第六編
ドリーは子供達を連れて、キティとリョーヴィンのいる田舎の領地でひと夏を過ごしました。母親の公爵夫人やワーレンカやコズヌイシェフも一緒でした。
公爵夫人とキティとドリーは、リョーヴィンがヴロンスキーに未だに嫉妬していることや、アンナが不幸になってしまったことを話しました。リョーヴィンはキティとの生活が幸福すぎて、農園の仕事を億劫に感じていましま。
コズヌイシェフはワーレンカに惹かれ、結婚の申し込みをする決意をしました。ワーレンカもコズヌイシェフに好意を寄せ、申し込みを待っていました。ところが二人きりになると、コズヌイシェフは結婚の申し込みを言い出すことができず、機会が永久に去ったことを感じました。
シチェルバツキーの又従兄のワーセンカ・ヴェスロフスキーを連れて、オブロンスキーが訪ねてきました。ヴェスロフスキーは、ここへ来る前、田舎の地所へと移ったアンナとヴロンスキーを訪ねており、二人が上手くいっていることを皆に伝えました。ヴェスロフスキーはキティに馴れ馴れしい態度を取り、それを遠目に見たリョーヴィンは嫉妬しました。
その夜、リョーヴィンは、キティに自分の嫉妬の気持ちを話し、ヴェスロフスキーがキティに言い寄っているわけではないことがわかると、心から反省しました。
翌朝からリョーヴィン、オブロンスキー、ヴェスロフスキーは猟に出掛けました。ヴェスロフスキーの陽気で気立てのいい性格に、リョーヴィンは彼に嫉妬していことを間違っていたと思いなおしました。
リョーヴィンとヴェスロフスキーはオブロンスキーと別れて猟を行いました。しかし、猟に慣れていないヴェスロフスキーは、斬鉄を締め忘れて銃を発車させたり、馬をぬかるみにはめたりして、リョーヴィンを苛々させました。
リョーヴィンの猟はかなりの不調で、ほとんど獲物を仕留められませんでした。一人別行動をしていたオブロンスキーは、上首尾で猟を終えました。
夜になると彼らは小屋の干し草の中で語り合いました。リョーヴィンは、自分たちが働かないでも裕福に過ごしていけるのに、農民は働かなければ生きていけないというのは、不当なことであると感じていました。オブロンスキーはその社会制度を正しいと認めて自分の権利を擁護するか、自分が不当な特権を利用していることを認めて、それを喜んで利用するかしかないと答えました。リョーヴィンは、このような消極的な意味でしか正しい行動は取れないのだろうかと自問しました。
翌朝、ヴェスロフスキーとオブロンスキーが起きようとしなかったので、リョーヴィンは一人で猟に出かけました。この日は彼は多くの鴫をしとめ、上機嫌で帰りました。
リョーヴィンはヴェスロフスキーの陽気な性格にこの上もなく親しみを感じるようになりましたが、家に着くと、やはりヴェスロフスキーのキティに対する態度には、何かしら不純なものを感じずに入られませんでした。
そのためリョーヴィンは不機嫌になり、そのことに気づいたキティは苦しみました。
リョーヴィンはヴェスロフスキーを帰すことに決めました。これはヴェスロフスキーにとっては侮辱的なことで、リョーヴィン自身も気が咎めました。そのことを知ったオブロンスキーや公爵夫人は憤慨しました。
ドリーは、リョーヴィンやキティに気が咎めながらも、アンナの滞在する村を訪れ、自分のアンナに対する気持ちは変わっていないことを伝えに行きました。道中ドリーは自分の人生について色々と考え込みました。夫が浮気していたことがわかったときに、夫を捨てた方が自分はまだ誰かに愛されていたのではないかと思いました。夫を捨てないようにという忠告をくれたアンナ自身が、家庭を捨ててヴロンスキーのもとへ行ったのは立派なことだと考えました。
久々に会うアンナは、以前よりも魅力的になったようにドリーは感じました。
ヴロンスキーはこの田舎に引っ越してから、使用人達の住居、工場、厩、病院などを作り、荒れ果てた場所を改良して農場の経営に打ち込んでいるようでした。二人は豪勢な屋敷を建てて何不自由ない生活を送っており、アンナはこれまでになく幸福な様子でした。以前まで、ドリーはヴロンスキーのことを高慢な青年という印象しか持っていませんでした。しかし、領地内を案内され、病院の設営に夢中になっているヴロンスキーの姿を見て、アンナが彼に惹かれた訳を理解しました。
ヴロンスキーはドリーと二人きりになると、今の娘と将来の新しい子供が、法律的に自分の子供にならない辛さを語りました。アンナはカレーニンに手紙さえ書けば、離婚の承諾を得られるであろうに、いまだにそれをしようとはしていませんでした。ヴロンスキーはアンナに離婚をするように勧めて欲しいとドリーに頼み込み、ドリーはそれを承諾しました。
一座は晩餐に着きました。スヴィヤジュスキーやヴェスロフスキーらのヴロンスキーの友人たちも、彼らの家に滞在していました。スヴィヤジュスキーは、リョーヴィンの話を持ち出しました。リョーヴィンの機械式の農業はロシアには害になるばかりだという意見や、地方自治体は不必要だという意見に、皆は賛成しませんでした。ドリーは一人それに反駁し、リョーヴィンを擁護しました。そのリョーヴィンとは対照的に、ヴロンスキーはここへ来てすぐに様々な委員のメンバーに選ばれて時間をとられ、それがアンナとの諍いの原因にもなっているようでした。
テニスを行い、子供っぽくはしゃぐ一同の姿を見て、ドリーも楽しそうに振舞いましたが、それにも疲れて翌日には帰ろうと決心しました。
ドリーの部屋にアンナが入ってきました。アンナはベッツィにも付き合いを拒否され、ヴロンスキーがたびたび出かけて一人きりになることに耐えられない様子でした。ドリーは今のアンナの娘と、これから生まれてくる子供達のために離婚を勧めました。アンナは、新しく生まれてくる子供が不幸になることに罪の意識を感じなければならないことを恐れ、これ以上子供を作らない決心をしたようでした。ドリーはそれに衝撃を受けました。
アンナは離婚の話を嫌がりました。離婚をするために手紙を書いても、リディア伯爵夫人に牛耳られているカレーニンはそれを承諾しないかもしれないし、仮に離婚が成立できたとしても、セリョージャとの仲が引き裂かれることになるのを、彼女はなによりも恐れていました。アンナに離婚の決心をさせることができないまま、ドリーは家に帰ることとなりました。
ヴロンスキーとアンナは離婚について何も話し合わないまま、夏と秋をその田舎で過ごしましたが、二人きりで過ごす日が長くなるにつれ、自分たちの生活を変えなければいけないと感じ始めました。ヴロンスキーの農場経営は上手くいき、収入は黒字になっていました。アンナにとってヴロンスキーは生活の全てとなり、束縛は激しさを増しました。会議や競馬で町へ出かけようとするたびに一悶着が起きるようになり、ヴロンスキーはアンナからの愛を重荷に感じることが更に多くなりました。
十月に行われるカシン県での選挙のため、ヴロンスキーは出かけることにしました。彼は出かけることでアンナと諍いが起きることを覚悟していましたが、アンナは彼の愛情が冷めるのを恐れ、落ち着き払った態度を見せました。彼らはお互いに心の内を話さないまま離れました。
リョーヴィンとキティはお産のためにモスクワへ移りました。カシン県に領地を持っていたコズヌイシェフが同行を勧めたため、リョーヴィンも選挙へと出かけました。
この選挙では、古いタイプの貴族であった貴族団長のスネトコフに代わり、カシン県の利益を引き出すために新しい貴族団長を決めるためのものであり、スヴィヤジュスキーか、もと大学教授の聡明な人物でコズヌイシェフの親友ネヴェドフスキーが推されていました。
その土地は、ヴロンスキー、スヴィヤジュスキー、コズヌイシェフ、オブロンスキー、リョーヴィンらの領地がある場所でした。会議では、スネトコフの属する旧派貴族とスヴィヤジュスキーやネヴェドフスキーたちの属する新派との争いが盛んになりました。投票では新派が勝利し、ネヴェドフスキーが新しい貴族団長に選ばれました。リョーヴィンは、無意味な議論を繰り返している、これらの選挙の意味がよく理解できず、敗れた貴族団長のスネトコフに同情を覚えました。
リョーヴィンは、ヴロンスキーとも顔を合せないわけにはいきませんでした。彼らは二言三言、とってつけたような言葉を交わしましたが、お互いに分かり合うことなく別れました。
ヴロンスキーは、選挙に勝った新派の晩餐を開きました。彼はこの領地では新顔でしたが、選挙に夢中になり、巧みにこの仕事をやってのけました。しかし、晩餐を楽しんでいたヴロンスキーに、娘のアニーが病気になったというアンナからの手紙が届きました。帰ると言っていた日をもうすでに一日延ばしていたヴロンスキーでしたが、その手紙の中にアンナの敵意を読み取り、不愉快な気持ちになりながら家に帰りました。
アンナは、自分の自由を主張して選挙へとでかけたヴロンスキーが、自分への愛情を冷ましているのだと考え、娘の軽い病気をきっかけに帰りを催促する手紙を送りましたが、それによってヴロンスキーからの愛情がますます遠のくことを知っていました。
アンナはヴロンスキーを自分に繋ぎ止めるために、カレーニンとの離婚を望むようになりました。アンナは離婚を求める手紙を夫に書き、二人はモスクワへ移りました。しかし、嫉妬と束縛を受け続けたヴロンスキーは、もはやアンナとの結婚を望まなくなっていました。