ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の登場人物、あらすじ、感想

 『カラマーゾフの兄弟』は、1879年から1880年にかけて発表された、フョードル・ドストエフスキー最後にして最大の長編小説です。
 俗物の父親フョードルの元に生まれた、ドミートリイ、イワン、アレクセイという三兄弟、そして私生児スメルジャコフを中心としたカラマーゾフ家に起こる悲劇を通して、神はいるのか、不死は存在するのかといった根源的な問題を投げかける作品です。
 文学史にとっての黄金期と言われる19世紀ロシアの大文豪として、今なお高い人気を誇るドストエフスキーは、農奴による父親の惨殺、社会主義運動による逮捕と死刑寸前での恩赦、癲癇の発作、不倫相手との愛憎、賭博による大損といった様々な経験を自分の作品の中に多く残した作家です。特に五年にわたる獄中生活では、恐ろしい罪を犯しながら、同時に高潔、勇気、寛大、愛に溢れる多くの人々に出会い、この相反する悪徳と美質の両方を持ちうる人間の神秘を、自身の作品の登場人物の中に繰り返し投影させています。またドストエフスキー自身も、傲慢で喧嘩好きで、他人に対する劣等感や嫉妬に苛まれながらも、感傷的で慈悲心に富んだ性格であったと言われています。
 『カラマーゾフの兄弟』は、そのような波瀾万丈の人生を歩んだドストエフスキーの集大成とも言える作品で、人間の持つ複雑で重厚な精神が、さまざまな登場人物の中に描き分けられています。また、推理小説や恋愛小説としての側面も持ち合わせ、エンターテイメント性も非常に高い作品となっています。
 五十九歳で『カラマーゾフの兄弟』を書き上げた後、ドストエフスキーはわずか数ヶ月でこの世を去りました。二十五歳の時に『貧しき人々』で華々しいデビューを飾った後、文壇から見放された時期もあったものの、三十五年にわたる作家活動の中で、『罪と罰』、『悪霊』、『未成年』、『白痴』といった数多くの素晴らしい作品を発表し続けていたドストエフスキーは、『カラマーゾフの兄弟』の頃には既に当代最大の作家と見做されていたようで、ペテルブルクで行われた葬儀の際には、かつてないほど多くの人々が嘆き悲しんだと言われています。
 ドストエフスキーの死後も、この作品はアルバート・アインシュタイン(科学者)、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン(哲学者)、マルティン・ハイデッカー(哲学者)、フランツ・カフカ(作家)、アルベール・カミュ(作家)、ジェイムズ・ジョイス(作家)など、多くの著名人に影響を与えたとされ、イギリスの文豪サマセット・モームによる『世界の十大小説』にも選出されています。発表から百年以上が経った現代においても、数々のメディアで文学史上最高の傑作の一つと称され、しばしばリバイバル・ブームが起こる作品となっています。
 このページでは、そんな『カラマーゾフの兄弟』の登場人物、あらすじ、管理人の感想を紹介します。ネタバレ内容を含みます。

『カラマーゾフの兄弟』の主な登場人物

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フョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフ
金儲けにしか能のない、常識のない、女にだらしのない俗物。五十五歳。
最初の妻アデライーダとの間に長男ドミートリイを、二人目の妻ソフィヤとの間にイワンとアレクセイをもうけるが、二人の妻を共に不幸に追いやり、三人の子供の面倒を見ず、その世話をグリゴーリイに任せきりにする。また、町の宿なし子リザヴェータが自分の家の庭で産み落としたスメルジャコフの父親と言われている。
ドミートリイ、イワン、アレクセイを養育者に引き取らせると、ロシア南部とオデッサで数年を過ごし、金を貯めるための才覚を身につける。町に戻ると、いくつかの飲み屋を経営して成り上がり、高利貸しとしても儲け、商売上の関係で組むようになったグルーシェニカに惚れ込むようになる。
成年になったドミートリイと金銭関係の諍いを起こし、またグルーシェニカをめぐっても争いを繰り広げる。

ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ
二十八歳。愛称はミーチャ。フョードルと最初の妻アデライーダの子。四歳の頃、パリからやってきた母親の従兄にあたるピョートル・ミウーソフに一時引き取られ、その後養育者を転々と変えながら大人になり、軍務につきながら散財と放蕩を繰り返す。成年になってから父親のいる町に帰り、自分の財産の取り分のほとんどを使い込んでいたフョードルと係争を繰り広げるようになる。
財政問題で窮地に陥ったカテリーナを救い婚約するも、その後グルーシェニカに惚れ込むようになり、さらにフョードルへの不満を募らせている。

イワン・フョードロウィチ・カラマーゾフ
二十四歳。フョードルと二番目の妻ソフィヤ・イワーノヴナの子。ドミートリイの異母弟。母親の死後、グリゴーリイに養育され、その後、母親の養母の筆頭相続人であったポレノフに預けられて大人になる。
幼い頃から人並外れて成績優秀で、家庭教師や記事の売り込みで自分の生活費を稼ぎながら大学に通い、父親の手を借りることなく勉強する。やがて書いた記事が人目を惹くようになり、広範な人々に名を知られるようになる。
ドミートリイがカテリーナから結婚の申し込みを受けた際、代理で返答するためにモスクワに送られ、彼女に恋をするようになる。

アレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ
二十歳。フョードルの三男。二番目の妻ソフィヤ・イワーノヴナの子。愛称はアリョーシャ。ドミートリイとイワンの弟。イワンと同様、母親の死後、グリゴーリイに養育され、その後、母親の養母の筆頭相続人であったポレノフに預けられて大人になる。誰に対しても非難や軽蔑の色を表さずに接したため、人々から好かれる。四歳で失った母の墓を探すために父親のいる町に戻り、その町の修道院のゾシマ長老に心酔するようになり、僧服を着て修道院での暮らしを始める。

スメルジャコフ
二十四歳。町の神がかり行者と呼ばれる宿なし子のリザヴェータ・スメルジャーシチャヤがフョードルの家の庭で産み落とした子供。父親はフョードルであるという噂がある。お産の直後に母親が死んだため、グリゴーリイとマルファによって引き取られる。
傲慢で、あらゆる人間を軽蔑する寡黙な男。感謝の念を知らずに育ち、少年時代には猫を縛り首にし、葬式をするのが好きだった。癲癇の持病を抱えている。
フォークに刺した食べ物を光にかざしてから食べるという異常に潔癖な性格の持ち主であり、その仕草を見たフョードルによって、モスクワにコックとしての修行に出される。
イワンを崇拝している。

カテリーナ・イワーノヴナ(カテリーナ・ヴェルホフツェワ)
金持ちの貴族で、気位の高い無類の美人。父親の中佐はドミートリイの以前の上官にあたる。母親の違う姉アガーフィヤがいる。父親が経費乱用の疑いをかけられて辞職し、利子付きで貸し付けていた公金の引き継ぎができなくなって自殺を図ると、自分の身を差し出す覚悟でドミートリイに融資を頼み、五千ルーブルの無記名債権を受けとる。その後ドミートリイに結婚を申し込み、婚約を果たす。ドミートリイが惚れ込むようになったグルーシェニカとは敵対関係となる。

グルーシェニカ(アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ・スヴェトロワ)
二十二歳の栗色の髪を持つ美しくあどけない表情の女。しなやかな曲線美を持つふくよかな女性。
聖職者の家の出であると言われている孤児。十七歳の頃あるポーランド人の将校を愛したものの、その将校に捨てられ、商人サムソーノフによって町に連れて来られ、妾として生活している。フョードルと組んで高利で金を貸す手腕に長け、いち早く自分の財産を作り上げたが、自身はつつましい生活を送っている。
フョードルとドミートリイを魅了し、二人の争いの原因となり、またドミートリイの婚約者であるカテリーナとは対立する。

ゾシマ長老
修道院の長老。六十五、六歳。何度も奇蹟を起こしたことがあり、ほとんどの修道僧から聖人であると見なされている。病気により死期が近く、その死後には何かしらの奇蹟が起こるものと思われている。
遠い北国のそれほど名門ではない貴族の家の生まれ。幼名はジノーヴィイ。軍隊に勤務した経験も持つ。八歳ほど上に結核で死んだ兄マルケルがいた。
晩年、町にやってきたアレクセイに目をかけ、修道院で生活する許可を与える。

グリゴーリイ・ワシーリエヴィチ・クトゥゾフ
フョードルの召使で、主人の代わりに幼い頃のドミートリイ、イワン、アリョーシャの面倒を見ていた。
フョードルの第一の妻アデライーダのことは憎んでいたものの、第二の妻ソフィヤには同情を示し、彼女が死んだ後自費で墓を建てる。
妻のマルファのとの間に生まれた六本指の赤ん坊が生後二週間で死に、その赤ん坊を葬ったその日に、家の庭で産み落とされた子供スメルジャコフを神の御子であると考え、マルファとともに育てることを決意する。
その後もスメルジャコフと同じ離れに暮らしながら、フョードルに仕え続けている。

スネギリョフ
もとロシア歩兵二等大尉。四十五、六歳の、小柄で痩せこけた赤茶髪の男。頭のおかしくなった妻と三人の子供を抱え、貧困に苦しんでいる。
グルーシェニカの手元にある手形を使ってドミートリイを刑務所に入れるための訴訟を起こしてほしいという依頼をフョードルから受けたことがきっかけで、ドミートリイに飲み屋から広場まで引きずりだされて暴行を受けていた。

イリューシャ
スネギリョフの息子。九歳。中学に入ってすぐにいじめを受け、そのいじめから救ってくれたコーリャを崇拝するようになる。しかし、新たに親しくなったスメルジャコフとともに、ピンを詰めたパンを尨犬のジューチカにやるという悪戯を行い、このことでコーリャから絶交を言い渡される。そのような時に、父親とドミートリイの暴力事件が起こり、これらが原因で再び他の少年たちと喧嘩を始め、カラマーゾフ家にも敵意を向けるようになっていた。

コーリャ・クラソートキン(ニコライ・イワノフ・クラソートキン)
十三歳。未亡人クラソートキナの一人息子。悪戯好きであるものの、勇敢で抜け目がなく、節度のある頭の良い少年。
いじめを受けていたイリューシャをかばったことで、崇拝を受けていたが、イリューシャがスメルジャコフとともにピンを詰めたパンを尨犬のジューチカにやったために仲違いをし、癇癪を起しやすくなったイリューシャにペンナイフで太ももを刺されていた。

ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ
フョードルの最初の妻アデライーダの従兄。教養が高く、都会的で、パリ暮らしをしていた自由思想家の無神論者。ドミートリイのことを養育していた時期があり、修道院でのドミートリイとフョードルの財産問題をめぐる話し合いに顔を出す。

ホフラコワ夫人
三十三歳の未亡人。ハリコフ県の裕福な地主。小児麻痺で足が不自由になった娘リーザを連れ、ゾシマ長老に会いに来ている。ドミートリイを毛嫌いし、カテリーナとイワンの結婚を望んでいる。

リーズ
十四歳。ホフラコワ夫人の娘。アレクセイとは幼馴染の関係。小児麻痺で足が不自由になり、車いすに乗っていたが、ゾシマ長老に祈りを与えられてからは病態が快方に向かっている。

ラキーチン
アリョーシャの友人の神学生。僧侶の倅でありながら無神論者。嫉妬深く、不正直な人間であるが、それを自覚していない。情報通で、立身出世を狙っている。

イッポリート・キリーロウィチ
三十五、六歳の体格の悪い検事補。自尊心が強く癇癪持ちでありながら、堅実な知性を備えた気立の良い人間。

フェチュコーウィチ
ペテルブルクで活動する弁護士。四十歳前後の痩せた男。被告が無実であると予感させる事件の弁護しかしない。

『カラマーゾフの兄弟』のあらすじ

第一部

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第一編 ある家族の歴史

 ある郡の地主であったフョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフは、欲深く、女にだらしのない俗物でした。彼は生涯に二度にわたる結婚生活を送ったものの、結婚後も放蕩を繰り返し、二人の妻をともに不幸に追い込み、若くして死なせていました。最初の妻との間には長男ドミートリイを、二人目の妻との間には次男イワンと三男アレクセイを授かりましたが、面倒を全く見ることなく、その世話を召使いのグリゴーリイに任せきりにしました。三人の子供たちはグリゴーリイの元で幼少期を過ごしたあと、ドミートリイの場合は母親の従兄にあたるミウーソフという男に、イワンとアレクセイの場合は母親の養母にあたる人物に、父親の放擲ぶりを見かねられ、引き取られていきました。

 二人目の妻が自分の放蕩によるヒステリーで死に、子供たちもいなくなると、フョードルはロシア南部やオデッサに行き、そこでユダヤ人と交流を持ち、金を溜め込むための才覚を身につけました。そして数年ぶりに町へと帰ってくると、いくつかの飲み屋を経営してかなりの額の金を稼ぐようになりました。
 やがて彼はこの町の商人サムソーノフの妾であるグルーシェニカと組んで高利貸しで儲けるようになり、その仕事がきっかけで彼女に惚れ込むようになりました。

 四歳でミウーソフに引き取られた長男ドミートリイは、その後も養育者を転々と変えて大人になりました。彼は中学を終えずに軍隊に入りましたが、自分には金が十分にあるのだと信じきっており、放蕩を繰り返し、多くの借金を抱えました。
 ドミートリイは成年に達すると、財産についての話し合いをするために町へとやって来ましたが、ろくにフョードルから金を引き出せないまま帰ることになりました。フョードルは、ほんの少しのお金を与えておくだけでドミートリイが満足することを見抜き、彼の取り分であった財産を搾取し、ほとんど使い切ってしまいました。
 そのためドミートリイはフョードルに対する不満を募らせ、訴訟を起こそうかと考えるまでになりました。
 国境警備隊の大隊の一員としてある町に務めるようになった時、ドミートリイは大隊長の中佐の娘であるアガーフィヤ・イワーノヴナと友人になりました。アガーフィヤにはカテリーナという妹がおり、貴族女学校を卒業後、姉のところへやってくるという噂が流れていました。
 カテリーナは気位の高い、品行方正な、美しい娘で、その町の上流社会で歓迎されました。しかし見境なく放蕩を繰り返していたドミートリイは、彼女に見向きもしませんでした。その頃ドミートリイは、フョードルに今後は何も要求しないという権利放棄書を送りつけて六千ルーブルを送金されていました。同じ頃、アガーフィヤの父の中佐が経費濫用の疑いをかけられて辞表を出すことになり、少佐に仕事を引き継がなければならなくなるという事件が起きました。しかし中佐は官金をこっそりと人に貸していたため、引き継ぎができず、病気になって自殺を試みました。
 ドミートリイは、カテリーナを自分のところへ送るなら、秘密を守った上で四千ルーブルを差し上げても良いとアガーフィヤに言いました。アガーフィヤはひどく怒ってその場を去って行きましたが、その話を知ったカテリーナは、父親の破滅を免れるため、自分の身を捧げるつもりでやって来て、四千五百ルーブルの融資を申し出ました。
 ドミートリイは、自分次第で彼女をどのようにでもできるという考えに囚われそうになりながら、五千ルーブルの無記名債権を手渡し、最敬礼をして彼女を送り出しました。
 やがて中佐は息を引き取り、アガーフィヤとカテリーナはモスクワのある裕福な夫人に引き取られました。カテリーナは、ドミートリイに借りた金を全て返すと、その三日後に手紙で愛を告白し、結婚を申し込み、二人は婚約することになりました。
 その後ドミートリイは、フョードルの代理人をしているスネギリョフ二等大尉がグルーシェニカに自分名義の手形を渡していたので、彼女のことを殴ろうと思って出かけて行きました。しかし彼はグルーシェニカを知ると、そのまま彼女に惚れ込んでしまい、アガーフィヤに渡してほしいとカテリーナから託された三千ルーブルも、グルーシェニカとの遊興費に当ててしまいました。
 そしてドミートリイは、そのグルーシェニカを巡り、フョードルとはさらに対立を深めるようになりました。フョードルは、グルーシェニカが持っている手形を利用してドミートリイを刑務所に入れようと画策しました。これを知ったドミートリイは、代理人であったスネギリョフ二等大尉を飲み屋から引きずり出し、暴力事件を起こしました。

 母の養母にあたる人物に引き取られたイワンとアレクセイは、その養母の死後は、母親の養母の筆頭相続人であるポレノフに引き取られました。
 イワンは幼い頃から優秀で、ポレノフの死後、十三歳の頃にはモスクワの全寮制学校に入りました。その後は大学に入り、家庭教師や記事の売り込みで生活費を稼ぎながら勉強しました。父親のことは軽蔑していたため、金銭のことについて何一つ相談をしませんでした。
 やがて彼の書いた論文は一躍脚光を浴びることとなり、イワンはさまざまな階級の人々に名前を知られることとなりました。そしてフョードルの子供であるということが町中に知れ渡った頃、イワンは、父を相手に訴訟を考えていたドミートリイの頼みによって突然帰郷しました。

 ドミートリイとイワンの弟アレクセイは、四歳で母親と死別した後、イワンと共にポレノフに引き取られました。ポレノフの死後は、ほかの養育者に引き取られ、二年を県立中学で過ごしました。彼は誰に対しても非難や軽蔑の色を表さずに接したため、人々から好かれました。そして卒業まであと一年というところで、四歳で死別した母の墓を探すためにフョードルのいる町へと帰りました。
 町に戻ったアレクセイは、修道院の聖人と見なされているゾシマ長老と出会いました。ゾシマ長老は、ロシア全土から告解のために人々が訪れる、聖人と見なされている人物で、病気のために死期が近づいており、その死後には何らかの奇蹟が起こるであろうと噂されていました。アレクセイは修道僧ではなかったものの、長老の快活な人柄に心酔し、許可を得て修道院で生活するようになりました。

 フョードルの家には、老僕のグリゴーリイとその妻のマルファの他に、スメルジャコフという男がコックとして住んでいました。
 スメルジャコフは、リザヴェータという宿なしの白痴の娘が、フョードルの家の庭で産み落とした子でした。産後すぐにリザヴェータが死んだため、グリゴーリイとマルファが親代わりとなり、フョードルがスメルジャコフという苗字を与えました。父親はフョードルであるという噂でしたが、当人はそれを否定していました。スメルジャコフは、寡黙で、異常なほどに潔癖で、周囲のことを軽蔑し、時に動物を殺して楽しむようなことが見受けられるようになりました。また彼には癲癇の持病がありました。フョードルは、彼をモスクワに修行に出した後、コックとして使うようになりました。

 このようにして、ドミートリイ、イワン、アレクセイは、父フョードルとスメルジャコフの住む町へと戻ったのでした。その頃ドミートリイは二十八歳、イワンは二十四歳、アレクセイは二十歳でした。財産をめぐるフョードルとドミートリイの争いは引き返すことのできないところまできており、フョードルは、ゾシマ会長のところで、家族を集めて話し合いをしようと提案しました。

第二編 場違いな会合

 八月の末、町の修道院に、フョードル、イワンと、一時ドミートリイのことを養育していたミウーソフが集まり、アレクセイを引き連れたゾシマ長老との対面を果たしました。
 フョードルは、自分のことを道化だと紹介し、ゾシマ長老に対しても敬意の欠けた態度を取りました。これはそれまでこの庵室を訪れる人たちの態度とはまるで異なっており、一同の驚きを引き起こしました。

 ゾシマ長老は、自分のために修道院に集まっている人たちに祝福を与えるために席を中座しました。長老に会うために集まっていた人々の中には、遠方の町から訪れてきていた身分の高い未亡人ホフラコワ夫人と、その娘のリーズがいました。リーズは、アレクセイとは幼い頃に親しんだ仲で、カテリーナとも知り合いでした。彼女は小児麻痺のために半年ほど歩くことができませんでしたが、以前ゾシマ長老が祈りを上げてから快方に向かっていました。
 ゾシマ長老に付いていたアレクセイは、リーズと再会しました。リーズは、アレクセイのことをからかいながら、カテリーナから預かっていた手紙を渡し、彼女がアレクセイに会う必要があることを伝えました。

 ゾシマ長老が中座している間、僧庵では国家と教会の関係性についての議論が行われていました。イワンは、教会は国家として機能するべきなのだと主張しました。そのようにすれば犯罪者は破門されるため、「法には背いたが教会には背いていない」などと考えて反省をしなくなることもなくなり、本当の人間再生が可能になるというのです。またイワンは、人間が神の全能により死後再び肉体を有するようになるというキリスト教の教義について、人間が愛を持ち得ているのはこの信仰のためであるため、もしもこの信仰がなくなれば、人間から善がなくなり、すべては許されるようになるだろうと主張しました。
 ゾシマ長老は、犯罪者を破門するというイワンの主張に反対しながら、彼が信仰だけでなく、自分の書いた論文すらも信じることができず、混沌とした考えに絶望していることを見抜きました。そこへ遅刻していたドミートリイがやってきました。
 フョードルとドミートリイは、お互いに自分の正当性と相手の卑劣さを語り、ゾシマ長老に、この問題についての解決を求めました。さらにフョードルがカテリーナの侮辱を始めると、ドミートリイは激怒し、グルーシェニカと共謀して自分を刑務所に入れようとしたフョードルの卑劣さを訴えました。
 二人の諍いはあわや決闘というところまで発展しそうになりました。するとゾシマ長老は立ち上がり、ドミートリイに向けて跪拝を行い、すべてを赦すようにと忠告しました。ドミートリイは、両手で顔を覆って部屋を飛び出して行きました。
 ドミートリイに続いてフョードルも部屋を出て行くと、寝室に寝かされたゾシマ長老は、アレクセイに祝福を与え、この修道院から出て行き、二人の兄に付き添うようにと言いつけました。

 一方フョードルは、これまでの騒ぎのためにその後の修道院長が催した食事会に参加することを辞退していました。しかし僧庵を出て馬車に乗り込もうとしたところでふと足を止めて、どうせ名誉挽回ができないのなら、いっそ恥知らずと言われることをしてやろうと考え、修道院長の食事会に姿を現し、修道院批判を始めました。そしてゾシマ長老のところからやってきたアレクセイに、今すぐ修道院を出てくるようにと命じると、イワンとともに馬車に乗り込み、去って行きました。

第三編 好色な男たち

 父がしでかしたことを聞き出したアレクセイは、自分に用事があるという手紙をよこしたカテリーナのところへ向かおうとしてフョードルの家の前を通りがかり、隣の家から父親のことを見張っているドミートリイに呼び止められました。
 ドミートリイは、カテリーナと婚約し、グルーシェニカに惚れ込むまでの経緯をアレクセイに向けて語りました。彼はグルーシェニカの赦しがあれば、すぐにでも結婚したいと思っており、そのために三千ルーブルを返した上でカテリーナと別れなければならないと考えていました。彼は三千ルーブルをフョードルが持っていて、それをグルーシェニカに渡そうとしていることを知っており、そのためにこの場所でグルーシェニカが来ないかどうかを見張っているのでした。
 ドミートリイは、フョードルと交渉して三千ルーブルを捻出させ、受け取った三千ルーブルをカテリーナに返しに行き、二度と会わないと伝えてほしいとアレクセイに頼みました。

 ドミートリイからの頼みを聞いたアレクセイはフョードルの家に入りました。部屋にはフョードルの他にイワン、グリゴーリイ、スメルジャコフが控えていました。この日は普段寡黙だったスメルジャコフが大いに喋り出し、信仰を捨てたものが、もはやキリスト教徒ではないにも関わらず、キリスト教において罰に当たるということの矛盾点を指摘していました。この発言は、彼の育ての親であり、敬虔なキリスト教徒であったグリゴーリイをひどく怒らせました。
 スメルジャコフらが下がったあと、アレクセイは、フョードルやイワンと神があるのか、不死は存在するかという議論を行いました。やがてフョードルは、イワンとアレクセイの母親のことについて語り始めました。するとアレクセイはその母親が度々起こしていたのとそっくりな発作を起こし、涙を流しながらヒステリックに全身を震わせ始めました。

 アレクセイの発作をフョードルが落ち着かせると、グルーシェニカが家の方へ歩いているのを見たと勘違いしたドミートリイが殴り込んできました。彼はイワンやグリゴーリイの制止を振り切ってグルーシェニカを探し始め、家に来ていないことを確かめると、フョードルのことを床に投げ飛ばして顔を蹴りつけ、これで死ななければまた殺しに来ると言って去って行きました。
 アレクセイは、極度のショック状態にあったフョードルを介抱し、カテリーナに会いに行くことをイワンに伝えて家を出ました。

 アレクセイは、三週間前に兄に紹介されたばかりのカテリーナの家に入り、今しがた目にした暴力沙汰と、兄がグルーシェニカとの結婚を望んでいることを語りました。
 するとカテリーナは、グルーシェニカとドミートリイが結婚することはないと断言し、隣の部屋に呼びかけました。そこにいたのはグルーシェニカでした。カテリーナによると、グルーシェニカには、以前自分のすべてを捧げたポーランドの将校がおり、今も変わらずその将校のことを愛しているようでした。その将校は、グルーシェニカのことを一度捨てて他の女と結婚したものの、その妻に先立たれ、再び手紙をよこしてきたようでした。
 カテリーナは事前にグルーシェニカのことを呼び出し、彼女がその将校にプロポーズされたことをドミートリイに打ち明けるという約束を受け、深い友情を覚えるようになっていたのでした。
 しかし、カテリーナがこの話を語り終えると、グルーシェニカは、無邪気な表情を浮かべたまま、自分はそのような約束をしたかもしれないけれども、ふいにまたドミートリイを好きになって、再び誘惑を始めるかもしれないと言いました。
 この言葉にカテリーナは怒り狂い、グルーシェニカのことを追い出しました。

 アレクセイは、帰り際にホフラコワ夫人からの手紙をカテリーナから渡されました。
 アレクセイが修道院へ帰ろうとすると、待ち構えていたドミートリイが彼の前に姿を現しました。アレクセイは、今しがたのカテリーナとグルーシェニカとの諍いのことを語り、カテリーナが金のために訪れて来たことをグルーシェニカに教えていた兄を非難しました。
 するとドミートリイは、自分のことを卑劣男だと暗い声で語り、二度と会わないだろうとアレクセイに別れを告げ、去って行きました。
 アレクセイは修道院に帰り、ゾシマ長老の容態がますます悪くなっていることを聞き、今後は長老に付き添うことを決心しました。

 カテリーナから渡された手紙を開けると、それはリーズからのもので、彼女がモスクワにいた頃からずっとアレクセイのことを慕っていたことが書かれていました。この手紙を読んだアレクセイは、これまでの心の動揺が消え去り、自分の周囲にいる不幸な人々に道を示してくれるように神に祈ると、安らかな眠りにつきました。

第二部

※第二部のもっと詳しいあらすじはこちら

第四編 病的な興奮

 翌日、死期の迫ったゾシマ長老は、懺悔と聖餐式を望みました。その噂は町中に知れ渡り、人々は長老の死後、何かしらの奇蹟が起こるのではないかと期待しました。ゾシマ長老は、遺言を残す前に死ぬことはないと約束し、昨日約束した人のところへ行くようにとアレクセイに命じました。

 アレクセイは後ろ髪を引かれる気持ちで出かけ、まず昨日の暴力沙汰から横になっていたフョードルを訪ねました。フョードルは、グルーシェニカを巡って争うドミートリイや、カテリーナを手に入れるためにドミートリイとグルーシェニカを結婚させたがっているであろうイワンへの非難の言葉を並べ立てました。アレクセイは、何気なく父の肩に接吻をして別れました。

 フョードルの家を出たアレクセイは、一人の少年を目がけて川向こうから石を投げつけている中学生の集団に出くわし、虐められている少年を庇おうと、彼らの前に立ちはだかりました。少年はアレクセイのことを知っているようでした。やがて中学生たちの投げた石が胸に当たり、少年は逃げ出して行きました。アレクセイはその後を追い、自分のことを知っているのかと尋ねました。すると少年は、アレクセイに飛びかかり、中指に噛みつきました。アレクセイがやり返さず、なぜ自分に敵意を向けているのかを聞くと、その少年は泣き出し、逃げ出して行きました。

 次にアレクセイは、この町にあるホフラコワ夫人の別邸に行きました。家にはカテリーナやイワンも訪れており、深刻な話をしているようでした。アレクセイは、そこでリーズと二人きりになり、結婚を約束しました。
 その後カテリーナとイワンのいる部屋に通されたアレクセイは、カテリーナがイワンを愛しているにも関わらず、そのプライドのために、ドミートリイへの偽りの愛にしがみついているのだということに気づきました。しかしイワンは、これまで苦しめられ続けてきたカテリーナを赦すことはできないと言って、翌日にはモスクワへ発つことを宣言し、永遠の別れを告げて去って行きました。

 イワンを見送ったカテリーナは、一週間前にドミートリイがある飲み屋で、退役の二等大尉スネギリョフに乱暴を働き、その大尉の息子が泣きながら赦しを乞うていたということを語りました。アレクセイは、その二等大尉の息子が、自分に噛みついた少年だということに気づきました。
カテリーナは、そのスネギリョフ二等大尉のところへ行って、何かの口実を見つけて渡して欲しいと、アレクセイに二百ルーブルを託しました。

 アレクセイは、スネギリョフの住んでいる家の扉を叩きました。スネギリョフは、足の悪い、頭のおかしくなった妻と、二人の娘、そしてアレクセイに噛みついた息子イリューシャを養っていましたが、仕事もなく貧乏な生活を強いられていました。
 アレクセイは、ドミートリイの件で訪れて来たのだと語りました。スネギリョフは、アレクセイを外へ連れ出し、ドミートリイに飲み屋から引き摺り出されて暴行を受けたものの、家族を養う身では決闘も、訴えることもできない窮状を訴えました。イリューシャは、このことが原因で学校でいじめられるようになり、カラマーゾフに恨みを抱くようになったようでした。
 アレクセイは、兄に赦しを乞うようにさせるとスネギリョフに誓い、ドミートリイから侮辱を受けた「妹」としてカテリーナが申し出た二百ルーブルの援助を差し出しました。
 スネギリョフは、この申し出を非常に喜んだものの、すぐに二百ルーブルを地面に叩きつけて踏み潰し、自分の名誉を売り叩くことはしないと宣言して立ち去っていきました。

第五編 プロとコントラ

 アレクセイはホフラコワ夫人の家に戻りました。グルーシェニカからの侮辱やイワンとの別れを経験したカテリーナは、衰弱し、熱を出してうわ言を言い始めました。ホフラコワ夫人がカテリーナの面倒を見る間、アレクセイはリーズと二人きりになり、結婚後について語り合い、一生の間ずっと一緒にいることを誓い合いました。
 しかしこの話を扉の前で聞いていたホフラコワ夫人は、アレクセイが病気のリーズに対する同情から慰みを言っているに過ぎないと考え、アレクセイに家に来ることを禁じました。

 ホフラコワ夫人の家を出たアレクセイは、ドミートリイを探さなければならないと考え、昨日兄のいた隣家へ行きました。しかしそこにやってきたのは、その家の家主の娘マリヤ・コンドラーチエヴナとスメルジャコフでした。そこでアレクセイは、イワンがドミートリイを呼び出したことをスメルジャコフから聞いて知り、その飲み屋へと向かい、一人でいたイワンに話しかけられました。

 イワンは、アレクセイと神はあるか、不死は存在するかといった問題について語り合おうと言いました。そして、罪のない子供が虐待されるという例を挙げ、このようなことは決して赦すことはできず、そのような事実がある限り、神の存在を認めても、この神の創った世界を認めることはできないと明言しました。
 アレクセイは、たとえ人間が赦すことのできないとしても、キリストだけは、すべてのものを赦すことができるのだと反論しました。するとイワンは、一年ほど前に創った「大審問官」という叙事詩をアリョーシャに披露し始めました。

 それは宗教改革によって奇蹟を否定し始め、恐ろしい異端審問が行われていた十六世紀のセビリアが舞台でした。十五世紀も前に復活を予言したキリストが、ようやく民衆の前に姿を現そうという気持ちになり、現世に降り立ちました。
 たちまちキリストは正体を気づかれ、数々の奇蹟を起こし始めました。そこへ何人もの異端者たちを処刑していた九十歳にもなる大審問官が訪れ、キリストを捕らえるように命じました。
 大審問官は牢に入ったキリストを訪れました。人々の幸福のために、自分たちが信仰の自由を奪ったと信じている大審問官は、信仰の自由を謳うキリストのやり方を批判し、キリストが以前、すべての権利を教皇に委ねた時点で、その権利を奪い返す資格はないと主張しました。
 さらに大審問官は、かつてマタイ福音書第四章で、悪魔がキリストを試みた三つの問いを思い出させました。

 その問いの一つ目は、石ころをパンに変えて見せよというものでした。キリストは、人はパンのみにて生きるにあらずと言って、その問いを退けました。
 二つ目の問いは、キリストを寺院の頂上に連れて行き、もし神の子なら、下に飛び降りても天使に受け止められるだろうというものでした。しかし奇蹟ではなく、自由な愛による人々の信仰を望んでいたキリストは、この問いも退けました。
 悪魔は三つ目の問いとして、キリストを高い山の上に連れて行き、この世のすべての栄華を見せつけ、「もし自分たちにひれ伏して拝むなら、これらを全て与えよう」と言いました。キリストは「ただ神にのみ仕えよ」と、この問いも退けました。

 大審問官は、これら三つの問いが象徴する奇蹟、神秘、権威の力のみが、弱く卑しく作られた人間たちを永久に征服し、魅了することができるのであると主張しました。そしてそのような弱いものたちにとって重要なのは、心の自由な決定でも愛でもなく、良心に反してでも盲目的に従わなければならないということを教え、彼らの無力を認め、その重荷を軽くしてやり、罪深さを認めてやることであり、それこそが人類を愛することなのだと説き、キリストの望む自由な愛による信仰を批判しました。

 この大審問官の言葉に対し、キリストは無言のまま老人の唇にキスをし、それを返事の全てとしました。大審問官は、絶対に二度と来るなと言ってキリストを外に出すと、そのキスを胸に残したまま、これまで通りの理念に踏みとどまりました。
 この話を聞き終えたアレクセイは、人々の罪を背負い込んだ大審問官と同じような絶望の中にイワンがいることを悟り、彼のことを深く憐れみました。何もかもを話し尽くしたイワンは、アレクセイに感謝し、ゾシマ長老のところへ行くようにと言って別れを告げました。アレクセイは、ドミートリイを探していたことなど忘れたかのように、救いを求めてゾシマ長老のところへ戻りました。

 一方、アレクセイと別れたイワンは、堪えがたい憂鬱に襲われながら、フョードルの家に向かい、家の前に座っていたスメルジャコフに会いました。
 スメルジャコフは、グルーシェニカが来たらすぐに知らせるようにドミートリイから命じられていること、ドミートリイに対する恐怖のため、明日になれば癲癇の発作を起こすであろうこと、グルーシェニカが来た時のノックの合図をフョードルと決めていたものの、ドミートリイに脅されてそれを教えてしまったこと、グリゴーリイが体調を崩し、マルファの作った薬酒で治療することになっていること、今フョードルが死ねば、グルーシェニカに渡すつもりの遺産が兄弟たちに入ることなどを語りました。それらはすべて、その日ドミートリイがフョードルを殺しに来るための好材料となっており、スメルジャコフはそのような条件のうちのいくつかを作り出す片棒を担いでいるようにしか思えませんでした。イワンはスメルジャコフへの憎悪を感じながらフョードルの家の二階へと上がり、不安を感じながら眠りにつきました。

 翌朝イワンは目を覚ますと、フョードルに出発の旨を伝えました。フョードルは、自分の地所であるチェルマーシニャに寄って、そこの森を買うと言っている商人ゴルストキンとの商談を行ってほしいと頼みました。イワンはチェルマーシニャへ行くつもりで出発し、宿場へと着きました。しかしそこでふいにこれまでのこととはすべて縁を切ろうと考え、行き先をモスクワに変更して汽車に乗りました。
 一方イワンを送り出したフョードルがコニャックを舐めていると、スメルジャコフが発作を起こし、穴蔵へと転げ落ちたという知らせが届きました。発作は激しく、呼びにやった医者は翌日また来ると言って帰って行きました。ようやく落ち着いたフョードルは、グルーシェニカが来た時に取り決めておいたノックの合図を待ち続けました。

第六編 ロシアの修道僧

 イワンと別れた後、アレクセイは、ゾシマ長老の庵室に戻りました。ゾシマ長老は、アレクセイがドミートリイに会っていないことを知ると、今から兄のところへ向かえば、恐ろしいことを防ぐことはできるだろうと言いました。
 ゾシマ長老は、十七歳で死んだ兄マルケルの精神がアレクセイにあまりにも似ていたため、彼が自分の人生に回想と洞察を与えるために現れたのだと考えるようになったことを告白し、これまでの自分の人生について語り始めました。

 ゾシマ長老の幼名は、ジノーヴィイといい、マルケルはジノーヴィイの八歳ほど歳上でした。
 マルケルは若い頃から政治犯の家に出入りし、神を信じず、復活祭前の大斎期にも精進しようとしませんでした。しかし大斎期の六週間目になると結核にかかり、助かる見込みはありませんでした。マルケルは死期が近いことを悟ると、神に向かって祈るようになり、それと共に、人間は誰でもすべての人の前に罪があるのだと語り、感動を込めて人生を祝福するようになりました。そして復活祭のあと三週間目に、幸福に浸りながら息を引き取りました。
 その後ジノーヴィイは、ペテルブルクの士官学校に入り、そこで八年近くを費やしました。彼は快活な性格で社交的な人物であったものの、素行が悪く、享楽の世界にのめり込んでいきました。
ある駐屯地にやってきたジノーヴィイは、社交界で美しい令嬢に想いを寄せることになりましたが、享楽的な生活から抜け出る覚悟がつかず、結婚を申し込まないまま二ヶ月の出張に出かけました。戻ってくると、その令嬢は結婚しており、ジノーヴィイは、以前から彼女が相手と婚約していたことを知りました。彼は復讐することを決め、理由をつけて彼女の夫に決闘を申し込みました。
 決闘の前日、ジノーヴィイは、従卒のアファナーシイに腹を立て、血だらけになる程殴りつけました。しかし翌朝目覚めると、このことを後悔し、自分がこれから善良な男の生命を奪おうとしている罪深い人間であることを悟りました。彼はアファナーシイに謝罪し、決闘の場所へと向かうと、相手が銃を撃つのを待ち、その弾が外れると自分の銃を投げ捨て、相手に向かって許しを乞いました。
 ジノーヴィイは修道院に入る決意を表明しました。すると彼は社交界で人気者となり、決闘相手の夫婦からもかえって感謝されるようになりました。
 そのような時、彼の元へ五十歳ほどのひとりの紳士が近づきました。それは、有力な地位にある、養老院や孤児院に秘密裏に多額の寄付をしていた男でした。ジノーヴィイの行動に心を打たれていたその紳士は、決闘の時の心境を聞き、毎晩のように訪ねてくるようになりました。ジノーヴィイは、その紳士が自分に何かを打ち明けたいという気持ちになっていることに気づきました。
 ある日、その紳士は、ほかに想いを寄せる男のいる未亡人に求婚して断られ、刺し殺してしまった過去を告白しました。犯行は誰にも気づかれることなく、容疑は素行の悪い農奴にかけられました。その後その紳士は妻子をもうけ、事前活動によって社交界でも尊敬を勝ち得るようになりましたが、自分の犯した罪に苦しみ、告白したいと考えるようになりました。
 そのような時にジノーヴィイの決闘事件が持ち上がり、彼は罪の告白を決心したのでした。ジノーヴィイは、それを実行するように彼に勧めましたが、紳士はなかなか踏み切ることができず、やがて半狂乱になり、ジノーヴィイに対して憎しみに近い感情を抱くようになりました。それでもジノーヴィイが罪の告白を勧め続けると、紳士は自宅で行われたパーティーで、集まった人々の前でようやく犯行の一部始終を語りました。しかしその犯行を誰も信じることはなく、やがて紳士は精神錯乱の状態になり、町の人々は彼の精神を乱したとして、ジノーヴィイを非難しました。残り幾許かの命になった時、ジノーヴィイは紳士の強い希望によってようやく面会を許されました。紳士は、地上の楽園を心の中に感じることができるようになり、子供たちに接吻もできるようになったと語りました。
 その一週間後、紳士は息を引き取りました。ジノーヴィイは、沈黙をまもり、町を離れ、その五ヶ月後には修道僧としての道に踏み込みました。

 自分の人生についての回想を語り終えたゾシマ長老は、集まった修道僧たちに向け、精進や祈祷を行い、不必要な欲求を捨てる生き方を人々に示すことがロシアの修道僧の役割であり、神の助けを借りながら自己の傲慢を贖罪によって鎮め、謙虚な愛によって民衆との兄弟愛を結び、人の罪を我が身に引き受けることが、真の精神の自由への道なのだと説きました。
 長老はこれらのことを雄弁に語ると不意に苦しみ始め、大地にひれ伏して接吻し、嬉しそうに祈りながら息を引き取りました。

第三部

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第七編 アリョーシャ

 ゾシマ長老逝去の報はたちまちのうちに街中に広まり、奇蹟を期待する多くの市民が修道院に駆けつけました。しかしその日の午後になると、長老の遺体は強烈な腐臭を放ち始め、この知らせは、人々を愛によって惹きつけ続けていた長老に嫉妬心を向けていた反対派を大喜びさせました。
 ゾシマ長老のことを非常に慕っていたアレクセイは、この騒ぎに動揺し、讃えられるべき人が突然貶められたことに侮辱や憤りを感じました。

 僧庵から抜け出したアレクセイに、友人の神学生ラキーチンが声をかけました。以前ラキーチンは、イワンから無能な自由主義者と評されたことがあり、カラマーゾフ家に恨みを持っていました。また彼はグルーシェニカとは親戚で、二十五ルーブルと引き換えにアレクセイを連れてくるよう彼女から頼まれていました。
 ゾシマ長老が貶められたことで、アレクセイの信仰に揺らぎがでているように思ったラキーチンは、彼を堕落させるため、また金のためにグルーシェニカのところへ行こうと誘いました。アレクセイはその誘いに乗り、グルーシェニカの家を訪ねました。

 グルーシェニカは、以前からアレクセイに軽蔑されているのではないかと考えており、彼のことを破滅させようとしていました。しかしゾシマ長老が死んだことを聞くと、アレクセイのことを心から憐れみました。彼女に対して恐れの感情を抱いていたアレクセイは、グルーシェニカが誠実な心で自分を憐れんでくれたことに感謝し、涙を浮かべました。
 グルーシェニカは、若い頃にすべてをささげた将校がもうすぐやってくることを話しました。彼女は、自分がその将校のことを赦しているのかどうかで葛藤していましたが、その将校からの手紙が届くとすぐに出発を決め、アレクセイとラキーチンを帰しました。

 アレクセイは、修道院の庵室に戻り、ガラリアのカナの婚礼に招かれたキリストが水を葡萄酒に変えたヨハネ福音書第二章「カナの婚礼」を、神父パイーシイが朗読するのを聴きながらまどろみ始めました。
 すると夢の中で、その婚礼に招かれたゾシマ長老が近づいてきて、自分たちと同じ格好をしたキリストが、人々の喜びを途切れさせないように水を葡萄酒に変え、我々とともに楽しんでいる様子をアレクセイに指し示しました。
 その言葉を聞いたアレクセイは、不意に心が満たされ、歓喜の涙を流して叫び声を上げながら目を覚ましました。そして棺の中に横たわる長老の遺骸を見つめると外へと降りていき、大地にひれ伏して接吻し、大地を愛することを狂ったように誓い続け、あらゆる人に対して赦しを乞いたいと思いました。そして再び立ち上がった時には、か弱い青年だった自分が、堅固な闘士に変わっていることを感じました。
 その三日後、アレクセイは、長老の助言通り修道院を去り、俗世へと踏み出していきました。

第八編 ミーチャ

 グルーシェニカが以前の恋人のところへ去っていこうとしていることに気づかなかったドミートリイは、もし自分が選ばれたならば、彼女を遠くに連れ去り、善行の生活を送ろうと心に決めていました。そのためにはカテリーナに借りた三千ルーブルを、どうしても返す必要がありました。
 ドミートリイは、死期の迫ったサムソーノフならば、自分とグルーシェニカとの結婚を認めて援助を出すかもしれないと考え、融資を頼みました。しかしサムソーノフは、自分の妾を狙っているドミートリイに憎悪を覚えてその申し出を断り、フョードルと森の取引で話が折り合わないセッターというあだ名の男のところへ行けば、金を融通してくれるかもしれないと提案しました。
 ドミートリイは、その男の知り合いであるイリインスキー神父に当たり、その男がゴルストキンという名で、セッターと呼ばれることを非常に嫌っていることを知りました。そしてようやくイリインスキー神父の知り合いの森番のところに泊まっているゴルストキンを探し当てましたが、泥酔していたため、金を引き出すどころか、自分の話を理解してもらうこともできませんでした。
 サムソーノフに一杯食わされたドミートリイは、ゴルストキンのところで一晩を無駄に過ごし、グルーシェニカの家に向かいました。

 グルーシェニカはその時ちょうど将校からの手紙をもらい、出発しようとするところでした。ドミートリイが現れると、彼女は恐怖を感じながら、これからサムソーノフのところで金勘定をするという嘘をでっち上げて出かけました。ドミートリイはグルーシェニカを送り出すと、飲み屋で知り合った官吏ペルホーチンのところでピストルを担保に金を借りました。そしてスメルジャコフを呼び出そうとしてフョードルの隣の家へ向かい、そこで彼が癲癇を起こしたことを知りました。
 次にドミートリイは、自分を毛嫌いし、カテリーナとイワンの結婚を望んでいるホフラコワ夫人ならば、カテリーナを捨てるための三千ルーブルをくれるかもしれないと考えました。しかし融資を頼まれたホフラコワ夫人は、ドミートリイに金鉱へ行き、そこで稼ぐようにと勧めるだけで、金の用意をすることはありませんでした。
 埒が開かないことを悟ったドミートリイは、泣きながら外へと飛び出しました。

 広場に出たドミートリイは、サムソーノフの女中に出会い、グルーシェニカが、自分が迎えに行くはずだったサムソーノフの家から帰っていったことを知りました。彼は怒り狂いながらグルーシェニカの家へと走り、女中のフェーニャに行方を聞きました。フェーニャがしらを切りとおすと、ドミートリイはとっさに机の上にあった銅の臼を手に取って飛び出してフョードルの家へと駆けつけ、塀を乗り越えて父親の寝室を覗き込みました。フョードルは一人きりでその寝室にいましたが、ドミートリイはグルーシェニカが来ているかどうかの判別がつかず、窓枠にスメルジャコフに聞いた合図のノックをしました。するとフョードルは、窓を開けて顔を突き出し、グルーシェニカに呼びかけました。ドミートリイは、フョードルの家にグルーシェニカがいないことを確認しましたが、窓から顔を出す父の横顔を見て憎悪を感じ、ポケットから銅の杵を掴み出しました。
 しかし彼はフョードルを殺すことなくその場を立ち去りました。
 同じ時、目を覚ましたグリゴーリイは庭に降りていき、逃げていくドミートリイを見つけ、その後を追いました。ドミートリイは石塀の上に登り、その上から銅の杵をグリゴーリイの脳天に振り下ろしました。グリゴーリイはその場に倒れ、ドミートリイは飛び降りてハンカチを押し当てたものの、その生死を確かめることができないまま立ち去りました。
 ドミートリイは血まみれになりながら再びグルーシェニカの家に行き、ようやく彼女がモークロエの将校のところへ行ったことをフェーニャから聞き出すと、血まみれのままペルホーチンの家に入りました。その時彼は大金の札束をわしづかみにしており、その金でピストルを受け取りたいと言いました。そして町一番の食料品店で、シャンパンや食料を買い集め、馬車に積み込ませると、グルーシェニカがその恋人と向かったモークロエへと馬車を走らせました。

 ドミートリイを見送ったペルホーチンは、店に行ってゲームを始め、ドミートリイが大金を掴んでいたと相手に語りました。するとゲームの相手は、ドミートリイが父親を殺すと公言していたことを語り始めたため、ペルホーチンは、フョードルの家に行き、何事も起きていないかを確かめようという気になりました。しかし自分が夜中にみっともない騒ぎを起こそうとしていることに気づくと、彼はフョードルの家に行くのを思いとどまり、グルーシェニカが借りた屋敷へと向かいました。

 モークロエに着いたドミートリイは、宿に行き、その主人のトリフォンに、グルーシェニカがポーランド人将校と一緒に来たことを確認しました。グルーシェニカは、以前恋人であった将校ムッシャローウィチと、そのボディーガード格の大男ヴルブレフスキー、地主のマクシーモフ、アレクセイの友人のカルガーノフらと一緒でした。ドミートリイに気づいた彼女は、怯えながらも彼を仲間に入れました。ドミートリイは、ムッシャローウィチに敵意を覚えることなく、ポーランドのために乾杯を行いました。しかし二人のポーランド人は、ドミートリイの差し出したグラスに手を触れず、ポーランドを占領した年のロシアに乾杯と言って挑発しにかかりました。
 不穏な空気が漂う中、彼らはカードで賭けを始め、ドミートリイはポーランド人たちのいかさまによって二百ルーブルを負けました。
 ドミートリイは、二人のポーランド人を隣の部屋へ連れて行き、三千ルーブルを渡すので、永久にここを去ってくれないかと提案しました。二人のポーランド人は、三千ルーブルと聞いて顔色を変えたものの、ドミートリイの提示した頭金の額が少なかったため、その侮辱ともいえる提案に怒りだし、グルーシェニカにそれを伝えました。しかしグルーシェニカは、二人が金を受け取りかけたことを知ると怒り狂い、ムッシャローウィチを待っていた五年間を後悔しながら泣き崩れました。
 そこへトリフォンが入ってきて、ポーランド人たちが行っていたカードのいかさまを見ていたことを暴露すると、一同は争いとなり、ドミートリイはヴルブレフスキーを広間からかつぎ出し、ムッシャローウィチは出て行きました。グルーシェニカはその後を追いませんでした。

 二人のポーランド人が出て行ったあと、彼らは派手な酒盛りを始めました。グルーシェニカは、すっかり変わってしまっていたムッシャローウィチを愛していた五年間を後悔し、今ではドミートリイを愛していると語りました。ドミートリイは、グリゴーリイを殴った罪を思い出して自殺を考えながら、自分に残された最後の時間を彼女との愛の時間に捧げようと決心しました。
 そこへ、町の警察署長のミハイル・マカールイチと、検事のイッポリート・キリーロウィチ、予審調査官ニコライ・ネリュードフ、分署長のマヴリーキイ・マヴリーキチがやってきて、ドミートリイはフョードル殺人事件の容疑者であると言い渡されました。

第九編 予審

※第九編の序盤は、第八編の終わりからやや時間がさかのぼり、ドミートリイが出立した後の町の様子が書かれます。

 ドミートリイがモークロエへ旅立った後、フョードルが殺されたのではないかと考えたペルホーチンは、フェーニャとホフラコワ夫人を訪ね、ドミートリイが持っていた金の出どころを探ろうとしました。しかしはっきりしたことはわからず、郡の警察署長ミハイル・マカールウィチのところへ行くことを決めました。

 一方、グリゴーリイが倒れた後、スメルジャコフの癲癇の悲鳴を聞いたマルファは庭に行き、塀の脇から這ってきたグリゴーリイと、部屋の中でシャツを血に染めて倒れているフョードルを見つけました。
 マルファは、マリヤ・コンドラーチエヴナの家に駆けつけて助けを求め、グリゴーリイを離れにかつぎこみました。
 マリヤ・コンドラーチエヴナは、警察署長ミハイル・マカールイチの家に走り、このことを報告しました。ミハイル・マカールイチの家には、折よく、検事のイッポリート・キリーロウィチ、郡会医のワルヴィンスキー、予審調査官のニコライ・ネリュードフが訪れていました。
 そしてその五分後、ペルホーチンがこの家に到着したのでした。

 一同は現場に入り、検証を行いました。フョードルは頭を打ち割られ、死亡していることがわかりました。凶器は、グリゴーリイが襲われたのと同じものであろうと推察され、それは庭の小道に無造作に放り出されていました。部屋には、グルーシェニカのためにフョードルが用意していた三千ルーブルが入っていたと思われる封筒が落ちていました。
 ドミートリイが自殺する素振りを見せていたことがペルホーチンによって明らかになると、一行は分署長のマヴリーキイ・マヴリーキエウィチをモークロエへと向かわせ、トリフォンの宿屋でグルーシェニカと過ごしていたドミートリイを監視させました。そして現場検証を終えたミハイル・マカールイチ、イッポリート、ネリュードフらが追って到着し、ドミートリイを連行しました。

 ドミートリイは、グリゴーリイを殴ったことは認めながら、父親の血に関しては無罪だと主張しました。
 ネリュードフとイッポリートは、ドミートリイを尋問し、父親との確執に関することを聴き出しました。しかしドミートリイは三千ルーブルの借金を返そうとしていた相手がカテリーナであったことを話しませんでした。
 またドミートリイは、父親の庭に忍び込んでグリゴーリイの頭を殴ったことも含めた、このモークロエに来るまでの経緯を正直に語りましたが、ペルホーチンのところへ行く時に血だらけになりながら鷲づかみにしていた金の出どころに関しては、父親を殺す以上の恥辱があるのだと答え、口を割ろうとはしませんでした。しかしドミートリイの所持金と、ここに来るまでに使ったであろう金を合わせても、三千ルーブルには届かないことが分かりました。
 イッポリートは、ドミートリイが逃げるより前に、父親の庭に通じる部屋が空いていたというグリゴーリイの証言や、金が盗み取られたと思われる封筒を引き合いに出し、ドミートリイを追い詰めにかかりました。しかしドミートリイは、グリゴーリイの証言は嘘だと主張し、その封筒の在処も知らなかったと答えました。
 追い詰められたドミートリイは、自分が鷲づかみにしていた金がカテリーナがアガーフィヤに渡してほしいと自分に預けた三千ルーブルのうちの半分であると告白しました。彼は以前、グルーシェニカとともにモークロエで豪遊し、三千ルーブルを使ったと豪語しながら、その金の半分を取り分けてお守り袋に入れて首から下げ、泥棒に成り下がりたくない一心で、いつかカテリーナに返そうと考えながら生活していました。しかし、グルーシェニカがムッシャローウィチのところへ行ったことを聞き、モークロエで自殺することを決めてその千五百ルーブルを入れたお守り袋を首から引きちぎり、自分が完全な泥棒になったことを自覚しながら、再びそれを三千ルーブルだと豪語して使い果たしたのでした。

 しかしネリュードフに尋問された証人たちは、ひと月前にドミートリイが使った額も、今回の来訪でばら撒いた額も、ともに三千ルーブルであったと主張し、二人のポーランド人も、ドミートリイが三千ルーブルを渡すのでここから立ち去ってほしいと言っていたことを証言しました。
 グルーシェニカは、ドミートリイのことを正直な人間だと擁護し、彼の放免を懇願しましたが、ネリュードフは、ドミートリイが自分に課せられた容疑を否認しながら、無実を証明する証拠を提示しなかったために、刑務所に拘置するという起訴状を読み上げました。
 囚人であることを申し渡されたドミートリイは、父親の血に関しては無罪だという主張を続けながら、この告発を受け入れ、連行されて行きました。

第四部

※第四部のもっと詳しいあらすじはこちら

第十編 少年たち

 フョードル殺害から二ヶ月ほどが経った頃、ドミートリイが食料や酒を買い込んだ店の近くに住む十三歳の少年コーリャは、二歳下の友人スムーロフに、容態の悪くなったイリューシャの家にいるアレクセイを呼び出してもらいました。

 コーリャは、無鉄砲であったものの、勇敢で頭の良い少年で、中学に入学して虐められるようになったイリューシャをかばってやったことがありました。イリューシャは彼のことを崇拝するようになりましたが、やがて思い悩んでいる様子を見せ始めました。コーリャが問い詰めると、彼は親しくなったスメルジャコフと一緒にピンをパンの中に詰めて、むく犬のジューチカにやるという悪戯を行ったことを告白しました。
 コーリャは、イリューシャの精神を鍛えるため、すぐに許してやるつもりでひどく怒ったふりをして、絶交を言い渡しました。するとイリューシャが、ピンを入れたパンを犬たちにばらまくと言い出したため、コーリャは彼のことを許すことをやめました。そのような時にスネギリョフとドミートリイの暴力事件が起き、癇癪を起こしやすくなったイリューシャは他の子供たちと喧嘩を始め、遠巻きに見ていたコーリャの太ももをペンナイフで刺しました。
 やがて少年たちは、アレクセイの導きによってイリューシャと仲直りし、彼の家に通うようになっていましたが、コーリャだけはまだ訪ねたことがありませんでした。

 コーリャは、その日初めて、それまで訪れることのなかったイリューシャのところへ向かうことを決めていました。彼は、少年たちから聞かされていたアレクセイに関心がないふりをしながらも、以前から知り合いになりたいと思っており、もし紹介されれば、他の子供と同じような扱いをされないようにしなければならないと考えていました。
 僧服を脱いだアレクセイが現れると、コーリャは彼にこれまでのことを話しました。その話を聞いたアレクセイは、コーリャがジューチカを見つけてくれるだろうと他の子供たちが期待していたことを伝えました。
コーリャは、アレクセイが自分を対等な人間として扱ってくれることに満足を覚えました。

 退役二等大尉スネギリョフの家には、スムーロフを含む大勢の少年たちがつめかけていました。ベッドから一週間ほど離れることができなくなっていたイリューシャは、ジューチカの行方が分からないことと、コーリャだけが未だに来てくれないことを気にかけていました。
 スネギリョフは、カテリーナからの二百ルーブルを受け取ったことで、金には困らなくなっていましたが、イリューシャの衰弱により恐怖で半狂乱になり、毎日のように泣き暮らしていました。

 アレクセイとの初対面を終えたコーリャは、イリューシャのベッドを訪れました。そして事前に探し出していたジューチカを部屋に入れ、仕込んでいた芸を披露しました。イリューシャは非常に喜び、少年たちやスネギリョフの家族もコーリャの行いを賞賛しましたが、その驚きは容態に悪影響を与えるものでした。
 コーリャは得意になりながら、さまざまな話をして皆の感心を買いましたが、常に自分がアレクセイにどのように思われているかを気にしていました。そしてイリューシャの部屋を出ると、キリスト教の信仰は、下層階級を奴隷状態にとどめておくために、金持ちや上流階級にだけ奉仕してきたのだと批判し、自分のことを社会主義者であるという意見をアレクセイに披露しました。これらの言葉が本人の考えではなく、本から得た受け売りであることを見抜いたアレクセイは、コーリャの素晴らしい天性が歪まれてしまっていることを嘆き、彼が不幸にならないために、人生を祝福するようにと助言を与えました。
 コーリャは、このアレクセイの言葉に感動し、自分たちが友人になれたことを喜びました。

 カテリーナが呼んだ医者によると、イリューシャを救う手立てはもはやないようでした。コーリャは、イリューシャのために再び戻ってくることをアレクセイに約束し、家へと帰りました

第十一編 兄イワン

 フョードル殺害前に町を出て行き、モスクワへ行ったイワンは、上京して四日目になってようやく父の死を知り、葬儀には間に合いませんでした。
 彼は町に戻ると、アレクセイに会いに行きました。アレクセイは、ドミートリイのことを信じきっていて、スメルジャコフが犯人だと言い切りました。イワンは二度にわたって市立病院に入っていたスメルジャコフに会いに行き、事件の前に予測できないはずの癲癇の発作を予測していたことや、その日がフョードルを殺すのに絶好の条件であるという趣旨のことを語っていたことを引き合いに出し、犯人ではないかと詰め寄りました。
 スメルジャコフは、イワンが誰かにフョードルを殺してほしいと期待していたことを指摘しながらも、以前穴蔵で発作を起こしたことのあるという恐怖心から災難を予想して癲癇の発作を起こしたのだと言って、自分が犯人であることを否定しました。
 イワンは、一旦はドミートリイの有罪をすっかりと信じ、カテリーナへの激しい情熱に再び囚われるようになりました。しかしスメルジャコフとの会話を思い出すにつれ、事件の前に自分が確かに父親の死を願っていたのに違いないという考えに思い至りました。そして狂人のようになってカテリーナのところへ向かい、スメルジャコフが犯人だとすると、その犯行をたきつけたのは自分だと主張しました。
 カテリーナは、イワンを鎮めるため、フョードルの生前にドミートリイが書いた手紙を出して見せました。それはドミートリイがカテリーナに向けて飲み屋で酔いにまかせて書き殴った、父親を殺して枕の下にある金を奪い、三千ルーブルを必ず返すという誓いでした。

 イワンはこの文書を読み、殺したのはスメルジャコフでなくドミートリイであると確信し、自分が父親の死の原因ではなかったことに安心しました。

 その後ひと月の間に、カテリーナがドミートリイを激しく愛するようになり、イワンは狂乱に陥りました。
 しかし、自分も兄と同じ人殺しであるという考えを抱いていたイワンは、ドミートリイを憎んでいたにもかかわらず、公判の十日程前に兄を訪れ、父親の遺産の三万ルーブルを費やした脱走計画を持ちかけました。
 カテリーナは、アレクセイとイワンと三人で三千ルーブルを出しあい、ドミートリイのために学識のある弁護士を立ててやりました。また彼女は一人で二千ルーブルを出して、モスクワの医者を呼び、ドミートリイが反抗当時、錯乱状態にあったという結論に導こうと画策していました。

 グルーシェニカは、ドミートリイの逮捕後から重い病気に倒れ、その後五週間近く寝込んでいました。しかし彼女は、ドミートリイと愛し合うようになったことによる幸せに満ち溢れ、新しい魅力を放ちました。彼女は差し入れのためにドミートリイのいる刑務所に通っていましたが、借金を申し入れてきたムッシャローウィチとヴルブレフスキーにも少しづつ金を貸してやっており、そのことで嫉妬したドミートリイとの争いが絶えないようでした。
 公判の前日、アレクセイは、グルーシェニカの家へと向かいました。グルーシェニカは、モークロエの宿屋でカルガーノフに捨てられたマクシーモフの面倒を見ながら生活していました。彼女はカテリーナに激しく嫉妬しており、その心の内をアレクセイにだけは打ち明け、最近イワンがドミートリイを訪れに来ている目的を調べてほしいと頼みました。

 グルーシェニカの家を出たアレクセイは、ホフラコワ夫人の家に行きました。
 ホフラコワ夫人は、ペルホーチンに惚れ込み、自分のところに足しげく通うようになったラキーチンの来訪を断るようになりました。そのためにラキーチンから自分を抽象する記事を書かれ、混乱していました。
 ホフラコワ夫人の家には、カテリーナに会うためにイワンが頻繁に訪ねるようになっており、リーズはそのイワンに恋をするようになり、その数日前にアレクセイとの結婚の約束を取り消していました。アレクセイはそれでも一生付き添うことを約束しており、それはリーズをさらに苦しめました。リーズは、残酷な思念が自分の心の中に現れるという悩みをアレクセイに打ち明けました。アレクセイは自分も同じだと語り、共感を示しました。リーズは、アレクセイに慰められながらも、イワンに向けた手紙を渡してほしいと頼んで呵責を感じ、自分の指をドアに挟んで押しつぶし、「恥知らず」と何度も呟きました。

 リーズと別れたアレクセイは、刑務所に行き、ドミートリイと面会しました。この二ヶ月で、ドミートリイは、人はみな全ての人に対して罪があり、自分はたとえ殺しをしていなくとも、その皆の代わりに罪を受けに行かなくてはならないのだという考えを持つようになり、イワンに勧められた脱走をするか悩んでいました。
 また彼は、文壇に打って出るために今回の事件を論文に書こうとして頻繁にやって来るラキーチンの無神論的な考えを聞かされ、神がいなければ人間はどのように善人になり、隣人を愛することができるのだろうかという問題に苦しんでいました。

 アレクセイは、イワンが自分に内緒で、ドミートリイをグルーシェニカとともにアメリカへ脱走させようとして、そのための資金と手筈を整えていることを知りました。

 次にアレクセイはカテリーナのところにいるイワンに会いました。イワンはスメルジャコフとの対面以来、自分が犯人であると思い込み、苦しむようになっていました。それを察したアレクセイは、兄を安心させるために、犯人は「あなたではない」と伝えました。
 するとイワンは、「あいつが家に来ていた時に、お前も家にいたのだな」と支離滅裂なことを話してアレクセイに掴みかかり、絶交を言い渡して去って行きました。

 アレクセイと別れたイワンは、退院したスメルジャコフがマリヤ・コンドラーチエヴナとともに住むようになった家へと行きました。詰め寄られたスメルジャコフは、フョードルを殺したことを打ち明けました。彼は、イワンが既にそのことを知っていたと思い込んでおり、そしてフョードル殺しの主犯がイワンであると言うと、靴下の中から例の三千ルーブルを取り出し、それを納めるようにと言いました。
 スメルジャコフは、「すべては許される」という言葉に従い、フョードルを殺したのだと言いました。イワンが旅立ったことで、彼は父親を殺すことをそそのかされているのだと解釈し、またその死によってもたらされる遺産で面倒を見てもらえるものだと思いました。
 その夜、スメルジャコフは仮病を使って穴蔵に落ち、衝立の陰に寝かされると、ドミートリイが屋敷に来てフョードルを殺すのを待ちました。しかしドミートリイは、フョードルを殺さずに立ち去り、スメルジャコフは意識のないグリゴーリイを見つけました。その途端、スメルジャコフは自分で決着をつけることを決意し、フョードルの部屋に入り、鋳物の文鎮を脳天に打ち落として殺しました。フョードルが死んだことを確かめると、自分だけが在処を知っていた封筒から金を抜きとり、中身を確かめようとした人の犯行に見せかけるために、その場に封筒だけを捨て、金を庭にある木の洞に入れておきました。そして部屋に戻ると再び癲癇の発作のふりをして呻き、マルファを起こしました。フョードルの部屋のドアが開いているのを見たというグリゴーリイの証言は気のせいでした。
 その翌朝、スメルジャコフは病院に運ばれる前に激しい本物の発作を起こしました。
 イワンはスメルジャコフに憎悪を感じ、翌日の法廷で全てを裏付けることを証言して家へと帰りました。

 家に帰ったイワンの前に、五十歳手前の紳士の格好をした悪魔の幻覚が現れました。イワンはその紳士が自分の思想や感情のうちの醜い愚かなものの化身であることに気づいていましたが、その幻覚を相手にせずにはいられませんでした。
 悪魔は、地上に降りてきたこれまでの経緯を語り、イワンに自分の存在を信じさせようと試みました。そしてその幻惑に苦しむイワンに、彼がスメルジャコフに対して語った「すべては許される」という言葉の本当の意味を解説して見せました。それは、神や不死を認めないことで、人間は人生が刹那であるという考えに至り、その結果として同胞愛が生まれるであろうという考えに端を発していました。イワンは、人間がその境地に達するにはおそらく何千年もかかるので、この真理を既に認識している者は、破壊された神の観念の代わりとなって人神となり、あらゆる人間の道徳的規範を飛び越え、好きなように行動することができるであろうと主張しており、そのような意味で、スメルジャコフに「すべては許される」と語ったのでした。
 これらのことを見透かしたように喋る悪魔に腹を立てたイワンは、自分が創り出した幻覚に向かってコップを投げつけました。するとそこへアレクセイがやってきて、スメルジャコフが首を吊って死んだことを伝えました。
 イワンは、自分自身の卑しい部分の全てである悪魔に嘲笑されたことを告白し、取り止めのない話をしながら意識を失っていきました。アレクセイは、兄が良心の呵責のために、彼の信じていなかった神と真実によって心を征服されようとしていることを悟りました。

第十二編 誤審

 その翌日、ロシア中の多くの人々の関心を引くようになっていたドミートリイの裁判が始まりました。
 カテリーナが呼んだ有名なペテルブルクの弁護士フェチュコーウィチと、検事を務めることになっていたイッポリートが入廷しました。始まりの段階から、検事側の材料が、弁護人側の材料よりも圧倒的に多く、被告の有罪を人々は信じており、有能なフェチュコーウィチでもどうすることもできないのではないかと思われました。

 しかし、三日ほどの滞在でこの事件に精通するようになったフェチュコーウィチは、ドミートリイに不利な証言をするグリゴーリイ、ラキーチン、トリフォン、二人のポーランド人らの言葉の穴を突き、彼らを次々に晒し者にして退廷させました。

 アレクセイには、ドミートリイを擁護する材料を持ち合わせていませんでした。しかし、事件の日に修道院に帰る途中、ドミートリイが自分の名誉を挽回する手段があると言いながら、胸の上をたたいていたことを不意に思い出し、そこに例の千五百ルーブルが入っていたのではないかと語り始め、この証言はドミートリイにとって非常に有利なものとなりました。

 カテリーナは、被告の婚約者であったことをはっきりと述べ、ドミートリイに三千ルーブルを渡したことを認めながら、かつて自分をさしだす覚悟でドミートリイの下宿に駆けつけ、彼から三千ルーブルよりも多額のお金を借りたことを告白しました。それは自分を裏切った男を救う証言であり、傍聴席のあらゆる人の心を打ち、ドミートリイに有利な、同情的な空気が生まれることになりました。

 グルーシェニカは嫉妬のあまり、カテリーナによってドミートリイが破滅したのだと証言しました。

 最後に出廷したイワンは、病的に見えたものの、平静に筋の通った答弁を行いました。しかし出し抜けに三千ルーブルの札束を取り出し、それが犯人のスメルジャコフから預かったもので、その犯行をそそのかしたのは自分であり、この法廷のどこかにいる悪魔だけは証言ができるだろうと言うと、近づいてきた警備員を床に叩きつけ、気狂いじみたことを叫び始めました。

 すると発狂したイワンを見て、自分の大切な人が彼であったことをようやく理解したカテリーナが、ドミートリイに復讐することを思い立ち、父親を殺して三千ルーブルを手に入れるつもりであるというドミートリイの手紙を裁判長に提出しました。
 このカテリーナの証言により、ドミートリイの破滅は決定的なものとなりました。グルーシェニカは、連れ出されるカテリーナ対し、憎悪に身を震わせながら毒蛇と言い放ちました。

 これらの証言のあと、検事イッポリートの論告が始まりました。
 イッポリートは、ドミートリイのことを堕落した低劣さと、気高い高潔さを持ち合わせた人物と評し、その存在自体が母なるロシアと同じくらい広大なカラマーゾフ的天性なのだと論じ、さらにこのような人間が、千五百ルーブルをお守り袋に入れて持ち歩けるはずがないと主張しました。
 ドミートリイには、父親との金銭上のトラブルや、グルーシェニカをめぐる争いなど、数多くの犯行の動機がありました。そのような人物が窓から顔を出す父親の顔を見た上で何もせずに逃げ出したということは到底信じられませんでした。カテリーナが裁判長に提出した手紙からは、犯行が計画的なものであるということをうかがわせるものがありました。
 もう一人の容疑者であるスメルジャコフは、ドミートリイに脅されていた知能薄弱の男と評され、主人を裏切った自責の念と、庇護者であると思い込んでいたイワンの出立からカラマーゾフ家に不吉なことが起きるだろうと予感し、癲癇の発作を起こしたのだと推察されました。

 以上のことから、ドミートリイは憎悪のあまり窓から顔を出す父親を銅の杵で殺し、枕の下にあった封筒を取り出して金を取り出すと、それを投げ捨て、追いかけてくるグリゴーリイを塀の上から殴りつけながら、唯一の目撃者である彼の生死を確かめるためにその場に飛び降り、帰り血に気づかないままグルーシェニカの居場所を突き止めようと走ったのだと、結論づけられました。
 さらにドミートリイは、犯行後、グルーシェニカが自分のものになりそうだと考えて、それまで計画していた自殺を思いとどまり、三千ルーブルのうちの半分を宿屋のどこかに隠しておき、千五百ルーブルをお守り袋に入れておいたという咄嗟の嘘をついたのだと推察され、イッポリートは、このような明白な事実によって証明されている被告の有罪を覆すような結論を出してはならないと語りました。これらの論告は、傍聴席の人々を感心させました。

 イッポリートの論告の後、フェチュコーウィチが壇に登りました。フェチュコーウィチは、グリゴーリイを殴った後、様子を見るために飛び降りたことからも、ドミートリイが冷酷な人物とは言えないこと、盗まれた三千ルーブルが本当に存在していたことを知っていたものは誰一人としていなかったこと、ドミートリイが名誉を重んじる性格であり、カテリーナに返すべき金の半分をいつも持っていたというのが嘘であるという証拠もないことなどを挙げ、被告が殺しを行なったかを審議するのは、もっと慎重でなければならないと主張しました。
 もう一人の容疑者であるスメルジャコフは、病弱であったものの、多くのことを見抜くことのできる能力を持ち、悪意と猜疑心と嫉妬心と復讐心に燃える男であると評され、たとえ癲癇の発作があったとしても、その発作の合間に殺人を犯すことは可能であろうと推察されました。
 以上のことから、フェチュコーウィチは、父の家の庭に忍び込んだドミートリイは、殺人を犯さずに逃げ去ったのであり、本当の犯人は金に目が眩んだスメルジャコフであろうと結論づけました。

 またフェチュコーウィチは、息子を牢に入れようとすらしたフョードルのことを父親と呼ぶのをやめ、ドミートリイを愛と慈悲を持って無罪にすることで、真の更生が訪れるであろうと説き、そのような人間の救済を目的とした判断をくだすことが、ロシアの前進へとつながるのだと主張しました。
 この弁論は場内のあちらこちらに熱狂的な拍手を起こし、皆が被告の無罪を信じるようになりました。
 しかし、陪審員の中にはドミートリイに恨みを持つ農民がいたため、協議の結果、被告は有罪を宣言されました。

エピローグ

※エピローグのもっと詳しいあらすじはこちら

 ドミートリイの公判後、イワンは譫妄のために意識不明となり、カテリーナは彼を自分の家に移すように命じました。公判の前から、イワンは、ドミートリイとグルーシェニカを国外に逃がす計画をカテリーナに話しており、そのことで嫉妬に駆られた彼女と喧嘩をしていました。しかし法廷後、イワンを愛するようになったカテリーナは計画に前向きになり、この計画をドミートリイに勧めるようアレクセイに頼みました。
 アレクセイは、兄が来てほしいと言っているとカテリーナに伝え、ドミートリイのもとへと向かいました。

 判決後二日目に熱病にかかり、囚人病棟に入ったドミートリイは、カテリーナへの罪を自覚し、彼女が来てくれなくては自分は不幸になるだろうと思い悩んでいました。彼は流刑になればグルーシェニカと会えないことを知りながら、脱走について悩んでいるようでした。
 アレクセイは、無実のドミートリイに流刑という十字架は重すぎるという自論を述べ、脱走したとしても自分は決して非難しないだろうという意思を伝えました。
 その言葉に勇気づけられたドミートリイは、脱走を心に決め、グルーシェニカとともにインディアンのいる人里離れたところで畑仕事を行い、英語を身につけ、いつかはアメリカ市民としてロシアに戻るつもりだとアレクセイに語りました。

 そこへカテリーナが姿を現し、ドミートリイの胸に飛び込みました。二人は今は別の人を愛していても、永久にお互いのことを愛し続けることを誓い合いました。
 カテリーナが帰ろうとすると、そこへグルーシェニカがふいに訪れました。カテリーナが自分を赦してほしいと囁くと、グルーシェニカは憎悪をこめて、ドミートリイを救うならば赦すと言いました。

 ドミートリイの元を離れたアレクセイは、公判の二日後に息を引き取ったイリューシャの葬式に向かいました。イリューシャの遺体は教会へと運ばれ、土が被されました。その間スネギリョフは棺に放心したようについて行き、讃美歌を聞くと大声でしゃくり上げ、墓穴に身を乗り出しました。そして家に帰ると、妻や娘たちとともに張り裂けるような泣き声を上げ始めました。

 アレクセイは、彼らの気の済むまで泣かせようと言って、コーリャたちを連れ出し、イリューシャとスネギリョフが語り合ったという石のところへやって来ました。彼はしばらく二人の兄に付き添った後、この町を立ち去るつもりであることを語りました。そして、父親のために立ち上がり、皆から石を投げられていたのに、これほどまで愛されるようになったイリューシャのことを自分達が愛したということを忘れないでいようと、少年たちと誓い合いました。
 少年たちは、このアリョーシャの言葉に涙を流しました。たとえイリューシャと別れても、いつかは自分たちは蘇り、再会する日が来るという宗教の教えは本当なのかとコーリャに聞かれたアレクセイは、必ず自分たちはよみがえり、再会して、それまでのことをお互いに楽しく語り合うだろうと答えました。
 アレクセイと少年たちは、手を繋ぎながら歩きました。コーリャは、カラマーゾフ万歳と感激して絶叫し、ほかの少年たちも彼に合わせて叫びました。

管理人の感想

 『カラマーゾフの兄弟』は、人類文学史上の最高傑作を語るときに、必ずと言っていいほど名前の上がる作品の一つです。発表から百五十年近くに渡り、古今東西のあらゆる作家や評論家が絶賛し、現代においても映画化、ドラマ化、舞台化、漫画化など、あらゆるメディアで派生作品を生み出しており、文学ファンならずとも、一度はその名前を聞いたことがあるという人が多いのではないかと思います。
 この作品のどのようなところが素晴らしいと感じるのか、それは読み手によってかなり異なるようです。近代以降の文学において大きなテーマとなり続けている「神はいるのかいないのか」といった問題の解決を求めてこの本を手に取る人ならば、イワンの語る「大審問官」に感銘を受けるでしょうし、推理小説が好きな人ならば、後半における息をもつかせぬ展開が十九世紀に書かれたことに驚嘆するでしょう。アレクセイとリーズの歯痒いような恋愛に深く共感する人もいれば、悲しいスネギリョフとイリューシャの物語に涙を流す人もいるでしょう。
 他のサイトを読んでいても、(どれもがこの作品を賞賛するものばかりなのですが)書き手さんの感想がばらばらで、様々な観点からこの作品が取り上げられているのが分かります。それは裏を返せば、個人が人生のどこかの時点で考え込むテーマが、この作品のどこかで取り上げられており、この作品を読むすべての人々の心の琴線に触れる部分がどこかしらにあるということではないかと思います。
 このように宗教について、教会について、親子関係について、恋愛について、そして児童虐待や貧困といった社会的問題についてといった多種多様なテーマが深く掘り下げていることこそが、『カラマーゾフの兄弟』が史上最高の文学作品たる所以とも言われています。管理人も、いわゆる「全体小説」ともいうべきこの作品の裾野の広さに衝撃を受けた人のうちの一人です。
 しかし管理人は、『カラマーゾフの兄弟』には、それ以上の得体の知れない「何か」があると強く信じます。
 その「何か」を説明することは非常に難しいですし、管理人自身それが何なのか理解できていない部分もあるのですが、あえて結論をつけるとしたら、作品から醸し出される「迫力」なんじゃないかと思います。日本語の文庫版にしておよそ二千ページに渡り、ここまで終始圧倒され続ける作品を管理人は他に知りません。ドストエフスキー作品では定番の冗漫さは、この作品でさらに助長され、登場人物はことあるごとに長口舌をふるいます。しかしそのような冗漫さも、この作品の重厚感をより一層引き立てるための好材料として一役買っているようでもあります。そこから醸し出される迫力によって、まさに「魂を揺すぶられる」といった感覚にさせてくれる作品で、管理人は読み終わるたびに満足感と脱力感を感じるとともに、自分の人生を振り返ってみて「なんと薄っぺらいんだろう」と思わされてしまいます。それほどまで、この『カラマーゾフの兄弟』を読むということは、単に読書という枠を超えた、人生における得難い経験の一つとなるような、読み手の人生を変えてしまうような、そんな力を持った作品であると個人的に思います。

 ドストエフスキーは、人間の奥底に潜む、自分でも意識することのない深い領域を描き出す力を持った作家です。登場人物たちは、強さと弱さ、慈悲深さと残酷さ、自惚れと卑屈、高潔と下劣といった、人間の持つあらゆる特性、それもあたかも共存することが不可能であるかのように思われる資質を同時に持ち合わせ、それらの資質は現実世界ではまずお目にかかれないような強烈さで表現されます。人間をそのまま描写しているというよりは、より深い部分の「人間の魂」を「擬人化」して描いているといった印象です。この作品の至る所で繰り広げられる語り合いは、人間同士の薄っぺらい会話ではなく、魂と魂のぶつかり合いです。だからドストエフスキーの作品にはリアリティーがないんです。その点では、あたかも私たちの身近にいるようなリアルな人物像を描くトルストイとは非常に対照的で、文学作品というよりは、何か神話のようなものを読んでいるといった感覚にさせられる作家であると思います。
 その中でもこの『カラマーゾフの兄弟』は、壮絶な人生を送ってきたドストエフスキーが、それまでの経験でいだいた感情のすべてを登場人物に投影させているという印象を受ける作品です。凄いと思うのは、フョードル、ドミートリイ、イワン、アレクセイ、それにスメルジャコフでさえ、まったく異なる個性を持っているにも関わらず、全員が「ドストエフスキーっぽい」と思わされるところです。それだけドストエフスキーという人物が、一生の間に本当にさまざまな感情を経験し、その経験から生まれた葛藤を作品の中に残し続けてきたということであり、まただからこそ、これほどまで強烈な個性を書き分けられたのだと思います。

 最後に、この物語を色どる主要登場人物についてと、イワンの語る大審問官について、少しだけ触れたいと思います。

 飲み屋の経営者として成り上がった町の住人フョードル・カラマーゾフは、二度にわたる結婚を行うものの、いずれの妻も不幸に追い込み、ドミートリイ、イワン、アレクセイという三人の子供たちの世話もせず、放蕩に明け暮れます。そして数年にわたるロシア南部とウクライナでの生活の後、町に戻ると、サムソーノフの妾であるグルーシェニカに惚れ込みます。
 やがてドミートリイと金銭問題で争いを起こし、グルーシェニカと結託して実の息子を牢に放り込もうと画策し、さらにドミートリイがグルーシェニカに惚れ込むと、さらに激しく歪み合うようになっていきます。
 このような金儲けにしか才覚のない、女好きな俗物として描かれるフョードルですが、時にイワンとアリョーシャに神の存在についての議論をさせたりと知性的な一面も覗かせ、一筋縄ではいかない人物像となっています。

 フョードルの最初の妻アデライーダの子として生まれたドミートリイは、両親からの愛情に恵まれないまま大人になります。窮地を救ったカテリーナ・イワーノヴナの婚約者となりながらも、グルーシェニカに惚れ込んで、父親といがみ合います。暴力的で、時に愚かとも捉えられかねないほどの直情的な心の持ち主ですが、自分があとで損をすることが分かっていても、信念を貫き通す潔さや、アレクセイに対する愛情を隠すことなく表現する素直さを持ち合わせる人物として描かれます。
 検事補イッポリートが「堕落の低劣さの感覚と気高い高潔さの感覚」が併存していると表現したように、あたかも矛盾しているかのように見える特質を兼ね備えるドミートリイの人物像は、母なるロシアの大地と同じように広大です。それまでドストエフスキーが描き続けてきた人物像の集大成とも言える人物で、この作品中で最も生き生きと躍動する人物と言えるでしょう。

 二番目の妻の子供として生まれたイワンは、少年時代から秀才として頭角を現し、学費を稼ぐための論文を発表し、その論文は喝采をもって社会に受け入れられます。
 イワンは、神がいるのかいないのかといった問題は人間の理解の範疇を超える問題であると見なしています。しかし、善悪を知らない幼い子供が、罪ある大人たちのために虐待される現実が存在する以上、神が作ったこの世界を受け入れることはどうしてもできないと語ります。たとえ全ての人が苦難の果てに神を讃える日が訪れたとしても、そんなことは願い下げで、報復できない苦しみを抱き続ける方がマシだと言うのです。
 このような考えをアレクセイに語った後、彼は『大審問官』と名づけられた長大な叙事詩を披露し、「これでも神を信じられるか」といったような非の打ちどころのない無神論をアレクセイに叩きつけます。

 舞台は、異端審問が盛んに行われていた十六世紀のセビリア。異端者を次々と処刑していた大審問官が、地上に降り立ったキリストを捕らえます。
 大審問官は、マタイ福音書第四章の中で悪魔がキリストに試みた三つの問いについて、その時の行動が果たして正しいものだったのかと、キリストに問います。
 第一の問いは、
「もしおまえが神の子であるならば、これらの石をパンに変えてみよ」
というものです。
 キリストは、
「人はパンのみに生きるにあらず」
と言って、この第一の問いを退けます。

 次に悪魔は、キリストを宮の頂上に立たせ、「もしおまえが神の子であるならば、下に飛び降りてみろ。神はおまえを支えるために天使を遣わせるだろう。」と言います。
 キリストは、
「主なるあなたの神を試みてはならない」
と、この第二の問いも退けます。

 最後に悪魔は、キリストをこの世の栄華が見渡せる丘の頂上に連れていき、「おまえが大地にひれ伏すならば、これらをすべて与えよう」
と誘惑します。
 キリストは、この最後の問いも、
「退け、主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ」
と退けます。

 これら三つの試みはそれぞれ、奇蹟、神秘、権威を象徴しています。そしてそれら奇蹟、神秘、権威に盲目的に隷属するのが、弱く卑しく作られた民衆を幸福にする最良の方法であるのに、キリストは愛によって人間に自由(つまり善悪を自分で決めなければならない重荷)を課してしまったのだと、大審問官は批判します。
 かつてキリストに傾倒し、人類の幸福について考え抜いた結果、悪魔に仕えるようになった大審問官がこれだけのことを語った後、キリストは何も反論せず、口づけを与えることですべての返答とします。
 この口づけは、それまで語られた大審問官のどの言葉よりも、雄弁で、力強いものです。それは大審問官に愛の力を思い出させ、慰謝を与え、同時に敗北を悟らせたことでしょう。
 しかし大審問官は、キリストに理念の上で敗北しながらも、難解で高度で人々を迷わせるキリストの思想になびくことなく、弱く卑小な人間に「適した」幸福のために、それまでの道を邁進します。
 かつて愛のために生き、今なお愛を渇望しながらも、これまでの理念に踏みとどまり、悪魔に魂を売り、自らは敗北を自覚しながら地獄のような道を歩まねばならない、このような大審問官の苦しみをイワンが同じように抱えていることをアレクセイは見抜き、深い同情を寄せます。

 この『大審問官』は、この作品の核心部分とも言える重要な箇所ですが、この大審問官の主張する無神論は、必ずしもドストエフスキーその人の考えをそのまま反映している訳ではないと思います。ドストエフスキーの主張はおそらく、この大審問官の物語を語るイワンと、そのイワンの不幸な考えを憐れむアレクセイとの、思想のぶつかり合いであり、このぶつかり合いを通して、神がいるのかいないのかという葛藤で揺れ動く人間のそのままの姿を描写しているのだと思います。この作品で『大審問官』のところばかりが取り上げられ、ドストエフスキーが無神論者のように語られるのをいたるところで見かけますが、この『大審問官』の一節は、その後ゾシマ長老が死の間際に行った説法とセットで語られるべきです。そしてこの考えを突きつめたイワンが自己の中にある悪魔に毒されて発狂し、信仰を持ち続けたアレクセイが皆に慰謝を与え、自らも啓示のようなものを得ることができたことからも、神を心の中に持つことの重要さをドストエフスキーは認識していたんじゃないかと思います。

 そしてこの作品の主人公とも言えるアレクセイは、アクの強い登場人物たちを結びつけ、物語を進行させる役割を担っています。
 彼はイワン同様、父親からの愛情に恵まれず、さまざまな人に養われながら大人になり、二十歳になって父親の元に戻ってきます。しかしそのような恵まれない境遇にも関わらず、彼はフョードル、イワン、ドミートリイだけでなく、グルーシェニカやカテリーナ、リーザ、イリューシャ、コーリャ、そしてゾシマ長老までをも、その人柄で救いを与え、自分自身もリーザとの恋や、イワンとの対話、ゾシマ長老の死を経て成長し、連行されたドミートリイを勇気づけ、イワンを救うために奔走し、病床のイリューシャとコーリャを結びつけます。

 人間のネガティヴな部分が書き尽くされているこの作品において、アレクセイの(やや愚かな立ち回りを演じることはあるものの)天使のような性格は、ある意味異質な存在にも思われます。
 ドストエフスキーは、このアレクセイを主人公に、『カラマーゾフの兄弟』の続編を書くつもりであったと言われています。その続編でアレクセイは、リーザとの恋愛に疲れ、テロリストになって処刑されるという予定だったようです。
 もし仮にこの続編が書かれていたのならば、本編では描かれることのなかった、自己の中にあるカラマーゾフ的な醜悪さをアレクセイは自覚し、その醜悪さと対峙するさまが描かれていたんじゃないか、そして本編では想像もつかなかった彼の一面が見られていたんじゃないかという勝手な想像を掻き立てられます。ドミートリイやイワンのその後、この作品中で中途半端に終わったリーザとの関係も含め、作者の中で彼らがどのような運命を辿ることになっていたのか、非常に気になるところです。
 そして本編の最終盤では、アレクセイは自分たちがかならずよみがえり、再会して、お互いに楽しく語り合う日が来るだろうとコーリャたちに説きます。
 不死はない、けれども不死はあると信じることが、私たちの心を豊かにしてくれるというこのアレクセイの言葉こそ、ドストエフスキーの思想を最も反映しているのではないかと思います。

 そして最後にスメルジャコフ。町の徘徊者の子として生まれ、父親はフョードルとも言われていますが、その真偽は不明。グリゴーリイとマルファによって引き取られ、癲癇という持病を抱えながら大人になり、フョードルの召使いとして生活しています。
 卑屈でありながら無口で傲慢、人間の嫌なところを詰め込んだような性格の持ち主で、時に弱い動物に虐待を加えて楽しむような一面を覗かせます。
 そして「もし神がいないのであるならば、いかなる善行も存在せず、すべては許される」というイワンの言葉を曲解してフョードルを殺した挙句、首を吊って自殺します。
 彼が自分の出生の秘密をどこまで知っていたかは分かりませんが、自分が誰であるのか、どこから来たのかという疑念を抱えながら生きなければならなかったのは確かです。そのような状況で、もしも自分の父親がフョードルであるという噂を少しでも耳にしたことがあったのであれば、当のフョードルにも、育ての親のグリゴーリイにも真実を明かされず、召使いとして生きなければならないという人生に懐疑的にならざるを得なかったでしょう。彼はドミートリイの弟でありながら、彼のように財産をめぐって父親と争うことのできる土俵にすら立てていないといった思いを抱えながら、周囲からの暴力や軽蔑、癲癇の発作に終始怯えながら暮らしていたのです。このような悲惨な運命が、スメルジャコフという罪深い人間を作り出したのであり、そのような人間にグリゴーリイの神を押しつける教育が響くはずもなく、神を信じないイワンに傾倒するのも無理はないような気がします。
 このようにスメルジャコフの人生を辿ってみると、真に憐れまれるべきは、ドミートリイでもイワンでもなく、彼であるべきなのではないかとも思われますが、ここまで極度に貶められた人間は、もはや人間とは思えない不気味な存在になり下がり、自ら命を絶ってしまったとしても誰からも憐れまれることはありません。
「特に子供のころ、親の家にいるころに作られたすばらしい思い出以上に、尊く、力強く、健康で、ためになるものは何一つない」
というアレクセイの言葉がありますが、このような経験をおそらく何一つすることのできなかったスメルジャコフの存在こそが、この物語における最大かつ根本的な悲劇なのではないかと思います。