エミリー・ブロンテ『嵐が丘』の登場人物、あらすじ、感想

 『嵐が丘』(Wuthering Heights)は、「ブロンテ姉妹」の一人、エミリー・ブロンテによる、一八四七年に発表された長編小説です。ブロンテ姉妹は、イングランドのヨークシャー地方の牧師の家に生まれた三女のシャーロット、四女のエミリー、五女の妹アンのことを指し、三人はそれぞれ、イギリスの文学に多大な影響を及ぼした作家として知られています。
 『嵐が丘』は、エミリーのデビュー作であり、唯一の長編小説で、シャーロットの代表作『ジェーン・エア』、アンの代表作『アグネス・グレイ』と同時期に出版されました。当時、女性作家は珍しく、文壇での評価を得ることが難しかったため、エリス・ベルという男女どちらともとれるペンネームで発表されました。発表当初は、各方面から酷評され、エミリーは作家としての名声をあげられないまま、若くしてこの世を去りました。しかし、その死後、型破りな作品構成が脚光を浴び、現代ではイギリス文学を代表する作品の一つとして知られています。
 これまで数多く映像化がなされ、特に一九三九年に発表された映画は、アカデミー撮影賞を受賞しています。また、ケイト・ブッシュというイギリスのシンガーソングライターが、この小説からヒントを得て作った、同名の『嵐が丘』というヒット曲があり、これは日本のテレビ番組でオープニングテーマとして使われていたため、聞いたことのある三十代以上の人は多いのではないかと思います。
 サマセット・モームの『世界の十大小説』にも選出され、その中で『嵐が丘』は以下のように評されています。

出来映えはひじょうに悪い。だが、同時にひじょうにすぐれてもいる。醜く忌わしい。だが、同時に美しくもある。恐ろしい、読む人を苦しみ悩ませる、力強い、情熱にみちた書物である

『世界の十大小説』より

 このページでは、そんな激しくも悲しい物語『嵐が丘』の登場人物、あらすじ、感想を紹介していきます。


嵐が丘 (新潮文庫)

『嵐が丘』の登場人物

※詳しい登場人物紹介はこちら

※少しだけネタバレします。

ヒースクリフ
リバプールで飢え死にしそうなところを拾われた孤児。ヨークシャーの荒涼とした土地「嵐が丘」でキャサリンと共に育ち、愛し合うようになるが、屋敷の主人となったヒンドリーからは召使として酷い扱いを受ける。キャサリンがエドガーと結婚すると姿を消し、その三年後に莫大な財産を抱え、復讐のために戻ってくる。

キャサリン・アーンショウ
「嵐が丘」に屋敷を構えるアーンショウ家の娘。拾われてきたヒースクリフと愛し合うが、隣の領地「スラッシュクロス」の息子エドガーと結婚する。

ヒンドリー・アーンショウ
アーンショウ家の息子。キャサリンの兄。父親の愛情を奪ったヒースクリフに恨みを持ち、召使の身分に落とす。

フランセス
ヒンドリーが寄宿制のカレッジにいる間に結婚した身分の低い女。

エドガー・リントン
嵐が丘の隣の領地「スラッシュクロス」に屋敷を構えるリントン家の息子。

イザベラ・リントン
リントン家の娘。エドガーの妹。

キャサリン・リントン(キャシー)
キャサリンとエドガーの娘。器量がよく、優しい心を持つ。

ヘアトン・アーンショウ
ヒンドリーとフランセスの息子。まともな教育を受けずに育ち、粗野な性格。

リントン・ヒースクリフ
ヒースクリフとフランセスの息子。フランセスに女手一つで育てられた。生まれつき病弱で、歪んだ性格に育つ。

エレン(ネリー)・ディーン
スラッシュクロスの家政婦。幼い頃から嵐が丘に住み込んでおり、そこで起きたヒースクリフによる復讐の物語をロックウッドに語り聞かせる。

ロックウッド
語り手。スラッシュクロスの屋敷を借りた人間嫌いの男。

『嵐が丘』のあらすじ

※もっと詳しい章ごとのあらすじはこちら

 一八〇一年、人間嫌いのロックウッドは、社交界から遠ざかるため、イングランドのヨークシャーにある人里離れた土地『スラッシュクロス』の屋敷を借りました。スラッシュクロスの所有者はヒースクリフという男で、普段は隣の領地『嵐が丘』に住んでおり、挨拶に訪れたロックウッドを不愛想に出迎えました。嵐が丘の屋敷には、ヒースクリフの他に、容姿端麗な義理の娘キャサリン・リントン(以下キャシー)、気ままな態度の若者ヘアトン・アーンショウ、年寄りの召使ジョウゼフ、家政婦のズィラが暮らしていました。
 ロックウッドは、過去に囚われているような言動をするヒースクリフや、お互いにいがみ合っているように見える嵐が丘の人々に興味を覚え、スラッシュクロスの家政婦エレン・ディーンに、嵐が丘に起きた過去の物語を聞きました。

 嵐が丘に代々住んでいたのは、アーンショウ家という由緒正しい一族でした。エレンは、母親がアーンショウ家の息子のヒンドリーの乳母をしていたため、ヒンドリーと、その妹のキャサリンと幼い頃から仲良くしていました。

 ある日、主人のアーンショウがリバプールに出かけ、街中で飢え死にしそうになっていた一人の孤児を連れ帰りました。その子供はヒースクリフという洗礼名を与えられ、一家に入りました。ヒースクリフはキャサリンとすぐに仲良くなり、毎日のように二人で荒野を走り回って遊びました。一方、父親の愛情を奪われたヒンドリーは、ヒースクリフのことを毛嫌いし、酷い暴力を振るうようになりました。
 両親が息を引き取り、寄宿制のカレッジに入れられていたヒンドリーが妻帯者となって屋敷に戻ると、ヒースクリフは召使いに格下げされ、畑仕事をするように命じられました。ヒースクリフのことを深く愛すようになっていたキャサリンは、彼の畑仕事を手伝い、勉強を教えました。
 ある日、ヒースクリフとキャサリンは、隣の領地であるスラッシュクロスに行き、屋敷の中を覗き込んで捕らえられました。屋敷の犬に噛まれたキャシーは、傷が癒えるまでの五週間をスラッシュクロスで暮らし、ヒンドリーの妻フランセスがそこへ通い、教育を施しました。それ以来キャサリンは、スラッシュクロスの息子のエドガーと、娘のイザベラと交流を行うようになりました。一方ヒースクリフは、立派な令嬢に早変わりしたキャサリンに引け目を感じるようになっていきました。

 お産が原因でフランセスが死ぬと、ヒンドリーは酔っぱらって一人息子のヘアトンに暴力を振るうようになりました。誰も訪れなくなった屋敷は荒れていきましたが、キャサリンに惚れこんでいたエドガーだけは、一人で頻繁に訪れました。
 やがてエドガーはキャサリンに結婚を申し込みました。キャサリンは、ヒースクリフのことを深く愛しながら、彼と結婚しては物乞いになるしかないと考え、財産のあるエドガーとの結婚を決めました。彼女は結婚後もヒースクリフの後ろ盾となって付き合いを続けるつもりでいました。しかし、結婚の話を聞いて傷つけられたヒースクリフが姿を消したため、キャサリンは精神錯乱の症状を呈し、重体に陥りました。

 その後、一命をとりとめたキャサリンは、スラッシュクロスに移り住み、その三年後にエドガーと結婚しました。嵐が丘の女中であったエレンもまた、キャサリンに誘われてスラッシュクロスに移りました。

 キャサリンとエドガーが静かに暮らしていたところへ、莫大な財産を得たヒースクリフが三年ぶりに姿を現しました。キャサリンはヒースクリフが帰って来たことに歓喜しましたが、エドガーはあまり良い顔をしませんでした。ヒースクリフは、借金で身を持ち崩したヒンドリーに家賃を支払って嵐が丘に腰を据えると、あたりまえのようにスラッシュクロスに現れるようになりました。そのうちにエドガーの妹のイザベラが、ヒースクリフに熱を上げるようになると、エドガーとキャサリンに復讐を果たそうと考えていたヒースクリフは、イザベラを口説き落とそうと考え始めました。これに業を煮やしたエドガーが、ヒースクリフとの付き合いをやめるか、自分と別れるかを選ぶようキャサリンに要求すると、キャサリンは怒り狂って気絶し、その後の三日間を飲まず食わずで部屋にこもりました。これがきっかけでキャサリンは病気になり、長くは生きられないだろうと診断されました。
 ヒースクリフがイザベラと駆け落ちし、嵐が丘での生活を始めると、エドガーはイザベラとの縁を切りました。エドガーの意向を伝えに行ったエレンは、キャサリンが病気になったことも伝えました。するとヒースクリは、嵐が丘の屋敷に無理矢理上がり込み、病床にいるキャサリンを見て涙を流しました。二人はしばらく責め合っていたものの、お互いの苦しみを見て取ると、固く抱擁を交わしました。その夜、キャサリンは女の子を月足らずで産み落とし、命を落としました。そのことを知ったヒースクリフは悲嘆にくれ、狂ったように泣き叫びました。

 その数日後、ヒースクリフに酷い扱いを受けていたイザベラが、スラッシュクロスに逃げてきて、馬車の手配を頼みました。彼女はその馬車に乗り込んでロンドンの近くに行き、その地で男の子を産みました。
 それから半年も経たない頃、酒に溺れて莫大な借金を抱えたヒンドリーが死に、その息子のヘアトンは、ヒースクリフに召使のような扱いを受けるようになりました。

 キャサリンの娘のキャシーは、エドガーに溺愛されて育ち、美しい娘に成長しました。彼女が十三歳になったころ、イザベラが死に瀕しているという報せが届きました。エドガーは三週間家を開けてイザベラの死を見届け、その息子のリントンを連れ帰りました。すると、その話を聞いたヒースクリフが父親の権利を振りかざし、リントンを嵐が丘に連れ帰ってしまいました。
 リントンは始め丁重にもてなされていたようでしたが、イザベラの面影を残していたことがヒースクリフの気に入らず、虐待を受けるようになりました。もともと虚弱な体質であったこともあり、リントンが長くは生きられないだろうと思ったヒースクリフは、スラッシュクロスを丸ごと手に入れるために、リントンの存命中にキャシーと結婚させようと企みました。
 キャシーは長らく嵐が丘に近づかないようにという教育を受けていましたが、叔父であるヒースクリフが自分に近づくと、興味を覚え、嵐が丘の屋敷に足を踏み入れてしまいました。
 久々に再会したキャシーとリントンは、無学なヘアトンを馬鹿にすることで意気投合し、エドガーやエレンの目を出し抜いて文通を重ねるうちに、恋に落ちていきました。
 かねてから体調を崩していたエドガーは、将来リントンのものになる自分の財産を娘に継がせるためには、二人を結婚させるほかはないと考え、エレンのお供付きで二人が会うことを許可しました。二人は嵐が丘で会うことは禁じられており、リントンは歩いてスラッシュクロスの敷地内までやってきましたが、長患いの末にヒースクリフの虐待が加わり、かなり弱っている様子でした。そこへヒースクリフが現れ、リントンを無理矢理連れ去ろうとしたため、心配になったエレンとキャシーは、嵐が丘の屋敷に足を踏み入れ、ヒースクリフによって監禁されてしまいました。
 キャシーは、このまま監禁され続けるか、リントンと結婚するかの選択を迫られ、自分の身を案じているであろうエドガーを心配して、リントンとの結婚を承諾しました。
 病状を悪化させていたエドガーは、解放されたキャシーの姿を見つめながら息を引き取りました。葬儀が終わると、キャシーはヒースクリフに引き取られていきました。嵐が丘の家政婦のズィラによると、その後すぐにリントンが死に、キャシーは孤独を深め、手に負えない態度を取るようになったようでした。

 ここまでの話を聞いたロックウッドは、スラッシュクロスに住み続ける気にはなれなくなり、ロンドンに住居を移すことを決めました。

 翌年、ロックウッドは友人と猟を楽しんだついでに嵐が丘を訪れ、再びエレンから話を聞きました。

 嵐が丘の家政婦ズィラが暇をとったため、ヒースクリフに呼ばれたエレンは、キャシーとの再会を果たしました。嵐が丘の人々と関わりを避けていたキャシーは、そのうち退屈な生活にうんざりし、ヘアトンをからかって遊ぶようになりました。ヘアトンは、キャシーの美しさに惹かれていたようでしたが、自分の無学さを馬鹿にされていたため、しばらくは意固地になって腹を立てている様子でした。しかしキャシーがヘアトンに歩み寄る態度を見せると、ヘアトンはキャシーを許し、二人は愛し合うようになりました。
 ヒンドリー、キャサリン、エドガーへの復讐を果たし、嵐が丘もスラッシュクロスも手に入れたヒースクリフでしたが、それぞれの屋敷の末裔であるヘアトンとキャシーが愛し合うのを見ても、それを引き離そうとする気力はなくなっているようでした。彼は二人から思い出されるキャサリンの面影に苦しみ、食べることも眠ることもできなくなり、ついにはキャサリンの亡霊を見るようになっていきました。
 ある夜、窓から降り注ぐ雨に打たれながら歓喜の表情を浮かべて死んでいるヒースクリフが発見されました。遺体は望み通りキャサリンの棺の横に埋葬されました。

 ここまでの話を聞いたロックウッドは、帰途、ヒースクリフ、キャサリン、エドガーが並んで葬られている教会に寄り、このような静かな大地で、人々が静かに眠れないわけがあるだろうかと感じました。

管理人の感想

 この作品では、イングランド・ヨークシャーの荒凉とした土地『嵐が丘』と『スラッシュクロス』における、主に二世代にわたる人々の愛憎劇が書かれます。その中心にいるのが、孤児であった拾われ子のヒースクリフです。彼は嵐が丘に拾われてきた当初、屋敷の主アーンショウからの寵愛を受け、その娘のキャサリンとは蜜月の時を過ごしていました。しかし屋敷の主が死ぬと、新しい主人となった息子のヒンドリーによって召使の身分に落とされ、たった一人の友人であり恋人であったキャサリンを、スラッシュクロスの屋敷の息子エドガーに奪われてしまいます。
 傷ついたヒースクリフは姿を消し、その三年後に莫大な財産を抱えて再び嵐が丘に姿を現します。復讐の虜となったヒースクリフは、ヒンドリーを暴力で支配し、エドガーとキャサリンの家庭に入り込み、エドガーの妹のイザベラをたぶらかしで駆け落ちをします。
 その復讐劇は、エドガーやヒンドリーの子供達にも及びます。ヒンドリーの息子ヘアトンにはまともな教育を与えず召使のように育て上げ、スラッシュクロスの土地と財産を手に入れるためにエドガーの娘キャシーを監禁し、自分の息子のリントンと結婚させます。

 優れた文学作品の多くは、常人には理解できない極端な行動をとる登場人物の、内面や過去を深く掘り下げることで、まるで読者の友人であるかのような印象を抱かせます。その登場人物たちはしばしば、不気味で不可解で恐ろしいとしか思えないような行動をとります。しかし、作家たちが彼らを深く掘り下げることにより、私たちはその行動の動機を理解することができるばかりか、彼らのことを愛すべき人だと感じるようにすらなるのです。
 出世のために女性たちを征服した『赤と黒』のジュリヤン・ソレル、ごく一部の非凡人は殺人も許されるという考えを持ち、金貸しの老婆を殺した『罪と罰』のラスコーリニコフ、自分の片脚を奪った鯨を追うために乗組員たちを危険に晒す『白鯨』のエイハブ船長、絵を描くために妻子を捨て、数々の女性を絶望に陥れた『月と六ペンス』のストリックランドなどが、そのような登場人物のよい例であると思います。
 『嵐が丘』のヒースクリフもまた、そのような人物の典型です。
 イザベラにナイフを投げつけたり、衰弱するリントンを見殺しにしたりと、血も涙もないような行いを繰り返すヒースクリフですが、その不幸な生い立ちや、味わってきた苦しみを考えると、嫌悪というよりは憐憫の情を覚えさせられます。一生のうちで彼が満たされていた期間は、幼い頃にアーンショウの父親に拾われてから、その父親が死ぬまでの短い期間だけで、その後の彼は、復讐の虜となり、人を傷つけることばかりを考えるようになっていきます。そのような復讐に、一時的な満足を覚えることはあっても、キャサリンを奪われてしまったヒースクリフは、決して満たされることのない想いを抱き続けていたのではないでしょうか。
 そんな彼も、嵐が丘とスラッシュクロスの両方の土地と人々を掌握してからは、生き残った両家の末裔であるヘアトンとキャシーが愛し合うのを見ても、二人の間をひきはなそうとはしなくなります。破壊しようという気力が失われた途端、彼はまるで死に引き寄せられるかのように、食べることも眠ることもできなくなり、ついにはキャサリンの亡霊を見るようになります。
 つまり、ヒースクリフは、キャサリンを奪われたことで生じた憎しみが生きる原動力となり、憎しみによって生かされていたと言えると思います。そしてその憎しみがなくなった彼には、もはや死という道しか残されていなかったのでしょう。ロックウッドが彼らの墓を見て、「こんな静かな大地で人々が静かに眠れないわけがあるだろうか」と感じたように、ヒースクリフに安らかな眠りが訪れていることを祈らずにはいられません。

 キャサリン母娘の書き分けがうまくなされていない、重要人物であるはずのヘアトンが影のような存在になりさがっている、などといった評価はあるようですが、ヒースクリフというキャラクターが全ての欠点を消し去るほど力強く書かれており、まるで荒野に吹き荒れる嵐のように読者を巻き込んでくれる、魅力のある小説であると思います。