第七編
リョーヴィンとキティがモスクワにきて三ヶ月が経ちました。キティはまもなくお産となる予定でした。リョーヴィンは都会生活になじめず、絶えず緊張している様子で、著述の仕事もやめてしまいました。
自分の名付け親であるマリヤ・ボリーソヴナ老公爵夫人が会いたいと言ってきたため、キティが訪れると、その場に来ていたヴロンスキーと再会することになりました。彼女はほとんど冷静にヴロンスキーとの再会を果たすことができ、それを聞いたリョーヴィンの方も、嫉妬の念に煩わされずにすみました。
二人がモスクワにきてからというもの、田舎暮らしでは想像もつかない出費が増えだし、銀行預金も底を尽きたので、キティは家の財産のことを心配し始めました。ドリーの家も借金まみれとなっていました。リョーヴィンはどこから金を手に入れるべきかよくわからず、キティが金のことを言いだすと不愉快な気分になりました。
ある日リョーヴィンは、ペテルブルクの有名な学者であるメートロフと議論し、近頃親しく交際しているキティの姉のナタリーとリヴォフの家を訪れ、音楽界へと行き、委員会の集まりへと行きました。一度家に帰り、キティの様子を見届けてから、社交界のクラブへ行くと、そこにはヴロンスキーも顔を出していて、オブロンスキーによってヴロンスキーとリョーヴィンは近づきました。リョーヴィンは、自分がヴロンスキーになんら敵意を感じていないことに気づき、嬉しく思いました。
リョーヴィンはオブロンスキーの勧めで、アンナを訪ねました。アンナは、リョーヴィンに会えたことを喜びました。自分がアンナを訪れたことを、キティが不快に思わないかと気にしていたリョーヴィンでしたが、アンナを一目見るなり、その魅力に胸打たれました。聡明な知性と、自分の不幸を隠そうとしない誠実さと、率直で自然な態度がアンナから感じられ、リョーヴィンは彼女にすっかり魅了されるとともに、気の毒にも感じました。
家に帰ると、リョーヴィンはアンナに会ったことをキティに伝えました。リョーヴィンがアンナに魅了されたことに気づいたキティは泣き出し、二人は和解するのに夜中までかかりました。
アンナは、自分がリョーヴィンのような家庭的な男をも魅了したことに気づき、そのような力が自分にあるにも関わらず、ヴロンスキーが自分に冷たくすることを憂いました。彼女は自分を哀れみ、ヴロンスキーが遅く帰ってくると、それを非難せずにはいられませんでした。非難を受けたヴロンスキーはいつも先に折れましたが、さらに冷ややかな目でアンナを見るようになりました。
キティのお産が始まりました。リョーヴィンは産婆と医者を呼びに行きました。信仰を持たない彼でしたが、自分が主への祈りを繰り返し行っていることに気づきました。リョーヴィンはキティの元に戻り、苦しむ妻の横で何時間も忍耐強く待ち続けました。
お産が近づくと、キティは恐ろしい声で叫び始めました。リョーヴィンもまた苦痛を感じ、その苦痛が早く治まってくれることだけを祈り続けました。
キティは二十二時間をかけて男の子を産みました。リョーヴィンは幸福を感じましたが、産まれてきた赤ん坊が何者なのだろうということをどうしても理解することができませんでした。
キティの部屋に行くと、赤ん坊が眠っていましたが、リョーヴィンは、その子供に嫌悪と哀れみの情を起こし、その傷つきやすいものが苦しむことはないかという恐怖に襲われるばかりでした。それは自分の期待とは全く違った感情でした。
オブロンスキーは財政が厳しくなったため、新しい職への口利きを頼める人を探しにペテルブルクへ行きました。ペテルブルクへと来たついでに、彼はカレーニンを訪れて離婚を勧める必要を感じていました。離婚を勧めると、カレーニンは返答を渋りました。オブロンスキーは、できるのであれば息子を引き取れるように離婚の話を進めて欲しいとアンナから頼まれていましたが、その話まではとてもできるものではないと思いました。
オブロンスキーはセリョージャに会いました。セリョージャは学校に入り、友達を愛するようになっていました。両親の間で争いが起きていたことを既に知っており、母親のことを思って感傷に浸ることはあっても、その考えを女々しいこととして頭から振り払うように努めていました。カレーニンは息子の前で母親の話をしないようにしていました。オブロンスキーが母親のことを覚えているかと聞くと、セリョージャは覚えていないと言ってそれ以上話そうとせず、一人になって涙を流しました。
しばらくすると、リディア伯爵夫人のところで会いたいという返事がカレーニンから届きました。聞くところによると、カレーニンとリディア伯爵夫人は、ランドーという奇妙な療法を行うフランス人に牛耳られているようでした。
オブロンスキーはリディア伯爵夫人を訪れました。リディア伯爵夫人とカレーニンは、ランドーの信仰する宗教を狂信的に信じている様子でした。
リディア伯爵夫人の朗読を聞かされたオブロンスキーは、様々な考えが頭の中を入り乱れ、そのうちに自分が正気でないような気がしてきたので、逃げるように家を出て行きました。
翌日、アンナとの離婚を拒否するというカレーニンからの手紙をオブロンスキーはもらいました。それはランドーが夢うつつの時に言ったことに根ざしているものでした。
ヴロンスキーが社交生活を必要としたため、アンナとヴロンスキーは田舎の生活をやめてモスクワへと戻りました。アンナは、自分へのヴロンスキーの愛情が弱まっていることで、ヴロンスキーはアンナを苦しい立場に立たせた後悔と、アンナに対する不満から、二人は絶えずいらいらしていました。
ヴロンスキーがほかの女に愛情を移したわけでもないのに、アンナは彼に近づくすべての者に嫉妬しました。二人はお互いが間違っていると考え、頻繁に口論をするようになりました。アンナはそのたびに反省して謝ろうと決心しても、会話をするたびに、愛情がなくなったことを責めるのを我慢することができませんでした。
このような生活に耐えきれなくなったアンナは、田舎に帰ることを提案し、ヴロンスキーはそれに同意しました。アンナは明後日の出発を希望しましたが、ヴロンスキーは母親のところへ行かなくてはならない用事があり、それを延ばしてほしいと言いました。
アンナは、ヴロンスキーの母親が、一緒にモスクワの郊外に住んでいるソローキン公爵令嬢と息子との結婚を望んでいることを知っていたので、その母親のところへ行こうとするヴロンスキーに激しく嫉妬し、明後日発てないのであれば、田舎に行く価値はないと言い始めました。ヴロンスキーは、忍耐に限界を感じ、部屋を出て行きました。
アンナは絶望的な嫉妬と、劇場的な愛情を繰り返し経験しながら、一切を解決するものとして、死が自分の心の底にあることを悟りました。
お金と手紙を息子に届けるよう、ヴロンスキーの母親にことづけられたソローキン母娘が訪れました。微笑しながらそれを受け取るヴロンスキーをアンナは窓から覗き、嫉妬は頂点に達しました。彼女は、ヴロンスキーとの田舎行きを拒否し、部屋を飛び出しました。
恐怖に襲われたアンナは、厩に出かけたというヴロンスキーに帰ってきてほしいという手紙と電報を書きました。しかしアンナはそれでも気が狂いそうになり、ヴロンスキーの帰りを待たずにドリーの家へと向かいました。ドリーの家にはキティが訪れていました。
キティはアンナの前に出るのを嫌がりましたが、ドリーに説得されて顔を出しました。しかし、アンナの美貌を見ると、すっかり敵意は消え、その境遇を気の毒に感じました。逆に、キティとドリーが自分を軽蔑しているような気がしたアンナは、嫌な気分を抑えることができず、帰途につきました。
家に帰ると、十時前には帰れないという電報がヴロンスキーから届きました。アンナは、ヴロンスキーが自分の苦しみを喜んでいるのだと感じ、復讐心と怒りに燃えながら、自分からヴロンスキーのところへ行くことにしました。アンナは自分が二度と家に帰ってこないことを知っているかのように、二、三日の旅に必要な品々を集め、停車場へ向かいました。
彼女は、ヴロンスキーの愛情は、初めから虚栄心を満足させるためのものに過ぎなかったのだと考えました。今となってはヴロンスキーの愛情はなくなり、自分たちは憎しみあって離れるしかないことを悟りました。彼女は目につくものすべてに憎悪を感じ、この世の人々は皆憎しみあっているのだと思いました。
アンナは待合室に着くと、人々の話し声にたえず苛立ちました。ある婦人が、人間が理性を持っているのは、不安から逃れるためなのだという話をしているのを聞き、彼女は自分も不安から逃れなければならないと考え始めました。
プラットフォームを歩くと、ヴロンスキーと出会った日の轢死人のことを思い出し、アンナは自分が何をすべきかを悟りました。彼女は十字を切り、プラットフォームに入ってくる列車と列車の間に身を置き、自殺を遂げました。