『カラマーゾフの兄弟』の第三部は、ゾシマ長老の死により悲しみに打ちひしがれたアレクセイと、グルーシェニカを手に入れるために奔走するドミートリイを中心に進行します。
物語は、フョードルが何者かに殺されるという急展開を迎え、推理小説の様相を呈しながら加速していきます。第二部までの難解さは、ここへきてやや鳴りをひそめ、それまで苦労して読んできたことが嘘のように、ページをめくる手が止まらなくなるような感覚になる人も多いのではないでしょうか。
このページでは『カラマーゾフの兄弟』(第三部)の詳しいあらすじを紹介します。
※ネタバレです。目次を開いてもネタバレします。
※他の部分のあらすじはこちら
第一部 第二部 第四部 エピローグ
※全体の簡単なあらすじはこちら(『カラマーゾフの兄弟』トップページ)
第七編 アリョーシャ
長老の腐臭
ゾシマ長老の遺体は湯で拭われたあと、修道僧の礼服が着せられ、棺に移され、庵室に安置されました。
逝去の知らせはたちまちのうちに街中に広まり、何かしらの偉大な奇蹟が起こることを期待する多くの市民が修道院に駆けつけました。
ラキーチンは、僧庵に入ることのできないホフラコワ夫人の依頼を受け、ここで起きていることを三十分ごとに手紙で知らせました。パイーシイ神父は、僧庵のはずれにある昔の修道僧の墓石に腰掛けて嗚咽しているアレクセイを慰めました。
その日の午後になると、長老の腐臭は否定することができないほど強烈なものとなりました。この知らせはすぐに町まで達し、不謹慎で悪意に満ちた不信者たちを大喜びさせました。それは奇蹟ではなく愛によって人々を惹きつけた長老への羨望や嫉妬の念が働いていたことも一因となっているようでした。
やがてこれほどまで早く腐臭が漂い始めるのは、神の裁きがくだったからであるという噂すら流れるようになり、不信者たちは長老への批判や非難を強めました。
その知らせを聞いたフェラポント神父は、悪霊退散を唱えながら十字を切りながら僧庵に現れ、悪魔が見えるようになった修道僧に薬を与えたり、甘いものを口にしていたゾシマ長老の行動を思い上がったものとし、そのような行動のために死に恥を晒したのだと言いました。フェラポント神父は、式の秩序を乱すとされてパイーシイ神父に追い出されましたが、表階段に出てくると大地に倒れ、泣きながら主の勝利を宣言しました。狂信者たちは、この行動を称賛しました。
長老のことを慕っていたアレクセイは、その死によってもたらされる奇蹟を期待していたわけではなかったものの、この騒ぎに動揺し、讃えられるべき人が突然貶められたことに侮辱や憤りを感じ、ドミートリイやスネギリョフのことなどすっかり忘れていました。そして長老への想いに迷いが生じたのかとパイーシイ神父に聞かれると、彼は薄笑いを浮かべながら奇妙な視線を投げ、僧庵から出て行きました。
暗くなり、僧庵から修道院に行こうとしたラキーチンは、おもてに出てきたアレクセイを見かけて声をかけました。そしてアレクセイの苦悩の表情を見て、彼の奇蹟への期待が裏切られ、自分の神に謀反を起こしたくなったのだと思い込み、その考えに呆れました。アレクセイは、自分の神に謀反を起こしたくなったのではなく、「神の世界を認めない」のだと答えました。
以前イワンから無能な自由主義者の鈍者と言われたことのあるラキーチンは、カラマーゾフに復讐するため、アレクセイを堕落させようと考え、グルーシェニカのところへ彼を誘いました。アレクセイは動じることもなく、その誘いに乗りました。
グルーシェニカに救われるアレクセイ
グルーシェニカは聖職者の家庭の出であると噂のある孤児で、十七歳のときにある将校に騙されて捨てられ、十八歳で県庁のある町から金持ちの商人サムソーノフに連れて来られ、目抜き通りにある商人の未亡人モロゾワの屋敷の離れを借りて暮らしていました。その四年の間に、彼女は美しいロシア女性になりながら、多くの求婚を退け、サムソーノフ以外の誰の手に渡ることもありませんでした。やがて彼女はフョードルと組んで高利で金を貸すこと始め、自分の財産を作り上げました。その仕事がきっかけで、フョードルは彼女にのめり込みました。自分の死期を悟ったサムソーノフは、ドミートリイではなくフョードルを選ぶように、さらに結婚前にある程度の財産を分けさせるようにと忠告を与えていました。
アレクセイとラキーチンがやってくると、グルーシェニカは、以前から好意を感じていたアレクセイの膝の上に座りました。彼女に対して恐れの感情を抱いていたアレクセイは、予期していなかった善良な笑顔に驚かされ、思いがけなく彼女に対する純粋な好奇の感情を掻き立てられました。
グルーシェニカは、若い頃にすべてを捧げた将校の妻が死んだという手紙を受け取っており、もしドミートリイがこのことを知ったら殺されるだろうと思いながら、その将校を待ち続けていました。
また彼女は、ゾシマ長老が死んだことを知ると、アレクセイのことを憐れみ、膝から降りてソファーに座り直しました。アレクセイは、グルーシェニカが誠実な心で自分を憐れみ、心を甦らせてくれたことに涙を浮かべました。
グルーシェニカは、一つの善行も行わずに死に、悪魔たちによって火の池に放り込まれた女の寓話を語りました。守護天使は、その女がなにか善行を施したことがあるだろうかと考え、彼女が野菜畑から葱を抜いて、乞食にやったことがあると神様に報告しました。すると神様は、野菜畑から葱を持ってきて、その女に差し伸べてみるように命じました。守護天使は、葱を差し伸べて、地獄の池から女を引き上げようとしました。すると池にいた他の罪人がしがみついてきたため、女は彼らを足で蹴落としながら、この葱は自分のものだと言いました。するとその途端に葱はちぎれ、女は火の池に落ち、いまだに燃え続けているというものでした。グルーシェニカは、自分がよこしまな心を持つ人間ではあっても、幼い頃に聞いたその寓話の、自分がその女なのだと言いました。
そして彼女は、以前からアレクセイに目をつけていたものの、軽蔑されているのではないかと考え、彼を破滅させるつもりで二十五ルーブルと引き換えに自分のところへ連れてくるよう、ラキーチンに依頼したこと、この五年間仕返しのことばかりを考えていた将校が、妻を亡くしたので会いたいという手紙をよこした時、自分は結局その将校のところへ這いつくばって行くのだろうということを悟ったことを語ると、こらえきれなくなって泣き始めました。
金のためにアレクセイを連れてきたことを知られたラキーチンは、うろたえながらグルーシェニカから二十五ルーブルを受け取り、羞恥のあまり腹を立てました。アレクセイは、五年間も苦しみ続け、その将校のすべてを赦してしまおうとしている、高潔な心を持つグルーシェニカを怒らないでほしいとラキーチンに頼みました。
気性の激しいグルーシェニカは、自分がその将校のことを赦していないのではないかという葛藤で苦しんでいたものの、将校からの手紙が届くとすぐに出発を決め、ラキーチンとアレクセイを帰しました。侮辱されたことに腹を立てていたラキーチンは、そのポーランド人の将校が、グルーシェニカの貯めた小金を狙って便りをよこしたに違いないと吐き捨てると、アレクセイを一人残して去っていきました。
修道院に戻るアレクセイ
アレクセイは、夜の九時ごろ修道院に帰りました。長老の庵室では、パイーシイ神父が福音書を読み上げ、ポルフィーリイは、隣室の床の上で眠っていました。
アレクセイは、朝とは違った静かな気持ちでゾシマ長老の前に跪き、ヨハネ福音書第二章で、ガラリアのカナの貧しい婚礼に招かれたキリストが水を葡萄酒に変えた「カナの婚礼」の朗読を聴きながら、まどろみ始めました。
彼は夢の中で、ガラリア地方のカナの婚礼におり、その婚礼に招かれたゾシマ長老が自分に近づいてくるのを感じました。
ゾシマ長老は、ここにいる者たちは皆、一本の葱を与えたに過ぎないのだと語り、その者たちと同じように、今日グルーシェニカに葱をあげることのできたアレクセイに、これから自分の行うべきことを始めるように促しました。
さらに長老は、この婚礼で、キリストが自分たちと同じ格好で、客人たちの喜びを打ち切らせないように、水を葡萄酒に変え、永遠に新しい客を入れ、自分たちともに楽しんでいる様子をアレクセイに指し示しました。
その言葉を聞いたアレクセイは、不意に何かが心の中で燃え、痛いほどに心を満たしたのを感じ、歓喜の涙を流して叫び声を上げながら目を覚ましました。彼は棺の中に横たわる長老の遺骸を見つめると外へと降りていき、歓喜を感じながら地べたにひれ伏し、嗚咽しながら大地に接吻し、大地を愛することを狂ったように誓い続けました。そしてあらゆる人に対して赦しを乞いたいと思いながら、か弱い青年だった自分が堅固な闘士に変わったことを感じました。彼はこの感覚をこの先一生忘れることなく、この感覚を回顧しながら、誰かが自分の魂を訪れたのだと語りました。
その三日後、アレクセイは、長老の命令通り修道院を去り、俗世へと踏み出していきました。
第八編 ミーチャ
ドミートリイの奔走(ゴルストキンに会いに行く)
ドミートリイは、グルーシェニカがこのところ何かに葛藤して苦しんでいることに気づいていたものの、フョードルと自分との間で揺れ動いているのだろうと考え、ひと月前に手紙をよこしたという将校を危険視する考えが浮かぶことはありませんでした。彼はグルーシェニカが去っていったことも知らないまま、もし自分が選ばれたならば、どこか遠くへ彼女を連れ去り、善行の生活を送ろうと心に決めていました。そしてそのためには、人を殺してでもカテリーナに三千ルーブルを返さなければなりませんでした。
ドミートリイは、死期の迫ったサムソーノフが、自分とグルーシェニカとの結婚を進んで認めてくれると考え、この老人に金を融通してもらおうと考えました。
翌朝、ドミートリイはサムソーノフの家を訪れ、断られてもしつこく食い下がり、ようやく寝室に通されました。そして、チェルマーシニャ村は自分の所有すべき領地で、訴訟を起こせば勝つことができるであろうということを語り、父親が自分の所有すべき土地を譲ろうとしない窮状を訴え、その権利を肩代わりしてくれないかと頼みました。
サムソーノフは、自分の妾を狙っているドミートリイの申し出を聞くと憎悪の念を覚え、彼を欺いてやろうという気になりました。そしてその申し出を断り、フョードルと森の取引で話が折り合わないセッターというあだ名の男がイリインスキー神父のところに泊まっていることを教え、フョードルよりも先にその男のところへ行けば、金を融通してくれるかもしれないと提案しました。
ドミートリイは、セッターと呼ばれる男のところへ行くために時計を売り、家主のところへ行って金を借りました。そして留守にしていたイリインスキー神父を探し出し、案内して欲しいと頼み込みました。
フョードルとは従属関係にあったイリインスキー神父は、ドミートリイの計画を聞くと怯えた様子を示しました。ドミートリイは、セッターの本当の名前はゴルストキンという名で、セッターと呼ばれることを非常に嫌っていることを初めて知りました。
ドミートリイは、神父の知り合いの森番のところにいるゴルストキンのところへ行きました。しかしゴルストキンは泥酔して寝ており、どれだけ起こそうとしても目を覚まそうとしませんでした。ドミートリイは、はやる気持ちを抑えながら、彼が起きるのを待ちました。
ドミートリイがまどろんでいると、焚きすぎた暖炉のために一酸化炭素がたまり、激しい頭痛に襲われました。彼はやっとのことで森番を呼んで窓を開けさせ、いびきをかいたままのゴルストキンを介抱すると、激しい疲れのためにぐっすりと寝入ってしまいました。
朝の九時ごろにようやく目を覚ますと、ゴルストキンはベンチに座り、またしてもひどく酔っていました。ドミートリイは、金の話を切り出そうとしましたが、ゴルストキンは、その話を理解することもできず、フョードルの名前も知らないと言いました。
サムソーノフに一杯食わされたことを悟ったドミートリイは、弱りきって部屋を飛び出しました。そして途方に暮れながら歩き、通りがかりの人に馬車に乗せてもらいながら駅に着き、腹ごしらえをすると再び元気になり、三千ルーブルを作るための計画を立て始めました。
ドミートリイの奔走(ホフラコワ家)
町へ戻ったドミートリイは、まもなく将校のところへ出発しようとしていたグルーシェニカの家に行きました。グルーシェニカは恐怖を感じながらも、これからサムソーノフのところで金勘定をするという嘘をでっち上げ、ドミートリイに自分を見送らせ、十一時に迎えにくるようにと言って彼を騙しました。ドミートリイは、父親のところにグルーシェニカが行かないと知って安心し、彼女を送り出すと、飲み屋で知り合った武器マニアの官吏ペルホーチンの家に行って、ピストルを担保に十ルーブルを借り、スメルジャコフを呼び出すために、父の家の裏手のあずまやへと向かいました。そこで彼はスメルジャコフが癲癇を起こしたことを知り、自分で父の家を見張らなくてはならない必要性を感じながら、ホフラコワ夫人に三千ルーブルを借りに行こうと考えました。素行の悪い自分を嫌っていて、カテリーナとイワンの結婚を望んでいるホフラコワ夫人ならば、自分がカテリーナを捨てるための金を断るはずがないと考えたのです。
ホフラコワ夫人の家に着いたドミートリイは、ゾシマ長老が息を引き取ったことを初めて知りました。三千ルーブルが必要なことを打ち明けると、ホフラコワ夫人は、それが急務であることに気づかず、金鉱事業を勧め始めました。しびれを切らしたドミートリイは、カテリーナを裏切ったことを打ち明けましたが、ホフラコワ夫人はグルーシェニカを捨てて金鉱に行くように主張し、しまいには、三千ルーブルの持ち合わせもないことが分かりました。
最後の望みを絶たれたドミートリイは悪態をつきながら外へと飛び出し、泣きながら歩きました。
ドミートリイの奔走(フョードルの家で)
広場に出たドミートリイは、サムソーノフの世話をしている老婆の女中に出会い、自分が迎えに行くはずだったグルーシェニカがサムソーノフの家から帰っていったことを知りました。彼は怒り狂いながらグルーシェニカの家へと走り、怯えている女中のフェーニャに彼女の行方を聞きました。フェーニャがしらを切りとおすと、彼はとっさに机の上にあった銅の臼を手に取って飛び出してフョードルの家へと駆けつけ、塀を乗り越えて支那の屏風で仕切られた父親の寝室を覗き込みました。フョードルは一人きりでその寝室にいましたが、ドミートリイはグルーシェニカが来ているかどうかの判別がつかず、窓枠にスメルジャコフに聞いた合図のノックをしました。するとフョードルは窓を開けて顔を突き出し、グルーシェニカの名を呼びました。その言葉を聞いたドミートリイは、彼女が来ていないことを確信しました。
窓から顔を出すフョードルの横顔を見たドミートリイは、憎悪を感じ、その憎悪がもはや耐えきれなくなると、ポケットから銅の杵を掴み出しました。
その時、グリゴーリイが寝床で目を覚まし、庭へはいる木戸が夕方から錠をかけていないことを思い出して庭に降りて行き、フョードルの寝室の窓が開け放たれていることに気づきました。その目の前を逃げ出してきたドミートリイが通り過ぎ、石塀に飛びついて乗り越えようとしました。グリゴーリイはその後を追い、「親殺し」と叫びました。ドミートリイは石塀の上から杵を振り落としました。グリゴーリイが血まみれになって倒れると、ドミートリイは、杵を小道の上に投げ捨て、彼が生きているのかを確かめようとハンカチを押し当てました。しかしそれはたちまち血でずぶ濡れになってしまったため、ドミートリイはグリゴーリイの生死を確かめるのを諦め、塀を乗り越えてグルーシェニカの家に走って行きました。そして再びフェーニャのところへ駆け込むと、彼女に飛びかかってグルーシェニカの行方を聞きました。怯えたフェーニャは、グルーシェニカがモークロエの将校のところへ行ったことを白状しました。
全てを悟ったドミートリイは、自分がなぜ将校のことなどこれまで気に留めなかったのか分からないまま、落ち着きを取り戻し、アレクセイとラキーチンの来訪のことや、グルーシェニカがドミートリイを愛していたことがあったことを忘れないようにと言い残して去ったことをつぶさに聞き、部屋を飛び出していきました。
ドミートリイの奔走(ペルホーチンとのやりとり)
ドミートリイはその十分後、血まみれのまま、ピストルを抵当に預けていた若い官吏ピョートル・イリイチ・ペルホーチンの家に入りました。彼は大金の札束をわしづかみにしており、ピストルを受け取りたいと言いました。
百ルーブル札しか持っていなかったため、ペルホーチンは、小僧のミーシャを、町一番の食料品店であるプロトニコフの店へ両替させにやりました。ドミートリイは、ミーシャに、プロトニコフの店でシャンパンや食料を買い集め、馬車に積み込んでおくようにと命じました。
ペルホーチンは、ドミートリイが誰かと喧嘩したのだと思い、彼の血だらけのフロックを脱がせ、手や顔を洗わせました。ドミートリイは、広場で人を轢いた、喧嘩をしたなどと言って、手にしていた三千ルーブルはホフラコワ夫人から手に入れたと言いました。ペルホーチンは、支離滅裂なことを話しながらピストルに弾を装填し始めたドミートリイを見て、彼が自殺するのではないかと考えました。
そこへミーシャが帰ってきて、プロトニコフの店で食事や酒を準備していると報告しました。ドミートリイは、遺書ともとれる紙片をペルホーチンに見せました。
以前、ドミートリイがグルーシェニカと一緒に、あらゆる酒や食料を買い上げたことがあったプロトニコフの店では、今回もドミートリイの来訪を待ち受けていました。
ドミートリイとペルホーチンが店のそばまで来ると、この店に来るように言いつけられていた馭者が待ち受けていて、グルーシェニカの乗った馬車からは一時間ほど遅れているだけだと言いました。
ドミートリイは、シャンパン四ダースなどの食料を買いこみました。店員たちは値段をごまかし、ドミートリイが支払うと言った四百ルーブルにはおよばない量の食料しか馬車に積み込もうとしませんでした。ペルホーチンは、ドミートリイの無駄遣いを止めさせ、きちんとした値段でそれらを買わせてやりました。ドミートリイは、ペルホーチンのためにシャンパンを一壜開け、乾杯をし、馭者の準備が整うと、別れを告げて店を出て行きました。
ドミートリイが馬車に乗り込もうとすると、フェーニャが現れ、グルーシェニカを殺さないでほしいと懇願しました。ペルホーチンは、ドミートリイがモークロエで騒ぎを起こそうとしているのだと思い、ピストルを返すようにと叫びました。
ドミートリイは、「人を殺すことはない」と言うと、フェーニャに酷いことをした赦しを乞い、旅立って行きました。
ペルホーチンは、店に帰ってゲームを始め、ドミートリイが三千ルーブルを掴んでいたと相手に語りました。するとゲームの相手は、ドミートリイが父親を殺すと公言していたことを語り始めました。ペルホーチンは、フョードルの家に行き、何事も起きていないかを確かめようという気になりましたが、自分が夜中にみっともない騒ぎを起こそうとしていることに気づくと、それを思いとどまり、グルーシェニカが借りていたモロゾワの屋敷へと向かいました。
ドミートリイの奔走(モークロエへ)
ドミートリイは、街道を飛ばし、モークロエに向かいました。彼は、グルーシェニカの恋人である将校にはまったく嫉妬を覚えませんでしたが、彼女との過去の全てを清算することができず、胸が締め付けられるような苦しみを味わいました。彼は、これからグルーシェニカの前にひれ伏して別れを告げるつもりなので、日の出を迎えるまで自分のことを裁かず、彼女に対する愛を全うさせてほしいと、主に祈りました。
モークロエに着くと、彼は宿に行き、その主人のトリフォン・ボリースイチにグルーシェニカが来ているかと聞きました。欲深い百姓で、以前ドミートリイとグルーシェニカが豪遊した時に多額の金を得たことがあったトリフォンは、グルーシェニカがポーランド人と一緒に来ていることを教えました。
ドミートリイは、これから酒や食料が大量に届くことになっていることを伝え、近隣の村にいるユダヤ人の娘たちを起こしてくるように命じました。
ドミートリイは、グルーシェニカの姿が見える部屋へとトリフォンに案内させました。グルーシェニカは、以前恋人であったポーランド人将校ムッシャローウィチと、そのボディーガード格の大男ヴルブレフスキー、そして偶然この宿屋に寄っていたカルガーノフとマクシーモフと一緒でした。彼女はドミートリイの姿に気づき、怯えた声を出しました。
グルーシェニカのもとへ
ドミートリイは、テーブルの近くに寄って行き、自分が仲間入りしても良いかと尋ねました。グルーシェニカは怯えながらも、ドミートリイを自分たちの中に入れました。
ドミートリイは、グラスを合わせることも忘れて、注がれたシャンパンを飲み干しました。彼はグルーシェニカが自分を赦し、隣に座らせてくれたことに感激し、ムッシャローウィチをライバルだとは思いませんでした。
カルガーノフは、修道院でのカラマーゾフ家の会合の際にイワンに突き飛ばされたマクシーモフを連れて田舎に行った後、このマクシーモフという男に興味を抱いていました。マクシーモフは、足の悪いポーランド人の最初の妻や、持ち村を自分の名義にした上でフランス人と逃げた二番目の妻についてや、あるフランスの作家を侮辱して殴られたことを語りました。その会話に退屈したポーランド人たちが、苛立たしげな目でこちらを見ていることに気づいたドミートリイは、彼らとポーランドのために乾杯を行いました。
しかし二人のポーランド人は、ロシアのために乾杯してもグラスに手を触れず、ポーランドを占領した年のロシアに乾杯をしました。ドミートリイは、二人と争いになりかけましたが、グルーシェニカに制されて引き下がりました。グルーシェニカは、以前の恋人であったムッシャローウィチを蔑んでいるようでした。
一同は気分が晴れないまま、カードで賭けを始めました。ドミートリイは、二人のポーランド人のいかさまのため、あっという間に二百ルーブルを負け、カルガーノフに勝負をやめるようにと忠告されました。カルガーノフとポーランド人が険悪な雰囲気になると、ドミートリイは、不意にある考えが浮かび、二人のポーランド人を隣の部屋へ連れて行き、三千ルーブルを渡すので、永久にここを去ってくれないかと提案しました。
二人のポーランド人は、三千ルーブルと聞いて顔色を変えたものの、ドミートリイの提示した頭金の額が少なかったため、その侮辱ともいえる提案を疑い始め、グルーシェニカにそれを伝えました。グルーシェニカは、二人が金を受け取りかけたことを知ると、怒り狂い、それまでの五年間を後悔しながら泣き崩れました。
そこへ店の主人トリフォンが入ってきて、ポーランド人たちが行っていたカードのいかさまを見ていたことを暴露すると、一同は争いとなり、ドミートリイはヴルブレフスキーを広間からかつぎ出し、自分が騙された二百ルーブルを取り返さないと宣言しました。ムッシャローウィチは出て行きましたが、グルーシェニカはその後を追いませんでした。
グルーシェニカの愛を勝ち取ったドミートリイ
二人のポーランド人が出て行ったあと、村からやってきたユダヤ人たちを含めた派手な酒盛りが始まりました。
ドミートリイは、百姓たちすべてに飲み物を振る舞いながらも、自分の犯した罪を思い出し、自殺しようと考えました。しかしグルーシェニカが自分のことを愛していることは明らかであったため、彼は自分に残された最後の時間を彼女との愛の時間に捧げようと決心しました。そしてグルーシェニカから勧められたグラスに酔いながら、たえず彼女のそばで過ごしました。
グルーシェニカは、以前とは変わってしまっていたムッシャローウィチではなく、今ではドミートリを愛していると語り、泣きそうになりながらはしゃぎ、踊れなくなると自分を連れ出してほしいと頼みました。ドミートリイは、グリゴーリイに流させた血のことを後悔しながら、彼女を遠くへ連れて行き、良い人間になることを誓いました。
そこへ、町の警察署長のミハイル・マカールイチと、検事のイッポリート・キリーロウィチ、予審調査官ニコライ・ネリュードフ、分署長のマヴリーキイ・マヴリーキチがやってきて、ドミートリイにフョードル殺人事件の容疑者であると言い渡しました。ドミートリイは、彼らの言っていることを理解することができませんでした。
第九編 予審
※第九編の序盤は、第八編の終わりからやや時間がさかのぼり、ドミートリイが出立した後の町の様子が書かれます。
ホフラコワ夫人を訪れるペルホーチン
ドミートリイを見送った女商人モロゾワの家の門番を叩き起こしたペルホーチンは、フェーニャに会い、ドミートリイが杵を持ってグルーシェニカを追っていき、帰ってきた時には両手を血だらけにしていたことを知りました。
ドミートリイが父を殺しに行ったのではないかと考えたペルホーチンは、ホフラコワ夫人の家に行って彼女を起こし、ドミートリイに三千ルーブルを渡したかを聞きました。ホフラコワ夫人は、金は渡していないと答えました。ペルホーチンは、ドミートリイが持っていた金の出どころは分からなかったものの、彼が父親を殺しに行ったに違いないと考え、郡の警察署長ミハイル・マカールウィチのところへ行くことを決めました。始めは夜遅くの訪問に腹を立てていたホフラコワ夫人は、やがて美青年で頭の切れるペルホーチンに魅了され、どのような事実が明らかになるか、分かり次第教えてほしいと頼みました。
フョードルの遺体の発見
ドミートリイに殴られたグリゴーリイが倒れた後、マルファはスメルジャコフの癲癇の悲鳴を聞いて目を覚まし、夫の姿が見えないことに気づきました。彼女は夫を探し回り、人事不詳になりながら塀の脇から這ってきたところを発見しました。そしてフョードルの家の窓が開け放たれ、中に灯りがともっているままであることに気づき、白いシャツを血に染めたフョードルが床の上に仰向けに倒れているのを発見しました。
マルファは、マリヤ・コンドラーチエヴナの家に駆けつけて助けを求め、その家に泊まっていた放浪癖のある男を連れ、三人で現場に駆けつけました。
グリゴーリイを離れにかつぎこんだ三人は、フョードルのところへ向かおうとして、この一週間、フョードルが自分からは決して開けようとしなかった家の中から庭に出るドアが開いていることに気がつきました。中に入るのが怖くなった彼らは引き返し、警察署長のところへ走るようにというグリゴーリイの命令に従いました。その間スメルジャコフは、癲癇の発作のために部屋でもがき続けていました。
マリヤ・コンドラーチエヴナは、警察署長ミハイル・マカールイチの家に走り、このことを報告しました。ミハイル・マカールイチの家には、折よく、検事のイッポリート・キリーロウィチ、郡会医のワルヴィンスキー、予審調査官のニコライ・パルフェーノウィチ・ネリュードフが訪れていました。
そしてその五分後、ペルホーチンがこの家に到着したのでした。
ドミートリイの尋問
一同は現場に入り、検証を行いました。フョードルは頭を打ち割られ、死亡していることがわかりました。凶器は、グリゴーリイが襲われたのと同じものであろうと推察され、それは庭の小道に無造作に放り出されていました。部屋には、グルーシェニカのためにフョードルが用意していた三千ルーブルが入っていたと思われる封筒が落ちていました。
ペルホーチンは、ドミートリイが自殺する素振りを見せていたことを、検事イッポリートと予審調査官ネリュードフに伝えました。
そこで、その時ちょうど俸給を取りに町に来ていた分署長のマヴリーキイ・マヴリーキエウィチ・シメルツォフが、ドミートリイを探すためにモークロエに派遣されました。マヴリーキイ・マヴリーイエウィチは、古い知人のトリフォンにだけ、仕事の秘密をある程度打ち明け、その話を受けたトリフォンは、ドミートリイのピストルのケースをこっそりと運び出していました。
ドミートリイは、監視をされていることに気づかないまま、モークロエでの夜を過ごしました。そして朝の四時過ぎに、現場検証などの作業を終えたミハイル・マカールイチ、イッポリート、ネリュードフらがようやく到着し、ドミートリイを連行しました。
彼らが入ってきた時、ドミートリイは何を言われているのか理解できませんでしたが、やがて父親の血に関しては、無罪だと主張しました。
自分も一緒に裁いてほしい懇願するグルーシェニカから引き離され、ドミートリイはテーブルに座らされ、多くの人に監視されながら、ネリュードフやイッポリートと対面しました。彼はグリゴーリイが生きていることを知ると神に感謝して喜び、フョードル殺しの犯人探しに協力すると言いました。
ネリュードフは、動機の裏づけを取るために、ドミートリイがフョードルを憎んでいたのかということと、その憎悪の気持ちの原因を本人に確認しました。ドミートリイは、嫉妬や金銭上の争いから父親を殺したいと思ったことがあると正直に答え、フョードルがグルーシェニカのために用意していた三千ルーブルが、遺産の未払いとして、自分の金だと認識していたことも白状しました。
ネリュードフは、それらをすべて記録に留めました。
別の部屋にマクシーモフと一緒にいたグルーシェニカは、ドミートリイのところへ向かおうと部屋を飛び出しましたが、取り押さえられ、マカーロフになだめられました。グルーシェニカが落ち着いたことを聞いたドミートリイは快活さを取り戻し、尋問が再開されました。
イッポリートは、三千ルーブルが必要だった理由を尋ねました。ドミートリイは、借金を返すためだと答えましたが、その相手が誰かというのは、事件に関係のない私生活に関することで、自分の名誉のために言うことはできないと主張しました。彼は、一昨日の朝にサムソーノフを訪れて一杯食わされたこと、マリヤ・コンドラーチエヴナの家でグルーシェニカを見張っていたことや、スメルジャコフが自分に情報を漏らしていたこと、そしてホフラコワ夫人の家でも金を得ることができずに、誰かを殺してでも三千ルーブルを手に入れようと考えたことを語りました。しかしネリュードフが銅の杵を取り出し、その杵を用意した目的について聞かれると、彼は苛立ちを隠すことができなくなっていきました。
しかし、ドミートリイは心を和らげ、言い落としのないように、父の家の庭に忍び込んだことや、グリゴーリイの頭を打ったことなどのすべてを話し始めました。
最後にドミートリイは、窓から顔を出す父親の姿を認めて、凶器を取り出しながらも、自分でもなぜだか分からずに窓のそばから逃げ出して塀の方へ向かったことまでを語りました。するとイッポリートは、そのときに離れの向こう側にある庭への出口が開いていたかを聞きました。ドミートリイは、そのドアは閉じていたと証言しました。イッポリートは、遺体の発見時、そのドアは開いており、犯行は明らかに窓越しではなく、部屋の中で行われたことを伝えました。ドミートリイは、グルーシェニカが来たことを伝えるための合図を使ったものの、守護天使の救いによって部屋には入らなかったと主張し、犯人は同じくその合図を知っていたスメルジャコフではないだろうかと推測しました。
休憩のあとは、グリゴーリイを杵で殴りつけたことについての尋問となりました。ドミートリイは、グリゴーリイが倒れたあと、自分でも分からずに塀から飛び降りて様子を見たと証言しましたが、イッポリートたちは犯行の唯一の目撃者が生きているかどうかを確かめるために飛び降りたのではないかと疑いました。
ドミートリイは、その後、自分が血だらけになっていることに気がつかないままフェーニャの話を聞き、グルーシェニカと将校を二人で行かせてやろうと考え、ペルホーチンのところでピストルを装填するときに遺書を書き、自殺するつもりであったことを証言しました。
ネリュードフは、どこで突然その大金を手に入れたのかと聞きました。しかしドミートリイは、その金の出どころを言うことは、父親を殺したこと以上の恥辱があるのだと答え、口を割ろうとはしませんでした。
仕方なくイッポリートは、モークロエに来てからのことを聞き、ドミートリイはここで自殺の決意をなくしたことを語りました。
今持っている金を全額出して欲しいと頼まれたドミートリイは、机の上に金を出しました。しかしそれらの金と、ドミートリイがプロトニコフの店に置いてきた三百ルーブルと、ペルホーチンに渡した十ルーブル、馭者に渡した二十ルーブル、ここで負けた二百ルーブルを足しても、千五百ルーブルにしかならず、彼が持っていたという三千ルーブルには届きませんでした。
さらに服を脱ぐようにと命じられたドミートリイは、礼儀を守らないイッポリートやネリュードフたちに軽蔑を抱きながらその言葉に従いました。彼のシャツの右の袖口は、グリゴーリイの血に染まりながら内側に織り込まれており、ネリュードフは、帽子や、血に染まったシャツを押収しなければならないと伝えました。
長い間待たされた後、ようやくネリュードフがカルガーノフから寄付された服を持ってくると、ドミートリイは、自分の服が戻ってこないことに激怒しながら、説得されてその服を着ました。
ドミートリイは、自分は仮に父親を殺したとしても、それを隠したり嘘をついたりするようなことに耐えられるような人間ではないと言って、父親の部屋のドアを開けて入った人物が犯人であり、それは自分ではないと主張しました。
イッポリートは、グリゴーリイが逃げていくドミートリイに気づくより前に、その扉が開いていることを確認しており、ドミートリイがそのドアから逃げ出したに違いないと証言していることを伝えました。
ドミートリイは息を切らせながら、その証言は嘘だと主張しました。ネリュードフは、父親がグルーシェニカのために用意していた、金が盗み取られたと思われる封筒を取り出して見せました。ドミートリイは、その封筒の存在を知っていたものの、それがどこに隠されていたのかは知らず、それを知っていたのはスメルジャコフだけであると主張しました。
しかしイッポリートは、ドアが開いていて、そこからドミートリイが逃げ出したという証言があることや、ドミートリイが金の出どころを頑なに喋らないことを挙げ、そのような事実から何を信じるべきなのだろうかと突きつけました。
追い詰められたドミートリイは、その金が自分の盗んだ千五百ルーブルで、いつも身につけていたものだったということを仕方なく語り始めました。それはひと月前にカテリーナに呼ばれた時、モスクワにいる姉のアガーフィヤに送ってほしいと言われて預かった三千ルーブルのうちの半分で、グルーシェニカとともに二日でモークロエで使った残りの半分を封に入れて首から下げていたものでした。ドミートリイは、以前からモークロエで三千ルーブルを使い果たしたと言いふらしていたものの、実際には、自分が泥棒にはなりたくないという一心で、いつか返すつもりで千五百ルーブルを取り分けており、グルーシェニカが自分のところへ来た時のために、その千五百ルーブルをカテリーナに返すことを躊躇して縫いこんでいたのでした。そしてフェーニャのところからペルホーチンの家に行く途中に、朝の五時にモークロエで死ぬことを決め、その縫い込んでいた袋を引きちぎりました。このことで、彼は自分が完全に泥棒となったと認識しながら、自分でもなぜか分からないまま千五百ルーブルの金を三千ルーブルと吹聴し、その金を使い果たしたのでした。
イッポリートは、その千五百ルーブルを縫い込んでいたお守りについて聞きました。ドミートリイは、それは、下宿のおかみのナイトキャップをくすねて縫ったもので、彼はそれを広場でちぎり取って捨てたと証言しました。
検事はその袋についての質問を続けようとしましたが、極度の疲れを感じていたドミートリイは供述を投げだし、両手で顔を覆いました。
証人たちの尋問
ネリュードフによる証人たちの尋問が始まりました。
トリフォンは、ひと月前ドミートリイが三千ルーブルを持ってきたと豪語したことや、彼の散財が三千ルーブル以下であったということはありえないということを証言し、百姓と馭者は、トリフォンの供述を裏づけました。
ムッシャローウィチは、グルーシェニカとの関係についてむきになっていたため、ドミートリイが自分を買収しようとして七百ルーブルを差し出し、残りの二千三百ルーブルを翌朝町で払うことを提案したことを証言し、この証言により、ドミートリイが町のどこかに金を隠しているという可能性が浮上しました。その三千ルーブルをどのように捻出するつもりだったのかと問われたドミートリイは、チェルマーシニャの領地の正式な権利書を送るつもりだったのだと主張しました。二人のポーランド人は、カードのいかさまに関してほとんど言及されず、二百ルーブルも手放すことなく放免されました。
泣きそうになりながらグルーシェニカに寄り添っていたマクシーモフは、取り乱しながら呼び出され、ドミートリイの持っていた金を二万ルーブルと証言し、すぐに放免されました。
マカーロフに連れてこられたグルーシェニカは、まるで上流社会の貴婦人のような高貴さで、ひと月前、ドミートリイが散財した額は三千ルーブルであったと言っていたこと、それから彼が金がないとこぼしていたことや、父を殺そうという内容の発言をしていたことを正直に告白しました。しかし、彼女は、ドミートリイがたまに口をすべらせることはあっても、それは人を笑わせるためか強情のためであり、率直に本当のことを言う彼の高潔さを信じており、彼が殺人を犯したとは思っていませんでした。彼女はドミートリイのことを信じてほしいとネリュードフらに懇願しました。
連行されるドミートリイ
グルーシェニカが放免されると、ドミートリイはしばらくの間元気づきましたが、やがて極度の疲労を感じるようになりました。そして証人たちの尋問が終わると、彼は眠りに落ちました。
すると夢の中に、焼け出された貧乏な百姓の母親と、凍えて泣いているその子供が現れ、ドミートリイはその母子が二度と泣いたりせぬよう、みんなのために何かしてやりらなければならないと考えました。彼は「一生あなたと一緒に行くわ」というグルーシェニカの声がしたような気がして、生きていたいと感じながら起き上がり、自分が眠っている間に誰かが頭に枕をあてがってくれたことに感激しながら、ネリュードフから差し出された調書に署名をすると宣言しました。
ネリュードフは、ドミートリイが自分に課せられた容疑を否認しながら、無実を証明する証拠を提示しなかったために、刑務所に拘置するという起訴状を読み上げました。
囚人であることを申し渡されたドミートリイは、自分がこれまで真人間になることを誓いながら、卑劣な行いをしてきたことを告白し、この告発を甘んじて受けるつもりであると言いながら、父親の血に関しては無罪であると主張し、その件に関しては戦うつもりだと言いました。
ドミートリイの願いで連れてこられたグルーシェニカは、彼がどこへ流されようとついていくという意思を示し、涙を流しました。ドミートリイは、グルーシェニカを破滅させてしまったことに対する赦しを乞い、用意されていた荷馬車に乗り込みました。マヴリーキイ・マヴリーキエウィチが、もう一台の荷馬車で護衛にあたり、ドミートリイは連行されていきました。
ドミートリイの有罪を信じていたカルガーノフは、彼と握手をして別れ、玄関に走り込むと、この世は生きるに値するのだろうかと考えながら悲しみに打ちひしがれ、両手で顔を覆って泣き始めました。