レフ・トルストイ『アンナ・カレーニナ』の詳しいあらすじ

目次

第五編

 リョーヴィンは、懺悔式に行ったという証拠を得ないと結婚式があげられないという話をオブロンスキーに聞き、気がすすまない中、教会へ行きました。リョーヴィンは神を信じることができなかったので、司祭と深く議論することを避けましたが、その結果嘘をつかないですみ、快活な気分になりました。
 結婚式の当日、リョーヴィンは、宿へ偶然やってきたコズヌイシェフ、大学時代の友人のカタワーソフ、治安判事で熊捕り仲間のチリコフと食事をしました。独身の三人は、結婚によって自由を失うことについてリョーヴィンに聞きました。リョーヴィンは、キティの望むものを望むことが幸福だと考えていたため、自由の必要性を感じませんでした。しかし、キティの望むものが何であるかを考えたとき、リョーヴィンは不安に駆られました。
 リョーヴィンはその不安を払拭するため、キティを訪れ、自分のことを愛していないのであれば、結婚する必要はないと言いました。この言葉にキティは涙を流し、自分がリョーヴィンを愛していることをしっかりと説明しました。
 式が始まると、キティは、幸福とこの先の生活への恐れのあまり、祈りの言葉をほとんどまったく理解しませんでした。リョーヴィンは、夢見心地で司祭の言葉に耳を傾け、それらの言葉の意味深さに感動して涙を流しました。
 結婚の晩餐が終わりました。それまでリョーヴィンは、これらのことが真実であると信じられませんでしたが、二人の視線が会うと、自分たちが一心同体であることを初めて信じることができました。二人は田舎に向けてすぐに出発しました。

 ヴロンスキーとアンナは、ベニス、ローマ、ナポリをまわり、イタリアの小さな街へやってきました。そこでヴロンスキーは偶然、貴族幼年学校時代の仲間で、自由主義の活動をしているゴレニーシチェフに出会いました。ヴロンスキーは、アンナにゴレニーシチェフを紹介しました。
 夫を捨てたアンナは、これまでの一切の苦悩から解き放たれ、健康を取り戻すにつれて大きな幸福を感じました。ヴロンスキーのことをより深く愛するようになり、自分に対する彼の愛情に感謝を示しました。
 一方、ヴロンスキーのほうは、独り者の自由を奪われ、完全に幸福とは言えませんでした。退屈を持て余すために絵画に手を出した彼は、ミハイロフというロシアの画家が近くに住んでいることを知り、アンナとゴレニーシチェフを連れて訪ねることにしました。
 ミハイロフは一同に自分の絵を見せました。彼は才能はありそうでしたが、ロシアの画家全てに共通の不幸である教養の不足のために、才能を伸ばすことはできないだろうと思われました。
 ヴロンスキーはアンナの肖像を描いてほしいと依頼しました。ミハイロフの描くアンナは、彼女特有の美しさがしっかりと反映されており、それを見たヴロンスキーは、その技法に舌を巻きました。
 そのうちにヴロンスキーは自分の描く絵の欠点がわかるようになり、絵画をやめてしまいました。生活が退屈なものになったアンナとヴロンスキーは、ロシアに帰ることにしました。

 結婚生活を愛の享楽と考えていたリョーヴィンは、キティが主婦業を行うのを見て驚きました。彼らは次第に結婚生活の苦労というものを知るようになり、諍いも経験しましたが、三ヶ月も経つと、ようやく二人の暮らしは安定し始めました。
 二人はモスクワに一時滞在し、リョーヴィンの田舎の家へ帰りました。リョーヴィンは、遊惰な生活を改め、これまでの農事経営に関する本をまとめる仕事を続けなければならないと思い始めました。

 ニコライと再び暮らし始めたマーシャからの手紙がリョーヴィンに届きました。ニコライは発病し、死にかけているようでした。リョーヴィンは兄の元へ向かうことにしました。キティは一緒に行くと主張しました。どのような宿に泊まるかわからず、娼婦であるマーシャに妻を会わせることなどできないと考えていたリョーヴィンは、妻が来ることを嫌がりましたが、妻に押し切られ、しぶしぶ同行を許しました。
 ニコライは不潔で臭気のこもった部屋に寝かされており、すっかり変わってしまっていました。リョーヴィンはそのような兄を見て絶望しただけでした。しかし、温泉地で病人に対する接し方を学んでいたキティは、ニコライに優しく話しかけ、少しでも楽になるよう、部屋を掃除し、着替えさせ、毛布に包みました。リョーヴィンは、キティが死についての認識を的確に持っていることに驚き、自分が兄のことを恐れていることを恥じました。
 翌日、キティの勧めに従って、ニコライは聖餐と塗油を受けました。ニコライは激しい生への執着を見せながら、少しずつ弱まって行きました。そのまま数日が経ち、周囲の者が早く死が訪れないかとすら感じるようになってから、ようやく彼は息を引き取りました。兄の死を目の当たりにしたリョーヴィンは、死が不可避であることをより強く感じて恐れました。しかし、キティがいることにより、たとえ死が存在しても、生きかつ愛さなければならないということを、より深く感じました。
 ニコライを診ていた医者は、キティが妊娠していると診断を下しました。

 周囲の人々が、妻を解放してやるように自分に期待しているのを知り、かレーニンは途方にくれました。彼は世間から侮辱されているように感じ、孤独になり、絶望にくれました。
 カレーニンの昇進は停止しました。その原因はわかりませんでしたが、彼の官吏としての活躍が終わったことは、誰の目にも明らかでした。リディア伯爵夫人が心配して訪れ、彼の状況に深く同情し、家政とセリョージャの世話を行うことを申し出ました。リディア伯爵夫人はカレーニンの精神的な支えとなり、カレーニンは、伯爵夫人の信仰する新しい解釈のキリスト教にすがりつくようになりました。
 夫に捨てられた経験を持つリディア伯爵夫人もまた、カレーニンに惚れこむようになっていきました。彼女はアンナとヴロンスキーがペテルブルクに帰ってきたという知らせを受け、二人がカレーニンに会わないように気を揉みました。
 セリョージャに会うための手配をしてほしいという手紙が、アンナから届きました。アンナのことを汚らわしいと思っていた伯爵夫人は、カレーニンにアンナと子供を会わせないように忠告を与え、カレーニンはそれに同意しました。
 九歳になったセリョージャは、リディア伯爵夫人と父から、母が死んだと聞かされていました。しかし彼はまだ死というもの自体を信じることができなかったため、常に愛していた母の姿を探し続けました。

 ヴロンスキーとアンナはペテルブルクに着くと、一流のホテルに落ち着きました。ヴロンスキーはアンナを社交界に復帰させたいと思っていましたが、社交界には、アンナを再び迎えようという風潮はもはやありませんでした。
 アンナを社交界に戻すことが難しいと悟ったヴロンスキーは、ペテルブルクに滞在するのが耐え難いものに思われました。
 リディア伯爵夫人を通してセリョージャ会うことを拒否されたアンナは、憤慨し、召使いを買収してでも会いに行こうと決めました。セリョージャの誕生日の早朝に、アンナは昔の家を訪れました。召使いたちは、それに気づきましたが、黙って彼女を通しました。セリョージャに再会したアンナは、涙を流して喜びました。
 しかし毎朝八時に子供部屋を訪れる習慣でカレーニンがやってくると、アンナは、夫への嫌悪にかられ、泣いている我が子を置いて走るように部屋を出ました。ホテルの部屋に戻ったアンナは、なぜ自分がこんなところにいるのか納得がいかなくなり、ヴロンスキーとの間にできた女の子には、セリョージャに比べると、愛情を持てないことに気付きました。
 アンナはヴロンスキーの愛情がなくなったらどうすればいいのかと考え始め、二人きりで話をしたいと望みましたが、ヴロンスキーがヤーシュヴィンと出かけてしまったため、怒りにかられました。

 ヴロンスキーが部屋に戻ると、アンナは劇場に出かけると言い始めました。世間で醜聞をたてられているアンナのその行為は、社交界での身を壊すのと同じことを意味していました。ヴロンスキーはアンナの敵意に満ちた態度を理解することができず、憎悪の念を膨らませるようになりました。ヴロンスキーは舞台の途中で劇場に入り、アンナの姿を認めると、その美しさに激しく惹かれながらも、侮辱を覚えました。
 アンナは、他の客に侮辱を受けたようで、屈辱的な表情をして退席しました。ヴロンスキーが部屋に戻ると、アンナは泣きながら、自分が社交界で追い詰められた原因をヴロンスキーのせいにして責めました。ヴロンスキーはアンナをなだめましたが、心の中では彼女の言い分に納得できませんでした。