでは誰が犯人なのかとイワンは聞きました。
 イワンが自分が犯人であると思い込み、自分を責め続けていることに気づいていたアレクセイは、兄に向けて、犯人は「あなたではない」と繰り返し、そのことを兄に理解されるために、自分は神から遣わされてきたのだと言いました。
 するとイワンは、「あいつが家に来ていた時に、お前も家にいたのだな」と支離滅裂なことを話すと、蒼白な顔をしてアレクセイに掴みかかり、自分は神の遣いなどというものには耐えられないと言って、絶交を言い渡しました。
 アレクセイは、もし何かが起きたら、何よりも先に自分のことを思い出してほしいと、去って行くイワンに叫びました。

イワンとスメルジャコフの最後の対面

 アレクセイと別れ、自分の家に帰ったイワンは、扉を開けるのをやめて町の方向に歩き出し、スメルジャコフの住むマリヤ・コンドラーチエヴナの新しい家に向かうため、頭痛を感じながら雪の中を進みました。
 マリヤ・コンドラーチエヴナは、スメルジャコフの加減が悪く、正気ではない様子であることを伝えました。
 イワンは、カテリーナが来たときのことをスメルジャコフに聞きました。スメルジャコフは顔をそむけてせせら笑い、その時のことを語ろうとしませんでした。

 イワンが詰め寄ると、スメルジャコフはフョードルを殺したことを打ち明けました。彼は、イワンが既にそのことを知っていたと思い込んでおり、その主犯もイワンであると言いました。そして靴下の中から三千ルーブルを取り出すと、それを納めるようにと言いました。
 スメルジャコフは、イワンの「すべては許される」という言葉に従ってフョードルを殺したのだと言い、反抗当時のことを語り始めました。

 スメルジャコフは、イワンがチェルマーシニャへ旅立ったことを、自分に父親を殺すようにそそのかしているのだと解釈し、もし自分がフョードルを殺せば、その遺産でイワンからの面倒を見てもらえると思っていました。フョードルが部屋の隅の聖像画の後ろに三千ルーブルを隠してあることを彼は知っていましたが、ドミートリイには、金は布団の下にあると嘘をついていました。

 イワンが発ったあと、スメルジャコフは仮病を使って穴蔵に落ち、衝立の陰に寝かされると、ドミートリイが屋敷に来てフョードルを殺すのを待ちました。しかしドミートリイは、フョードルを殺さずに立ち去り、庭にはグリゴーリイが意識を失って倒れていました。その途端、スメルジャコフは自分で決着をつけることを決意し、フョードルの部屋に入り、グルーシェニカが窓の外の茂みに来ていると言いました。そしてフョードルがグルーシェニカの姿を見ようと窓から身を乗り出したところに、テーブルの上にあった鋳物の文鎮を脳天に打ち落として殺しました。フョードルが死んだことを確かめると、聖像画の後ろにある金を抜きとり、中身を確かめようとした人の犯行に見せかけるために、その場に封筒だけを捨て、金を庭にある林檎の木の洞に入れておきました。そして部屋に戻ると再び癲癇の発作のふりをして呻き、マルファを起こしました。
 その翌朝、彼は病院に運ばれる前に激しい本物の発作を起こしました。

 イワンは、なぜスメルジャコフが来る前に、グリゴーリイが部屋のドアが開いているのを見たのだろうと聞きました。スメルジャコフは、それはグリゴーリイの気のせいであると答えました。

 スメルジャコフのことを卑しむべき人間だと悟ったイワンは、自分が殺人をほのめかしたのかもしれないと思いながらも、翌日の法廷でスメルジャコフを連れて出廷し、すべてを裏付けることを宣言しました。
 スメルジャコフは、もしそのような証言をすれば、イワンが病気のために自分に罪を被せようとしているのだと言うつもりでした。彼はイワンのプライドの高さを見抜いており、そのような証言をすれば恥を晒すことになることは明らかなので、法廷には来ないだろうと断言しました。
 スメルジャコフは、イワンの「すべては許される」という言葉に従って、奪った金で外国暮らしをしようかと思ったこともありましたが、今ではその考えも捨てたので、金は必要ないと言って、それをイワンに渡しました。
 イワンはその金を受け取り、明日の法廷でこれを提出するつもりだと言いました。スメルジャコフは、そのような証拠など、だれも信用しないだろうと言いました。
 イワンはスメルジャコフの元を去りました。スメルジャコフは、彼の後ろ姿に、「さようなら」と声をかけました。

 イワンは、明日になれば自分を苦しめていた迷いに終止符を打つことができることに喜びを覚えながら歩き始め、酔っ払って雪の中に倒れていた百姓を助けました。
 しかし、家に帰ると、イワンはなぜかそれまでに感じていた喜びが一瞬のうちに消え去り、疲れ切ってソファに座ると、ソファの前にある自分を苦しめる何かを睨み続けました。

悪魔との対面

 それは、五十歳手前の紳士の幻覚でした。イワンは、以前カテリーナがモスクワから招いた医者から真剣な治療を勧められるほどの譫妄症に罹っていました。彼自身も、その紳士が自分の病気によって現れた幻覚で、自分の思想や感情のうちの醜い愚かなものの化身であることに気づいていましたが、その幻覚を相手にせずにはいられませんでした。
 その紳士は、カテリーナのことを聞くためにスメルジャコフのところへ行ったのに、何一つ聞き出せないまま帰ってきたことをイワンに思い出させました。

 その紳士は自分のことを悪魔だと言い、地上に降りてきた理由を語り始めました。それはある偉い貴婦人の催した外交官の夜会へ行くためでした。しかし地上に降りる直前の上空がとてつもない寒さであったために、右半身が痺れる風邪をひき、あらゆる医者にかかっても治らず、結局何気なく買った栄養剤が効いて治りました。
 彼はこれを新聞に投稿しようとしたものの、悪魔の投稿を受け付けてくれる編集部はどこにもありませんでした。感謝という美しい感情すら、悪魔という彼の社会的地位のせいで禁じられたのでした。

 地上に降りてきた経緯を語り終えた悪魔は、自分は古からの定めで、「否定する」役目となっていて、人間たちは悪魔の消滅を願いながら、苦悩がなければ退屈を感じるもので、頼み込まれて仕方なく事件が起こるように働いているのだと語りました。

 その紳士が存在していることを信じまいとするイワンは、悪魔が風邪をひくことができるということに腹を立て、その悪魔に神を信じているのかと聞き、しつこく食い下がりました。
 すると悪魔は、自分たちにぴったりのテーマがあると言って、ある来世を否定する一人の男が死んだエピソードを語りました。その男は死後、目の前に来世が現れたために憤慨し、これは自分の信念に反すると言いました。そのために男は裁判にかけられ、闇の中を千兆キロメートル歩かされ、天国へ辿り着いた時に全てが赦されることに決まりました。しかし天国に着いて二秒もしないうちに、その男は千兆キロメートルを二回も千兆倍した距離も歩き通して見せると叫びました。
 このエピソードを聞き終えたイワンは、その話が自分の中学の時に思いついたものだったので、悪魔が自分の想像の中での産物だという証拠を掴んだと、嬉々として話しました。

 すると悪魔は、このようにして人間を誘惑し、信と不信の間を間を行き来させることが自分の目的なのだと語りました。そして自分の作り出した悪魔に対して自分が無力であることを悟って苦しむイワンに、彼がスメルジャコフに対して語った「すべては許される」という言葉の本当の意味を解説して見せました。

 それは、人類が傲慢になる原因となった神や不死の観念を破壊すれば、人間は自分たちが死んでも復活しないことを受け入れ、人生が一瞬に過ぎないなどと嘆くにはあたらないことを悟り、何の報酬もなしに同胞を愛するようになるだろうというイワンの考えに端を発しているものでした。イワンは、この人生が刹那であるという自覚が、愛を育むために必要であるものの、人間がその境地に達するにはおそらく何千年もかかるであろうから、この真理を既に認識している人間は、破壊された神の観念の代わりとなり、この原理に基づいて、自分の好きなように行動することが許されると説いていました。

 自分の思想を見透かされたイワンが悪魔にテーブルのコップを投げつけると、突然、窓枠を強く叩く音が聞こえました。
 悪魔は、アレクセイが来ているので開けた方がいいとイワンを促しました。
 イワンは、ふいに何か手足を縛られた感覚になり、身動きが取れなくなりました。しかしその感覚がなくなると悪魔は姿を消していました。

 イワンは通風孔からアレクセイに声をかけました。アレクセイは、スメルジャコフが首を吊って死んだことを伝えました。

スメルジャコフの自殺

 アレクセイによると、一時間ほど前にマリヤ・コンドラーチエヴナがやってきて、スメルジャコフが自殺したことを伝えたようでした。
 アレクセイは壁の釘にぶら下がったままのスメルジャコフのところへ行きました。そこには「だれにも罪を着せぬため、自己の意思によって生命を断つ」と遺書が残されていました。
 その後アレクセイは、警察署長のところに行って一部始終を話し、イワンのところへ来たのでした。

 イワンは、スメルジャコフが死んだことは、「あいつ」から聞かされていたと言い、その言葉の意味を測りかねているアレクセイに、悪魔が現れるようになったと言いました。
 イワンは、スメルジャコフを告発して兄を救い、人々から賞賛を受けることを自分が期待していること、そしてスメルジャコフの罪を誰も信じないことはわかりきっていながら、行かずにいる勇気もないために行くのだろうということを、自分自身の卑しい部分の全てであるその悪魔に嘲笑されたのだとアレクセイに訴えました。

 アレクセイは、その悪魔など放っておいて忘れてしまうことだと忠告を与えました。

 やがてイワンは取り止めのない話をしながら、だんだんと意識を失っていきました。アレクセイは、兄が良心の呵責のために、彼の信じていなかった神と真実によって心を征服されようとしていることを悟りました。

 アレクセイはイワンとドミートリイのために祈り、神は勝つだろうと考えました。

第十二編 誤審

公判の開始

 翌日、午前十時にドミートリイの裁判が始まりました。
 この事件は多くの人々の関心をひき、傍聴席は満席でした。人々は、カテリーナとグルーシェニカの法廷での対決を待ち侘びており、訪れたほとんどすべての婦人は、ドミートリイの無罪を主張し、男たちは被告に反感を抱いていました。

 有能な弁護士のフェチュコーウィチの到着が、皆を興奮させました。

 検事のイッポリートは、フェチュコーウィチとの対決に恐れ慄いているという噂でしたが、実際には、この事件の重要さに奮い立ち、強い自尊心をますます強めていました。法廷中央には、数々の証拠品が置かれていました。

 裁判長、判事が入廷し、フョードル殺害事件の審理に入る旨が宣言されました。

 弁護人フェチュコーウィチと同時に廷内に入ったドミートリイは、スメルジャコフの死を知り、「畜生は畜生らしい死に方をするもんだ」と言って周囲を驚かせ、陪審員に悪印象をもたらしました。
 次に起訴状が読み上げられました。自己を有罪と認めるかという質問をされたドミートリイは、深酒と放蕩と怠惰と乱暴の罪を認めながらも、父親の死と、奪われた金に関しては無実だと答えました。

証人たちの尋問

 証人たちの尋問が始まりました。始まりの段階から、検事側の材料が、弁護人側の材料よりも圧倒的に多く、被告の有罪を人々は信じており、有能なフェチュコーウィチでもどうすることもできないのではないかと思われました。

 まず初めにグリゴーリイが落ち着いた様子で法廷に立ち、カラマーゾフの家の内情を細かく語りました。
 彼はフョードルに深い敬意を払いながらも、ドミートリイの幼少時代の不幸な境遇や、フョードルの息子に対する虚偽を細かく語りました。ドミートリイに殴られたことに関しては腹を立てていないと明言し、スメルジャコフに対しては才能はあっても愚か者で不信心者であったと評したものの、その正直さは請け合いました。
 またグリゴーリイは、犯行当時、庭へのドアが開いていたこと、グルーシェニカのためにフョードルが準備していた三千ルーブルの存在を知らなかったことを証言しました。
 この証言に対し、フェチュコーウィチは、封筒に関する質問を執拗なまでに聞き、誰一人としてその封筒を見たことのある人はいないという結論を出しました。さらに、その晩、グリゴーリイが純粋なアルコールに漬けた薬酒をコップ一杯も飲んだことを指摘し、庭へ出る戸口が開いていたという証言の信憑性に関して、人々に疑問を投げかけました。
 ドミートリイは、庭への扉が開いていたこと以外、グリゴーリイの話が真実であると断言しました。

 ラキーチンの証言が始まりました。彼はカラマーゾフの一家の関係を細かく知っており、ドミートリイのスネギリョフとの一件も詳しく語りました。しかし三千ルーブルの封筒に関しては、ドミートリイから話を聞いているだけでした。
 農奴制に対応すべき制度を持たないロシアの無秩序とこの事件を結びつけて論文を発表していた彼は、得意になって語り続け、グルーシェニカのことをサムソーノフの妾と表現する失態を犯しました。するとフェチュコーウィチは、ラキーチンがグルーシェニカのところへアリョーシャを連れ行き、その場で二十五ルーブルを受け取ったことを暴露しました。さらにドミートリイが、彼のことを神を信じない出世主義者だと評すると、ラキーチンは面目を完全につぶされました。

 スネギリョフは、泥酔して現れ、死にかけているイリューシャのことを語るうちに泣き出して連れ出され、彼の証言によってドミートリイを糾弾しようとする検事の思惑は外されました。

 トリフォンは、ひと月前にドミートリイがモークロエで豪遊した時に使った金が三千ルーブルで、千五百ルーブルを取り分けておいたことなど嘘であると断言し、実際にその金を計算してみせました。しかし彼もまた、ドミートリイが酔っ払って落とした百ルーブルを百姓から届けられ、それを自分のものにしたことがフェチュコーウィチによって明るみに出され、皆の信用を失いました。

 二人のポーランド人もまた、ドミートリイが自分たちに三千ルーブルを提供しようとしたことを語りましたが、カードでいかさまを行ったことをフェチュコーウィチに暴露され、傍聴席からの失笑を買いました。

 この町の三日ほどの滞在で、驚くほど事件に精通していたフェチュコーウィチは、このようにしてドミートリイに不利な証言をしようとする人々を晒し者にして退廷させていきました。
 それとともに、傍聴席の人々は、彼の自信ありげな態度から、なにか訳があってペテルブルクから出てきたのではないかという想像を抱くようになりました。

 続いて、カテリーナがモスクワから招いた医師と、ヘルツェンシトゥーベ、ワルヴィンスキーが鑑定のために出廷しました。
 ヘルツェンシトゥーベは、ドミートリイの知的能力に異常があると言いながら、少年時代に与えられたくるみのお礼を、青年になってから伝えにきたことを引き合いに出し、彼が感受性の強い心の立派な少年で、不幸な境遇ゆえに自分を見失ったのだと主張しました。

 モスクワの医師も、ドミートリイの精神状態を極度な異常状態にあると主張し、犯行当時心神喪失状態にあったために、もし犯行に及んだのが彼だったとしても、ほとんど我知らずにやってしまったのだろうと断言しました。

 一方、ワルヴィンスキーは、他の二人とは異なり、ドミートリイの精神は事件の時も現在ももまったく正常であると主張しました。

 続いてアレクセイの尋問が始まりました。彼は、ドミートリイが直情的な人間であっても、高潔で誇り高く、寛大な心の持ち主であると主張し、証拠はないものの兄の表情から父を殺したのは彼ではないと考えるに至ったことを語りました。この証言は、ドミートリイの無罪を期待する傍聴席を幻滅させかけました。しかしその時、アレクセイは、事件の日に修道院に帰る途中、ドミートリイが自分の名誉を挽回する手段があると言いながら、胸の上をたたいていたことを不意に思い出し、そこに例の千五百ルーブルが入っていたのではないかと語り始めました。
 ドミートリイは、アレクセイの発言は真実であると語り、これは彼にとって非常な有利な証言になりました。

 カテリーナの入廷は、人々の注目を集め、誰もが彼女の姿を見ようと席から立ち上がりました。
 彼女は、被告の婚約者であったことをはっきりと述べ、ドミートリイに三千ルーブルを渡したことを認めながら、かつて自分をさしだす覚悟でドミートリイの下宿にかけつけ、彼から三千ルーブルよりも多額のお金を借り、最敬礼を受けたことを告白しました。それは自分を裏切った男を救う証言であり、傍聴席のあらゆる人の心を打ち、ドミートリイに有利な、同情的な空気が生まれることになりました。

 続いてグルーシェニカが尋問を受けるために出廷しました。自分に対する軽蔑の感情を感じていた彼女は、ひどくぞんざいな口調で話し始めました。
 グルーシェニカは、フョードルのところに三千ルーブルがあることをスメルジャコフから聞いていたものの行くつもりはなかったこと、ドミートリイの無実を信じているということ、彼がカテリーナによって破滅させられたのだということを語りました。また、ラキーチンが彼女の従兄で、そのことを恥じていたために、町の誰にも知らせていなかったという事実が明らかになり、彼の先ほどの名演説も、農奴制やロシア市民社会の無秩序に対する弾劾も、ここで完全に抹殺されることとなりました。

 イワンは、急病の発作により、予定より遅れて証人として出廷しました。彼は病的な顔つきで現れ、だしぬけに笑いだし、裁判長から加減がよくないのではないかと指摘されました。しかし彼は平静に筋の通った答弁を行いました。しかし、やがて気分が悪いと言って許可も得ずに法廷を出ていこうとしたかと思うと、急に立ち止まって席に戻り、父親の隠していた札束を取り出しました。彼はそれを、犯人のスメルジャコフから預かったものであり、犯行をそそのかしたのは自分であると言い始めました。そしてこの話に証人はいないが、この法廷のどこかにいる悪魔だけは証言ができるだろうと言うと、腕を掴んできた廷吏を床に叩きつけ、警備によって取り押さえられる間、きちがいじみたことを叫び続けました。
 するとカテリーナがヒステリーを起こし、自分を捨てるためにドミートリイが書いた、父親を殺して三千ルーブルを手に入れるつもりであるという手紙を裁判長に提出しました。彼女は、一回目の証言まではドミートリイの心変わりを許し、彼を救うつもりでしたが、発狂したイワンを目にして自分の大切な人が彼であったことをようやく理解し、またドミートリイが自分のことをはじめから憎み、軽蔑していることを思い出すにつれ、イワンの名誉と評判を護り、ドミートリイへの復讐心を満たすために、彼を破滅させることを思いついたのでした。
 彼女はグルーシェニカと逃げられるために使われるのをわかっていて、あえてドミートリイに渡すための三千ルーブルを用意したことを打ち明け、自分が父親を殺したのかもしれないという思いに苛まれていたイワンにその手紙を見せたところ、兄が人殺しであるという事実にショックを受けて病気になり、兄を救うために気も狂わんばかりになっていることを語り、それらがすべて、ドミートリイのせいだと言い切りました。
 このカテリーナの証言により、ドミートリイの破滅は決定的なものとなりました。

 泣き崩れながら連れ出されるカテリーナを、グルーシェニカは憎悪に身を震わせながら毒蛇と形容し、ドミートリイのところへ行こうとして取り押さえられました。

イッポリートの論告

 これらの証言のあと、検事イッポリートが、このような国民的な刑事事件によって不幸が証明されたロシア社会を救うために被告を糾弾することを宣言し、論告が始まりました。

 始めに、この事件を明るみに出すため、関わった人々の性格についての描写が始められました。

 フョードルは、ドミートリイの財産をごまかし、その金で息子から恋人を奪おうとしたものの、彼も大多数の父親の一人であり、他の父親の多くは、彼ほど冷笑的に自分の考えを表明しないだけにすぎないのだと評価されました。

 イワンは、教養と才能を兼ね備えた現代青年の一人であるが、父親と同じように何者をも信じず、人生における多くのものを否定していると指摘されました。イッポリートは、イワンの『どんなことでも許される』という言葉を信じてスメルジャコフが発狂したのだろうと考えており、またフョードルに兄弟の中でもっとも似ているのがイワンであるというスメルジャコフの供述を紹介しました。

 アレクセイは、兄とは異なる謙虚で敬虔な心の持ち主で、民衆に密着することを求めてはいるが、冷笑的になることや堕落することを恐れるあまり、無意識に臆病な絶望が心の中に現れているように思われると評されました。

 そして被告のドミートリイは、時として高潔な理想に燃えることがあるにも関わらず、同時に飲酒や放蕩に身を落とし、暴力事件を起こすこともある、善と悪の混合物であると評されました。彼は親に見放されて育ち、青年になると国境の街で派手に遊び、父親との長い争いの末に六千ルーブルで手を打たれました。しかしやがてグルーシェニカに惑わされ、カテリーナを裏切るための金を本人から受け取り、その金を着服し、それをグルーシェニカとたったの二日で散財してしまいました。
 そのようなドミートリイの放埒で奔放な気質を形成するためには、堕落した低劣さと、気高い高潔さが、ともに同じくらい必要であり、その存在自体が母なるロシアと同じくらい広大なカラマーゾフ的天性なのだと論じられ、さらにこのような人間が、千五百ルーブルをお守り袋に入れて持ち歩けるはずがないと主張されました。

 また犯行の原因は、自分が相続するはずだった金を、グルーシェニカを手に入れるために使おうとしている父親への憎悪と嫉妬であると推察され、ドミートリイはまったく正常な知的能力を備えており、はじめから彼には父親を殺すという考えが芽生えていたのだろうと推察されました。彼は父親を殺すことをなんとか忌避しようと、方々を走り回ったものの、金を手に入れることはできず、またスメルジャコフが癲癇を起こし、グリゴーリイが寝ているというのは、父親を殺す絶好の機会でした。スメルジャコフに教わったノックの合図を行い、窓から顔を出す父親を殺さずに立ち去ったなどとは、到底信じられることではありませんでした。
 そのような推察がある上に、カテリーナが持っていた手紙を読んだ時、イッポリートは計画的にドミートリイが父親を殺したのだという結論に至りました。

 さらにスメルジャコフは、フョードルの放埒な生活や、イワンの哲学談義によって混乱した知能薄弱の男で、癲癇の発作に怯えており、ドミートリイに脅されて主人を裏切った自責の念に囚われて、カラマーゾフ家に不吉なことが起きるだろうと考えるに至ったのだろうと推察されました。自分を身を守ってくれることを期待していたイワンがいなくなった途端に癲癇の発作を起こして倒れたのも不思議ではなく、仮病ということは考えられませんでした。もしも彼がフョードルを殺したのであれば、普段なら起き出してくるであろうグリゴーリイが倒されたことを見越して殺人を犯したことになり、そのようなことは考えづらいと論じられました。床に封筒が落ちていたことに関しても、その中身を知っていたスメルジャコフなら、封筒ごとそれを持っていくはずであると推察されました。スメルジャコフが犯人だというドミートリイの発言のため、二人が共犯であるという可能性も排除されなくてはなりませんでした。また、「誰にも罪を着せぬため、自己の意志によってすすんで生命を断つ」と書かれた遺書には、決して自分が犯人であると明言はされておらず、イワンが三千ルーブルを持っていながら、それをすぐに届け出なかったことも、その金が盗まれたものであるという事実を歪め、イワンが自ら用意したものと推察されました。

 それらの事実により、ドミートリイは憎悪のあまり窓から顔を出す父親を銅の杵で殺し、枕の下にあった封筒を取り出して金を取り出すと、それを投げ捨て、追いかけてくるグリゴーリイを塀の上から殴りつけながら、唯一の目撃者である彼の生死を確かめるためにその場に飛び降り、帰り血に気づかないままグルーシェニカの居場所を突き止めようと走ったたのだと、結論づけられました。

 イッポリートは、さらに、犯行後のドミートリイの行動と心理についての推察を行いました。
 その推察によると、父親を殺した後のドミートリイは、それまで考えもしなかったグルーシェニカの過去の男の出現を知り、自分が犯罪者であるという自覚と、急に彼女の心を尊重する気持ちに打ちのめされ、自殺を考え始めました。そしてペルホーチンにピストルを借り、グルーシェニカのところで最後の酒宴を開くことを決意し、モークロエに向かったのでした。しかし、モークロエについて間もなく、ドミートリイはムッシャローウィチが自分のライバルにあたらないことをすぐに悟り、グルーシェニカを手に入れられるのではないかという考えが、彼の自殺の意思や、逮捕の恐怖や、良心の呵責を消しました。そして三千ルーブルのうちの半分を、宿屋のどこかに隠しておき、警察署長たちが踏み込んできた時、千五百ルーブルをお守り袋に入れておいたと嘘をついたものの、それ以上の申し開きの言葉を用意する時間がなく、父親の死に関しては無罪で、グリゴーリイの血に関しては有罪であると認める供述をしたものだと推測されました。

 イッポリートは、このような明白な事実によって証明されている被告の有罪を無罪にして、ロシアにはびこる憎しみを蓄えたりしてはならないと結論づけました。これらの論告は、傍聴席の人々を感心させました。

 ドミートリイは、その間両手を握りしめ、歯を食いしばり、目を伏せて座っていました。

フェチュコーウィチの弁論

 フェチュコーウィチが壇に登りました。被告が無実であると予感させる事件の弁護しかしないという彼は、弁護の依頼を引き受け、現地へ来ると、被告の無罪を確信するに至ったという言葉で弁護を始めました。
 まずはじめに、フェチュコーウィチは、ドミートリイがグリゴーリイを殴った後、その様子を見に飛び降り、まる五分もその場にいたことや、ハンカチでその血を拭き取ったこと、凶器の杵をその場に放り出したことをあげ、イッポリートの作り上げたドミートリイの冷酷な人間像を人々から取り除くことを試みました。

 またフェチュコーウィチは、盗まれた三千ルーブルが本当に存在していたことを知っていたものは誰一人としておらず、死んだスメルジャコフただ一人が寝床の下にあるということを指摘していたに過ぎないことに言及しました。床に落ちていた封筒に三千ルーブルが入っていたということも誰も知らず、また犯行当時その封筒があったと言われるフョードルの寝床は乱れても血がついてもおらず、殺されたフョードル自身がその封筒を破り裂いた可能性の言及がされました。被告がモークロエのどこかに隠したと推察された千五百ルーブルが見つかっていないことや、その金をお守り袋に入れておけるはずはないという決めつけも、判決を下すには不十分でした。
 さらにフェチュコーウィチは、カテリーナが復讐のためにドミートリイに不利な証言をしたに違いないと考え、事件の一ヶ月前、彼女が差し出した三千ルーブルは、被告に恥辱と不名誉を考えさせるようなものではなく、受け取りやすい形で差し出されたのではないかという推察を披露しました。

 ドミートリイは、父親からもらう予定になっている三千ルーブルを当てにしてその金を預かったものの、一向に父は金を払わず、さらにその金をグルーシェニカに使いかねないことがわかりました。彼はカテリーナに金を返さなければならないという思いと、グルーシェニカのために金を取っておかなければならないという思いに煩悶し、父親を皆の見ている前で殴り倒しました。しかし、彼には名誉を重んじる精神があり、カテリーナに返すべき金の半分をいつも持っていたというのが嘘であるという証拠もなく、カテリーナに宛てた手紙に書いたとおりに殺人が実行されたかを、証明することもできていませんでした。

 また被告が殺しを行なったかを審議するのは、もっと慎重でなければならないとフェチュコーウィチは主張しました。ドミートリイはたしかに父親を殺すことを宣言していたものの、そのような殺人をふれ回り、犯行を示唆する手紙を書き、犯行間近でも飲み屋に出入りしていた事実は、心理学の面からこれから犯罪を犯す人間の行うことではありませんでした。

 容疑者にはドミートリイの他に、イワンやアリョーシャが犯人であると主張するスメルジャコフがいました。フェチュコーウィチは、スメルジャコフが病弱であったものの、多くのことを見抜くことのできる能力を持ち、自分の出生を憎悪し、育ての親であるグリゴーリイ夫妻に感謝をせず、ロシアを呪い、フランスに帰化することを夢見ていた悪意と猜疑心と嫉妬心と復讐心に燃える男であるという印象を受けました。
 スメルジャコフの癲癇の発作は、しばしば覚めるものであり、その癲癇の発作の合間に殺人を行った可能性も示唆されました。もしも彼がまどろみながらでもフョードルから一部始終を聞いたとすれば、それはドミートリイに罪を被せることのできる絶好の機会でもありました。マルファが一晩中スメルジャコフの呻き声を聞いていたという証言や、部屋のドアが開いていたというグリゴーリイの証言も不確かでした。

 以上のことから、フェチュコーウィチは、ドミートリイが父親の家に忍び込んだものの、グルーシェニカがいないことを確認して逃げ去り、殴り倒したグリゴーリイに対しても、憐れみと同情の心から塀の上から飛び降りて様子を見たのであり、本当の犯人は金に目が眩んだスメルジャコフであろうと結論づけました。

 またフェチュコーウィチは、被告を疑う人々は、この事件が父親殺しという異常性を持っているために、先入観を抱いているのだと指摘しました。しかしフョードルは、世の中の父親像には当てはまらない人物で、グルーシェニカを金の力で奪い取ろうと試み、ドミートリイと金銭上の争いを起こし、挙げ句の果てには、牢に入れようと画策しました。フェチュコーウィチは、このような父親としての資格のないフョードルを父親と呼ぶのをやめ、理性的にこの事件を判断しなければならないのだと訴えました。
 そしてドミートリイを愛と慈悲を持って無罪にすることで、彼の野蛮ではあるが高潔な心に真の更生が訪れるであろうと語り、そのような人間の救済を目的とした判断をくだすことが、ロシアの前進へとつながるのだと主張し、弁論を終えました。

 この弁論は場内のあちらこちらに熱狂的な拍手を起こしました。

 するとイッポリートが再度立ち上がり、スメルジャコフが殺したというフェチュコーウィチの推察の物語を、叙事詩であると批判し、無罪を勝ち取るための歪曲された形であると言い切りました。
 この誇張された発言は、裁判長からたしなめられ、フェチュコーウィチからは再び反駁されました。

 その後ドミートリイは発言を許され、父の血に関しては無罪だと主張しましたが、ひどく疲れており、検事と弁護士に礼を述べ、寛大な処置を願うと倒れ込むように席に座りました。

 陪審員たちが協議のために退席する間、被告は無罪であると皆が噂しました。

 しかし、一時間後に協議を終えた陪審員たちが入廷すると、陪審員長は有罪を宣言し、何の情状酌量もありませんでした。
 傍聴席の男たちは喜び、婦人たちは叫び声を上げました。

 ドミートリイは、再び父の血に関しては無実だと叫び、カテリーナを赦し、グルーシェニカに慈悲をかけるよう頼むと、法廷に響く声で泣き出しました。

 弁論の始まらないうちに法廷に入れてもらっていたグルーシェニカは、嗚咽をもらしました。

 人々は、ドミートリイに恨みを持つ百姓たちが意地を張り、彼を滅ぼしたのだと噂しました。